※サモンナイトノベルズ「私だけの王子様」後のお話となっております。
本編にはいないマグナがいたりと色々と趣味満載設定で大変申し訳ありませんが、どうぞご理解頂けると幸いです…。
――――興奮した歓声に包まれて、美しい王女の手から受け取った剣を掲げる白い鎧の騎士。
風になびく彼の赤い外套は鮮やかで、沸き立つ歓声に応えてに剣を掲げるその表情は凛々しく。
傍で彼を見つめる王女の瞳はいつになく熱を孕み、王女の心は、誠実な…優しい騎士にすっかり奪われている。
今見ている光景の全てが、まるで御伽噺(おとぎばなし)のよう。
(でも)
それを、遠く離れた建物の影から見つめているあたしはきっと、今。
相当情けない顔になっているんだろうなぁと、隣に立っているルヴァイドの表情でわかった。
世界が闇に落ちる前に、明かりがぽつりと灯された。
それは次第に数を増し、やがては一定の範囲にまで広がると闇の世界に小さな光の花が咲き乱れたかのような世界が完成する――――夜の世界に、光が広がっていく。
闇が深まり、時が経つにつれそれは次第に消えていくのだが、いつまでも人の気配が絶えないとある界隈では、一日の勤めを果たして解放された者達が互いを労いながら冷えたジョッキになみなみに注がれたビールを飲み干して、気持ちよく、機嫌よく、豪快に、笑い声を零していく……それはいつまでも、いつまでも。 世界の夜が更けていくなかでもなお絶えず。
特に今夜は、酒場は見事な盛り上がりを見せていた。
椅子に腰を下ろす男達は、未だ興奮冷めやらぬと言わんばかりに身振り手振りで言葉を紡ぎ、それに何度も頷いて同意する者もいれば、言葉や手振りに聞き惚れる者もいる……聖王都・ゼラムの住人ならば、今夜は大体がこの話題で持ちきりだろう。
「そこで蒼の騎士が白の騎士にな…」
「そうそう、見てて思わず目ぇかっぴらいたわ! すげー早いんだぜ! 太刀筋も見えねえ!」
「へー、すごいなそれ。 俺も仕事がなかったら観にいってたんだがなぁー」
話題のタネは、聖王家主催の武闘大会。
その最終決選戦。 優勝者、優勝者が望んだ褒美に関しての話は尽きる事がなく会話の花を咲かせていく。
――――それは、その優勝者の仲間たちも同じで。
ジラール邸で散々祝ったあと、小さな子供たちを寝かせて酒場で二次会…という流れになり、飲める者やまだ起きていられる仲間たちは、賑わう酒場のテーブルを前にそれぞれのジョッキを持った。
二次会の司会役であるマグナとトリスに目をやって、そわそわしながら合図を待つ。
「シャムロック優勝おめでとう!」
「ってことでカンパーイ!」
二人が勢いよくグラスを掲げれば、仲間達もいっせいにジョッキを掲げて盛大に祝った。
掲げた反動で、ジョッキのふちから白い泡はこぼれるがそれも構わず口をつけ、アルコールがしみるといわんばかりにそれぞれが大きく息を吐く。(未成年にはジュースだが)
「っかー! うめぇ〜! やっぱ酒はいいよなぁヒヒヒッ。 うるせぇオンナもいねえし最高だぜ」
「マグナ、トリス、君達はあまり飲めるほうでもないのだから飲みすぎるなよ」
誓約の解けた悪魔の青年の言葉に呆れながらもネスティが弟妹弟子をたしなめれば、既に半分出来上がってしまっている彼らは「だ〜いじょうぶ〜」と軽く返事を返し、トリスは頬を赤く染めながら、盛大の祝いに少し照れくさそうに笑っているシャムロックに目を向けて。(彼は下戸なのでジュースだ)
「それにしても王女様綺麗だったねー! 遠くからでしか見れなかったけど、やっぱり近くで見ても綺麗だった?」
「あ、ああ・…美しい人だったよ」
思わず言葉が詰まるのは、トリスが尋ねた<王女様>――聖王国の王女・ディミニエは、シャムロックの隣に座るフォルテの妹だからだ。
もともと自分は隠し事は苦手で、どうにかごまかそうとしてもすぐにボロが出てしまうため迂闊に喋ることも出来ない…案の定、シャムロックをよく知るフォルテはジョッキを片手に持って飲みながらも、意識の全てを自分達の会話に集中している気配が伝わる。
「ふふふふ〜シャムロックは王女様と結婚するのかな?」
「ええ!? そ、それはない! まさかそんな」
「でもでも王女様、シャムロックさんをあつ〜く見つめてましたよぉ?」
会話にパッフェルまでもが乗り出して、シャムロックはさらに慌てた。
こういう色恋事のからかいには酷く弱い。 どう反応すればいいのかわからないのだ。(あまりにも否定をし過ぎると相手に失礼だし、かと言って否定しないと誤解を招きかねない)
しかし何より恐れるのは女性たちのその勢いだ…思わず、参った、と天を仰いでしまう。
「ねえねえ、どうなの?」
「あ、いや、どうとか言われても」
「あーはいはい、もういいだろその話はっ」
歯切れの悪い返答に嫌な予感がしたのか、見かねたフォルテは無理矢理割り込んだ。
割り込むそれにトリスやパッフェルは”え〜”とどこか不満げだったが、それでもこれ以上は危険だ。 シャムロックが。(絶対バレる)
「つまみとか頼んでくっからお前らは飲んでろよ。 ほら、行くぞシャムロック」
彼はシャムロックの後ろ襟首を掴むとそのままカウンターへと歩き出した。
天の助けと言わんばかりにそれに同意して席を立つと、トリスたちから離れ、喧騒に溢れる中でほっと息を吐き、シャムロックはフォルテに頭を下げる。
「ありがとうございます、フォルテ様…助かりました…」
「ディミニエの事に関してあんま喋るなよシャムロック、お前うっかり口滑らしそうだ…」
「だ、大丈夫です、………頑張ります」
「頑張るとか言ってる時点で負けが確定してるんだぞオイ!…お?」
フォルテが何かに気がついたように声を上げたのは、カウンターに見知った男女の後ろ姿を発見したからだ。
彼に続いて、シャムロックもそちらへと視線を向ければ、自分もよく知る後姿が視界に入り、少々驚く――ジラール邸の祝いの時には彼らの姿がなかったからだ。
「なんだあいつら、ここにいたのかよ…よぉ、蒼の騎士の旦那っ!」
驚かすようにフォルテが肩を叩きながら笑いかければ、”蒼の騎士”と呼ばれた男は驚くことはなく、逆に苦笑するような、そんな笑みを口元に浮かべて振り返った。 気配を感じていたのだろう。 彼の、長く、艶やかな赤髪が彼の肩でゆるりと揺れ、整った顔立ちには目を奪われるものがある。
「フォルテ…と、シャムロックか」
「俺らも二次会でここに来てな。 あっちで皆飲んでるぜ…っと、お前らも随分酒瓶空けてんな」
「ああ、飲ませてもらっている」
「っていうか、来ねえと思ったらお前ら二人こんなところにいたんだな。 何だ、デートってやつか? 隅に置けねえな〜」
「…少し、事情があってな。 祝いにいけなくてすまなかったな」
隣にいる少女にちらりと目をやりつつも詫びるルヴァイドに、シャムロックは首を横に振り、フォルテはにかっと笑って手を振って。
「いーやいーや、ドンチャン騒いで終わっただけだからな…でもお前、決勝惜しかったな〜」
「いや、充分に楽しめたぞ。 また手合わせしたいものだ、シャムロック」
「私もだ」
<蒼の騎士>ルヴァイド。<白の騎士>シャムロック。
その肩書きを背負い、二人は武闘大会決勝戦で戦った。
仲間になってからでもちょっとしたライバル関係にあった二人だが、何の遠慮もなく、何かを気にすることもなく互いに<死合い>をしたのは今回が初めてだった。
互いに、強者。
互いにそれを認めている。
きっと、これからこの先、互いに、これほどまでの人間には出会えないだろうとも。
武闘大会決勝戦で戦った二人は互いに笑みを浮かべて――――ふと、シャムロックはルヴァイドの飲み相手であるもう一人の少女に目を向けた。
ひたすら黙々と飲み続けている彼女は、シャムロックたちに目を合わせることなくひたすら飲み続けている。
「?」
「―――――――全てが憎い」
冷えたジョッキに注がれた泡立ちビールを一気に飲み干したあとで、低く呟いた彼女の言葉にシャムロックはぎょっとした表情を向けた。(ルヴァイドは苦笑していたが)
しかし当の本人は彼の顔に広がる驚愕の表情を視界に入れることなく、「おかわり!」とジョッキを掲げて注文追加する。
ずいぶん男らしいその姿にシャムロックはただひたすら困惑するばかりで、恐る恐る、問う。
「に、憎いって……?」
「嬢ちゃん、さっきから随分荒れてんなぁ。 どうしたんだよ」
酒場の主人に投げかけられた言葉に、彼女の隣に立っているフォルテとシャムロックは困惑の色を浮かべ「さぁ…」と首を傾げた。 傾げるしかなかった。
彼女の傍らにいるルヴァイドに目をやっても、ルヴァイドはただ肩を竦め。
「好きなだけ飲ませてやれ」
「え、でも」
「…色々、あってな」
その間にもは新しく注がれたジョッキに口づけて、ごくっ、ごくっ、と喉を鳴らして飲み干していく。
水滴に濡れたジョッキの中身が異様な速さでどんどん消えて、 同時に彼女の頬や肌にも赤みが増し、アルコールに体温が上がってきたのか白い肌にはじんわりと汗も浮かんできた。
「ぷはぁっ…も一杯ちょうだい!」
息を吐いてから濡れた唇を拭うの、あまりの男前な飲みっぷりにシャムロックは呆然としていたが(自分はまったく飲めないほうなので尊敬まで覚えかけた)、ジョッキを主人に突き出すを慌てて止めて。
「ちょ、、少しペースが速いんじゃ」
「何よ、今日はおめでたい日なんだから別にいいじゃない。 そうでしょフォルテ? あたし何か間違ったこと言ってる!?」
「いや、めでたいにはめでたいんだけどよ…」
噛みつように話をふられて言っている内容がまったく訳がわからないのだが、いつになく激しい彼女の勢いに呑まれて思わず肯定してしまった。
彼女の言うとおり、今日はシャムロックが武闘大会で優勝したので<おめでたい日>というのは間違ってはいない。 しかし。
(…何かあったのだろうか…)
大会が終わったあとで、ルヴァイドとはジラール邸に姿を現さなかった。
祝いに参加していたイオスは「用事があると言っていたぞ」と彼らの不参加理由を伝えていたが、正直、シャムロックは少し期待がはずれたような気持ちだった――誰よりもに、このことをとても喜んでもらえるものだと思っていたから。
しかし彼女は来なかった。
に何かがあって、様子がいつもと違い、ルヴァイドはそんな彼女の傍についてやっていたのだろうかと推測するも――何故かその疑問を口にするのははばられた。
「――――はいよっ、つまみメニューお待ち」
「お、ありがとなオヤジ…それじゃは、お前にまかせていいのか?」
「ああ、ちゃんと傍にいる」
注文していたつまみが出来上がり、フォルテとシャムロックはそれを受け取って仲間が集まるテーブルに戻ろうとするが、はひたすらごくごくと飲み干したあとで勢いよくジョッキをテーブルに置いて、深く、深く、息を吐いた。 耳はもちろん、頬も林檎のように真っ赤に染めて、眉を寄せると額を押さえて「うー」と呻き、目を伏せる……空になっている酒瓶の数からしてだいぶ飲んでいたようだ。
「あの、…」
「主人、水をもらえるか」
シャムロックが頼むよりも早く、の肩を支えながらルヴァイドが水を注文して彼女の口元にそれを運んでやるが、はそれを拒否して、涙目で口元を手で覆っている。
ルヴァイドはその姿に眉をひそめ、”立てるか?”と問うと首を横に振って、カウンターテーブルに突っ伏してしまった。
「うぷ、ギモヂワルイ……」
「飲みすぎだな。 元々飲むほうでもないだろうに」
「…飲まなきゃやってらんないもの…」
再びジョッキを手にして呟かれたそれに、いつもの明るさは微塵にも感じられない。
それに酷く不安が込み上げてきて、見ていられないといわんばかりにシャムロックがジョッキを取り上げた――――そうすれば、酷く驚いた……そんなの瞳と視線が絡む。
「、もう帰ったほうがいい」
何故、元々飲むほうでもない彼女がこんなにも荒れたように飲んでいるのかわからない。
きっと、何かあったのだろう。
きっと、自分なんかには理解できないような、そんなこと。
頬を真っ赤に染めて。
肌に汗を浮かべて。
慣れぬアルコールに苦痛の色を浮かべて。
………今にも泣き出しそうな、顔で。
”かなしい”
それを叫びたいのに、叫べないような顔で
――――正直、見ていられなかった。
どんな理由があるせよ、それが自分には理解できぬようなものであっても、それでも、彼女は、大切な仲間だから。 助けてもらったことが多すぎて、支えてもらったことが多すぎて本当に、本当に大切な友人だから。
しかし、心配を向けるシャムロックに対する彼女の表情に不快そうな色が浮かんだ。
それに、鈍器で頭をがつんと殴られたような衝撃を受ける…今向けられているそれは、今まで向けられたことがない感情の色だ。
過去に怒りの感情を向けられた事があっても、悲しみの感情を向けられた事があっても、それでも、自分の知る彼女はいつも笑顔で、明るくて、優しい――――だからこそ、衝撃で。
「返して」
呆然とするシャムロックの手にあるジョッキが、引っ手繰られた。
引っ手繰り返されたそれから琥珀色のビールが零れの手を濡らしたが、それも構わずぐいっとあおり、ごくりと残りを飲み干してしまった。
アルコールが喉にしみるのか、眉を歪めて俯いて熱く息を吐き。
「――シャムロックには、関係ないじゃん」
俯いたまま低く呟かれたそれに思わず、顔を歪めてしまった。
完全な拒絶に、酷く、哀しいと思ってしまった…たじろいで、一歩、彼女から離れてしまう。
それ以上踏み込むことを拒否されて、彼女との間に線を引かれたかのように離れてしまう………昨日までは、あんなにも穏やかに笑い合っていたのに。
突然の拒絶に何を言えばいいのかわからなくて、シャムロックの乾いた唇からは、掠れるような声の謝罪の言葉しか出てこなかった。
「その、…すまない…」
「〜〜〜〜あぁもう嫌になるわ! 謝んないでシャムロック! あたしにだって飲みたいときあるんだから…ってことでおじさん、強いのちょうだい。 ものすっごい強いの! 龍が殺せるくらいの!」
”龍が殺せるくらい”とは、一体どれくらいアルコールが入っているのか想像もつかない。
しかしやはりこれ以上飲ませるわけにも行かず、シャムロックが訴えるように主人を見やれば、主人は困ったように首を傾げて見守っているルヴァイドと唖然としているフォルテを見る……すがるように向けられたそれに、ルヴァイドはため息を吐き。
「少し、強い酒を飲ませてやってくれ………面倒は俺が見る」
頼まれたそれに、何かを察した主人はため息を吐いて”しょうがねえなぁ”とのジョッキにビールを注ぎ、 は震える腕でそれをあおり、一気に飲み干した。
白い喉がごくりと音をたてるたびにの表情が苦痛に歪む 相当きついのだと理解して、無理矢理にでもそれを取り上げようと腕を伸ばすと横から割り込んできた大きな手に、腕を阻まれて。
離せ、とシャムロックは睨むようにルヴァイドを見る。
「ルヴァイド」
「飲ませてやれ」
「そんな、何故…!」
「――――お前が優しくするとが余計に辛くなる」
掴まれた腕に込められた力は、本気だった。
手を出すな。 触れるな。 優しくしてくれるな…そんな思いが、強い力に込められて。
彼の髪の同色の、紫まじりの赤の瞳がシャムロックを鋭く射抜く。
(…ルヴァイド…?)
「……………ぷっはーーーーぁ! ああ、まだまだイケる! 行くわあたし!」
「うおぉぉぉい目が異常だぞお前! もうやめとけって…って、おいおい大丈夫かよ?」
フォルテはつまみを片手に持ったまま、叫んだ直後にぐったりとカウンターテーブルに突っ伏したの顔を覗き込む。
テーブルに頬を押し付けて、顔も身体も真っ赤に染めて寝息をたてて眠り込んでしまったその姿に”うわ、完璧に潰れたなこれ”と呟くと、今度はそのまま呆れたようにルヴァイドに目を向けた。
「まったく、お前どこまで飲ますつもりだよ。 こりゃぁ当分二日酔いの地獄みるぞー」
「彼女の気が済むまで付き合うつもりだったが……だが限界だな」
”気が済むまで。”
気の済むまで飲ませるということはに何かあったということだ。
酒がなくてはやっていられない…そんなに不安定な状態になるなど、一体何があったというのか。 これにはさすがにフォルテも心配になってきたようで、酔い潰れたの頭をぽんぽんと撫でながらルヴァイドを見やり。
「何があったんだよ、に」
「…少し、な」
「少しって…でも、ひどく酔ってしまってるじゃないか」
「失恋をしたときくらいはいいだろう」
さらりと告げられた言葉に一瞬、シャムロックとフォルテは硬直してしまった。
……今、この男は、何と言ったか……?
あまりにも似合わぬルヴァイドの言葉を頭の中で何度も繰り返し、ようやく理解が出来た瞬間にフォルテは驚愕の表情を隠さぬまま沈酔したを見て、周りの喧騒にも構わず「何いいい?!」と叫んでしまった。
それほどまでに、あまりにも予想外の出来事だったのだ――――彼女が失恋をしたなどと。
「ま、マジか?! そりゃまぁ、も女だし、色恋の一つや二つはあるだろうけどよ」
「は失恋したと思い込んでいるが――――どうだろうな…」
”と、とにかく、風邪をひく”と薄着のの肩に自分の外套をかけているシャムロックに目をやりながらルヴァイドが呟くと、その視線の意味に、聡いフォルテはしばらくぽかんと口をあけて突っ立って、「――――何いいいいい!?」と二度目の絶叫をあげた。
絶叫と同時に両手で頭を抱えたものだから、つまみの乗った皿が甲高い音をたてて床に落ちる。(酒場の主人が悲鳴をあげた) だがそれに構わずフォルテはルヴァイドの両肩を掴むと、声のボリュームを落として。
「ちょ、オイオイ! もしかしてあいつか? シャムロックなのかよルヴァイド…!」
「ああ」
「うわっ、ちょ、どーすんだ、これ…! 俺はどっちを応援すればいいんだよ…」
「――決めるのはシャムロックだ」
……そりゃ確かに、そうなのだが。
すっぱりとそれを告げてからルヴァイドはの肩にかけられていたシャムロックの外套を彼に返すと、自分の黒の外套での体を包み込み、そのままふわりと抱き上げた。
鍛え上げられた太い腕に治まるは抱き上げられた反動に小さく声を洩らし、ぬくもりを求めるようにルヴァイドの胸に頬を寄せる…今にも、泣いてしまいそうな色が垣間見える。
(…まぁ、きついわなぁ…)
どうともいえず、フォルテはそれを見守るしかなかった。
横でぽかんとしているシャムロックの心遣いを無駄にするようで悪いが、いくらなんでも目覚めたあとで彼の外套に包まれていたと知れば、今こうして、無理に飲んだ意味がない。
知れば、彼を想って繰り返してしまいかねない…彼への想いを断ち切るまで。
を抱きあげたままでルヴァイドは、フォルテが派手に零したつまみを片付けを終わらせた酒場の主人に目をやり。
「主人、空いている部屋はあるか?」
「あー、あるよ。 二階の一番奥」
「借りるぞ」
会話と、鍵を受け取るルヴァイドの姿に、今度はシャムロックの手からつまみの乗った皿が床に落ちた。
ガシャーンッ!と割れる甲高い音に酒場が一瞬鎮まる(主人が「またかよ!」と悲鳴をあげた)が、今は武闘大会の話で最高潮に盛り上がっているためか、すぐにまた賑やかな喧騒が戻る…皿を落とした当の本人は硬直しているばかりだ。
落とす皿がなかったので皿を落としはしなかったものの(既に落としてしまったあとだ)、同じく硬直状態に陥ってしまったフォルテが、硬直が解けると「はあああ!?」と叫んで。
「お、おま、部屋ぁ!? 何頼んでんだ…っていうか部屋ああぁぁあああ?!!」
「こんな状態ではジラール邸に帰れぬだろう」
「いや、そりゃお前なら間違いとかナニとかないだろうけどよー…」
「ナニって何ですかフォルテ様っ!」
顔を真っ赤にしてフォルテに突っ込みをいれるシャムロックだったが、混乱して叫んでばかりの二人にルヴァイドは苦笑して、二階へ上がる階段に足を踏み入れた…なんというか、彼らの反応は見ていて面白いことこの上ない。
「据え膳を目の前にして喰わぬのは恥だぞ」
「ちょちょちょちょちょっと待て待てルヴァイド! お前ってそんな性格だったか?! 美形のお前が言うと妙にサマにはなるが色々とヤバイぞそれ…」
「ルヴァイド!」
既に階段を登りきってしまったルヴァイドの背に、シャムロックは呼びかけた。
黒の外套に包まれた彼女の身体をしっかりと抱いて振り返る彼の切れ長の瞳にどこか、気圧されるような力があったが、どうにかそれを耐えて。
「…その、…貴方なら」
「……」
「…貴方なら、私よりも…彼女の助けになれる」
言葉を詰まらせながらも告げる彼の言葉には、どこか、寂しさに似た感情が混じっていた。
「だから…彼女を、頼む」
シャムロックにとってはが初めての女性の友人だった。
気を張る必要のない、友人だった。
彼女の前では、本当に、気を張っていなくて良かった。
ローウェン砦、トライドラが滅ぼされてしまったとき、弱さも、涙も見られてしまったし、隠そうとしても彼女はそれを暴いてきた――――あまりにも強引で、無理矢理なそれには辟易したこともあったけれど。
けれど、たくさんのものをくれた。
助けてくれた。
本当にありがたい存在だった。
細く、小さな身体なのに、とても広い世界を彼女は持っていた。
自分が知らない世界を、彼女は見せてくれた。
その世界に、一体どれほど助けられただろう。
その世界に、何度立ち上がる力を、顔を上げる力を、もらったのだろう。
けれど、そんな自分は失恋をしてしまった彼女の力になれないということは、恋愛経験がほとんどない今までの時間が物語っていた。
騎士としてただひたすら剣の稽古に明け暮れ、若者らしい遊びを知らない、面白みのない人間である自分。
何より、彼女に頼られていないことは、先ほどの彼女の拒絶で思い知った。
”シャムロックには、関係ないじゃん”
そう言われたとき…何故か、酷く、哀しかった。
彼女とはいつまでも笑い合えると思っていたのに、けれど、あの言葉で、がとても遠い場所に立ってしまったような気がした――自ら、遠い場所に立ってしまった。
彼女をあんなにも傷つけた相手が、とても憎らしくなるけれど。
(…でも、それほどまでに好きだったんだ…)
それほどまでに好きで。
好きで。 好きで。 たまらなかったのだ。 その人のことを。
(……、え?)
そこまで考えて、引っかかった。
引っかかり。 違和感。 最後に浮かぶのは疑問だ………彼女が失恋したのはわかったが、何故、それが原因で自分と彼女の位置が遠ざかるのだろうか。 自分は、彼女の相手を知らないというのに。
(何故…?)
さすがに疑問に思ったか。と、思考に耽るシャムロックを見下ろすルヴァイドは、蝋燭の灯りが消えかかって薄暗くなっている二階の通路の中で、こっそりとため息を吐いた。
純朴な、誠実な若い騎士は自分ならば彼女の力になれるといったが、そんなことは決してない。
自分が、大切な彼女のために出来ることは
ただ、こうして傍にいてやれることだけだ。
それだけしか……出来ない。
ふと、身じろぎをしたの手が、ぎゅっとルヴァイドの服を握り締めた。
小さく震える華奢な肩に、服に滲む熱に、はっと息を呑んでを見下ろせば、彼女は既に目を覚ましていた。
「…っ…」
歯を食いしばり、嗚咽を洩らすまいと堪えていた。
洩らせばそれはシャムロックに伝わる。 泣いてしまっていることが知られる。
……だから、堪える。 我慢をする。
”だから…彼女を、頼む”
シャムロックの優しさを向けられても、それは今の彼女には、ただの痛みでしかなくて。
「トリスたちを頼むぞ」
それをシャムロックに呟いて、身を翻して足早に一番奥の部屋に向かった。
靴音が、階下の遠いざわめきと夜独特の静寂が混じった廊下に響き、奥へ一歩進むたび、の嗚咽が溢れ出てくる。
シャムロックとの距離が出来るたび。
嗚咽が、彼女の奥底から泉のように湧き出てくる。
(…俺も、馬鹿なことをする)
本当は、彼女が他の男を想う姿など見たくもなかった。
ましてや想って涙する姿など問題外だ。 見ていて、こっちが辛いだけだ。
けれどそれでもこうしての傍にいるのは。
彼女に、頼まれたから。
”ルヴァイド、ごめん…一日付き合って”
シャムロックと王女が並んでいたときにたまたま、自分が彼女の傍にいたからかもしれないが。
それでも良かった。
誰よりも、何よりも、頼ってきてくれた。
だから傍にいた。
今日は、最後までいようと決めた。
彼女の傍に、いようと決めたのだ。
もどかしく部屋の鍵を開ければ、ギイと軋む音をたてて扉が開いた。
薄暗く、唯一の灯りといえば窓から差し込む月の光だけで、清潔な、白いシーツがかかっているベッドを視界に入れると、心なしか鼓動が跳ねた。
胸に頬を寄せている彼女に聴かれたのではないかと顔の表情が強張ってしまうくらい、大きく響いた気がする。
「…」
「っ…ぅく…、…ふっ…」
扉を閉めて。 鍵をかけて。 ゆっくりと、彼女をベッドに降ろしてやる。
酒気に熱くなった身体が離れていくことにほんの少しの名残惜しさを覚えつつも、彼女の体重にベッドがぎしっと音を立てて、ふちに腰掛けた彼女の顔を見やれば、濡れた瞳と視線が絡んだ。
「っ…ルヴァイド、…ごめんね…っ」
「かまわない」
「…あたし、告白だって、してないのに。 する勇気すら、なかったのに」
目を伏せて、眉を歪めて、引きつった嗚咽を零すの雫に濡れた長い睫毛に見惚れながら、 彼女の頬を撫でた。 ゆっくりと。 ゆっくりと。 なぞるように。
…熱を孕んだその頬をいとおしむように。
「でもあたし、ずるい…身分違いの恋とかで、誰かが潰してくれればいいとか、思ってる…自分で奪い返そうとか、奪ってやろうかとかそんなこと思わないで、シャムロックに嫌われないように、シャムロックに好かれたいって思ってる…」
――――涙が、頬を伝った。
長い睫毛を、真っ赤に染まる頬を、透明な雫でぼろぼろと、濡らしていく。
最初は堪えるように眉を寄せていたが、それでも堪えられぬ嗚咽が一度零れると、涙はさらに溢れ出て、べっとりと頬を濡らし、しゃくりあげながら鼻をすすり、俯いてしまった。
「あたし、ずるい」
「誰だってそう思う」
「汚い、すごく、嫌だ…ひどい………でも、心から願ってる、そんなこと」
彼と彼女が、引き裂かれればいいのに
「…誰だって、そう思う。 誰だって、恋しい相手には嫌われたくはない」
――――自分が、そうだ。
このまま枯れてしまえばいいと。
このまま彼女の恋が終わってしまえば良いと、そればかり思っている。
シャムロックがのことをどう思っているかはいまいち判断をつけかねたが、それでもシャムロックにとっては特別な部類には入っているようだ。(そこに恋愛感情があるかどうかは別に置いて)
先ほど思案していたのも、彼女の行動に何か引っかかりを覚えたからだろう。
それを理解させてたまるものかと、気付かせてたまるものかと、足早に彼から遠ざかった。
このまま、枯れてしまえと。
枯れて、引き裂かれてしまえと。
そんなことを、願っている――――心ない言葉で彼女を慰めながら願っている。
(俺は、もっとずるいな)
”このまま奪ってやろうか”と考えている獣が、奥底で牙を剥いている。
酒気に熱を孕んだその体を抱き締めて、唇を奪って、愛してしまいたいと身を震わせている。
(酷い男だ、俺は)
慰めながら枯れろと願い。
心を自分に向けようと、甘い言葉を吐こうと考えている。
「…ん、ルヴァイド……ありがと」
ようやく落ち着いたのか、ぐすぐすと鼻をすすりながらはルヴァイドから身を離す。
温もりが遠ざかっていく――――だがそれを拒むかのように背に腕を回して、身体を密着させるように抱き締めればの肩が微かに震え、不思議そうに名を呼ぶ声がルヴァイドの耳の鼓膜を甘くくすぐった。
彼女の呼び声に、獣が、牙を剥く。
「……」
「…ルヴァイド、あのね」
ぽつりと呟かれた名に、今度はルヴァイドが不思議そうに彼女を見返せば、彼女は鼻を赤くしたまま涙の残る目を細めてルヴァイドに微笑んで。
「一日以上、付き合ってくれてありがと」
シャムロックたちと出会った時点で、一日は終了していた。
彼女の礼にルヴァイドが首を横に振れば、の手が、そっと、ルヴァイドの頬に触れて。
「ありがとう」
「……」
「…ほんとに、ありがとう…ルヴァイド」
言葉に――――獣が、牙を収めた。
奪おう、奪ってやろう……そんな思考も奥底に、一度深く沈み。
今はただ、優しい月明かりに照らされる彼女の泣き笑いの表情に見惚れて。
”ありがとう”と、何度も繰り返される声に愛しさに溢れて。
熱い彼女の体を、強く抱き締めた。
御伽噺は、まだ終わらない