アントーニョの野郎が、センス最悪のネクタイを俺のところに持ってきた。


「なあなあロヴィーノ! この色とガラって変に見えへんか〜!?」
「…ったく。 急に何なんだよ、えらくめかしこんでるじゃねーか」
「いやなー、これから菊んとこに遊びに行こうと思ってなー」

 ムカつくくらいにニヨニヨしながら答えた声は、いつもよりも弾んだものだった。
 コイツの場合は人生の80%くらいニヨニヨしてるんだろうが、俺は今までアントーニョと一緒に暮らしてきてこんなに楽しそうに着替えている姿をあまり見たことがない。
 普段はネクタイの色やガラまで気にするような男じゃないのだ。
 と、いうか特別な行事があるわけでもないのに、似合うかどうかまでたずねるほど念入りに着替える姿が珍しい――俺は不審者を見る目でアントーニョを一瞥したあと、センス最悪のネクタイを速攻で取り上げて、別物をコイツの首元に宛がう。 光に透けない真っ黒な髪と目に合わせて、あーでもないこーでもないとしばし繰り返していると、「さすがロヴィーノやなぁ」とのん気な笑顔が目の前で咲いた。 うっとおしいことこの上ない。

「イタリア男ってほんまいいセンスしてるんやなぁ〜頼もしいわー」
「さっきからニヨニヨニヨニヨうぜーんだよ。 菊のとこに行くんだったら何でもいいだろーが」
「いやいや、そういう訳にはいかへんのや…ロヴィーノ、お前のハイセンスで俺をイタリア風男前のスペイン人にしてくれ!」
「顔近づけてくんじゃねぇぇぇってか、意味わかんねー!」

 アントーニョのきらきらした目には、俺を信頼している感が120%にじみでている。
 それは気恥ずかしいやら嬉しいやらだが、日焼けした肌とがっしりとした体格のコイツに迫られても不気味なだけだ。 このままネクタイでシメてやりてぇほんとに。

「テメーの肌の色はこういう系統の色が合う。
 あと靴はもう一回はき直せ。 その靴で一回畑に入ったろ、つま先んところとか泥ついてんぞ」
「あれ、ほんまや。
 菊たちへの土産に俺んとこのトマト持って行こうとおもてな、さっきまで畑におってん。 …前に持ってったトマトがめっちゃ喜んでもらえたからなぁ…」

 最後の言葉は、つぶやきのように落ちていった。
 まぶしいものを見つけたように目を細める。 いつものものと違うやわらかくやさしい表情は、そのときのことを噛み締めるようにして思い出しているせいか――こんな表情をするコイツを、俺は今までに見たことがあっただろうか。

「だからな、今回はカゴいっぱいに持ってこーとおもてな!
 菊とも話し合わないかんことあるし、4日間くらいおらへんからその間こっちの事は頼むな」
「…? もともと菊に会いに行くんじゃねーのかよ」

 何気なく返した言葉だった。
 だがアントーニョは俺の言葉で固まったみたいに沈黙したあと、ぼぼっ!と火が出るのかと思うほどに顔や耳を赤く染めた。 それはまさに、トマトのように。 自分でも感じるほど熱くなった頬を両手でおさえ、「ち、違うんやで!」と聞いてもいないのに何かを弁明したあと、アワアワと口を閉じたり開いたり。 なんとか言い訳しようと必死に考えている。

「そ、そう! 菊に会いに行くんやで! 当たり前やんかロヴィーノ、何言って」
「………そーいえば、フェリのヤローがなんか言ってたな…」

 あまりの慌てぶりにこの間、日本に遊びに行った弟のことが脳裏を掠めて呟いた。
 俺のつぶやきにアントーニョは「げっ」と引きつったように顔を歪める。
 それに何かがあると確信して、俺はこめかみを抑えてフェリシアーノのアホ面を必死に思い出す。

「たしか、菊のほかにもう一人いるって騒いでたな…」
「わー! わー! アカンってロヴィーノ! 思い出したらアカン!
 お前がきたらちゃんとゆっくり喋れへんくなる…あーっ! もうこんな時間になっとる! 俺、出るからあとは頼んだでロヴィーノ!」

 がしっ。

 いつもはラフな服を好むのに、スーツなんか着ていつも以上にびしっとキメて走り去ろうとするアントーニョの肩を、俺はがっちりと捕まえた。
 ぎぎぎ、と振り返ったアントーニョの顔が「いややぁ〜」とでも言いたげに引きつってる。
 しかし俺は、満面の笑みを抑えられなかった――普段ではまず有り得ない、最高にさわやかな笑顔でアントーニョに微笑むと、これまた普段ではまず有り得ないほどの弾んだ声で、コイツに告げてやる。




「俺も行くから、ちゃんてコを絶対紹介しろよコノヤロー」





 それは、日本に向かう直前のお話。

友人さんいらっしゃい!(3) -1-

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2011.2.4