空は快晴。
風は秋風でやや冷たくも、寒いというわけでもなし。
「―――時刻、正午きっかり」
聖王都ゼラム城門前でかれこれ四十五分ばかり腕時計と睨み合っているあたしの姿は、周りの目から見れば待ち人に放置プレイをかまされている哀れな女としてしか映らないでしょう。
…ふふふ、甘いわ。
あんみつよりも甘いわ。
このワタクシが放置プレイされて黙っている女であるはずがなし。 放置プレイだと知ったらさっさと帰ってレシィとアメルの作ったスイートポテトを頬張っているわ!
モリモリと! とっとこのハムスターのごとく!
(……って、本当帰ろうかなー…あー、思い出したらおなかすいてきたー)
がくりと脱力しながらバスケットを抱えてしゃがみ込んで、ゼラムの王城を見上げる。
青空を背景に気高く佇むその城は、初代エルゴの王の血を引く一族が住まう場所だとか―――正直、リィンバウムや聖王国の歴史というものをあんまり理解していないのでそのあたりは省略させて頂くとして―――あたしは、その城門に視線を上げる。
(いやほんと、よくよく見るとおっきいわー)
白亜の門は日夜丁寧に磨かれて塗り替えられているのか、空の雲にも劣らぬ白。
巨大で分厚い壁に飾られる、青い布地に描かれた剣と盾の国旗が風に吹かれてのんびりとなびいていて、こんなにも天気が良い日に見るとその存在はより鮮明に映って、なんだかカッコイイ。
これを毎日目にする子供がいるなら、この城を守る騎士に憧れたりしてしまう理由もわかる気がする。
いや、今はそれよりも。
「あー、お腹すいたー。 ほんっと帰っちゃおうかなぁ…でもここまで待ってて帰るってのも癪よねぇ」
「―――さっきからここにいるけど、誰か待っているのかい?」
あえぐように空を見上げて呟いていれば、横から声をかけられた。
声のする方向に振り向くと、鎧に身を包んだお兄さんがあたしを見下ろしている。
片手に握り締めた槍からして外敵から門を守る門番っぽい。 ――いやきっと、彼は門番だ。
なんかそういうポジションのオーラが滲み出ているもの。
あまりの空腹さに、ぼんやりと空を見上げたままあたしはひらひらと手を振って。
「あー、待ってるんですー。 でも一向に来る気配がなくて」
「はぁ…そりゃ随分と待たされているんだなぁ」
「ええ、随分待たされちゃってるんです」
とうとうお腹も空腹を訴えてきた。
さすがにこれは恥ずかしくて慌ててお腹を抱えるけれど、苦笑されていることからモロバレのようだ…なんて、恥ずかしいんだ。
今すぐ即刻忘れて頂きたい。 ぜひ。
「でもここで待ち合わせなんかしてたら大変だぞ? 今日は自由騎士団創立者の面々が王様に謁見しているからなぁ。
…ほら、今日はいつもより人が多いだろう?」
門番さんが示す通り、あたしたちや門の周りには多くの人だかりが出来ていた。
一目みただけで老若男女のオンパレード。 彼らは周りの人間と喋りながら<自由騎士団創立者の面々>を間近で見ようと目を輝かせている。 屋台まで出てきてるんだから本当に、お祭りみたいな状態だ。
「んー、何となく思ってはいたけど…この門前に集まっている方々は皆さん、騎士団目当てというやつですか?」
「仕方ないさ。 立派なお人柄でもあるし、男の俺の目から見てもカッコイイしな」
「いやぁ、モテモテですなぁ」
「まったく、羨ましい限りだよ」
くすくすと笑う門番さん。
あたしはそんな彼の横顔をぼんやりと眺めて、門の奥へと視線を向ける。
綺麗に整列をして槍を掲げる兵士達は城内への進入を許さず、そこに立っているだけで迫力が十分にあるのだけれど、しかし騎士団面々が気になるのかしきりに奥を気にしている風だ。
「やっぱり騎士って憧れるものなんですねー」
「そりゃそうだよ、彼らは聖王国を守る人なんだから」
あれ?とあたしは首を捻る。
「あなたは違うの?」
あたしの言葉に、門番さんはかなり驚いてしまったようで。
目を丸くしたままぼけっとあたしの顔を眺めたあと、慌てて恥ずかしそうに俯いてしまった。
「いや、俺は…ただ立ってるだけの門番だし」
「何言ってるのよ。 門を守るのも立派な仕事じゃない」
そう。 人がいるだけでも十分効果はあるものだ。
だからこそ何かを守るために人が必要だし、少なくとも、人間相手や知能の低い召喚獣にはとても効果があるだろうし、あたしの世界にはない危険要素がこの世界にはごまんとあるのだから、すごいなぁと素直に思えるのだけれども。
まぁ、立ってる本人からすればとても地味な作業かもしれないけどね。
「騎士には騎士の。 貴族には貴族の。 門番には門番の苦悩というものがあるわけね…」
「え?」
「でも新しい騎士団が設立して、誰でも騎士になれるかもしれないチャンス…っとと、きっかけが目の前に転がってきたんだから、あなたも騎士目指してもいいんじゃない?」
……。
………。
「ええ?!」
数秒遅れで、度肝抜かれたー! みたいな顔をして驚く門番さん。
…いや、そこまで大きなリアクションされると恥ずかしいんですが。
「だって、誰でも目指せるんだし」
「いいいいいや、無理だって」
「無理かなぁ? …少なくとも、シャムロックやルヴァイドはあなたみたいな人が好きだと思うんだけど」
「……シャムロック?」
とても聞き覚えがある、とでも言うようにシャムロックの名前を復唱する。
…確かに、元・敵国武将だったルヴァイドはともかく、自国でも名を馳せたシャムロックなら聞き覚えくらいはあるかなぁと、そこまで考えたそのときようやく、誰の名前か思い出したのか驚いた顔であたしを見て、彼が口を開きかける。
しかし、わぁっと歓声が湧き上がり、人々が大きく動き出したためその言葉は掻き消されてしまった。
「自由騎士団の人たちよ!」
「押すな押すな!」
「うわー、かっこいいー」
――いやいや、いい感じな人気ぶり。
盛大に湧き上がる歓声にあたしの顔も緩んでしまう。 そりゃシャムロックたちが創り出したものに、人気がないはずがない。
(だって、根っこから世のため人のためモードだもんなぁ)
有り得ねェェェ。 というのがあたしの本音なんだけれども。
にこにこと、爽やかに笑うあの騎士の顔を思い浮かべると有り得ねェェェではなく、本気だ。 と分かってしまうのだ…いやいやほんと、自分のためでもあるだろうけれど、シャムロックの場合は半分くらいがそれなのだ。
彼は実力と人望が伴って出世できるタイプだ。
(良かったなぁ)
白い門から馬に乗って出てきた彼らの姿が眩しくて、あたしは自然と目を細めた。
鎧を着て、兜をかぶり、シャムロックは白、ルヴァイドとイオスは黒の、立派な馬に乗って門をくぐり人々の前に現れる――確かに、こんなカッコイイ姿を見せられてしまえば誰だって憧れるだろうし、自分との違いを思い知る。
(良かったね)
バスケット持参で何十分も待ち伏せした甲斐があったというものだ。(あわよくば一緒にお昼を思っていたが、無理っぽい)
―――耳を澄ますと、彼らがたくさんの人々に迎え入れられる声が聞こえる。
目を伏せるとそれはより鮮明に。 出来上がったばかりのそれはルヴァイドやイオス、ゼルフィルドたちの助けもあって、まだ何者にも染められていない真っ白な騎士団の幸先は良いほうだ。
―――これからが、とても楽しみ―――。
「って、これじゃ息子と娘の卒業を見守る母親…え、ずいぶん美形で大きな息子…!?」
「ちょっとどいて!」
「うわ?!」
衝撃に頭を抱えて突っ立っていれば、熱のこもった目でシャムロックたちを見ていたマダムに突き飛ばされてしまった。
不意打ちのそれに身体を上手く支えきれず、転倒。
その後にあたしは地獄を見る。
(ぎゃあああああああああああーーーーーーーーーーーー!!)
あたしの頭上を覆い尽くすのは人の影だ。
たくさんの人の影。 たくさんの人がいるのに、誰一人地面に転がったあたしに気がつかないことに怖くなって慌てて立ち上がろうにも蹴飛ばされ、人波に揉まれて身動きがとれない。
(ちょ、勘弁して…!)
ふと、より大きな影があたしの頭上を覆った。
思わず顔を上げてそれを見ると、とんでもなく大柄な体格の男があたしがいる場所へと足を進めてきている。
いやいやいやいやいや! あんなのに踏み潰されると骨折れちゃうから! 砕けちゃうからァァァ!
ぜひ足元を見てーーー!!
「ちょ、待っ―――!」
お昼ごはん入りのバスケットはあっという間に蹴飛ばされて行方知れず。
そのうえ踏み潰されて大怪我なんてことになったら、笑うに笑えない。 せっかくのシャムロックたちの門出(門出?)に思い切り水を差してしまう。
(―――っ!)
迫り来る恐怖に息を止めて、身を硬くする。
さっさと逃げればいいものを、頭だけは腕で覆って守ろうとして、でも体も踏まれたら最悪だと思うとどっちを守ればいいのか分からなくなってしまった。
や、やっぱり頭?!
誰か、と叫ぶ言葉も声にならず。
どうすればいいのか分からなくなって息が詰まり、思考がとまる。
痛みに、意識が遠くなる。
――――けれど、誰かがあたしの身体に覆いかぶさってきた感覚は、温もりで分かった。
「――――、止まってください!!」
おそらく、こんな大声を出すのは生まれて初めてだったかもしれない。
そんなことを思うまでに声を張り上げたつもりだったのに、やっぱり人々の歓声のほうが大きくて、自分の声がとても小さく聞こえた。
それほどまでの人の波。
いつの間に、こんなに人が集まっていたのだろう。 ……きっとこの声は誰にも届かない。
けれど。
「止まってください! 倒れている、女の人がいるんです!!」
必死で声を、張り上げる。
誰か一人にでも届くように、張り上げる。
頬や頭を蹴られながら必死に顔を上げて、自分の体の下で倒れている人をどうにか守ろうと抱きしめる。
(止まってくれ)
頭上の影は気がついても、なかったかのように視線を戻す。
それでもめげず声を上げる。
何故なら自分は守ることが仕事。 門だけでなく、人を守ることが仕事。
”あなたは違うの?”
そう。
本当は、違うところなんか何もない。
城の門を守れるということに最初こそ喜んだものの、門番なんて地味な役柄はただ立っているだけのイメージが強い。
実際、安月給だし。 なのに騎士のほうがカッコよくて、強くて、とても見栄えが良い―――門をくぐるそれらの姿に何度、憧れや嫉妬の眼差しを向けたことか。
(でも、違うところなんかない)
彼らは、戦争が起こったとき一番の先頭に立ったと聞く。
デグレア軍との戦争が終わったのも、彼らの存在があったからだと聞く。
――彼らは誰より命を賭けて、その剣を振り下ろし人々を守ったのだから、称えられて当たり前なのかも知れない。
その苦悩は、きっと、自分なんかが知ることも出来ないのだろう。
なんて言いつつも……そんな言葉では、やはり、嫉妬の感情は消せないけれど。
今は。
この人を守らなければ。
動けないこの人を、守らなければ。
揺さぶられるような感情のままにそう思う。
自分も、守れる人でありたいという願望は持っているのだから。
「止まって、くださ」
「――――――止まれ!!」
空気を震わせるほどの重い声が、世界に響いた。
それは軍隊の号令のよう。
逆らうことを許さない威圧を持ってその場を一瞬で静め、あれだけ大きかった歓声が掻き消える。
唖然とした市民の顔が、声を発した黒い騎士に向けられる。 そんな視線に構わず黒い騎士は黒馬を降り、白い騎士も驚きに小さく声を発したかと思うとその場で馬を下りて、倒れこんで動けない自分たちに駆け寄ってきた。
「あ…」
赤い外套と黒い外套を翻し、二人の騎士が駆け寄ってくる。
重たい音をたてているのに、着慣れているのかまるで重さを感じていないように彼らが膝をつくと、それぞれが、頭を覆っている兜を持ち上げた。
―――秋風に、彼らの髪がさらわれた。
黒い騎士の赤い髪と、白い騎士の鳶色の髪が、日の光にさらされる。 特に、黒い騎士の長い紫がかった赤髪は鎧に映え、不吉な色とも思える黒をより艶やかなものへと変えてしまった。
「…」
「…」
誰もが彼らに言葉を失くす。
何故ならどちらも整った相貌で、一度見ると忘れられない艶がある。
対照的な雰囲気を持っていることにも、なんだか印象的だった。
「大丈夫か」
白い騎士――シャムロックが、驚きに声が出ない彼に声をかける。
武道大会の優勝者の誓いでその声を聞いたことがあったが、どこまでも透るその声は、近くで聞くとよりいっそう耳に焼きつくようだ。
ただ、こくこくと首を振ることしか出来ない。
「誰か、彼らに手当てを」
慌てたように列から飛び出してくる仲間達の姿がどこか可笑しかったが、睨まれたのでどうにか堪え、地面に伏せたまま気を失っている彼女を見た。
「あの、彼女も」
「―――俺が運ぶ」
仲間が少女を抱き起こそうとしている手を遮り、黒い騎士が少女を優しく抱き上げると、唖然としている市民や兵士の間をすり抜けて城に戻ってしまった。
”彼女も一緒に運んであげてください”と言おうとした言葉は途切れ、やはり唖然とその後姿を見送っていれば、シャムロックが苦笑しながら身体を支えてくれた。(悲鳴が出そうになった)
「あ、あの」
「すまない、気づくのが遅れた」
「い、いいいいいえ」
「君に、心からの感謝を」
優しい眼差しを向けてくる白い騎士に、首を傾げるしかなかった。
数多くの戦いを潜り抜けてきたことを示す力強い腕にその偉大さを思い知りながら、シャムロックと共に城に向けて懸命に足を動かした。
緊張と、周りからの視線に今にも気絶してしまいそうなので、口と頭も懸命に動かす。
「で、ですが、これは俺の役目で」
「いや、それでも感謝を――――――私達の大切な友人を助けてくれてありがとう」
今度こそ、頭の中が真っ白になった。
「うわぉ、ゴージャス」
目覚めて第一声がそれだった。
いやだって、もう、これはどうなの?
目が覚めたら広いお部屋でメイドさんがいて騎士二人組が揃って傍にいるなんて、もうゴージャスとしか言いようがない。
目を丸くして部屋を見回すあたしに、シャムロックとルヴァイドがほっと息を吐いた。
「良かった、気がついたか…」
「何であたしここにいるの?」
「、痛むところはないか」
うーん、見事に会話のキャッチボールになってないわね。
「あ」
「……」
ルヴァイドとシャムロックの背景に、門番さんがそこにいた。
…可哀想に。 緊張のあまり血の気が引いてしまっているのに、あたしが持ってきた潰れたバスケットを決して落とすまいと手をブルブルしながら抱えているではないか。 何。 これ拷問?
「あー、でも大体は分かった気がする…」
「どうしてあそこにいたんだ? 彼が助けてくれたから良かったものの、私たちが気がつかなかったら君も彼も大怪我していたところだ」
「う……」
シャムロックの言葉に、あたしは黙り込んでしまった。
仰るとおりです。
ルヴァイドなんか目で訴えてきてるから、嫌に迫力があって恐ろしいわ。
「あーその」
「?」
「……シャムロックとルヴァイドたちの、晴れ姿が見たかったなぁ〜…なんて」
いやいや、本当。 これ以外は頭になかった。
今思えばルヴァイドが騎士として公式にこの国に顔を出すのは初めてだし、シャムロックは本格的に騎士団を始動させるのだから、まさに彼らの晴れ舞台。
「ルヴァイドは兵士に警戒されることなく自由に動けるようになるし、シャムロックは念願叶って騎士団始動の第一歩だし……そんな二人の門出見たいなと思って……ダメだった?」
恐る恐る見上げてみる。
この二人のことなので怒るということはないだろうし、だたそれだけの理由だったのだから怒られる理由も見当たらないが、心配をさせてしまったということは彼らの顔を見て分かった。
なので、彼らの顔を見る動きもどこか、怯えているようなそれになってしまう。
しかし。
「「……」」
あー、何だろう。
あの微妙な、顔。
「…うう、ご迷惑おかけしました…」
「え?! あ、そ、そうじゃなくてだな…」
「…お前には敵わんな…」
深々と頭を下げるあたしに慌てるのは、今やこの国になくてはならない二人の騎士。
一体何だかなぁと思いながらも、ただひたすら頭を下げるしかないあたしでありました。
(うわー、鈍い…鈍すぎる…)
バスケットを抱えながら見守っている門番は、自分が入る隙間がないことを思い知らされたことに遠い目をして彼らを眺め。
(―――にしてもあんな風に心配されたら、男心にぐっとくるよなぁ…)
同性として、二人の騎士にちょっとした親近感を持った門番でありました。