―――何が、起こったんだ。


 今の状況を理解しかねて、それこそ他人事のような呟きが胸に落ちた。
 理解することを拒否しているわけではない。
 生物に備わっている視、聴、嗅、味、触の五感は正常だ。 だが、一瞬で起こった衝撃にマグナの思考の全てが停止してしまい、思考が感覚の理解に追いつかないのだ。

(なに、が)

 五感だけが研ぎ澄まされて、思考よりも先に状況を理解する。
 見えている視界は、薄暗い。
 耳は、高い空を泳ぐ鳥の鳴き声を聴いて、鼻は湿った土の臭いを嗅ぎ取り、口の中に土が入ったのかじゃりじゃりとした感触に思わず顔が歪ませて「うぇ、まっず」と土をぺっぺと吐き出した。

「何だコレ…一体何が起こったんだ?」

 狭く高くみえる空と、周囲の薄暗さと土の匂い。
 口の中の土の味と体中の痛みと、思考が止まるほどの衝撃……どうやら穴に落ちたようだ。
 それを理解すれば、自分のこの不自然な体勢にも納得がいった。 U字型の穴の底で、体を仰向けのくの字に折ったこの体勢はどう考えても穴に落ちたとした言いようがない。 尻よりも背中や腰が痛いので夢オチと片付けられないのが残念だ。
 まだ舌に残るじゃりじゃりする感触にうんざりしながら、半ば投げやりに、何でこんな穴に落ちたんだろうと思考を動す。


(えーっと、確か、と一緒にレルム村のお墓参りに行こうとして)


「――…う、いったぁ…」


 すぐ傍で、声。
 そこでようやく自分以外の存在を思い出して、自分の体の上に何かが覆いかぶさっているモノを目にするとマグナは胸の中で叫んでしまった。

(え、ちょっ、…え、えええええぇぇ??!)

 とくん、とくん―――体に伝わるそれは、マグナの鼓動と同じリズムで鼓動を奏でていた。
 安堵を誘う温かな体温と鼓動はマグナと同じはずなのに、互いの布越しに伝わるあまりにも柔らかい感触や細さはマグナとまるで違っていて、妹を持つ身でありながら彼女に対しては全く別の生き物のようだといつも考えさせられて……いやいやいや、そうじゃないそうじゃないぞ俺!

?! だ、大丈夫か?!」
「だ、だいじょうぶ…鼻、打ったけど」

 マグナの肩口に埋められていた顔が、鼻を押さえて面を上げた。
 その表情は今の状況を理解できておらず、マグナの体にぶつけて赤くなった鼻を押さえながら”鼻血出てない? 出てない?? 出てたら死にたい”などと不吉な呟きをこぼしている。(、君にはぜひとも落ち着いて欲しい)

「で、出てない出てない、大丈夫」
「マジで? 良かった〜………、ん? どうしたのマグナ、顔真っ赤だけど」
「…そ、そりゃ…なあ…」

 自分たちの体勢に言葉を濁らせて、を見れずに視線がうろうろさ迷う。

 は、マグナの仲間だ。
 しかし仲間とはいえど、いくらなんでもこの状況は体に毒なことこの上ない。
 自分が彼女に惹かれて想いを寄せている自覚が以前からある分、彼女の鼓動、体温や匂い、男と違う肉付きはマグナの精神と理性を追い詰めるには充分で、正直言って苦しい。 とても息苦しい。 呼吸するだけでもかなりの神経を使うのだ――― 一呼吸する度に彼女の甘い匂いが全身を蝕んでくるのだから、その侵食に溺れまいと必死になる。

 も、言葉を濁らせたマグナを見て今の状況を理解したようだ。
 ”わっ”と驚きの声をあげて体を起こすも、ここは狭い穴の底。 マグナを下敷きにしているから、マグナの上から退こうにも退くスペースがない。 並んで座るスペースさえもないのだ、はどうしてもマグナの上に座り込むしかない。

「ご、ごめんマグナ! お、おおおおお重いでしょ!?」
「重くない。 重くないけど、あんまり動かないでほしい…」

 マグナは天を仰ぎながら今にも死にそうな声で呟いた。
 …ああ、少し離れた場所に見える狭い空はなんて綺麗な青だろう。
 とても良い天気で、暖かな春気候だというのにマグナの心は大嵐が巻き起こっている。
 がもぞもぞと身じろぐたび押し付けられる胸や太腿や尻の柔らかい感触がマグナの神経を刺激してしょうがないのだ。

 顔を真っ赤にするほど体重ばかりを気にするところが女と男の違いだろうが(体重どころじゃないよ俺!)、このままでは確実に、死ぬ。 マグナだけが。



「ど、どどどどどどうしよう。 ごめんねマグナ、ほんとごめん…!
 あんなところに穴があったなんて思わなかったし、まさか一緒に落ちちゃうなんて」


「いや本当、大丈夫。 オレハゼンゼンダイジョウブダカラ」




 だから、頼むから顔赤くして俺を見ないでくれええええっ……!!!




 切なる願いを込めた叫びは、しかし声にはならず誰にも届かなかった…。







 君のおかげでもう天国だか地獄だか!

ぐるり、と世界が変わった瞬間

あとがき
サモンナイトで名前お題 / マグナ / <グ>るり、と世界が変わった瞬間
2008.3.26
2014.08.24再アップ