早朝、部屋の窓を開けたとき吐く息が白みを帯びていた。
春夏秋冬の聖王都とは違い宿場町トレイユは秋を越えて冬にひとっとびらしく、山岳地帯ともなるとその気温差がよく分かる。
「どうりで手足がよく冷えるわけだなぁ」ともぞもぞと身支度をすませ、肌寒さに身を縮めながら部屋を出た。
<忘れじの面影亭>の食堂に入れば、朝食のため集まった住民たちで賑わっていた。
伝票片手にカウンターを通り過ぎようとしたライに挨拶をすると、朝食のメニューをどうするか聞かれる。
アルバはまだ鍛錬から帰ってこなさそうだし…まず手っ取り早く温まるためのスープだけ注文してからテーブルに着くと、窓の向こうに寒々しい空が見えた。 まるで雪まで降りそうな空模様に”今日の予定をどうしたもんか”とスープを待つあいだにぼんやりしていれば、大きな影がぬっと現れた。
「うっわ、く、クラウレ…?!」
「……」
いつの間に近くにいたのか。 本当にびっくりしてしまった。
しかしギンっと鋭い眼差しに見下ろされ驚きも眠気も寒さも一瞬で吹っ飛んでいった。
(え、ちょ、なに? なに??)
思わず身構えてしまうのは、彼の持つ戦士のオーラのせいか。
最近知り合ったばかりのセルファン族の青年がもつ、がっしりとしたたくましい体は肌寒い空気など物ともしないのか上半身は何も身につけていない。
きれいな翼と色鮮やかなウォーボネットは相変わらずよく目立ったが、これからの時季、彼がこの姿でいることを貫いて町を歩こうものなら翼よりも目立ってしまいそうな…ついついそんな心配をしてしまう。
これはものすごく余計なお世話か。
…だけど、人嫌いの彼があたしに近づいてくるなんて本当に珍しくて。
「えーと、お、おはよう…その、どうかした?」
「守護竜殿を見なかったか」
淡々とした尋ね方にあらまあ挨拶もなしですか…と、若干頬が引きつる。
快く思われていないのは分かっていたけど、なんか、ちょっと傷ついてしまうかも…。
(いやいやポジティブに考えよう!)
もともと人間嫌いなクラウレだし、話しかけてきたことのほうが逆にレアというもので今日はこれをラッキーな風にとっておこう。
クラウレから話しかけてきたらイイことがある…これからそう思うことにしよう。 最強のポジティブ法だと思うわこれ。 どんどん話しかけてきてほしいとか思えてきた。 それにほら、嫌そうな顔て話しかけられているわけでもないしこれが素なのかも。 案外嫌われていないかも?!
(あー、なんか気分が上がってきた!)
引きつりかけた頬を――にっこりと笑顔に変えてクラウレを見上げると、今度は彼が驚いた顔を見せた。
百戦錬磨の戦士の目をした迫力のある相貌がすこし、年相応というか、そんな和らいだものになる。
それを見て”あら。 意外と若い顔してる”と失礼極まりない考えが浮かんだが、その感想を口に出すことはなく笑顔のまま「今日はまだリュームを見ていないわ、ごめんなさい」と答えると、クラウレはまたいつもの精悍な顔に戻った。
「そうか」
「リビエルも見てないから、もしかしたらアロエリと一緒に買い物に行ってるんじゃないかな? ライに聞いてみたほうが早いかも…」
「あいつは忙しそうにしていたが…そうだな、そうするとしよう。 邪魔をしたな」
「いいえー、どういたしまして」
そうしてくるりと体の向きを変え、さっさと離れていくクラウレ。
<忘れじの面影亭>の朝食に集う人々と見比べるとクラウレは薄着どころではないが、本当に寒くはないのだろうか。
(今度、アロエリとおそろいのケープでもプレゼントしようかな)
ものすごく驚かれそうだけど、プレゼントを断られるイメージが沸かないのは今の自分がポジティブモードだからだろうか。
どんな色が似合いそうかなぁなんて、鼻歌まじりに髪を撫でてライのスープを待っていれば、鍛錬から戻ってきたアルバに「あれ、何かいいことでもあった?」と聞かれてしまった。
「そんなにニヤニヤしてる? あたし…」
「ニヤニヤっていうか、なんだか嬉しそうだから」
「うっふっふ…いいことあったっていうか…これからいいことがありそうなの」
「へー」
考え方次第でこんなに気分が変わるなんて、すこし単純かな?
でもあの青年とうまくやって行くにはこれくらいポジティブでないと。
今は彼と知り合ってまだ日も浅く、あたしが<人間>というだけで嫌われている対象になっているけれど、毎日顔をあわせるたびに笑顔で挨拶していればいつか彼も返してくれるんじゃないか…なんて。
(そうすればいいことだらけになるなぁ)
そのあと食べたライのスープは、今日もとびきり美味しかった。