薄い唇からふぅと吐き出された一息に空気は揺れ、キセルから得た白い煙が尾を引きながらふわりと虚空を舞い、導かれるように天へ昇ると天井の木組みに触れる前に霧散して、無色で透明の大気に溶けていくように消え失せてしまった。
 それをぼんやりと眺めながら陶製の小さな器に注がれた酒を手の中で揺らすと、水面に浮かぶ青銀色の新月が器の中でゆらりと揺れ、小さく波打つ水面にあわせて歪な形を作り出す―――同時に、月の中心でぽつりと浮かんでいる影も大きく歪むと、高杉の口元は嘲笑にも似た笑みに歪められた。

 笑んだ高杉の姿に機嫌が良いのだと解釈をした遊女は、鮮やかな紅に彩られた唇を笑みに形作ると、緩められた襟元をさらに大きく広げながら座敷にくつろぐ高杉へと身を寄せて、開放的なまでに大きく開かれた窓枠の向こうの月を見上げた。 広がるは黒に近い濃紺色の闇。 その中に佇むは青銀色の光を放つ新月。
 肌寒いこの季節の中ではより鮮明に瞬き、江戸の街を照らしている。

「とても美しい月夜でございますね、高杉様」
「あぁ」
「何か見つけましたの? …嬉しそうなお顔をされておられましたが」
「なァに、大したことじゃねぇ。 …この酒の中に、月が浮かんでいるだろう?」

 低い声に背筋がぞくりと逆立つのを感じながらも、遊女は高杉の猪口(ちょこ)を覗き込んだ。
 猪口には注がれた酒。 その水面に映るのは月と黒点のような影。

「月、がどうかしまして?」
「愉快だと思ったのさ」

 遊女の疑問に一切触れず、独り言のように高杉は手の中で猪口をくるりと揺らした。
 水面が揺れ、月と黒点は再び、歪な姿と変化していく。


「天人の飛空挺が、江戸のド真ん中に落ちたらなァってな」


 思いもよらぬ単語が紡がれ、遊女は目を丸くして空の月を見やった。
 ”天人の飛空挺”とは一体何のことか―――輝くそれに目を細めて見やれば、月に浮かんでいた黒点のような影は天人の飛空挺だった。

 今では人間に代わりに天下を取っていると言っても過言ではない存在である、天人。
 その天人が生み出した飛空挺が、江戸の真ん中に落ちれば愉快だと笑うそれは、天人が聞けば不穏分子として充分に受け取られるだろう……だが、高杉の中に餓えた獣の光を見出していた遊女は驚くこともなく艶やかな笑みを浮かべ、くすくすと小さく声を零した。

 この男が危うい人物であろうと幕府に仇なすものであろうと、遊女である自分には関係ない。
 ただ、とても魅力的なのだ。 それだけが女の心を鷲掴む。

「それは大変」
「どんな華より美しい華火が咲いて、紅い野原が広がる光景を見下ろしながら飲む酒はなかなかオツなもんだぜ」
「自分が野原の一部にならなければ最高の光景だと思いますわ」
「違いねェ」

 遊女の答えに愉快そうに笑いながら猪口を置くと、美しい蝶模様の着物に包まれた女の細腰をよりいっそう近くまで引き寄せ、そのまま、紅に彩られた唇を奪い取る。
 噛み付くような唇への愛撫に遊女は悦びの声を零し、愛撫に震えながらも手入れをされたしなやかな指先が高杉の肩をするりと撫でて、彼が肩にかけていた羽織りを畳みに落とし、合わせ目を大きく開いた。 開かれたそれからは獣のようにしなやかな体躯が露になり、女はそれがもっと見たくて、隙間をなお広げようと指を滑らせて相手の着物を肩から落す。
 自ら求めるその動作に高杉は低く笑い、褒美と言わんばかりに白い喉元に口付けた。

「っ、ぁ…」

 喉元を滑る高杉の唇に喘ぎ声を洩らし、遊女は身を震わせながら軽く仰け反った。
 高杉の指先も女の帯を解こうと強く掴んで―――。

「……」
「っ、高杉様…?」

 熱を帯びた声の呼びかけに答えず、高杉は窓の外へと視線をやった。
 隻眼の視界に広がるのは雑多な遊郭界隈で、夜も更けた世界の中でも眩しいほどの明かりで満たし、いつまでも人の気配が絶えない。

 そんな中でも鮮やかな銀の色を目に留めて、へぇ、と小さく声を零す。

「聴いた事がある声がしたと思ったら」
「高杉様…?」

 高杉は遊女から離れて物見人のごとく窓枠に腰掛け、鷹のように鋭い隻眼は銀の色を目で追った。
 熱が溢れる身体を持て余した遊女は不満そうな色を浮かべるが、開いた前を指で掻き寄せ、高杉の隣に並び、彼が興味を示した物を追う…彼らのいる建物の前を通りいくのは、銀髪の男だった。

 相当酒に酔っているのか、女に肩を支えられながら千鳥足で界隈出口へと向かっている。

「だぁぁぁもう! 何で、あたしを、呼ぶのよ! 長谷川さんに担いでもらって帰ってくれれば良かったじゃない!」
「長谷川さんがさぁ〜オトコとオンナが進展するコツってのはお互いの弱さを支えつつ曝け出しつつやってくことだって言ってさ〜俺もこうして弱さを曝け出して進展しようかと」
「それじゃ弱ってる銀時をそこらへんに捨てていったら野犬がトドメを刺してくれるかしら」
「おいおいお前ってほんと怖い女だよ。 ドSもたいがいに…あ、でもお前相手なら俺Mでもいい」
誰がサドマゾの話してるって言ったのよ! …あーもうどうしてこんなやつが主役なの。 有り得ない!」
「それは俺の目が一番キラめいてるから」
「目ヂカラ人気かよ」

 会話から、大体の事が読み込めた。
 しかし高杉は何を気にしているというのか――遊女がちらりと高杉を見やれば、彼はどこか、愉快そうな笑みを浮かべて二人を眺めている。

「お登勢さんに言われた仕込みもまだ途中なのに…」
「そんな中で迎えに来てくれるのはもう愛しかねぇな、結婚しよ」
「(頭のネジがどんだけ外れてるんだろうこの男は)……あ、あんなところにゲイバーがあるんだけど寄ってく? 銀時なら熱烈歓迎してくれると思うんだけど」
心の底からスンマセン。 さすがの今の俺じゃあのフルパワーに太刀打ちできないんでホント、放り込まないでやってください」

 女はともかく男は大歓迎されるであろう場所に進む足に、血の気が引いた顔で詫びてくる銀時に満足したのか相手の女は愉快そうに笑った。
 次いで「しっかり歩きな」と銀時を支えて歩を進めれば、銀時もふらつく足をどうにか進ませながらも、力がはいらぬ身体を女に寄りかからせる。 
 そこには彼女に心を許し、信頼しきっているような…そんな様子も伺えた。

 …そのときふと、銀時が女の後ろ襟から覗く白い首筋に目を止めて。
 ――― 一瞬、それを見つめる瞳が欲に揺らいだが次には参ったと言わんばかりに頭を掻き、目を伏せて視界を閉ざす…まるで見なかったことにするかのように。

 ただ代わりに、女の髪に、そっと頬を寄せた。
 それは、支える女も気付かない、いとおしむようなしぐさ。



「クックック…」

 その光景を眺めていた高杉は低く笑って、キセルに口付ける。
 キセル内に仕込まれた香草は独特の香りを口内に立ち込め、吐き出されると白い煙となって天へと昇って行く。

「なるほどな」
「…?」
「牙を失くしたかと思えば収めているだけ―――だが、」

 二つの背中を片目で追いながら、煙立ち上るキセルの先端を遊女へ向ければ遊女は煙草盆を高杉へと差出しすと、差し出された盆の灰吹きの中にトンと灰を落す。

 ほろりと、竹筒の中へと落ちて行く。


「あの女がいなくなれば、牙はまた鋭い光を見せてくれるかな」


 愉快そうに呟かれた、独り言のようなそれに遊女は眉をひそめた。
 だが、彼が何を思い、何を考えたかは何となしに理解できて、小さく笑む。

「…ひどい人ね」

 女を殺せばどうなるだろうと愉快そう呟くそれに、遊女は呟きを返した。

 しなやかな両腕が、高杉の首にするりと回される。
 二人の背が視界から消えて、そこでようやくいつも見る界隈の光景に興味が失せたように視線を外し、寄り添う女へと視線を戻した。

「俺は見たくて仕方がねぇのさ」
「何を?」

 女の腰を引き掴み、溺れまいとすがりついて零す声に。
 すべらかな太股を撫で上げられ悦びに震える身体に、笑う。

 共に刀を振るった男の牙が魅せる危うさを思い出して、高杉は笑う。



 隻眼の瞳に、獣のような光を灯しながら。




「でっかい華火と、紅い野原と、血を浴びた白い獣をな」

Firework

あとがき
すんごい懐かしい。銀魂熱すぎてはじめて書いた高杉ゆめでした。
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初の高杉夢。(銀時夢?)イメージ掴みに…。
夢主は遊女さんでも銀さんを支えていた子でも、どうぞお好みで。

最初はまた子とか似蔵とか先輩とか出てたんですが激しいネタバレになるので諦めましたが、
拍手に高杉スキーさんがいらっしゃったので(笑)書き直しアップ……こ、こんな高杉で大変申し訳ない。
でも高杉は本当艶がありますから!普通に遊郭とか通ってそうだよこの人。手玉にとってそうだ。(妄想)
白い獣は銀さんでお願いします。だって白夜叉ですから…!萌


しかし最近のジャムプは大変危険だと思うよ。TA KA SU GI!(黙れ)
意外と大好きだったようですよ…何あの人、慕われてるじゃない…!

最後の「俺達はそんな甘っちょろいもんじゃ〜」の部分に普通にときめいた。

何気に銀さん以外の攘夷メンバー、大物になってるなぁ。(笑)
でも銀さんは万事屋のままでいいよ。赤貧に苦しんで。

Beast and encounterに続きます。

2005.11.10アップ
2014.8.4再アップ