派閥の寮って本当質素なのよねぇ。
 と、は久しぶりに自分の部屋をじっくり眺めてみた。




(もうちょっと、可愛らしい感じの部屋にしてみようかしら)

 久しぶりに自分の部屋を観察してみて、そんなことをふと思う。

 掃除は常日頃から怠っていないので、完璧。
 しかし何より気になるのは調度品だ。
 この部屋に入ってまず一番に目につくのは、召喚術関連の書物が収まっている本棚。
 今まで気づかなかったけど、日に焼けたのか右上端が色あせてしまっている。 本の出し入れが多いせいで塗装もはげかけているみたいだし、そろそろ買い替え時か。
 次に、羽ペンと書類以外見当たらないデスク。
 長期出張が多くて世話ができないと見切りをつけていたけどいくらなんでも潤いがなさすぎる。 花でもグリーンでもいいから、今度買い物に行くときにでも買おう。 ミモザにオススメの植物があったら譲ってもらうのもいいかもしれない。 リラックスできる香りの植物ならなおよし。
 さらにカーテン。
 これはかなり重要だと思う。 部屋の雰囲気を大きく変えるものって言ったら、カーテンだろう。 今の濃い青色のカーテンも好きなんだけど、気分転換がてらに鮮やかな色のものに変えてみようかと思案してみる。 ……(考え中)……うーん、結構難しい。 部屋の壁紙が薄く落ち着いた青色だからヘタにいじると逆に落ち着かない部屋になってしまうかも。 どうせ買うなら生地とか手触りとかにこだわって買いたいんだけど、まだまだ派閥の任務が入ってるからそんな時間もなさそうだ。 仕方がない、カーテンは諦めよう。

(でもねぇ、このままというのもねぇ)

 カーテン以外にどうしても諦めきれない部分があるのか、似たような思考がさっきから頭の中をぐるぐるする。
 それだけ見渡す自分の部屋は質素に思えてしまうのだ。
 部外者は禁止の<蒼の派閥>にこっそりと迎え入れている恋人は「気にしないでください」と朗らかに言ってくれていたが、だがしかしやはり、色気の一つも何もないのもどうかと…いや、気分的に何となくなんだけど。

(…やっぱり今度、街に行って探してみよう)

 恋人の笑顔を思い出せば、あっさり結論が出た。
 ”まず何から整えようかしら”なんて、ゆるいウェーブのかかった甘い鳶色の髪を指先に絡めて思案していれば、ふと、ふんわりと甘い紅茶の香りが鼻腔をくすぐった。
 それを合図にソファに組んでいた足を解いてソファから身を乗り出し、来客用のデスク上のティーポットから揺れる、気品ある香りをのせた温かい湯気を目にしながら懐中時計の針を見て、「このくらいかな」と頃合いを見計らう。
 小さな薔薇の模様がかかったティーカップの側にシュガーポットを寄せ、スプーンで角砂糖を掬い上げようとして―――ふと、は目の前に座っている旧友に目を向けた。

「ネスティ、砂糖は何個?」
「……」
「オーケー、1個ね」

 向かい側のソファに座る青年は無言だったが、今は何を聞いても言葉を返してくれないだろう。
 長年の付き合いからそれを理解して適当な数の角砂糖を放り込み、ティーポットを傾けて美しい紅茶色の液体を注ぎ込む…香り良し。 色合い良し。 一人満足して、香り豊かなそれを青年の前に差し出した。

「はい、どうぞ」
「……ありがとう、
「(うわぁぁ素直にお礼とか言っちゃったよ…!)…い、いいえ、どういたしまして」

 決して素直ではないタイプのはずなのに随分としおらしい態度で礼を言うネスティの言葉に思わず、彼の同期でもあるは頬を引きつらせてしまった。
 悪魔王メルギトスの件で<蒼の派閥>も何やかんやで大革命が起こったが(フリップ・グレイメンがいなくなったこととか!)、あの事件はそれだけには留まらず、この男にも相当な大革命を起こしてくれたようだ。

(えーと、あの事件から季節が2巡りしたから…)

 ちらりと、は青年の様子を盗み見た。
 久しぶりに出会った旧友は様々な事件に巻き込まれ、<聖なる大樹>の化身となり二年の月日をかけてようやく還ってきたというにも関わらず、相変わらず神経質そうな色が濃く浮かぶ、インテリ風格にお似合いの端整な顔は健在だ。
 外に出たことがないのではと思わせるほど白い肌もまた同じ。(旅をしてたはずなのに焼けてないとはどういうこと?) 逢っていない時間の経過を思わせてくれるといえば、襟首に落ちる漆黒色の黒髪が少しだけ伸びていたことぐらいか―――。

「で、ネスティ」
「…」
「相談て、なに?」

 そう。
 の恋人でもあるロッカからネスティの帰還を聞いて(思わずその場で泣きじゃくってしまったが)喜んだのもつかの間、彼はしばらく、バスク邸から外に出られないほど衰弱をしていた。
 ようやく体調が戻り、お見舞いついでにちゃんとした形で再会をしたとき、「相談したいことがある」と言われたのだ――え?いきなり相談ていうのはどうしたことか?と目を丸くしてしまった記憶がある。

 そしてスケジュールの合間をぬって、顔を合わせたこの日。
 の部屋に来て紅茶を入れるまで彼はずっと口を噤んでいたのだが、元々は彼が自分に声をかけてきたことが始まりなのだ。 なにやら思いつめているというか(少しばかり挙動不審?)、いつもと様子が違ったことを敏感に悟り、だからこそも急かすこともなく気長に待った…つもりなのだが。 こんな風にネスティに相談される機会はそうそうにない。 彼の姉のような存在としては、ちょっとそわそわしてしまう。

「その」
「大丈夫、誰にも言わないわ。 人の悩みを振りまくほど話のタネに困ってはいないし」
「…助かる」

 の言葉に緊張気味だった表情から、ほっと安堵の表情を浮かべるネスティにはまたもや目を丸くしてしまった……彼はこんなに表情豊かな人物であっただろうか?と首を傾げて記憶を辿るも、自分の中のネスティ・バスクはこんな男ではなかった。

 少なくともこんなにもしおらしいタイプではなかった。 それは断言できる。
 どちらかというと人との関わりを避けて、弟弟子には目を覆いたくなるような厳しい言葉をぶつけたり(それは親愛の情からだということは知っているのだが)して、<自分に厳しく、本当に愛している者にも厳しく>のタイプだ。
 ―――だが彼は、確かに変わった。
 表情が柔らかくなり、以前のように淀んだ瞳は見られなくなった。
 だから、の感じているこの違和感は錯覚ではなく、確実な変化なのだろう…きっと、良い方向で彼は変わることが出来た。

 ………ただ、何が彼を変えたのかはさっぱりとわからないのだけれども。(想像がつかない!)

 うーんと悩むにわずかに首を傾げつつネスティは、ごほんと一度咳き込んだ。
 紅茶を飲み干してからソーサーに戻し、を見る。 ”…随分と真剣だ”と、無意識にも姿勢を正してしまう。

「その、は」
「うん?」
「…ロッカとは…どうなんだ?」
「うん…………、は?」

 頷いてから、思わず、間の抜けた声を出してしまった。
 口もぽかんと開けて、いまいち理解が出来なかったというような表情で「もう一回」と促せば、聞き返されたことにネスティはうっと呻き、ティーポットに視線をやりながら、問う。

「…ロッカとは、どうなんだ?」
「どうって…何が? 別に喧嘩はしてないけど」
「そ、そうか…それならいい」

 間。

「……言いにくい相談ってのはわかったけどはっきり言いなさい、訳わかんないから」
「…う、……その……参ったな」

 参るのはこっちだと突っ込みたくなるのをどうにか堪え、取り合えず何が言いたいのかと整理をするべきのようだ。 (相手は相当混乱しているらしい…だってあのネスティが説明も何もないままぶっ飛んだ質問よ? ありえない!)

「ネスティ、まずは最初は説明をしてちょうだい」
「説明?」
「あたしは今まで任務に飛んでて、貴方のお見舞い以来久しぶりに会えたのよ?
 まずは貴方の身の回りに起こったことを説明してから相談してくれないと、私も何ともいいようがないわ」
「…そうだな」

 しばし思案するように考えたあとで、ネスティは一息を吐くと、薄い唇から言葉を紡ごうとして、けれど再び唇を閉ざす…その様子に、どうにも戸惑うような感じが拭えないのは何故だろう。

「ネスティ?」
「…どうすればいいかわからないんだ…」
「え」
「彼女を前にすると、酷く…心が落ち着かなくなる」

 思いもよらぬ発言に、はまたもや目を丸くしてしまった。
 時間差で、ぶわわっと湧き上がってくる動揺に思わず心の中で”いや、いや、いや、落ち着け、落ち着け…”と三回ほど唱えたあと、はネスティに向き直り。

「えーと、つまり…まず、彼女と言うのは?」
、のことだ…君も一度は会っていると思うが」
「あ、あー! あの子! なんか、色々と面白かった子!」
「(…何をやったんだ彼女は…?) 話をしたということは、彼女が君と同じくもともとはこの世界の住人ではないことも知っているんだな」
「うんうん、その話も聞いたわ…いやー、その事にも驚いたいけど何より、ネスティのことを<ネス>って呼んでたことにはもう度肝抜かされたわね」

 ”私だって呼ばせてもらえないのにねぇ”とにんまり笑いながら何度も頷いて、は穏やかな笑みを浮かべてソファに背を預けた。
 天井を仰ぎ、今ではすっかり良い友人となっているの姿を思い浮かべて、彼女と交わした言葉を記憶の片隅でふわりと甦らせる。

 初めて出会ったのは、ネスティの見舞いの時だった。
 は彼女の話を聞いて、とても楽しかったことを覚えている。

 話に花を咲かせる中で、同じ境遇であった彼女には一つ問うたのだ。


”元の世界に戻りたいって思わない?”


 問いに、はきょとんとしてを見つめ返した。
 突然の質問だったので驚いているのだろう…だがその後で、苦笑するような。 はそんな笑みを口元に浮かべて、傍らにあるベッドで深い眠りに落ちているネスティの黒髪を撫でた。
 熱にうなされるその表情を心配そうに眺めていたが、「今は思わない」と、はっきり答えたのだ。

”どうして?”
”訳わかんなかったし、最初は意地でも還ってやろうとか思ってたんだけど”
”うん”
”……なんやかんやで大切になっちゃったんだよね”


 ――それは、うなされながらも随分と深い眠りに落ちているこの男のことだろうか。
 しかしそれを問うのは野暮というものだろう。
 何故なら、彼女がネスティを見下ろす眼差しはとても優しい……答えはすでに出ているのだから。

 は”なるほど”と納得して、自分の心の中に住まうロッカの存在を思い浮かべながら彼女の言葉の意味を、誰より深く理解する。
 自分と彼女は同じ場所に立っている。 だからこそわかるのだ。


 大切になってしまったからこそ、離れがたい、放しがたいものもあるということを。


 ”あ、でもフラれたら還るかもだけどねー”と、そのときは互いに笑っていたが。



(―――ああなんだ、両想いじゃない貴方達)

 彼は、言う。
 <彼女といると心が落ち着かなくなる>のだと。
 …他人に、あれだけ無関心だった彼が、自らそれを認めた。


 旧友として、それがとても、うれしい。


 ソファから身を乗り出して、はネスティの瞳を真っ直ぐに見つめると率直に問う。

「ネスティ、のことが好き?」

 息を呑む気配が伝わった。
 ネスティは俯き、彼の心情を表すかのように、頭を抱えて自分の髪をくしゃりと握った。
 その様子から彼の動揺がにまで伝わった…酷く戸惑っているのは、きっと、どうしようもないほどまでに他人を欲したことがないからだ。


 「ただ一人が恋しい」と叫ぶ、大きく渦を巻く感情のうねりに戸惑っている。


「――大切、だ」
「…そう」
「とても、大切だ。 本当に…なぜ、こんなにも、自分がわからなくなるくらい」

 ―――ネスティにしてみれば、上出来の回答だろう。
 それに満足そうに頷きつつ、”しかし本当に、こんな、両者が全く気付かないというシチュエーションがあるんだなぁ”とクスクスと笑ってしまえば、からかわれたと感じたのか。 ネスティが不愉快そうに眉を寄せた。
 だが長年そのしかめっ面を見ているのだから今更怖がるはずもなく(どちらかと言うと爽やかな笑顔を向けられた方がどうしようかと思う)、は、やはりにっこりと微笑み。

「でもあれだけ人間嫌いだった貴方がねぇ。 堅物ネスティにもようやく青い春が」
「(カタブツ?)…僕も、まさかこうなるとは思わなかった」
「あの旅は本当に大革命を起こしてくれたわけねー」

 皮肉なことだ。
 多くの人が死んで、多くの人の意志が摘み取られ、多くの人が悲しんだ一連の出来事だというのに―――なのに自分たちは、メルギトスにこの上ない感謝をしている。

 自分はロッカと出逢うことが出来た。
 ネスティはと出逢うことが出来た。

 その結果は、<メルギトス>という存在がなくてはならなかった。

 ぼんやりと思考に耽っていれば、の考えを何となく読んだのかネスティは”不謹慎だ”と咎めるように顔を歪めるが、けれどそれを口にして嗜(たしな)めることはなかった。
 彼もまた、心の奥底では、あの出来事に感謝をしているフシがあるのだろう。

 ―――<今>が、幸せすぎて。 愛しすぎて。

 あの時は、あの瞬間は確かに苦しくて。
 世界も、人間も、何もかも、すべてを憎んでいたはずなのに。
 なのに今では根源である憎むべき元凶を完全に憎むことが出来ず、一欠けらの感謝さえも覚え始めている……元々は、悪魔と天使と、祖先が招いたものだというのに。

 悪魔王に感謝をする、そんな自分たちを「愚か者」と呼ぶ者がいても自分達はこの想いを変えることはないだろう。

 今が、幸せなのだ。
 自分も、ネスティも、旅が始まる前より、ずっとずっと幸せだから。
 だから、<愚か>と呼ぶなら、好きなだけ呼ぶがいい。
 愚かで構わない。
 愛しい人と出逢えたのだ。 幸せなのだ。


 愚かで、構わない。


 大切な人の、穏やかな姿が見られることに何故不満を持たなければいけないというのか。


「―――悩む必要なんかないわよ、ネスティ」
?」

 まだ少しだけぬくもりを残している紅茶のポットに手を伸ばした。
 ネスティと自分のカップに注いで、滑らかな陶器を口元に運び、甘いそれをこくりと喉に通し、は美しく、弟を見守る優しい姉のように微笑んだ。


「抱き締めて、好きだって言っちゃいなさい」













「………相談、するんじゃなかった」

 ネスティは、の部屋の扉を見上げながら呆然と突っ立っていた。
 最後の最後で、旧友の女召喚師は何と言ったか?……それを脳内でぐるりと考えて、最終的に言い渡された<抱擁>発言が鮮明に甦る。


”抱き締めて、好きだって言っちゃいなさい”


(…無理だ)

 胸中にて、即答した。
 そんな、無理だ。 自分にそんなことが出来るはずがない。
 メルギトスの黒い風が世界を道連れにしようとしたときに、それを阻止しようとして、この世界を護ろうとして、マグナや仲間を、を護ろうとして、覚悟を決めたのに。

 涙に濡れた目で見上げてくるの、「行くな」と伸ばした手を振り払ったというのに。
 それだけを未練に、意識を手放したというのに。

(…―――今更、好き、などと言えるわけがないだろう)

 信じられないことに、生きていた。
 濃い緑が視界に反射する世界の中でうなされながら、熱の苦しみから目を覚ませば、少し大人びた彼女の姿が一番に映った。
 泣き笑いに近い表情で…大丈夫かと、頬を撫でて、額を撫でると、はネスティの名前を呼んで―――ぽろぽろと涙をこぼしながら、それでも笑って「おかえりなさい」と言ってくれた。


 抱きしめてくる彼女の涙が、ネスティの頬に落ちた。


 熱い雫。


 それを受けて、意識が鮮明になって―――眼鏡がなくても見えるようになった自分の視界が、揺れた。



 嬉しかった


 誰より、また、彼女に逢えたことが本当に嬉しくて



 ―――どうすればいいかわからなくなった




 もう二度と、逢えないのだと思っていたのに




 この想いを伝えることも出来ないままなのだと、覚悟を決めていたのに




(相談なんか、するんじゃなかった)

 心の底から、それを後悔した。
 懺悔のように、胸の内を告白すれば楽になるかと思った。 だがどうだ? の言葉は、あまりにも、あまりにも欲しい言葉でありすぎた。 戒めになるのではないかと思っていたのに、背を強く押してしまう言葉になった。

と、顔を合わせてしまったら、どうすれば―――)

「ネス!」

 唐突に、前方からかかった声に現実に引き戻されて慌てて顔を上げれば、今一番顔を合わせたくない人物(否、合わせられない人物)が駆け寄ってくる姿を目にして、ネスティは身体を強張らせた。
 僕は何時の間に外に出たんだ―――…それを考えて振り返れば、薄暗く人気のない、見慣れた派閥の回廊だ。 どうやら考え事に意識の半分以上を奪われたままここまで来てしまったようだ。 一体どれほど深く考え込んでいたんだと、内心、自らを罵る。

「ネス、やっと見つけた」

 しかし彼女はネスティの内心を知らず、息を弾ませながらいつものように駆け寄って来る。
 その姿にやはり、どうしようもない、熱いものが喉の奥から急激に込み上げてきて、ネスティは最後の抵抗と言わんばかりに唇を強く噛み締める。

 けれど今までの葛藤が全て、無意味だったかのように。
 気がつけばの腕を掴んでいた。

 それに驚いた声を上げるのは本人だ。

「わ」

 掴んだ腕を、力を込めて引き寄せる。
 は駆け寄る勢いそのままに、ネスティの胸に顔をぶつけて呻いた。
 こんなに近い位置に他人がいるなんて以前なら考えられないことだったが――ネスティはの背に腕を回して、強く、小さな体を抱き締める。
 そうすれば、心が満たされていくのが分かった。
 冬の風に冷えてしまった髪が、走ってきて温まった身体のぬくもりが、がもつ彼女のすべてがネスティのすべてに伝わる―――ああ、もう、何で、こんなに温かで、柔らかなんだ―――。



 ”抱き締めて、好きだって言っちゃいなさい”



「ちょ、な、何? どうしたの?!」




 やはり、訂正をしよう


 


 君に話をして良かった









 そういえば派閥の寮って結構冷えるのよねぇ。
 そんなことを呟きながら、はぶるりと身を震わせる。 ネスティが去り、一人になった部屋で冷えた紅茶を飲み干したせいか、なんだかさっきよりも肌寒い。 身体だけじゃなくて、心も――ああ、ネスティの想いに触発されたのか。 無性に<彼>に会いたくなってしまった。

(…でも、あのネスティがねぇ)

 恋をして戸惑う表情を脳裏に思い浮かべて、苦笑した。
 両想いは確実だろうからあんなことを言ってしまったが、しかしこういうのはタイミングとかムードとか、そういうのがあるから必ず成功するという確証をは持ってない。 変にこじれたらネスティに恨まれるかも。
 ”いやいや、ここは自分の勘を信じて…多分、成功するはず”と悪い考えを消し去ってから、はぁーっと一息を吐く。

「落ち込んでいたらなぐさめてあげるから許してね…」

 遠い目をして天井を見上げ――ふと、視界の隅に目がいく。
 青色のカーテンが風に小さく揺れているそれには”窓は閉めたはず…え、ウソ、隙間出来てる?!”と慌てて窓へ駆け寄れば、しっかり閉じていると思われていた窓がほんの少しだけ開いていたようだ。
 あぁよかった…と今度こそ窓をしっかりと閉めて、鍵もかけて、ふと、青のカーテンに目を奪われた。

 青。
 その色は、夏の、空の青を思わせる。
 そして彼と同じ髪の色――――あぁ、貴方に会いたい。

「…ロッカ…」

 穏やかで、空を思わせる髪を持つ少年の名をは呟いた。
 優しい人。 他者を心から気遣うことができて、心配をすることが出来る人。
 ―――彼に何度、救われたことがあるだろう…。

 青のカーテンを唇に寄せて、目を伏せる。

「…愛してるわ」


 愚かと呼ばれてかまわない

 けれど、故郷を滅ぼされた貴方が聞けば怒られるかもしれないから
 悪魔に感謝していることは、きっと、永遠に隠し通すでしょう

 他の秘密を全て曝け出しても、その秘密だけは頑なに噤むでしょう



 貴方があたしの傍にいてくれるのならばそれだけで―――。



「…―――さん?」
「きゃあっ!?  び、びびびびっくりした!」

 背後からかかった声に飛び上がらんばかりに驚いて振り向けば、思い浮かべていた少年が、苦笑しながらも「一応、ノックをしたんですけど」と申し訳なさそうに呟いた。
 涼やかなまでに青い髪は、この青い部屋の中にいても充分鮮やかに映る。

(しまった、ロッカが来てたのに全然気がつかないなんて)

 不覚だ、と自分を罵りながらも「入っていいわよ」とこちらに手招きをすれば、の傍らへと歩み寄りながら「さんと一緒に忍び込んできたんですよ」と悪戯の片棒を担いだ子供のように可笑しそうに笑って、をカーテンに包むように優しく抱き締めた―――たったそれだけのことだというのに、何故か、の胸の奥底から幸福感が溢れて、感極まって泣き出しそうにもなる。
 それをどうにか堪え、誤魔化すように問いかけた。

と来たの?」
「はい、ネスティさんがこっちにいるからって…美味しいアイスクリーム屋を見つけたんですって」
「…あたしもあとで教えてもらおうかな」
「僕が聞いておきましたから、今度一緒に行きましょう」

 ―――ああ、この、胸のうちに込みあがるものは何だろう。
 マグナとネスティのために、やりたくもない、傍にもいたくもない大嫌いなあの男の下で働いて、直属の部下になって、ロッカには話せないような色々なことをしてきたけれど。


 人を不幸にさせるような、そんなこともしてきたけれど


「…ロッカ」
「はい」
「愛してる」
「僕もです」



 でも、この、込みあがる気持ちだけは、どうしても手放したくない。



 ぎゅっと、広い背中に腕を回して…ふと、窓の下から声が響いた。
 ロッカもそれに気がついたように、とロッカは窓の下を覗き込めば、がネスティの元へと駆け寄る姿が二人の視界に映る。

「ネス、やっと見つけたー…って、わっ、ちょ、な、何? どうしたの!?」

 駆け寄る彼女の足が止まらないうちにその細腕を掴み、捕らえるように、覆いかぶさるように抱き締めているネスティの姿に、はにんまりと笑みを零した。
 その笑みにロッカはネスティがいつになく積極的な理由を知って、「さん、粋な計らいですね」と笑いながらをより強く抱き締めて、もまた嬉しそうに、美しい微笑みを零した。



「これからもっと幸せになるのよ、あたし達は」




 アナタたちがいれば、それは叶えられるの。

Fairy tale 1

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