どうして、こんな事になってしまったのだろうか。
(一体何だというんだ…)
苦々しくそう毒づいて、涼やかな相貌に迫力のある険が織り交ざる。
まず初めに思い出すのは仲間である騎士団連中の異変――いや、思い出すべきじゃない。 今は何も考えないほうがいいに決まっている。 この緊張感があれば油断をすることもない。 だから、余計なことは考えないほうがいい。
自分が目指す場所はただ一つだ。
すぐさま思考を振り払って、イオスは白い石畳が連なる地を疾走(はし)る。 その足運びは軽く、彼が風を切るように駆ける姿は粗雑部分が何一つなく、路地裏をすり抜ける猫のように優雅でもあった。
(この角を右―――)
どれほど走り続けたのか。 次第に彼の息は乱れ始める。
呼吸のリズムを整えようと立ち止まりかけるも、今の状況はそれを許してはくれなかった――訓練された聴覚が背後から聞こえる声を捉えて、イオスは顔が強張るのを自覚する。
「…っく、!」
声の主から逃げるように壁に背をつけ、鋭い眼差しで周囲を伺う…そこから見えるものは聖王都ゼラムの白壁の街並みだ。
老若男女の住民たちで賑わう平和な街の姿がある―――正午を過ぎた時間帯も手伝ってか、大通りを行き交わす人々はいつもより多い気がする。 露店を開く行商人の数も加えればまるで祭りのようだ。 その姿こそゼラムが栄えている証なのだろうとは思うが、今のイオスにとっては平和な街も魔窟(まくつ)に過ぎない。
通行人のうちの一人の、酒樽(さかだる)を抱えた大柄な体格の男と目が合った。
体格が良い割にずいぶんと小さな目が、ひくっと頬を強張らせたイオスを見つけた途端。
「好きだああああああああ!!!!」
樽を投げ捨て、頬を染めながらイオスめがけて爆走した。
猛る猪のごとく接近してくるそれに悪寒を覚えている暇も余裕もない。
イオスを二回りほど上回る大きな手が勢いよく伸びてくる。 一度捕まったら容易には逃げられないだろう。
長年戦場を駆け抜けて鍛え上げられた本能が、考えるより先にイオスを行動へと導いた。
抱きしめようと伸びてくる腕を咄嗟に腰を屈めることで避け、一度地面を強く蹴り、一息に男の懐に飛び込む―――もちろん、自分から抱きつくというわけではない。(断じて、ない)
イオスの赤い目が険を帯びたまま男の小さな目を睨めつけ、密かに硬く、硬く握られた拳が天をめがけて振りかぶられた。
「――――断る!!!」
「へぶぉォっ!」
ヒュウっ! と風を切る音をたてて、鋭いアッパーカットが炸裂。
噴き出すように血反吐を吐き、ズゥゥゥン…と重々しい地鳴りを響かせて男の体が大の字に崩れ落ちた。
手足がびくびくと痙攣を起こしているが、まあ、殺してはいないのでそのうち回復するだろう…男の再起不能を冷やかな視線でしかと見届け、再び走り出そうとすれば――今度は、花屋の娘の娘と目が合った。
飴色の髪をした愛らしい顔立ちの娘だ。
そんな娘に見つめられたというのにイオスはやはり頬を引きつらせれば、彼女も先ほどの男のように頬を染め、熱を孕む潤んだ目で誘惑的にイオスを見つめたあと。
「きゃああー! イオスさんよー!」
「ワシの嫁になってくれえーー!!」
「いや、俺だけの女神に!!」
娘に続いて悲鳴が沸き起こり、ゼラムの大通りが異常な賑わいに沸いた。
一人に見つかれば、呪われた負の連鎖のごとくその場の全員がイオスを標的にして走り出す…その勢いは砂煙をあげるほどだ。
イオスも、彼らから逃れるために走り出す。
目を血走らせた住人たちに捕まれば、どう考えても明らかに良くない未来しか待っていない。
嫁だか恋人だか女神だかにされるという、身の毛もよだつ未来だ……と、いうか自分は男だ。 嫁にも女神にもなれるかァァァ!
「っく、まだか…!」
走り続けるイオスが目指す場所は、街中の小高い丘の上に位置するジラール邸だ。
こんな異常事態を招いた原因はあの女しか思い当たらなかったのだ――そう考える脳裏に過るものは、緑色の瓶の白い薬だ。
あれを飲んでから何かが狂い始めたような気がする。 というか、あの女に一服盛られた気がする。
でなければ、住民や仲間たちが襲いかかってくるはずがない…ああ、思い出しただけでもぞっとする。
ようやく見慣れた家の姿を目にすると、背後から追いかけてくる住民を振り払うようにイオスは速度を上げた。
うららかな陽の光を浴びて佇むその家は、庭の花が咲き誇りなんとものどかな光景だ。
整えられた庭の植木を軽々と飛び越えて踏み入り、玄関の扉をノックすることなく蹴り開ける。 その場に人がいないことに内心安堵しながら、イオスは家の主の片割れの名を呼んだ。
「ミモザ・ロランジェはいるか!!」
「あら、いらっしゃーい♪」
リビングからひょっこりと顔を出したのは、どこかうきうきとした顔の女召喚師だった。
「あっははははは! あの薬、そんな効果出たのねえ〜」
これまでの経緯を耳にしたミモザは腹を抱えて笑いだした。
やはりこの女が原因だったか…腸が煮え繰り返るまでの怒りと殺意を覚えて睨めつければ、ミモザはひーひー笑いながら謝ってくる。 しかし、笑いながら謝られても謝罪の気持ちは欠片も伝わってこない…実験体の被害者であるイオスは憮然とした表情を崩さぬままミモザを睨みつけた。
「ごめんごめん、フロト湿原で新しい薬草が手に入ったから使ってみたくなっちゃって…ほら、私って研究熱心だから。 人を惹きつける効果が出るとは知ってたけど、そんなに強力だったなんて思わなかったわ〜」
「……何でお前は平気なんだ」
殺意も露に投げられた言葉に、ミモザはけらけらと笑うだけだ。
「もちろん抗薬を飲んだからよ〜、自分まで魅了されちゃったら実験にならないじゃない?」
「…………(斬りかかりたい…)…………、早く元に戻せ」
「大丈夫。 濃度も薄めに作っておいたし、一日経てば効果も消えちゃうから」
「本当よ」とにっこり笑って紅茶を注ぐ召喚師は呆れるほどにのんきなものだ。
……だが、一日だけの効果なら助かった。
今夜は外で野宿することになるだろうが(とても騎士団宿舎に戻る気になれない、襲われる)、長期間効果継続と宣告されれば人のいない場所に避難しなければならないところだった。
「助かった…」と脱力するようにイオスがソファに腰かける―――しかし次には、飛び上がるように立ち上がった。
「そうだ、!」
「 ちゃん?」
「少量だが、彼女もあれを飲んだんだ!」
一口、二口と本当に少量だったが。
彼女にも薬の影響がないとは限らない。 念のためにとナックルキティを護衛につけて外に置いてきたが、大人数で襲いかかられては対応出来ない。
イオスを男か女か判断が出来なくなっているほど我を忘れた男共に弄ばれているのではないか…猛烈に込み上げてくる不安にいてもたってもいられなくなり、イオスは慌ただしく身を翻す。
こんなに忙しない彼を見るのはミモザも初めてなのか、彼の一挙一動を愉快気に眺めて。
「少量ならまだ大丈夫だと思うけど」
「安全とは言えないだろう!」
「まぁ確かにそうだけど…それじゃ、ちゃんの事はまかせるわねー」
……どこまでも我が道を行く女だな……。
以前に「ミモザ先輩は苦手だ…」と呟いていたネスティ・バスクの気持ちがよく分かった。
とりあえず、彼女相手では何を言っても、何を怒っても無駄なのだと諦めの溜息を吐いて、イオスは再び街中を駆け抜けるのだった。
イオスに何が起ころうとも、世界はいつものように時を過ごしていくだけだ。
先ほど見たものと変わらず、地平線の彼方まで広がる草原に沿って青空は続いていた。
息を弾ませ、靴裏でやわらかい草の感触を踏みしめてイオスがゼラムの門の外へ抜ければ、草原の中から抜き出るように立った木の陰下に、白い布を頭から被った物体…もとい、イオスの外套を頭から被ったまま座り込んでいるの後ろ姿を見つけた。
彼女の周囲には誰もいない。
宙に浮いたナックルキティが彼女の周りをくるくると漂い、イオスに命じられた通り周囲を警戒しているのが見える。 どうやら彼女に近づいた者はいないようだ。 そのことに内心、深い安堵の息を吐きながら彼らに近づけば、琥珀色をした猫目が召喚主である彼の姿を見つけ、「にゃー」とひと鳴きをしてその帰還を知らせた。
鳴き声につられるようにがこちらに振り向く。
イオスの姿を視界に認めれば、花が初めて花弁を綻ばせるようにやわらかい微笑みが浮かんだ。
「あ! イオスおかえりー」
「何もなかったか? 変な男は来なかったか?」
「変な男…? いや、別に誰も来なかったけど」
不思議そうな彼女の返事に今度こそ緊張の糸が切れた。
ナックルキティをサモナイト石で送還したあと、イオスは脱力するようにの隣に膝をつく。
肺の酸素を振り絞るように吐き切って―――の腕を引き寄せて外套ごと抱きしめた。 仄かに香る陽の匂いと木の匂いに安堵感がさらに込み上げる。
「君が無事で良かった…」
「へ? 何かあったの?」
「………色々と」
口にして語るのもおぞましい一連の出来事にイオスは言い淀む。
しかしこれから、どうしたものか…少量だがもあの薬を飲んだのだ。 今日一日は彼女をゼラムに帰す気にはなれない。 もちろんイオスも戻るわけにはいかない。
(そういえば、に目立った変化はないな…)
少量とはいえ、周囲を魅了する成分を体内に含んだ彼女には効力が相殺されているのだろうか。
”に迫られるのだったら悪くはないんだが…”と、ほんの少し期待…いやいや考えていただけに惜しい気がする。
「あれ、街のほうから何かきこえない?」
「…!」
そうだ、ここは門のすぐ近くに位置する場所だ。
イオスを呼ぶ住民たちの声が風に乗って聴こえて、イオスは悪寒にぞっと身体を震わせた。 このままではまた追われ、集団で襲いかかられてしまう。
しかも今度はがいる。
一人で逃げていたときのように小回りがきかない――ひとまずはここから離れたほうがよさそうだ。 頭の中で弾きだした答えにすぐさま立ち上がり、やはり不思議そうな顔で見返してくる恋人の腕を支えて立たせた。
「どうしたの?」
「ぁ、その…ふ、フロト湿原の近くの森に、珍しい植物があると聞いたことがあって…見てみたいというか、興味がわいたというか」
「あはは、ミモザが聞いたら喜びそうね〜」
そのミモザのせいで、僕らは身の危険に晒されているんだがな…。
何も知らない明るい笑顔に、何も言えないイオスであった。
自分たちに何が起ころうとも、やはり、世界はいつものように時を過ごしていくだけだった。
湿地帯にいても変わらない。
その地独特の環境によって育まれた多種多様の動植物を眺めたり散策を繰り返していれば、青空は夕焼けの赤に染まり、まだ光を帯びぬ月の輪郭を露にした。
背の高い草陰の中であちらこちらに点在する小さな池の水面も夕日の姿を鮮やかに描きながら、世界をそのまま映し取っている。 しかし、映し取られたのは姿だけではない。 夕日が放つ赤い光さえも水面に受け止められ、キラキラと輝く光を跳ねながら夕日そのものに姿を変えてしまった。
夕焼けの赤が網膜に焼きつく。
もう一つ生まれた眩い光源にイオスがすっと目を細めれば、隣に座ったは「綺麗だね」と感嘆の吐息をこぼした。 そんな彼女の全身も夕焼けに彩られ、赤く染まる周囲の景色と溶けてしまいそうな錯覚を垣間見る。
「そろそろ戻る? イオス、休憩時間って言って騎士団を抜けてきたんでしょ?」
さりげなく肩を抱こうとした腕が止まり、意識が悪夢のような現実に引き戻された。
……さすがにこれ以上理由をつけて引き留めるのは難しいか。
の、イオスを見る目が不審者を見るような物になってきている。 出来ることなら彼女には何も知らないまま、心に傷を残すことのないままゼラムに帰ってもらいたかったのだが…。(自分はもうすでに、重傷だ…)
「――、」
「ん?」
「僕たちは、ミモザ・ロランジェに一服盛られたんだ」
の顔が間の抜けたものになった。
ぽかんと口を開けて、真顔で言い放った恋人を見つめる。
やわらかい草のクッションと白い外套をシート代わりにして地面に座り込んだイオスの全身を下から上へと眺めたあと、「全然元気そうなんだけど…」と、何か勘違いをしている風な言葉を返してきた。
「いや、身体に特に影響はない。 どちらかというと精神的な負担の方が大きいというか…」
「??」
「この滋養剤は人を惹きつける効果があるらしい」
「滋養剤…って、これ?」
空になったバスケットから瓶を取り出して、やはり不思議そうに首を傾げた。
緑色のガラス瓶は夕焼けの赤を得てまた違った色を浮かべ、の手の中で小さく輝く。
「それを飲むと、周囲の人間が目を血走らせて服用した者に襲いかかるという恐ろしい薬だ…」
「……なんかミョ−に実感こもってない?」
記憶の中の悪夢に苛まれるかのように片手で目元を押さえるイオスの姿に、言葉にできない何かを感じ取ったのかは胡散臭いものを見るような、そんな疑いの眼で滋養剤の瓶を見つめていた。
実感がこもるのも当然だろう。
イオスは実際に、目を血走らせた連中に襲い掛かられたのだから。
「そんなにスゴかったの?」
「すごいなんてものじゃない…真剣に身の危険を感じた」
「怖ッ!! イオスが言うとほんとシャレにならないものを感じる! 貞操は無事?!」
こくりと深く頷くイオスに、はほーっと安堵の息を吐いた。(ものすごい安堵の息だ)
そしてちらりと手元にある瓶に視線を落とし――遠慮がちに、イオスを見る。
「あたしも飲んだけど…?」
「少量の服用ならそれほど効果も出ないらしい。 だが、これ一本や半分ほど飲むとなるとどうなるかは…」
「ふーん……じゃあ、最後の一本はあたしが飲んでもいい?」
……今、との会話は通じているのだろうか?
彼女が告げた言葉の意味が上手く理解出来ず、イオスはぱちぱちと目を瞬かせてを見る。 しかしどうにも通じてなかったようにも思えて、「もう一度言ってくれ」と言葉を求める眼差しに見つめられたはうっと呻いた。
イオスから視線をそらしながらも「あのー、そのー」と、しどろもどろに言葉を紡いで行く。 彼女の泳ぐ目をじっと見つめれば――好奇心にきらきらと輝く光が見えた。
「ええーと、その、イオスがどんな風になるのか見てみたいというか…」
「…まあ、僕たちならそれほど問題はないだろうが」
とは既に何度も身体を重ねている関係だ。
イオスがに迫ったとしても特に問題はないのだろうが、は一口飲んだおかげで魅了効力に支配されなかったのだ。 既に薬の成分が体内に混ざってしまっているイオスを目の前にが薬を飲んだとして、イオスにあれほどの効果があらわれるかどうかと疑問なのだが……しかし、好奇心を露にした笑顔を浮かべるを見ると断ることもできず、それらの疑問をすべて飲み込んだ。
「…君の好きにしてくれ…」
「やったー! それじゃ、いただきます!」
躊躇もなく、ごくごくと一気に飲み干していく。
ぷはぁっと息を吐き、何かの変化を期待するような目でイオスを見つめた――が、やはり、イオスの身体には何ら変化は訪れない。
少量でも摂取すればそれだけで効力が失われるようだ。
我を忘れるほど強く、不可思議な力の支配は訪れることもなかったのだが――あんまりにも期待に満ちた視線に見つめられるので、悪戯心が湧いて出た。
「ど、どう? どんな感じ?」
「―――ああ、君を見ていると身体が熱くなってくる」
に顔を寄せ、イオスはとても美しい微笑みを浮かべてそう告げる。
その反応に「へ?」と目を丸くしたのはだ。 まるで”予想外だ”とでも言いたげなその様子から、彼女はどんな反応を期待していたのだろうか。
まさか、ゼラムの住人と同じく目を血走らせてに迫るイオスを想像していたのだろうか……それが例え想像だったとしても、かなり嫌なのだが。
「えーと?」
「―――君の、厭らしい声が聴きたいな…」
ストレートに突きつけられた要望には絶句して、座り込んだままじりじりと後ずさる。
それを許さないとでも言うようにイオスの手がの腕を掴み、自らの元へ引き寄せた。 反射的に暴れようとする体を難なく手玉にとり、後ろから抱き締めてやわらかな身体を手中に収め、なだめるように頬へとキスを贈る。
ちゅ…と音をたてて触れたイオスの唇は冷たいのに、触れたの頬は夕日と羞恥に染められて赤く、心地良い熱を帯びていた。
「どうして逃げるんだ?」
「い、いつもと同じじゃないの! もっと面白い感じの荒ぶるイオスが見れるかと思ったのに、別に、薬なんか効いてな――んんっ…!」
「…っはぁ…じゃあ僕は、いつも君に魅了されているんだな…」
歯が浮くような台詞が出てきた事に内心、笑いが込み上げた。
ルヴァイドが聞けばなんと言うだろう。
やはり呆れを含ませた溜息を吐いて”少しは加減してやれ”とそんな言葉を呟くだろうか――敬愛する上司の長い赤髪が風に踊る様子を脳裏に描きながら、の後ろ首に舌を押し当てる。
濡れた音をたててゆっくりと舐め上げると、抱き締めた肩が腕の中でびくりと揺れた。
逃れようと前のめりになる身体を腕の力で遮って、毛繕いをする猫のように丹念に、彼女の後ろ首の肌を味わう。 そのまま筋に沿って移動し、耳たぶにやわらかく吸いつけばイオスの足の上の体が跳ねた。
「ん、ぅっ」
「薬の効力はすごいな、声を我慢してる姿だけでも充分に煽られる…」
効力の影響などないくせに魅了されたフリをして、綺麗な笑みを浮かべたまま睦言のように言葉を織る自分はなかなかの役者のようだ。
捕えられた彼女に起こるひとつひとつの反応を逃すことなく視覚で楽しみながら、イオスの手は震える身体をゆっくりと撫でまわる。 丸みを帯びた肩を。
くびれた腰を。 スカートの中の腿を。 膨らみを浮かべる胸元を――触れたことのない場所を残さぬよう、その手のひらで彼女の熱を引き出していくそれには堪らなくなったのかふるふると首を振った。
「ぃ、やっ」
「嫌? まだ始めたばかりだろうに…」
いじらしく抗議の声を上げる唇を指先で愛しげに撫でて、顎を引き寄せ、咬みつくように口づける。
唐突なそれに逃げることを忘れた舌を絡め取って得たやわらかな感触は、イオスの思考を瞬時に白く染め上げた。
理性を手放した本能のまま、滴る音をたてて吸いつくように絡まり合う。
背筋がぞくぞくと逆立つほどの快楽に息を乱しながら口内を犯し、羞恥を捨てきれぬ艶姿に淫靡な笑みを浮かべ、抵抗の意思も力も奪われた彼女の耳元で誘惑するように囁く。
「…君は、薬以上だな」
「は、ぁっ…、ァ」
「もっと君が欲しい…」
ゆるりと伸ばされた腕が乱された服の中心を降りて、下腹部へ滑る。
イオスの肩に頭を預け、イオスの胸に背を預け身を委ねていたがその事に気がつくと、涙の滲む目を向けてきた……あまり煽らないでいてくれるとありがたい、なんていう感想が出てくるのはやはり、自分が彼女に惚れきっているせいだろうか。
それとも、「いつも魅了されている」と冗談で言ったその言葉が。
案外、事実だったりするのだろうか。
「―――イオ、ス…?」
甘く痺れるような感覚に逸らされていた意識が、目の前のに呼び戻される。
イオスに跨ったの瞳はすでに悦びに染まっていた。
シャツの前を肌蹴させ、スカートや下着はすでにイオスによって取り除かれて何もない。 こんな野外で、そんな無防備な姿を晒すことに対する羞恥はイオスの熱を受け入れたことでだいぶ鈍くなったようだ。 震える腕でイオスの胸に手をついて体を支える彼女の、熱を孕んだ吐息が余裕のなさを伝えて、それが愛しい。
「」
自分の目線より少し高い位置にいる彼女に見下ろされるのは悪くはなくて、何より彼女の艶姿をあますところなく見ていられるからこの体位は好きなほうだ。 少し視線を下げると、互いの熱を生む場所が重なり結合した部分がよく見える。
それに気づいたが頬を染め、隠そうとしてか身体を倒してイオスの唇を奪ってくるがそれは逆効果だ。 荒々しく突き動かしたい衝動が込み上げて、舌の絡み合う動きがいつもより貪欲になる。
「はぁ、はぁっ…ん、ふ…ッ」
「…っ、…綺麗だな…」
「なに、が…」
「――これが、君の色か…」
イオスに跨るやわらかな身体は薄い暗闇に彩られながらも、火照りを帯びて汗が浮かぶ肌の甘い色はこの距離だとよく見えた。
その色は彼女自身がもつものだ。
それはなんて、愛おしい色なんだろう。 艶やかで、キレイな姿なんだろう――ぼんやりと見惚れながら、それでも本能は欲望に従順に動き出していた。
汗のにじむ腰を掴んでゆっくりと揺さぶると、甘い声が湿原の空に響く。 外独特の声の響き方にがはっと我に返って口を抑えるも、イオスはその手を引いて指を絡め「聴かせてほしい」と強請って見せる。
「やだ…イオスっ、はぁ、はぁ…手…放して……ッひ、やぁっ」
はイオスの肩に頬を押し付けながら抽出の悦びに苛まれる。
時折苦しそうに顔を歪めてひどく濡れた声をこぼすのは、イオスの熱が彼女の胎内で体積を増したからか。 それとも彼女の膣壁の深い場所までイオスが行き突いたせいか……理性が削ぎ落とされて失われた今ではそれすらも分からない。
の身体も自分の身体も狂おしい熱さに支配されて、繋がっている部分がどういった状況なのかもはや感覚では感じ取れない。 焼けるように熱くて、熱くて。
彼女から零れ落ちる愛液が抽出を滑らかにして、激しさを促していることしか分からない。
「っ、…」
「――っぅ、ぁあ…! イ、オスっ、だ、だめ…」
「何が、駄目なんだ…っ」
は懇願するように首を横に振って拒否しているが、咬みつくように与えられたイオスの口づけを悦んで受け入れるその姿を見れば拒否の意思は皆無に等しい。
必死に応えようと舌を絡ませる反応に目を細めながら、腰を突き動かし、熱の先端で彼女の弱い箇所に触れる。 その途端に塞がった唇からくぐもった声が溢れてイオスを受け入れた胎内が収縮した――彼女の強い締め付けに思考が白く瞬いて、あっけなく達しそうになる。
「っ…君の奥は悦んでるのに素直じゃないな…はぁっ」
「ちが、…やっ、あ、ぅ…ッ!」
「違わないよ…、ッ…ほら、ここも…」
「やあぁッ、ぁ、だめ、だめなの、ヘンに、な…んっ、イオ、…ス――!」
強請るようにイオスを刺激しながら口では拒むだなんて、本当に素直じゃない。
たまには素直に求めてくる彼女も見てみたい気もするが、素直に求めてこない姿をこうして見ているだけでも十分に興奮するのだから、”バカにつける薬はない”という言葉と同じで、彼女に魅了された自分にもつける薬はないのだろう――――そういえば、事の発端は薬だったか。
(…、薬)
恋人の乱れる姿と、情交がもたらす快楽に夢中になりながらその一文字が脳を過ぎった。
が持ってきたバスケットのすぐ傍に、空になった緑色の瓶が二つ。
それらとを見比べて―――イオスは、悪企む少年のように目を細めた。
素直な彼女を見ることができる方法は、ちゃんとそこにあるではないか。
(今度、きちんと試してみるか)
背に爪痕を残す痛みの甘さに、イオスは蕩けるように目を伏せた。
数日後。
「あ、いらっしゃいイオス。 薬の効果も無事なくなったみたいね〜。
…え? もう3本ほどよこせ? でも実験終わったし…え、許可なく人体実験したことを派閥にバラす? ちょ、ちょちょちょちょっと待ちなさい! それはマズイわ! グラムス様に知られたらどんなにお怒りになられるか…ええいッ、3本でも10本でも持っていきなさーーい!!」
今回の最大の被害者はイオスではなく、になるようだ。