「ギブソン、漫画貸して〜」
「…………まんが?」
仲間の唐突なお願いに、ギブソン・ジラールの目が丸くなった。
素ローブに包まれた両腕で本を抱えながら、聞き慣れぬ言葉に首を傾げつつ書庫の扉を背で閉める。
対する少女は「そう、漫画」といつになく真剣な表情で頷いて、ギブソンが抱えている本を一冊取り上げる。
「うーん、これも召喚術書かぁ…いや、ギブソンが漫画持ってるなんてこと自体を疑うべきなんでしょうけど、でももしかしたらなってなぁ…」
「……? その<まんが>とは一体どういう内容の本なんだい?」
整った、穏やかな風貌が困惑の色に染められた。
自分でも本が好きな部類だと思ってはいるが、異世界からこの世界へ召喚(よ)ばれた彼女の知るものはこの世界の常識とは一段とかけ離れたものなのだ。 彼女と同じ世界から召喚ばれたとされるハヤトたちと話していても、彼らの世界には時折ひどく驚かされるばかりで。
「…ええと、 冒険とか、恋愛とか、青春とか、戦争とか?」
「(青春…?)…童話…とはまた違うのかい?」
「絵でお話を作ってるっていうか…絵で表現してるっていうか…」
”ないならいいや、ありがとー”と去っていく彼女の背を呆然と見送るのは、完全に置き去りにされたギブソン・ジラールだった。
「……なんてことがあったんだけど」
「そいつぁ良かったな」
「テキトーに返事しないでくれる?! っていうかあたしの話9割くらいきいてないよね!」
ベッドの上であぐらをかき、本を片手にあたしの話を聞いた(フリをしていた)赤毛の少年の返事は、なんともひどいものだった。
リューグがつれないのはいまさらだけど、さすがに今のはないと思う。 適当にもほどがある。
「でもさ、読みかけの本の続きとかってすごい気になるでしょ? …って、アァァァ読めないと思い知るとますます読みたくなってきたぁぁぁぁ」
「人のベッドの上で悶えんなよ」
頭を抱えてベッドに突っ伏するあたしに嫌そうに顔を歪めて、彼はぱたんと本を閉じた。
けれどやっぱり気になるものは気になるのだ。 あたしはがばっと勢いよく顔を上げて、リューグを睨み。
「だって船大工が! 海賊王が!」
「…はぁ?」
「うううぅ読みたい読みたい読みたいよー」
「うるせぇ、その辺の本で我慢しやがれ」
「……あたしはお子様ですか」
「駄々こねてるあたりでガキだろ」
顔に押し付けられた本は、深い紺色の表紙に白文字でタイトルが綴られている書だった。
これは二度くらい読んだことがある。 王道の、騎士様とお姫様のロマンスストーリー…。
「っていうかリューグ、こんなん読むの?! や、別にロマンス溢れてて全然いいと思うけど、リューグが?!」
「ミモザに適当に見繕ってもらったら紛れてたんだよ」
「ものすごく納得! っていうかリューグってそんなガラじゃないもんねぇ〜」
「殴るぞ」
密かに握り締められた拳にギクリと身を強張らせつつも、リューグの背にとすんっと背を預け、本を表紙をぱらりとめくる。
ページの合間にちょっとした挿絵も入っていた。
子供向けのそれは、綺麗な色のインクが物語の世界を引き立てて、描かれた騎士様は鎧に身を包み、真っ直ぐな白刃を手に魔物や魔女を切り伏せている。
助け出されたお姫様は、小さな女の子が憧れそうな、綺麗できらきらとした衣装に包まれて、ふんわりとウェーブがかかった長い金色の髪。 肌は白く、頬は淡い薔薇色に染まって可愛らしい。
いやもう大変可愛らしい。
「でも騎士ってやっぱり美形が定番ね〜。
うちの周りにも数名いるから余計リアルだわ…しかも極上の騎士がハァハァ」
「(なんでこいつが言うと変に聞こえるんだ?)…テメエも騎士サマに憧れてるってクチか? ………ハッ」
「何よその小馬鹿にしたような笑いは」
リューグにしては珍しく鼻で笑ってくれたので思わずその鼻をつまんでやれば、かなり不快そうな表情と「うっとおしい」と言いたげな抵抗が返ってきた。(そりゃそうか)
いやしかしいくらなんでもひどいだろ。 ひどすぎるだろ。 悔しいから何度も鼻をつまんでやった。
「〜っくそ、つまむな!」
「人の妄想を足蹴にした罰よ。 なによ、リューグだってカワイ〜イ女の子とかキレ〜イなお姉さん好きなくせに………あとカワイ〜イお芋好き聖女サマとか」
「…なっ…」
”聖女”、の部分でリューグの顔が真っ赤になった。
いや耳も真っ赤だ。 相当真っ赤だ。
リューグのくせにウブな反応をしやがりますなアッハッハッハっていうか何この人面白すぎるんですけど。 そして何故だか腹が立ってきますよあれ何これ、っていうかやっぱりアメルが一番じゃんか!
リューグのバカヤロー!
「リューグ、耳真っ赤〜」
「うるせぇよ! テメエには関係ねえだろ!」
「ブッフーッ! 図星?!」
噴出してから腹を抱えて笑い転げれば、リューグがあたしの頭を鷲掴みしてきた。(ギャー!)
斧や剣を持って戦ったり鍛錬してたせいかどうかは知らないけど、ずいぶん大きな手だ。 いつの間にこんな男らしくなったんだろうと、ちょっとだけ心臓がうるさくなる。
「だから、アメルは違うって言ってんだろ!」
「あたし一言もアメルって言ってなイタイタイタイいたたたたいだぁぁぁぁっ!!」
頭がみしみしといっているのは何故だ…いやもうそりゃリューグがものすごく力をこめてあたしの頭を締めてるからなんだけど。 かなりキツイ。 奴は本気であたしの頭を握り潰そうとしている…!
「いだだだだっ、ごめごめ、ゴメンナサイ!」
「…っち、付き合ってられるか」
謝ったのに逆ギレられた。
リューグってば沸点が低すぎるわ…っていうかあたし達ってずっとこんな調子で一緒にいるけど、もしかしてこれから先ずっとこんな感じなのかしら。 それはそれで、ちょっと辛いかも。
「あー痛かった」
「邪魔だ、俺の部屋から出て行け」
「はいはい、…それじゃ優しいシャムロックのところに行ってこようかな」
わざとそんなことを言って、トンとベッドから降りてみても、リューグは無反応だ。
壁に背を預けて、黒色のブックカバーの本に集中してしまっている。 シカトか。
(そりゃあ、あたしは女として見られてないっていうか。
アメルと比べたら全然、女の子らしくもないし、かわいくもないし、脚もきれいじゃないし)
リューグに気にしてもらえる要素なんて、ほとんどと言ってもいいほどないけど。
いくらなんでもシカトはないわ。 ちょっと傷ついたわ。
恨めしそうにリューグに視線を送っても、ほらやっぱり、スルーされてしまう。 きっとアメルだったらあたしが見たことも向けられたこともないような優しい眼差しを返していたに違いない…あ、でも、それはそれでちょっと気持ち悪いかも。
やっぱりツンあってこそのリューグだわ。
その後もなんとか構ってもらえるように粘ったが、あっさり追い出されてしまった。
バタン!と閉じられた扉の前であたしは「はぁ〜」とため息を吐き、視線を床に落として。
「…でもあたしは、騎士より木こりのほうがいいんだよなぁ」
やさしくて素敵な騎士より、ツレない木こりのほうがいいってあたしの趣味は一体どうなってるんだか。
そんなセルフツッコミに頭を掻きながら、廊下をゆっくりと歩き出したので。
「………バカか、あいつは」
扉の向こうで、顔を抑えて呟いた少年の言葉は届かなかった。