”―――貴女が何者であるか”



 頭の中で響く男の声と、押さえつける強い力と、裸の肌を這う冷たい手。
 愉快そうに歪む口元。
 それはあの悲惨な夜の中で、どれだけ不気味で、不愉快だったことか。


 けれど本当は。




”それはとても、興味深い――――…”





 そんなものより。




 自分が自分ではないのだと言わんばかりの、【問いかけ】の意味が、怖かった。







第78夜 -1-








 ――白い翼の鳥が、鳴きながら青空を横切っていく。
 海と並ぶように存在するこの街は隅々まで、潮の匂いに包まれていた。 耳を澄ませるまでもなく、どこにいても届く潮騒やざわめく木々の声は優しく、窓から景色を眺めるマグナの鼓膜を撫でて、消えていった。

(平和だなぁ)

 街の一番端に位置する古ぼけた家屋に、体を休めるマグナがいた。
 ここはもうトライドラではない。 けれどルウの家でもない。
 ファナン出身の拳士・モーリンを師範とした道場で、鍛錬するには最適な環境である木造建築のそれは聖王都ゼラムと違う趣をまとい、厳しく鍛えられる場所だというのにも関わらず、温かみのある空間を持って佇んでいる。
 思わず安堵してしまう温かかな持ち味は、主である少女の優しい心を表しているようだ―― 平和な世界に柄にもなくそんなことを不意に思う。

 しかし。


「っっネスの、バカァァアーーーッ!


 マグナの穏やかな思考は、突如に響き渡る轟音によって打ち破られた。
 叫びの後、床から飛び出した木箱が次々と粉砕されていく…その様子に、思わず遠い目になってしまうのは何故だろうと思うまでもない。

「バカ! バカ! ネスの、分からず屋ーーーーーッ!!」

 打ち砕いたのは、硬く握り締められた少女の拳だ。
 派閥の制服ではなく明るい色の胴衣に身を包み、深く呼気を吐き出しながら拳についた木屑を振り払うという、一流の拳士さながらの動きを見せ気合をたぎらせる少女の姿にマグナは”オォ…”と感嘆の声をあげて拍手をした。
  召喚師なのに百戦錬磨の拳士のようなオーラが見えるのは、取り合えず目の錯覚だということにしよう。(じわりと噴き出る冷や汗を拭いながら)

「トリスー、休憩する?」
「あと一回だけ! …あたしだってさん心配なのに出て行けだなんて…ネスの、ネスのネスのネスのネスの
バカァァアーーーッ!!

 三度目の雄叫びに、モーリン道場がズーン…と打ち震えた。
 築17年以上にはなるであろう木造建築がガタガタと軋む音に、”壊したらごめん、モーリン”と心優しい道場の持ち主に詫びながらも、マグナはトリスを見守るしかない。
 ――何故なら、叫びたい彼女の気持ちがよくわかるからだ。


「だって、独り占めなんてずるいよなぁ、ネス…」


 もやもやと曇る、胸の内を現す呟きがぽつりと零れ落ちた。

(そりゃ…独り占めとか思ってる場合じゃないけど)

 道場の壁に背を預け、硬い木材の感触を背に空をぼんやりと見つめる。
 彼もまた、派閥の制服ではなく黒の胴衣だが彼の場合は鍛錬を終えて休憩中だ。
 まだ冷めやらぬ体の熱で滲む汗を手の甲で拭いながら思い出す――血にまみれた姿のシャムロックと、人となったレオルドに抱えられて戻ったの姿を。

「……、はぁ…」

 陰鬱とした気持ちを溜息に変えて吐き出す。
 あの夜から二日過ぎたが、今でも悔やんでも悔やみきれなかった。
 レオルドに大切そうに抱えられて戻ってきた彼女の姿を目にしたとき、背筋がざわりと逆立ったのを自覚して――その瞬間に、レオルドとシャムロックと一緒に行けば良かったと百回以上の後悔をした。


 生きてくれて良かった。
 人の姿のままで、本当に。
 素直に、心から、彼女が生きていて…無事でいてくれて嬉しい。

 けれど彼女の姿は、嬉しく思えるだけの状態ではなかった。

 傷ついた姿で戻ってきた
 多くのモノを見てしまったことで、血の気を失った顔や泣き腫らした目元だけでなく唇も水分を失って乾いていた。 髪も乱れてぼさぼさで、レオルドのコートの下の身体や服は血と汗に汚れ、肌には打ち身や切り傷の痕がいくつも残っていた――彼女自身のその姿が、呆然と立ち竦むマグナたちに知らせてくれたのだ。

 彼女がどんなに恐ろしい思いをしたのか。
 恐ろしいものに立ち向かっていったのか、よく、分かってしまった。


(…俺も、行けば良かったんだ)



 立ち塞がる鬼たちに構わず



 レオルドやシャムロックよりも先に、なりふり構わず走れば良かった



 ―――けれど何も出来なかった



 次々と降りかかる異常事態に、立ち竦むばかりで

 彼女に、何もできなかったことを思い知らされた





 シャムロックを守ろうと走り続けた女の子自身を、守ってやれることができなかったのだ





 それを思うと悔しくて堪らなくて、握り締める拳の爪が肌に食い込んでくる。
 暗い感情に思考が濁りかけたそとのき――ふと、近づく気配に思考が現実に引き戻された。

「…、マグナさん?」

 呼び声につられ見上げれば、胴衣姿のロッカとリューグが立っていた。

 …何故、彼らがその姿でここに…? そしてその姿は一体?
 あまりの珍しさjにぽかんと見つめたまま思考をぐるぐると巡らせれば、彼らもここを鍛錬場としていると聞いたことを思い出す。 だが今までその現場を見かけたことがなく、やはり、物珍しそうに目を丸くしてしまう。

(…と、いうか…この二人が一緒ってことのほうが珍しいなぁ)

 そんなことを考えて、つい二人の顔を眺めてしまった。
 双生児ということでよく似た二人。 しかし性格も考え方も、アメルに聞けば彼らの場合は味の好みも真逆らしい。(自分とトリスも双子で味の好みは結構似ているのだが…違うところもあるようだ)

 トリスはレルムの村で、マグナはゼラムで二人に出会った。
 村を焼かれ、傷だらけになりながらジラール邸に逃げ込んできた二人はとても仲が悪いのだと、そのときの彼らを眺めてすぐに理解した。 いや、理解するしかない。 目の前であれだけ反発し合っていれば、どんなに鈍感な人間でも分かる。

 ……しかし、そこまでバラバラだった二人なのに、いつの頃からか二人の間の壁が随分を薄いものになっていた――誰がそれを和らげたのかマグナには知る由もないが、アメルも心配をしていたし、友達でもある兄弟が仲良くしている(?)姿というのはやはり、見ていて嬉しい気持ちになる。

「二人も鍛錬?」
「ええ、ご一緒してもいいですか?」
「もちろん。 でも二人が一緒に来てるなんてほんと珍しいなぁ」

 ほのぼのと顔を和ませるマグナにリューグが顔をしかめ”悪いかよ”とそれだけ告げると、一人で型の練習を始めてしまった。
 黙々と鍛錬を始める彼に気がついたトリスが”手合わせしよー!”と駆け寄ればとてつもなく嫌そうな顔になったが、渋々と互いに向かい合い、拳を握り手合わせを始める。

「いつもながらにすみません、愛想がなくて」

 さすが兄貴というべきか。
 マグナは慣れたが、相変わらずの無愛想なそれにさえ穏やかに笑って流してしまうロッカに、”こっちも元気がありすぎてごめんなー”と笑い返してからロッカが隣に座るためのスペースをあけると、彼も腰を下ろして手合わせする弟妹たちの姿を眺めた。
 互いに力いっぱい打合っているのか、拳が空を切る音がやけに鋭い。

「いい音してるなあ」
「…あいつ、今、ちょっと機嫌が悪いみたいで」
「んー…なんとなく、原因は分かるよ。 うちの妹も今そんな感じで」
「トリスさんの声が外まで聞こえてましたよ」

 彼らしく、少しだけ大人びた微笑を浮かべ笑うそれに、マグナは思わず頭を掻いた。
 何てことだ。 トリス、兄ちゃんはちょっとだけ恥ずかしいよ。


「ま、まぁ元気があっていいということで…」

「そうですね――、…でも」


 不意に、声のトーンが落ちる。
 彼の感情の変化を察し、幼さを残す少年の横顔に目を向ければ、不安の色に似た影が映りこんで、彼の心情を顔に滲ませていた。

「ロッカ?」
「…さん、大丈夫でしょうか…」


 ぽつりと呟くロッカの言葉は、マグナの胸に響いて。


「――…ネスがごめんな」

 自然と、謝罪の言葉がこぼれていた。
 ロッカは突然こぼれたものにきょとんとした後、すぐに顔を上げて首を横に振ったがマグナの胸の内は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 

 トリスが叫んでいたとおり、自分たちは兄弟子ネスティによってとの面会は許されていない。
 治療の心得のあるアメルやモーリン、フォルテやルウでさえもそれは許されず、ファナンに戻ってから誰もと会話をしていないのが今の現状だった。
 引き離される理由も何もかもが知らされぬそれに、を心配しているなら、を心配している誰もがネスティの強引なそれに複雑な気持ちにはなっただろう―――現に、トリスと拳を交えるリューグの表情は険しく、苛立ちを振り払うように繰り出される荒々しい攻撃にはトリスも避けるのがやっとだ。

「俺も最近、ネスの様子がおかしいとは思ってるんだけど」
「あ、いえ、いいんです。 ネスティさんのことですから、何か考えがあるんじゃないかって分かってますから――ただ、誰も会ってはいけない…というのが気になって」

 そんなに重い怪我をしていたのかと思ったが、シャムロックによると大きな怪我だけはしていないと首を横に振っていた――どこか繋がらない行動。 彼の真意がまるで読めない今の状況に不信を抱く者も出始めている。



 ――ああ、けれどそれは正確には、不信ではなくただの嫉妬だ。



(…妬いてる場合じゃ、ないんだけどなぁ)

 胸の中がまた息苦しくなる。
 酷く窮屈に感じる胸の内にたまらず顔が歪みそうになる。 しかし一方で、兄弟子の変化も気がかりだった。

(…ネス)

 兄弟子の様子がおかしいと感じるようになったのはいつの頃からだっただろう。
 彼はその生真面目な性格故か深く考え込む性質で(ネスティから言わせれば”君たちが楽観的過ぎる”とのことらしいが)、昔から何かを考え込んでいる姿をよく見かけていた。
 幼いマグナはそのとき、彼が何を考えているのかよく分からなかった。

 ――昔から不思議に思っていた、兄弟子への違和感。
 ここ最近は特に、再びそう感じるようになる。
 ルヴァイドたちに追われ余裕のなかった逃亡生活で今まで気づけなかったが、ほんの少しの余裕がある中で、考え込む彼の表情は険しいものが多くなっている。 これを気づくことが出来るのは、この仲間内だと彼と長い時間を過ごしたマグナとトリスだけだろう。



 ―― 一体、何が彼を追い詰めているのだろう――。



「避けんなトリス! 鍛錬にならねえだろうがッ!」
「きゃー無理無理ー! 顔が怖過ぎ!」

 悲鳴が聞こえて顔を上げる。
 鋭い拳撃を繰り出していたリューグは浅い呼吸でじわりと汗を浮かべ、トリスは大きく息を切らしていた。 短時間で相当な運動量をこなしたことが一目で分かり、さらに拳を構える少年にトリスは「もうだめー!」とそのまま座り込んでしまった。
 ぐったりとして崩れ落ちたその様子に”鍛錬にならん”と見切りとつけたのか、リューグは少女を一睨みして構えを解くと、次いで、じろりとマグナを見る――剣呑なそれを向けられて思わずぎくりと身を強張らせれば、案の定、彼はこちらに向かってきた。 矛先は完全にマグナに向けられてしまったようだ。

「おい、次はお前が相手しろよ」
「ええー! いや、俺ちょっと休憩中ッ。 ロッカは…」
「とにかく付き合え」

 胴衣の後ろ襟首をつかまれ、問答無用でずるずると道場の中央に連れられるマグナ。
 それを「あ、お疲れ様ですトリスさん」とフラフラになった少女にタオルを渡すロッカは、まるで止める気もないようだ。
 ”ロッカずるいなぁ”と恨めしそうに見やりながら、道場の中央に連れられたマグナはどうにか立ち上がる。

「強引だなぁ」
「バカ兄貴より、今は召喚師相手のほうが力が入るんだよ」
「…、リューグ?」

 呼びかけに、リューグは応えず床を蹴った。
 身を捻りながら鋭く突き出された上段蹴りを一歩引くことで避け、じわりとにじみ出る本気のそれに、マグナも拳を握り締めて反撃する。
 足裏全体で床を蹴り、リューグから向けられる鋭い瞳に臆することなく間合いを詰め、握り締める拳を胴体めがけて叩き込む――しかし両腕で弾かれて防がれたと悟るや、マグナの足が旋回した。 拳のあとに風を切って繰り出される蹴打に、戦い慣れした肉体の連撃に戸惑うことなくリューグも反撃を始めると、互いに劣ることなく重なり合い、強く弾かれる音が室内に響き渡って霧散していく。
 自分とは違う澄んだ音をたてる打ち合いに、トリスは感嘆の声をこぼした。

「ふぇぇ、お兄ちゃんもやるなぁ」
「マグナさんも強いですよ。 いつも欠かさず鍛錬してますし」
「あたしもお兄ちゃんも勉強好きじゃないけど、身体動かすのは好きだからなぁ」

 …それは…ネスティさんから逃げる姿を見れば分かるような…。
 そんな風に苦笑して、ロッカは弟の姿を目で追った。 一心不乱にマグナへ打ち込むリューグの横顔はあきらかに苛立っていて、その原因を誰よりも理解していたロッカはただ溜息を吐くしかない。
 ”召喚師のほうが――”…その発言から、苛立つ原因はルヴァイドではなく長身痩躯の召喚師だろうと確信するのだが。


(でも召喚師だからって、マグナさんたちにぶつけるのは間違ってるだろ…)


 ――長身痩躯の召喚師、悪鬼使いキュラー。
 デグレアの召喚師だと名乗る彼の策略により、人ひとり残すことなく滅んだトライドラ。
 聖王国の守りの楯でもあり剣でもあったそれはたった一人の召喚師によってあっけなく葬り去られてしまった。

 しかし、あの男が害したのは都市だけではない。
 それは、シャムロックとが戻った時に誰もが思い知らされたはずだ――愉快そうに薄笑いを浮かべる男の顔が脳裏に浮かび、無意識に握り締める手が拳に変わり、力がこもる。
 空を思わせる青い髪から覗く瞳には静かな怒りが滲んでいた。

(これ以上、好きにさせない…)

 させる訳にはいかない。
 あの夜に、心を痛めつけられた者は多過ぎた。
 ――例え敵わなくとも、それでも許すわけにはいかない。


 じわりと浮かぶ負の感情に、拳が強く、静かに握り締められる。
 そんなロッカに気づかないまま、トリスは膝を抱えて座り込みんで。


「あーあ、さん大丈夫かなぁ…」


 木枠の窓の向こうに広がる青い空に、憂鬱そうに溜息を吐くのだった。

















「――…ん」

 眩しい光が、瞼に触れた。
 潮風に柔らかく揺れるカーテンの向こうから降る光の明るさに、深く沈んだ意識は浮上。 それでもまだ眠気が残るのか開こうとするあたしの瞼は重く、震えながらゆるりと持ち上がる。
 目は、見慣れた天井をまず一番に目にする。
 長い年月の経過を思わせる少々古めかしくなった板張りの天井はルウの家の物と似ているけれど、嗅ぎ慣れた潮の匂いに、深森ではなくどこまでも続く青い海が頭の中に思い浮かんだ。
 ぼんやりとにじんでいた視界は焦点が合うことで、次第に天井の木目も精確に認識し始める。

「…帰ってきたんだ」

 懐かしさを感じてしまう木製の天井を見ているうち、ようやく全てを思い出した。
 無意識に出てきた呟きに久しぶりに自分の声を聞いたような気がする―――しかし、目覚めてから初めて吸い込む酸素が体内を廻る感覚も一緒に思い出したその途端に、体が軋むように悲鳴をあげたことには驚いた。

「いっっ…!!?」

 それはもう、心から驚いた。
 手に、足に、筋肉に、打ち身や切傷特有の痛覚があたしの全身を容赦なく苛んで、ぎしりと強張る体は起き上がることに失敗する。 ただ、哀れなまでに縮こまって、その場に体を丸めることしか出来ない。
 ――なんてことなの。 正直、キツイよこれ。
 心の中で、そんな苦悶の言葉までも出てきてしまう。

(なんで、こんなに痛いわけ?)

 ゆっくりと深呼吸を繰り返すことで責め立ててくる痛みと体内の軋みを抑え込む。
 筋肉痛などそんな類ではない。 これはもしや、なんだかんだで無茶をした報いなのだろうか。

(まあ、あれだけ走り回ったり放り投げられたり叩きつけられたりしたらなぁ…)

 熱を帯びる体を自覚しながら、ぼんやりとそんなことを考える。
 女の子に対する扱いがまるでなっていない男たち(うち、数名は人外(悪魔)と性別不詳(鬼)だったけど)から受けたそれらを悶々と思い返すと、溜息が出た。


「あたしってこんなんばっか…イッ、たたた…」

「――気がついたか」


 すぐ近くから、声が降る。
 聴きなれた声。 そのただ一声だけで傍にいるのは誰なのかと理解し、彼が浮かべている表情までも予想できてしまって、あたしは寝台に突っ伏したまま可笑しそうに言葉を返してやった。

「…おはよう。 なんかさ、特に左腕が痛いのは気のせいかしら?」
「気のせいじゃない。 ばかもの」

 またもや返事が返る。
 うずくまったままそろりと見上げると、ネスが――冷ややかかつ険しい顔で――寝台の側に椅子を置いて座っていた。 読んでいた本を閉じたところを見ると今まで付き添ってくれたようだけども、いつになく険しい端整な顔は、とても看病をしてくれていたようには見えない。
 どっちかというとこれからトドメをさされそうな気がする…あれ、もしかしてピンチ?

「馬鹿って、あのねえ……まあいいか。 何で痛いの?」
「打ち身に捻挫、おまけに熱と左腕の骨にヒビときた。 ある程度はアメルやモーリンたちの治療で和らぐだろうが、僕はあえてそれをさせず薬草と薬液の治療だけをした……何故だか分かるか?」

 ひびがある。 という事実だけでも「マジでかァァ」と叫びたい気分だったのだけれど、出来の悪い教え子に聞かせる厳しい教師を思わせる、ネスのとんでもなく冷ややかな眼差しに降参し、ぶんぶんと首を横に振った。 (せんせい、ぜんぜんわかりませんのですが…!)

 首を横にふるあたしに、ネスの顔が余計険しくなる。

「君は一度、痛みに苦しんで反省をするべきだ。
 君の頭は無理・無茶・無謀という単語しか登録されていないようだからな」

ほんとに看病じゃなくてとどめを刺しに来たのかコイツわ…!

 っていうか、そこまで言うか。
 恨みがましい目で睨んでやれば、涼しい顔をしたネスが椅子から立ち上がり、あたしの額に手を伸ばしてくる。

 一瞬、キュラーを思い出して身を引きそうになる。
けれどそれをどうにか堪えて動かずそれを受け入れた。 するとあたしのものより大きな手が額をすっぽりと覆って、体温の低い手の冷たさと心地よさに思わず目を伏せた――ああ、キュラーのものよりもなんて優しい触れ方なんだろう。 どうやらキュラーはあたしの中で相当なトラウマになってしまったようだ。

「…冷たい」
「我慢しろ――熱も少し下がったみたいだな」

 ネスはやれやれと肩を竦めて、手を退いた。
 そこにはもう怒っている気配はなく、”それほど高い熱でもなくて良かったな”と椅子に腰を下ろした。 安心したように息を吐く姿はなかなか珍しい。
 ”っていうか、お風呂場であんな格好のままなんやかんやしてたら風邪くらいはひくわなぁ…”などと自分が置かれていた状況を思い出して、苦笑いが浮かびかけるも。




”―――貴女が何者であるか”




 唐突に蘇る。

 頭の中で響く男の声と、押さえつける強い力と、裸の肌を這う冷たい手。
 愉快そうに歪む口元。
 それはあの悲惨な夜の中で、どれだけ不気味で、不愉快だったことか。


 けれどそんなものよりも。

 自分が自分ではないのだと言わんばかりの、【問いかけ】の意味が、怖かった。



(―――ああ、嫌になる)

 何者であるかだなんて言っても、あたしは”あたし”でしかないのだ。
 そんなものをどう答えろというか。 どんな答え方をすればあの男が満足できるのか、逆にこっちが聞きたいくらいだ。 質問を忘れようとしても忘れられず、頭を振っても振り払うことも出来ず、あたしの中の不快値はますます上昇するばかり。
 さらにはキュラーの問いかけはぐるぐると回っては繰り返されて、あまりの鬱陶しさに自分の顔が歪むのを自覚。 どこまでもついてまわるあの男の声はあたしの中の不快値をこのうえなく押し上げてくれていた――今度会ったら絶対に顎を叩き割ってやろう――そんな決意さえもが浮かぶ。 いい迷惑だよほんとに。

(でも、本当に嫌になるのは…)





”それはとても、興味深い――――…”





 そんな言葉で、怖くて泣きたくなる自分がいることだ。



 あたしは”あたし”でしかない。



 それは充分に分かっている――分かっている、つもりだったのに。



「っ」

 自分が、分からない。
 自分が一体、何なのか。 全然分からない。

 それを思い知らせてくれたキュラーの存在に、肌を這う冷たい手の感触も思い出して背筋がぞっと逆立だった。

 ――鮮明に思い出す。
 濡れた肌に突き刺さる、冷ややかな空気。
 もう二度と動かないのではないかと怖くなってしまうほど、動かないレオルド。 遠く聴こえるリゴールの咆哮。 灯台の小さな蝋燭の灯りの中で不気味に光る、血の色をした赤い瞳―――脳裏に焼け付くように刻まれたそれらに、視界がぐるりと暗転しそうになる。

 いや、実際に、あたしの体は傾いた。

!」

 慌てるネスの声に我に返って、倒れ込みそうになるのをシーツを握り締めることで持ち堪える。
 どくどくと音を響かせる心臓を押さえつけるように胸元の服を掴んだけれど、あまり効果はなかった。


 たくさんの声が、響く。


(―――…声がうるさい)

 誰かの笑い声。
 あたしを眠りに誘う声。
 けれど今度は、他の人の声も。

(…うるさ…)

 頭の中で、何度も声。
 一人の声だけじゃない。 知らない人の声まで。
 それはキュラーの声だったり、トリスの声だったり、やっぱり知らない誰かの声だったり、ここ最近よく聴くようになった誰かの声だったり、とにかく、数え切れないたくさんの声。 たくさんの、誰のものかもわからない声。 それが頭の中を逆流するように溢れては満たしていく。 まるで、知らない情報が詰め込まれていくような…いや、まさにそのもの。

 正直、気が狂いそう。
 受け止めきれないほどの人の声が溢れてくる。
 受け止めきれないほどの記憶が、”あたし”という器に詰め込まれてくる。

 壊れそう。
 自分を見失イソウ。
 声ガ頭ヲ揺サブッテクル。 ガンガント打チ付ケルヨウニ、頭ノ中ニタクサンノ声。 ココハドコアレハ何コレハ誰アナタハ誰アタシハ誰―――追い詰められていく感覚に、堪らず悲鳴がこぼれていた。


「あ、ぁあ…!」

…? っ、しっかりしろ! 僕を見るんだ!」


 異変に気がついたネスが、頭を抱えるあたしの頭を強く抱きしめてくる。
 それでも唇から声がこぼれてしまう。 言葉にならない悲鳴が喉奥から込み上げて、それをどにか飲み下しながら悲鳴が絶叫に変わってしまうことを堪える。
 

――頭が壊れそう。 

 これ以上は無理。 受け入れられない。


(もう止めて――!)


 ただでさえ混乱してるのに、これ以上訳が分からない事はたくさんだというのに。
 本当に勘弁してほしい。

(止めて…止めてよ!)

 振り絞るような制止の願い…それは届いたのだろうか。
 糸がふつりと切れるように、あれだけうるさかったあたしの中は静かになった。
 途端に意識が<現実>という心地よい重みの中に戻ってきて、暴れかけていたあたしを抱きしめてくれたネスの鼓動が届くようになる。

「ぁ―――…っ、はぁっ、はぁっ」
「落ち着け。 ゆっくりと深呼吸をしろ…そうだ…、大丈夫だ…」

 心地よい声。
 あたしを呼んでくれる、声――そこで、部屋で一息を吐いているであろう皆の姿が脳裏に浮かんで――見失いかけていた理性が、ふわりと蘇った。
 思い出せた彼らの笑顔に、飲まれそうになっていた”自分”という意識がゆっくりと形作られていく。

 ゆっくりと背中を撫でる大きな手に、乱れた呼吸のリズムを取り戻す。
 汗は全身に噴出して、体中に疲労感が圧し掛かる。 あまりの疲労の重さに自分の体を支えきれず、そのままネスに持たれかかるように目を伏せれば、ほっと息を吐く彼の呼気が耳に届いた。

 …ああ、何度心配をかけてしまうんだろう。 自分がとても嫌になる。


「…大、丈夫…」
「…」
「ごめん…でも、だれにも、言わないで…」

 無茶な注文ばかりだと思う。
 ネスの顔には、心配してくれている色が深くにじんでいる。
 でもこれは、まだ、知られたくない――こんなにおかしくなってしまった自分を、見て欲しくない。

「おねがい、ネス…」
「だが」

 熱が上がったのか、頭がぼんやりとしてきた。
 消耗したように眠気も込み上げる。 自分の中に抱えきれない、大きくて重くて収まりきらないものが無理やり詰め込まれたような感覚に、直りかけていた熱も心も体の調子も全部ひっくり返されてしまった。
 体調が悪い方向に全力で突っ走ってしまったようだ。
 怪我は痛いわ熱は上がるわまた眠くなってくるわで、最悪だ。

(…そうだ。 話、変えよう)

 眠気に瞼が閉じそうになる。 ネスの表情が分からない。
 でも、あたしの異変に笑顔でいるわけがない。
 困った顔か、怒っているか、悲しそうな顔か、どれかだと思う――そんな顔はして欲しくなかったというのに。

「ネ、ス…」
「何だ」

 思ったよりも弱々しく出てしまった声に”しまった”と内心舌打ちする。
 ネスの心配が余計増したのか、肩を抱く腕の力も強くなった。

「聞きそびれたけど…皆、無事…?」
「無事だ…傷ついただろうが、誰も欠けてない」

 欠けていない。
 その事実に心から安堵する。

「うん、よかった…シャム、ロックは…?」
「大丈夫だ。 今、ファミィ様の元に今回の経緯を報告している。 マグナもトリスも、他の皆も立ち直ってきている――――…だから、君が気に病むことは何もない」

 部屋に響く潮騒の音を遠くに聴きながら、”何もないんだ”と静かに繰り返すネスの言葉にちょっとだけ笑うことが出来た。
 なんて配慮が行き届いた状況説明なのかしら。 ネスらしいよ。

 でも、ちょっと気になることもあった。


(そういえば…ルヴァイドと喋ってたところまでしか記憶がないなぁ…)


 熱に浮かされたまま、ふと思い出す。
 井戸の中に響く彼の声と麗しい横顔を最後に、記憶がぶっつりと途切れている。 慌てて記憶の糸を手繰っても、出てくるものは水を飲むルヴァイドの色気だけ。(何このメモリアル…!) 
 あの休憩の後、あそこからどうやって皆と合流したかファナンに戻ってきたか、全然わからない。

 シャムロックはルヴァイドたちのことを皆に言ったのだろうか。
 どうなんだろう。 ただ、あのときはもう、すごく眠くて眠くて仕方がなくて、今後や他の事に全然頭が回っていなかった。

 落ち着いてきたあたしの脈を図ったり、てきぱきと検診をするネスの横顔を盗み見る。
 そこにはいつものネスしかいない。 あたしが無茶をしたのだという事実に怒っていただけのようで、ルヴァイドのこともゼルフィルドのことも何も聞いてこない。

(シャムロック、黙っててくれたのかな…)

 でも、今のあたしにはルヴァイドたちのことを秘密にする必要はない。
 言ってしまおうか黙っておくべきなのか判断しかね、脈を図り終えたネスをぼんやりと見つめていれば、ネスがあたしを見て―――不意に視線をそらす。

「…ネス?」
「…もう少し寝ていたほうがいい。 誰も入らないように言っておくから、休んでいてくれ」
「ん…ありがと…」

 寝台に横にされて、柔らかなシーツの感触にあたしの意識が一気に落ち込む。
 次第に、感覚も遠くなる。
 温かいのか。 冷たいのか。 柔らかいのか。 固いのか…そんな全てが、遠くなる。

「ネス…ごめんね…」



 そうしてまた、あたしの意識が闇に呑まれた。













 ――ゆるりと広がっていく寝息に、正直、安堵したと言っていいだろう。
 風邪をひかないように布団を肩まで引き上げて、枕に顔を埋めて深く眠り込んでしまった少女の横顔を眺めるネスティの唇から、そう言わんばかりの安堵の溜息がこぼれた。
 あんなに苦しむくらいなら、意識を手放してくれたほうがよっぽどマシだった。

(だが、進行が酷いな…)

 細い手首を掴むと、常温よりも高い熱とほんの少し急くように打たれる脈を知る。
 眠りの深さも、長さも増している。 何が彼女の身に起きているのか理解出来ないが、それでも”追い詰められているのではないか”などという……そんな焦りが胸に浮かぶ。
 しかし自分は、が何に追い詰められてるのかそれすらも分からない。


「…だが、僕は――君を守ると誓った」


 それは勝手に。

 彼女にではなく、自分に誓った。

 失ってたまるものかと、確かに決意した。


 込み上げてくる感情に、自然と、の手を握り締める力がこもる。
 しかしそれはすぐに緩み――両手で包み込むように握り直して、祈るように、熱を持った細い手を自分の額を押し付けた。

 愛しいほどの、その温もりがとても心地よい――。





”――――ねえ、手をつないでみる?”





 ふと、自分の中で誰かが笑った気がした。

(…何だ、今のは…)

 誰が笑ったのかわからない。
 けれどその笑い声と同時に、何故か、見たこともない空の色が脳裏に浮かんだ。
 青い空でも、赤い夕焼けでも、濃紺の夜でもない。 それはトライドラが落ちた時に見た、いつかの炎の煙に覆われた空にとてもよく似ていた――つまり、戦の空で――自分は戦を経験したことがないというのに何故、その空を知っているのだろう。

(これは、…融機人の記憶の一部か?)

 ノイズがかかったように眼鏡の向こうの視界が濁る。
 思わず目をこすってノイズを拭おうにも、ノイズは頭の中にまで侵入。 耳障りな音をたててほんのわずかな映像を――ネスティが見たこともない空を見せた。
 ぞっとする空の色だ。
 白いはずの雲は穢れのないその色を見事失い、下界から立ち昇る煙の黒に染まりきっている。 多くの負情に毒された空。 なんて禍々しい。

(――これは、いつの時代の空だ)

  見たこともない景色が見えることは、ネスティにはそれほど驚く物ではなかった。
 ネスティの種族…融機人は先祖の記憶を受け継いで生きる一族だ。
 体に流れる血液や、機械が混ざった肉片に代々の記憶を継承される。 それ故に膨大な知識を失わないままでいられる。 だからこそ融機人は高い魔力を持ち、リィンバウムには少ない機界の知識や機界ならではの難解な問いを組み立てては答えられる頭脳を持ち得ている…それ故に、希少な種族として大きな組織から狙われ、実験体にされる末路を遂げることもある種族でもあったが。

 ならばこそ、これはネスティの体内に流れる融機人の血が見せる、記憶と言う名の一瞬の幻。
 だがこれは――。


 そのとき、コツと何かが窓を叩いた。
 俯いていた顔を上げると、凛々しい翼を持った鳶色の鷲が一対の瞳でネスティを見つめている。 珍しいことに左右の瞳の色が一致せず、野生の鷲が持たない知的な空気を持っていた。

 だがそれの出現により、幻はもう見えなくなっていた。
 頭を振って夢現な感覚を振り払い、すぐさま立ち上がって窓を開けて鷲を迎え入れると、身軽な動きでそれはネスティの腕に掴り左足に括りつけられている文を見せ付けた。
 それは伝達用に訓練された鳥だった。
 だが【蒼の派閥】関係ではなく、マグナもトリスも、さえも知らない密かな繋がりを持つ者からの文を運ぶ鳥だ。 の様子を横目に見やりながら文を開き、手紙にさっと目を通す。


”これからは伝達用に、定期的にこの鳥を送る。
 彼女に関してのみ、こちらも何も隠さない。 お前もそうあってくれ。”


 几帳面な文字でつづられた文面に、苦笑いが込み上げた。
 隠すものか。 彼女が彼女であるならば、何だってこの知識をくれてやる――。

「…ん?」

 最後のページに、気になる言葉がつづられていた。
 これはこれから密かに通じていく相手から、警告だった。



”最後に警告をする。


 ――彼女に、銀色の髪の吟遊詩人を近づけさせるな――”



「…――吟遊詩人…?」

 しかも銀色の髪を持った吟遊詩人とはずいぶん特徴的だ。
 自分たちの周りでそれに該当する人物は…。



「…いる」



 どうにか言葉が出てきたものの、それは掠れたものだった。
 しかしそれほどまでに衝撃だったのだ。
 何故なら彼はマグナやトリスだけでなく、とも、他の仲間たちとも充分に親しく、話をしている人間だったからだ…穏やかな微笑を浮かべ、歌を紡いでは彼らを喜ばせていた。


「まさか」


「…おやおや、何を驚いているのですか?」


 ――穏やかな声が、ネスティの鼓膜を優しく撫でた。
 それを何とも思わなかったというのに、今ではその声を聴いただけで悪寒めいたものが背に走り、背中全体に嫌な汗がぶわりと浮かぶのを自覚。
 部屋の入り口を振り返ると、美しい銀色の髪が視界に映る。

「…あなたは」
「こんにちは。 さんが体調を崩されたということで、お見舞いにと思いまして」

 長く美しい銀色の髪は、開いた窓から滑り込んでくる風を受けて優しく揺れている。
 神秘的なまでに整った相貌はいつものように穏やかな微笑をたたえ、全てを知る賢者を思わせる薄い紫の瞳はまっすぐに、驚きと警戒を隠せないネスティを見据えていた。

 …鍵はかけておいたはずだ。
 仲間たちにも、今の不安定なとは誰も会ってはいけないと強く言い聞かせたから、彼が仲間の誰かに声をかけてこの部屋に向かったならば止められていたはずだろう。 また、その声もこちらまで届いていたはずだ。

 それがなかったということは、彼は、誰にも知られずこの家と部屋に踏み入れたことになる――なんて都合の良いタイミングで現れるのだろうと、穏やかな笑みが憎々しい。

 しかしレイム自身が、都合の良いタイミングで現れたことを説明してくれた。


「いえね。 イオスが何者かに手紙を送ったという報告を聞きましたので、様子見も兼ねてさんのお見舞いをと思ったところ…なんと、受け取り主がネスティさんだったとは」


 子供の可愛い悪戯の種を解くように、細い人差し指がネスティを指す。
 それを無視しての寝台の前に進み、眠り続ける少女を庇うように立ってレイムを睨みつけると”おやおや”と可笑しそうにレイムは笑った。
 どうやら、ネスティの様子から彼がレイムを敵だということを知って、一人でもを守ろうと立った姿が愉快だったようだ。

「他人と関わりを持たなかった貴方が、随分と熱心なご様子ですね」
「…彼女に近づくな」
「それは無理な相談というものです。 ネスティ・ライル」

 さらりと告げられた古き家名に、ネスティの顔にさらなる緊張が走る。
 銀色の髪を揺らして一歩、一歩と近づいてくる吟遊詩人の瞳の、静かな…けれど圧倒的な威圧を持った眼差しに足が竦み、身動きが取れなくなる。

「私は彼女を自分の物にするつもりなのですから」
「!」
「世界にも、貴方達にも、誰にも――彼女の魂の一欠けらも分け与えるつもりはない」

 レイムの、線の細い体が紫色の光を帯び始める。
 火の粉のように煌く粒子を躍らせながらネスティへと歩み寄るそれに術の気配を感じ取ると、ネスティもサモナイト石を片手に握り締めた。
 機界の者を呼び出そうとする意志に応えて鈍色のそれは鋼の光の輝きを浮かべるが、レイムは穏やかな笑みを絶やさない。

「私に刃向かうおつもりですか」
「…我が英知によりて、古の扉を開かん…」
「無駄なことを」

 レイムの呟きに、ネスティの体を覆う鋼の光は掻き消えた。
 術を無効化された訳ではない――ただ、巨大な刃がこちらに向けられたせいだ。 それは抵抗を許さず、構わず術を行使しようというのなら次の瞬間にネスティの体を寸断しようという殺意を持って浮かんでいた。

 ――サプレスの呪われた武器の集まり、ダークブリンガーだ。


「貴方はそこで見ていなさい」

 優しく、穏やかなはずの瞳の中に底冷えするほど冷ややかな光が浮かぶのを、見る。
 強い魔力で押さえつけられたように言葉に逆らえなくなった自分に悔しげに歯噛みすれば、レイムがの眠る寝台へと腰掛けた。
 シーツに散らばる髪を撫で、とっておきの好物を目の前にしたかのように舌なめずりをするその様は、美しい相貌なだけにぞくりとするほど妖艶なものを醸し出している。


「相変わらず、強く、美しい輝きの魂ですね」


 するりと、白い指先が少女の頬を撫でる。
 熱にうなされて汗ばんだ肌の滑りにレイムはよりいっそう笑みを深め、衣服の胸元を緩めて現れた白い肌に、一つ、唇を落とした。
 小さく触れた唇の冷ややかさに、の瞼がふるりと震える。

「ん…」
「自分の力に振り回されて体を壊してしまったのですね。 さぞ、辛いでしょうに…」

「貴様…!」

 禍々しい力を放つ槍と大剣の刃に挟まれているにも関わらず今にも噛みつきそうなネスティにくつくつと笑い、愉快気な眼差しでネスティを見やる。


「彼女の力と魂が目的なのですけれど…貴方の目の前で彼女を抱いても楽しそうだ」


 冗談ではない本気ともとれる楽しそうな呟きに、ネスティの頭にカッと血が昇った。

 ――この男はネスティの感情も、願望も全て見抜いている。
 それを見抜いた上で、目の前で恋しい少女が抱かれる光景をどんな顔で見るのか想像して、とても愉快そうに笑っている。



 まさに、悪魔のような男。



「そんなことをしてみろ…例え、この身が裂かれても」




 ――お前を、殺す。

 かつてない負の感情を持ってそれを告げる寸前、異変が起こった。




「?!」

 室内が大きく揺れた。 いや、とても重い何かが、モーリン道場の庭先に落ちてきた。
 それは一つだけでなく三つほど。 間を置かずに轟音が鳴り響く中で、家に住む仲間たちの悲鳴も聞こえてくる。 特にレシィの甲高い悲鳴が一際目立ったが、次には制止の声に切り替わる。

「ちょ、わ、ま、待ってください! 今、ご主人様は…」
「相変わらずうるせぇ羊だな。 食われたくなかったら隅っこで泣いてろ」
「そ、そんなー!」

 ネスティにも聞き覚えのある声だ。
 あの柄の悪い喋り方やレシィの涙ながらの制止を物ともしない強引さは、猛禽類めいた瞳を持つあの男を思い出させる―――。


「わーん! そこだけはダメですー!」


 レシィの悲鳴と共に、部屋の扉が蹴破られた。
 頑丈に作られていない扉は開くだけでなく金具ごとはずれ、ギイギイと苦しげな音をたてながら不自然な形で歪んでしまった。
 レイムは新たに現れた人物の姿に驚くこともなかったが、新たに現れた男はレイムの顔を見て不機嫌そうに眉を吊り上げた。 決して健康的ではない白い顔に、獰猛な光を浮かべる緋色の瞳の存在は強烈なまでに鮮やかだ。




「…手前か。 カノンが世話になったヤローは」




 潮騒が届く室内に、殺意を込めた男の低い声が響き渡った。









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あとがき
オギャアアアァァ…!またもや数ヶ月ぶり…!
色んな意味で怒涛の展開ですが(苦い笑いを浮かべながら)、ようやく彼らも到着です!
ゲーム中だとレイムの正体ももっと後で知るんですけどね…修正前はこんな展開で進んでました。何でだ。

双子も胴衣とか着て稽古するミニゲームがあったら最高だと思いました。
リューグは断然黒色胴衣だと思うのですがハアハアハアー!(落ち着いてください)

2007.7.9