女に事情があるように 男にも事情ってモノがある
「うーんと…」
不意に思案の呟きをこぼしたのは、少女の愛らしい唇だ。
少女はまとめ上げた銀色の髪を揺らし、首を傾げる。 細い眉をひそめ、唸るように腕を組むとあどけない顔に険が混ざり齢15とは思えないなかなかの迫力を醸し出すのだが、彼女独特の愛嬌さは損なわれることはなく、棚に陳列されたリベルの実とシルドの実をじっくりと見つめ品定めをしている姿には微笑ましさから苦笑を誘われる。
商人は日に焼けた顔をにっこりと綻ばせて、かれこれ二十分ほど悩み続けた少女に笑いかけた。
「どうだいフェアちゃん、決まったかい?」
「もうちょっと待って! リベルの実のほうが味わい深くなるけど、今が旬のシルドの実は歯ごたえがあって前に使ったら好評だったし…うーーーーーーん…」
「いっそ両方ってのは?」
「うううーーーーーーーーーん…!」
「姉ちゃん、こっちの買出し終わったぞー…って、まだ悩んでるのかよ」
横からひょっこりと顔を出したのは、少女と揃いの容姿を持った少年だ。
両腕に抱えた紙袋には市場で買い占めた食材が詰め込まれており、果物が並ぶ空間から一歩も動かない姉に心底呆れているようだ。 どこか冷めた眼差しに加え、大きなため息が追加される。
「早く戻らないと、昼の仕込みに間に合わないだろ」
「だってライ、リベルの実とシルドの実じゃ全然違うし…」
「…おっちゃん、リベルの実、5つな」
「まいどー」
ちゃりーん、とバームを渡して受け取るライ。
それにあー! と不満そうな声をあげたのはフェアだ。
散々悩みに悩んでシルドの実にしようかなと考えていただけに、あっさりとリベルの実にされて心中複雑…いや、不満らしい。 かなり不満らしい。
しかしライはそれを特に気にした風もなく、リベルの実が詰まった袋を抱えてあっさりと。
「だって俺、リベルの実のほうが好きだし」
「私はシルドの実が好きなのにー! アロエリだって、シルドがいいって…」
「じゃあ今度シルドにすればいいだろ、ほら、帰るぞ」
「もー!」
商人に手を振ってから、フェアとライは活気溢れる市場を抜ける。
宿場町として栄えているだけに、宿屋に戻る途中すれ違う人々の姿は様々だ。
トレイユの町の人の姿もあるが、外から来た者も多い。 観光客、召喚獣を含め、剣や刀、杖を携え訪れる旅人の数も例年増加しているような気がする。
「また旅人増えたみたいだな」
「まあ、昔に比べたら増えたほうよね。 しっかり稼がせてもらわなきゃっ」
「同感。 うちもまだまだ伸びる…―――、あ」
ライの青い瞳が、一つの店先に止まった。
フェアの青い瞳もそれを追う――そこで、ライの視線を止めたのは店ではなく、店の出口に立つ一人の青年だ。
見知った人間の姿に自然とフェアも口元を綻ばせた。
「リューグさんだ」
「何やってるんだろうな……なんか、ものスゲー近寄りがたいんだけど」
リューグ――彼は、フェアとライが営む宿の客の一人だ。
目も覚めるほど鮮やかな赤髪と、強い意志の光が浮かぶ目が印象的で、毎朝早起きをしては走りこみや剣の素振りなどしている姿をよく見かける。
ときどき、竜の子たちに絡まれて困っているような姿も見るが、最終的に折れて遊んでやっていることから子供が嫌いなわけではないらしい――― 懐く子供に向けていた、ほんの少し口元を綻ばせる微笑が思っていたよりも優しいものだとフェアが気がついたのはつい最近だったが。
しかし今はどうだ。
憮然とした面持ちで腕を組んで店先の白い壁にもたれかかり、全てを遮断するように目を伏せて佇む姿からは、リューグを知るライとフェアでさえも声をかけがたいオーラのようなものが発せられていた。
声をかけたらタコ殴りにされそうだ。
「なあ、あれって声かけていいのか?」
「んー…なんか、怒られそうな気がするけど…大丈夫よね。 声かけるくらい」
剣呑な空気に少し脅えつつ、紙袋を抱えたままリューグへと歩み寄る。
だが、それよりも先にリューグが彼らに気づいたようだ。
まだ数歩分の距離があるにも関わらず瞼をすっと持ち上げて…嫌そうに、顔を歪めた。
しかしこちらに向かって歩いてくるのだから無視をするわけにはいかない…そう観念したのか、不機嫌そうな色も隠さずに「よお」と彼らを視界に認めるものの、目は据り、声も彼にしては低音で、正直かなり怖い。
どうやら声をかけること自体がタブーだったようだ。 姉弟揃って地雷を踏んでしまった。
しかしこちらもここまで来てしまった手前、回れ右、で帰るわけにもいかない。
結局彼らもリューグに近づくしかなかった。
「…なんだよ、何か用かよ」
「(怖ェェェ!) こ、こんなところで何やってんだよ…」
「(怖ァァァ!) さんを待ってるの?」
二人の問いかけに、やはり憮然とした面持ちを崩さないままリューグはこくりと頷いた。
恋人でもある彼女を待っているだけなのに何故、こんなに不機嫌なんだろう。 遅刻でもしているのだろうか。
しかし彼らは宿の一部屋を借りて過ごしているのだから、遅刻も何もないはず……フェアとライの青い瞳が、リューグが立つ店を見上げた。 そこには。
「…ケーキ屋さん?」
ライとフェアも訪れたことのあるケーキ屋が、穏やかな太陽の光を浴びて佇んでいた。
しかしこれがどうしたというのか。 この中にがいるのだろうか?――そんな疑問に揃って首を傾げる姉弟に、リューグはものすごく、ものすごく嫌そうな顔で首を振り。
「違う――あっちだ」
やはり嫌そうに。
けれど大きなため息付きで、ケーキ屋の隣の―――さらに隣の隣にある店を指差した。
フェアとライの青い瞳も、ケーキ屋の隣の―――さらに隣の隣を見る。
そこに佇むのは、一軒の店だ。
ガラス張りのショーウインドウの奥に見えるものは色とりどりの女性用下着と、それらを手に取り、眺めながら談笑する女性客や女性スタッフの姿だ。 様々なデザインの下着に囲まれ、女性たちで賑わう店内はそれだけで独特の雰囲気を醸し出している。
―――あの中にがいる、とリューグは言う。
「一緒に選んで」と危うく連れ込まれそうになったので、ここまで避難してきたとも続けられた言葉にフェアは「なるほど」と大変納得したようにうんうんと頷き、ライはぼっと顔を赤くした。
「下着のお店…もとい、ランジェリーショップかぁ」
「サイズが合わなくなったんだとよ」
「(何のだろう…) あはは、さんはいいけどリューグさんは居心地は良くないかもね〜」
「良くないかもしれない。 じゃなくて、良くねえよ」
けれど、女性の旅人なら仕方がないと思う。
町にいるのならともかく、野宿がメインとなる外界には店というものが一軒もないのだ。
デリケートな事情の多い女性は町にいる間だけでもちゃんと支度を整えておかなければ、後々に大変なことになる。 恋人と旅をしているのだからも余計に気を使うだろうし、その辺りを分かっているからこそリューグもこうして付き合っている?とは思うのだが……。
「さんと一緒なら、リューグさんがあそこにいても、そんなに、変じゃないと思う、けど…」
でも、クールなイメージの強いリューグが。
恋人にランジェリーショップに連れ込まれそうになって、その手を振り解き、避難のために離れた場所で待っている…………ふつふつと、次第に込み上げてくる笑いに声を震わせながらフォローを入れるフェアだったが、笑いを堪えながら入れるフォローほど、フォローさに欠けるものはない。
ぶるぶると震える肩と笑いに細められたフェアの目に、リューグの機嫌はさらに降下したようだ。
先ほどよりもさらに濃厚で険悪な空気を全身から醸し出し、全身で「あっちに行きやがれ」と告げている……彼の不機嫌の原因が分かってしまっただけに、あまり怖くなくなってしまっていたが。
「いいじゃない、サイズが合わなくなるって女の人には重要な問題なんだし …っぷ」
「おい、フェア。 今笑ったろ」
「いやそんなこれはうっかり出てしまったというか…だ、だって、リューグさん、一緒に入るのが嫌だからってこんな遠いところにいなくてもいいじゃないですか〜!
逆に、店にいるよりそっちのほうが面白…あははは!もう限界〜!!」
「ッチ…だから、嫌だったんだ」
紙袋を抱えたまま笑いこけるフェアに、リューグはここにはいない恋人に毒吐く。
まさに、正と負の感情がその場で旋律を奏でているようだ。 フェアの笑い声とリューグの険悪ぶりが周囲の通行人の目を引いて、何だ何だと興味を集めてしまっている。
このままでは人だかりが出来てしまうかもしれない。
そんな混沌とした状況を静かに傍観するのは、ライだ。
同性としてなんとなくリューグの気持ちが分かるらしいが、フォローの言葉も思いつかないらしい。
せめて、今の自分が同性の彼のために出来ることといえば。
「…フェア、帰ろうぜ…」
爆笑する姉を、諦めたように引きずって連れ帰るだけだった。
「ごめんごめん、お待たせ〜ってアレ、ちょ、何でそんな不機嫌?」
「うるせえ、帰る。 もう二度とテメエに付き合わねえ」
「ええぇぇ?! でも結局、一緒に入ってくれなかったじゃない!
……せっかく、リューグがどんなのが好きか聞こうと思ったのに……」
「〜〜〜今度は付き合ってやるから、こんなとこで、んな顔してんじゃねえ!(襲うぞ!)」
「ええええぇぇぇ?! んな顔って、どんな顔ー?!」
女に事情があるように 男にも事情ってモノがある
しかしその事情自体が、たった一言で変わる場合もあったりする