かけがえのないあなた 2
目の前で、炎が、赤く、紅く、踊り舞う。
火の粉を散らし、ゆらりゆらりと空気の流れに身を震わせ。 神秘的な雰囲気を醸し出す紫光を帯びたその岩に漆黒色の影を作り出し、なおもゆらりと踊る炎が産むのは―――あたし達の、影だ。
それは、互いの間にほんの少しばかり距離をとった、二つの影。
どこか気まずそうに。 離れた距離はあたしたちの心の距離を現しているかのよう。
っていうか、実際気まずいんですよこれがまた。
「ふ…ふぇっ、くしっっ!」
そんな気まずい空間の中で、色気も何もないくしゃみが響き渡った。
あんまりにも大きく響いたそれに恥ずかしくもなるが、もう一つの影の主であるレオンが呆れたようにため息を吐く気配を背で感じて、羞恥よりもちょっとした苛立ちが勝った。
出るもんは仕方ないじゃんかと文句と鼻水を垂らしながら、背を向けて焚き火をいじっているレオンの背中を睨みやるが、睨まれている本人は何処吹く風と言わんばかり。
「ねーぇ、まだ怒ってるの?」
「……」
変わらずあたしに背を向けて、彼は無言のままだ。
そのとき、バチンと炎が爆ぜる音につられてレオンの琥珀色の双眸が炎をみやる。
火の勢いが少しだけ衰えたと思ったのか、急流にのまれて流れ着き、すでに渇いた木の枝を炎の中へと放り投げた。 放り投げられたそれは焚き木。 紅く踊る炎が途絶えてしまわぬように、熱が消えてしまわないようにと、炎はレオンの手によって燃焼を続けている。
黙々と火の番を続ける背から発せられるオーラに顔を背けて、あたしは言い訳めいた言葉を零す。
「…だって、急に足場が崩れたんだもの」
思い出すのは、大きな暗闇を身に秘めてぽっかりと口を開けていたあの大穴だ。
<朽ちゆく祭壇>は天然の洞窟でもあるが、それでも力ある<はぐれ召喚獣>たちの影響で(召喚獣同士で争う事もあるだろう)脆いところは酷く脆くなってしまっているらしい。
…そりゃまぁ、重そうなロボットとか大きな龍とかいるもんなぁ。 ここ。 彼らが喧嘩を始めてしまえば出入り口なんてあっさり塞がってしまいそうだ。
しかし間抜けなあたしは脆くなっている地面のヒビに気付かず、見事に踏み込んでしまった。
あたしの体重に重々しい音を立てて地面は崩れ、大穴に吸い込まれるあたしを助けようとして、レオンも一緒に落ちてしまったのだ…高さはあったが幸い、下は地下水脈に通じていたのか勢いのある川のおかげで墜落死は避けられた。
助かったのだと自覚をしたとき”天は自分たちを見放していなかった”と涙目で握り拳を作ったけれど、随分と流されてしまったのか、今どこにいるのかもわからないというオチに。
一難去ってまた一難。 まさしくそれだ。
あたしの言い訳めいた言葉に、レオンは呆れるようにこめかみを押さえて。
「…だから、あれほど気をつけろって言ったんだ」
「き、気をつけたって! ちゃんと周りも見てたし」
「地面が途切れて崖になっているところも多いんだぞ、足元も見るべきだったんだ」
言い終えてからも大きく、大きく息を吐いた。
やれやれ、とこの状況に呆れているのがよくわかる……あの、あたしは一体何度反省をすればよいんでしょうかレオンさん…?
(いやいや、それより、この状況もほんとどうなの…!? 穴に落ちるわレオンに怒られっぱなしだわでもう散々なのにこの状況、本当にどうなの……?!)
一難去って、また一難。
というより寧ろ二難か三難くらいきたと思う。
…あたしはちらりと、火を弄(いじ)っているレオンの背を見やった。
普段は鎧に覆われて隠れているその身体は今や何も覆われることなく外気に晒され、揺らぐ炎の灯りで妖艶な影を落としていた。 肩甲骨(けんこうこつ)の浮かぶ広い背や、大剣を振るう太い腕には薄い傷跡が炎に照らされて浮かび上がり、それは獅子のごとくしなやかで力強く、思わず見惚れてしまう。
初めて見たときは”ギャー! エロいわレオン!”と絶叫しかけたが、乙女根性でどうにか堪えた……好きな人の背中見てエロいとか叫ぶ乙女もどうかと思う。
「―――聞いているのか、」
声に意識が引き戻され、すっかり網膜に焼き付いてしまっているそれを振り払うように頭を振り、水分をしぼりにしぼって、しぼりきってどうにか水気を払ったレオンの外套に包まれている身体を抱き締め直しながらあたしは、「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽ向く。
「聞いてる! …って、あ、こっち向かないでよスケベ!」
「なっ! だ、誰が見るかっ。 お前の、は……裸なんて」
「あたしだってレオンの全裸なんてお断りですーっ」
「俺が脱いだのは上だけだ!」
文句を言おうとレオンが振り向いて―――けれどあたしを見た途端に耳まで真っ赤にしたあと、すごい勢いであたしから目を逸らした。
普段の鎧姿とは違い露出されているだけに首まで朱に染まっていくのがよくわかる。
あー、これはもうエイナにからかわれるのがオチだわレオン。 反応が面白すぎる。(ひどい)
(でも、助かったなんて思わなかったなあ)
ふと、意識が途切れた瞬間と、目を覚ましたときのことを思い出す。
あたしを追って飛び込んだレオン姿を目に焼き付けたまま、あたしの意識とあたしの身体は、冷たい水底へと落ちて沈んだ。
そこから記憶はブツリと途切れてしまって何がどうなったのかもわからないけれど、レオンのおかげでどうにかこうにか今いる岸へと辿り付いたらしく、一命を取り留めたようだ。
けれど意識を取り戻して最初に見たものは何故か、壁際で倒れていたレオンだった。
何故壁際?と内心首を傾げながらも慌てて駆け寄ってレオンの肩を揺さぶっても、レオンは完全に意識を手放していた。 地面にぐったりと横になっていて、何度名前を呼んでも深いところまで意識を落としてしまったのか睫毛を震わせることもなく、硬く瞼を伏せていた。
その姿に、全身の血の気が引いた。
”死んでは嫌だ”と呼吸をしているかどうかを確認しようと彼の唇に顔を近づければ、微かに紡がれている呼気が頬に触れた。 生きている―――それに泣きたくなるくらい安堵して、けれどふと、違和感に気がついた。
違和感。
それは、エイナのことだった。
レオンの中にはエイナという少女の魂も宿っている。 レオンの意識がなくなれば自然にエイナが姿を現し、エイナの意識がなくなればレオンが姿を現すという、そんな図式のはずなのに。
なのに、エイナは姿を現さなかった。
レオンの首にかけてある<常夜の石>は瞬くこともなく、無反応。
二人の身に何かがあったのだろうかとひやりと肝が冷えたが、けれど、あたしじゃ<常夜の石>の中にいるエイナと話すことも出来ない。
どうすればいいのかもわからない。
しかしこうしてぼけっとしていても仕方がなかった。
こうしている間にも濡れた身体と水分をたっぷりと含んだ服はあたし達から確実に体温を奪っていくのだ。
とにかくこれ以上体温を下げまいと、レオンの鎧を脱がせて彼の黒い服の襟元を緩ませればそこでようやく、レオンの瞼が重たげに持ち上げられて。
「…?」
まだ夢のまどろみの中にいるかのような、そんなぼんやりとした意識を保ったレオンの視線と、レオンの襟元を緩めた体勢のままという状況に固まってしまったあたしの視線が、絡んだ。
最初はぼんやりとしていたけれど、次第に意識が鮮明になってきたのか彼はそこでようやく自分の状況を理解して―――けれど次にはとんでもない方向に誤解したのか「うわぁっ!?」と声を上げてあたしを凝視してきた。
レオンの目が、驚きのあまり見開かれている。
……べ、別に獲って食おうとしたわけでもないのに……!と心の中で大絶叫したこの傷ついたこの乙女心は皆様にも理解して頂けると思いたい。 いや本当に獲って食おうとしたわけじゃないんです!
本当! (誰に言い訳を…)
そりゃ、好きな男の服を脱がせてたんだから多少は緊張はしてたけども。
――――――まあ、そんなこんなで。
とりあえず、濡れたままでは本当に生命の危機でもあるので服を脱ぎ、炎の熱で乾かして、動けるようになったらあたりを探索して出口を見つけるなり行方不明者を見つけるなり何なりとしようという結果になり、現在に至るワケで……しかし、自分の強運には目を瞠るものがあるわ。
うん。
「ねぇ、エイナは何て言ってるの?」
「……眠いから、あとは俺にまかせる…だそうだ」
「えぇ?! ちょ、眠いってなに?!」
「…本人が出たがらないんだ、仕方がないだろう」
そりゃマズい。
色々とマズすぎるよエイナさん! 出てきてもらわなきゃ困るよ!
(だ、だってこんな格好のままでいるっていうのはちょっと…!)
異性の前(しかも好きな男とか!)で頼りない薄布一枚という格好は、さすがに女として色々と躊躇われるものがある。 いや、レオンの外套のおかげで全裸こそは免れたんだけど、でも、レオンに匂いとかね。
なんだかもーたまらないっていうか…っていうか、眠いからって何なんだーーーーー!
そんな悲鳴を上げていても、<常夜の石>は変わらず無反応。
レオンもレオンで、微妙な沈黙を保ったままあたしに背を向けて火を弄っている…ううむ、この二人の間で何かあったのだろうか…?
「…えーと、あたしが気絶してる間に二人で喧嘩した?」
「……してない」
「そ、それならいいんだけど…(何故そんな、哀愁を背負っているんだレオン…)」
”そっとしておいたほうがいいようだ”と判断すると、寒さにぶるりと身が震えた。
この格好は恥ずかしいけれども少し、火から離れすぎているようだ。 暖をとるためレオンの視界に入らないようにそっと火に近づいて、温かなそれに安堵しながら再び、くしゃみを連発。
ぐすぐすと鼻をすすっても、すっかり身体が冷え切ってしまっているのかすぐにぶり返してしまう。
あーもう、風邪決定じゃないか。
「寒いのか?」
「ん、少しね」
「……あっちに向いているから、もう少し、こっちに来い」
”「俺に近づけ」なのか「火に近づけ」なのか微妙なところだわ”と胸中に呟きながらも遠慮なく、明後日の方向に顔を背けたレオンの隣にぺたんと座り込む。
赤々と輝く光に満ちたそこは随分と温かくて、素肌を包んでいる布を通してじんわりとした熱が肌に滲み込んでいくのがわかる。
(…いきてる)
温度に、冷え切った身体がじんわりと溶けていく錯覚に陥った。
人はぬくもりがなければ生きられないのだと、そんなことをぼんやりと考える…いや、ぬくもりがあってこそ生きているという証。
体温は、生きているという何よりの証拠。
消えかけていたそれを、繋げてくれたのは。
”…離すな、 …ッ”
「ねえ、レオン」
「?」
繋げてくれたのは
いとしい こいしい あなたのうで
かけがえのない あなた
「……た、助けてくれてありがと…」
意地が邪魔してか消え入りそうな声でぼそぼそとそう呟いて、でも何故だかものすごく恥ずかしくなってきた。
滅多に素直にならないせいでもあるんだろうかと、勢いでごまかすように、ふざけるようにすぐ傍らにあったレオンの腕に”でりゃっ”と濡れた髪を押し付けてやった。
レオンのことだから大きなため息を吐いて「やめろ」とあしらってくれるはず―――。
(え)
しかし、そうではなかった。
押し付けた途端に、酷く、酷く驚くように、その身体は大きく跳ねたのだ。
予想外の反応に首を傾げてレオンを見上げれば、表情と身体を強張らせたまま炎を見つめているレオンの横顔が、あたしの目に映る。
「レオン?」
呼びかけに、視線が絡む。
拒絶にも似た光が琥珀の双眸に宿るのを見て、今まで向けられたことのなかったそれに思わず、顔を歪めてしまった。
何だ。 まだ怒っているのかこの男は。 助かったんだからそろそろ許してくれたっていいじゃないか……そこまで考えて次には、何故か、急激に凍えていくような、そんな寂しさがぶわっと湧き上がって胸の内を過ぎていく。
(あれ)
―――そのことに、自分は傷ついたのだと理解する。
う、あ、なんか、意外と、ものすごく悲しくなってきたぞ。
(な、なにも、あそこまで言わなくてもいいのに)
声が出なくなったみたいに、喉が詰まる。
レオンの目に何も言えなくて、酷く重みの増した心を守るように…身を抱えるように蹲って膝に顔を埋めれば、ぽろりと涙が零れてしまった。 唐突な拒絶が予想外に痛かったのか、それは本当に、自然に、あたしの意思に反して、零れ落ちて。
「…、あれ?」
それに驚いたのは他ならぬあたし自身で。
ギャアアア! マジですか! そんなに悲しかったんですか! はい、悲しかったです! と自問自答さえもしてしまう。(相当混乱しているようだ落ち着けあたし!)
しかし零れ落ちるそれは止まらない。
しまいには鼻水までが垂れてきて、ぐすっと音をたてて鼻をすすった。 そうすればレオンがあたしの様子に気がついたのかそろりと視線を動かして、「あ」と声を零す。
それは”しまった”と言わんばかり。
しかし彼は言葉をかけることもなく、そのまま目を逸らして黙り込んで。
奇妙な沈黙が、あたしとレオンの間に落ちる。
でもあたしのほうが堪えられなくなって、ついには引きつった嗚咽を喉の奥から零しながら、みっともなくも涙を乱暴に拭って。
「なんで、そんなに怒るの?」
「…」
「そりゃ、あたしのせいで散々な目にあったことが何回もあったけど、でも」
その腕と繋がったおかげで あたしは生きてこれたのに
「…、その」
困惑したように、戸惑うような気配を見せながらも、レオンが唇を開く。
視線を明後日の方向に向けたまま腕を伸ばして、ぐしぐしと腕で涙を拭っているあたしの頭にそっと手を乗せたかと思えば、ついには観念したかのように、諦めたかのように深く息を吐いて。
「悪かった。 言い過ぎた…そんなつもりじゃなかったんだ」
「じゃあどんなつもりよっ、き、嫌いなら助けてくれなくたって」
あのまま流してくれれば良かったじゃないかと涙声で訴えるそれに、ひどいことを言っているなぁと自分でも思った。
レオンは素っ気無いけれど、本当の意味で人を見捨てることが出来ない人だと知っている。
たとえそれが嫌いな相手でも、苦手な相手でも、彼は、<助ける人>―――憎い相手にはどうかは知らないけど、自分はそこまで嫌われていないと信じたい。
しかし、あたしの言葉に驚いたのはレオンだ。
”何故そんなことを?!”と言わんばかりにぎょっとした表情を浮かべ、首を振って否定する。
「い、いや、違う。 …その、本当に、……困るんだ」
その否定に、…困る?と首を傾げてレオンを見上げれば。
彼は本当に。 心底、困ったといわんばかりに眉を寄せて、げんなりとした表情になって。
「っだから、その、…お前に今傍に寄られると……、困る」
言葉に―――そこで自分がどんな格好をしていたかということを思い出して(すっかり忘れてたあああああ!)、慌ててレオンから離れようとして―――けれど失敗して、べしゃっと潰れるように顔面から突っ伏してしまった。
アイタタ! 落ち着けあたし! 混乱している場合じゃないっ!
「だ、大丈夫か」
「ご、ごめごめごめごめめごめん! だ、だだい、大丈夫!(落ち着けるかぁぁぁぁ!)」
そうだった。 あたしは薄い布一枚の格好で、だからこそ触れる温度もいつもよりずっとダイレクトに伝わってしまって、仲間とは言えどレオンも困るだろうに、なのにあたしが髪をくっつけるから。 身体を寄せたから。
…自分のしたことに思わず、ヒイっと悲鳴がでた。
しかも恥ずかしさのあまりに腕が震えてなかなかまともに起き上がることが出来ない。
突っ伏したまま動けないあたしを見かねたレオンが手を借してくれて(視線はやっぱり、明後日の方向だ)、それでようやく身を起こして、レオンの隣の位置に戻る…今度はちゃんと、少し距離を置いて。
けれど繋がっている手は、離れることができなくて。
「レオン?」
離してくれないのは、彼の手だ。
それを不思議に思っていれば、明後日の方向を見たままのレオンが、ぎゅっと手を握り締めてきて、今度は声にならない悲鳴が喉の奥から飛び出そうになった。
アアァァアアァ何なのもう今度は一体何事…?!(もう行動が読めない…!)
握り締めてきた手に身を強張らせる。
それに気がついたレオンが慌てて手の力を緩めて……けれど思い直すかのようにすぐ、ほんの少しだけ力を加えて。
「その、…」
「?」
「助かって、良かった」
―――へ?
目を丸くして見返したあたしに、レオンは”当たり前だろ”と呟いて。
繋いだ手にまた少しだけ力をこめて、握る。
(うわ)
あたしの手が。
込められた力に。
向けられた言葉に――いつも以上の熱を持つ。
浮き沈みが激しい自分に呆れさえも出てきてしまうが、ふと見返した琥珀色の双眸と視線が絡み合うと、熱はさらに増していく。
ついには顔も見られなくなって俯いても、レオンの視線があたしの横顔に向けられていることがわかる。 レオンの視線が、あたしから離れない。 離れてくれない。
(うあ、やばい。 まともに見られない)
だって、レオンの目が。
いつもと違う、目だった。
…もう一度目を合わせると、何かが起こってしまいそうな気がして、見られない。
「…今まで旅してきて、俺は、お前に死んでほしいなんて思ったことはない」
「あ、う、うん」
「でも、あんな顔が最後だなんて」
そこで、言葉が途切れて。
握られた手が、ますます強く握られて。
ぎゅうと。 強く。 強く、握られて。
痛いくらいまでに握られて。
あたしもその手をそっと握り返しながら、ますます俯いた。
そこでようやくレオンがさっきから怒っている理由をようやく理解出来たような気がしたのだ。
―――彼が怒っていたのは、あたしが落ちたことじゃなくて、もっと別のこと。
「あれが最期だなんて、馬鹿げてるだろ」
「…うん」
「まだ何も思い出してないのに死んでどうするんだ」
「うん」
「よろしくなんて、いうな…俺一人がエイナを抑えられるわけないだろ」
「…だね…(翻弄されるレオンの姿が目に浮かぶわ…)」
思わず吹き出してしまえばレオンがむっとした表情であたしを睨んで―――けれどすぐ、その眼差しを柔らかいものへと変えて。
柔らかな、笑みが。
柔らかな、眼差しが。
ひたと、真っ直ぐにあたしに向けられて。
それが嬉しくて。
込みあがる安堵に、心が緩んで。
心の緩みに、口元が綻んで。
何故かおかしくなって、少しだけ俯いて笑ってしまえば。
レオンが。
レオンの、顔が。
とても近くなって。
レオンの、もう一つの手が。
あたしの熱を持った頬に、触れて。
「俺は、が」
そこで、言葉が途切れた。
「―――いやー、無事脱出できてよかったねー!」
見上げれば、天高く伸びるキノコの背景となっている青空が視界に広がった。
普通は天高く伸びる木のはずなのだけれども、ここら一体はキノコくらいしか見当たらないので仕方がなかった。
っていうか本当見事なキノコで…樹齢は何年だろうと聞きたくなる。(樹齢というか、キノコ齢?)
「一時期はどうなるかと思ったけど行方不明だったオジさんも見つかったし、結果オーライとはこのことね!」
「…何だこのテンションの高い嬢ちゃんは」
「オジサン、行方不明になってくれてありがとう!」
レオンに肩を支えられている男に真顔で礼を言えば、男は不愉快そうに顔を歪めて「こっちは散々だったっつーの!」と怒鳴り散らしてくれた。
怒鳴る男の声を五月蝿そうに顔を歪めているが、レオンはため息を吐くだけ。
そんな彼らににんまりと目を細めてからあたしはテテを召喚すると、道塞ぐ<はぐれ召喚獣>達を蹴散らし始めた。 目指すはルガントの村。 レオンはオジさんを支えているので、ここから先はあたしが先導することになっている。
(いやもう、本当、感謝の念しかでてこないわけで)
この男が行方不明になって本当に散々だったのだが、結果的には、ありがたい念が湧き出てくるものとなった。
しかし問題が一つ浮上。
召喚術で襲い掛かる獣達を蹴散らしながら歩を進め、時々レオンをちらりと見れば、レオンはぱっと目を背けてしまう。
――そう、問題は、レオンだった。
「レオン、何怒ってるのよー」
「別に、怒ってなんかない」
「怒ってるじゃん…もう」
そうして辿り着いたルガントの村で男と別れて、宿へと足を向ければ、レオンの身体が唐突に光を帯び始めた。
それを驚いて、けれどすぐに平静を取り戻して眺めていれば、次に現れて風に舞うのは柔らかな桃色の髪だ。
レオンの身体は少女のものへと入れ替わり、彼女は伏せられた瞼をそっと持ち上げ、髪と同色の大きな瞳があたしの姿を映してにっこりと笑うと、あたしの両手をぎゅっと握り締めた。
「おめでとー!」
「エイナありがと! いやぁ、もう本当、散々だったけど良かったわー」
「うん、貴重な召喚獣の名前の欠片、見つかってよかったね」
「うんうん、これでまた一つ強くなれるってもんよ! あ〜、どんな子なのか楽しみっ」
エイナはにこにこと笑ってから、”あ”と声を上げて首にかけている<常世の石>を手に取った。
物言いたげに瞬いているそれを目にしてにんまりと笑い、不思議そうに見返しているあたしに申し訳なさそうに両手をぽんっと叩いて。
「ごめん、。 ちょっとレオンが呼んでるから、しばらくこの身体見ててくれる?」
「はいはい了解〜、それじゃそこの池のほとりにでも」
「うん、よろしくね」
再び目を閉じたエイナの身体が、ぐらりと大きく傾いた。
慣れたようにそれを受け止めて抱き締めてから、あたしの膝の上に頭を置いてその身体を横に寝かせてやる。
ぐっすりと眠るかのようなそれは、彼女の意識がない証拠。
しばらくその可愛い寝顔を眺めていたけれど、ふと、召喚獣の名の欠片を手にして、あたしは口元を綻ばせた。
これでまた一つ、あたしは強くなれる
(レオンもエイナも、守れるようになる)
レオンを、危ない目にあわせないようにすることも出来る
レオンを、巻き込まなくてもいいようになる
(決めたもの、強くなるって)
あたしの弱さが、彼をいつか殺してしまうかもしれないから
だから、強くならなくてはと決めたのだ
(それにしても)
”俺は、が”
(…あの続きって何だったんだろう?)
それをぼんやりと考えつつ。
名前の欠片が見つかって本当に大収穫だなぁと、あたしは満足げに欠伸をした。
―――エイナの意識が、深く、深い場所に沈んでいく。
それは優しく、包み込むような感覚…その感覚が途切れ、ルガントの村とは違う緑の香りと冷ややかな空気に瞼を持ち上げれば、エイナの視界に一人の青年の姿が映った。
あの世界にはない眩い月の光を受けた青年の、とてつもなく不愉快そうな顔にエイナは笑う。
「あははは、もう完璧になかったことにされてるねー」
「…………」
「もう、あのとき邪魔したことまだ根に持ってるのー?」
鮮やかなオレンジ色の髪を夜の空気にさらわせながら、レオンは無言を保ちつつもエイナを睨んだ。
根に持っているのは根に持っているがいくらなんでもあんまりだ…そんな心の抗議を向けられて、エイナは苦笑を抑えられない。
「いやいや、私も邪魔する気はなかったんだよ。 レオンもに怒ってたし、このまま私がを連れて洞窟から出ても気まずいままになっちゃうだろうなって思って気をきかせてあえて出なかったけど……でも<はぐれ召喚獣>が後ろにいたんだよ? レオンもも全然気がついてなかったから私が出たのに」
「…わかってる」
「でもそのとき倒した召喚獣が、がずっと探してた名前の欠片持ってたなんて思わなくて…せっかくいい雰囲気になって告白!ってところまで言ってたのに、ったら嬉しさのあまりすっかり忘れちゃってるよねぇ…気にも留めてない感じ?」
そうなのだ。
は召喚術を主に扱うので、この世界に散らばっている名前の欠片を常に探し歩きながら、レオンとエイナの旅についてきている。 名前の欠片が見つかるたびに強くなったり、進む事が出来ない場所も通れるようになって大変ありがたいのだが―――しかし。
(あんなタイミングで<はぐれ>が出てくるなんて…!)
告げようとした想いは、言葉になることなく終わってしまった。
恨むべきは<はぐれ>かエイナか自分の不運か…レオンは深くため息を吐いてしまう。
「まぁまぁ、また迫ればいいじゃない」
「人事だと思って、お前な…」
「あ、でも本格的に迫るのは私たちの身体が元に戻ってからにしてね。 私の気持ちとしては邪魔したくないんだけど、目の前で見せ付けられるとちょっと色々と私が困るっていうかなんというか」
「…俺だって困るぞ」
むっとしかめっ面になりながら呟くレオンに、エイナははぁとため息を吐いた。
つくづく、自分達の境遇は難儀なものばかりで。
「この身体って本当、恋愛には向かないわねー」
「…早く戻りたい…(うんざり」
それは気持ちを自覚した男の、心からの願いだった。
あとがき
な に こ れ − − !(悲鳴
うわ、もう、長い上に何が書きたいのかわからなくなってきた感が…!
最初考えていた終わり方は他と似たようなものになってきたので(レオン攻めで終わり?)ちょっと変えてみるかーと考えれば考えるほど泥沼に…アイタタタタタ。
結局、進展しないまま終わりに…NA ZE ・ ・ ! ?
でもエイナとレオンて、常夜に引っ込んでる間お互いのしたことを知っているんでしょうか…。
よく相談している感じはあったのですが、そこのところがわからなくて…うーん?
内容ほとんど忘れて ま (殴
2005.11.20