(―――相変わらず、細い体だな)
衣擦れの音を耳にしながら、ルヴァイドは言葉にはせず胸中に呟く。
一般的な新郎服に着替え終わった彼は、暇を持て余しながらも彼女との約束どおりにから背を向けている……だが、視線の先にある祭壇用の鏡に薄っすらと浮かぶのは、不慣れなドレスに彼女が悪戦苦闘している後ろ姿だった。 いけないとは思いつつも、つい、その姿を見守ってしまう。
(…白い、な)
雪のように白い背…といえば、少しばかり大げさだろうか。
けれどそれでも鏡に映る細い背は何度目にしても白く、デグレアへ旅立つ前の夜にルヴァイドが残した赤い痕はすぐにわかった。
それを目にして、ルヴァイドは苦笑を零すしかない。
あの体に刻まれている所有の証にどうしようもなく喜びを覚えてしまう。 それほどまで、という女に囚われてしまったのかと自覚させられるのだ。
(まったく、とことん惚れ込んでいるな)
鏡の中の白い背を見つめる瞳に、知らず知らず、欲望の光が静かに灯った。
あの体を掻き抱き、その心は、その体は、すべて自分のものだと言わんばかりに甘く噛みつきたい。 雪に己の足跡を残すのと同じように、所有の証をもっと彼女の体に残したくて堪らなかった。
「ん〜〜〜っどうなってんの、これ…」
――― 一方で、不慣れな衣装の悪戦苦闘はまだ続いているようだ。
それはあんまりにも必死なものだからやはり苦笑して、に気遣うように声をかける。
「大丈夫か?」
「いい! 後ろ向いてて! …おかしいなぁ、練習したはずなんだけど」
真っ赤になって手伝いを拒否される。
だがすぐに解決策が浮かんだのか、「こうか!」とはすっと白いドレスを身に着けた。
鏡に映るベアトップの純白のドレスは、いつも活発で、落ち着きのないを洗練された貴族の女に思わせるほどの艶を醸し出していた―――雪のような白の眩しさに自然と、目を細める。
”そうだ! デグレアで結婚式をしよう!”
唐突に言い出したの考えに、ルヴァイドは目を丸くしてしまった。
あまりにも唐突で、けれどそれは、本当に、とても嬉しかった……死ぬ間際まで自分の身を案じていた父と母の前で、彼女と婚儀を迎えることが出来る。
(幸せ過ぎて、怖いな)
だからこそ 不安だ
これから、何が起こるのか本当にわからない
が、元の世界に戻ってしまうのではないかと思うと、夜も眠れぬ
(だが)
”大丈夫…だから。 ずっと一緒にいる。 ――――傍に、いさせてね”
あれは 無理に浮かべた笑みだったが
彼女も同じく不安なのだろう
……不安に、思ってくれている
そしてルヴァイドと、この世界で生きようとしてくれている
今は、本当に、それだけで充分だった―――。
「……ルヴァイド? もういいよ」
もう何度も呼びかけた後だったのだろうか。
どこか控えめに、気遣うように呼ぶ彼女の声に振り向けば……眩い白が、視界を占めた。
それは 生まれたときからずっと見てきた、色。
「――――」
「…えっと、変かな…髪とかくずれてない?」
悲しいときも。 苦しいときも。
まだ誰が不幸になることもなく穏やかに過ごしていた、あの優しい日々にも、ずっとずっと、空から降り続けていた雪と、同じ色。
「暗いし、手間取ったし、いろいろと変なところはあるかもしれないけどそこは見逃してもらえるとありがたいなぁって…」
美しいマリアベールに飾られた髪を気にしながら、はいつものように笑う。
その頬に両手を添え、まじまじと、の顔を見つめた。
顔を近づけただけで、やわらかな女の香りが鼻腔をくすぐる。
ふっくらとして、柔らかい感触を与えてくれるその唇は薄く色づいて甘い果実のようだ。 思わず抱きしめたくなる衝動をなんとか堪えながら、ルヴァイドは彼女の頬を撫でた。
「化粧を、したのか」
「ちょっとだけね。 やっぱり自分でするもんよ、こういうのは」
”ていうか、ルヴァイドのほうが上手いのは癪だわ”と顔を歪めるも、それはすぐに微笑みに解けた。
優しく、けれどどこか恥ずかしそうな、照れくさくてたまらないと言うような笑みだ。
「似合う?」
「…綺麗、だな」
「ドレスが?」
「お前に決まっているだろう」
言葉に、の笑みが絶えることがなかった。
幸せそうな笑顔を浮かべる彼女は、本当に美しかった。
髪を結い上げ、ルヴァイドが贈ったネックレスで首元を彩り、膨らみにの間に艶やかな影を残す胸元を覆うのはベアトップドレスの白い布地だ。
ベアトップドレスのサイドのスリットにあしらわれた繊細な薔薇の刺繍と、薄いチュールを飾る小さなクリスタルは月の光を受けて輝きながらも、控えめにその存在を主張している……腕の良い職人に頼んだものだが、衣装一つでこれほどまで印象が変わるとは思わなかった。
「ルヴァイドもとっても素敵だよ!
白色っていうのがまた新鮮だし……スタイルいいから何でも似合うのがまた…」
羨むように渋い顔をして、しみじみと呟かれたの言葉に首を傾げつつ、の頭にマリアベールをそっと撫でる。 きめ細かい白のレース模様は彼女の髪の色に映え、ドレスにもよく映え、本当に美しい。
ドレスを着る機会があまりないだったが、”たまにはこういう姿もいい”と彼女の新しい一面を知って少しばかり頬が緩み、笑みが抑えられない。
「今度はドレスをお前に贈ってもいいな」
「着ていく場所がないんですけど…・あぁもうだめ、緊張で倒れそう」
言葉の通りの緊張のせいか、笑いながらも声は微かに震えていた。
労わるように、白い手袋に包まれた彼女の手をとってゆっくりとした歩みで、霜が降りて月光に輝く、氷のように祭壇まで連れて互いに向かい合う。
「寒くはないか?」
「ん、平気」
その言葉を最後に、二人の周りは、風の音と、静寂だけが満ちていった。
辺りに気配は一つもなく、ただ、二人だけ。
祝いの言葉をかける者も、音楽も、ざわめく人の小さな声も、灯る明かりも何一つない。
月の光だけが二人と祭壇を照らし、ステンドグラスを通して床に美しい色を落としている…白いドレスもまた同じで、月光を受けてクリスタルは小さく煌めいている。
向かい合う二人の間にも、密やかな沈黙だけがあった。
そのままゆっくりと時が流れていけば、緊張で体を強張らせていたは、何も言い出さないルヴァイドの顔をじっと見つめて――――次には、堪えられないように噴き出した。
静寂は、それに破られる。
「あははははははっ! な、何で無言?」
「いや、何を言えばいいか…俺もこういうことには全く縁がなかったからな」
婚儀の手順をよくわかっていない二人であった。
はもとよりこの世界の人間ではないし、ルヴァイドも平穏とは全く縁のない殺伐とした日々を送ってきたのだ――――父の死をきっかけに、幼少時の穏やかな日々は一変して、剣と血と、炎から生まれる戦の煙と火の粉の世界だけが彼の全てに塗り換わったのだから。
イオスとゼルフィルドに出会い。
と出会い。
祖国の滅亡を知り、悪魔王メルギトスを討ち、そして再び訪れた穏やかな日々。
―――彼女と婚儀をあげる事になったとしてもすっかり失念していた……やや困惑気味の表情を浮かべるルヴァイドにやはり、は笑っていた―――しかしどうしても笑いが込み上げるのか、堪えるために小さく俯けば、彼女のベールは優しく揺れる。
「あははっ、まぁ、取り合えずでいいんじゃない? …えーと、まずは指輪の交換?」
「だと思うが」
「あとでもう一回するときまでにはちゃんと勉強しなくちゃね」
それでも嬉しそうに目を細めるの手をとってシルクのグローブを外し、ルヴァイドはほっそりとした薬指に指輪をはめ込んだ。
単純で、素朴な細工だが、はとても満足そうに…幸せそうに目を細めてルヴァイドの、太く、武骨な薬指にそれをはめる――――互いの指に光るのは、同じデザインの銀の輪だ。 その存在にこれから婚儀を迎えるのだとより実感が沸いてくる。
「次は誓いの言葉ってやつかな。
でもリィンバウムだと何に誓えばいいの? 神様とか、そういう特別な対象ってある?」
「もともと、そういう信仰めいたものはあまりみられないが」
「うーん…それじゃルヴァイドのご両親に誓いましょ。 あたし、ちょっと約束したいことがあるんだ」
霜が降りている祭壇上では、二つの墓石が二人のやりとりを静かに見守っていた。
は不思議そうに首を傾げるルヴァイドに小さく笑んで、真っ白い花が集まったブーケを墓前に捧げ、マリアベールを揺らして目を伏せる。
「……」
「…?」
それは、しばらくの時間を費やした。
彼女は何かを祈るように熱心に、微動だにせず、集中している。
教会に満ちている冷ややかな空気に触れて、剥き出しになっている肩が小さく震えを見せたことに気付くと、ルヴァイドはの傍からそっと離れて長椅子にかけていた黒の外套を手に持った。
「…、終わりっ」
同時に、も終わったようだ。
満足そうに墓石を見下ろして、雪と土に汚れているのにも構わずに凹凸のあるその墓石を優しく撫でる……そして祭壇前に戻ってきたルヴァイドを見て、にんまり笑った。
「お待たせ」
「何を約束していたのだ?」
「…まぁ、秘密で…あ、でも、病める時も健やかなる時もルヴァイドを愛しますっていう誓いはしたわ」
「では俺も誓わなくてはな」
墓石に目をやって、静かに目を伏せた。
両親に約束したいことや誓いたいこと、自分の望みも願いもそれらを全て胸中に告げて、瞼を持ち上げれば目の前にあるのはやはり、物言わぬ石。
だがそれでもその石に込められた魂が――――祝福をしてくれればいいと、心から思う。
「あとは」
「最後はやはり、これだろう」
婚儀の順序は、互いによくは知らなかった。
だがこれだけはお決まりだろう――― 一度低く笑いながら黒の外套を翻し、彼女の肩をそれで覆うと同時に、少々強引に腰を引き寄せて、突然のそれに抗議の声を紡ごうとする唇を重ねる。
「っ」
唇が重なれば、ふわりと漂う甘い香りがルヴァイドの鼻腔をくすぐった。
それはどこか、欲情を誘うような甘さがある。
ルヴァイドは甘さに誘われるがままにさらに体を密着させると、重なっていただけだった唇を舌でこじあけた。
無防備だった唇はすぐにルヴァイドの侵入を許し、驚きで後退することも出来なかったの舌をあっさりと絡めとると、口内を味わうようなそれに鼻にかかった声が重なり合う唇から零れていった。
「ふ…っ、ンッ」
ルヴァイドが抱く腕は、身を退く事を許さない。
だがはすぐに落ち着きを取り戻し、口内を犯すそれに目を潤ませつつもルヴァイドを受け入れた――――口づけは、互いの熱を伝えていく。
どれほどまでに、熱が相手を求めているのか。
どれほどまでに、その全てを手に入れたいと思っているのか。
それは言葉よりもずっと、ずっと、饒舌だった。
「 はぁ、…」
解放され、潤う唇から零れていったのは、甘く、熱い吐息だ。
はぼんやりとしたような瞳でルヴァイドを見つめ返しながら、深い口づけに乱れ、荒くなった呼吸を戻そうとして――――ぎゅ、と袖を掴む。
「ル、ヴァイド」
「…愛してる」
静かに告げてその首筋に唇を落とせば、は堪らなくなったかのようにぎゅっと目を伏せて、体を震わせ、ルヴァイドの首に腕を回してすがりつく。
次には目尻がじわりと滲み、頬を伝って零れ落ちたのは涙だ。
「…っ幸せいっぱいだわ…」
彼女の言葉に、涙に、ルヴァイドは息を吐いた。
息を吐くしかなかった……笑うのは、少しばかり難しかった。
くすぐったさと嬉しさが混ざり合い、溶け合って―――どういう表情を浮かべればいいのかわからないのだ。
彼女といると、そんな気持ちになることが多い。
しかしそれは決して、不愉快なものではなかった。
…昔から、感情を堪えていることが多かったからか。 だからこそ、といるときに訪れるこの感情は、とても<人らしい>と思った。
「」
込み上げてくる愛しさから、黒の外套を彼女の肩にそっと掻け直して、今度は優しく引き寄せて身を寄せた。
あっさりと身を預けてくる細い身体が愛おしい。
何もかもが愛おしい気持ちばかりになる――その想いに、ルヴァイドはきっと生かされたのだ。
涙で濡らすその頬に唇を落とすと、小さな口づけのあとではルヴァイドを見上げ、その広い胸に顔を埋めた。
服越しにじわりとにじみ込むのは、涙だ。
肩を震わせ、奥底から搾り出したかのような―――そんな涙声がルヴァイドの耳に届く。
「ルヴァイド」
「…?」
「…幸せに、してあげるからね」
それは本当に、搾り出したかのような声だった。
突然の涙声にルヴァイドは戸惑う表情を浮かべてしまう…”泣くな”とその顎に指をかけて持ち上げても、その双眸は涙に揺れるばかりだ。
「、どうし」
「っ…幸せに、するから……一人にも、させないわ」
俯いて、顔をルヴァイドの胸に伏せる。
目を合わせようと顎を持ち上げようとすればそれを拒むように、がルヴァイドの胸にすがる指に力を込めた――その反応に、戸惑いが胸をざわめかせて心を乱す。
「…?」
しばらく、は無言だった。
ただルヴァイドの胸に頬を寄せて。 しかし伝わる鼓動に安堵するかのように、ほっとため息を吐いて。
「―――好きよ、ルヴァイド」
言葉のあとで優しく微笑み、はルヴァイドの唇に触れた。
慰めるようなその触れあいに自然と、慈しむように、自分よりずっと華奢なその背に腕を回してベールごと抱き締める。
そうすると抱き締めていたぬくもりはより近くなり、戸惑いは消えてまた愛しさが込み上げた。
”一人にも、させないわ”
それは 彼女が消えて
一人になるのではないかと思う不安を、優しく救い上げてくれる
「……」
抱き合ったまま、飽きることがないかのように。
ぽつぽつと、何度も互いの名を繰り返す。
まるでその名を呼ばなくては互いが消えてしまうのではないかと恐れているかのように、二人は互いの名を繰り返し、唇に触れて、重ねて、頬を寄せ合う…そこにいることを何度も確かめ合う。
同じ場所に立っているということを、目の前にいることを何度も確かめ合う。
……”いつ、消えてしまうのか”
その不安は決して消えないものだ。
この世界の理が招く、悲しい別離だ。
世界の一部である自分には、どうしようも出来ない。
―――たとえ突然、別れのときがきても。
その日までは。
握り合うこの手を離さないよう、その傍らに立っていたいと思う。
「…」
「ん、…」
吐息は互いの頬に吹きかけられ、ルヴァイドは再びその唇を奪った。
口づけながらも掻き抱くように互いを抱く体は次第にその熱を高め、熱に我を忘れて、その勢いは増すばかり。
「はぁ、ッ…」
「っ、…」
口づけに乱れたその姿に、理性の箍(タガ)が壊された。
の肩にかけていた外套を霜が降りた祭壇に広げたあとで、の体を抱き上げてそのまま雪崩れ込むように祭壇に押し倒す。
押し倒された衝撃に小さく声が上がるが、それすらも飲み込もうと激情に促されるままにの顎を掴んで―――顔面を、がっちりと抑えられた。
「…む」
「あ、いや、ちょ、ま、ままま待って!」
突然の制止。
それに不思議そうにを見下ろせば、はゴメンと両手を合わせて謝ったあとで、押し倒されている自分の、斜め上に視線をやる……その視線の先にあるのは、今まで彼女達を見守っていた二つの墓石だ。
ルヴァイドは思わず、なるほど、と納得する。
「…その、ちょっと、ご両親の前だと思うと」
「―――確かに、な」
気分的にも、あまりよろしくない。
ごめん〜と自分の前髪をくしゃりと押さえつけて謝るにルヴァイドはふっと微笑んで、”少し待っていろ”と頬にキスを一つ贈ってから離れると、白い布に包まれた墓石を、長椅子に置いたままになっている鞄の傍にそっと置きやった。
「…すみません、父上、母上。 少し、眠っていてください」
椅子から落ちないことを確認してからルヴァイドは、祭壇の上に座って、身を起こしていたに向き直った。
先ほど押し倒した衝撃のせいか、結い上げていた髪は緩くほつれ白い首筋にいくつも落ちている…ルヴァイドが見つめていることに気付くと、ほつれた髪を慌てて梳こうと手をやった。
「そのままでいい」
コートを脱いで、ネクタイを緩めながら祭壇まで歩み寄った。
月明かりを受けて輝く純白のドレスに眩しそうに目を細め、祭壇の前に立つと手の甲で、の頬をそっと撫でやる…すべらかな肌が、武骨な指に触れた。
これからする行為である、契りを交わすことをわかっているのか柔らかなその頬は朱に色づいている。
「…本当に綺麗だな」
ほつれた髪を解放してやればベールの下で、髪がさらりと流れていった。
それにどこか恥ずかしそうに小さく瞼を伏せながらも、されるがままになっているの両肩をそっと押して祭壇に倒し、仰向けになった身体にルヴァイドのたくましい体躯が覆いかぶさった。
倒れる拍子に首元でシャラリと音を立てるネックレスに指をかけて、止め具に向かってゆっくりと首筋の後ろへ辿る。
「っ…」
辿る指に、の体がぴくっと跳ねる。
その反応に目を細めて止め具を外し、解けたネックレスを祭壇の隅にやって再びを見下ろした。
「―――雪、のようだ」
最初に抱いた感想が、口からこぼれていった。
無意識に、ネックレスがなくなって、どこか物寂しくなった白い肌に浮かぶ鎖骨を手の平で撫でる―――その肌は冷たく、けれど確かに、生きた人間の体温を抱いていた。
「んっ、ぅ」
途端に彼女の眉は歪めて息を呑み、ルヴァイドを見つめていた瞳はぎゅっと閉じられた。
その反応に、やはり、笑みが浮かぶ。
「こんなに白いのは…月明かりのせいもあるからか?」
唇を、甘く啄ばむように愛撫して、腕を背に回す。
その意味を察知したは、胸を、ルヴァイドの胸に押し付けるかのように体を弓なりに反らして背にあるドレスのファスナーへと導いた。
しかしルヴァイドは、男の胸に押し付けられる柔らかな膨らみの感触に煽られて、目の前に晒された彼女の白い喉元を喰らいつくかのように口づける。
「っ…!」
「…、愛している」
多少手荒いそれに、驚きめいた声が零れた。
その声がもっと聞きたくて、白い喉に舌を這わせながら、背にあるドレスのファスナーをスッとおろし、背中の素肌を暴くように外気に晒した。
胸元を暴かれることを恐れたのか、の両腕がそれを押さえつけようと胸の前で交差される―――しかしその姿は、ルヴァイドの理性を大きく削った。
一度、なだめるようにその頬に吐息を吹きかけて、胸元の布をも引き降ろし、零れるように現れた二つの白い膨らみの蕾を口に含んで甘く嵌(は)む。
「んっ…あぁ、…っ」
甘く嵌まれ、の体がしなやかに仰け反った。
その反応にルヴァイドの熱は増して、快楽が途切れる間を与えることなく胸元の肌を吸い、両手で乳房を形が歪むほど揉んで指と舌で先端を弄ってやると
「っ…それ、だ、め…!」と、の声が空間に淫らに響いた。
こんな時くらいは駄目などと言わないでほしい。
自分はこんなにも彼女を求めているのに――胴周りのドレスを引きおろし、震える唇に口づけながら、腰にまとわりついた白いドレスをも掻き分けて見つけた彼女の腿を撫で上げる。
は頬を火照らせながら口づけを返してきた。
それだけでなく、ルヴァイドの緩んだネクタイを完全に解いて、襟をボタンを外そうと指を伸ばした――ああ、求めてくれているのか。 その喜びに、ルヴァイドは彼女の左手の薬指に光る銀色の指輪に、恭しく口づけた。
「愛している」
「――― 今も、これからも」
”これからも”。
その言葉を頭の中で繰り返せば、情欲とは違うものが浮かんだ。
それは切なく、哀しい、愛しい、そんな呼び名の感情たち。
同時に、たくさんのものが脳裏に浮かぶ。
これまでの出来事だ。
ルヴァイドの軌跡。 ただ一つの汚名を返上するために剣を取り、命を奪い、炎で焼き尽くし、血を踏みしめて進んできた記憶が浮かんでは過ぎていく。
自分がしたことはそれだけではない。 地を這いながら憎むように睨んできた目を潰したことも、涙で溢れ命乞いをする声が途切れて潰れたように聞こえたあの悲鳴も、全て、自分が引き起こしたのだ。
――― 一族と祖国のためにと、全てを斬り捨てていった。
後悔がないのか、人の心がないのかと、そんな叫び声に振り回されるわけにはいかなかった。
無抵抗な人間を殺していくという事実を受け止めながら、進んでいった。
機械的に、剣を振り続けた。
死んだ人間のように心を止めて、炎の熱を浴びながら死地へ歩いた。
心を止めて、死んだ人間になってでも。
悲鳴を耳にし命を奪い、剣を振り下ろして進めばそれでもいつか報われると信じて。
「…あたし、も…」
―――震える音で発せられた、の声。
それに、思考に沈んでいたルヴァイドの意識は引き戻され、祭壇に倒されたままのを見下ろせば、彼女の細腕がルヴァイドの頭をぐいと引き寄せ、自分の首筋にルヴァイドの顔を押し付けた。
温かな体温と熱い身体に、軽い眩暈が起こる……それでも ”?”と気遣うように問えば、彼女の口元が小さく微笑んだのがわかった。
頬に、からの口づけが贈られる。
紫がかった長い赤髪を耳の後ろに掛けられて、露になった耳元に唇を寄せると、ルヴァイドだけにしか聞かせないような、それほどまでに声の音量を落として。
「ルヴァイドを愛してる」
―――あれだけのものを奪って、犠牲にしても報われなかった。
それどころか、全てを叩き壊された。
奪ってきたものが全て、この身に還るように。
欠片を残すことなく、壊された。
しかしそれでも、戦うことをやめるなと教わった。
腕を失い、足を失い、目を失って耳が全ての音を捉えなくなっても。
全てが壊されてもやめてくれるなと、彼女は泣いた。
でなければ、
今まで殺し続けてきた命や、殺し続けてきたあなたの心はどうなるのだと。
戦う力が残っているなら、死ぬまで最後まで諦めるなと。
これからも一緒に、幸せに生きたいから、諦めてくれるなと――――。
あのとき諦めなかったからこそ、こうして、彼女に愛される今があるのかと思うと――胸の奥に込みあがる感情を堪え切れなかった。
それは泣きたくなるような、そんなものに近かった。
突然に俯いたルヴァイドに、はおそるおそる、その頬へと手を伸ばす。
触れてきた手に彼女への想いがなお溢れ、ルヴァイドを遮るものは今度こそ何もなかった――― 伸ばされた手を取り、一度唇を重ねてからその体を抱き締めて。
「…ああ」
「え、」
「お前が家族になってくれて、うれしい」
うれしい。 嬉しい。
そんな感情を思い出させてくれたのも、だった。
この都市のように死んでいた心に息を吹き返してくれたのも、だった。
彼女がこの世界に現れなければ、自分はどうなっていただろう。 志半ばで死んでいただろうか。 それとも、もっと別の生き方をしていただろうか――ああ、けれど、今はそんなことはどうだっていい。
<今>が、何より、愛しいから。
「…」
「ぁっ、は、ぁ……っん、ルヴァイド…・ッ」
優しい愛撫をその身に受けて、は熱をあげていく。
しかし名を呼ぶ声には、より深いものを求む音が混ぜられていた。
彼女の望みのままに下腹部を覆う薄布を引き下ろし、その背を抱いたまま乱れたドレスを掻き分けて彼女の泉を探し当て、熱く、脈打つ自らの欲望で彼女の柔らかな身体を穿つ。
充分に潤っているその泉はルヴァイドを難なく受け入れ、肉壁を押しやって押し進む欲望が与える快楽には、ルヴァイドの背にしがみついた。
「ひ、っ…! ぁあ、っ…」
「っ…」
ルヴァイドを受け入れたの、容赦のない締め付けに一瞬、思考が白んだ。
それでもを抱く背に力を込めて、の腰を掴んで奥まで突き進めば、はルヴァイドの腕の中で悶えるように震え、耳を吐息でくすぐってくる女の喘ぎ声が鼓膜を打つ。
「ぁっ、はぁっ、っルヴァ、イド…」
「…そんな姿のお前を見ると、抑えがきかなくなるな…」
微かに汗ばむ肩に欝血痕を一つ増やし、熱と快楽に潤む瞳と視線が絡ませる。
愛しむように指先で頬を撫で、額を撫で、こめかみを撫で…次いで、唇を撫でる。 はその指先にちゅ…と音をたててキスをすると、ルヴァイドが片足を大きく開かせて、繋がる身体をさらに密着させるかのように腰をに押し付けた。
「やぁあっ…!」
「…!」
ルヴァイドは、あまりの激しさに逃れようとするを完全に捕え、祭壇の表面に両手をついた。
緩やかな律動から始まり、次第にはより荒々しく、激しく彼女の身体を揺り動かす。
餓えた獣のような光を浮かべる瞳には淫らに乱れる花嫁の姿を映して、その様に、口元を緩める――もっと乱したいと言えば、はどんな顔をするだろうか。
「っ…しっかり、捕まっていろ」
「ル、ヴァイドっ、だめ、 やっ、…そ、んな…!」
の膝裏を持ち上げ、より深く突き上げて攻めると喘ぎ声はより艶を増し、静かな空間に絶えることなく響き渡っていく―――月明かりを受けて床に生まれ落ちている、重なった影は妖艶に揺れ続け、神聖で、神秘的な独特の空気を作り上げていた世界の色を艶やかに塗り替えている。
「はっ、ぁ、あァ、っ…ルヴァイド、ぁ、あッ…!」
「っ…!」
狂おしいほどまでに、彼女はルヴァイドを満たしていく。
きっとそれは、―――”これから”も。
それはなんと、幸福な世界であるのだろうか。
「ん、だ、だめ…ぁ、あぁっ――!」
「くっ…」
互いに握り合う手を離さず、外の寒さも忘れ、ひたすら熱に溺れていった。
―――風の音が、聴こえる。
音に、眠りに落ちた意識がふわりと浮上して瞼をゆるりと持ち上げれば、赤い髪がぼやけた視界にとても鮮やかに映った。
その鮮やかさに見惚れるように、しばらく、言葉を出すこともなくぼんやりとしていたのだけれども、あたしの髪を撫でるルヴァイドの指にようやく、”おはよう”という言葉が出た。
―――どうやらあたしは、長椅子に座っているルヴァイドの膝に頭を預けて眠っていたようだ。
「ああ、よく眠れたか」
「ん…今、何時…?」
「まだ明け方だ、ようやく陽が出てきたと言ったところだな」
「明け方…」
どうして、ルヴァイドは起きているんだろう。
野宿用の毛布の中でもぞもぞと起き上がり、きょろりと辺りを見回す。 ふと、祭壇に目について、そこで昨夜の情事に思わず顔を赤くしてしまったが、ルヴァイドはその事に気付いていないのかぼんやりとステンドグラスを見上げていた。
…ルヴァイドがぼんやりとしているなんて、珍しい。
「…ルヴァイド?」
「あれを見ていた」
ルヴァイドの隣に座り直して、視線の先を辿ってみる。
見つめる先には、、月光とはまた違う、昇り始めた明るい太陽の光で煌めくステンドグラスの芸術だ。
明るい光を目一杯に浴びて輝くそれは、朽ちながらもなおステンドグラスへ微笑み続ける石像たちを、この教会を白い光で包み込み、一つの、美しい世界を作り上げていた。
「…きれいだね」
「ああ」
「寝覚めでこれは、贅沢な気分だわー」
「そうだな」
「―――デグレアは本当に、いいところだわ」
そう。
とても美しい、滅びた都市。
誰もいないけれど、この国は本当に、美しい。
「―――そう言ってもらえると、嬉しい」
それは本当に嬉しそうな、ルヴァイドの声だった。
メルギトスに全てを奪われて、壊されてしまっても、それでもここはルヴァイドにとっては命を賭けて守ろうと思った、故郷。
例え姿を変えて、名前を変えて、作り変えられても――それはきっと、変わらない。
耳をすませば、静かに繰り返されるルヴァイドの息遣いと。 風の音と。 窓が軋む音。
それは穏やかで、とても静かで―――ルヴァイドの腕に頬を寄せると、今にも眠りに落ちてしまいそうだ。
「…もう一度眠るか?」
「ん…でもこれで、あたしもルヴァイドの奥さんか」
左手の薬指に収まっている指輪を見れば、思わず笑みが零れた。
あたしの言葉にルヴァイドはきょとんとした表情を見せていたけれど、次にはぐっと和らいだ表情を浮かべて、あたしの頬に唇を寄せて。
「そうだな」
「ふふ、…幸せに、するからね」
幸せにする。
あたしにそれが出来るかわからないけれど。
「それは、俺が言うべき言葉だろう」
「途中で喧嘩して嫌いになっても、冷静に話し合うわ」
「………あまり不吉な事を言ってくれるな」
複雑な表情を浮かべて呟くルヴァイドに、あたしは笑うしかなかった。
喧嘩して嫌いになっても……それはこれから共に過ごしていくうえで充分有り得ることで、必ずしも、ずっと仲良しというわけにはいかないだろう。
「でも喧嘩するほど仲が良いって言うし」
「…確かに、そうだが」
「―――ねぇ、ルヴァイド」
ルヴァイドの腕に頬を寄せたまま、彼を呼ぶ。
「一緒に生きようね」
それは、墓石に誓った言葉だった。
幸せにします
一人にだって、させません
だからどうか
どうか 一緒にいさせてください
彼と一緒に、生きたいです
今はただ、それだけで、本当に充分なのです
この世界で、生きたいのです
何度もそれを祈った。
何度もそれを願った。
何度もそれを繰り返した。
自分が不安な心に押し潰されないように、何度も。
ルヴァイドは、あたしの声の震えを感じ取ったのだろう。
言葉で答えない代わりに、ぎゅっと強く、あたしの肩を抱き寄せた…温かな腕にはいつも、泣きたくなってしまう。
「…一緒にいようね」
「…ああ」
「家族つくって、頑張って生きていこうね」
「ああ」
最後は互いに微笑んで、また笑った。
風に窓が軋んで、薄暗くも目を細めてしまうほど眩しいこの世界にはあたし達だけしかいないから、祝ってくれる人は一人もいないけれど。(もしかしたらルヴァイドのご両親が祝ってくれているかもだけど)
それでも満足だった。
ルヴァイドの故郷でお式が出来て。
ルヴァイドの両親を交えて、夫婦になれて。
――――ルヴァイドが嬉しそうに笑うから、とても満足だった。
「でも本当に頑張っていかなくちゃ。 王様からデグレアとトライドラの復旧を仰せ付かってるんでしょ?」
「ああ」
「大変だけど、ゼラムに負けないくらいいい街にしようね。 あたしも手伝うわよ」
国一つの復興は、とてつもなく時間がかかるだろう。
住む人の手配や、商人達が通れる道、寒さに強い作物を育てたり、水の確保だったり、世界はまだまだ物騒だから警備の人手を集めたり……ううむ、色々とやることは山積みだわね……。
難しそうな表情を浮かべているあたしに気がついたのか、ルヴァイドは苦笑して、あたしの頭をぽんと撫でた。
「そうだな――やることは山積みだが、俺達が出来ることから始めていこう」
「そうね……例えば?」
光が、眩しい。
ルヴァイドの赤い髪も、あたしの髪も、全てが、眩しい光に染められていく。
そんな眩しい世界の中で、ルヴァイドは優しい笑みを浮かべて。
「 お前と共に、もっと、幸せになることからだな」