「マオーさ〜んこっちですよ〜」
そう言って目の前をひらりと通りすぎるのは虫――ではなく、妖精だ。
若葉色の髪を揺らし、花の香りを愛らしく振りまきながら宙を踊る妖精マルルゥは、ユクレス村のはずれに佇むヤッファの庵を指差した。
小さく無邪気で愛らしいその姿は見る者の心を和ませるが、しかしバルレルからすると尻に花をつけた虫でしかなく、ひらひらフワフワ横切られるとうっかり叩き落としそうになる。
「つーか、いい加減その呼び方変えねえと食っちまうぞ、ドチビ」
「はわわわ…! だ、だだだだって覚えられないのです〜!
それに、パタパタさんがよくマオーマオーとマオーさんを呼んでいたですし…」
マオーはマオーでも、悪魔王だ。
聞いてるだけで頭が悪くなりそうな会話と、パタパタ…もとい天敵フレイズの名前があがって、バルレルの表情に不快な色が浮かんだ。 端整な顔が、大変不愉快そうにしかめられる。
強い魔力を持つ悪魔の三つの魔眼に射竦められ、ぎらつく瞳が帯びる剣呑な気迫に小さな妖精は涙目になり、にじみ出る強大な魔力にぶるぶると震えるとヤッファの庵へ一直線に飛んでいく。
「と、とにかくモエモエさんが大変なんです〜」
――ちなみに、モエモエさん、とはのことだ。
奇妙な命名に”何故、よりにもよってモエなのか…”と頭を抱えが心底複雑(というか、嫌そう)な顔をしていたが、妖精は改める気もないようだ。(そして定着してしまった)
早く早くと急かす妖精を無視して庵に踏み込む――と、そこでバルレルを待ち兼ねていたように、床に座してあぐらを掻いている白い獣人が振り返った。
「シマシマさん、連れてきたですよーっ!」
「よぅ、待ってたぜ」
「…何やってんだコイツ…?」
ヤッファの庵の寝床に、がぐたりと横たわっていた。
「なぁに、草の毒に当てられたのさ」
事も無げに、ヤッファがの額の髪を掻きあげた。
大きな手で露になるその顔は真っ赤になって、眉はしかめられ、苦しそうに呼吸を乱しながら自分を抱きしめるように体を丸めている。
じわりと浮かぶ汗やわずかな震えが見て取れるそれは、風邪だなんだと簡単に言えるほど些細なことではない――”毒?”と聞き返すバルレルの目に鋭い刃の光が浮かぶ。
「おっと、命に別状はねえから安心しろ」
「何で草の毒がこいつにあたるんだよ」
「どうやらチビたちの宿題で花を探すってのがあったらしくてな…それで、摘み取ってる時に指を切ったらしい」
熱く、力のない手をとってヤッファが傷口を見せる。
うっすらとした赤い線が一筋浮かんでいるが、その傷口の周りだけが色が悪い。 毒が体内に侵入した形跡に”バカだな”と半眼でを見下ろすが、反応はなかった。 高熱に意識が朦朧としているのか、既に奪われてしまっているのか。 ただ、苦しそうに吐息をこぼすだけ。
「で、解毒剤はあるんだろうな」
ないと応えれば剥製にでもしてやると言わんばかりに、バルレルが指を鳴らした。
空気を震わせるほどの不穏なそれに動じることなく、怠け者の名を欲しいままにする白い獣人は肩をすくめてバルレルを見返す。
「おう。 まあ、そこでアンタを呼んだんだよ」
「…?」
妙な言い回しに、バルレルの眉がひそめられる。
ヤッファはマルルゥを外に追い出してから、が心配で庵の周りをうろついていた子供たちも追い払い、再びあぐらを掻いて座す。 どしん、と重い音が庵の床に響いた。
そして。
「を抱け」
唐突なそれに一瞬、思考が止まる。
「…はァ?」
「この毒は媚薬とか、そういうのに近い類なんだよ。 手っ取り早い解毒は抱くのが早い」
”オマエなら構わねえだろ”と意味ありげににやにやと笑いながら、ヤッファは尻尾を軽く振った。
随分と楽しそうなその顔に、尻尾を引きちぎってやろうかとそんな考えが脳裏に過ぎるが、バルレルは溜息を吐くことで不快だった気分を押し流すと、の肩を腕に抱いて抱き起こす。
あっさりと持ち上げられる体はただ熱く、ぐたりとバルレルの胸にもたれかかった。
「まァ、悪い話じゃねえ」
「…ん…」
零れる吐息を飲み込むように、顎に指をかけて上に向かせ唇を奪い取る。
その唇はひどく熱い。 なのにかすかに震えているのは毒がもたらす悪寒のせいか。
こんな状態で抱いてもいいのかという疑問がちらりと脳裏をよぎるも、バルレルは止まることはなかった。
ちゅ…、と弾むような音をたてて、の唇を味わう。
何の睦言も合図もなく始まったそれに”まかせたぜ”とヤッファは庵で出て行った。 ご丁寧に幕を下ろしていくのだから、”そういうトコはしっかりしてんだな”と思考の隅で感心しながら、の唇の柔らかさを堪能する。
「ん、っ、ンン…」
薄暗くなった庵に、のこぼす声が増えていく。
幕が空気を遮断してしまったのかの熱が広がったのか分からないが、庵には独特の空気が漂い始め、バルレルはその空気に促されるかのようにの肩を抱いたまま、熱くなった唇を何度も、旨そうに啄む。 息苦しさに顔を背けようとする顎を捕らえ、執拗なほど繰り返す。
「ん、ンーっ…ぁ、ふ…、え…?」
息苦しさに意識が引き戻されたのか。
睫が震え、瞼がわずかに開いて彼女の瞳がバルレルを見た。
とろりと蕩けそうな眼差しがバルレルの姿を捉えると、の両腕が力なくバルレルの首に回された。
すがるように髪を掴んでくるそれに、今の行為を了解ととっても良いということか。
バルレルは引き寄せられるまま彼女の首筋に顔を埋め、白いうなじに舌を這わせるとの体が過剰に跳ねた。 毒で感覚が敏感になっているのだろう。 息を乱しながら発熱する肌に浮かぶ汗がいやに艶かしい。
「バル、レル…ここ、は…?」
「ヤッファの庵だ。 すぐ楽にしてやる」
「楽に…? あ、ハサハ…は…」
「他のガキどもと一緒だ――余計なこと、考えんな」
そう、余計な思考は必要ない。
今はバルレルのことだけを見つめて、感じて、考えていればいい。 喉に食らいつくように唇を押しつけながらの体を押し倒すと、怠け者が使う寝床に二つの体が重なった。
バルレルは腰からのびる漆黒の翼を数回はためかせて小さくたたむと、細い尾での腿を撫でる。 くすぐるように撫でるだけの尾の感触にびくりと震える体は、きっと何をしても過剰に反応を返すだろう。 彼女が限界に近づいた時には一体どんな反応をするのか…思わず、期待に笑みが浮かび上がる。
「オイ」
「…な、に…?」
「今から、ナニをするか分かってんだろうな」
惑わすような怪しい低音が、の消えそうな理性を打ち砕く。
涙と毒で蕩けきった瞳がバルレルを見上げ――やがて、無言で頷いた。
それは普段、意地を張るばかりの彼女の心がバルレルのモノになった瞬間でもある。 なかなかに気分がいい。 褒美だと言わんばかりにの唇に口づけると、立てていたの膝が震えた。
「せっかくいい具合になってるからな。 まずは少し楽しませてもらうか…」
「あっ」
シャツを下着ごとたくし上げ、汗の浮かぶその肌を外気にさらす。
愉しむように落ちる視線にはどうしようもなく頬を火照らせて顔を背けるが、バルレルが心臓に近い乳房の上に手を置くと、普段より早い音が伝わってくる。 トクトクと響く命の音。の血が流れる音。 それらにバルレルは心地よさそうに目を細め、柔らかな乳房に顔を寄せてその肌に吸いついた。
「んっ…!」
「まだ何もしてねえのに、ココは硬くなってんなァ」
「やっ」
敏感に変化を見せる淡い色の蕾を舌で弄りながら、バルレルは吐息で笑う。
はぎゅっと目を伏せたが、誘うように主張している蕾を舌で押し潰して口内に含むと、泣きそうな声が出た。 本当に、泣いてしまいそうな声。 今すぐにでも欲しいのだと言っているようにも聞こえ、バルレルの本能が獣のような唸り声をあげたのを自覚する――思わず、笑みが浮かぶのを抑えられない。
「すぐにやるから、そんな目で見るんじゃねェよ」
疼くような感覚に急かされの膝裏を抱えると、ふくらはぎに甘く咬みついた。
柔らかい肌は、牙に甘く貫かれる。 血は出ていないがそれでも欝血したような痕が残ると、さらに気分がよくなった。 この身体を抱くたびに得られるこの昂揚感は一体なんだというのか。 自分でもまだ、よく分からない。
(コイツが、ニンゲンだからか?)
今まで女悪魔を相手にしてきてはいたが、人間はが初めてだ。
トリスやと会うまで、人間は憎悪の対象でしかなかった。
自分以外の命にはどこまでも非情で、命を無価値に陥れることができる人間――そういう人間ばかりではないということを知っても、悪魔以上に秘められた残虐性には今でも吐き気がする。
(ニンゲンは嫌いだ。 だが、コイツは)
最初は、この女のもつ懐かしい匂いに心が緩んだ。
次には、バルレルと対等でありたいと願うひたむきさに、心が動いた。
動いた心は彼女を求めてやまず、支配しようとその身を腕に抱けばは嬉しそうにバルレルを抱きしめ返してくる。 強い魔力に恐れもせず、人間とは違う異形の姿を気にもせず、明るい声でバルレルの名を呼んでこの女は屈託なく笑うのだ。
あまりにも毒気が抜かれる笑顔のせいか。 気がつけば、支配することもできないまま隣に置くようになってしまった―――。
(くっそ、余計なコト考えた…)
一人振り回されている感が否めずに、それに少し腹が立った。
ふくらはぎだけでなく太腿にも舌を這わせて咬みつくと、の脚は完全に力が抜けきったのが手の平に伝わる。 その隙に足を大きく開かせると、為す術もなく開かされた自分の姿に毒に犯された思考がほんの少し醒めたのか、はやはり泣きそうな声で顔を背けた。
「ぃ、やぁっ」
「こんなに濡れてやがるのにイヤはねえだろ?」
「ちが、違う…」
何が違うというか。
体は熱を帯びて濡らすほど欲しているというのに、言葉だけの拒絶に嗜虐心が煽られる。
もっと啼かせてやろうか、とスカートと薄布を引き下ろし既に潤いを帯びる彼女の中心に顔を寄せ、意地悪く息を吹き掛ければ甘い声が庵の空気を震わせた。
「や、ぅう、バル、レル…」
「催淫系の毒ねェ、この島もいいモノ置いてるじゃねえか」
とろりとこぼれる愛液が、甘く、バルレルを誘う。
その誘いに乗らないはずがない。 濡れた花弁を舌で押し広げ、ぬるりと滴るその蜜を音をたててすすると、唐突に始まった愛撫には悲鳴をあげて背を反らした。 腰を抑えられて逃げることもできず、執拗に舌で嬲られて悶える姿はなんとも厭らしい。
巧みな舌使いで彼女を犯すことをやめぬまま、もっと乱れてしまえと言わんばかりに指で敏感な部分を押し潰すとより一層溢れだす愛液がバルレルの喉に落ちていく。 手加減を計る理性を叩き壊すには十分な反応に、バルレルの欲望に本格的なスイッチが入った。 貪るようにその身体と心を犯して、これからどんなコトをされても文句を言われないように余計な羞恥と思考能力を捨てさせる。
「ひぁっ、ン、っや、あァ…ッ!」
「ヒヒッ、いつもそれくらい素直だったら面白ェんだがな」
普段どう思われているか理解できる言葉にが顔を背ける。
悔しそうに噛み締められて、震える口唇。 反らされる視線を、顎を捉えることで引き合わせ、味わった蜜に濡れた唇を自らの舌で舐め取りながら、赤髪の魔王は愉しそうに目を細めた。
この女に求められている。 欲しがられている。
それを理解するのは、悪い気はしない。
だが、いくつか気に入らないコトもある――のモノで濡れた唇が、息もままならないの唇と重なると、魔王と恐れられる悪魔の表情が憮然としたものに変わった。
「…草の毒のせいでそうなってやがるのは、あんまり面白くはねェな」
「バ、ル…っぁ、あ、…ッ」
「テメエをあやすのも面倒くせェし、他の野郎共に見せんのも癪だしな――さっさと治すぞ」
そうして、熱を帯びた唇は震えごと溶かされていった。
「…何故、ヤッファ殿が風雷の郷でこのうえなくくつろいでおられるのですか…」
「あんなトコで寝てられねーよ、見ていようもんなら俺が殺されるわ」
呆然と尋ねるキュウマを尻目に。
赤い鳥居の奥の社の床で寝そべったヤッファは、そのまま昼寝に入るのだった。