雪が降る世界には不思議と騒音が消えてしまう。
 しんとした静けさは耳に心地良いようで、でもどこかさびしい気もする。
 つい色々と考えてしまう感情を紛らわすように、かじかむ手の平に”はぁ”と息を吹きかけた。

(…静かだ)

 どこの世界も同じだ。
 それはあたしのいた世界でも、ここリィンバウムでも。
 晴れの日や雨の日とはまったく違う姿になりつつある王都ゼラムは、壁も路も、音もなく降り積もる雪の白に染められて、静けさのなかに沈んでいる。
 夜の闇でもその白さを覆い隠すことも消すこともできない。
 積もりに積もった積雪は家々の明かりの炎の色だけでなく、雪が止んでわずかに晴れた雲間に浮かぶ満月の光も写しとって街全体がシンプルな装飾を飾ったように鮮やかだ。
 ネオンやライトを使わず灯る、温かいぬくもりの色。
 小高い丘の上にあるジラール邸の屋根からは、その色彩たちはよく見えた。

(街がきらきらしてる)

 この世界に喚ばれてから、1日の終わりに月と外の景色を眺めるのが日課になった。
 ファナンの街ではモーリンの道場の屋根にのぼり、ルウの家では屋根裏へ。
 ジラール邸ではバルコニーで―――けれど、今日の気分はなんとなく…もっと高い場所へ。 そんなアバウトな具合であたしは今日も月を目指して高い場所へ行く。 バルコニーの手すりを踏み台に、滑らないように足元を気にしながら雪を積んだ屋根をのぼりきると、さっと雪を払って腰を落ち着けた。
 そうして白い息をこぼしながら目にした今日のゼラムの街は――なんと、美しいことか。
 自分自身、雪で感動を覚えるほど雪に馴染みがないわけではないのに……この世界が見せてくれた彩りに、不思議と、こころが震えた気がした。

「…はーっ、きれーい…」

 空は薄い雪雲を残し、星の瞬きを傍に置いた満月が堂々と浮かんでいる。
 キンと冷えた空気が肺に滑り込むと、眠気は遥か彼方にとんでいった。
 そんな中でただ思うのは、手袋をしてくればよかったなぁ…と、いうことだけ。 手袋を忘れたと気づいたのは屋根を登り切った直後だ。 ここまでくるのは結構大変だったから今さら降りていく気にもなれず、あたしはただ、静かに<彼>がくるのを待った。

(手、つめた…)

 かじかむ手に息を吹きかけながら、耳をすませる。
 音のない世界の中に身を置くとすぐにわかるのだ。

(――きた)

 静かな、静かな世界の中で、それは本当によく聴こえた。
 <彼>の体重をあらわす重い響きの足音のあとで、バルコニーへの扉が静かに開く音。
 視線を下げると、普段では見られないであろう青年のつむじが見えた。
 へぇ、つむじ右巻きなんだぁと新しい発見に心が踊るも、きょろきょろと何かを探すように首を捻っている彼の姿がちょっとだけ楽しい。 寒くて憂うつになりそうだった気持ちも一気に晴れていって、思わず笑顔になる。

「シャムロック、ここだよ〜」
「ぇ…?!」
「シーッ! 声、大きい…! みんな起きるから静かにっ」
「っと、す、すまない… 」

 あたしが彼の頭上にいたことにはさすがに驚いたらしい。
 シャムロックはほんの少し呆れたようで、けれど楽しそうな顔をしているあたしに安堵したような、そんなため息を吐くと「どうしてそこに?」と苦笑して見上げてきた。

「なんとなく、よ。 そういう気分だったから」
「気分って…」
「これが結構気持ちいいよ〜。 雪もきれいで今日のゼラムは絶景だわ」

 あっけらかんとしたあたしの返事に、見上げてくるシャムロックの眉が困ったようにハの字に下がった。
 雪で滑りやすい足場だから心配してくれているのは分かる。
 でも、普段はキリっとしていて戦う姿もすごくカッコイイのに、眉がハの字でちょっとかわいいかもとか何そのギャップルール。 思わず顔が緩んでしまう。

(あー、もー…そういうとこがホント好きでたまんないんですけど)

 きっかけは、夜を眠れぬ者同士として、バルコニーで出会ったことが始まりだ。
 レルムの村のこと。 トライドラのこと。 ルヴァイドのこと。 これから先のこと。
 日を重ねる事にたくさんの話をした。 フォルテとは一味違った考え方や、騎士として培ってきた経験を元に語る言葉は彼らしく誠実で、真剣に向き合ってくれる姿に何度勇気づけられただろう。

 そうしてシャムロックがあたしのことを知ってくれたように。
 あたし自身もシャムロックの気持ちや悩みとか、葛藤とかそういうものにも触れられたとおもう。
 彼は騎士で、男の人だから、口にされることのない部分は確かにあって――あたしにとってはゲームとして知る世界なのに――彼の苦悩も、怒りも、哀しみも、画面越しに全て見てきたはずなのに、直に彼の口からそれを聞かされるとどうしようもなく心が痛んだ。


 大切な人を失って。
 故郷の全てを失って。
 今にも腹を切って死んでしまいそうだったこの人に、心から――生きてほしい、と。
 立ち直ってほしいと、何度だって願った。


 そんなシャムロックの、やっぱり呆れたような声が下から聞こえてくる。

「――絶景って…そういう問題ではないと思うが」
「あはは、落ちても大丈夫よ。 シャムロックが受け止めてくれると信じてマス!」
「それはそうだが…い、いや、とにかく降りてきてくれないか。 そんな不安定な場所にいるままじゃ心配で、落ち着かない」

 髪と同じやさしい鳶色の瞳があたしを見上げてくる。
 それだけで疑いようもなく、彼があたしを心から案じてくれているのが分かる。
 強い意志を秘める真摯な眼差しにどうしようもなく心臓がうるさく騒ぐのは、あたし自身がこの人に惹かれているせいか。

(あたしより背が高くて体も大きくて場数も踏んでるのに、どうしてこの人はこんなにかわいいのか!)

 心配させてしまっているのは少し申し訳ないけれども、だ。
 相当シャムロックに毒されているなぁと自覚できる心の叫びに、誰より呆れたのは他ならぬ自分自身。
 今にも顔を覆ってジタバタ暴れたくなる衝動をなんとか堪えて、「今から降りまーす」と高らかに宣言したあと、登ってきた屋根の下を見た。 そして。

「――大変よ、シャムロック。 問題が発生したわ」
「問題?」
「登るのはなんともなかったんだけど、上から見ると結構高かった…(ガタガタガタガタ)」
「ええぇっ?!」

 しかも最悪なことに、時間が経って完璧に屋根の表面が凍っている。
 靴跡が残る登ってきた部分を触ってみるとそれはもう見事につるつるで…こ、これはいくらあたしでも危機を感じる…リアルに命の危険を感じるわシャッムロック…! バカでした! あたしはバカでしたぁぁぁ!!

「ど、どどどどどうしようシャムロック…! あ、だめ、手足もかじかんで感覚が」
「ま、待て待て待ってくれ! 動くのはダメだ! 取り合えず、そこまで行くから動かないでくれ!」
「いやでもこの凍った屋根を…体の大きいシャムロックが果たして、あたしのいる位置にまでたどりつけるかどうか疑問なのですが…」

 ちょっと厳しい気がします。 と、真顔で見下ろすあたしにシャムロックもはっとした表情になる。
 しかしすぐに気を取り直して首を振ると、バルコニーの手すりに足をかけて屋根の端から身を乗り出すようにして手を差し伸べた。
 大柄な彼にはこの屋根を登りきることはたしかに難しいが、近い位置まであたしが降りてこられればいい話なのだ。 まだ少し離れているけれどそれでもなんとかできそうな距離にまで手をのばしてもらえたことで、少しだけ勇気がでた。

「ゆっくり降りていってごらん。 大丈夫だ、足を滑らせても受け止めるから」
「…うぅ、迷惑かけてごめんなさい…」

 雪でテンションが上がったせいでこんなことになるなんて。
 なんというか、さすがに本能のまま動く自分の考えナシの行動を猛省した。
 いくらシャムロックがやさしくて面倒見がいいからって、ここまで困らせるってどうなの。 ちょっとだけ死にたい気分だ。

 かじかむ手足を叱咤してずるずるとぎこちなく滑り降りる。
 屋根の端まで登ってきてくれたシャムロックにもう一度「ごめんなさい…」と小さく呟くと、彼はあたしの言葉に目を丸くした。 けれど。


「――君が無事なら、それでかまわない」


 いつものように優しく笑ったあとで、屋根の端からふわりと抱き上げてくれた。
 あたしはシャムロックの首に腕を回して、ぎゅっと彼の肩にすがる。
 冷えた体に彼の体温がしみるように伝わって。 それが嬉しくって目をとじて身を任せていれば「」と耳元で名前を呼ばれた。
 その声に誘われるように目をひらくと、とても近い位置でシャムロックの視線と絡む。

「…、その」

 言い淀む彼の耳が赤いのも、きっと寒さのせいだけではない。
 あたしの耳や頬が赤いのは寒さだけではなくほぼシャムロックのせいでもあるけれど、真っ直ぐに向けられる彼の目に、彼の想いのようなものが注がれていく錯覚をしてしまう。
 余計なことを口走ってしまいそうで、思わず目を逸らそうと視線を下げると「逸らさないでくれ」と阻まれた。

「シャムロック」
「――、この旅が終わったら」
「…うん」
「君に聞いて欲しいことがある。 …伝えたいことが、たくさんあるんだ」

 熱をこめて紡がれる言葉に、あたしの胸の奥にも熱が生まれた。
 雪や風の冷たさを忘れさせるほどの、熱。
 シャムロックが何を伝えたいかなんて、さすがのあたしでも分かる。
 でも彼が”終わり”を望むから、あたしからこの熱を伝えられない。 それがもどかしくて、このまま先に踏み込んで彼の心とか――すぐ目の前にある、口唇とか――奪ってしまおうかなんて、ちょっと考えてしまうのだけれど。

(できるわけない。 彼自身の中で何も終わっていないから)

 この月の下で知った彼の苦悩も想いも知ってしまったからこそ、余計にだ。
 そう、だから結局は、いつもいつもあたしの妄想は考えるだけに終わってしまう。
 ぐるぐると考えすぎたせいで生まれるもやもやとした疲労感に、降参したようにため息を吐いて彼の髪に頬を寄せた。

「シャムロックって焦らし上手だよね…」
「…? 何か変なことを言ってしまっただろうか…?」
「……(かわいい…)……いいの、待ってる。 もう少しなら待てるわ」


 もう少し。
 もう少し。
 ああ、早く。 この人の全部を独り占めしたいの。



 あなたのせいで、あたしは物語の終わりをこんなにも待ち望む。

待ちのぞ【 ん 】だ終わりまで、もう少し

あとがき
フライングでくっつきそうで、でもくっつかないシャムロックゆめでした。
シャムロック好きですウオー!気がつけばじわじわ上がるシャムロック株ですww
カッコイイしカワイイとか黒騎士ばりの最終兵器ですwwもえるわ。

少しだけ自覚をした彼の想いは言動で伝わってくるのに、自分の中で全部片付けてからじゃないと何もアクションを起こしそうにないシャムロックにもやもやとする夢主は、あと一歩で肉食女子。笑。
もう食っちゃってもいいんじゃないかしら。
思い切って迫ったりとかしたら、シャムロックは腰をぬかしそうなほどびっくりすると思う。
(実際、腰をぬかすことはないだろうけれど、それはもうあわてふためいてほしいww)
なにそれ妄想するだけで楽しいんですけど!
2012.8.20