――雨の音が室内に満ちる。
 その音を聴きながら目を閉じたあたしの頬をするりと撫でる男の手は、片手だけで頬を覆えるほどに大きかった。

 そのことを知らなかったわけじゃない。
 だけど改めて、驚いている暇もない。
 頬を撫でた手が、指先が、湿った口唇をゆっくりとなぞっていく。 慣れている、とそんな感想を抱くくらいにその動きはスムーズで。 対してあたしはというと、どうしようもなく頬を熱くさせてしまうことでこんな状況に不慣れであることが相手に伝わっただろう……あたしを抱きしめて離さない彼の、苦笑のような、面白がるような、そんな響きを混ぜて喉の奥で笑ったのが聞こえた。

さん。 そういうの、男を余計に煽るって知ってます?」
「…知らないわよ、そんなの」
「いやぁ、知らなくて結構結構。 自分も教えがいがあるというもの」

 っていうか、こんなのに慣れるほどのモテ期があたしにあるわけないじゃない。
 思わずそんなことを毒づきそうになりながら、首を振ることでちょっとだけ抗うも、すぐに顎を掴まれて、呼吸ごと口唇を奪われる。

「んっ…?!」

 今までしてきたものとまるで違う。
 角度を変え、貪るような口づけは混乱の招くほど衝撃だった。
 シンゲンの着物の襟を引いて訴えるも、彼の腕はあたしの腰を抱いて離さない。 逆に勢いあまってか、壁に押し付けられるように後頭部をぶつけて「んんっ」と呻いてしまったけれどシンゲンは止まらない。 何度も口唇を、舌を吸われて、息もままならない。 でもやはり、シンゲンは止まらない。 思いの丈をぶつけるみたいにあたしを追ってくる。

「シ、ン…っ」
「――はっ、…ん、何です? こちらは結構、余裕はないんですが」
「ふはっ…う、そ…っ」
「本当ですよ。 雨に濡れて、いい具合に色っぽいんですから。 我慢なんて吹っ飛んじゃいますよ」
「が、我慢して! 寒いから、着替えたい……っ、あ…!」

 壁に押し付けられたまま片足を抱えられ、脱がされたブーツが放られた。
 雨で濡れて冷たくなった脚にシンゲンの手が這う。 首筋の肌を吸いながら内腿を撫でられるとカッと体温が上がって、そのことを彼に知られてしまうことに羞恥を煽られた。
 「や、だ」と濡れた髪を振って訴えても、シンゲンはあやすようにあたしの瞼にキスをして、小さく笑う。

「手伝ってあげますって。 ――着替えるのも暖めるのも」
「シンゲ、ン」
「男ってのは本当にしょうのない生き物でね。
 好いた女子(おなご)にいやいやされると、これがまた燃えてしまうもので……せっかく、あんたを大事にしたいと思っていたんですけどねェ」

 修行が足りない証拠ですなぁ。
 シンゲンはあたしの濡れた髪にも構わず、自分の頬を押し付けて息を吐く。
 まるで自分に呆れているみたいな、声。
 いつもみたいに饒舌だから普段の冷静さを保っているかと思いきや、触れ合う彼の身体は妙に熱い。 だから、雨で冷え切った体にシンゲンの体温がよく馴染んで、あたしは逆に暖かい。 言葉通り暖めてもらってしまってなんだか恥ずかしいけれど。

 でも素直になるのもちょっと悔しくて、「十分、大事にしてもらってるよ」と少し拗ねたように呟いてぎゅっと背中の着物を握りしめたら、シンゲンが耳元で笑った声がした。 嬉しそうだった。

「いやあ、雨が降ってよかったよかった。 万歳万歳!」
「…こっちは寒いわ本は濡れるわ、宿に帰った途端に侍に襲われるわで散々よ」
「朝になれば本は乾くし、あんたは温まるし、自分は我慢せずあんたに触れられて、とことん良いことづくめですけど…って、イタタタ! 耳引っ張るの反則ですってば」

 そっちこそ無駄に恥ずかしがらせるのは反則だ、と言わんばかりにぎゅーっと片耳を引っ張ってシンゲンに反抗してみせるも、それでも彼の顔の緩みは収まらない。

 ああもう、なんだか振り回されっぱなしだわ。
 いつも飄々(ひょうひょう)としているこの男の慌てふためく姿を、あたしは見ることができるのだろうか。 いや、負けっぱなしも悔しい。 近いうちに必ずリベンジしてみせる…と、そんな闘志を燃やすあたしに気づかないシンゲンの耳から手を放して、つま先を伸ばし、引っ張られて少しだけ赤くなった耳たぶに口づけた。

「!」
「……寒いから、早くして」

 あたしは振り回されてばかり。
 でも、しゃべり続けることで、彼なりに気遣ってくれていたのは分かった。
 だから、あたしから急かす。 もう大丈夫だからと、広い胸にすり寄ることで伝える。 すると、あたしの言葉に一瞬だけ驚いたシンゲンの顔つきがさっきまでのものと少し変わった。

「…そうやって自分を振り回してくれると、後が大変なことになりますよ?」
「え゛」
「まあ、いいんですけどね…でもこういうのは、自分だけにしてくださいよ」

 こんな狙った風な言動なんて他の人にできるわけがないじゃないか。
 思わず反論しようと顔をあげた途端、そのまま咬みつくように口唇を奪われて散々翻弄されたあと、力強い腕でさらうように体を抱き上げられた。
 向かう先は、あたしがいつも眠る寝台。
 ゆっくりと覆いかぶさる彼を見上げるあたしの心臓の音が大きすぎて、もう、雨の音なんて意識外に追いやられてしまって聴こえない。


「あと、ちょいと手荒になっちまうのも許してくださいよ。
 ――男が…っていうか自分が、我慢の利かないしょうのない生き物なんで」


 それならば。
 彼の熱にどうしようもなく溺れたいと願うあたしもまた、しょうのない生き物だ。





そこのところは、お互い【 さ 】まです

あとがき
私もいやいやする女子が大好物なんですテヘペロ★(オイィィ)

シンゲン難しいな!好きなのに難しいのが辛いー!
でもシンゲンEDは攻めまくりなんでたぎるww
サモシリーズで稀に見る肉食男子だよねこの人。ここまで攻めてる人初めてみた気がしますよ。惚れられたら大変だと思う。欲しいものは獲りに行くタイプだよ。
2012.8.17