我に返ったときには、俺は彼女を抱きしめていた。
「――え、ちょっ、マグナ?」
息を呑む音のあとに困惑の声がこぼれる。
それに構わず小さな背中を抱え込むように両腕を回し、そのまま押し潰してしまいかねないほど強くの体を抱きしめた。 「ひえっ」となんとも色気のない悲鳴が出てくることにはちょっと傷ついたが、突然予告もなく男に抱きしめられたのだからまぁ、許してあげるとして。
(とうとうやってしまった…)
願望が叶った瞬間というか。
思っていたとおり、抱きしめた彼女の体はとても柔らかくて。
髪もいい香りがして、体温があたたかくて抱き心地も最高。 こうしているだけで気持ちがよかった。
細い肩にはうっかり壊してしまうんじゃないかって少し緊張するけどそこがまたなんともいえないくらいイイ――と、この状況に何も考えられなくなって本能のままにぶっ飛んだ思考のなかで唯一、冷静さを保っている奥底の理性が”少しは落ち着け”とこんな行動に出ている俺に呆れ果てている。
でも、仕方がないだろう?
君が、俺との会話でとても嬉しそうに笑うから。
だから今まで溜め込んで溜め込んで蓄積してきたキモチが雪崩れを起こしてしまったのだ。
ついでに、俺の部屋で二人っきりという状況自体も見事に手伝ってくれたせいもある。 好きな女の子と部屋で二人きりとか毒すぎる。 身振り手振りで楽しそうに話をする彼女の笑顔を見ていたら色々とこみ上げてきて、気がつけば、旅が終わるまで告げる気もなかった想いを込めるように彼女を抱きしめてしまっていた。
(あーあ、耳が熱い…)
彼女の香りにくらくらしながら、情けない顔を見られないように首筋に顔を埋めた。
途端にさらに近くなる彼女の匂い。 それについ息まで熱くしてしまうと、それが彼女の肌に触れたのかの、”ま、マグナ!”と驚く声がすぐ間近に聞こえた――どうやら彼女は、俺のこの衝動的な行動の意味が何たるかを理解はしてくれているようだ。
ちょっとだけ安心したよ、。 君は鈍すぎるからなぁ。
でも耳を赤くしたまま俺の腕の中でもぞもぞされると余計に気がヘンになりそうなんだけど。
「あ、あの、…は、はなして…」
「…やだよ」
「〜〜っ」
ああ、困ってる。
俺と違ってほんとうに優しいひと。
抱きしめられた体からはみ出ている両手には拒絶の色がまるで見えず、ただただ、”この状況どうしたもんか…!”と苦悩しているの心境を現すかのように彼女の手はうろうろとさ迷っていた。
それがどこかおかしくて、俺は肩の力を抜くようにほっと笑った。
「マグナ、なんで」
「ごめん、…好きなんだ」
空も晴れた、穏やかな午後の時間。
賑やかな仲間もいない、ただ二人きりの空間。
腕には焦がれた少女の身体。
――なんて愛しい世界だろうか。
「好きなんだ」
雪が溶けて、水になるように。
気持ちが溶けて、器から溢れてこぼれ落ちていくものを自分ではどうすることもできない。
玉砕も覚悟のうえだ。
……なぜなら、襲いかかるように抱きしめてしまっているのだ。 女の子が求めるいい雰囲気も何もない。 色々と状況が悪い。 告白するからには玉砕なんてしたくはないがこんな状況では失恋という虚しい結末を少しは覚悟はするべきだろう。
けれど、こうせずにいられなかったのも事実なのだ。
「――、好きだ」
繰り返される言葉に、の身体が強張った。
静かに紡がれる俺の声に冗談ではないことを感じて彼女の混乱は急激に冷めていっただろう。
だが、想いを告げられたことで新たに沸いた混乱への対処がうまくついていっていないようで、さらに温度を上げた彼女の体温が伝わって、それが彼女の混乱ぶりを自分に逐一知らせてくれる。
とてもわかりやすい反応が返ってきたことは満足なのだけれど…そんな彼女の変化に、何故か自分まで恥ずかしくなってきてしまった。
これこそ自分が求めていた反応ではあるのだが、好きな女の子に初めて告白して、返事を待つ間のなんともいえないこの微妙な雰囲気に今度は俺が落ち着かなくなってきた。
「あの、す、すきって、それって…」
「お、男として…という意味で、だけど」
友人じゃない。
仲間じゃない。
一人の男として、女の子の君が好きだ。
「た、頼まれてもそんな……、困るわよ…」
”困る”。
あ、今のは結構、効いた。 胸が痛い。
抱きしめたままちょっとだけ泣きそうだ。
しかし。
「――いまさら、そんなこと頼まれても…意味ないし」
さ迷っていたの両手。
それがそろりと背中に回されて、声にならない悲鳴が自分のなかで上がった。
彼女の言葉に止まった思考がついていかず、彼女の行動に思考能力がぶっ壊されて、彼女を抱きしめたまま身動き一つできなくなる。
「え? あの、」
「マグナって結構大胆よね…突然だからびっくりしたわ」
俺は行動不能になったのに、は俺の胸に顔を埋めてくすくすと笑うばかり。
――どうやら彼女の混乱は全て自分に移されてしまったようで。
今度は彼女はすっかり開き直ってすり寄ってきて、俺がこの展開に慌てるばかりになる。
ぎゅっ、と背中の服を握ってくる手に俺の方がだんだん体温が急上昇して…あ、あれ? 立場逆転してないか?
「さてマグナ。
お間抜けみたいに抱き合ったまま突っ立ってるあたしたちはこれからどうすればいいかしら?
―――あたし的にはもっと好きって言って欲しいところなんだけど」
ちょ、待って。 そんなの急に、無理。
思わぬ展開に、嬉しすぎて頭がまともに働かないんだよ。
何をすればいいのか全然わからなくて、困ってるんだよ。
「…とりあえず、俺が冷静になるまでもうちょっとこのままでいてほしいかも…」
その後でなら何度でも君に好きだと言って、離さないから。