いつもながら、彼女のそれはいつ聞いてもひどい泣きっぷりだった。
「う、うぇっ、…ふ、ぐ、ぇっ、ぇっ」
声は、非常階段に座り込んだ小さな背中から聞こえる。
アイロンかけてぴっしりと整えられた立海の制服はこの三年間ですっかり見慣れたものになったが、男女の性の違いを知らせるほど成長した身体は、例え後ろ姿でも未だに慣れない。
しかも他の女子は平気なのにコイツ限定でそんな超常現象もどきが起きるのだから、自分は紛れもなく異常だ。 俺の心は幼馴染みとしての域を完全に踏み越えている。
しかしあっちは全くそうでないというのだから、世の中なかなか上手くいかない。
「つかオマエ、本当に男運ねーのな」
「ひぐ、ぅ、ぶ、ブン太、ひど…うう〜」
「だから言ったろ、変な噂しか聞かねーんだからアイツやめとけって」
グリーンアップル味のガムをふくらませながらの隣に立つ。
半眼で見下ろせば膝に顔を埋めて蹲る。 顔を伏せているせいで、柔らかい髪の間から見える後ろの首とかうなじとかやたら色っぽくて……いかんいかん、ここで負けたら会話も試合も即終了になっちまう。
「あのヤローはいつも女はとっかえひっかえ。 長くもっても1ヶ月…って俺教えたよな?
なのにその次の日に告白したってどーいうことでぃ」
しかもこれで何回目だよ。
俺の問いに答えず、えぐえぐと泣き続ける。
何なんだろうか本当に。
尻の軽い男ばかり好きになるコイツはもしかして、弄ばれたくてそいつらに告白をしているのだろうか。 ちょ、勘弁しろぃ。 俺はお前を大事にすることしか出来ねーぞ。 苛めるならともかく弄ぶなんて論外だぞ。 つーか泣きたいのは俺の方だ。 フラれる度に非常階段でしくしく泣いて失恋したコイツを慰めて傍にいるのに、男として眼中にも入れてもらえねーんだぜ。 酷くね? 無慈悲にも程があるってもんだ。
「う、ブン太ぁ…うぇっ、うぇぇぇんっ」
「あぁもういい加減泣き止めって馬鹿」
隣に並ぶように座り込み、柔らかい髪の頭にそっと手を置いてぐしゃぐしゃと撫でる。
が泣いた時はいつもこのスタイルで慰めている。
…もしかしてこういうポジションにいるから男としてみてもらえねーんだろうか。 かと言って、放っておくのも嫌なんだがどうすればいいんだ俺。
「ば、馬鹿じゃ、ない、わよっ」
「いーや馬鹿だ。 学習しないてめーは馬鹿」
そして心のなかであーだこーだ不平不満ばかり言ってる俺もばか。
俺がこうして悶々しているのも、コイツにすきだって言えない俺自身のせいでもある。 ほんとどーしろってんだ。 恋愛したこともなさそーな真田でもいいから教えを請いたい気分だぜぃ。
「ぁ、あたしだって、ぅ、好きで、やってるわけじゃ、ひくっ」
―――それは初耳だ。
コイツのマゾ的奇行にそうせざるえない理由があったとは。
取り敢えず、頭をぐりぐり撫でたまま「何でぃ」と理由を促してみる。
「ブン太、が」
なんで俺。
「傍に、いてくれる、からっ」
「…は?」
訳が分からず、撫でていた手が止まる。
「でも、ずっと、いてくれるはずなんか、ないし」
「…」
「早く、彼氏つくって、ブン太離れしなきゃって…ひっく」
―――ひく、と頬が引きつるのを自覚。
の頭に置いたままの手を固く握りしめて拳を作り、すっと持ち上げる。
「こっっっの、バカ!!」
「あだッ!!」
の頭蓋骨が鈍い音を奏でた。
脳天を押さえてますます深く蹲るだったが、俺は心底ムカついていたから特に可哀想にも思わず、そのまま立ち上がると非常階段を出ていった。
「ぶ、ブン太ぁ…」
出ていく間際にが俺を呼んで謝る声が聞こえたが無視した。
放課後になったばかりで賑わう廊下を大股で突っ切って教室に戻り、プリントや筆記用具を適当に鞄に詰め込むその片手間に、携帯で今日の部活が休みだということを柳にしっかり確認とってから鞄を持って出て行った―――もちろん、の鞄も。
「お、ブン太帰らねぇのか?」
「ワリ、先帰っといてくれ」
ジャッカルに片手を振って詫びてから、非常階段に戻る。
そこには寂しそうに俯いたまま座り込むがいた。
俺が戻ってきたことに心底驚いているのか、泣き腫らした目許は真っ赤になっている……それがちょっとかわいいとか思う俺はこいつの相手になるに相応しい資格を十分に持ってると思う。
「ブン太、あの…ぁ」
「帰ーるぞぃ、バカ」
ほそっこい腕掴んで立たせ、そのまま階段を降りていく。
カツンカツンと降りていく音が響いて、人の出入りが少ないここには俺たち以外は誰もいない。
まあ、出入りが少ないのは当たり前だ。 非常用なんだから。 でもこれからは一人で来ねーように釘刺しておかねーと、コイツまた来そう。 人気がない場所で変な奴に何かされたらどうするんだよ。
「ど、どこいくの」
「駅前のスタバ」
そこでじっくり話を聞かせてもらうとしよう。
正直、フラペチーノとかケーキとかで糖分摂取しながらでもないとやってらんねーよ。 何?このオチ。
俺が長年悩んで来たのは一体何だったってんだ。