おおう。 校門の前に、きれいな顔の男子生徒がいる。
それを見て思わず足を止めたのは自分だけではなかった。
他の子もみんなその人の姿を見た瞬間に足を止めたり、ちらちら見ながら通り過ぎたり、写メったり、反応は様々。 他校の制服だけでも目立つのにイケメンとなると当然のリアクションなのだが、彼はこんな状況に慣れているのか手元のスマホに集中しているのか周囲のざわめきを完全スルーしていて、うちの校門の前から動こうともしない。
テニス部員がよく持ってるバッグを肩にさげていることから彼もテニス部なのかと勝手に知れたのだけど、それを遠くから観察するあたしは”はぁぁ”と感嘆の息を吐く。
(イケメンて、案外世の中にあふれてるんだなぁ)
モデルでもしてそうなレベルのイケメンなんてそうそういるもんじゃないと思っていたが。
案外そうでもないらしい。
うちの学校だと手塚くんとか不二くんとかいるし…むしろテニス部にイケメンがあふれているのか。 それともイケメンがするスポーツがテニスという定義でもあるのか。
どっちにしてもイケメンは何をやってもイケメンという法則はブレないので、そこはどうでもいいとして。
(っていうか、あの人はもしかして…)
「時間になってもまだ来うへんて…みんなどこに行ったんや。
はよせんと青学の部活始まってまうぞ…」
イケメンがため息を吐いて関西弁でぼやき始める。
ああやっぱり、関西弁でもイケメン度に影響はなかった。
むしろ関西弁で近寄りがたさが薄れた気がする…ので、あたしはテニスコートへ向おうとしていた体と足を方向転換して、関西弁のイケメンに近づく。 その瞬間、周囲の視線がこちらに一気に集まった気がしたけど、そこは日ごろから個性溢れる友人たちに鍛え上げられたスルースキルを駆使して自分の意識から遮断した。
「あのーすみません、もしかして四天宝寺テニス部の方ですか」
「…え、ああ、そうやけど」
「あ、良かった。 練習試合で対戦する青学男子テニス部のマネージャーのです。 今日はよろしくお願いします」
軽く頭を下げてから挨拶すると、イケメンが「四天宝寺テニス部部長の白石ていいます。
こちらこそ、よろしゅう頼みます」と笑顔になる。
お、おぅ、部長さんだったのか…と眩しいイケメンスマイルに多少たじたじになりながら、「遠いところありがとうございます」ともう一度頭を下げる。
「そんなかしこまらなんでもええよ。
ウチとしても青学と対戦するのを楽しみにしとったんで」
「はい」
「ただ約束の時間よりかなりはよ着いてしまったんで、顧問と他のメンバーが東京観光やースカイツリーやー言うてどっか行ったっきりまだ帰ってきとらんのですわ。すんません」
「まあ…まだ1時間ほどありますからね。
よかったら、白石さんは先に中に入って待ってますか?」
「や、ええです。
今こっち向かってるってライン返ってきたんで、ここでもうちょい待たせてもらいます」
イケメン…もとい白石さんがスマホをフリックしながら笑顔で言うんだけど、ちらっと見えた画面に「相手さん待たせとるからあと10分で来んかったら全員毒手やで」と打っているのが見えた。
「(個性強いところは紛れもなくテニス部だな…) 白石さんが来たことは竜崎先生と手塚部長に伝えておきますので、全員そろいましたら向こうの奥の左側にあるコートに来てください。更衣室はそのあとで案内を」
「――あ、ちょお待って。 さん飴ちゃんいるか? イチゴ味」
「え、」と続きを言いかけた言葉を呑むと同時に、「手ぇだして」と言われるがまま両手を差し出してしまった。
ピンク色の紙で包装された飴がころんとあたしの手の中に転がる。
白石さんは包みを開けて自分の口の中に放り込み「うまいなー」と満足そうな顔でこちらを見てくるのだけど、これはこの場で食べなくちゃいけない空気か。
一瞬、迷ったのちにとりあえず空気を読むということであたしは溜め息を吐きつつ飴の包みを開けた。
「えーと、それじゃイタダキマス」
「さんは律儀やなぁ。 何年?」
「三年です」
「なんや俺と同じやんか。 俺のことさん付けせんでも呼び捨てでかまへんで? あ、そういや全国の準決勝で俺らと対戦したけど、そんときさんおらへんかったよな?」
「はい、体調悪くしてて応援に行けなかったので…」
「そうやったんか。
おったらもっとはよに会うてたのにな」
手塚部長とはまったく違うタイプの部長さんだ。
さっきからコートに行こうとしても巧みなトークに阻まれて他所にいけない。 さらにテニスと関係ない話に切り替わって終わる気配もないので、切り上げどころが見つけられない。
「そんでな、俺がいつも言ってるんやけどな…」
「あの、白石さん」
「でもアカンねん、あいつらは何回言っても…」
「いや、あたしもそろそろ部活に行きたいのですが…」
すぱっと断ればいいのに断れない自分の性格が恨めしい。
だって相手は今日の対戦相手の部長さんだし無下に扱うのもどうかと…。
(だ、誰かたすけてー!)
「……先輩、何してるんスか」
祈った瞬間に、救世主が舞い降りた。
一方的な盛り上がりを見せるあたし達の間を難なく割り込んできた声に、白石さんのトークがぴたりと止まってあたしはつい、ほっと息を吐いてしまう。
「海堂くん」
「…部活、もう少しで始まるッスよ」
そこに現れたのは海堂くんだ。
彼はまだバンダナもなく制服のままでユニフォーム姿じゃないことから、今から部活に行こうとしていたらしいことが分かる。
長身イケメン白石さんからにじみでるオーラをまるで意にも介さず海堂くんはここまでやってくると、「…ッス」と小さく頭を下げて彼なりの控えめな挨拶をする。
白石さんも「今日はよろしゅう」と笑ったところで、海堂くんは他の部員がいないことに首をかしげ、その理由を知っているであろうあたしを見たそのとき、あたしはハッと我に返った。
(今しかない!)
まさにここが切り上げどころだ。
海堂くんに駆け寄ると、「部活っ、一緒に行こう!」とあたしは彼の制服の袖を引っ張った。 あたしより背の高い彼の体ががくんっと傾いて、そのことに海堂くんが驚いた表情をあたしに向ける。
「ちょ、先輩何なんスか」
「と、いうわけで白石さんすみません。
部活の準備しなくちゃいけないので先に向こうで待ってますね!」
「あ、さ」
海堂くん走るよ!と海堂くんの袖を掴んだままコートへダッシュする。
最初は戸惑っていた海堂くんだったけど、途中から「何だか知らねえが…負けてられねえ!」とやる気スイッチが入ったのか燃えてきたのかガチのダッシュに切り替えて、あっという間に数秒差をつけてあたしをあっさり置いていってしまったぁぁぁぁあ待ってぇぇぇえええー!
さて、そこでぽつんと取り残された白石さんだったのだが。
「…っぷ、さんめっちゃ置いていかれてるやん」
何が彼の笑いのツボを突いたのやら。
その後、顔をあわせるたびに噴き出すように笑われるようになってしまったのはまた別のお話。