「ねえねえ、トリス」
「んー?」
「…あたし達、いつまでこうしてればいいわけ?」
諦めに呟くあたしの言葉は、頭上の青空に溶ける。
真白の綿のような雲と真青な空がとても綺麗で、春らしい暖かい陽光が降り注ぐ午後。
そんな平和な空を見上げるあたしの現在地はというと、真理と知識の探求を理念とする組織<蒼の派閥>の中庭だ。
専用の庭師でもいるのだろう。
いつ来ても雑草や木々はさっぱりと刈られて、いつ来ても四季折々の植物が蕾をひらいているここは、いつ来ても本当に素敵な庭だった。 こんな天気の良い日にこの庭でお茶でもすればいい気分転換にもなるだろうに、ここに住まう召喚師たちが講義に出ているか引きこもって勉強をしているせいか中庭には目もくれず、この素晴らしさを知らないまま。
ここにいるからには勉強しなきゃいけないってのは分かるんだけど、大分損をしているとも思う。
でもまあ、そのおかげで、草葉の陰でひっそりと身を潜めるあたしとトリスがかなり浮いていても気にする人間なんていないわけであるのだけれど。
「なーんかさー…ぶっちゃけ飽きました」
「えー! 早いよさん! あとちょっとでネスも来るのにー!」
「いやねー、確かにひどいし何とかしなきゃなって思うけど、その仕返しにコレって正直どうよ…」
チラリ、と視線が真白の回廊に向けられる。
太い柱が向かい合うようにして連なるその一つに、通路を跨ぐようにピンと張った細い細い糸が陽光にきらりと光っていた。 それは罠だ。 その糸に引っかかれば金ダライが落ちてくるというコントみたいに愉快な仕組みだが、引っかかったほうはたまったもんじゃない。
一瞬で地獄に突き落とされる。
ネスにコントとか面白そうだったからついついリベンジ作戦協力の承諾をしてしまったんだけども、よくよく考えれば、その後のほうが地獄なのではないかしら?
「でもネスだって、ひどいのよ。 課題終わるまで遊ぶなとか、ご飯抜きとか、あたしもお兄ちゃんも、もうずーーーっと勉強勉強でへろへろなんだから!」
「確かに過保護過ぎかなぁ〜とは思うんだけど、あれもネスなりの愛情表現だしなぁ…」
「そんな歪んだ愛情表現なんか嬉しくないし、お兄ちゃんとあたしが激痩せしちゃう前に一回ネスを懲らしめなきゃ!」
そう言って気合を入れるのはトリス・クレスメントさん。
相当ストレスがたまっておられるようですよ。(目が据わってる)
でも確かに、最近ずっと勉強漬けで寮に缶詰だったみたいだし…ネスには悪いけどここで彼女を一発スカッと息抜きさせてあげないと、もっと暴走しそう。(許せネス)
「でもネス、遅いわよねぇ…」
かれこれ20分はここにいる。
あー、お日様もあったかいし、足元の芝生はふかふかの絨毯みたいで寝転んだら気持ち良さそう。
いや、絶対気持ちいい。 だってこのお日様の熱を程よく吸収してるのよ? あたたかい季節も手伝って、お昼寝するには最高の要素が全て揃っている。
そんなの気持ちいいに決まってるじゃないか…あれ、おかしいな。 天気が良すぎて本来の目的を見失いかけてるよコレ。 春の陽光恐るべしだよコレ。
「トリスー、ネス来たら起こして〜」
「ええーそんなぁー! でもおかしいなぁ…次は高等召喚基礎原理の講義だから、いつもここを通るはずなんだけど…」
首を傾げて呟くトリスの顔がそこで、ぱっと輝いた。
通路に人影が見える。 寝転びかけていたあたしも身体を起こして息を殺し、ネス本人か確認しようと目を凝らして―――。
「「あ゛」」
トリスと一緒に声をハモらせた。
なんということでしょう。
兄弟子であるネスかと思いきや、あれは、あれは……!!
(お、おおおおおにいちゃん!?!)
(やばいやばい、なんかすごいフラフラしてる! 目ぇ開いてないよあれ!)
現れたのは疲労困憊のマグナ・クレスメントさんでした。
度重なる兄弟子のシゴキ…もとい愛情表現によりとうとう<半分寝ながら歩く>を習得してしまったようだ。
なんなのその意義も何も見出せない無駄なスキル…!
しかもこのままではマグナは最愛の妹のカワイイ悪戯(そして地獄罠)によって召されてしまう。 悲劇だ。 この上のない悲劇である。
思わず、(アカンがなぁぁぁ!!)と茂みから駆け出してマグナの元へ走り出した。
「マグナあああ! だめ、止まって―――!!」
しかし時すでに遅し。
マグナの長い足(羨まし!)が、糸をピンと引っ掛けて、地獄の罠が作動する。
高い天井から胴色の金属桶があっけなく落ちてくる光景があたしの視界に焼きつく―――それだけならばあたしも「ああマグナよ安らかに眠れ…エィメン」などなどと十字を切って諦めることも出来たのに。
「あ、だー…」
って、マグナがあたしに気がついてへにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべるのを見てしまったら。
胸の奥がカッと熱くなって。
身体の奥底から力が沸いてきた。
あー、あたしこれ知ってるよ。
愛の力とか火事場の馬鹿力とかそんなやつだ……。
ゴーーーンッ!!
そうして地獄の金ダライは、間一髪でマグナを突き飛ばしたあたしの脳天に直撃した。
「え、ええええ? ちょ、何?! え、?!!」←目が覚めた
「わーーさんしっかり! しっかりしてぇー!!」
(金ダライの洗礼を受けた全てのコメディアンは…偉大、だ……)(ガクッ)