「すっごい雨だなー…」



 まさしく、”バケツをひっくり返したような”。


 そんな例えに相応しい大雨を前に、マグナは買い物袋を抱えたままがくりと肩を落とした。
 





 怪しい雲行きだとは思っていたが案の定、降られてしまった。
 雨は強風の勢いも手伝って、全速力で走り続けるマグナの全身を打ちつける。 ばしゃんっ、と水たまりをまともに踏んでしまってもこれだけ濡れてしまえば気にしているどころではない。 ズボンの裾にはねた泥にほんの少し憂鬱になりながら、水に濡れた目許を拭う。

(あーやっぱり今日はやめとけば良かったな…)

 買い物袋を抱えながら、マグナはひたすら【 忘れじの面影亭 】への道を駆け抜けていく。
 トレイユの町はずれにある小じんまりとしたその建物は強い雨風にさらされてなんとも頼りないが、窓からこぼれるわずかな明かりは薄暗い空の下での導きの灯火として十分心強い。
 建物の中へと飛び込むように駆けこむと、マグナと同じ被害にあった宿客たちにタオルを配っているライの姿があって、彼はマグナに気がつくと驚きの声をあげた。

「うっわ、マグナさんも外に出てたのか?! と、とにかくほら、タオル」
「わー助かった! ありがとう、ライ…どうしても今日中に欲しいものがあって、近いから大丈夫かと思ったけどやっぱ降られちゃって…」

 暖かい空気にほっとする。
 それでもマグナの全身ずぶ濡れで、そこに立っているだけで衣服に溜まった雨水はどんどん床に落ちていく。 やはりタオル一枚ではとても追いつかない。 「あとで掃除するからっ」とタオルを頭にかぶったまま、自分たちの部屋へと急いだ。
 廊下の窓の向こうの世界は夜のように真っ暗で、夕日の姿は完全に隠されて見えなくなってしまった。 今夜はずっと降り続けるのかもしれない。

「ただいまーっ!って、あれ…?」

 やはり飛び込むようにして部屋に戻ったマグナは、室内の様子に目を丸くした。
 旅の相方でもあり恋人であるの姿が見当たらず、ずぶ濡れの買い物袋をテーブルに置きながらキョロキョロと周囲を見回す。
 それほど広くもない一室なので一目見ただけでがいないことは分かるのだが、彼女が出かける用事は特に聞いていなかったから”どこに行ったんだろう”と、少し心配になる。 探しにいったほうがいいだろうか。

「…って俺、心配し過ぎ…ネスの過保護にどうにも言えないなぁ…」

 少し姿が見えないだけで落ち着かなくなるなんて、まるで母親を探す子供のようだ。
 そのことが妙に気恥ずかしくなってきて、かーっと顔を赤くしながら靴を脱いで裸足になり、少し伸びた髪を縛る紐を解きながらシャワールームに向かう。 このままでは風邪をひいてしまうかもしれないし、シャワーを浴びてからのことを探せばいいだろう。 もしかしたら、シャワーを浴びている間に帰ってくるかも。

(あれ?)

 ドアノブをひねって、不意に気付くシャワー音。
 外が土砂降りの雨だったため今の今まで気づかなかったが、シャワールームに人の気配があった。 もしかしてかな…と、マグナは何も考えないまま躊躇いもなく扉を開けてのぞきこんだ。


? シャワー浴びてるの…か……」

「――え?」


 まず、視界に入ったのはしっとりと湿った白い肌だ。
 次には驚きに目を瞠るの顔と、下着から片足を引き抜きかけている姿。
 まだそれほど暖まっていない脱衣所から察するに、彼女も雨に濡れて、これから風呂に入って温まろうとでもしていたのだろうか。 シャワーから噴き出る湯がバスタブの半分にまで溜められているのがここからでも見える――いやいやいや、大変美味しい光景ではあるのだけれどもちょっと不味い現場だ。 ほら、の顔が真っ赤になって、眉がつりあがって、なんだか少し怒った感じに……。

「マグナのバカぁ! ノックくらいしてよ!」
「わっ、ご、ごめん!!」

 慌てて脱衣所を飛び出して、そのまま背中で扉を閉める。
 彼女の裸を見るのは初めてではないけれど、急に飛び込んできた白い肌が目にチカチカと焼きついて離れない。

(…白かったなー…)

 この夏でマグナは少し焼けたのに、は白いままだ。
 やはり、外に出るたびに手袋や帽子をかぶるなどの地道な日焼け対策の賜物だろうか…”別に焼けたっていいのに”とは思っていたが、自分との肌の色の違いに少しどきどきしてしまう。

 「女の子ってすごい…」と感心の溜息を吐いたとき、背にもたれていた扉がカチャリと開いて、その中からが申し訳なさそうに顔を出した。 慌てて上にシャツだけを着たのか、シャツの裾から白い脚が覗いて見える。(うわーなんか色々と試されている気がする…)

「えっと、大声出してごめん…おかえり。 マグナも今帰ってきたの?」
「あ、うん。 やっぱり間に合わなくって降られて…あっ、でも、が先にお風呂に入っててくれよ。 風邪ひくし、俺はバカだから平気だし!」
「……何言ってんのよ……」

 どこか呆れたように小さく笑ったは、マグナの濡れた髪に触れた。
 わしゃっと軽く撫でられる。 それがなんだか心地よくて目を細めれば、は「えっと…」と言い淀みながら、水分を含んで重くなったマグナの服の裾を、きゅっと掴んだ。


…?」

「……一緒に、入る?」















「―――ぁ…ッはぁ、ア…ッ、…」

 狭い浴室に、流れ出ていくシャワーの音と、唄うようにこぼれるの声が満ちていく。
 覆いかぶさるように背後から彼女を抱き締めたマグナがゆるりと腰を揺らすたびに、浴槽のへりにすがるように身体を支えた彼女の身体が悩ましげに踊り出した。
 マグナに臀部を突き出して無防備な背をさらす体勢に加え、浴室の壁に反響する甘い声はいつもと違う興奮を誘う。 先ほどまでの冷え切った身体とは打って変わって熱された背の肌に舌を這わせると、マグナの熱を飲みこんだ彼女のナカがきつく収縮した。

「ん、キツ…」
「ぁ、ご、ごめ…ン、ッぁ」
「謝らなくていいよ…、熱くて、気持ちいいから」

 囁き混じりの吐息には悦びに身体を震わせて、ぎゅっと目をつむる。
 浴槽のへりに捕まった震える腕はすでに身体を支えることも難しいようで、マグナに腰を支えられたまま、くたりとへりに崩れ落ちる。 荒く息を吐き、身を震わせながらもマグナに尻を押しつけるその姿はひどくいやらしい。 濡れた臀部を打つように腰を揺らすと、また、泣きそうな声があがっての全身が跳ねた。 喘ぐばかりで閉じることを忘れた唇の端からは唾液がこぼれ、それを拭う余裕もなく彼女は乱される。
 そんな姿にすら愛しさが込み上げ、マグナが後ろから彼女に身を寄せ、顎先をくすぐるようにやさしく撫でて唇の端に口付けを贈ると、の方から唇を合わせてきた。 互いの揺れ動く腰が合わせる律動に、自然とぶつかるようなキスが繰り返される。

「はっ、はぁ…ま、マグナ…ひッぅ、マグナぁ…!」
「…っは、なんか…いつもより、感じてる…?」

 苦しい体勢で、舌を絡ませながらの問いにははっと目を見開いた。
 次の瞬間には耳まで赤くなってマグナから顔を背けるも、顎を掴んでマグナの唇へと引き合わせる。 しっとりと湿った唇はやわらかいだけでなくいつも以上に熱帯びており、向けられた問いを肯定しているのも同然だった。
 それは何故なんだろう…言葉を促すように向けられた眼差しに、は「うっ」と眉を下げた。

「お風呂でしてるから? それとも…何かあった?」
「そ、そんなこ、と」
「教えて、くれよ…」
「やっ…っは、ァ、あァ…!」

 密着していた体を離して、ずっ、と腰を引く動きに、はふるふると首を横に振って嫌がった。
 シャワーから噴出口から落ちる水でゆっくりと溜められていた浴槽の湯は、身体を重ね合った互いの腿にまで届いており、一度動く度にバシャンっと溢れるほどに跳ねる音をたてて彼女の羞恥を煽る。
 口には出すと怒られるので言わないが、マグナは彼女が恥ずかしがる姿を見るのが好きだ。
 本当は今すぐにでもを強く抱きしめてこの熱を注ぎたい。 けれども彼女に何があったのかも知りたくて、じれったいほど緩やかな愛撫で彼女を焦らし、なかなか素直にならない様子に目を細めて「教えてほしいんだ」と耳元で囁くように願う。

「そんなっの…マ、グナが…ぁ、っ…」
「…?」
「すっ―――すき、だ、から…ンッ…ぅ」

 ”それだけ、よ”と呟いて息荒く俯いたまま浴槽の湯底を見つめたあと、は唇を引き結んだ。

 ぽつりとこぼれ落ちた突然の告白にマグナの思考と身体は一瞬だけ、動きを止めた。
 唐突の静止に恍惚とした色を浮かべながらは不思議そうに振り返り、「マグナ?」といつものように名を呼ぶ。 他ならぬ自分の名を。



 ―――に名前を呼ばれることが好きだった。



 この名は一度、棄(す)てられた名だ。
 いつまで経っても、どんなに時間が過ぎて行っても忘れられないあの地に。
 寒くて白い、静かで寂れたあの街の片隅に……<トリス>と共に棄てられた名。

 もう、誰にも呼んでもらえないと思っていた。
 冷たい雪の中に埋もれたまま、静かに死んでいくのだと。




 けれど今―――こんなにも、熱いくらいに名を呼ばれ、求められている。



 それは何よりも確かな、存在の証明。



 棄てられたはずの名が、彼女の声で息を吹き返す。




「ッ、…っ!」

 ああ、しまった。
 熱い感情の塊が胸に詰まり思わず、彼女の名を呼ぶ声がかすれる。
 けれど腕を力は緩まない。 緩められない。 もう何度も思ったけれど、きっとこれからも何度だって思うのだ―――もう二度と、と離れたくはない。

 湯から呆気なく持ち上げられた身体は、浴槽の端に腰かけたマグナの足の上に乗せられて、向かい合うように抱きしめられる。
 息を吐く間も与えられず、繋がりを解かれた場所に再びマグナの熱が押し込まれた。
 唐突な変化に、急激に与えられた刺激には「ひ、っ!」と甲高く悲鳴をあげ、マグナの上で仰け反る。 それでも互いを抱きあうように腕をまわして身体を寄せあい、ドクドクと打ち鳴らされる心音に耳を傾けた。 彼女が生きている音が嬉しい。 湯気と快楽に火照るばかりの身体はどちらも比べようがないほど熱く、衝撃に打ち震える少女の細い体を決して放すまいとしかと腕に抱き締めて閉じ込めて、真っ赤に染まりきった頬へ唇を滑らせた。

「ん…ごめん、…苦しかった…?」
「はぁ、はぁ…へ、平気…でも、のぼせそ…」
「はは、俺も、のぼせそう……だけど、もう少し頑張って」

 とろりと蕩けるような眼差しに、いつだって胸の奥を掻き乱される。
 座っている場所が場所なだけに不安定な体勢だがそれでもを放すまいと力を込めて、情欲に突き動かされるまま彼女の身体を貪った。 恋しい人の乱れる姿が堪らなくて、どこまでも何度でも求め続けて、その熱源とひとつになろうとただひたすらに果てを目指した。

 シャワーの湯で満たされた浴槽は既に溢れタイルを流れていくけれど、それを気にかけている余裕はない。
 外で降り続く雨音も、彼女と奏でる水音に?き消されて意識の外だ。
 そういえば外は稀に見る豪雨だったな……ああ、明日は気持よく晴れるだろうか。




(どっちでもいい)




(どっちでもいいよ。 …晴れでも雨でも、君といられるなら)








 今日も明日もこれからも、愛する君と生きていけるなら。

レイニー・レイニー

あとがき
恋人たちシリーズは、みんな同じ部屋に泊まってベッドも隣同士設定です。
一人一室なんてもったいない!お金もそうだけどせっかくの二人旅なのに何故あえてわざわざ別部屋にしなくてはならんのだ…!シチュエーションがもったいない!(どういう悔しがり方)

さん、若干ツンデレみたいな感じですね。笑。
ツンデレ好きです。だってかわいいじゃないですか…アメとムチ的な比率がたまんない。

マグナはきっとこれからも、故郷である北の街の冷たさを忘れられないとおもう。
2009.7.31