「毎度ありがとよ兄ちゃん!」
愛想良く投げられた店員の声が、その場を去ろうと背を向けたリューグに届く。
目だけで振り返ると、今ではすっかりなじみになった朗らかな笑顔がこちらに向けられている。 日に焼けた顔で「次もいい物そろえておくから、また来てくれよなー!」と他の客にはばかることなく再度そう声をかけてきたので、(いつ来ても声の大きい店員だな)とリューグは小さく肩をすくめた。
だが、それに悪い気もしない。
片手を振って応えながら武器屋を出ると、優しい陽光とまだ少し冷たい空気が彼の頬に触れた。
その冷ややかさに誘われるように赤い髪を揺らして顔を上げる。 見上げた空は山岳地帯ならではか、聖王国の空に比べて少しだけ青みが濃くて眩しい。
――天気が良くて助かった、とリューグは目を細める。
暖かい気候は何をするにしても動きやすいし、今日は買出し日にしていたから荷物も多くなるだろう…と、この後の予定を頭の中で組み立ててから砥石の粉や刀剣油など剣の手入れに必要なもの一式が詰まった布袋を片手に持ち直して、リューグはトレイユの中央通りを歩き始める。
しかし、武器屋で長居してしまったせいか、もしくは昼前の時間帯のせいだろうか。
宿場町と名前のついたこの土地をと共に訪れてからそれほど日も経っていないが、なんとなく、今日は普段より人が多いような気がする。
トレイユは田舎風の小さな町で、各都市へ向かうための通過点となるので旅人も多く、様々な種類の品物を持ち寄る商人もよく見かけることから町の規模に比べて意外とにぎやかなところもあるのだが、今日は特に、浮かれているというか賑わっているというか。
大道芸か何か来てるのか?と目だけで周囲の様子を流し見るも、芸人独特の衣装の人間の姿や調教された獣の姿も見えない。
だが、走り行く人々の先――少し離れた広場に、人が集まっているのが遠目に見えた。
「…なんだ?」
人だかりができていてよく見えない。
まあ自分には関係ないか、と彼の興味はあっさり失せた。
広場へ続く道を素通りしたその足は待ち合わせ場所の小さなカフェにたどり着くと、テラスの空いた席に荷物を置いて座り、リューグはが来るのを待つ。
普段なら路銀稼ぎにテイラーやグラッドの手伝いをしているところだが、今日は週に一度と決めた休みの日だ。
も同じ日に休みを取っているので彼女をつれて町へ買出しにきたのはいいが…”各自必要なものを買いそろえた後に合流! そのあと一緒に消耗品の買い物ね!”と、ご機嫌で気に入りの店に走っていった本人がいくら待っても影も形も現さないのはどういうワケか。
「ったく、どこまで買い出しに行ってんだか」
好奇心にのめりこむとなかなか我に帰ることができないは、羽でもついているんじゃないかと思うくらいに色んなところに行きたがる。
今はまだ陽も高い位置にあるとはいえ、変なところで無防備で隙のある女だ。
召喚獣に好かれやすい性質も場所問わず発揮される。 だからこそ変に知恵のある召喚師や盗賊に付け狙われることもあったのだし、ゆっくりと買い物をしたいならせめて自分の目の届くところでしてもらいたいものだが……そこまで考えて、リューグは思考を止めた。
なんだかこれは、少し過保護のような気がしないでもない。
(――いや、ネスティの野郎に比べたらまだマシだろ。 あの野郎のほうがよっぽど…)
神経質そうな色を隠しもしない友人を思い出し、”あれと同類か…”とリューグは少しだけ憂うつそうに首を横に振る。
だが前向きに考えてみると、旅をすることが好きなのだと言ってのける女だからこそリューグの武者修行の旅について行きたいと言ってくれたわけでもある。
金がない時の野宿でも、否応なしに事件に巻き込まれて大変な目にあっても、文句は言うくせに離れないでいてくれた彼女のそういう所には、気持ち的にかなり助けられているのだ。
ああいう女でなければ、たとえ恋をして、体の相性がどんなによくとも長くは続かなかっただろう。
(…いつの間にか、あいつが隣にいるのが当たり前になっちまったな)
戦いが終わってから大樹の森で二年過ごし、旅に出て四年にもなる。
当初の目的だった闘戯都市にも、聖王国、旧王国、帝国領…色んな所を二人で見て回った。
その間にルヴァイドに勝てると確信するほど強くなれたわけではないが、そろそろレルムの開拓村に戻ってもいい…と、最近そんなことを考えるようになった自分にふと気付く。
これは――自分の中で旅の終わりが近づいているということなのだろうか。
(レルムの村に戻って、兄貴やアメルと暮らすのか? …それも微妙だな)
ならば戻って何をしよう。
村の警備と木こり稼業の両立は問題ないが、はどうする? 彼女も村で暮らすのか?
――しばらく、そのことについて考えて見たもののどれもこれもいまいちピンとこなかった。
もし彼女にやりたいことがあるのならそれを手伝うつもりはあるが、しかし、からそんな話を聞いたことは今までに一度もない。 何故か今まで、そんな話をしたこともなかった。
彼女に選択を求めたのは”傀儡戦争”後に「旅についてくるか」と、訊ねたときだけだった気がする。
(…これからどうする、か)
は何がしたいのだろう。
彼女が自分の隣で、いつものように笑っていてくれるならどんなことでも叶えてやりたい。
(まあ――元の世界に還る、だけは聞き入れてやれねえが)
なんと横暴で、身勝手な願い。
が聞けば”叶えてくれるつもりがあるのかないのか、どっちなの”と突っ込むだろう。
ああ、けれど、これまでのことを思い出すと彼女のことを手放したくない気持ちばかりが込み上げるのだから仕方がない――瞼裏に思い浮かぶ笑顔にただただ温かいものに包まれて心地よいまどろみのようなものに意識を浸たしていると、バタバタと慌しい足音が聞こえてきて、リューグは意識を引き戻した。
「――リューグ! ごめん、お待たせ〜!」
両手いっぱいに紙袋をさげた笑顔のが走ってきた。
旅をすると余計な物は荷物になるだけだと知っている彼女にしては珍しい買い物量。
金がいつ尽きてもおかしくない旅なので、普段からも浪費はしないようにお互い気をつけているはずだが、一体何を買い込んだんだか…リューグはつい、呆れ顔でを見上げてしまう。
「遅い。 どこほっつき歩いてたんだよ」
戻ってきて内心でほっとしているのに無愛想な顔と非難めいた文句が出てしまうのは、彼女に惚れきってしまった彼の最後の抵抗…もとい、意地ともいえよう。
はつれない彼の態度をいつものことだと気にしておらず、「だからごめんってば」と荷物を置いてテーブルに両手をつきリューグにずいっと顔を寄せた。
「そこの広場の教会で結婚式やってるみたいでそれでついつい立ち見しちゃって、露店もいっぱい出てるからライとフェアたちにお土産をと〜」
「結婚式?」
「そ! 今から始まるみたいで見物してもいいみたいだからリューグも見に行こうよ、ね!」
…どうりで人通りも多いわけだ。
疑問が解消されてすっきりしたが、はもっとよく見たいとのこと。
彼女に腕を引っ張られるままに人ごみを掻き分けて、なんとか見える位置までたどりつく。
特に背伸びをせずとも白いドレスの女とタキシードを着た男の姿が、広場の噴水の近くに見えた。 花籠(はなかご)を持った幼い少年少女が白い花びらを散らして迎えの馬車へと向かう新郎新婦を先導し、奏者が紡ぎ出す華やかな音色が新たな夫婦の誕生を祝福する。
これほどの見物人を許しておきながら特に混乱もないのは警備している人間がいるようで、貴族の結婚式かとリューグはすぐに察した。 どうりで商人も多いわけだ。
貴族の結婚式などそうそう見られる物でもなく、商人達が何もせずとも人は集まったのだから物も土産もよく売れるだろう。 実際、ここにがっつりと土産物を買い込んだ女もいる。
「おい、興奮しすぎて転ぶなよ」
「こ、子供じゃないんだから転ばないってば…あー、でも花嫁さんキレイ! ドレス最高〜!」
「……ドレス、ねえ」
何度見ても、リューグはやはり興味が湧かず返事にも微妙な音が混じってしまった。
しかしはテンションが上がりすぎてそれに気付くこともなく、一緒に見物している周りの女たちと同じように夢中になっている。
きらきらした瞳で花嫁を見つめている彼女に、つい、目の前の花嫁のように白い衣装を身にまとうの姿を想像してしまい――”ついに妄想癖まで出やがった”と自分に対して何ともいえないむず痒さを覚え、顔をしかめてしまうリューグにはぎょっとした顔をみせた。
「うわ、何その顔。 リューグは興味ないの?」
「別に。――で、テメエも着たいってか?」
「そりゃー着たくないって言ったらウソになるかな。 憧れるけどね」
「そーかよ」
こういったドレスを着ることは女の子の憧れである…とは昔、幼いアメルも力強く訴えていた弁だ。
聖女の噂もなくのどかな田舎村として健在だったレルムの村にもささやかな結婚式もあり、素朴なエプロンドレスやローブドレスを身にまとって、気心知れた村人たちに祝福されていたものである。
リューグたち村の少年は花嫁のドレスより宴の料理に目が行くばかりだったが…どうやら、大人になっても女の憧れは変わらないらしい。
あの頃に見たアメルと同じ目をして花嫁を見つめるに、リューグは頭を掻いた。
(…まあ、考えなかったことはねえが)
リューグはの恋人で、の恋人は自分だ。
多少気をつけてはいるものの子ができてもおかしくない行為も何度だってしてきている。
となれば、ふとしたときに二人が最終的に行き着くであろう先の事を考えたことくらいはあった。 リューグが武者修行の旅に出たことで常に安定した生活を送れているわけでもなくて、彼女にも何度だって苦労もさせているのにそう簡単に言い出せるわけがなく、ある程度落ち着くまでは、とあえて口にはしてこなかったのだ。
問題は彼女がリューグを相手にそれを望んでくれているかどうか、なのだが…。
いまいち自信がなさそうな己の女々しさに思わず、憮然とした表情になるそんなリューグの胸中を知らず、は無邪気に笑いかけてくる。
「ミモザとギブソンの結婚式も呼ばれてるしそっちもすごく楽しみだな〜。 あ! そのときはお式に間に合うように絶対ゼラムに帰るんだからねっ、約束覚えてるよね?」
「わぁーってるよ」
そこで、馬車に乗り込む新郎新婦にむけて見物人たちから拍手が上がった。
も慌てて向き直り同じように拍手をしているのを横目で見ていれば、無意識に、ふわりと風に舞って過ぎていく花びらに視線をさらわれてしまい、リューグは再び花嫁に目を向けてしまう。
――花嫁はとても幸せそうに笑っていた。
政略結婚の多い貴族だが、彼女は心からこの結婚を喜んでいるのだろう。
いまいち興味もなかったが想い人と結ばれての結婚であるなら…と、それを祝福する意味でリューグがようやくのっそりと拍手をすれば、遠くにいるはずの花嫁と目が合った。
彼女とリューグの間は距離がある。
だが間違いなく――花嫁は自分を見て認識したのだと、目のいいリューグは確信した。
興味なさそうな顔を見られでもしただろうか。
貴族に関わるとロクなことにならないと知っているリューグは一瞬ぎくりと身を強張らせたが、リューグを見つけた花嫁は彼の予想に反し、花のような笑みを見せた。
美しい面立ちの娘だ。
貴族の娘として相応しい品の良い微笑を向けた彼女は隣に座る花婿になにやら耳打ちすると、乗り込んだ馬車から立ち上がり、手にした白い花のブーケを投げた――何故か、リューグに向けて。
「…げっ!」
「ああぁぁリューグずるい!」
ぽーんと音がするように軽やかに投げられたそれは、周囲の女たちに悲鳴をあげさせた。
青空に映える白。 晴れた陽の光も合わさって目も眩むコントラストのなかを泳ぐように弧を描いてリューグの手元に落ちてきて、隣でブーケトスを狙っていたらしいも悲鳴をあげる。
すさまじいコントロール力で手元に落ちてきたブーケにリューグが呆然としていれば、花嫁は悪意のない笑顔で手を振って馬車に座りなおし、未婚の女たちもまた、小さな殺意すら感じられてしまう視線でリューグを一瞬射抜くのだが、すぐに興味が失せたかのように花嫁達へと向き直ると彼らへの祝福の拍手を送る。
一方リューグは、ひやりとしたものが背中に流れ落ちていくのを自覚。
「…あの女…ワザとかよ…」
目で殺す、というのはこういうことかと身をもって体験してしまった。
花のように笑う花嫁に、貴族が持つある種のしたたかさを思い知らされた気がして、屈辱めいたそれについブ−ケを握りつぶしてしまいそうになっていれば「何でリューグが取っちゃうのかなぁ」とまだ不満気な顔をしているに、リューグはずいっと花束を差し出す。
「やる」
「え」
「だから貴族に関わるのは嫌だったんだ…クソ、絶対貴族に呪われてるぜ」
がブーケを受け取る手とは逆の空いている手を、憮然とした顔のまま引き寄せる。
花嫁たちがいなくなった後の余韻にざわめく人々を掻き分けて進むリューグのむすっとした表情が面白いのか、はくすくすと笑って「呪われてるんじゃなくて、縁があるってことだよ」と彼の意見を言い直し、一方的に繋がっていた手の指を解いて指先を絡み合わせた。
――もう何度このようにして手を繋いで、共に歩いてきただろう。
それを力強く握り返し、人波を抜け出したリューグはに目だけで振り返る。
「縁だァ? ッハ、そんなのこっちから願い下げだ」
「そんなこと言うとミニスたちに怒られるんじゃない?」
「知ったことかよ、勝手に怒らせとけ」
「なんでそんなコト言うかなぁ…」
カフェに預けた荷物を受け取り、二人並んで【忘れじの面影亭】への帰路につく。
その手は離れぬままで、どちらも離れようという気もない。
他人と距離が近すぎるのは好きじゃない方だと思っていたのに、であれば、それすらも心地よく感じるのは今までずっと傍にいたからだろうか。
休みなく働くライフェア姉弟たちに何の土産を買ったのか機嫌よく説明を続けるそれにリューグはそこそこの相槌をうちながら――繋がって絡まり合う指にわずかの力を込めてを立ち止まらせた。
「リューグ?」
二人の間を風が吹き抜けていく。
【忘れじの面影亭】は町はずれにあるため周囲に建物の姿もない。 ただ、青々とした草原が続き、一番星を浮かべ暮れようとする穏やかな空がどこまでも広がっている。
今までたくさんのものを見てきた。
あらゆる街の姿を目に焼き付け。
美しいものや醜いものに心を揺らして。
歓びも悲しみも、数々の危機を乗り越えて。
ひょんなことから仲違いをしてぶつかっても、次の日には笑って隣にいた彼女とそんな日々をこれからも変わらず一緒にいたいから、目に見えないものを形にするために人は、自分自身に誓うのか。
「どうしちゃったの?」
「なぁ」
「ん?」
しばし間を空けたあと――彼は、いつもとように静かな音で言葉を紡ぐ。
「…、一緒になるか?」
何と?と言いかけて開いたの口からは、言葉が続かなかった。
真っ直ぐに見据えられた彼女はリューグが何を言わんとしているか察したらしい。
ぽかんと呆気に取られた間抜け面を見せたあと、しばしの沈黙のあと、「えぇ?!」ととても驚いたような顔になる。
突然何を言い出しているのか、とでも、そこまで考えているなんて思ってもみなかった、とありありと語った表情にはさすがにむっとしてしまう。 確かに興味のないフリはしてきたが、よほど無責任な男とでも思われていたのだろうか。
文句のようなものがつい、口から出てきてしまう。
「そこまで驚くか?」
「驚くってば! …だ、だって、興味…なさそうだったし」
「他人のコトには興味ねえよ、でもお前とのコトなら話は別だろ」
「ええぇぇ…ちょ、ほんとどうしちゃったのリューグさん…唐突なデレ期の破壊力すさまじいんですが…」
「まあ、テメエがそのつもりないならないでそれで――」
「あぁぁ待って待って! なくない! なくないです!」
結局、いつものように賑やかしい流れになってしまった。
だが雰囲気たっぷりでキザったらしく言うのは自分の性に合わず、もそんなことを求めていないようだ。
危うくなかったことにされかけ慌てたせいか、荷物もブーケも全て落として先を行こうとするリューグの腕にしがみつくの様子につい、声を出して笑ってしまう。
「必死すぎだろ、お前」
「必死にもなるわ! だって、リューグは一回撤回したら二度と言いそうにないものっ」
「何度も言えるかこんなこと。 …だいたい、テメエの返事が遅すぎるんだよ」
「あぁもう、だからごめんってば! すっごく嬉しいのに何でそんなこと言うのよー!」
…そうか、嬉しいのか。
それを聞いて、まるで胸のつかえが取れたような気分になる――ああ、これは自分も相当喜んでいるのか――まるでとっておきのプレゼントをもらったような、そんなこそばゆい感情を彼女に悟られたくなくて、リューグはの足元に屈みこむと彼女の腰と膝裏に腕を回し軽々と抱きあげた。
ひゃあっと驚いた声が耳をくすぐる。
急に目線が高くなったせいで慌ててリューグの首にしがみつくの頬に、触れるだけの口づけを贈った。
――そこにあらゆる想いをこめて。
途端に耳まで赤くして俯いた彼女のそれに珍しくリューグがニヤリと笑えば、明らかに反応を楽しんでいるだろう滅多にない彼の表情に「…そういうデレはずるい…」と謎の呟きを残し、ぎゅっとリューグの首に抱きついてきた。
温かで、やわらかな、彼女の匂いと鼓動の音は、誰より心地よくて。
自然と、抱きかかえた腕に力がこもる。
――まだまだこれから先は長いだろうが、それでも、腕の中にいる彼女がいれば自分は。
(ずっと守ってやる)
本音を言えば、彼女がいなくてもリューグは生きていける。
きっと、たった独りでも。
だがそれでも――今は彼女が隣にいる生を、願った。
殺されてしまった両親。
殺されてしまった村人たち。
彼らが送るはずだったものほど、それは良いものにはならないかもしれないが。
彼女がいれば、自分はきっと、最期に笑って死ねるだろう。
それはとても、良い終わり方のように思えて。
その終わり方を彼らにさせてやれなかった後悔のような苦いものを飲み下すと、優しく頬を撫でられた。 目をやると、穏やかに笑うがいる。
喉に詰まる苦いものを溶かしてくれるあたたかな手のひらにそろりとすり寄って、唇を押し付けて想いを返していると、ふと、彼女にたった一つだけ侘びることがあることを思い出す。
「…あんな立派なモンじゃなくて、形だけ似たようなドレスしか着せてやれねえが」
「…充分だよ」
「ッハ、欲がねえ奴だな」
「だって要らないもの。 リューグの気持ちだけで、もう胸もお腹もいっぱいなんだから」
「そーかよ」
顔を寄せ合い、額が触れ合う。
暮れてゆく広い世界に二人だけ取り残されたような心地になっても、気にならない。
唇から温度を分け合って。
言葉で想いを分け合えられたら、他に何が要るだろうか。
「…ん、…、リューグ」
「は、…何だよ」
「――愛してます」
一番星が輝く、群青色の空の下に見た。
照れくさそうにはにかむ彼女の笑みはきっとずっと忘れないだろう。
「――あ、お帰りリューグさん、さん。 結婚おめでとう」
「はいはいはいはい!(挙手) ウエディングケーキはぜひ私達ライフェア姉弟に任せてね! 気合い入れて作っちゃいま〜す!!」
「いやぁすまんな、盗み聞くつもりはまったくなかったのだが。
だがあんな見晴らしのよい場所で睦み合っていれば、素通りもしにくかろうて。
てっきりそのまま致してしまうのかと気をもんだが…まあ今日も夜は長いからな、あっはっはっは」
「よーし! 前祝いだ! 給料全部使って今夜はじゃんじゃん飲むぞー!
なんせ今日ほどめでたいことはない…って、リューグ。 えらく怖い顔してどうし(ry)」