どうしようどうしよう。
あそこにいるのはどこをどう見てもトレスだよね。
上から見ても横から見ても斜め45度くらいから見ても絶対トレスだ。うん、間違いない。
きれいに整えられた顔パーツ。
すべすべの肌。
長い睫毛に涼しい目元。
そんでもって真っ赤な薔薇の花束を抱えて、<剣の館>の出入り口に待機している姿は本当に絵になる美青年そのもの………って、いやいやいやちょっと待ってちょっとタンマ。
すでにここからおかしいからね? トレスに薔薇ってどういうことよ。
ミラノ公のためにプラスになるかマイナスになるかが行動基準のトレスが薔薇の花束って…ちょ、まさかミラノ公にプレゼント? プレゼントなの?! そんなのずるいわ! あたしだって喉から手が出るほど欲しいわ!
(正直、トレスからもらえるものだったら薔薇じゃなくったってそこら辺のペンペン草でもいいよ!
なんなら草とか贅沢言わないから石ころでもいい! 今日という日にトレスの手から何かもらえたらそれが天国への片道切符も等しい価値があるわ!)
…とまぁ、こんな風に渇望しても結局行く先はミラノ公の手の中なんですけどね。
ほらねェェェ! 今まさに受け取っているのはミラノ公だよ相変わらずお美しいよ! うらやましいよ!
にしてもあたしってば何で今日に限ってこんなガッカリな光景を見てしまうんだろうか……トレス、今日あたしの誕生日って知ってるのかな……うーん、プロフィールとしては知ってるんだろうけど果てしなくどうでもいいことに分類されている可能性高しだわね、キィィーッ! もう今夜はヤケ酒ね! 飲んで飲んで呑まれるまで飲んでやるわぁぁぁトレスのバカァァァァ!! 女の敵ィィィィー!!
(あ、)
やっば、目が合った。
もしかして通じちゃったのかしらあたしの愛のテレパシー。
まあ愛という名を騙った執念とでも呼ぶべきなんだろうけれど…トレス相手には執念でも足りないわよ。 うん。 だからあたしの方へと歩いて来ても殺されることはないと思う。って、来たァァァトレスがこっちに来た! あぁぁあたしの名前を呼んで、懐を探っている…え、え、何が起こるの?
「卿に渡すものがある」
―――ちょ、え、ウッソ。
これなんていうフラグ?
ままままままさかのプレゼントフラグ?
トレスからの贈り物があるとか…ィヤッタァァァァッッかみさまありがとー!
あんまり信じてないけど今ここで最大の感謝を送るわ! ありがとうかみさまー!! ハレルヤ!
「……って、ディスク?」
「このプログラムのデータを書き換え後、ブラザー・マタイに渡せ。
内部データが受理されればこのディスクは処分してもらって構わない…、?
何を震えている」
「………ナンデモナイデス………orz」
まさかのマタイオチに脱力して地面に崩れ落ちるあたしを、ガラス玉めいた黒い瞳が見下ろしてくる。
曇ることのない、きれいな目。
彼の目にあたしはどう映っているのだろうかだなんて、考えなくても分かる。
(あの目は”あの人”か、”あの人”以外かで分類されて構成されているんだろうな…)
この気持ちは一生報われることなんかなくて。
あたしはこれから何度もミラノ公に嫉妬して、嫌な女になるんだろう。
自分と彼との”違い”に何度も苦しめられることだってあるだろうし、最悪、ミラノ公を守ろうとする彼に殺される日がくるのかもしれない。
(それでも)
あたしは、この人を好きになってしまったから。
だから、何が起こっても、バカみたいにこの人のことを追いかけて行くんだろうな。
「っていうかそうなる前にささやかな願望を叶えておかないと死んでも死にきれぬわ…!
来年こそはオメデトウって言わせてやるんだから、覚悟しててねトレス!」
「…? 卿の発言の意図が不明だ」