第74夜 -1-






 何が起こったのだろう。

 手の中にある、完全に沈黙してしまった無線機を握り締めたまま唐突に訪れた暗闇の世界の中で、あたしの頭はそれだけの言葉を思い浮かべていた。
 そう、一体何が? 何故、あたしはいきなり、こんな暗闇の中に放り込まれて――――。

(と、とにかく、タオル・・)

 ばしゃん、と水音をたてて、レオルドの身体に手をつけたままもう片方の手で探す。
 確か、すぐ近くに置いていたはず・・・あった。 探る手が柔らかな布の感触を確かに掴むと手繰り寄せ、暗闇に慣れていない目でもたもたと自分の身体に巻きつけて、落ちないようにしっかりと布の端を身体に挟み込む。
 よしオーケー。 これで”いきなり全力疾走”というとんでもない事態でも充分対応できるはず。

「れ、レオルド・・どこ?」
「オ側ニオリマス、あるじ殿」

 レオルドの声とあたしの手が触れている硬い感触と冷たさにホッと安堵しながらも、それでもあたしの表情は曇ったままだ。 ようやく暗闇に慣れてきた目が辺りを見回しても、窓から差し込む月明かりの頼りない光はあたし達のいる場所まで明るく照らしてはくれなかった。
 今、この室内は薄暗い。
 この部屋が光に満ちていたのは部屋のあちらこちらに設置されていた十本の蝋燭のおかげだった。 電気もそれほど普及されていないこのリィンバウムではそれが広く使われている光源だったが、それが全て、しかも一気に消えたとなると、異常事態でしか在り得ない――おそらく、故意に、消されてしまったのだ。 こちらの視界を奪うために。

「ね、レオルドは見えるよね? ・・誰か、側にいるかわかる?」
「ハイ、暗視装置ガ部屋一帯ヲ正常ニ映シテイマス。 せんさーニモ、自分タチニ接近シテイル影ハ今ノトコロアリマセン」

 ”今のところ”という言葉に空気が張り詰めたものを感じながらも、ぼんやりとした暗闇の中でレオルドの腕にしがみつきながらそろりと湯船から抜け出した。 冷たい地面の上に立つと、ぺたっという音が素足の裏で小さく響く。
 響く足音は居場所を知られて不利になるのではと気付き、カゴはどこに置いたっけ? と考えてからすぐにその考えを捨て去った。 服を着替えてる場合でもない。

「異常事態発生デス」
「まさしくその通り。 ってことでマグナたちと合流しましょ」


「――――そういうわけには行きません」


 唐突に言葉を否定したのはレオルドの声ではなかった。
 聞き覚えのある声にぎくりと身体を強張らせれば、「あるじ殿!」と警告のように発せられた声とともにレオルドの腕に突き飛ばされて、その直後にガキィンッ! と響く鋭い金属音を耳にしながらも強い力に、あたしの身体はあっけなく吹き飛ばされて冷たい浴室の床に身を打って転がり、端の壁に肩をぶつけてその衝撃に脳が揺さぶられたような眩暈を起こす。

 くらくらする。
 一瞬、自分が何故冷たい床に転がっているのかすらわからなくなってしまったが、零れた呻きと身体の痛みが現実に引き戻してくれた。

「っ・・」

 次いで、ゴゥンッ! と鐘を突くような低い音が鼓膜を打った。
 何かが倒れるような音・・・・それに無理矢理意識を引き戻し顔を上げて、レオルドがどうなったかを確認しようとしてもこの深い暗闇の中、あたしの瞳はレオルドの姿を映さない。
 レオルド――――名前を呟こうと息を吸い込めば、身体の痛みに呼吸が途切れ、言葉も途切れる。 あぁ、痛がってる場合じゃないのに。 レオルドが、危ない。

「レオルド・・」

 か細く零れた声でも、レオルドの聴覚ならいつでも聞き取ってくれたのに。
返事は、沈黙として帰ってくる。
とても、とても嫌な予感があたしの中を埋め尽くす――――。

「っく・・」

 震える腕で身を起こし、壁に手を付き、ふらつきながらもどうにか立ち上がった。
 先ほど聞いたあの音は、硬い何かを殴りつけるような音・・・・硬い何か。 それは多分、レオルドの機体だ。 あたしを突き飛ばしたのも、襲い来る敵から守るために。
 顔を上げ、暗闇だけが空間を占めている前方をキッと睨み、壁を使って身を弾くように勢いをつけてあたしは駆けた。 ぺたぺたと何とも間抜けな足音がするがそんなものを気にしている場合じゃない。 レオルドの姿を探してもやはり、暗闇に隠されて見えない・・・あぁもうあたしって意外と鳥目なのかしら。 いい加減慣れてほしいのに。

「レオルド! 返事して」
「あぁ、様。 それ以上は近寄ってはいけません」

 柔らかな、甘い女の声。
 悪戯盛りの子供をそっと諌(いさ)めるような、そんな優しい女の声があたしの耳元で囁かれて、暗闇の中からぬうっと唐突に現れたメイドの白い手があたしの身体を抱きすくめ、貼り付けたような笑顔を寄せると、あたしの頬に口付けを落す――信じられないほどまでの、冷たく、硬い、唇の感触。

「ひっ・・・」
「それ以上近づかれますと危険ですわ・・・お怪我をなされます」

 恐怖に我を忘れて振り解こうにも、恐ろしいほどまでの力がそれを押さえつけてきた。
 レオルドレオルド――何度呼んでもレオルドの声が聴こえない。
 優しく身体を這う手に声にならない悲鳴があたしの胸中に幾重にも響き、意識が遠のいていくように頭の中が白くなっていく・・・・。

「ああ、様が脅えていらっしゃるわ・・・明かりを灯して差し上げて」

 哀れむようなメイドの声に呼応するかのように、柔らかな光がいくつも浮かび上がる。
 ぽつり、ぽつりと、先ほどまで入浴を楽しんでいたときのあの明かりと全く同じ、優しい灯り。 蝋燭の炎は室内に満ちた暗闇を跳ね除け、室内が見渡せるほどまでの照明が生まれて、ようやく明るくなった室内で見た光景に、一瞬、呼吸をすることも忘れた。

 目の前には、微笑みを貼り付けたまま大きな鈍器を握り締めているメイドが二人佇んで。
その傍らに崩れ落ちているのは。


 頭部を大きく損傷して、小さな火花を散らして動かぬレオルドの姿が――。


「れ、レ、オ・・・・レオルドっ!」

「大丈夫ですよ、人間ならば頭を砕かれては死亡するでしょうが機械兵士は死にません」


 先ほどの、あたしの言葉を否定した男の声。
 その声に引き寄せられるかのように振り向けば、その身長の高さ故か、明るく照らされた室内に不気味なまでの濃い影を落しているのが見えた・・・そして、蝋燭の炎に照らされたその顔も。
 こめかみに黒髪を垂らしながらも額にかかる髪を全て後ろに撫で上げて高い鼻梁をより涼やかにし、細い眉から神経質そうな色を浮かべた顔を持つ、肌の青白い男だった。
 彼の顎を覆っているものは恐らく彼の衣類の一部なのだろうがどう見ても顎の防具か顎を矯正しているようにしか見えないので、こっそり「顎シールド」と呼んでやろうと決意しつつ、記憶にあるその姿を睨みつけるように見返してやれば、男は愉快そうに低く、笑い声を零す。

「クックック・・・そう睨まずとも良いではないですか。 ただ少しの間、動けなくなっているだけでしょう」
「それでもうちのレオルドを傷モノにしてくれたんだから、この借りは高くつくわよ・・・! あんたの顎を打ち砕いたって返せないんだからねっ
「・・・女性ならばしとやかにあるべきだと思うのですが、何故私の周りの女性はこんな恐ろしいことばかりを口にするのでしょうねぇ・・・・」

 不思議そうに”はて?”と首を傾げても、この男がそんな仕草をしても可愛らしいも何もないのであたしはひたすら睨んでやれば、あたしの様子に白けたように肩を竦め、靴音を響かせながらあたしへ一歩、歩み寄る。
 退いて逃れようとしても後ろから戒
(いまし)めるメイドの力がそれを許さず、一歩、一歩、ゆっくりと近づくキュラーを睨み返すしかなかった。


「貴女とは何度かお逢いしたと思いますが・・・改めて、自己紹介をしましょう」


 あたしの目の前に来ると、カツン、と靴音響かせて、キュラーは優雅に礼を取る。
 紳士が淑女に礼を取るかのように、ゆるりと腕を回して胸に手を当てて頭を垂れ、どこにも欠点などが見当たらないほど慇懃
(いんぎん)な礼をあたしに向けた。
 しばらく間をあけてからゆっくりと顔を上げ、血の色にも似た緋色の双眸をあたしに向けると、皮肉気な笑みを浮かべて名乗る。

「ワタクシは悪鬼使い、キュラー。 とあるお方の命により、貴女がたを捕らえんとする者です」
「・・・・アメルは、あんた達なんかに奪えないわよ。 マグナたちが彼女を守るわ」
「その通り。 ルヴァイド達はまるで役に立ちもしない」

 怒りにカッと身体が熱くなって、まだ自由の利く足を振り上げる。
 それを見越していたかのようにキュラーの手があたしのふくらはぎをあっさりと掴んだ。 掴まれた部分から彼の、死人のような冷たさが伝わってゾクリと肌が粟立つけれど、それでも呼吸を荒げながらキュラーを睨め付ける。

「そんな格好で足を振り上げるとははしたない」
「うるさい!」
「他人のために怒っている場合ではないのですよ、貴女は」

 呟いて、キュラーはあたしの前に肩膝をつくと、掴んだふくらはぎに一つ、口づけを落とした。
 それにびくっと身体を強張らせれば、愉快そうな、低い、笑い声が足元から響いて。

「自分の今の状況を、思い知った方がいいですよ」
「・・・」
「ワタクシは男の体を得ておりますので、貴女を辱めることも出来る」

 言葉に脅え戒めから逃れようとも、メイドは微笑みを称えて、余計に力を込めるだけだ。
 その間にもキュラーの冷たい手がタオルの上からあたしの横腹をゆっくりと撫で上げて、固く目を瞑って息を呑むあたしの頬にかかる髪を耳の後ろに掛け、露になった耳元に唇を寄せる。 生きている人と同じ吐息を零して、囁くように。

「けれどワタクシはそんなものに興味がなければ、貴女に手を出すことを許されていない」
「・・・?」
「あの方は貴女にこだわる、傷つけることすら許さない。 ・・・だからこそ、ワタクシは貴女に興味が沸いてくるのです」

 そのとき、メイドの身体がゆらりと後ろ傾いて、”へ?”と間の抜けた声が零れた。
 もしかして、いやそんなまさかと思っていても、傾いたメイドの身体はあたしを戒めたまま後ろに向かって垂直に地面に倒れ、囚われたままのあたしはメイドもろとも地面に倒れる形になる・・・・ごつん! と響く音は恐らくメイドが頭を打ったのだろう。
 しかし彼女の口から悲鳴は一つも出てこず、代わりに驚きにあたしの口から悲鳴が飛び出た。 ギャアア! 一体何?!

「ちょ、な、何」
「貴女の正体は、いつまでも伏せられたまま」

 キュラーの緋色の瞳が、メイドもろとも倒れこんだあたしに向けられた。
 彼はゆっくりと膝をつき、覆いかぶさるようにあたしの顔を両脇に両手をついて一言何かを呟くと、あたしを抱き締めていたメイドはそのまま砂になって消えていった。

「え・・・」

 背中に存在していたものが、なくなってしまった。
 強い戒めと存在感の突然の消失に唖然としていれば、キュラーは彼独特の笑い声をくっくと零してあたしの頬をそっと撫でる。

「アレはもう必要ないですからね」
「・・ひ、必要ないって」
「代わりはまだまだたくさんいますので」

 ・・・・・代わり?
 だって、もともとあの人は、この国で生きてた――――。

 彼女が消えたことを伝える床の冷たさが背中にひしひしと伝わって、キュラーの言葉に怒りにも似た感情が爆発して、その頬を打ってやろうと自由になった手を振り上げる。
 しかしそれは、足のときと同様にあっさりと阻まれた。
 もう片方の手を振り上げてもやはり結果は同じで、睨め付けるあたしを見下ろすキュラーはイラついたように顔を歪めるとそのまま、ダンッ! とあたしの両腕を地面に押さえつけた。 叩きつけられた痛みに、身体が弓なりにびくりと仰け反る。

「っぅ・・!」
「感情を昂らせれば昂らせるほど、無駄に貴女の奥底にまで入り込んでしまいますよ」
「な、なに、を」
「”貴女が何者であるか”――それはとても興味深い」

 びく、と身体が恐怖に震えた。
 それは無意識のうちで、震えた自分に驚きを隠せなかった・・・ああけれど、怖い。 とても怖い。 きっとこれから、とても、とても怖いものが。

「やめ、て」
「傷はつけません、恐らく痛みもないでしょう・・・あぁ、ですが、そこまで脅えるとなると貴女は自分が何者であるか理解をしているのですか?」
「――いやだっ、この、変態! 放せ! 放して、触らないでよっ!」

 拒む声が、悲鳴にも似た絶叫に変わって行く。
 あぁ、だって、だって、こんなの、嫌だ。 だめだ。 触らないで触らないで暴かないで――。

 あたしの悲鳴に反応するかのように、崩れ落ちたレオルドの身体がぎしっと軋む音が室内に響いた。 それに気がついたメイドたちはすぐさま手にする鈍器を振り上げるが、彼は素早く身を起こし太い腕をブゥンッと振り回して周りにいたメイドを薙ぎ払うと、あたしに覆いかぶさっているキュラーへ突進していく。

「あるじ殿ニ触レルナ!」
「邪魔です、始末しなさい」

 キュラーの言葉と同時にレオルドの前に立ちふさがったのは、銀の鎖を手に持ったメイドだ。
 黒のスカートを翻し真っ向からレオルドに向かって突進すると、手に持つ鎖をジャラリと鳴らし、レオルドの懐へ滑り込む。 素早く鎖を持つ手を持ち替えて軽い身のこなしでレオルドの背後へ回り込み、その肩に手を伸ばしてレオルドの肩に乗り込むと、ニタリと笑って巧みに鎖を操り、ぐっと引き絞ってレオルドの身体から飛び降りた。
 飛び降りたメイドの、すでに人ではない力に引かれるがままにキュラーから数歩後退し、機械兵士は手と足を戒められた状態を理解するも突然の束縛になす術もなく再び、地面に大きく倒れこんだ。
 ズゥンと轟音を響かせて、彼の重みに石造りのタイルに大きな亀裂が走る。

「レオルド!」
「そのまま動かさぬように・・・さて」
「・・っや」

 緋色の瞳に見下ろされたと思ったら、あたしの視界が真っ暗になった。
 冷たく、大きな手があたしの額を掴むように覆っているのだ――額から伝わるその冷ややかさに、恐怖はますます掻き立てられる。

「やめ、やめて! 手、はなしてっ・・・!」
「何を脅える必要が? ただ少し、貴女のことを見せて頂くだけですよ・・それ以外は興味がありません」

 違う。 違う、あんたなんかどうでもいい!
 胸の中でそう叫んで、どくんどくんと鼓動を打つ音が、あたしの中で大きく響いて木霊する。
 キュラーの手から、彼の力の流れが、あたしの中に入り込んでくるのがわかる。
 これが、シルターンの力。 キュラーの、力。


 けれど、

 その力を悦
ぶ存在が、あたしの中にいるのだと手に取るように理解できてしまう。


(来る! また、あの、声が)


 誰かが、嗤う。
 あたしを、嗤う。
 やばい、このままじゃ、また、失くす。
 自分がわからなくなるほどまでに溶けていく。

 あのときはネスがあたしを呼び戻してくれたけれど――。



(今は、いない)



 誰も


 誰も
 

 あたしの名前なんて呼んでくれない

 
 呼び戻してくれない



「いや! キュ、ラー・・! は、はなして。 おねがい。、それいじょう、は」




 だめだ



 それ以上は







”――――――”






「っ――――!」

 声にならない悲鳴が、胸中に響いていった。
 仰け反るように弓なりに逸らし、呼吸をすることも忘れてただ感じるのは、喉奥から込みあがる、熱い、塊。

 それは目を刺激して涙を零し、呼吸を乱れに乱れさせ、冷え切っている身体を熱くする。
 身体が、焼けそうだ。
 全てが、全てが、溶けていく。


 あたしの意識も、全部。






 ぜんぶ。














(――――ッ?!)

 言い知れぬ力の気配を感じて、バルレルの背筋がザワリと逆立った。
 それと同時に、甘く微笑むメイドが持つ蝋燭の炎が掻き消されんばかりにゴゥ、と大きく揺れる。
 揺らぐそれに”消える”と誰もがそれを思うも炎は健気に持ち直し、長い通路を歩くメイドの後に続く彼らに柔らかな灯りをもたらす・・・「風が強いのかしら」とメイドは微笑みながらも先を促すが、少しばかり緊張気味の表情を浮かべるマグナとトリスはあははと頬を引きつらせることにで精一杯だった。

「あぁどうしよう、俺、何か緊張しすぎて気持ち悪くなってきた・・・」
「・・・私もなんか、・・・うっぷ」
「しっかりしろ、・・・まったく、いつもは図太い神経だというのにどうして」

 ネスティが弟妹弟子を注意しているのを横目に見やりながらバルレルは、窓が連なる通路の先を赤い瞳で眺めた。
 窓は、揺れることもなくただ静かな静寂を保っている――――。

(風、なワケねェだろうが)

 風など、吹いていない。
 なのに蝋燭の炎が揺らいだのは、――――もっと、別の何か。
 あれは力だ。 しかも、普通の物よりも異質な。

 その強大な力が瞬時に溢れ世界の空気を揺らしたからだ・・・・ある程度の気を探れる人間ならばその違和感に気がついただろうが、まるで何かに気付かれまいとあっという間にその力は身を潜め、今では、いつもの空気にと戻ってしまっている。

(・・何だ、あの、チカラ・・・)

 空気を揺らしたあの力。 それに呼応するかのように身体の奥底が熱くなった。
 湧き上がる感情。 それが一体何なのか、バルレル自身にさえも判断がつかない。
 怒りなのか。 悲しみなのか。 ・・・どちらにせよ、どこか、腹立たしい。

「――――おねえちゃん・・っ」

 バルレルの意識を現実に引き戻したのは、いつも物静かな少女の、声。
 アメルと手を繋いでいたハサハはその手をするりと抜け出すと、シャムロックたちが今まで通ってきた道を引き返そうと、衣服の袖を翻す――突然の行動に驚いたのは大人しい彼女をよく知る仲間達だ。
 ロッカが慌てて少女の華奢な肩を掴む。

「は、ハサハ? どうしたんだい」
「・・おねえちゃん・・」
さん? ・・さんは今、具合が悪くて寝込んでいるんだよ」
「・・・・・・・・・・うん」

 俯く少女の漆黒色の瞳は確かに揺らいでいた。
 それは困惑と、動揺――何故、急にを求めたのかわからないようだ。

「・・・でも」
「大丈夫、確かに心配だけど・・・さんにはレオルドがついているし、この城は騎士団も揃っているんだ。 怖がることも何もない・・だから今はさんをゆっくり休ませてあげよう?」
「・・・・・・」

 ハサハの尻尾は落ち込むようにしょんぼりと垂れて、水晶に顔を埋めるように俯いてしまう。
 彼女の感情が伝わったかのように仲間達も不安気な表情を浮かべ、リューグは舌を打つとそのまま、ハサハの手を引いて道を引き返し始めた。
 それに驚くのはモーリンだ。

「リューグ?」
「お前ら謁見に言ってろよ、俺が抜けても兄貴とアメルががいれば村の説明は出来るだろ」
「それならば拙者も行こう、どうにも・・・嫌な予感がする」

 カザミネもそれに続けば、一人のメイドが彼らの前に立ちふさがった。
 艶やかにまとめられた髪を揺らし、美しい礼を彼らに向けてから、美しい微笑みを向けて前方へ手を差し出す。

「皆様方、どうぞ、先へお進みくださいませ」
「・・何だよ、話は聞いていただろうが」
「それでもお通しするわけには参りません・・・領主様は、皆様方との謁見を望まれておいでです。 体調を崩された様なら大丈夫ですわ――私達がしっかりと、お世話をさせて頂いておりますので」
「リューグ・・・頼む、用件を伝えることが出来るまででいいんだ」

 背後からシャムロックに呼び止められて、何かを察知したかのようにリューグは不審そうな眼差しをメイドに向けるが、メイドは柔らかく微笑んだままだ。 ただ、柔らかく。

(ゴキゲンは損ねるなってことか・・?)

 しかし、それとはまた、違う理由のような気がしてならない。
 だが今、領主の機嫌を損ねるのはまずい・・・とアメルの保護を完璧なものにするまでには、決して、領主に逆らってはだめだ。
 癪だが、自分ひとりではあの軍隊に勝つことはおろか、根源を切り取ることなど出来ない。

 ハサハは不安そうにリューグを見上げ、リューグは”悪いな”と頭を撫でて詫びると、ハサハは首を小さく横に振り”ありがとう”と呟いて、再びアメルの手をとり彼らの列に加わった。

 その様子を列から離れた場所で見つめていたバルレルは、微笑むメイドの女を睨む。


(・・・何か、あるな・・・あのオンナども)


 今の言動で全てを確信して、警戒心を身に秘めながらバルレルもまた、促されるままに彼女の後に続くのだった――――。








 夜はまだ、更けていく


 






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2005.10.11