(―――あ、まただ)
ゴホゴホと咳き込む声にノックしようとした手を降ろす。
扉の向こうで、苦しそうに咳を繰り返すそれに、今すぐにでも彼に駆け寄るべきか。 それとも収まるまでそっとしておくべきか、そんな答えを出すまで少し時間がかかってしまった。
自分的にはすぐに駆け寄りたいのはやまやまなのだけれど彼があまりいい顔をしない事を知っている。 だから、あたしは悩むのだ。
(……どうしようかなぁ)
この部屋の中にいるひとは、あたしを守ってくれるひと。
それは《 傀儡戦争 》が終わってからも変わらない…あたしを守るためなら、彼は平気で自分に無理をさせる。 あたしが「危ないことはしないで」とか、「無理しないで」とかどんなにお願いしても彼は頑なで、きっと何が起こっても、涼しい顔で「何でもありません」なんて言ってしまうのだ。
現に、自分が病気になったって、弱音ひとつも吐いてはくれない。
ご主人様失格かしら…なんて、そのことに少しだけ憂うつな気分になりながら――考えた結果、咳が落ちつくまで入室するタイミングを待つことにした。
そのあいだに一度、ほかほかと湯気をたてる卵がゆに視線を落とす。
トレイの上には、卵がゆと水差しとコップのワンセット。
リィンバウムだと病人にはスープをつくってあげるのがスタンダードなんだけど、「病気したときのご飯と言えばやっぱりおかゆでしょ」というアイラブ米の精神により、シオン大将にお米を分けてもらっておかゆなんてものを作ってみたのだ。 いやいいよ、お米は本当に美味しい。 お米の美味しさには日本人に生まれてよかったと心から思えるよ。
しかしよくよく考えてみると、日本人ではない彼にはアイラブ米の精神なんてものはなかったな……あ、やっぱり、スープを作ったほうが無難だったかしら……。
(ま、いっか。 残ったらあたしが食べればいいんだし)
ふと、咳が収まったのか扉の向こうが静かになった。
その静けさを合図に、コンコンと軽い音をたててノックして扉を開けると、不意に視界に飛び込んできた室内の窓の外――白い色が埋め尽くす景色に「あ、」と声がこぼれおちて。
(どうりで朝から寒いわけだー…)
窓の向こうに、白い雪が覆う世界をみた。
「レオルド、具合はどうなの…って、だから、起きなくっていいってば!」
「…しかし」
「しかしもこけしもない! 起きて出迎えてくれなくていいから、大人しく横になってなさいっ」
ああまったくもう、何度、このやり取りを繰り返したんだろう。
慌ててトレイをサイドテーブルに置き、ベッドから身を起こそうとしたレオルドの身体を押しとどめた。
本来ならあたしが押してもびくともしない大きな身体なのに、耐える気力もないのかあっさりと横になってしまうその姿は彼がどれほど弱っているのかをあたしに見せつけて、”病人って自覚はあるの…?”と、本日何度目かのため息。
「まだ顔色もあんまり良くないし……もしかして熱、上がった? ちょっと診せて」
額に浮かぶ汗を見つけて、あたしはレオルドの顔を覗き込んだ。
いつも丁寧に編み込まれた長い黒髪は今、おろされている。
彼の背に落ちるそれは、くせのない、真っ直ぐな髪質で、編み込んでもよれることなく綺麗なまま。
”クセがつかないってうらやましいなー”と横目に見つつ、レオルドの体温を測ろうと額に手を伸ばしかけたそのとき、彼の肩がびくりと跳ね、息を飲んだ気配がした。
「? …どうしたの?」
ちょっとした違和感。
なんだろう今の。 なにかを怖がるっていうか、なんというか…でもそれは本当に一瞬だったから、その正体を感じ取るまでにいたらず、あたしは「なに?」と首を傾げるだけで終わってしまった。
レオルドはそんなあたしを熱帯びた目で見上げ――全てを遮断するかのように、目蓋を伏せる。
「い、え……うつり、ますので」
ベットに横になりながら、弱しく、淡々とした言葉と共に顔をそむけられる。
…なんだ。 うつるかどうかの心配をしただけか。 ネス並の心配性だねレオルドは。
「そんな気遣いもしなくていいってば。 はーい、熱測りまーす」
そむけられたことにも構わず汗の浮かぶ額に張り付いた黒髪を払って、レオルドの額を手で覆う。
今度は脅えられることはなかった。
あたしの指先、手のひら全体にレオルドの熱――通常よりも高めの体温――が伝わって、その熱さに思わず顔をしかめてしまった。 おかしい。 なんだか、さっき見に来たよりも熱い気がする。
「熱上がってる…、ご飯より水分のほうがよさそう?」
「…?」
「何かお腹に入れたらいいかなって思って、おかゆ、作ってきたんだけど」
作ってきたおかゆにちらりと目をやったあと、水差しの柄を握った。
音をたててグラスに注がれていく水はいやに冷たかった。 外が肌寒いから水も自然に冷えたのだろう。 冷たさで逆にお腹こわしたりしなきゃいいんだけど……そんなことを考えながらサイドテーブルに水差しを置けば、不意に――、視線。
「ん?」
当然のことながら、視線の元はレオルドだった。
熱に浮かされ続けて疲れているのか、いつもと違う光を浮かべる赤い瞳と目が合った。
「…レオルド…?」
「―――レシィ、は」
言葉を飲み込むような、呼気の後。
出てきたものはもう一人の護衛獣の名前だった。
「レシィ?」
「…私は一人でも問題はありませんので、彼の傍についてやってください」
……前言撤回。
人の手助けが必要となるほど、お腹をこわさせたほうがいいかもしれない…。
一言で言ってしまえば、季節の変わり目というやつなのだろう。
春の陽光が降り注ぐにはまだ早いが、冷えこみばかりが続くこの時期のゼラムはいろんなところで風邪やらなにやらが流行していた。 それこそ老若男女、大人から子供までそろいもそろって床に伏せるという有り様で、お医者さんたちも街中をあちこち走りまわっているらしい。
流行り病の被害者はもちろん、メルギトス討伐後にジラール邸でお世話になっているあたしたちも例外ではなかった。
旅を終え、メルギトスが封印されて安穏とした生活を送っていたのだけれど、”嵐は忘れた頃にやってくる”とはよく言ったもので、突如発生した流行り病にレシィとレオルドが見事にダウンした。
インフルエンザよりは軽症の類みたいなので最悪一週間以上も寝込むことはなさそうだけど、レオルドはあたしに看病されているこの状況をえらく気に病んでいるみたいだ。 さっきから変なことばっかり言ってくる。
「バカ言わないの。 高熱出してる人を一人にできるわけないでしょ」
「……機械兵士の姿に戻ります」
「で、それで治るはずもなく? 体に菌をもったまま?
また人の姿になったときぶっ倒れて、風邪が再流行しても困るんだけど?
……どうせ戻るなら元気になってから戻ってよね―――じゃないと、熱でぶっ倒れる前にあたしがブッ飛ばすゾ★」
にこやかにグッと拳を握りしめるあたしの脅迫に、レオルドは無言になる。
うむ、よろしい。 他人に気遣えるところはレオルドの良いところだけど、自分をないがしろにしがちなのはいけない。
(でも、ちょっと、言い過ぎたかなぁ…)
ぶっ飛ばすゾ★は、さすがになかったか。
レオルドもあたしを気遣って言ってくれたことだし……いやでもでも、弱ってるときくらい自分を大切にしてほしい。 わがままだって、弱音だって言ってくれていいのに、彼は何ひとつ吐くこともなく、ただ苦しそうに咳をするばかり。
あたしや、仲間達がどれだけレオルドを心配しているのか――いつになったら彼はその事を分かってくれるんだろうか。
「あのね、レオルドが苦しんでるのに置いていけるわけないでしょ」
「……」
「レシィの方はだいぶ落ち着いたし、ミモザがついてくれるから大丈夫。 だからそんな心配なんかしなくてもいいの」
「ですが」
まだ言い募ろうとするレオルドに、あたしは苦笑するしかなかった。
こうなったらとっておきの一言で黙らせてしまうしかないらしい……あたしは大きく身をのり出してレオルドにぐっと顔を近づけ、熱でぼんやりとした赤い瞳に視線を絡めながら、レオルドの顔の両脇に手をついた。 ――ぎし、と軋むベッドの音に、少しだけ鼓動が早くなったことを理解しても、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「レオルドは、あたしに好きな人の看病もさせてくれないの?」
「…、っ」
――よし、勝った。
すっかり何も言わなくなってしまったレオルドににやにや笑いながら、あたしは「そうそう、大人しく看病されてよね」と彼から離れてベッドの端に腰かける。
どんな状況に陥っても冷静なレオルドの、手も足も出ないとでもいうような困惑した雰囲気がしかと伝わってきた。 こんなレオルドの姿を見たことあるのはきっとあたしだけなんだと思うと、なんだか嬉しくてたまらない。 にやにやも収まりません。
「レオルドって案外照れ屋だよね〜」
「主殿……からかわれると、困ります」
「あ、また主殿って言った。 名前で呼んでって言ってるのに」
「…………………」
本格的に黙り込んでしまったレオルドにあたしはまた笑って、立ち上がる。
別に、名前を呼ばれないことが不満とは思ってはいないけど(今となっては主殿も名前同然だ)、レオルドがほんの少し困ったように目を伏せる姿がかわいいから、ついつい苛めてしまう。
”あたしってレオルドにメロメロだなぁ”と窓辺の雪をぼんやりと見上げていれば、ひゅっ、と細い呼気のあと、レオルドが全身を揺らしながら大きく咳込んだ。
身体が跳ねるほどの、咳。
慌てて水の入ったグラスを差し出すと、レオルドの手はさ迷うようにしてグラス――ではなく、あたしの手を掴んだ。 その瞬間、額と同じく熱い体温が、掴まれた場所からあたしの全身へと一気に沁み渡って、その熱さにまた、あたしの鼓動がうるさくなる。(ドキドキしてる場合じゃないのに!)
「れ、レオルド、何か飲んだほうが」
「ごほっ、っ…大丈夫、です」
荒く息を吐きながら、かすれた声でそう言ってレオルドはあたしを見上げる。
冗談抜きで辛そうだ。
特に、レオルドの場合は人間の体で熱を出すなんて初めてのことらしい。
あたしの手を掴む彼の手を労わるようにそっと握り返すと、思いのほか強い力で握り返されてちょっと驚いた。
「―――大丈夫、です」
「何言ってるの。 そんなの、全然大丈夫じゃない。
…さっきはああ言ったけど、でもやっぱり、機械兵士のほうが楽ならそっちに戻って。レオルドは旅が終わってからずっと人の姿でいてくれるけど、無理に人の姿でいなくても」
そう。 レオルドは、あたしに「人として生きる」と言ってくれた。
でも機械兵士の姿であれば病気は関係ないから、今の状態よりはずっと楽になれるはず。
一時だけでもレオルドが楽になれるならそっちのほうがいい。
「…あたしはどちらのレオルドも好きだから、本当は、それでも全然構わないの。
風邪がまた流行りそうで気になるなら、二人だけで誰もいない土地に行って養生したっていいんだからね? ルウの森とか、大樹の家とか」
ちょっと不謹慎だけど、しばらく二人っきりってちょっとロマンチックでいいかもよ?と笑って言ってみても彼の表情が晴れることはなかった。
レオルドはゆっくりと首を横に振り、繋がった手のままゆっくりと上体を起こす。 さらさらと流れる長い髪をおろしたレオルドは、いつもと違う雰囲気があった。
(…きれいだなぁ)
なんだか、知らない人と手を握っているような気分にもなる。
もともとが整っている顔立ちなだけに普段とは違う儚げな雰囲気がまたなんとも……いやいや! もう、心から快復してほしいと望んでいるけどね! ドキドキしてしまうのはしょうがないっていうかね!
「えっと、レオルド…起きちゃだめよ。 ちゃんと寝てなくちゃ(静まれ心臓!!)」
「…、」
突然だったので、反応が一瞬遅れた。
名を呼ばれことに驚いて、おもわず「な、なに?」と上擦った声が出る。
そのとき、熱に揺れる赤い瞳と目が合った。
熱出して、髪をおろして、いつもと違った雰囲気のレオルド。
彼が苦しそうに、荒く息を吐く度に部屋の空気がだんだん変わっていく気がして――そんなことを考えてしまう自分が無性に恥ずかしくなってきて思わずうつむけば、握り返された手が一度解かれ、指を絡め合うようにして再び合わさった。
骨ばった、大きな手のひらに包まれてますます自分の心臓がうるさく鳴り始める。
「…っ」
それは男の人の手。
機械じゃなくて、人間の男の人のもの……って、うわうわうわ、ちょっと、ちょっと待って。 なんかおかしい。 この状況おかしいよ。 明らかに病人とか看病とかそんなものとはかけ離れた状況だよ。 レオルドの事は好きだけどいくらなんでもこれはない。 病人なのにこれはないわ。 この色気はないわァァァッなんか変な気分になる!
「れ、れれれれレオルド…あの、その」
「…――貴女が、兵士の姿に戻れと言うなら私は従います」
喉を枯らした小さな声で、レオルドがゆっくりと言葉を紡ぐ。
苦しげな呼吸の中で繰り出されるそれは、疲労のようなものも見え隠れしている。
でも、レオルドはそれすらも心地よさそうに受け入れながら、熱のこもった唇で、あたしの左手の甲に口づけを落とした――まるで、どこかの国の騎士のように。
「ですが、今は…このままでいさせてください」
「…く、苦しいでしょ?なら」
「――この苦しさや、熱さは、貴女と”同じ”だという何よりの証明です」
機械ではない。
人である。
あなたと同じ、命である。
「私にはそれがたまらなく、いとおしい」
そんな呟きと共に、レオルドの唇がゆるりと微笑を刻んだ。
それは、とてもやさしくて。
まるで、レオルドそのもののような笑顔で。
「〜〜〜〜!!」
そんなものを目の前で見せつけられてしまったあたしは、空いた手で目元を抑えるしかない。
とんでもないスマイルだ。
のぼせたように顔が熱い。 レオルドの熱がうつってしまったみたいになんだかくらくらしてしまう。 たかが熱といっても侮るなかれ。 これは治す薬もないくらい難病。 とんでもない熱病だ。 名づけるならば、レオルドにめろめろ病。(ネーミングセンス最悪!)
「うあぁぁもうー………レオルド、早く良くなってちょうだい」
「…?」
「遠慮なく、力いっっっっぱい、レオルドを抱き締めたくてたまんないよ…」
うん、抱き締めたくてたまらない。
誰かをこんなにも愛しいと思える自分だなんて想像できなかったけど、怖いくらいだ。
こんな気持ちがもてるから、人間って世界を救ったり破滅させたりすることができるんだね。 怖すぎるわホント。 人間ってすごすぎるわホント。
「――、どうぞ」
しかし、予想外の展開。
あたしの抱きしめたい発言にレオルドは何度か目を瞬かせたあと、ゆるやかに両腕を広げてくれた……って、あれ、何それ。 その、ドンと来い! みたいなポーズ。
「ええと…」
ま、マジでドンといっちゃってもいいんだろうか。
ちょっと遠慮がちに、レオルドの胸のシャツを握って、ぴったりと抱きついてみる。
どくどくと、少し早い心音が聞こえるそれは、熱のせいなのかあたしのせいなのか分からない。
けれどそれでも嬉しくて、指先にぎゅっと力をこめてレオルドの胸に頬を寄せれば、ゆるやかに広げられていた両腕が急に、あたしの背中を掻き抱いてきて驚いた声を上げてしまう。
「わっ」
「――、」
背がしなるほど、強く、レオルドに抱き締められて―― 一瞬、息が止まる。
彼の熱い体温が、あたしの全身に伝わって、じわじわ広がっていく。
”うわわわ抱き締めたかったのはあたしなのに抱きしめられてるー!”と内心で絶叫し、急に気恥ずかしくなってきて身じろげば、首筋にレオルドの吐息が触れて。
広い手の平が、指先が、そっと背筋をなぞった。 まるで服の下の肌の感触を、求めるみたいに。
こめかみに唇を落とされてからようやく、それが”何か”を求める抱擁だということに気づいてあたしは慌てた。
「れ、レオルドっ…」
「申し訳ありません――離せません」
「っ、ん…」
うなじに、やわらかい感触が這う。
血管を辿るように這う、熱帯びたそれはレオルドの唇だ。
風邪のせいだけじゃない、あまりの熱さに息を呑んで硬直してしまえば、レオルドの腕が抱き締める力をこめた。 すこし苦しい。 でも、レオルドがこんな風に抱き締めてくれるのって、いつ以来だろう。 ちょっと嬉しいかも。
「レ、オルド」
「あなたに触れたい…」
かすれた声で紡がれた想いの言葉に、心が震えた。
いつものように、静かな音色。
けれど、その吐息の熱さは紛れもなく―――。
頭痛がする。
眩暈がする。
咳気が込み上げる。
節々が痛み、全身の気だるさは明らかに身体の異常を告げている。 だが。
(――――、止まらない)
誘うようにくぼんだ白い鎖骨へ、なだめるような口づけを落とす。
それを受けたの抱えられたつま先がひくんっと揺れた。 そのまま唇を離さずに肌を吸い上げ、鬱血痕を残し、舌でその痕をいとしむようになぞると、「ひっ」と彼女の息がこぼれていく。
「…レ、オル、ド…っ」
苦しそうに息をして、が名を呼ぶ。
主の望みを叶えようとレオルドは、彼女の中に飲み込まれた指でぐっ、と深く、奥を掻いた。
すると彼女の奥は堪らず顎を引いて身を震わせる。 レオルドの指を受け入れた奥が、悦ぶように収縮を繰り返す。 淡く火照った全身の肌を粟立たせ、レオルドの指に吸いつくように反応を示す彼女の中の窮屈さに堪らずこぼれそうな、歓喜の息をどうにか飲み込んだ。
が自分を求めてくれている。
もっと欲しがってほしいのだとでも言うように、充分にほぐれたそこを泳ぐように指を手繰れば、は顔を逸らして固く目を瞑った。
「あ、ぅっん…、んんッ、は、」
行為が始まってから、は自らの両手で口を抑え、眼尻に涙をにじませながら必死に声を堪えている。
だが、狭いベッドの中でレオルドに寄り添うように抱かれる体はもう、どこに触れても震えるほどにレオルドを欲しているのが分かる。 脳が痺れるような感覚に苛まれ、はしたなく強請りそうになる自分に気がつくたびには口をつぐんでやめてしまうのだが、そろそろ限界が近いらしい。
理性の薄い、潤んだ瞳がレオルドをみた。
「ん、レオ、ルド…ぁ、もう、いいか、らっ…」
「――まだ、です」
「ぅ、や…ぁ、あぁっ」
の愛液に濡れた指先を、さらに押し進め、奥の壁を擦るように掻く。
まさか拒否されるとは彼女も思っていなかったらしく、堪えきれずに上がった声はレオルドの理性を強く揺さぶった。 なんて甘い声なんだろう。 と、そんな感想が他人事のように脳裏に過ぎったが、レオルドの体はその声だけで充分に煽られてしまっている。
「っ、…」
「ぁ、ダメ…っん…!」
押し広げた脚をさらに広げ、指の抽出を早めながら彼女の唇に噛みついた。
レオルドの唇も熱いはずなのに、の唇も、小さな舌も、同じくらいに熱い。 そのことにとうとう、今まで堪えていた歓喜の息が彼女の頬に触れた。 それは言葉少ないレオルドの興奮を、何より雄弁に彼女に伝えただろう。
「レオルド…っ」
の両腕が、レオルドの首に回る。
その細腕の引き寄せられるようにして互いの体を密着させ、唇から頬を、首筋へとレオルドの唇が火照った肌を這い降りて、甘い色づきを見せる胸の先端に舌を伸ばす。
レオルドの吐息が敏感な部分に触れたことを感じ取ったの全身が、小さく跳ねた。
それをなだめるように、主張して起ちあがった蕾に軽いキスを贈ってから、甘い実を食むようにして口に含むとレオルドの指を飲んだ彼女の奥が急激に締まった。
の呼吸が荒くなる。 もどかしげに腰を揺らし、レオルドの指を奥まで招き入れようとしていた。
「はぁ、ぁ、あ…っ、レオっ、ぁ、あ―――…!」
我を忘れて溢れ出そうになる声を、強引に口づけることで阻む。
塞がれた唇の隙間からくぐもった声がこぼれても、収縮を繰り返す場所への指の抽出を止めない。 どれだけ蜜がこぼれようとも、無意識に揺らめくの腰の動きに合わせて指を動かす。 もっと。 もっとだ。 この手が彼女に濡れきって、羞恥も理性もすべて捨てた彼女が自分から求めるようになるまでは―――どこまでも貪欲にを求めてしまうであろう、自分の熱に耐えられるようになるまでは。
「 、…」
「はっ、はっ――ぁ…レオ、ルドっ…、やだ、まっ…!」
昇りつめても、レオルドの指の動きは止まらなかった。
粘着性を帯びた愛液がから溢れ、自分の指が彼女の一部として溶けて見失う錯覚をしても、その全てを掻き乱す。
すぐ目の前で、泣きだしそうな声で喘ぐ彼女の姿を食い入るようにただ見つめる赤い瞳は欲望に染まって、今、この場にいるのはしか知らない、ただの<男>だ。
そう、彼女だけが。
彼女の甘く啼く声が、女の匂いが、淫らな音が、レオルドをただの<男>にする。
「…は…っ」
頭痛がする。
眩暈がする。
咳気が込み上げる。
節々が痛み、全身の気だるさは明らかに身体の異常を告げている。 だが、こんなにもいとおしい彼女を前にして、どうしてやめることが出来るだろうか。
「…大丈夫ですか」
「だ、だいじょう、ぶ…じゃ、ない…っん、やぁ…っ!」
ぐちゅ、と音をたてて指を引き抜くと、名残惜しそうにが声をもらして全身を震わせた。
快楽に蕩けて涙ぐんだ瞳が少し怒ったようにレオルドを見上げる。 が、レオルドが躊躇なく抜いたばかりの指を舐めとる光景にぎょっと目を見開き首筋まで一気に朱に染め上げた。
「ちょっ、だ、だめ…きっ、きたないから…」
「いいえ――もっと、ほしい」
味わうように舌を指に絡ませて、一滴残らず体内に取り込こもうとレオルドは喉を鳴らす。
の肌に浮かぶ汗も、口付けで混じり合う唾液も、淫らな愛液も、彼女から零れ出るものはまるで媚薬だ。
誰かが止めに入ったとしても、もう遅い。
自分でも止められないまでの興奮に、彼女が嫌だと泣きだしたとしても理性は沈黙を返すだろう――どこまでも尽きぬ欲望に恐怖心めいたものを抱きながら、レオルドは舌舐めずりをして、唇についた彼女の名残を最後まで味わった。
「レオルドがいやらし過ぎる…」とレオルドの行動を直視できず顔を背けていたの顎をやさしく引き寄せて、唇を合わせ、充分に体積を増したレオルドの熱を彼女の泉に擦り合わせた。
「んっ…」
「――貴女を、愛しています」
祈りのような愛の言葉が、優しい声で紡がれる。
の傍で、の声に、の体温に触れるたびに胸の奥が震えるのは、彼女がレオルドの失ったものを繋ぎ合わせてくれるから。
失ったはずのココロが、彼女を通して戻ってくる。
――遥か昔の話だが。
<彼女>の魂を守れるなら何もいらないのだと、レオルドは<あの時>、本気で願った。
それは奇跡に叶えられ、喜びも悲しみも、憎しみもすべて過去に置き去りにしたのに――彼女に触れることで、ひとつひとつレオルドに還ってくる。
「――っ…はぁ、…」
「あ、ぁ…レオル…ドっ」
ずっ…、と音をたててゆっくりと埋まる熱に、は切ない声をあげて身を震わせた。
彼女の声に応えるように腰を揺り動かすと、結合部から響く淫らな音に聴覚を犯される。 それはなんと愛しい音なのか。 レオルドはの肩を一度抱きしめてから半身を起こし、小さな体を穿つように腰を打ち付けると繋がった場所からの愛液がとめどなく溢れの全身が跳ね上がった。
泣き出しそうな声がレオルドの脳を突いて煽るも、はしたなく響く自分の声をは嫌がってか唇を噛んで堪えようとするのを見てレオルドは一度動きを止め、その唇をやさしくなぞった。
「…、いけません」
「だっ、てっ…」
どうしようもなく漏れ出すその声に「私が抑えます」と彼女の声を飲み込むように唇を重ね合わせると、苦しそうに口づけを返すの指が、ぎゅっとレオルドの髪にすがりつく。
真っ直ぐな黒髪が彼女の指に絡まり、とこんなにも近い位置にいることを許されている今に、改めて至福に思えた。
「レ、オルド」
「…はい」
「ふふ…きれいな、髪ね。 うらやましい」
はにかむように微笑む笑顔に、レオルドは静かに首を横に振る。
”朱に染まる我が主のほうが美しい”と囁くように呟いて、の髪を指に絡ませ、恭しく口づける姿には「ひーっ」と両手で顔を覆った。
「レオルドって、ときどきすごいコト言うよね…」
「…主殿には負けます」
「ええっ、レオルドに言われたくな…んん…っ…ぅ、」
隙間なく抱き合い。 声を殺しながら、秘めやかに。
外の世界から隠れるように行われる情交は、ゆるりと波立つような水音で室内を満たしていく。
吐息と熱と、寝台の軋む音に練り上げられた濃密な空気は窓を曇らせ、世界との温度差を知らしめる―――この部屋だけが、白く染まる世界から遠ざかっていった。
「今度はちゃんかー…せっかくレオルドは治ったのにねぇ」
ミモザは薬を調合する手を止めぬまま、大きくため息を吐いた。
ゼラムでの流行病。 レオルドが完治してレシィがようやく起きられるようになったと思ったら、次はが倒れてしまった。
辛そうに眠る彼らの姿が気になって研究がはかどらない。
ああもう、早くみんな良くなってくれたらいいのに。と、粉にした薬草を液体に溶く。
「…、それは?」
「あ、今の? 睡眠効果のあるハーブよ。 いい香りがするから、発熱で緊張した体が少しは落ち着くようにって」
……しかし、これで何度目だろうか。
薬草を混ぜるたびに質問をしてくるこの青年のことも、気になって仕方がない。
まあ、この薬を飲むのは彼の愛する主なのだから何か不純物でも入られては困るのだろうけれど、ミモザに病人をいたぶる趣味はないから信用してほしい。 いやそれより、背後から刺すような視線を向けてくるのは本当にどうにかしてもらいたい。
「(人間のレオルドってちょっと苦手かも〜) そ、そういえば、この間のちゃんの薬、効き目はどうだった?」
「――、苦かった」
「(あれ?効き目より味??) あ、やっぱり苦かったのねー。 効力上がるかなと思って、薬草をちょっと多めにしてみたんだけど」
「……通常の分量で調合した薬がいい。 が嫌がって飲まない」
「はいはーい、それじゃ次は普通の分量を入れるわね〜」
良かれと思って量を増やしたが、どうやら不評だったようだ。
「でも嫌がるから量を減らせとか…レオルドも甘いわよねぇ」と苦笑しながらごりごりごりとすり鉢で薬草をつぶして…ふと、レオルドの言葉に引っかかりをおぼえる。
(あれ? レオルド、今、って呼んだ? …いやそれより、味見……したのかしら…?)