「えー、奇跡という名の気まぐれなのかどうかは知らんが。
土羅句江星に出張中の松平のとっつぁんがその星の地酒を送ってくれた。
百年に一度あるかないかのありがたい奇跡だ、みんな、心して堪能するよーに!!」



 ”んじゃ、とっつぁんの奇跡とお妙さんの美しさに乾杯!”



 高々と杯を掲げ、相変わらずな近藤さんの乾杯音頭によって今夜の宴は始まった。











 用意されていたのはいつもと同じ焼酎や日本酒。
 けれど今日は<奇跡>が起きたらしく、いつものお酒の瓶の横に並ぶものが、もう一つ。

「なんか、不思議な味がする……」

 それは、おそるおそる口をつけたあたしの第一声だった。
 何の果物を使用しているのか分からないけどとにかくフルーティーで、さわやかな甘みが口内に広がる。 なんだろうこのフルーティーさは。 原材料はなんとなく果物かなとは思うのに何の果物なのかまったく分からないというこの摩訶不思議。

「きれいな色ー」

 飲む事も忘れてグラスの中で気泡を浮かべるそれに魅入る。
 水が透きとおる海のように美しいブルーのワイン。
 こういう飲み物はおしゃれな松平さんならぴったりだって思うけど、正直言って真選組には似合わない。 彼らにはシャレた飲み物よりパーッと騒いでガブ飲みできるようなビールとか地酒のほうが向いている。
 なによりワイングラス片手に「この色、この芳醇な味わい…土羅句江星のラインハットの城で作られた2010年ものだな……」などと真剣な顔でソムリエの真似事をしている近藤さんは滑稽以外の何物でもない。 笑いを堪えるのも必死だ。


「(見ないでおこう…)…やっぱり味が分からない…何使ってるんだろ」

「他所の星の酒だからな。 地球にはない果物かなんかで作ってんじゃねえのか」


 横から投げられた声に、ちらりと視線を向ける。
 原材料名の分からない飲料水を前に恐れおののくあたしの隣の席に座し、平気な顔をして飲んでいる土方十四郎ことトシはあたしに呆れているようだ。
 隊服を脱いで着物になった彼は手元のお猪口に青い色のワインを注ぎ、口に含んで舌で味わい、ほのかな甘みを孕む息を吐いてお猪口を置く……あぁ、これでお猪口じゃなくてグラスで飲んでいれば格好よかったのに……ことごとく残念な男だ……。

「ま、地球の酒と違ってても不思議じゃねえってこった」
「いやこれ絶対味だけじゃないわよ、明らかに食文化からすれ違ってるって。
だってあんた、土羅句江星よ? ひらがなにすると<どらくえ>星なのよ? 青色とかもう、すらいむ的なの入ってるって寧ろ100%すらいむ果汁だって……うっわトシ、すらいむ飲んでる〜」
「蔑んだ目で飲みづらくなること言うんじゃねーよ! …ったく、ほら、飲めねーなら大人しく酌でもしてろ」
「はいはい」

 飲めないわけではなく、例のザコキャラを思い出していまいち飲む気がしないだけなのだが。
 取りあえず望まれるまま酒瓶を傾けてお猪口を差し出すトシの杯にそれを注いでいく。

「それにしても結構盛り上がってるねぇ」

 周りでは近藤さんを中心に、笑い声や下ネタなどが絶えず賑やか。
 いつもの宴会なら隊士だけで盛り上がるのだけども、今回ばかりは少し違った。 今日の宴は仕切りのふすまを取っ払い、真選組の屯所の大広間を最大限まで開放して隊士だけでなく屯所で働く女中を交えての慰労会だ。 いつもは男だらけの場しか見ていなかったから、若い女中や年配の女中が混ざるとなんだか華やいで見える。

「近藤さんって盛り上げ上手ね。 突然の慰労会だから最初はみんなぎこちなかったけど、今はすっかりくつろいでる感じ」
「アイツは馬鹿だがこういう席では天才だよ。 …ま、適当に飲んで食ったらお前らもそこそこに切り上げろよ。 こいつら完全に酔い始めると全裸になるから、きったねぇモン見せられっぞ」

 ええぇぇ…イヤだなぁ…全裸前提とかどんな慰労会なの。
 そうなる前に何としてでも帰らねば。 なるべく入り口付近に避難しておこう。


「――きたねぇモンとはひでぇなァ。 テメーの股にもついてんだろーが土方コノヤロー」


 後ろから割り込んできた声。
 それに振り返ったあたし達は思わず、声をそろえて「げっ」と呻いてしまった。
 二人して明らかに嫌そうな顔をしたのにそんなことはお構いなしだと言わんばかりに、沖田総悟はあたしの隣にどっかりと座り込むと自分の杯に青いワインを並々に注ぎ、白湯を飲むがごとく二杯、三杯と一気に飲み干していく……ちょっ、空気読んで…いやいや、このお酒結構強めだったんだけど…?!

「ね、ねえ、あんなに一気に飲んで大丈夫なの…?」
「総悟のヤロー、酒は強いんだが…本気で酔ったら酒癖最悪だぞ」

 トシの言葉にぞっと背筋が逆立つ。
 ただでさえ最悪なのにこれ以上最悪とかどんなだ……しかしあたしのすぐ隣で、ぷはっと甘い息を吐く年若い彼の目がやや据わっているのは、向こうで早くも飲み潰れている隊士たちの屍を乗り越えてきたからか……いやだな、ものすごく関わりたくない状態だよコレ。 まだみんな全裸じゃないけど帰りたくなってきた。

「オイ総悟…こっちで飲むんじゃねえ、むこうでアスファルトに咲く花のように勝手に咲いてろ」
「せっかく美味い酒が飲めるんでィ。 多少のハメ外しくらい大目に見てあんたらもハメ外したほうがいいですぜ――特に、せっかくいいケツしてんだからケツみせろ」
「セクハラで訴えるわよアンタ…」
「こんな席で素面でいる方がセクハラでさぁ、ほら、吐くまで飲めよ」
「あ、ちょ、ちょっと!」

 恐ろしいことをさらっと言いながら、沖田総悟はウーロン茶が入っていたあたしのグラスに青色のワインをどばっと注いでしまう。

 ただのワインのはずなのに、今のあたしにはスライム大量投下にしか映らない。
 海のように綺麗な青色のそれを持ったまま固まるあたしを尻目に、「のーめ、のーめ!」と無駄に盛り上げる沖田総悟を筆頭に他隊士たちからも飲め飲めコールが鳴り始めた。
 女中仲間も赤ら顔でコールに混ざり、窮地に立たされたあたしを助けようという動きはまるでない……うぅ、異様な空気だ。 これ断ったら確実にKY決定なんだろうなぁ……でもすらいむは無理よ。 マジ無理。 絶対、MU・RI! ノーすらいむ!!

(と、トシ…助けて…)

 孤立無援の状況に思わず、すがるような目でトシに目をやる。
 しかし彼は「無理。 俺もMU・RI」とでも言わんばかりの目線で答えてあっさりと席を移動し、他の女中と一緒に飲み始めてしまった…うわぁぁッ面倒ごとを丸投げされた!

「のーめ! のーめ!」
「一気! 一気!!」
、俺の酒が飲めねーなら切腹でィ。 もしくはケツ撫でさせろ、減るもんでもなしに」
「アンタに触らせるケツはないっつーの! ぅ、わ、ちょ、その手なによ何なのそのいやらしい動き…いやぁぁぁッ、わ、分かったってば! 飲むから半径50センチ以内に踏み込んでこないで!」

 悲鳴をあげて後ずさりながら、あたしはぎゅっとグラスを握り締めた。
 これはすらいむじゃないすらいむじゃないすらいむじゃない…さっさとこれ飲んで帰るのだ!


(―――せーのっ!)













 ……。
 ………。
 …………あ、れ。
 ……なんか、あたまの中がふわふわする……。

(…きもちいー…)

 ゆらゆら。 ふわふわ。
 ふわふわ。 ゆらゆら。
 あー、なんかあったかくて、ふわふわしていいきぶん。
 なにがどうなったのかぜんぜん分かんないけど、ずっとこのままでいたいなぁ……。



「――――すらいむ…おいしい…」


「おいおいスライムが美味いとかどーなってんだよお前。 どんな珍味をご馳走されたんだよ」



 …あれ、ぎんときの、こえ。
 薄っすらと目を明けると、銀色の髪が月の光に透けて輝いているのが間近に映った。
 何の穢れもない綺麗な銀色。
 ぼんやりとそれに見惚れていれば銀時の死んだ魚のような目があたしの視線に気がついて、赤い瞳と視線が絡む。

「おー起きたか」
「………ぎ、ん…?」
「ゴリラから電話かかってきてよー、お前がべろんべろんになってるから迎えに来いって」

 よいしょ、と掛け声と共に揺れるあたしの視界。
 どうやらあたしは銀時の背中に背負われているらしい。
 だからこんなにも銀時の匂いが近い。 ぬくもりも。 広い背中も、こんなに近い。
 それがなんだかとても大切なもののように思えて――彼の背中の着物にぎゅっとしがみついて、硬い肩に頬を寄せてついつい甘えてしまえば、銀時が不意に立ち止まった。

「…どんだけ飲んだんだよお前」
「…んー、よくわかんないなぁ」
「マジでか。 おまっ、どんだけ銀さんが心配したと思ってんの。
ババァから慰労会に行ったって聞いてから銀さんすげーソワソワしたんだから! ジャムプの内容なんかほとんど頭に入らなかったんだからな! あ、オイ、聞いてんのかコラ、セクハラとかされたんじゃねぇだろーな」
「…んー…そーごに、されたかも…?」
「そーご…総悟ォォォ?! ちょ、沖田君はいつもフルネーム呼びなのになんで名前呼びになってんの、も、ほんとそこ大事だよ。 すげー大事だよ。 なんか進展とかあったりなかったりしたんじゃ…」
「ないない、ありえない」

 ゆらゆらと揺れる振動に夢見心地になりながら、銀時に背負われたまま静かな夜のかぶき町を歩いていく。
 ぬるい風混じりに夏の匂いが漂うなかで取り留めのない会話ばかりが続くけど、それは決して不快ではなく、わずらわしいわけでもなく、こんな風に一緒にいられることがただただ心地よくて、家に着くまで途切れることはなかった。

「――ん? ババァの店の電気消えてんな」

 半ば眠りに落ちかけている耳に、そんな言葉がすべりこむ。
 眠たげに目をこすりながら顔を上げれば、本当だ。 お登勢さんのお店や家の電気が切れてる。
 あたしを迎えに行くため銀時が万事屋を出た頃には店は開いていたらしく、彼は不思議そうに首をかしげながら経営者不在を示す暗闇を抱いた引き戸に向かって「おーいババァ〜」と声をかけるも、返ってくるのは沈黙のみ。

「いねーな…お、なんか張り紙が」

 引き戸に張られた張り紙に銀時が目を通す。
 ふむふむ、ほぉ〜〜といかにも納得した気な感じで頷くそれにあたしはなんだか落ち着かなくなって、銀時の肩越しに張り紙を見ようとするも「あー、大したことねえよ」と遮られた。

「ちょっと、なんなの?」
「あー何でもねえ何でもねえ。 ただ、ババァが腹下して緊急入院したっていうだけで」
緊急入院んんんん?!!! ちょ、充分に大したことあるわよ! 降りる! 降ろして!!」

 一気に酔いが覚めた。
 銀時の背から飛び降りるようにして地面に立つも、その瞬間にガクッ!と両膝が折れた。
 足に力が入らずへたりこむようにして座り込みそうになるあたしを銀時が両脇を掴んで支えてくれるも、全然立てない。 あれ、足、おかしいな…。

「バカだろお前。 泥酔してんだから簡単に動き回れるわけねーだろ」
「うう、銀時にバカ呼ばわりされた…」
「そこにショック受けんのかよ! 俺のほうがショックだっつの! …とにかく張り紙よく見ろ、お前宛にキャサリンの伝言あんぞ」

 びりっと破って手渡された張り紙を見る。
 するとそこには。



”オ登勢サン、下痢シタカラ、タマト病院ニ行ッテクル。

 酔っ払イハ、ソノ辺デ野宿ナリナンナリシテロヨ、アバヨー!!”












 あーあ、なんでこうなったんだか俺にはわからねえわ。
 ほんとわかんねー。
 ちっとでもイイ空気になりゃいいと思って連れ込んだのに、まさかこんな事になろうとは。

「――銀時、全然飲んでないじゃない、もっと飲んで飲んで!」
「あー飲んでる飲んでる、すげー飲んでるよいちご牛乳を…うっぷ、胃ぃもたれそ…」
「ううううぅぅぅキャサリン…帰ってきたら覚えてなさいよ…!
お登勢さんがお腹壊したんだったら慰労会なんてほっぽりだして帰ってきたのに…キャサリンのバカァァァ! タマまで連絡くれないなんて、みんなずるいわ! お登勢さんが大変なときにあたしだけのけ者にするなんて…呪ってやるー!!」
「ぎゃあぎゃあ泣くんじゃねーよ。
 神楽や定春は新八んとこに泊まりに行ってっけど、ご近所さんからクレームきたらどーしてくれんだ…」

 いわゆる二次会状態だ。
 万事屋の居間兼来客室のテーブルにごっそり並ぶのは、チューハイ・日本酒・いちご牛乳のパックという大人の飲み物的なものばかりだ。(いちご牛乳は大人の飲み物だよマジで、俺はそう信じてる)

 ちまちま集めてとっておいた酒類は全部、目の前の女が飲み干していく。
 あーあ、俺のカクテル☆パァトナァが湯水のごとく消えていっちまった…しくしく泣きながらよく飲めたもんだよほんとに。 っていうかこの場で一番可哀想なのは俺だと思うわ。 俺、一滴も飲んでねーもん。 二人で酔い潰れるとアレだから〜ってカッコつけていちご牛乳で我慢してたけど、30分前の俺がアホだったわ。 どうせ飲みつくされるなら俺も飲んじまえば良かったよ。 ほんと。

(…にしても、さっきまでべろんべろんだったのによく飲めるなコイツ…)

 真っ赤になった顔を見れば、無理をしていることは見て取れる。
 それでも飲まずにいられないのは置いていかれたことへの悔しさか――あー、コイツ、案外寂しがりやだからなぁ。 ツン9割:デレ1割というツンデレだもんな。 すげぇ黄金比率。



「……あたしのお登勢さんなのに……」



 ぐすっ、と鼻をすする音と一緒に落ちる、の本心。
 すねた子供のような表情をした彼女の、真っ赤になった頬の上を涙がはらはらと落ちていく。

 それを見て”きれーだなぁ”なんて思う俺はとことんバカヤローだ。
 頬にのばしそうになる手をごまかすようにいちご牛乳を掴んで飲む、を繰り返す今の俺はほんと可哀想だよ。 それにしてもこんだけ尽くしてこいつの眼中にも入っちゃいないってどゆこと? ババァに妬くとかありえねー…。

「おーいさーん、もー寝ろって。 向こうに布団出してっから」
「…あるけない」
「オイオイ勘弁しろよ。 ガキじゃねーんだから、すぐそこだろ」

 よし俺、今のはナイス断り文句。
 だってこんな、ガラにもなく大事にしてぇと想う女が顔を真っ赤にさせたこの状態で、布団のある部屋に連れて行くとかさすがの俺でも切れるわ。 理性的な紐が。 さっきおんぶした歩いてただけでムラムラしてたのに布団とかほんとヤバイって。 絶対押し倒すって。

「とりあえず、水飲め。 んで、向こうで寝ろ。俺はソファーで寝っから」
「……」
「ぅオォォォイちょっ、寝るな! こんなとこで寝たらお前、銀さんの格好の餌食になんぞ!」

 今にも閉じそうな眼に必死に呼びかけるも、うつらうつらと舟をこぎ始めたコイツの意識は最早眠りの世界に両足を突っ込んでいるようだ。 これ以上は何を言っても意味がない気がする。

 どうする。 どうする俺!
 ものすごく我慢できない予感がムンムンにするがここはあえて…いやでも、ヘタに手を出して嫌われたらどうする。
 コイツに「近寄らないで、マジキモイ、二度とあたしに話しかけないで」とか真顔で言われたら俺の天パがストレートヘアーになるくらいショック受けるかもしれねえ。 うぉぉぉおおおぉぉッどうする。 どうすればいいんだ神様ァァァむしろドリィィィムキャッチャーーァァァ!! 俺の願いを叶えて! 俺の危機を救って!!



「………………………、よし」



 覚悟をきめた。
 俺も男だ。 「明日は雨が降る」「槍が降る」、「健全なキャラだなんてこんなの銀ちゃんじゃない!」と罵られようとも俺はやっぱりコイツを大事にしたい。

 気合づけにいちご牛乳を一気飲み、木刀にブーツに着物、今は邪魔なそれらを脱ぎ捨てて軽装になると、ふうーーーっと深呼吸。
 まずは呼吸をすることによって己を制御せねばならぬって、松陽先生が言ってた気がする……あれ、これ言ってたのってイイとものタモさんだったけか? いやでもタモさんがこんな武士みたいなこと言うわけないし。 タモさんタレントだし。 なんでもいいから俺を応援してくれタモさん。

「(俺ファイツ!!) おい、。 起きろ」
「…ぎ、ん…?」
「(そんな目で俺を見るなァァァ!) そーだよ銀さんだよ。 部屋に運ぶから暴れんなよー」

 ソファーで無防備に寝こけている柔らかな身体を、両腕で抱えて抱き上げようと身を寄せ合う。

 途端に、ふわりと香る甘い匂い。
 酒の匂いの中に が好む香の匂いが混ざり合って俺の神経を逆撫でする。
 一瞬、立ち上がる事が出来ないくらいの目眩に、正直”ヤバイ”と変な汗が背中に浮かんだのを自覚――しまった、俺、コイツの匂いにすげぇ弱いんだった。

「ぎんとき…」
「…お前、俺が紳士な男であることをありがたく思えよコノヤロー…」

 匂いに誘惑されてくらくらする。
 さっさと部屋に連れていかねば紳士効果は長くは持たない。
 感触を楽しむ間もなく抱き上げてやや早足で部屋に駆け込んで、ミョーにいやらしく映る俺の布団に を降ろした。
 仰向けになって俺を見上げる蕩けそうな視線に思わずごくりと生唾を飲み込んだが、まだ大丈夫だ。 ギリ大丈夫だ。 俺、紳士。 俺、ジェントルマン。 これ以上刺激されない限りはまだギリ紳士でいられる………。


「…ごめん銀時、ちょっと、帯苦しい…」


 ほどくの、手伝って…って待てコラァァァッッ刺激すんなって言ったそばからどゆことコレ?!
 それってアレか。 貴方に脱がせてほしいの…とかそんな感じなのかお前どこの世界にそんなギャルゲーみたいな美味しい展開があるんだよ有り得ないよ! こんなの有り得ないよなにかの罠だよ! もーなんだよコイツもしかして俺が好きなの? 好きなのか? 誤解すっぞほんと! 男の妄想力を舐めんなよチクショォォォォまぁ喜んで手伝わせていただきますがね!!

「オイ、ちょっと起きろ。 寝たままじゃ解けねえ」
「ん…」

 力が入らないのか、俺の胸にもたれるようにしなだれかかる の体。
 ああクソ。 さっきから心臓が大騒ぎして仕方がねえ。
 この音が腕の中にいる彼女の耳に届きませんようにと祈りながら小さな肩を抱いて支え、帯に手をかけて一息に解くと、ほっと息つく気配がした。

  が窮屈さから解放されたその代わりに、はらりと開く着物は下衣をまとうやわらかな身体の線をのぞかせて、俺の頭にガツンと衝撃。 イカン、このまま介抱なんてしていたら俺がやられる。

「……ぎんとき」
「(あー、抱きしめてえなァ)……何だよ」


 半ばヤケクソ気味に、開き直って彼女の頭をぎゅっと抱きこんで答えれば。


 の心地よい声が、俺の―――鼓膜を、心を、ふるわせる。





「…いつも、そばにいてくれてありがと…」





 あーやだやだ。
 なんで、コイツはいつもそうなんだよ。

 いとしいほどにふんわり笑って。
 いとしいほどに温かい体と、いとしいほどに甘い声で俺を呼ぶから。


(あ、ヤベ)


 ―――紐が、切れる。



 そう思った瞬間には、俺はコイツに貪るようなキスをしていた。









「………な、なにこれ………?」

 呆然と落ちる、あたしの呟き。
 それは、白くやわらかい日差しが窓を通して部屋の中にすべりこむ室内に頼りなく響いた。

 外は明るい。 早朝、と呼ぶにはほんの少し早い時刻である事は分かった。
 夜は緩やかにその役目を終えたのだろう。
 今日もまた朝日が昇り世界を白く染めていく光景に「 ああ、生きて目覚めることができたのだ」と泣きたくなるくらいに安堵するのだが、今、あたしの頭を支配するのは安堵ではなく怒涛のごとく湧き上がる混乱だ。 ど、どどどどうなってんの。 なにこれ。 何がどうなってあたしはここにいるわけ…?!

(な、んで、あたし…銀時に、腕枕……されてんの…?)

 今日はやけに枕が硬いと思った。
 そりゃあ硬いに決まってるわ。 だって男の人の腕なのよ。
 しかも銀時の腕…と…か……いやいやいやいやちょっと待って。 落ち着こう。 冷静になろう。 何で隣に銀時がいるのか正直わかんないけどまずとりあえず、確認すべき事がある。

 あたしはそっ…と布団の中に目をやる。

(……び、微妙! 肌襦袢着てるし裸じゃないけど、帯解いて着物を脱いでるってのが微妙…!!)

 着物の下に着る薄い衣の感触に安堵したものの、これ一枚で密着すれば裸に近い感触だ。
 他人がいるのに頼りない襦袢一枚ではなんだか心もとない。
 しかし今はとにかく銀時を起こしたくないので必死に視線だけを動かして、今度は銀時の状態を確認をしなければ――しなければ良かったと、即、後悔する。
 どうしよう見るんじゃなかった。 何でアンタは脱いでるのよ何で裸の銀時の腕枕で朝を迎えなくちゃいけないのちょっとォォォォ誰か助けて! あたしの危機を救って!!


(で、出よう…こっそり抜け出して、他にも色々と確認を)


「…よォ、目が覚めたかよ」


 寝起きのせいかやたら低い声で囁かれて、ひっと息が詰まった。
 ガバっと跳ねように起き上がり、胸元に布団をかき寄せて身構えるも銀時はぼりぼりと頭を掻きながらのんびり起き出して、あー眠いーとあくびをするだけで何も言わない。
 それが逆に怖い。 何も言わないほうがもっと怖い。

「ぎ、銀時…」
「あ?」
「あ、あたし、昨日…何して…?」

 泥酔していたせいで記憶は見事にぶっ飛んでる。
 銀時が迎えに来てくれたのまでは覚えているけど、そこから先がひどく曖昧だ。
 さっと血の気が引く思いで銀時を見つめて硬直していれば、「その反応はすげー傷つくんだけど」と死んだ魚のような目であたしをしばし見つめたあと、ニタァといやらしく笑った。


「いやぁ、ま、昨日は酔った勢いってコトでお互い水に流そうや」

「?! …?! …!!?(声にならない)」

「どんだけ激しかったかは、ココ見りゃ分かるだろ」

「きゃあっ!」


 にやにや笑う銀時が目の前に迫ったかと思いきや、上布団を剥ぎ取られ、無遠慮な動作で肌襦袢の合わせ目を強引に開かされる。

 開かれて露になるのは、陽に焼ける事のないゆるやかな隆起線を描く胸元。
 無理やりに肌を露にされた事よりも、自分の裸の胸を見てあたしは愕然としてしまった。


 そこに散らばるのは”咲き乱れる”という言葉がよく似合う、

 たくさん、たくさんの紅い<花びら>が―――。










「―――あー、さっきのは嘘です。 いや、嘘じゃねえんだけど、ホント何もなかったって。
 そりゃ俺だってなんやかんやで盛り上げられてすげーソノ気になってアンな事やコンな事して触りまくったりマーキングとかしちゃったけどさー、お前寝ちゃうんだもん。 しかも熟睡で全然起きねーの。 声もさー、ナニしても寝息しか聞こえねーの。
 あの状況で誰が一番可哀想だったかって、銀さんだよ。
 すげえノリノリだったのに途中で放棄されちゃあ、銀さんのアームストロング砲も行き場を失くして路頭をさ迷うしかないってもんだ。 もー泣く泣く風呂場に行くしかなかった。

 だから、最終的に俺がしたのは添い寝だけ。
 ほんとほんと。 既成事実とかなかったから。 俺の残り人生のいちごパフェにかけて誓うわ。


 だからすいまっせぇぇぇぇん!!
 頭バーンってなるんで助けてくださぁぁぁい!!!







「銀さん、おはようござ…えええぇぇッ朝から逆さ吊りとかなんの地獄絵図!?」


「銀ちゃーん! 今助けるアルよー!」

花宵の夢

あとがき
300万HIT・8周年ありがとうございます!
匿名さんリクエストの「銀魂・酔ったヒロインを介抱していると、甘えられて銀さんスイッチオン。
でも途中で寝てしまい、銀さんはモヤモヤ不貞寝」のお話でした。

銀さんがモヤモヤ不貞寝とかときめく。こんな不憫な銀さんが大好き!
途中でどらくえネタが入っててすみません。分かんないよこんなの!
すらいむって何?な人はヤフってね!どらくえシリーズ最弱でありながら永遠に愛されるザコキャラです。

■ 匿名さん へ ■□
美味しいリクエストをありがとうございましたvvスマキオチですみません。笑。
こんな銀さんが大好きなので、後半書いている途中は大変滾りました。
もっと銀さんをモヤモヤさせたかった…悶えるくらいにモヤモヤさせたい銀さん…(落ち着け
2010.6.11