これは恋や愛と言う名の行為ではなく ただの
「―――っ猊下、お止めください、…っ」
の嗜めの言葉が、息を切らせて紡がれる。
聴覚に焼きつくように響くそれは憐憫の音を帯びながら紛れもなく情欲を誘う声だ。
柔らかな身体と合わせて男の本能と神経をいかんなく刺激してくれるこの存在が一週間前までは生娘だったとは信じられず、知らず知らず、フランチェスコは唇に嘲笑の弧を描く。
「私に意見をするか」
長椅子の上に押し付けられ、背後から圧し掛かられたの羞恥に染められた小さな耳元に唇を寄せた。
局内と通信機も兼ねる銀のカフスの模様を絵取るように舐め取り、舌が這う濡れた音にびくっと身を強張らせる少女に向けてわずかに目を細め、厳格な姿勢を崩さないこの男にしては珍しく、どこか愉快そうな音を織り交ぜて囁きは放たれる。
「随分と偉くなったものだ」
「っ、違…っ」
「ならば口答えなどとせず、足を開け。 身体を拓け。 奉仕しろ。
我が恩師の頼みとはいえ何の後ろ盾もないお前の復讐に我が異端審問局の軍事力を与えてやっているのだ、その身体で私に返せるものがあるならば返していくことは道理というものだろう。 シスター・・」
異端審問局の身分であることを示す、の赤いローブが引き下ろされる。
次いで現れるのは神父服と同じ黒の僧服だ。 ローブと同じく銀の止め具を引き千切り、白い胸元を露にする。
背後から覆いかぶさるフランチェスコからは見えないが、緩やかな隆起線を帯びるその場所に昨日の情交の名残である鬱血痕が散っていることだろう。
無防備な耳の穴を舌で犯しながら強引に開かれた僧服の隙間から零れ落ちる乳房を揉みし抱くと、項垂れるように俯いていた顔が弾けるように面を上げ、情欲に濡れた声が執務室の空気を震わせた。
「ぁっ、あぁ…!」
「それとも、ここを出て行くか? それも構わん、復讐を諦めてただの女としての人生を過ごすがいい……最も、我が恩師はそれを強く望んでいるだろうがな」
フランチェスコの政治の師でもあった老齢の教授の姿を脳裏に思い浮かべる。
彼女の幸せを願いながら、彼女をフランチェスコの下に送り込み彼女の復讐に最大の力添えをした老人―――彼は、吸血鬼に一家を惨殺されたこの少女を気にかけていた。
だがまさか、気にかけていた少女がこうして”女”にされている事までは予想出来なかったらしい。
かつての弟子だった自分を信頼をしてくれたのは有り難いが、無償で何かを与えるほどフランチェスコも愚かではなかったということだ。
第一、金も後ろ盾も何もない人間が枢機卿の言葉一つで、<教皇庁>のトップ組織とも言える異端審問局に組み入ったのだ。
それだけで、フランチェスコは周囲からいらぬ疑惑や妬みを買う。
司祭からも理由を問われることも多く、それを追い払うのも答えるのも、いい加減面倒なのだ。 唯一の救いは、彼女が数少ない” 遺失技術 ”の解読が出来る<電脳調律師>であったということくらいか。
長命種という敵に対抗するため強力な武器や技術を欲していたフランチェスコにとって、いくら金を積んでも良い人材だ。
彼女にその技能もなければ、フランチェスコはとっくの昔のを追い出していただろう。
何の役にも立たない人間はこの世界では死ぬだけだ。
「シスター・、選ぶがいい」
「…ぁ、…」
「今夜も私に抱かれるか。 それとも復讐を諦めるか」
愛撫に震えていた睫毛が、瞼が、固く、固く、伏せられる。
吸血鬼への憎しみと家族を失った悲しみが相まって浮かぶその表情は、それだけでフランチェスコを満足させた。
何故ならそれは、秀でた美貌も持たぬこの少女の中で唯一美しいと思える物だったからだ―――それを眺めているうちにじわりと込み上げる、名をつけられぬ感情に気づかぬふりをしてフランチェスコの指はの腹部へと降りていく。
「――」
促すように名を囁き、ベルトを外し、ファスナーを下ろす。
慣れた手つきで滑り込む枢機卿の手を、おずおずと、足を開くことで受け入れるのは神の名を借りて利用する復讐者の、柔らかで甘い身体。
フランチェスコだけが知る、女の身体。
「……は、い」
了承の言葉を合図に、今宵も少女は花開く。
月の光と燭台の明かりのみ光源となった広大な執務室の長椅子の上で、軍人に見紛うほど屈強な枢機卿の下で、もたらされる快楽に啼き喘いだ。
「ふ、ンンッ…!」
汗で滑り合う肌と肌から生まれるものは、更なる熱と更なる情欲。
フランチェスコの肩から床へ垂れ落ちた赤い法衣の裾は、揺れ動くことを止めない。
血のように鮮やかな赤が汚れるのも構わず法衣の裾は床の上で揺れ、男の肩にかかったままの法衣の下から覗く白い足も同じように、がくがくと揺さぶられる。
絶えず鼻にかかった悲鳴をあげて、赤の法衣の下で幾度となく。
「は、あァッ、ぁ、猊下っ…!」
すがるように伸ばされる腕に、鋭い輝きを帯びる軍刀色の瞳は熱を纏う。
胸元に新たな鬱血の痕を刻みながら、伸ばされた腕を無下に振り払うことなく、逆に自ら招くように背を救い上げ華奢な身体を太い腕で抱き寄せると、は驚いたように声をあげた。
その事に気がついて、「何だ」と近い距離にある彼女の顔を見やる。
だが、熱と快楽に蕩けた眼差しにじっと見つめられて、浮かび上がった疑問が打ち消された。
視線を絡めあったまま吸い寄せられるように唇を重ね合う。 くちゅ…と柔らかな舌が絡み合う音をたてればまた熱は上がって、くらりとした目眩に我を忘れそうになった。
「ん、ふむ、ンッ…」
「ふっ…」
口付けの間に、不意に、異母妹であるカテリーナと同じ金の髪にの指先が触れた。
これまで背にすがりつくことはあっても、決して頭部には触れなかったというのに……しかしその行動自体、も無意識でしたことらしい。
軍刀色の瞳に射られ、快楽から我に返ったように慌てて肩に手を下ろし「申し訳ありません」と詫びた。 その面に萎縮が混ざるのは、相手が自分よりも高位の存在であることを忘れた自分への戒めからか。
目を逸らし、髪を触れた自分の手を裸の胸の前でぎゅっと握り込む。
「……」
「え」
だが、フランチェスコの手がの手を掴み、触れていた髪へと誘導しやる。
くしゃりと微かな音をたてて強引にでも触れさせれば、の、ひどく驚いた表情が軍刀色の瞳に映された。 まさか、許されるとは思っていなかったのだろう。
ぽかんと口を開いたままのそれを見た枢機卿は喉奥を愉快そうに鳴らすと、常時威圧を帯びるバリトンがわずかに緩んだ音で、囁いた。
「どうした」
「…え、えっと」
「――構わん、好きにするといい」
フランチェスコの無骨な指がの髪を滑るように撫でて一息を吐き、律動を再開した。
制止の声が聞こえても、枢機卿は聞き流す。
穿つように腰を打ちつけ、そうして虚空へ放たれるものは、空気を震わせるものはフランチェスコの欲を誘う、小さき復讐者の声。
その身体を代価に。
その快楽を代償に。
少女は明日、振り下ろす剣を授かることを約束される。
これは恋や愛と言う名の行為ではなく
ただの―――契約という名を偽った”何か”だと知りもせず。