唐突に、カァン!と打ち合う音が空に響く。
 耳を突くようなそれにおもわず洗濯物を取り込む手が止まり、あたしは顔をあげて耳をすませた。

「……何の音?」

 それは一度や二度ではない。
 リズムは不規則。 打ち方も鳴らし方も音の勢いも強弱がついてバラバラ。
 唯一一定であるのは、それがカァンと軽い音を発するということだけ――あたしはこの音に聞き覚えがあった。 ジラール邸でもモーリン道場でも聞いた音で、なんだか懐かしい――とにかくせっせと残っていた洗濯物を取り込んだあとで、「よいせっ」と重くなったカゴを持ち上げ、【 忘れじの面影亭 】の裏庭へと回り込む。
 そこで目にしたものは。

「――やぁぁっ!」
「はぁ!」

 気のこもった掛け声をあげるアルバとシンゲンの、木刀での競り合いだった。
 音も木刀がぶつかるものだ。 軽い音だと思っていたが、近くで聞くとなかなか重みがある。 あんな音して振った木刀にしこたま殴られたら確実に痣(あざ)だらけだろうなぁと想像してしまうほど、ひやりとするものを感じるのは木刀を振るう彼らが本気だからだ。

(でも、どうりで聞いたことがあると思った)

 宿の壁からこっそり彼らを盗み見るあたしがそう納得してしまうのも当然。
 マグナたちと旅をしていた頃も、リューグたちがこうして鍛錬していたから。
 ”なんだか懐かしい”とぼんやり見守っていれば、シンゲンと目があった。

「げ、」

 思わず呻いてしまったのは、侍がニヤリといやらしく笑ったのを見てしまったから。

 アルバはシンゲンに向かうことに必死で、あたしにまったく気づいていない。
 このあたりが二人の実力の差というか。
 一瞬で覚えた嫌な予感はすぐにきた。 突如、シンゲンが打ち合う手を緩めずにさらに踏み込み、アルバへ猛進する。 急に早くなった剣さばき。 それにアルバが「うわ!」と声をあげて迫る切っ先をなんとか払いながら後退するもシンゲンはさらに追い詰める。

「ほらほら、どーしたんですか。 下がってばかりじゃあ不利なままですよ」
「っく! このっ」
「周りが見えてないのもいけねえですね。
 周囲の状況、自分の足元。 目の前の敵以外のものも多少は見えるようにならないと、それ以外のものに足をすくわれるってもんですよ」

 丁寧な口ぶりなのに、木刀の動きは目で追えないほど早い。
 見ているほうが目を回しそうだ。
 思わずくらみそうな目元を抑えてしまえばシンゲンは、「やや!」と妙に芝居がかった大きな声をあげた。

さんが倒れているぞぉー!」
「え?! どこ、姉ちゃ」
「はい隙あり! メェーーーーーーーン!!!!」

 シンゲンはの木刀は、驚いて目をそらしたアルバの額を容赦なく打った。
 「ぎゃ!」と悲鳴を上げて芝生にアルバが倒れるのを、あたしはヒィィィイと悲鳴をあげながらばっちり目撃ってしまって――じゃ、なくって! 倒れるの見守ってどーするんだ! 明らかにあたしがダシにされてアルバが負けちゃったんじゃないのこれ?

「アルバーッ! 大丈夫?!」
「っは〜やれやれ。 アルバはまだまだ甘いですなァ。
 おっと、そろそろ時間だ。 知人と飲みに行く約束をしてるんで自分はこれで失礼しますよっと〜ららら〜♪」
「し、シンゲン! ラララとかあんたそんな無責任な…って、もういない……」

 芝生に突っ伏したまま動かないアルバとあたしを残して、シンゲンは風とともに去る。

 突然の展開にびっくりしたせいか呆然としてしまう。
 シンゲンを非難することもできずにうきうきとした後ろ姿が消えるのをつい見守ってしまっていれば、アルバが「う〜ん」と苦しそうなうめき声をあげてごろりと仰向けになった。
 その拍子に鳶色の髪が掻き上げられて見えた、傷跡の残る彼の額が真っ赤に腫れている。 かなり痛そう。 あたしが声をかけるのもおそるおそる、といった風になる。

「アルバ、大丈夫…?」
「はぁはぁ、いってぇ……あ、姉ちゃん…」
「ごめんねアルバ。 あたしが邪魔しちゃったみたいで」

 汗だくになった目元を腕でぬぐうアルバの青い瞳があたしをぼんやりと見上げてくる。
 昔と比べてずいぶん男の子っぽくなった彼の目はまだ幼いけれど、強い意志をたたえる光はシャムロックにどこか似ているような気がした。
 懐かしい面影を垣間見てつい口元が緩むと、アルバはがばぁっ!と勢いよく起き上がってあたしから顔を背けてしまう。 湯だったみたいに耳まで赤くして、ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる姿はまるで悶絶しているみたいだ。

「アルバ?」
「な、なんでもないっ。 あぁもう、おいらすごくカッコ悪い…」
「いやいやそんなことないって。 すごかったよ?」
「すごくなんか………でも、シンゲンさんもずるいよなぁ。 よりによって姉ちゃん使うなんて…」
「とにかく手当しましょう? あはは、オデコ真っ赤よ」
「!!」

 ふわっとアルバのやわらかい髪を掻き上げて、触れない程度に額に手を添える。
 すると、アルバの全身がびくっと跳ねあがった。
 あれ?と疑問に思う間もなく「大丈夫! 自分でするから!」とまたもや背をむけられてしまって、あたしは行き場のなくなった手をおろすしかない。

「そりゃ自分でできるだろうけど…」
「いいから。 姉ちゃんは宿の仕事の途中だろ。 ……姉ちゃんに手当されたら、余計に悔しいし」

 アルバがなにかぶつぶつ言ってるけどよく聞こえない。
 あたしはアルバの隣に座り込んで顔を覗き込もうとするけれど、「今は反省中だから!」と真っ赤な顔で全力で拒否されてしまい、思わず首を傾げた。
 最近、アルバがわからないときが多い。

(昔は素直でかわいかったのになぁ。 反抗期?)

 でもアルバはいい子だ。
 シャムロックやルヴァイドが率いる騎士団を目指して、わき目も振らず修行している。
 騎士という目標は少年を真っ直ぐに突き動かした。 それだけでなく人にやさしく、悪を許さない正義感も健在だ。 そういうところは彼を育ててきた人たちの素晴らしい部分を余すところなく受け継いでいて、アルバのそんな部分を見つけるたびに彼らの友人としてあたしはとても誇らしい気持ちになっていたのだけれど…。

(うーん、難しいなぁ)

「……、姉ちゃん」

(すこし前までは姉ちゃん姉ちゃんってなついてくれてたのに、騎士見習いになってちょっと離れただけで、変に嫌がられてしまう…)

「…………姉ちゃん、あの」

(男の子ってこういうもの? なんだかそれもさびしい気もするけど)

「〜〜〜、姉ちゃん!」
「うわ、はいっ!」

 おっと、思考に没頭しすぎたみたい。
 アルバがほんのり赤い顔のまま「…人の顔、見すぎだよ」とぼそぼそ言っている。
 そんなにガン見していたのかしら?と再度首を傾げてしまうあたしに、騎士見習いの少年は「はぁぁぁ」と深く深いため息を吐くのだった。

「隊長たちが、目を離すなって言った理由がおいらはよくわかるよ…」
「なにそれ失礼ね。 ルヴァイドたちがそんなこと言ってるの? 今度トレイユに来たら一言言ってやろうかしら…」
「わぁぁあっダメだ姉ちゃん! 隊長たちも困るって!」
「――じゃあアルバ。 手当させてくれる?」

 にぃっこり笑ってそういうと、アルバがぐっと押し黙った。
 期待をこめた目でじっと見つめること1分。 あたしの視線に根負けしたのか、アルバが「ああもうっ」とちょっとやけくそになったみたいに頭を掻いて、立ち上がった。

「わかったよ…でも、隊長たちにはさっきの秘密だぞ?」
「了解でーす。 だけど何でシャムロックたちにそんなに心配されてるのかなぁ…? あたしもだいぶ落ち着いたつもりなんだけど」
「…姉ちゃんは、昔と全然変わらないよ」

 それは褒めているのかそうではないのか。
 いまいち判断がつかなくて「そんなにかなぁ?」と夕暮れの空を見上げて考えてしまっていれば、アルバは息を吐いて地面に落ちた木刀を拾い、あたしの持ってきた洗濯カゴを片手で持ち上げてしまった。
 これにはちょっとびっくりしてしまう。
 あたしが両手で持っても重かったのに、アルバは片手でも平気そうに持ち上げているのだ。 彼の、筋肉のついた二の腕を思わず凝視してしまえば、「なに?」と幼かったはずの青い瞳があたしを見返してくる。
 あたしは慌ててその目をそらして、アルバの背中で揺れる長い髪に視線をずらした。

「ええっと、その…ありがとう」
「どういたしまして。 そういえば、今日のご飯は姉ちゃんも作るんだっけ?」
「あ、うん。 一品だけ作らせてもらったんだけど…」
「…そっか…、姉ちゃんの手料理は久しぶりだなぁ」


 そうして嬉しそうに笑うアルバの笑顔は、小さかった頃の面影があったのだけれど。


(うう、何これ何これ…心臓がうるさい…!)


 でも並んだとき。
 少しだけ抜かされた身長にときめいてしまったのは、あたしだけの秘密。

変わら【な】いものはない

あとがき
ちょっと成長した男の子にときめいてしまうっていうお話でした。
初アルバー!口調が分からない!(オィィ)
しかし4アルバは、大変イケメンでしたねvv
1ではほんとにかわいかったけど、4はまさかの落ち着いた男の子に。
パッケージ絵をみたときは死ぬほど嬉しかったなぁ!
っていうかまさかここで1メンバーがでるとは思いもよらず…ハァハァ、
PSP版4は絶対クリアしてみせる…!

しかし私は、シンゲンを何か勘違いしてるよね!
2012.8.23