「以前から気になっていたのだが。
アルバはと姉弟ではないのに何故を姉と呼んでいるのだ」
「…え?」
それは剣の鍛練後、休憩の間のことだった。
前置きもなく投げかけられた問いにアルバは腕で汗をぬぐいながら澄んだ色をした青い瞳をぱちぱちと瞬かせたあと、再び「――え?」と声をもらしてアロエリを見つめ返してしまう。
それは彼が二度驚いてしまった故の二度見でもあった。
一度目の「え」は人間を快く思っていないアロエリが自分に興味らしいものを向けたことに驚き、二度目の「え」は質問の内容についてだ。 仲間になってずいぶん経つが、まさか今さら聞かれるとは思わなかった。
そんな彼の驚いた表情に、立ち入った事を聞いてしまったと誤解したセルファン族の少女は片手に握ったままの槍の刃先を下げ「すまない、妙なことを聞いた」と美しい翼と背を向ける気配をみせたので、アルバはあわてて彼女を呼び止める。
人間不信が多少緩和されたとはいえアロエリがアルバの鍛練に付き合ってくれることはなかなかないのだ。 帰られるのはとても困る。
「ご、ごめんアロエリさん。ちょっと驚いちゃって」
「少し気になっただけだ。…だが、まあ…こんなことを聞くのも今さらか」
「あはは。みんなの仲間になったときによく聞かれたよ、セイロンさんとかリビエルさんとか……戦いが終わってあれから一か月も経つんだなあ。 クラウレさんは今メイトルパに帰ってるんだっけ?」
「ああ、ギアンと共にラウスブルグで療養中だ…まだ二人とも本調子ではないらしい」
「そっか。 早く良くなるといいね」
「…ありがとう」
戦士として生きてきた少女の、はにかむような小さな笑みにアルバも自然と笑顔になる。
生まれてきた隠れ郷を人間の手によって壊され、自らの役目と戦士としての誇りを糧にして生き急ぐように生きてきた彼女がこうして穏やかに笑えるようになった理由をアルバはわかっていた。
何かを成し遂げ、自分の居場所はどこにあるのかを知った人はみんな、こんなにも穏やかな顔で笑うのだ。
色々あったなあ、とアルバはよく晴れた空を見上げて小さく息を吐いた。
――アルバとは<巡りの大樹自由騎士団>の所属である。
任務の途中に本隊とはぐれて負傷したところを助けてくれたライとフェアを放っておけなかったことで、彼らと共に戦うことを決めたことが全ての始まりだ。
最終的にギアンの暴走を阻止することに成功し、あれから一ヶ月経ったいま彼らの周囲はようやく平穏を取り戻しつつあった。
上官のルヴァイドとイオスは先に王都ゼラムに戻ったが、アルバとは半壊しかけたトレイユの町の復興の手伝いのため少しのあいだトレイユに残ることを許された。復興の手伝いといっても微々たることしかできなかったが町の駐在軍人のグラッドはとても助かったよと笑ってくれ、自分の力不足を痛感しつつもそれだけでとても嬉しかったことを今でも思い出すことがある。
その合間にライとフェアの宿<忘れじの面影亭>の手伝い、リュームたち竜の子供を護衛するアロエリや探し人の情報を集めたまに帰ってくるセイロン、勉強の合間に訪れる友人のルシアンに稽古を頼んだりして日々を過ごしていた。
騎士団仲間のは<蒼の派閥>と騎士団本部への報告書に頭を抱えながらと、彼女としてもそれなりに穏やか?に日々を過ごしてきたわけであるが――と、そこで締め切りに追われた作家のような顔をしたを唐突に思い出してしまい、アルバはぶはっと噴き出し肩を震わせて笑い出してしまった。
「…何がおかしいのだ?」
「あ、ううん。 思い出し笑いだから気にしないで…ははっ」
怪訝そうな顔をする少女に手を振ってごまかして、アルバは落ち着くためにまた一つ息を吐く。
アロエリに問われた事で今までの記憶が一気に押し寄せてきて、箱に入った荷物のようにひとつひとつほどいて中身を確かめても、どれもこれも大切な思い出で……その中の一つに、ライの仲間になったばかりの頃よく尋ねられた疑問があった。
――と姉弟ではないのに何故、姉と呼んでいるのか……。
「姉ちゃんはおいらの家族の友達なんだ。
おいらが騎士団に入る前に知り合って、よく遊んでくれてたからさ。 あの頃はいつも姉ちゃん呼びだったし、ついそのままになっちゃって……本当は、立場的にもよくないんだけど」
「立場?」
「新米のおいらと、騎士団創立時からいる姉ちゃんと比べたらなぁ…さすがに不味くて。
しかもシャムロック団長やルヴァイド隊長たちの友達で、姉ちゃん自体も騎士団内でちょっと特別な立場の人だから…おいらの育て親の人も、あんまりいい顔しなかったなぁ」
今も部屋で報告書と格闘しているだろうの姿を想像して、アルバはまた小さく笑った。
出会ったときと今でもあまり変わらないは相変わらずアルバを可愛がってくれている。
それでは部下に示しが…とため息を吐く副団長のレイドにも「まぁまぁ他の人がいないときだけでも」と謝ってくれたりもしていた。 アルバはそれが嬉しかったし、こうしてとの関係を説明するたび自分が弟のようなものとして彼女の特別枠に入っていることがちょっとした自慢のようでもあって――ふと、そこで思考することをやめていた。
急に表情を硬くした少年に気付いたアロエリは、声をかけることで彼の様子をうかがう。
「アルバ? どうした」
「あ、ぅ、え、っと! 何でも!」
「なら…そろそろ鍛錬を再開するぞ。 いいか、お前の武器は大剣だが槍の間合いだと…」
――――それから接近戦に切り替えたアロエリに、アルバはひたすら負け続けた。
打たれ、かわされ、最後にはきれいな弧を描いてぶん投げられてしまい、背中から地面にたたきつけられた衝撃は息が止まるほど激しく全身を揺さぶってくれた。
生まれながらの戦士、と豪語するのは伊達ではない。
戦士は常に全力だから戦士なのだと身をもって知る。 時間が経ってもまだ痛む節々をおさえて宿に戻ったアルバは「アロエリさん強すぎる…年だっておいらとそんなに変わらないのに…」と己の経験不足を呪うような声を出しつつふらつく足を動かし、見た目にもよろよろとしながら自分の部屋を目指す。
「あー、いてて…」
悔し紛れに呟いた言葉を最後に、アルバはその場に収まるように立ち止まる。
どこか遠い目をした顔を上げると、通路の窓の外はあっという間に夕焼け色に染まりきっていて、この目に見える全ての物が赤かった。 昔はその色を怖いとすら感じていた。
その色は、家族が怪我をして帰ってきた時に見る色とよく似ていたから。
年を重ね、いつからか、何も感じなくなってきたけれど。
その色がとてもキレイな色でもあると教えてくれたのは。
世界がキレイなものであると教えてくれたのは、姉と呼ぶことを許してくれた慕わしいあの人――。
(…なんだろ、これ)
ここ最近、こうしてときどき立ち止まっては一日一日が流れるように過ぎていく実感に、じわりと込み上げてくるものがある。
これは…焦り、だろうか。
答えを求め問いかけるように、名前すら知らない両親が唯一残したと聞かされた胸の上で揺れる緑石のペンダントを握りしめても応えるものはなく、青い瞳をわずかに伏せた少年の顔は憂うように曇る。
アルバは孤児だ。
けれど、この世界では珍しくもない出自について何を言われようが自分が自分であることに変わりはなく、自分が自分であることを誇ってもいいことは、ガゼルとレイドから教わった。
生きるだけでも苦しいのに役に立つのかもわからない力のない子供を慈しみ育ててくれた強さと優しさと、 どんな自分でも見守ってくれる安らぎが必ずあることは、エドスとリプレから教わった。
たとえ泣きたいほどに辛くとも、勇気をだし、思いやりで誰かを助け、同じ意思をもつ誰かと協力することで大きな力をも覆せることは、ハヤトたちから教わった。
それぞれに血の繋がりがなくても、種族が違っても。
一緒にいれば本物の家族にだってなれることをみんなが教えてくれた。
生きるためにたくさんのことを教えてくれた家族を、他の誰かに紹介することはアルバにとって何より誇らしいことだ。
だから、ある日突然現れたが姉と呼んでもいいと笑ってくれたときは本当に本当にうれしくて、近所の友達に何回だって自慢したこともあった――それなのに、
(…おいら、変、だ)
自分でも感じ取れる不調のようなものに、またじわり、焦りが浮かぶ。
と知り合って六年。
そのうちの四年は騎士団の一員として時々共に行動するようになり、新しい仲間が増えるたび、新しい人と出会うたび、何かの再確認のようにとの関係を聞かれてきた。
それはただの好奇心だったり、あるいはへの下心だったり…そんな、色々な物を感じとれるくらいにはアルバも成長した。 そしてさっきも言ったように、そんなの特別枠にいるこの立ち位置を喜んだこともあった。
皆が一目置くその人は、自分の姉のような人なのだと。
だが、今は。
「…今は…なんか違うんだ」
近頃、そんなことばかりが頭をよぎる。
関係を説明すればするほど、自分との立ち位置の違和感を覚える。
望んでいるものは他にあるとでも言いたげに、ただひたすら悔しくなるのだ。
けれどそうなるのはアルバだけであって、は変わらない。
それは当然のことで、騎士見習いの自分はまだまだ子供で力も弱い。
本当なら任務中はきちんとけじめをつけて敬語で話したり呼び方を改めなければいけないのに、幼い頃の延長でただあの人に甘やかされているのだ 。
ぬるま湯のように心地いいそれに甘んじてしまう。
本心をさらして関係が崩れるのが怖いのに、どこかで、崩したいとも願っている。
息が苦しく身動きもできないくせに分かっていても足掻こうとしない自分が無性に歯痒く、焦りや、悔しさのようなものに胸がもやもやとするせいでの目をみて話すことができないことが増えても、 はそんなアルバを、小さな子供を見守るように優しく笑い、そっとしておいてくれるのだが――。
「…あ、」
考え事にふけっていたせいで自分の部屋を通りすぎてしまった。
アルバの隣はの部屋になっており、どうやらそこで立ち止まっていたらしい。
のことを考えていたせいだろうが、自分の部屋に戻ったことも気付かないくらい彼女のことで頭がいっぱいになっていたのか……そのことが妙に恥ずかしくなり、つい耳まで赤くしながらアルバの部屋へと体の向きをぐるりと変えた。
しかし。
(……夕飯、食べたかな)
まだ夕食前の時間帯のはずだ。
鍛練に行く前に見たの憔悴ぶりを見ると報告書に相当難航しているようであったから、おそらくまだ食べていないだろう。
……おいらが言わないと、きっと食べないまま寝る人だし。
ふと思い付いたそれを誰かへの言い訳のようにして、またぐるりと向きを変え、アルバはの部屋の前に立つ。 緊張なんかするな、と、ばくばくとうるさい胸をどんと叩いても緑石が音を立てて揺れるだけで意味もなく、とにかくいつもの声になるように努めて大きな声を出してアルバは扉をノックした。
「姉ちゃん、報告書終わった? まだだったら休憩ついでにご飯食べない?」
………返事はない。
特に出かけるとは聞いていなかったが…と、不作法も承知で耳をすませると、かすかに風の鳴る音が聞こえてくる。
部屋の窓が開いているのだ。
窓を開けたまま出かけているとは考えにくいけど…と何気なく握ったドアノブが、かちゃりと音をたてて開いてしまい、アルバはぎょっとした。
(まさか…!)
――からあまり目を離すな。と、告げたルヴァイドの重い声が甦る。
彼女は<名もなき世界>の人間で(しかし本人は微妙な顔をしていたが)、<良くも悪くも召喚獣を惹き寄せてしまう特殊な体質>の持ち主だそうだ。
他にも何かあるようだが、過去にその力に目をつけた者にさらわれそうになったのは一度や二度ではないらしい。 だからこそルヴァイドは、ライと戦うことを決めたアルバと共に残ると告げたを横目に、アルバに忠告をしてから命令したのだ。
――アルバは知りもしなかった。
よく遊んでくれて、優しくしてくれた姉のようながそんな危険なところにいたなんて。
思えば、あの時受けた衝撃が彼女を<姉>という枠から外したのではないだろうか。
(姉ちゃん――…!)
青い瞳に剣呑な光が灯る。
腰の後ろに差した護身用の短剣を抜き、バァンッ!と耳を叩く音をたて扉を弾くようにして蹴破ったアルバは、罠のある可能性すらも考慮せず躊躇いもなく部屋へ大きく踏み込んだ。
一目見た室内はアルバの部屋と同じ間取りで、しつらえられた家具も同じ。
いつもならの甘い匂いが満ちているのだが、今は開いた窓からの風のせいでそれも薄い。 カーテンがさらさらと揺れるそれを視界に認めつつ視線をざっと全体にめぐらせたその時、部屋のすみのテーブルで、うつ伏せになったまま眠る、、の姿が。
「……なっ…ッッ〜〜! い、いた…良かっ、た…!」
一瞬、呆然としてしまったが。
次の瞬間に状況を全て理解して、アルバは脱力のあまりガクッと膝から崩れ落ちた。
本当なら「あぁもうびっくりしたぁぁあ!」と全力で世界とに訴えたいところだが寸でのところでそれを呑み込むと、緊張の弛みと安心したせいでさっきまで忘れていた体の痛みが再び押し戻ってきた。
「いってぇぇぇッ」と涙目になり、しばらく動けないまま時間が過ぎる。
その間にもゆるやかな呼吸だけが繰り返されて、うずくまったままでも見て取れる幸せそうな寝顔が、羨ましいやら恨めしいやら。
このままでいてもラチがあかないのでアルバは「ふーーっ」と全身の力をゆっくりと抜き、ぎこちなく動く節々を軋ませながら立ち上がると、肌寒い風を招く窓をまず閉めた。 念のため他に人気がないかを探ってみたが、いつものように暮れていくただの静かな世界しか見当たらない。
「、姉ちゃん」
の元へ近づいて、呼んでみても静かな呼吸の音が返るのみ。
起こすのもなんだか可哀想な気もするがこのままでは風邪をひくし、そうも言ってられない。
アルバは安堵と呆れのため息を吐きつつ袖のないニットを着た彼女の小さな肩を揺らそうとして手をのばすが、白くなめらかな肌を意識してしまい、手が止まる。
(…いや、これは、特に、意味なんて)
昔抱きついたこともあったから、この人の髪からも体からも甘い匂いがして全部が柔らかいことも知っているのに、肩にさわるだけでいまさら何を躊躇うことがあろうか。
そうだ、何てことはない。
は今も変わらず怒ると恐いし隊長のルヴァイドと面と向かって言い合っても怯まないくらい勇敢で、気さくに笑う顔や眠気にうとうとする顔がちょっとかわいくて、考え込むとき伏し目がちになって見える睫毛の影がドキリとするほどきれいで――そこまで思い出した途端、アルバの背中にどっと汗が噴き出した。
(……そ、そっか。 この人はかわいいんだ…)
少し前までは、こんなことを思いもしなかったのに。
竜の子供をめぐる戦いの途中から、変になり始めた。
そしてアロエリにあの問いを投げられてから…余計に変に考えて、意識してしまっている。
もしやあれがきっかけなのだろうか。今までに何度も聞かれた些細なことが…いや、繰返し答えてきたからこそ、ついにはそこから脱したいと願うようになってしまったのか。
湯立つように頬が火照りだすのを止められない。
アルバはそれを隠すように頬をこするが、結局何の効果もない。
すぐそばに見える寝台のシーツの白さに、妙に目がくらむ。
目眩を振りきるように首をぶんぶんと横に振ってアルバは再び気を取り直すと、手袋を脱ぎ、その手をごしごしと胸の服で拭いてから、報告書であろう紙を下敷きにして穏やかに眠るの肩にそっと触れて揺さぶった。
「姉ちゃん…」
「…ん、」
いまだ夢落ちたままのその姿には童話の姫のような華やかさはない。
けれど、こぼれた声に胸の奥が ぎゅうと締め付けられる。
――こんな気持ちは、知らない。 誰も教えてくれなかった。 姉のように慕っていた人が姉でなくなってしまったなら、跡には何が残るというのだ。
(…家族じゃなくなるのかな)
それは、とても悲しいことだ。
落ち込むように俯いていると、の冷えきった肩にアルバの熱がじわりと移ってきた。
ずっと触れていれば体温が移るのは当たり前だ。 そう分かっていてもそれに息が止まりそうになってあわてて手を離し、ただひたすらにどこかへいってしまった自分の冷静さを呼び戻す。
こうして一人で考えていたって仕方がない。
赤い顔のまま自分なりにキッと顔をしかめて自らを奮い立たせ、今度は強くの肩を掴んだ。
「姉ちゃんっ、風邪引くぞ」
「ん〜」
「寝るならベッドで…って、ぅわわっ!」
強く掴んで揺さぶったのがいけなかったのか。
ずるりと傾いて椅子から落ちかけた細い体をなんとか受け止めて、彼女が落下せずにすんだことにアルバはほっと息を吐いた。 しかし、抱き締めているような体勢に気づくとまた唐突に顔が熱くなる。
おいら、病気かな…と思わず遠い目をしてシオン大将に診てもらおうかまで考えてしまったところで、とりあえずの肩を抱えなおす。 まったく目を覚まさないその様子に”そういえば、報告書がはかどらなさすぎてあまり寝てないとか言っていたような…”とそんなことをふと思い出し、そのときのの顔も浮かぶと噴き出してしまった。 今日で二回目だ。
「っはは、…まったく、しょうがないなぁ」
胸にことりと寄りかかる顔に心臓が痛いくらいにうるさいのだが、深呼吸で聞き流す。
アルバの腕はルヴァイドに比べたら細いだろうが、それでもを抱きかかえることはできるだろう。
「ちょっと、ごめんな」
靴紐をほどいてから靴を脱がせ、踵をそろえて部屋の壁の隅に立て掛ける。
崩れた片足をふくらはぎを支えて持ち上げ細い足首をきれいに並べ、ひときわ柔らかい部分に触れないように気を付けながら背中と膝裏それぞれに腕を回して持ち上げると、の重みのすべてがアルバにかかった。
「よっ、と」
思っていたより軽い…かも。
アルバの身長がよりほんの少し高いくらいなのであまり格好良くはならないうえアロエリに痛め付けられたせいで少しふらつくのは情けないが、それでも抱えられるようになったことはなんだか嬉しい。
肩に頭をもたれさせたのさらさらとした長い髪の感触がアルバの頬や耳をくすぐるので思わず「な、なんか、ずるい、女の人って」と耐え忍ぶような呻き声しか出なくなるのだが、アルバに体を預けて触れてくる柔らかな感触に罪はまったくないのである。
(…あったかいなー)
眠る人間の体温は、大人も子供も温かい。
抱きしめて眠ると気持ちよさそうだ…ああ、そういえばよくラミをこんな風に運んだなと、懐かしいフラットの家族を思い出した。
そのことで少しだけ余裕が出てきて、苦笑するように笑いながらをベッドに倒すと、また、ふわりと甘い匂いが薫り、少年の顔はふたたび真っ赤になる。
(…こ、困るよなあ…おいらこれからどんな顔をすればいいのか)
憧れでは片付かないものを自覚してしまったことで、明日から普通の顔で接したり何でもない態度がとれるだろうか。
一度ルシアンに相談してみようかと本気で考えつつ、幸せそうに眠る姿につい愛しさのようなものに誘われ、目元にかかるの前髪を無意識にそっと払いのけてから「また触ってしまった…!」と一人で声もなく悶絶する。
そこでようやく、今の自分が相当おかしいかつ危機的状況に陥っているのだと気が付いた彼は、ハッと息を呑んだ。 こ、これが、もしかして、フォルテさんの言ってた精神衛生上よろしくないコトなのか…!
そしてそれはひとりでは解決できないと、シャムロックの友人であるフォルテは言っていた。
何をどうしたらどうなって解決するのかも教えてはくれなかったが、答えは自分で見つけるものなのかと推測すると多少納得はできた。
こうなったら頼れるルシアンに話をして、この気持ちがなんなのか最低限の助言をもらって自己解決するしかない。
「あの、姉ちゃん。今からルシアンのところに行ってくるけど」
聞こえていないと知りつつ控えめにそう声をかけても案の定、返ってくるのは寝息だけ。
こっちはこんなに困っているのに、なんだかずるいようなずるくないような。
それでも…最終的に笑顔ひとつで全部許してしまうのだろうと思うのは。
自分は、この人のことが…?
「おいらが帰って、もし起きてたら一緒にご飯食べよう。
…おやすみ――――、さん」
その後、<忘れじの面影亭>内を脇目も降らず全速力で走り抜けていった赤い顔のアルバと、
驚きに飛び上がった竜の子供たちとリビエルの姿が目撃される。