――瞼をそっと持ち上げれば、一人、暗闇の中にいるということを理解した。
 この暗闇はもう何度も経験済みだけれども、小刻みに震えている自分の身体に気がついて、”いつもとちがうなぁ”と自らの身体を自らの腕で抱き締めながら蹲るようにしゃがみこむ。


(…さむい)


 とても。
 とても寒い。
 寒くてたまらない。
 どうしてここは、こんなに寒いのだろう。
 足の指先の感覚が失せていく。
 手の指先の感覚も失せていく。
 こんなにも寒いと感じているのに、吐き出す吐息は無色のままだ。
 凍えているのは錯覚ではないのかと疑ってみても、考えた端からその思考はじわりと崩れていく。


(…あたしはどうして、ここにいるんだろう)


 鈍く働く思考が重くて、考えることが酷く億劫になる。
 この目には自分以外の誰かの姿が映ることもないけれど、何も考えたくなくて、何も見たくなくなって目を伏せてしまえば、自分の身体が見えなくなるほどの暗闇に落ちた。
 なんて心地よい闇か。
 それにすっかり安堵していれば、とても安らかな眠気がゆっくりと忍び寄ってあたしを包み込んでいくのがわかる…自然と身体が傾いて、暗闇にどさりと横たわれば、眠気は喜んでその腕を伸ばしてきた。


(…ねむい)


 意識が、溶けていく。
 それを自覚すれば、考えることも身を動かすことも出来ないほどの、どろりと溶けた泥のような重みがあたしの上にずっしりと乗っかって、”そのまま眠れ”と優しく囁いてくる。 誰の声だろう。 それを考えても思考はまともに働いてくれないのに、そんなあたしを叱咤するように”眠ってはいけない”と奥底で何かが批判してきた。 あぁもう、うるさいなぁ。 寝させてよ。

(…ねむい…)

 意識が、深く深く沈んでいく。
 けれど何故か、眠ることを拒む声に従わなくてはいけないような気がして来て、嫌々ながらもその言葉に従いせめて瞼だけでも持ち上げようと試みるが、結局、動かすことも出来ずに終わってしまった。
 あー、だめ。 無理。 眠すぎ。 起きれない。 身体が動かない。


(…ねむい)



ああ もう 眠ってもいいんじゃないだろうか





その声は 誰にも拾われることなく溶けていく








第74夜 -2-








 世界から音が消えたと錯覚をしてしまう瞬間を感じたことがあるだろうか?





(――――、何だ)

 唐突に訪れた無音の世界に、キュラーの細い眉は無意識に寄せられた。
 物事を常に冷静に捉えて対処する彼らしくなく、これもまた無意識に、低く呻くような声が喉の奥から零れていく。 その声にはどこか狼狽にも似た響きが混じっていることに気付いて内心舌を打ちつつ、組み敷いて自由を奪っている少女の身体の戒めを解かぬままわずかに視線を上げ、天井と、自分の周りの気配を様子見る……周りは、いつの間にかしんと静まり返っていた。

 なんという、静けさだろう。
 先ほどまでは脅えるようにか細く紡がれていた、解放を訴える懇願の声は今や完全に途切れ、それだけでなく、木々の小さなざわめきも、風に揺られる窓ガラスの軋みさえ掻き消えてしまっている。

(何が、起こった)

 不気味ささえも感じる静寂に、少女の額を覆っている掌にじわりと汗が浮かんだ。
 音が消え、広い浴室に静寂の波紋を広げていく空間に立ち込める空気の冷ややかさに肌がちりちりと痺れを訴えてくる。 ちりちり。 それは人間が風邪をひく前に感じる、悪寒のようなものだといえばわかりやすいか。

(しかし、どこから)

 この室内は、開いている窓もなければ、激しい風もない。

 なのに、冷たく立ち込めるこの空気は何だ?
 空間を支配する音のない世界は、何だ?
 たとえ何も聴こえなくなったとしても、それは鼓膜が音を捉えていないだけで、完璧なまでの沈黙は有り得ないのだ――けれど、今ここにあるものは? さきほどまでは確かに聴こえていたはずの木々の小さなざわめきはどこだ? 時折強く吹く風に揺らされて響く窓ガラスの軋みはどこへ? ――――今では、全てがぷつりと消え失せてしまっているではないか。

(急に、音がなくなるなど、有り得ない)


 巨大な力に、世界が脅えさえしなければ。


 静かに、深く、深呼吸をしてから顔を上げれば、少し離れた場所ではロレイラルの機械兵士が倒れていた。
 ずいぶんと痛めつけられたのか、鬼を憑依した自分の部下に拘束されたまま微動だにせず沈黙を保ったままだ……この護衛獣が主の危機に何かしたのかと思ったのだが。

(…、違う)

(あの召喚獣では、ない)

 否定する本能は確かに、感じた――空気が、大きく揺れたことを。
 巨大な力に揺さぶられたかのような、大きな揺れ。 一瞬のブレ。 魔力も何もないただの人間がそのブレを感じたのならば、少しばかり強い風が吹いたのだとしか思わない。 そんな、小さな空気の変化。

 だが、キュラーのように魔力を持つ者がそれを直に感じると感覚認識は大きく変化する。

 確かに、風であるならそれでいい。
 風は世界を巡りいく。 どこまでもどこまでも、空気を空へ。 大地へ。 海へ。 戦に燃えて生まれる黒煙さえその場に淀むことなく風に運ばれて失せていく。

 だが、今のは、決して風ではない。
 音を消し、悪寒がするほどまで冷ややかな空気を作り揺るがしたが、窓ガラスを揺るがすことはなかった。 そのことだけで風などという自然現象などではないと言える――それでも”空気が揺れた”と感じたということは、この場にある大気の流れが風ではない何かの影響を受けたということだ。

(大気に影響を与えるのは、風だけではない)

 そう、例えば、揺るがすほどの魔力を流出――――。
 マナと呼ばれる魔力は異質なもので、強力で、濃密であればあるほどに、他界よりもより強い魔力の満ちるリィンバウムに大きな影響を与えるだろう…それならば、今、この室内に降り注ぐ凍りつくようなこの空気の異常さにも説明がつく。

 ごくりと息を呑んだ音が、キュラーの中で大きく響いた。
 …揺るがすほどの力が、自分の、すぐ近くに。 そう遠くはない距離に、力の源があるだなんて……それを考えると恐怖さえも込み上げるが、だが逆にそれを手にして持ち帰ったならば?


(素晴らしい)


 美しい姿を持った主はより強力な魔王へと進化し、自分たちもまたより強い生き物へと変化することが出来る。 この世界を得ることはおろか、何をしても、どうしようとも、誰も自分たちを止めることが出来ない――――その事を考えると、恐怖よりも歓喜に身が震えた。
 こんなに強い輝きを持つ魔力。 捨て置くものなどいるはずがない。


 の中に入ることは一時中断しよう。
 早くこの魔力の流出源を探らなければ見失ってしまう――――大気を揺るがす濃密な魔力は一瞬だけで、今では随分と薄いものとなってしまっていた。 見失うわけにはいかない。

 冷たい空気を肺に吸い込みながら、息を止め、魔力の流れを探る。
 しかし、何も見つからないどころか、誰も、音をたてることがない――自分の体内に響く鼓動が奏でる、生命活動を維持しているのだという証を除いては。

(どこにある)

 キュラーは再び、より集中力を高め、張り詰めた空気を肺に吸い込み目を伏せた。
 五感を研ぎ澄ませ、余計な感情や思惑を捨て、大気を脅かす根を探ろうとその枝を広げていく……そうすれば己の鼓動はより鮮明に体内に響き、鬼を憑依した部下や動かぬ機械兵士の生命力も、手にとるようにじわりと伝わってくる。

(どこだ)


 どこだ


 力の、源



(…何故だ)



 あれだけのものを持ちながら、何故見つからぬ――――?



 もしや、ここにはないのかと諦めにも近いものが胸を過ぎったとき。
 ふと、自分の下にいるを見下ろした。

 あられもない姿のまま組み敷かれて身動きがとれず、それでも戒めを拒むように、震えながらも自分の額を押さえつけている手を退けようと掴み返していた、の細腕…それもまた震えを止めて、完全に沈黙していた。
 伝わる温もりと鼓動ががなければ死んでいるのではないかと思うほどの、静。
 月明かりが晒された肌を照らしているせいで尚更、その肌は死人のような白さを浮かべている。

「…気を、失いましたか?」

 魔力を探る作業を中断し、片手だけで額と目を覆われているその顔を目にしながら、問う。
 意志の強い輝きが宿る双眸はキュラーの手に覆い隠されているので見えない。
 しかし先ほどまで乱れていた呼吸がすっかり収まっていることから、完全に、意識を手放しているようだ。

 再び呼びかけてみても何ら反応がない。

(まあ、これはこれで都合が良い)

 ”手間が省けました”とため息を吐いて、キュラーは改めてに向き直った。
 額を押さえつけている手に自らの力を集め、自分の掌にぼんやりと赤い光が宿るのを確認してから、の姿を血の色にも似た緋色の瞳で見下ろす。
 冷ややかな空気に色を変えてしまった唇からはもう、嗚咽も、悲鳴の一つも出しはしなかった。 ……自分的には、あの、脅えた声がとても甘美なものに聴こえて肌がゾクリと粟立つ感覚を覚えたものだが、意識を手放しているのなら仕方がない。 もともと、抵抗しようという意識は侵入の妨害にもなることがある。 意識のない今は絶好の機会と言えよう。


 ――他人の精神世界に入ることは、その人物の心の奥底まで潜りこむという行為に等しい。
 自分達の目的の一つである<聖女>の奇跡はそれと似たようなもので、しかし大きな差があった。
 <聖女の奇跡>は 他人の手では決して癒す事ができない部分を癒すものだった。
 その力によって<心>が負った傷の記憶に触れ、それを優しく包み込み、<心>が傷ついて膿んだ痛みを癒すのだという……同時に身体の傷も癒してくれるのだから、まさに、”心身ともに癒す”という言葉がぴたりと当てはまるだろう。
 しかし、キュラーは<癒す>という高等なことまでは出来はしない。
 ただ強引に潜り込み、その奥底を覗くことしか出来ない…もともと実体のない存在なので、絶対不可侵である心を土足で踏みにじることだけならば容易いことだ。

 それは、鬼妖界シルターンから召喚した鬼を憑依するにも同じこと。
 憑依をさせれば、鬼は憑依された人間の中で唯一防御することが出来ない心の傷を探し、その絶望や憎しみ、妬みや悲しみといった負の感情を喰らい、己が居座る場所を得る…そうすれば、心に鬼を宿した人間は精神を侵され、やがて、鬼に意識を奪われる。
 ……もともと人間は鬼の欠片を持ち合わせているものだ。
 だからこそ、肉体的にも精神的にも拒否反応を起こすことなく鬼と人間は交わることができる。 だからこそ人間に近い鬼が生まれ、その逆もある。


 ――ビクン、と、の肩が小さく跳ねた。
 深く侵入を試みる異質な力と存在に反応したのだろう。
 キュラーは、彼女の精神の中へじわじわと入っていく感覚に愉悦の笑みを浮かべながらの頬に頬を寄せ、額を押さえつけている片手とは逆の手で、濡れた髪を耳の後ろに掛けてひそりと囁く……それはとても優しく、甘く、睦言を交わす恋人のような艶を帯びていて。

「教えてください。 貴女が、何者なのか」

 それは好奇心でもあり、仕えている主への唯一の疑問であった。
 何故、こんな人間に執着するのかわからない。 力はあるほうかもしれないが、悪魔王と恐れられている彼からすればこの女の魔力などたかが知れている。 比べることすらおこがましい。


 なのに目にとめて、固執するものが一体どこにあるというのか。


(やはり、あの光でしょうか)

 思い当たる点と言えば、それだけだった。
 近距離でその光を浴びたガレアノの口から言わせれば、天使の光と似て異なるものらしいが、異なる…ということは天使ではない。 天使にも見えないし、その力の欠片さえも見られない。
 そこそこの魔力を持った人間というのがキュラーの見解だ。

 しかし主はこだわる。
 時折、(思わず目を覆いたくなるほど)過剰なまでの接触をしていたりするが、”傷をつけるな”と命令が降りている。 何故?…それを問うても、彼の形の良い唇と美しい声は答えを紡がぬ。


 ならば、自らが探りをいれるしかない。

 主を滅ぼす存在である可能性があるのなら、それを阻止しなければ


 自分の意識が少女の中へと移っていくことを確かに感じ取りながら、身動き一つせぬその顔を見つめ、そのまま瞼を伏せる。
 そうすれば、伏せた闇よりも、より濃密な暗闇がキュラーの視界に広がった。
 それは、見渡す限り全てが濃密な闇。 自分の姿を見下ろすことしか出来ないほどの闇。
 他に何も存在せず、音もなく、灯りの一つも見えない、真の暗闇――――。


(…深い、ですね)


 見回した闇の深さに違和感を覚えながら、そう思う。

 の中には、感情の色が、ない。
 それどころか、様々なものが溶けて、溶けすぎて、黒という色以外を得られなくなってしまった絵の具のような、そんな世界。 …あれだけ感情の起伏が激しい人間だというのに、その心は何故、こんなにも混沌として色を失ってしまっているのだ――――。



”   ”



 声。
 その方向に素早く視線を巡らせても、何者の姿も捉えることはない。

(……誰ですか)

 問う。
 しかし、何も返って来ない。
 ただ、音も、光も、色も、何もない暗闇だけが広がって――そして、笑い声が返る。
 笑い声。 嗤い声。 それに首を傾げ、キュラーは闇広がる空を見上げた。

 闇に、くすくすと、嘲笑の響きを込めた嗤い声が響く。
 それに不愉快そうに顔を歪めながら暗闇を睨みつけてたとしても、相手の姿を視界に捉えることが出来ずどこを見ればいいのかもわからない。
 やがて声がぴたりと止むと、ようやく言葉らしい言葉がキュラーの鼓膜に伝わった。


”あたしのこと、知りたい?”


 しかし次には、ただ、女の嗤い声だけが暗闇に幾重にも響いて満ちていく。
 それは、いくつも。 いくつもいくつもいくつもいくつも――――五月蝿いまでに、呼応するように、響いて満ちる。 下手すればビーニャよりも酷い。 気が狂いそうになるまでの反響音にキュラーの面に不快の色が濃く滲み出てゆく。


(教えて頂けるならば)


”でも駄目”


 そこで一度また嗤って、次に出た言葉は溢れるように紡がれた。
 それは澄んだ泉から水が湧き出るかのように…ではなく。
 濁って、淀み、どろりと、汚らしく湧き出る汚泥のように――言葉と声だけだというのに、そんなものを連想させてしまうほどの醜悪さ。
 それをいくつも、紡いでゆく。

”ダメダメ、全然ダメ”
”話にならない”
”アナタごときがあたしを知ろうだなんて”
”たかだか数百年生きた悪魔”
”知ろうとするのもおこがましい”
”下っ端悪魔に用はない”
”大悪魔にも用はない”
”何者にも用はない”
”あたしはあたし”
”それ以外の何者でもない”
”でもアナタのおかげ”
”アナタが無理矢理暴いてくれから あたしはこうしてここにいる”
”暴いてくれてありがとう”
”あいつは深く眠っちゃった”
”あいつ、邪魔”
”あいつを護る、あの女も邪魔”
”邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔”
”でも オマエモ”



”オマエモ邪魔ダヨ”



 最後は凍えるような冷たさを持って放たれた、次の瞬間。

(っ?!?!)

 キュラーの足元の暗闇がいくつもの触手を伸ばして長い足を掴んだ。
 ぎゅるり、と音を立てながら触手が足を、手を、首に巻きついて、突然の拘束に息を呑む間もなく足元が沈み、そのまま暗闇の中へと押し込もうとするかのように引きずり込んでいく。 振り解こうにもぎちぎちと音をたてるだけで、抵抗しようとするキュラーの身体を強く締め付けるだけで、苦痛の呻きが薄い唇から吐き出された。

(ぐぁっ…!)

”オマエ 邪魔”

 それは、死刑宣告にも似た恐ろしさを見せていた。
 いまだかつてないほどまでに感じた恐怖から引きつった声を零しながら、どうにか残っている冷静な思考で現実世界へ浮上しようと魔力を駆使し、半ば眠りにも落ちかけている己の本体を叩き起こすべくギリリッと唇を噛み締めた。 唇に血が滲み、口の端を伝い落ちると、急速に暗闇が遠ざかっていく。
 早く。 早く、この世界から逃げなくては。

(この人間だったのか…!)

 大気を揺るがす、魔力の根源。
 一瞬だけしか溢れなかったそれは、本当に一瞬だけしか零れなかったのだ。 キュラーがようやく探索を始めても、それは既にの中に隠れてしまったのだろう。 だからこそ、気付かない。 <>という人間の身体の中には、こんなにも、淀んで、濁って、恐ろしい力があったなんて、誰が思うか。
 ガレアノと共に見た光やガレアノが受けた光とは全く異なるのが疑問だったが、けれど、こんな魔力を持った存在などが、人間の器の中に存在して良いのか。 魔王でも、神でも、エルゴでもない、<人間>が。
 この魂は、<エルゴの王>の再来か――――?!

(違う。 王はすでに、再来しているではないか!)

 恐怖に混乱している頭に叱咤をくれて、キュラーは唇を噛み締めた。
 主とガレアノたちは<エルゴの王>がいるとされる場所に向かった。 その時<誓約者>の姿はなかったが、その力の名残りから確実に存在していると物語っていた。 ならばこれ以上は再来などない。 同種の魂は同じ世界に存在しない。


 唐突に、身体が重くなった。
 捕らえられたのかとヒヤリとしたが、暗闇は晴れ、視界の隅に月明かりの眩しさが差し、石床の感触が足に触れ、そこで現実世界に戻ったのだと理解した。
 眼前には、額を抑えられ、組み敷かれたままのの姿があってそこで初めて心の底から安堵のため息を吐く――――どうにか、逃げることが、出来た…?


「…逃がさない」


 額を抑えられたの唇が、醜悪さにニタァと歪んだ。
 それに身を強張らせれば女の手が握りつぶさんばかりに強くキュラーの手を掴み、くすくすと嗤い声を零す……何と、嫌な響きを混ぜた笑い声なのだろうか。 聞いて、不快感と恐怖感に背筋が逆立つ嘲笑など、そうそうできるものではない。

「っく」

 女の力とは思えない怪力に、キュラーの手が痺れていく。
 ぎちぎちと震え、押さえつけていた手が離れ、ようやく、の双眸を目にした。 生命力に溢れていた瞳は不気味なまでに爛々と輝き、まったく異なる存在なのだと告げている。

(呑みこまれる)

 本能が、警鐘を鳴らす。
 激しく、何度も、鐘を叩く……しかし逃れられたとしても、この異質な存在を引きずり出してしまった自分をレイムが許すだろうか。 その前にレイムはこの存在を知っているのか。 <の中に眠る魂>を起こそうとしていることは知っていたが、まさか、この存在のことなのか……そこまで考えてすぐ、”それは違う”と否定した。
 そうであればもっと早く、それを実行できたはずなのだ。
 キュラーが侵入をしただけでこうなのだから、もっと前に、レイムが接触をしたときにでも起こしていれば、こんなにも簡単に起こすことが出きて――――あぁ、だめだ。 爛々と輝く瞳に魅せられて。 天使と悪魔の好物である魂の輝きの強さに、抵抗力が薄れていく。


(呑みこまれる)


 警鐘だった危機が確証へと変化したそのとき。





「手を離せ」





聞き覚えのある、低い、声。




それが背後から降ると、キュラーの横面に鋭い衝撃が叩き込まれた。











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2005.11.5