思考。
 視覚。
 神経。
 心。

 目の前の光景に、それら全てを奪われた。






 ――カチリと鍵を閉める音はよく耳にするはずなのに、それが合図なのだと理解すると状況は一変し、閉ざされた空間に立ち尽くすシャムロックの胸の鼓動がいつもより早く鳴り出した。
 緊張しているのだ、と分析はできるものの足はそこから動けないまま、立ち止まるしかない。
 しかしはそんなシャムロックに構わず、背を向けたまま、シャツのボタンを一つ一つ外す手を進めている。 ぷち、ぷちと聞こえてくるボタンの音。 それだけで頭が沸騰しそうなほど沸き立って目の前が赤く染まった気がした。

「っ」

 思わず、の肩へと手がのびかける。
 それを強靭な意志で押しとどめるも、彼女の挙動から目が離せない。
 衣擦れの音が狭い部屋に響く。 シャツのボタンを外し終えたが次にはスカートのフックに手をかけると、細い腰からすとんと落ちて、シャムロックが目にしたことのない部分を含めた白い腿が露になった。
 男とは違う肉付き。 線の細さ。 同じ構造を持った人体だというのに、性別が違うというだけでこうも見た目が変わるだなんて人間というものは本当に不思議だと感心する一方で、薄暗闇にぼんやりと浮かぶの、柔らかな丸みを帯びた線を描く身体に息を呑んで見つめていれば、食い入るように注がれる視線に気がついた横顔は恥ずかしそうに俯いて。

「…あ、あんまり見ないで」
「え、」
「一人だけ脱ぐのは嫌だから…シャムロックも、…」


 ”脱いでほしい”――――そんな、消え入りそうな呟きをこぼす。
 普段のを知っているだけに、風が吹けば掻き消えてしまいそうな声には驚きを隠せず、心臓は痛いくらいに騒いで今にも破裂しそうだ。 慌てて背を向けることで、暴発しそうな感情を抑制する。

(…、まいった…)

 背後のの気配に騒ぐばかりの心臓を抑え、自分の上着に手をかけた。

 ぎこちなく脱ぐその姿はなんて情けない。 みっともないのだろう。
 デグレアとトライドラの復興を託された者とは思えない、狼狽ぶり。
 しかし服を脱ぐのぎこちない動きに、彼女は自分よりもずっと緊張して、戸惑っているのが分かる―――こんな時に彼女を誘導してやれない自分の経験のなさと、緊張をほぐしてやる言葉を知らずにいた今までの生き方を今、初めて悔やんだ。


 ――――これから、恋しい人の体を抱く。


 それは、そのままの意味だった。
 だが剣を握る道だけを走り続けてきた自分には、異性を抱いた経験がない。
 それどころか個人的に女性と接する機会も少なく、身を寄せられれば緊張のあまり身体が強張って慌てふためく始末だ。 その度に”免疫がねえってのも不健全だよな”とフォルテに呆れられてしまっていたことが数回あったが、その通りだったと今なら言える。

(本当に、まいった)

 しかし、シャムロックも男だ。
 恋しい異性が傍にいればその違いに欲を持つ。 触れたいと願う。 夢に、見る。
 幼心に恋をしたこともあるが、それでもこういった展開にまで至ったのはが初めてだった。

 頭の中を整理して、必死に、思い出す。
 以前に聞きかじった話だと、前もって準備をしたり解してやらねば男を受け入れるとき相手は激しい痛みを伴うという。
 それがどれほどの苦痛なのかシャムロックには分からなかった―――身が引き裂かれる痛みなのだろうか。 それとも悲鳴すら出なくなってしまうほど苦痛なのだろうか―――相手が受ける苦痛も衝撃も想像ができないが、<身体に負担をかける行為>ということだけは充分に理解できた。

 唯一理解できたその一点。
 それはシャムロックにとって、に触れることを躊躇させるには充分だった。
 シャムロックを受け入れてが苦しそうに顔を歪めるのではないかと思うと、怖気づき、あの身体に触れることに躊躇した。 だから< 傀儡戦争 >が終えたあと、恋人となった相手になお焦がれ続け、一線を越えることが出来なかった。



 ―――が、大切だった。



 己の欲に苦しむことがあっても、その人をとても大切にしたかった。



(…だが、明日には)

 ただならぬ空気に昂ぶる体とは対照的に、思考は酷く冷めていく。
 床に落とされた自分の服を見つめるように視線を落とす端整な横顔は、苦しみ混じりの戸惑いの色を浮かべていた。



(明日から、彼女は傍にいない―――)









 シャムロックには夢があった。

 やがて夢は、現実へと形を変えてシャムロックの目の前に現れる。
 それは<自由騎士団の設立>。
 トライドラとデグレアの復興が軌道に乗れば、王族たちは考えてくれると言っていた。

 確実な約束ではない。
 けれど――それはあと少しで手を伸ばせば、この指先に確かに届く。


 掴むことが、できる。 しかし。



(――辛い、な)



 夢があった。

 長く望んだ、夢だった。




 しかしそれが、今まで隣にいてくれた人と、道を別つことになるとは考えもしなかった。




「…シャムロック?」

 不思議そうに呼ばれた声に誘われて、背後のへと目を向ける。
 やはり、息を呑む――夜月の光を浴びた白い裸身が、暗闇の中で一際鮮やかに浮かび上がっていた。
 服はない。
 胸元を両腕で覆っているものの、彼女の肌を覆うものはもはや薄い下着だけだ。 初めて見る彼女の肌に無言のまま見惚れていれば―――流れる沈黙に耐えかねたのか、はバッと自分の衣服を胸に抱えたまましゃがみ込んでしまった。

?!」

 具合でも悪くなったのか?!と、シャムロックがぼんやりと見惚れていた思考が吹っ飛んだが、彼女はふるふると首を横に振り。

「や、やっぱり無理…!」
「え」

 拒否の言葉に、鈍器でガツンと頭を殴られたような衝撃が脳を揺らす。
 衝撃の余韻にしばらく唖然と立ち尽くすも、我に返り慌てて彼女の傍らに片膝をついた。 服を抱えてしゃがみ込んだままのはそれでも顔を上げず、振り絞るような声だけが耳に届く。

「そりゃ、離れるのは寂しいし、悲しいけど…でも、無理!」
「な…(無理?!)」
「いつかはこんな日が来るとは思ってたけど、急すぎるわ!
 最近すごくよく食べるの食べちゃってんの! だから、お願いだからもうちょっと痩せてからにしてー!」

 頬だけでなく、耳まで真っ赤にした最後の叫びには目眩を覚えてしまった。
 なんとも、らしいというかなんというか………意識が一瞬、遠いところまで飛んでしまう。 確かに女性というものは、体重を人生の命題にしてしまうほど気にするほどだとは聞いていたが…。

(――あぁ、でも、安心した)

 あまりにもらしい姿に、緊張に混乱しかけていた思考は落ち着きを取り戻した。
 いつもするように、彼女の俯いたままの髪を撫でながら苦笑する。 さらさらと流れるの髪の感触がシャムロックはとても好きだった。

「そこは、気にしなくて大丈夫だと思うが」
「気にする! 日々鍛えているシャムロックと日々食欲のままに食べ続けるあたしとの差は大変なことになってるわ! メタボよ!」
「めたぼ?」

 <名もなき世界>の耳慣れぬ言葉に首を傾げるシャムロックを、は心底恨みがましそうな目が見上げてくる。
 まだ混乱しているのか泣きそうだ。 しかしその潤んだ目で上目使いというのは、逆にまずい。 変な気分になりそうで、今度はシャムロックがの目を見られなくなってしまう。

「…きれいじゃないもの。 だから、シャムロックにはあんまり、見られたくない…」

 小さな声でこぼれたそれは、が一番気にしていることだと分かる。
 普段のシャムロックであればその言葉に身を引いて、そのまま終わらせてしまうだろう。
 強引なことはしたくない。 彼女がシャムロックを受け入れるようになれるまで、彼女の意思を尊重するつもりだった―――しかし大変申し訳ないことに、今の自分にのその願いは叶えられそうになかった。


 なぜなら、明日からは彼女がいない生活が始まってしまう。


「…すまない、
「ぇ、あ、の――ひえぇっ」

 の背中に腕を回し、膝下に手を差し込んでの体を軽々と持ち上げた。
 その行動に、素っ頓狂な悲鳴が狭い部屋に響く。
 この部屋はシャムロックが借りている、ゼラムの一角に佇む建物の一室だ。
 広さはあまりないが、ここには睡眠を取るためだけにしか使用しないので充分だった。 必要最低限のものしか揃っていないため生活感は皆無にも等しいが、窓側に設置された寝台の傍には、が持ち込んだ花が明るい色で咲いていた。
 甲羅に逃げ込んだ亀のように縮こまったをあっさりと抱き上げたシャムロックの足は、夜目にも鮮やかなその色に誘われるように向かっていく。

「え、ぇ?」

 強張る身体をゆっくりと、白いシーツの上に降ろす。
 そのまま、逃げ出す隙を与えぬように彼女の顔の両脇に手をついて閉じ込めた。
 ――ぎしっと鳴り響く、二人分の重みに軋む音がやけに生々しいが、これでは逃れることも出来ず、臆病な自分も……彼女を逃してしまうことはない。

「し、シャムロック…」

 恐ろしいものを見るような目で見上げてくる瞳に困ったように笑ってから、彼女が抱えていた衣服をそっと掴んで、床に落とす。 の肌を隠していたものがなくなり、甘やかな肌が淡い月灯りを受けてシャムロックの眼前に晒される。
 細い首や、誘うように窪んだ鎖骨。 レースの下着に包まれた、緩やかな隆起線を帯びる胸は触れれば溶けてなくなりそうで、本当にこの体に触れていいものかと一瞬躊躇する。 彼女は異界の住人でもあるから、その錯覚はより強い。


 しかし、それでも。


「―――私は、君が欲しいんだ」


 心が偽りなく、気持ちを吐露する。


「私の都合で君を振り回していることには、本当にすまないと思っている。
 復興はトライドラが滅んでからずっと望んでいたことで、ようやく彼らを弔うことが出来るのかと思うと、本当は、すごく嬉しい」

 困惑と恐怖と、失意の中で死んでいった者達。
 事態が<戦争>という形に発展するほど大きくなりすぎたため、今まで放置されていた三砦都市トライドラ。 鬼と化し、無人の都市となってしまったその中には敬愛する領主の躯も混ざっていて、本当の意味で彼を地に還してやれるのかと思うと胸の奥が震えた。

 ようやく。 ようやくだ。
 その地に足を踏み入れることを、<復興を託される者>としてようやく許された。



「… だが、復興が軌道に乗るまでの数ヶ月は君に会えないことには…辛いと、思う」

 デグレアとトライドラの合併を目的とした復興だ。 それは巨大な都市になる。
 代表者として使わされる自分は、土台が整うまでにその地を簡単には離れられない。 も一度街を作るのだ。 必然的に時間もかかる――たかが数ヶ月。 されど数ヶ月。 場合によっては一年以上にも延びるかもしれない。

 聖王都ゼラムから、トライドラとデグレア領までそれなりの日数がかかる。
 会いに行こうと思えば可能な距離だが、盗賊やはぐれ召喚獣の危険、ようやく安定してきた彼女の生活を考えるとあまり、会いに来てほしいとは思わない。(そんな危険を冒させるくらいなら、自分が行った方がずっと安心する)
 ――結局のところ、やはり、どう考えても間で会うのは難しいだろう。


 夢への、確かな第一歩。
 けれどその代償は、目の前の人。
 永遠に会えなくなるわけではないのに、離れがたい。 名残惜しい――この人に会えなくなるのかと思うと、酷く寂しい気持ちが込み上げる。

 それは胸に埋まっていた何かがごっそりと抜け落ちるような、息苦しい感覚だ。
 それほどまでに彼女の存在が大きかったのだと、思い知らされる。


 ――シャムロックには夢があった。
 長く望んだ、夢だった。
 しかしそれが、今まで隣にいてくれた人と道を別つことになるとは考えもしなかったのは、彼女が自分の傍に立っている未来なんて、考えたことがなかったから。


「…私は駄目だな」
「え?」
「君が傍にいてくれるだけで、安心しきってしまっていた」
「シャムロック……ん、」

 そこで言葉を止めてから、柔らかい前髪を掻き上げ、の額に口づける。
 それだけでビクリと身体を震わせる目の前の少女がとても愛しく、すっかり熱くなった頬を優しく撫でやった……あぁ、ただそれだけのことがこんなにも幸せだったなんて。 こんなことならもっとたくさん、彼女に触れておけば良かった。 触れていない部分がないくらい、余すところなく触れておけばよかった。


「…君を忘れることは決してないが、君の熱を覚えていたい」

「シャムロック」

「君にも覚えていてもらいたい。 私の、この熱を」


 の手を取り、シャムロックの心臓の真上に置く。
 いつになく早い心の臓の動きに彼女は気づいてくれるだろうか…”君を想ってやまないのだ”と騒いでばかりのこの音を、小さな手のひらで聴いて欲しかった。


 に、シャムロックという命を覚えていて欲しかった。


「―――」

 の言葉はない。
 何かを迷うように、寄り添う二人の間にしばしの沈黙が降る。


 けれど――掴まれていない片方の細い手が、覆いかぶさるシャムロックの首筋に触れた。


「…っ」

 の温もりに思わず、息を呑む。
 そろりと伸びる指先は首の血管を逆流するように遡り、短く切られた鳶色の髪をからかうように触れてきた。 覆いかぶさる男の身体からはみ出ている脚は心を許すように、その膝をシャムロックの脇腹にそっと寄せてくる。
 心臓に当てられていた手までもが太い首へと回されると、シャムロックとの距離がより近づいた。 の顔がシャムロックの肩口に埋まる。 擦り寄るようにしながら、鳶色の髪を両の指でからかうように触れてきて―――誘惑めいた動きに、色んな感情が破裂しそうになる。

(まだ、だ)

 人にどれほど敬われようとも、所詮、自分もただの男だったのだと思い知らされる。
 のされるがままになることを許すように瞼を伏せも、閉じられて浮かぶ暗闇は、彼女が触れてくる感覚を鋭敏にさせるだけだった。
 恋人が招くささやかな愛撫に神経を逆撫でされる。 今すぐにでも抱きしめてしまいたい衝動を堪えながら、行き場のない熱を吐息に変えてシャムロックは彼女の名を呼んだ。


「っ…

「―――、わかった」


 肯定の意に、心が震える。


「だって、今日が終わったら」

 シャムロックの傍にいられないから。
 がその言葉を紡ぐ前にシャムロックは彼女の唇を奪った。
 衝動のままぶつかるように、唇が触れ合う。 その温度はいつもより熱く、その熱の心地よさのあまり細い手首をきつく掴んで寝台に押さえつけたまま、急くように唇を押しつけてに吸いつくと、シャムロックの脇腹に触れていたの膝がびくりと揺れた。

「ふっ、ぁ…あ、シャムロック…ん、好き…っ」
「っ……」
「ほんと、は…もっと、早く…、こうしたかった…んっ…はぁ、そうすれば、」

 今になってようやく心の内を吐露するそれに構うことなく、触れるだけの行為に没頭し唇を味わう。
 次第に強張りが緩くなってきたことを理解し、さらにその奥を求めるように舌を伸ばして唇を開こうとすると、その意味に気がついて、おずおずと受け入れるのは彼女の唇。
 薄く開いたそれを褒めるように少女の髪を撫で、シャムロックは本能のままにその奥へと口づけを深めた――こうすることはいまだ不慣れではあるが、身体と心が昂ぶっているのかいつもより少し攻撃的になる。

「…! っんん、…」

 絡まり合う舌の熱さに、重なった隙間からくぐもった声がこぼれる。
 いつになく強引なそれに戸惑う瞳と視線が合うと、小さく笑ってなだめるように頬に口づけを贈る。 シャムロックらしく労わる部分を見て安堵したのか、瞳の中の戸惑いは溶け、ゆるりと肌を這う手に震え彼女の息が弾む。

「は、ぁ…っあ、んぅ」
「っ……」

 見たことのない表情で、聴いたことのない声を出してシャムロックを煽るに、喜びや、戸惑いや、寂しさや、愛しさが――いろんな感情がこみ上げて、発火するように熱を上げていく自分の身体を自覚する。

 この人が、どうしようもなく欲しかった。
 乾いた土に降る雨のように、鼓膜に甘くしみこむ声も。
 衣は全て剥ぎ取られ、鮮やかな鬱血痕を刻まれていく裸体も。
 昂ぶるばかりの熱に体温を狂わされて、身体を撫でる手の滑りを淫靡なものへと変えていく肌も――全部、欲しい。

「っ…、シャム、ロック?」
「…私の背中に」

 すがるものを求めるように、細い指がシーツを握り締めるのを見た。
 強張りに白くなるそれを自分の指に絡め取って、背中へと誘導する。 そうするとの目が嬉しそうに細められ、シャムロックの硬い背中にしがみついた。 ただそれだけなのに、自分の熱がまた上がった気がした。

っ…」
「あ――ん、ぁ、ぁあっ…!」

 彼女を襲う衝撃に、抱えた足がひきつるように痙攣する。
 震える体や涙がにじむ目許に、シャムロックを受け入れる苦痛がどんなものかを物語るが彼女の中の熱さに止めることは出来なかった。
 日々には得られない快楽を得て、視界が白ばむ。
 きつく締め付けられる自身の欲に理性の歯止めはあっさりと崩れようとして、初めて、その歯止めの脆さに気がついた。

「っく――」

 のなかは狭く、熱く、感覚が全て下腹部に集中する。
 厭らしい音をたてて少女の内腿を濡らして進み、慎重に、時間をかけてどうにか収める。 だが、シャムロックを受け入れたの表情には苦痛の色が濃厚だ。 痛みに身を震わせる少女に顔を寄せ、毛繕いをする猫のようにその頬や唇に優しく触れて慰める――じわりと汗ばんでいる肌は、理性を砕くほど甘くて堪らない。

…大丈夫か…?」
「ん…まだ、動かないで…っは……は、ぁ」

 ぶるぶると震える体が痛ましい。
 思わず止めてしまおうかとそんなことをちらりと考えてしまえば、がぎゅうっとシャムロックの首に腕を回して抱きしめてくる。

?」
「…はぁ、はぁ…大、丈夫…」

 苦しそうに息をしながら、そんなことを言ってくる。
 とても大丈夫だとは思えないが、シャムロックを離さない腕に応えるための体を抱きしめた。 ぴったりと重なった体はどちらも熱く、鼓動が大きく響きあっている――生きている人の音を聴いて思い出すのは、死んだ故郷の姿だった。

 シャムロックは彼女の名前を呼んで、小さく囁く。

「すまない、
「…?」
「――…私は、トライドラに行く」


 聖王に言われずとも。


 命令がなくても。


 ――を、置いてでも。


 故郷を。 自分が愛した人々を、取り戻しに行く。



 そして。



「――そして、生まれ変わった都市を誰より君に見てもらいたい」



 あの時、死んだ者たちのために泣いてくれた君のために。

 そして自分も、いつまでも囚われることのないように。



 君と笑って、生きていきたい。




 そのために自分は、悲しませてでも君を置いて行くのだ。




 やがて落ち着きを取り戻したか、涙に蕩けた瞳がシャムロックの姿を映す。
 彼が苦い表情を浮かべていたのが見えたのだろう。 労わるようにそろりと頬を撫でる手にすり寄ると、彼女の奥がひくついたのが分かって堪らず息がもれた。

「っ」

 我慢の限界だ。
 それを合図にとって力の入らない脚を抱え、情動のままに細い身体を揺さぶる。 彼女の体内で脈打つシャムロックの欲に神経を犯される痛みと快楽に声をあげずにはいられないのか、閉じることも出来ない口の端から唾液をこぼす姿は酷く官能的だ。
 泣きそうな声で喘ぎながら名を呼ばれる響きに、愛しさばかりが募って仕方がない。

っ…!」
「ひ、ぁッ、はぁ、シャムロック…ァ、ゃあッ、!」

 目の前で乱れる彼女の肢体に、生まれて初めて征服欲というものを覚える。
 優しくありたいのに、壊してみたいと思うなんて。 と、その凶暴性に戸惑いを感じるものの、やはり、止めることは出来なかった。 苦痛が入り混じる声が次第に快楽を帯びる響きに変化するのを察し、騎士の動きもより激しいものへと変化して。

 されるがままの細い身体は啼き喘ぎ、荒い吐息に部屋は密度を増していく。

「ぁ、あっ、シャム、ロック、だめ、っ…! や、あぁッ…!」

 変化した動きには追い詰められていく。
 シャムロックの愛撫と律動に濡れた声をこぼしながら、それでも呑み込まれまいと抵抗のようにの爪がシャムロックの広い背中に食い込む。
 しかし、それは騎士の情欲を煽るだけだった。
 より熱のこもった口づけに呼吸を奪われ、最奥を突かれての体がびくりと跳ねる。 彼女の酷く弱い部分だったのか急激に締め付けてくるそこを本能的に突き動かせば、「あぁ…っ!」と切ない声が鼓膜を打った。 脳に直接流れ込む甘い響きに射精感を抑えきれない。

「くっ…、ぁ…あ…!」
「シャムロ、ック、あっぁ――ッ」

 限界につま先を震わせたあとシャムロックにしがみついていた腕が解け、は力なく寝台に沈んでしまう。
 息を弾ませ、身体を小さく震わせて余韻に浸るその光景には、果てたあとでも男を誘っているようにしか見えない。 彼女から香る匂いにすら媚薬のような目眩を覚えシャムロックは深く息を吐くと、いまだびくびくとひくつく場所からズ、と音をたててから離れていく。
 それを潤んだ瞳が名残惜しそうに見送るのだから、余計に堪らない。
 ぐたりとした身体を抱え、火照る頬に幾度も口づけを贈る。

「――…」
「ン…」

 柔らかな髪を撫でながらそれを繰り返している内に、も返してくるようになる――まるで、傷の舐め合いのよう。 けれど傷つけたのは、自分だ。

「待っていてほしい…と言ったら、勝手だろうか」
「…うん、とんでもなく勝手だわ…」

 今にも泣き出しそうな顔でそんな事を言われてしまうとさすがに心が痛む。
 謝罪も込めて口づけを贈り続けているうちに、それを押しのけてが身を起こした。
 まだ残る痛みに息を詰めて起き上がる彼女に、そのまま離れて行ってしまうのかと内心ひやりとするも、はシャムロックの身体の上に倒れこむと胸に寄りかかってくる。

?」
「――でも、待ってるよ」


 ようやく落ち着き始めた心臓に囁くように、シャムロックの裸の胸に唇を寄せる。
 小さな囁きを受け、脈打つ臓が大きく跳ねたことを自覚。 驚いた顔で彼女を見れば、泣き出しそうだったはずのその表情は、見惚れるほどに穏やかなもので。

「シャムロックが頑張ろうとしてるから、待ってる」
「…
「トライドラも、デグレアもきっと素敵な国にしてね……気が長いほうでもないから、時々帰って来てくれると嬉しいんだけど」
「も、もちろんだ。 帰る余裕が出来たら手紙を――…、っ」

 シャムロックの言葉はそのまま、小さな唇に呑み込まれる。
 唐突な行動に理解が遅れた騎士はしばらく身動きすらとれず、重なった口づけはやがて舌先を悪戯に突つかれるだけで終わってしまう。

 だがそれだけで下腹部の熱を取り戻しつつある自分にこの上ない羞恥に駆られ、は目を丸くして、体温を上げたシャムロックを見下ろしてくる。


「っ、すまない…その」

「―――熱、覚えさせてくれるんでしょ?」


 細い腕が誘惑するように首へ伸びてくる。
 ”まだちょっと痛いから、やさしくしてね”とにっこりとした笑顔にはきっと、一生敵わないなと思い知らされながら、シャムロックの腕はその身体をきつく抱きしめるのだった。








「騎士さまー!」
「騎士さま! 頑張ってくださいませー!」

 ――――晴れた空の下、喜びを讃える歓声が空気を揺らす。
 高い窓から色とりどりの花びらを散らされ、群れを成す人が道に沿って連なる石畳には多くの笑顔に満ちている。 期待と尊敬を込めた瞳は晴れ渡る空の下で、より、その輝きを増していた。

 彼らの視線の先は、鎧に身を包む騎士と兵士の一団だ。
 復興団として多くの人の歓声に見送られながら行進をする中で、とある騎士たちの間にこのような会話が交わされる。


「……ルヴァイド様。 見送りに来ると言っていたの姿が見当たらないのですが…」

「ふむ、どうやら身体が動けない状態であるようだな。
 彼女に会えないことは非常に残念ではあるが仕方がない―――そうだろう? シャムロックよ」

(な、何故分かるんだ、ルヴァイド…)




 ――――晴れた空の下、喜びを讃える歓声が空気を揺らす。



 しかし指揮官として任命された白騎士は、街を出るまで顔を上げられなかったそうな。

あと少し手を伸ばせば届くもの

あとがき
恋をした二人のためのお題(dix様)より.
「あと少し手を伸ばせば届くもの」サモ2/シャムロック
2008.1.11
2014.8.13再アップ