ただ。 ただ、語るまい



決して。 決して語るまい





たとえ どれだけあなたが傷つこうとも








第72夜








 ――――――じゃりっ。

 足の裏で踏みにじられた砂が、音をたてた。
 飢えた獣のごとくぎらりと輝くその瞳に映るその先は、森の奥深くにひっそりと佇む一軒家だ。 もう随分長くこの森を避けた周辺で強盗を続けているが、まさか、こんなところでのんびりと暮らしている人間がいるなどと思いもしなかった・・・しかもそれなりに大きい家なのに何故見過ごしていたのだろう。

 裏の世界でこの森のことを耳にすれば、〔 禁忌の森 〕などと大層なものが名づけられているらしい。
 以前に逃げられた男と女がこの森の奥に消えていったので、それを捜そうと思わなければ永遠にこの森に近づかなかっただろう・・・何となく、この森には近づくことすらも躊躇われた。 禁忌とまで謳われているのだから、何かがあるとは思うのだが・・・誰も、奥深くに踏み入ったことはないらしい。
 自分も今回が初めてだが、実際入ってみれば何てことはない。 ちょっとした一軒家があるだけではないか。

 家の出口周辺を見つめたまま、弟分である仲間に問う。

「おい、本当にあの女と男が住んでるのか」
「ああ、何か、目の細ーい男と一緒に入っていくとこ見たぜ」
「二人暮らしっつーわけでもないようだな」

 建物周辺をぐるりと見回ってきた仲間の一人の言葉に、リーダー格の男とその弟がニタリと笑った。 大人数で住んでいるとなるとそれなりのリスクも背負うが、奪える金品が豊富であることもある。 大人数と言ってもせいぜい四、五人くらいだろうし、相手はただの一般人。 自分たち三人がいれば略奪も容易い。

 リーダー格の男が「よし」と腰を上げて茂みから立ち上がると、腰に差していた一振りを抜き放つ。 多くの血を浴びてきたその愛剣は手入れを欠かすことがないので、血の曇り一つもない。

「前は獣に乗った女にしてやられたからな・・・今度はぬかるなよ」
「あ、傷つけねえけどよぉ・・・ちょーっと楽しんでもいいだろ? な、なっ?」
「召喚師は高く売れるからほどほどにしとけよ」

 にやにやと厭らしい笑みを浮かべ茂みから飛び出す弟に、兄貴分である二人はやれやれとため息を吐きながら後に続く・・・・それでも二人の口元には笑みが浮かんでいた。 それは温かみに溢れた笑みではなく、これから獲物を狙うスリルに身を震わせる獣の嗤いのよう。

 茂みから飛び出した男は持ち前の足の速さを活かし、一軒家に向かって疾走。
 作戦はこうだ―――自分は出入り口から密やかに侵入し住民の退路を断つ役割を担い、兄二人は裏口、窓から奇襲し、金品を強奪する・・・・非常に安易な策だが、一般人ならばこんな策でも効果てきめんなのだ。 恐怖は混乱を呼び、混乱は逃避、抵抗への意志へ塗り変わる。
 抵抗、逃避となると面倒だが、その意志はあまりにも脆い。
抵抗の意志は一人殺せば容易く折れるし、逃避の意志はこちらに追い詰める快楽を与えてくれる。 特に、泣き叫びながら逃げ惑う女を追うのは嗜虐心が疼く。 自分はその快楽が好きでたまらない。(兄二人に言わせると悪趣味だと言われるが楽しいのだから仕方がない)


 その楽しさを思い出しながらぐんっと足を速めれば、目的の地点がぐんぐん近づいていく。
 出入り口まであと数メートルに差し掛かった、そのとき。


「あーもう、すみません、ごめんなさい、あたしが悪うございました!
 だからその責めるような視線やめてってば!」


 女が、頭を抱えながら逃げるように扉を開け放って外に飛び出してきた。
 それを追うのは、わずかに幼さの残る顔に不満気な色を浮かべている少年だ。 鮮やかな赤毛が冷えた空気の中でさらりと流れて、長いその足は逃げる女の後をずかずかと追う。
 二人は男の姿にまるで気付かぬままで、女はとうとうたまりかねたように叫んだ。

「もう勝手に行動なんかしないからーっ、 ごーめーんーっ!」
「ッハ、どうだか」
「一蹴かよ!」
「トライドラでもちょろちょろ動き回るんじゃねえぞ、相手は一応お偉い奴らなんだから。 テメエが何かやらかしてアメル共々放り出されるなんて冗談じゃねえ」
「一応じゃなくて偉いんだけど・・! いや、大丈夫大丈夫。 それは全然大丈夫ーっ・・って」

 女の目が、忍び寄る男の姿を視界に捉えた。
 驚きを露にしたその表情に赤毛の少年もそこで初めて男に気付くが、もう遅い。
 熟練の騎士ならばともかく、ただの子供が自分の速さについてこれまい。 男は、ニタリと笑うと後ろ腰に差していた短剣を抜き放ち、それを構えて少年の横腹めがけてぐんとスピードを上げた。

 ―――このまま殺してやる!


「リューグ! あぶなぁ・・・い?」


 緊迫した響きを混ぜて放たれた女の声が、途中で間の抜けたようなトーンに変わる。
 男も、何が起こったのかわからなかった。
 ただ、とてつもなく、息苦しい―――?!

「何だ、テメエは」
「む、がっ・・!」
「デグレア軍か?」

 問いかける声は、あまりにも冷ややか。
 押さえ込むように掴まれた顔面に、リューグの指がぎりぎりと音をたてて食い込んでくる。 突然の、強い戒めから逃れようとしても少年の力は微動だにしなかった。 何だ。 この、力は・・・! 刺し殺してやろうと思ったのに、気がつけば顔面を掴まれ、絞められていた・・・?!
 ああ、苦しい。 顔面が痛い。 強い。 強い力。 このヤロウ、ただのガキじゃない!

「ぐが、ぁ、がっ」
「答えろ」
「ち、ちが・・が」

 答えようとしても、顔面を戒めるその掌の力は強まるばかりだ。
 あまりの苦しさに悶えるように短剣を振りかざせば、それに気がついたリューグは一度手を離すと、振り上げて無防備になった腹部に鋭い膝蹴りを叩き込む。 急激な腹部の圧迫に胃液が込み上げて吐き出され、あまりの強烈さに腹部を抱えて蹲るしかなかった。

 男は罵るように胸中に絶叫する。
 チクショウ! どこが一般人だよ! 全然、強すぎじゃねえか! ガキかと思いきや相当じゃねえか! チクショウ! このやろう・・!

 カランと音をたてて落ちた短剣はリューグの手に拾われて収まり、彼はその刀身をじっと見つめ、次には背後に庇っていた女を見やる。

、大丈夫か」
「いや、あたしは全然平気・・・って、リューグ、強すぎ! 容赦なしね〜」
「黒騎士サマはもっと強いだろうよ」

 ”それに、殺しにかかってきたやつに容赦しねえでどうすんだ”と皮肉めいた声音にがむっと顔をしかめるが、震えながら蹲る男の顔に何か思い当たることがあるのだろうか・・・思案するかのように首を傾げ・・・”あ!”と声を上げた。
 ・・・マズイ。 男は本能的にそれを直感する。

「この人っ」
「?」

 ああ、頼む。 言うな。 言うな。
 このまま帰るからどうか。 どうか・・・!
 そう願っても、家の中から聞こえる、仲間二人の悲鳴に自分の末路を見出してしまう。


「この人、シャムロックを危険な目にあわせた野盗!!」



・ ・ 言 っ ち ま っ た・ ・ !



 男は、絶望的心境ながらも責めるように、ギロリとを睨み上げた。
 それには怯むことなく眉を寄せ”あのときはよくもシャムロックを痛めつけてくれたわねー!”と憤慨しているが、対照的にリューグのほうがとても静かな空気を称えていることに、ぞくりと恐怖が沸きたった・・・思わず、数歩後ずさる。

 だが距離をつめるかのようにリューグが歩を進め。

「おい」
「ヒッ」

 威圧的な、声。
 子供のものとは思えぬそれに思わず肩を震わせれば、リューグはしゃがみ込んで、静かに問う。

 に聞こえないように・・・とても、とても、静かに。


「あいつにも、手を出そうとしたか」

「え」

「あいつを犯して、売り飛ばそうとしたか?」


 あいつとは誰のことだと考えたがすぐに女のほうだろうと理解して、混乱のために上手く廻らぬ思考のまま喋り出す。 喋るから、どうか見逃してくれと請うかのように。
 それはもう、素直なまでに。
 余計なことまで。

「え、あ、ああ・・・あ、兄貴と、召喚師なんて高く売れるって話はしたし、女は傷つけなかったら好きにしていいって言ってたし、あれくらい活きが良かったら変態嗜好の親父共にもウケただろうし・・・け、けどよ・・・もうしねえ! な、頼む、二度と近づかねえから」

 ここで、男は悟るべきだった。
 素直に喋れば喋るだけ、自分の身を危険に晒しているということに。
 素直に喋れば喋るだけ、逃がしてもらえるという可能性をことごとく叩き潰しているということに。
 そして、男が言葉を出す度に目の前の少年の瞳から怒りは消え去り。
 ただただ、暗い―――とてつもなく冷ややかな、殺気を秘めた瞳に変わっていったことにも。

 ギリ・・と音が聴こえるまでに強く、硬く、握り締められた拳を見てからようやく悟っても、全ては手遅れだった。

「や、やめろ、待て、その、悪かったもう二度としないから」


 無言で繰り出された拳が、自分の顔面へと真っ直ぐに迫るその光景を最後に。
 男の意識は、そこでぶっつりと途切れて消えた。




*




 虚空に、白い煙がふわりと舞った。
 葉巻の先から香草の匂いを含んだ白い煙が立ち昇り、すっかりくたびれたコートのポケットに手を突っ込みながら宙で舞うそれをぼんやりと見送ったあとで、葉巻を一息、すうっと吸い込んでからレナードは、感心したように呟いた。
 それはもう、見事だあと言わんばかりに。

「――――――こいつぁ、また、なかなか・・・鮮やかだったなあ」
「わたし、騎士って剣だけが得意と思ってたけど・・・すごいわシャムロック! 接近戦でもすごく強いのねっ」

 ミニスもまた感心したように呟けば、シャムロックは苦笑しながら握り締めた拳を解いて、眼前にてぴくりとも動かぬ男二人を見下ろした。
 突然の奇襲をかけてきた、先日の野盗たち。 あのときは随分手強い印象を与えてくれていたが今回では剣もなしで、どうにか叩き伏せることができた―――弱っているとやはり駄目だなと、気を引き締める。 何事も最善を尽くせるようにするにはまず体調が基本だ。

「とてもしなやかな身のこなしだったねぇー、大柄なあんたでもこんなに動けるなんてね。 アタイもまだまだか」
「いえ、モーリンさんの拳には敵いませんよ。 組み手の相手をして頂いたときに私も感心させられました」

 シャムロックの心からの賛辞にモーリンは照れたように金髪の頭を掻くが、実際、モーリンの拳は本当に見事だったのだ。 身体を慣れさせるために彼女に組み手の相手をしてもらったのだが、女性ならではの細腕で繰り出されるそれは充分な威力を持って発揮されている。 彼女の前だと大の男の一人や二人はあっけなく昏倒するだろう・・・・・・そこまで考えてシャムロックはふと、眉を寄せた。

「どーした、シャムロック」
「いえ・・あのときにいた野盗の数は二人ではなく三人だったので・・・」

 言葉に、フォルテだけでなくその場にいた一同がざっと辺りを見回した。
 この場にいないのは台所に向かったシオン、ネスティ、アメルだったが、彼らは全員そろって何事だと駆けつけてきたので問題ない。 だが同じくこの場にいないリューグとは姿を見せなくて・・・・。

 シャムロックは弾けたように顔を上げ、出口へと駆け出した。


さん・・・!)

「皆! 無事?! ・・わっ」


 シャムロックが部屋を出ると同時にが部屋に駆け込んできて、互いに勢いを殺せぬまま、はシャムロックの胸に顔をぶつけてドンッと跳ね返ると尻餅をついて転倒した。
 あっけなく倒れてしまった彼女へと慌てて手を差し伸べる。

「わ、わ、すまないっ」
「〜〜っ、いや、大丈夫・・・ごめん」

 顔を抑えながらもシャムロックの手を借りて立ち上がり、彼女は一度辺りを見回してから、ほっとしたように安堵の息を吐く。

「あー良かった、皆無事みたい」
殿のほうは大丈夫でござったか?」
「ん、リューグがいてくれたから問題なし。 ・・・でも」

 途端にが、言いにくそうに言葉を濁らせた。
 レシィが慌ててに駆け寄り、怪我がないかどうかの周りをぐるぐると廻って彼女の全体を眺めたが、傷らしい傷もなく無傷だった・・・・と、いうことはリューグが?!

「ご、ごごごごご主人様っ! リューグさん、け、怪我が・・」
「や、リューグも全然大丈夫」

 ・・・では彼女は何故、困ったように苦笑しているのだ?
 その答えは、数秒後に現れたリューグが連れた男の姿を見て、一同は理解した。


 レナードはやはり感心したように、呟く。


「・・・こりゃあ、こっちもまた見事なもんだなあ」
「では私もファナンに戻りますし、彼らを金の派閥の自警団に引き渡してきましょう」
「よろしくお願いしますシオン大将・・・ですが一人で大丈夫ですか? 僕も一緒に」
「いえ、それには及びませんよ。 ・・それに」

 シオンは、ロッカの言葉に微笑を浮かべて、リューグが連れた男を見やる。

「彼らはこれでかなり懲りたでしょうから、引渡しもすぐにすむでしょう」

 リューグが連れた男は。
 思わずこちらが合掌してしまうほどまでに原型を留めていないほど顔を殴られ、意識を失っていた。



 ・・・・一介の盗賊がこの面子に喧嘩売るほうが間違ってるわよね・・・・。(遠い目)









「――――――それでは皆さん、道中お気をつけて」
「シオン大将、またお蕎麦食べに行きますね」
「お待ちしておりますよ」

 穏やかな笑みを称えながら三人の男を引きずって立ち去るその姿を見送りつつ(さすが忍だわ・・・何か、すごい、異様な光景なのに突っ込むのはためらわれる・・・)。

「さて、行きますか!」

 あたし達もファナンとは別方向の、東に位置するトライドラへと向かった。
 トライドラは、スルゼン砦やローウェン砦と同様に山岳地帯側に位置する街で、聖王国の攻防の拠点でもあり、その歴史や王族の剣術指南、数々の武勲や名を挙げた騎士達が生まれてくることから大陸の中央部でも充分に名高い騎士国家だ。
 その都市をまとめる現代領主・リゴールは、フォルテやシャムロックから見ても充分有能で、人望の厚い人柄らしい。 特にシャムロックは彼を本当に尊敬しているのかリゴールの人となりを語るその口ぶりはいつになく熱く、トライドラへ向かう道すがらに聞いていたあたし達も感嘆の声を上げた。

「へぇ〜、すごーい! それじゃトライドラは、その人がいたからあそこまで大きくなったんだ?」
「ああ。 今でこそトライドラは聖王都・ゼラムに継ぐ大都市として名を馳せているがあの方の代で大きく変わったのが事実なんだよ。 先代から引き継いだあの方が身を削り国を想い、一心に動いてくださったからこそ今のトライドラがあるんだ」

 シャムロックの言葉を聞いていたトリスはその言葉に目を輝かせて。

「それじゃ美味しい物もあるわねっ、ご飯とかお菓子とか果物とかケーキとか!」
「ケーキ!? きゃ〜楽しみ〜! ルウ、張り切ってハシゴしなくちゃっ」
「うーん、トリス達は色気より食い気って感じだねえ」

 いつになくテンションの高いトリスとルウにモーリンが苦笑したのであたしはにんまりと笑い、「そういうモーリンこそどうなの? 色気?」と意地悪く聞いてやれば、一瞬で顔を真っ赤にしてしまったモーリンにバシン!と背中を叩かれた。 ギャー痛いわモーリン! 冗談なのに!

、からかわないでおくれよっ」
「アイタタタ、冗談だってばー!」
「・・・モーリンさん、顔、真っ赤ですよ?」

 カイナの突っ込みにモーリンはますます顔を赤くして、そのままずかずかと一人で先に行ってしまった。 あぁーモーリン待ってー。 冗談だってばー。 あたしは慌ててロングコートに包まれたその背を追う。

「ごめんごめん、からかい過ぎました。 もう言わないから機嫌なおして? ねっ」
「・・・・・アタイはそういう話、すごく苦手なんだから勘弁しておくれよ・・・」
「でもモーリン、すごく可愛いと思うけどなあ」

 途端に、モーリンがぎょっとしたようにあたしを見てきた。
 ほらやっぱり可愛いじゃないか。 綺麗な金髪にスタイルのいい身体だけでなく、持ち前の明るさには充分惹き立つ魅力があるのに、そんな反応なんか本当に可愛い。

 思わずくすくすと笑ってモーリンの肩を叩いて、ふと腕時計の数字が目についた。
 <はぐれ>召喚獣や盗賊と戦いながらここまで来ていれば随分と時間を食ってしまったようだ・・・・時計の長針と短針は正午の数字を過ぎてしまっている。

「あれ? もうお昼だ」
「え? もう? ああでも随分きたからねえ・・・そろそろお昼にするかい?」
「お、いいねえ! 俺、腹減った〜」

 フォルテが屈託なく笑いながらはーいっと手を挙げて、ぐるりと辺りを見回した。
 現在地点は丁度、山岳地帯と湿原地帯の境界と言うべきか。 向かう先には砂色と黒みを帯びた赤黄色の岩々が起立した山岳地帯。 来た道を目で辿れば、冬季を迎え色あせた草原の匂いが立ち込める植物に覆われた湿原地帯だ。 微かな紅茶色と色が抜け落ちた薄い灰色に染まる木々の姿もまばらに連なっている。
 フォルテは湿原地帯側の、特に背の高い緑を掻き分けるとにんまりと笑った。
 彼の傍らに駆け寄ってそこを覗き込めば、透明な水を湛えた小さな、本当に小さな泉が背の高い草に隠れるかのようにぽつんと存在していて、あたしは思わず、感心するように呟く。

「フォルテってこういうの探すの上手いわよねえ」
「ふふん、まあな。 ってことでお子様組みはちゃんと手を洗えよー」
「大人組みの皆さんも手を洗ってくださいね、じゃないとお弁当は食べさせてあげませんから」

 ハサハやレシィ、ミニス、不本意そうにぶつぶつ文句を垂れながらも手を洗うバルレルの姿に目を細めてながらもアメルは、フォルテに笑って言った。
 それにフォルテは苦笑して”了解”と笑い、剣を傍らに置いて腰を下ろす。

「はいはい聖女様の仰せのままにっと・・・うおー! つめてえ! こらミニス、水かけんなよっ」
「フォルテの場合は顔も洗わなきゃだめよっ、ね、バルレル」
「ヒヒヒッ、手前なんか湿原地帯で顔面ゴケしやがったからなァ・・・オラ、顔も洗えよ
「っくー! どこの女王様だお前は! っていうかありゃあお前が俺の頭を踏み台にしやがったからだろーが!」
「<はぐれ>共から攻撃受けずにすんだんだぜぇ? ヒヒ、感謝しろよ」
(バルレルって何気にドSよねえ・・・・見事な言葉責めだわ〜)

 ”その前に女王様ってどういう意味の女王様だよフォルテ”と、心の中で突っ込みながらも手を洗ったあたしは賑やかなその輪をあとにした。
 柔らかな草は充分シートの代わりになる。 それに腰を下ろして弁当を広げているカイナとケイナ、レオルドを手伝って、それぞれが聖女様特製弁当で空腹を満たして昼食をすませたあと、ちょっとした休憩時間にマグナとトリスが靴を脱いではしゃいでいるその姿を目に目を細めた。
 あぁ〜、いいわよね〜。 何事も元気が一番よね〜。

 しかし彼らの兄弟子はそう思わないようだ。
 神経質そうな色の浮かぶその端整な顔には、呆れの色ですっかり塗りつぶされている。

「まったく・・・はしゃいで転んでも知らないぞ」
「あははは、でもいいじゃない。 ちょっと久しぶりの旅だもの」

 知らないといいつつもちゃっかり注意して心配をしているのだから、この男も本当に可愛らしいと思う。 あたしはそんなネスに笑ってから靴を脱ぐと、ごろんっと仰向けに寝転がって草の柔らかさに一息ついた。
 あー、ちょっと寒いけど気持ちいい〜。

「すぐ横になると牛になるぞ」
「お黙り」
「・・・眠気は?」
「全然平気。 ああでも今はおなか一杯で眠たいわ〜」

 吹く風の冷たさに目を伏せれば、傍らに座っているネスの気配が動いた。
 次にはばさりと何か掛けられて見やれば、見慣れた赤い外套があたしの体を覆っている・・・・隣に座る青年を見れば、彼は視線を文庫本に向けたまま(多分召喚術関連の本なんだろうなあと思う)で。

「風邪をひく」
「ん、ありがとー」

 少し遠くで、マグナが、トリスが、皆が、笑っている声が聴こえる。
 楽しそうに。 楽しそうに。 シャムロックも、カザミネも、ケイナも、みんな、皆、笑ってる。
 ちょっとした休息の間に昼寝だといわんばかりにあたしみたいに横になったり、ちょっと冷たい冬の風に髪を揺らして心地良さそうに過ごしている人もいる。

 みんな。みんな、思い思いに過ごしている。

「・・・
「んー?」
「・・・気持ちが、いいな」
「うん、気持ちいい」

 天気も良くて。
 マグナもトリスも笑ってて。
 皆がいて。
 ネスも、何かに脅えることもなくて。


 ほんの一時だけれども、こんなにも優しい時間を過ごせるなんて。


「幸せねー」


 何気ないあたしの言葉に、ネスがぐっと息を呑んだ気配がした。
 それに伏せていた目をそろりと開けてネスの横顔を見れば、斜め後ろから見える彼は少しだけ泣きそうな顔をしていた―――内心、失言だったかと慌てる。

 けれどそれは杞憂に過ぎないのだと、彼の次の言葉で理解した。


「・・そう、だな」


 とても綺麗な黒髪が、風に遊ばれて小さく舞う。
 それをぼんやりと眺めながら彼の言葉を続きを待った。



「――――――こんな気持ちを、”しあわせ”と呼ぶんだろうな・・・」



 ”僕はいつも気付くのが遅いな”と彼は小さく笑って言ったが、それの意味は、この旅の終わりが目前に迫っている事に対しての意味も含まれているだろう。

 トライドラであたしとアメルを保護してもらって、自分たちはゼラムに戻り蒼の派閥へ。
 旅の終わりも、別れも目前なのだ―――けれどあたしは、そんな彼に否定した。


(大丈夫よ、ネス)


 心の中で、否定する。
 ひっそりと。 彼の外套で顔の半分を隠して、目だけは青い、青い空を見上げて。

(・・・別れなんて、まだ、来ないよ)

 ただ。 ただ、語るまい。
 この胸の内を。 知ってしまっている未来を、決して。 決して語るまい。



 たとえ どれだけ誰かが傷つこうとも



 自分の心が、押し潰されようとしても



 血が滲むほど唇を噛み締めて。
 打ちのめされた絶望に足を震わせ、手が赤く染まり、
 見ている世界が白と黒に塗りつぶされても。



 決して、語るまい。



 それがあたしの、唯一の覚悟。



 (やだなあ、なんか泣きそう)と自分を情けなく思いながらも、休憩時間終了を告げるネスの声に身を起こして礼を言ってから外套を返すと、それぞれが重くなった腰を上げて仕度をして再び歩き出した。
 境界を超えればどこを見ても岩が連なり、赤黄色の砂の大地がどこまでも続いている。
 それをぼんやりと眺めながらあたしは空を仰いだ。


(・・・何も言わないって決めたけど)


 ゼルフィルドのことについてはすごく自信ないなぁと、自分で苦笑してしまった。










 ―――完全に山岳地帯に入り込むと<はぐれ>と出くわす確率も高くなって、トライドラの都市の建物の影がぼんやりと見え始めた頃に空は薄い赤に染まってしまっていた。
 血の色を思わせる赤が青の世界を塗り替えていき、世界を照らす丸いそれに自然と顔を歪めてしまうが、マグナに不思議そうに名を呼ばれて我に返り、何でもないと笑って首を横に振る・・・これから起こる事を告げているかのような夕焼けの赤が、すごく嫌だった。

 自分の青い服の袖をぎゅっと握り締めれば、フォルテが大きく伸びをして。


「あーやっと着いたぜー」
「すごーい! おおきーい! この壁、ゼラムよりも大きいんじゃないかしら?」

 今まで森に囲まれた世界だけを見てきたルウは興奮したように駆け足になって、トライドラの都市をぐるりと囲う鉛灰色の防護壁を見上げた。 彼女が、高くそびえる防護壁と長く連なるその壁を交互に見やる度に、艶やかな、長い黒髪がさらりと揺れて虚空を踊る。
 ・・・彼女もやっぱり可愛いなあと、踊るそれに思わず見惚れてしまった。

「見て見て! こーんなに大きい!」
「そうねー、ゼラムより頑丈かも・・・?」
「ここはデグレアの突然の侵略にも耐えられるようより強く補強をしているんです。 だから他の街よりもずっと頑丈なつくりになっていて・・そうですね、要塞、と言っても良いかもしれません」

 街中へと続く門は行商人や旅行客、旅人のために常に開け放たれているのかそれは大きく開かれていた。
 門番かどうかは分からないが、その門の足元で鎧を身に纏った兵士が三人ほどの佇んでいて、あたし達の姿に気がついたかのように歩み寄ってくる彼らに思わず、ぎくりと足を竦んでしまった。


 ―――ここは、キュラーによって、誰もが殺されてしまっている街・・・・。




「―――お帰りなさいませ! シャムロック様!」

 鎧をがちゃがちゃと音をたてて近づいてきた一人が、シャムロックの姿に嬉しそうに笑って出迎えた。 声もはつらつとして、表情もいきいきとして・・・・・あれ? いきいいき??
 あたしが目を丸くしていれば、他の二人も敬礼をして。

「砦の任務、ご苦労様ですっ」
「あ、でも連絡のほうは届いていないのですが・・・急にお戻りになられたということは砦で何かあったのでしょうか?」

 ・・・・・砦での事件は、あまりにも衝撃的なことだ。
 現時点で対策が決まっていないのだから、何も知らない兵士や住民を無意味に混乱に陥れるわけにはいかない・・・と、いうことで、砦のことはまず領主に全てを明かし、彼の判断を仰ぎ、後々に知らせるべきだろうという意見が出発前に決まっていた。

「あ、いや、多分手違いだ。 連絡よりこちらのほうが早く着いてしまったみたいだな」
「そうですか。 まあ、そんなときもありますよね!・・おや、そちらの方々は?」

 シャムロックは言葉を濁らせてから、フォルテたちを兵士に紹介する。

「彼らは私の友人で、仲間だ。 警戒はしなくていい」
「あ、そうですか。 シャムロック様がそう仰るなら大丈夫ですね。 では、領主様に帰還のご挨拶に参りますか?」
「ああ、・・あと、彼らもリゴール様に謁見を申し出ているからその手続きも頼めないだろうか」

 シャムロックの言葉に兵士はきりっとした表情を浮かべて、鎧に覆われた胸を叩く。

「お任せください! ・・・ほら、お前らぼけっとしてんじゃねえよっ。 準備に行くぞ、準備!」
「では我々は失礼します、シャムロック様。 ご友人の方々もどうぞ、このトライドラでおくつろぎくださいませ。 この街中だと<はぐれ>の侵入もありえませんからね」

 ハハハと爽快に笑ったあとで、二人の兵は通行人を避けながらも慌しそうに街の中心部に佇む城へと駆けて行った。 その背を見送ってから最後に残った兵士がにっこりと笑って、”それでは城へご案内しますね”と告げてあたし達を促し、歩き出す。

(ど、どうなってんの・・・?)

 城へ向かう途中にあたしの頭は完全に混乱していた。
 ここは既に、死人が満ちている街だというのに、陰気な雰囲気が漂うどころか街中では、賑やかな笑い声が常に満ちていた。 ちらりと洋服屋らしき店を覗いても、客と店員が和やかにお喋りの花を咲かせている。

「何だよ。 欲しい服でもあるのかよ」
ギャ! りゅ、リューグ、驚かせないでよっ」

 店を覗き込んでいるあたしに何かを勘違いしたのか、リューグも同じく、店の窓を覗き込んだ。
 そこでふと目についた、ショーウインドウに飾られている秋物のワンピースに目が止まり。(もうそろそろ冬物の時期に突入だなあ)

 ”へえ”と、意味ありげにあたしを見る。

「・・・何よ」
「別に」
「何か、今、お前も女だなああああああ的な視線が刺さったんだけど」
「女じゃねえか、お前」
「・・・・や、そーなんだけどね・・・」

 ・・・・・もしかして、意味もなく”へえ”と言われただけだろうか。
 深読みしすぎたのかあたしは。 もしかして最近被害妄想が多い?

 未だにそのワンピースを見つめているリューグの横顔をちらりと見やれば、何だか、別ごとを考えているようにぼんやりとそれを見つめているようだ。 ん?

「どうしたの?」
「・・あと少し、我慢しろよ」
「何を?」

 ぽんっと頭を叩かれて、リューグが真剣な眼差しをあたしに寄越してきた。
 彼の言葉の意味を理解しかねて首を傾げれば、”わかってねえなら別にいいけどよ”と、そのまま背を向けてしまった。

 なんだったんだろう。
 けれどもそのまま置いていかれるのかと思いきや、彼は立ち止まり、頭を掻いて、俯いて。


「・・・もう少ししたら」

「?」

「お前も、アメルも・・軍に追われる心配なんかしなくていいようになる」

「あ、うん、・・・そうだね」


 リューグの言葉に少しだけ悲しい気持ちになりつつもどうにか返事をすれば、彼はますます俯いて、言いにくそうに、言葉を紡ぐ。



「・・・・・・そうしたらお前だって、その、オシャレっつーか、そういうのも出来るだろ」



「―――へ?」



 意外なセリフに、思わず間の抜けた声が出てしまった。
 まさかリューグの口から、”オシャレ”なんぞという単語が飛び出すなんて思わなかった。
 いやその前に! つまり、その、さっきの我慢はやっぱり、あの服いいなあ、オシャレしたいなあ的な感じに見られたということか・・・・・・ギャー! こ、こんな大変なときにそんな不謹慎なこと考えてたって思われたら困るわ!
 誤解を解かねば! とあたしは慌ててリューグの肘の服を引っ張って。

「ち、違、リューグ」
「だからもう少しだ」
「え」
「もう少し我慢しろ。
 デグレア軍から追われることもなくなって、平和になったら、俺が―――」

 そこで、見上げてくるあたしにはっとしたように口を噤んでしまった。
 次にはごまかすように”何でもねえよ!”とぽかんと見上げているあたしの髪をぐしゃぐしゃと撫で付けてから、案内している兵士の声を追うようにそのまま先を行ってしまう。
 え? え? 何で逆ギレ?

「リューグ、どしたのよっ」
「何でもねえよっ・・・この件が片付いたら、言う」
「? あ、うん、わかった」

 何だか、続きにはあんまり触れて欲しくなさそうだ。
 リューグに頷いて、もう一度辺りを見回した。
 誰も彼もが笑って、お喋りに花を咲かせて、今日と言う日精一杯に生きて暮らしている。

(・・・これは罠なのかな・・・それとも、まだキュラーがきていない・・・?)

 事実、この街を故郷とし、この街を良く知るシャムロックも、誰も不審に思っていない。
 何度か訪れたことのあるだろうフォルテだって何も、不思議に思ってはいない。
 彼らを見て、あたしの心の中に淡い期待が膨らんでいく・・・もしかして、まだ、間に合う?

 ふと、街を面白くなさそうに眺めていたバルレルの様子に、あたしは首をかしげた。

「バル?」
「・・・・・・・」
「何か、あったの?」

 内心、ドキドキしながらそれを問う。
 そうだ、バルレルなら表の顔に騙されることなんかない。 彼はサプレスの悪魔だ。
 外面的なものではなく内面的な気配に鋭い―――あたしの問いに、バルレルはむっつりとした表情を崩さず。

「面白くねえ」
「・・・・・・は?」

 大きな赤い瞳はやはり不機嫌そうな色に満ちていて、何を言ってるんだろうと聞き返してしまったあたしの返答が気に食わなかったのか、ますます不機嫌そうな色がさらに濃くなった。

「面白くねェんだよ、この街」
「何で?」
「騎士共の他にも、顔がいかにもってな感じの大柄な野郎だっていやがるのに、あの、ギスギスっつーか、ギラギラした気ってものがねえ。 皆してヘラヘラヘラヘラ笑いやがって、喧嘩もしねえ仲良しさんってかァ? 気持ち悪ィ」

 吐き捨てるように告げられたそれに、あたしははっとして辺りを見回した。
 皆、笑っている。
 お喋りに花を咲かせて、にこにこ笑いながら、働いて、暮らして、過ごしている。

 けれどそこには、<笑顔>だけ。

 怒ることも、泣くことも、無表情でいる人も、いない。
 普通、こんなにも笑っていられるものだろうか。



 みんな、皆、笑ってる




 <貼り付けたような>、笑顔で。




 途端に、眺めていた笑顔が怖くなって、俯いてしまった。
 街並みを楽しむことなんか出来ないほどまでの緊張感があたしの中に上り詰めてくる。
 何だか、街中の人の、のっぺりとした笑顔があたし達に集まってきているような錯覚さえも覚えてしまう。

(―――何を、考えていたんだろう・・・あたしは)

 この国はまだ大丈夫だなんて。
 何を、そんな、甘いことを・・・・実際ゲーム中でも、シャムロックたちは何かを疑うことなく城まで案内されて、リゴールと顔を合わせていたではないか。
 トライドラに着たばかりのシーンが省略されていただけで、彼らはちゃんとこの街を通り抜けていた。

 何かを疑うことなく、リゴールの元へ。


(ああもう、何で誰も気付かないんだろう)


 スルゼン砦とはまた違った不気味さが、辺りに漂い始めた。
 それはあたしだけしかわからない不気味さ・・・取って張り付けたような笑顔が、あたしに集まっているような気がする。

(・・ううん、集まって、る)

 果物店で嬉しそうに林檎を手にしていた子供と目が合った。
 少年は、風の冷たさに頬を真っ赤にしつつもにっこりとあたしに笑って―――けれど、それは、あたしが視線を逸らしても、ずっと。 ずっと、向けてきている。 あたしを見ている。

「お、、あの子供に惚れられたんじゃねえか? すんげーいい笑顔向けられてっぞ」
殿は子供にもてもてござるなあ」

 あんた達の目は節穴かああああああああああああああああ、と叫んでも無意味だ。
 もう、色々と限界で、フォルテとカザミネには引きつり笑いしか返せなかった・・・こ、怖い、怖ーーッ! この街怖い! 早く城! 城にいきたい!


 しかしそれを、すぐに後悔することになる。



「こちらへどうぞ、城内へご案内します」


(ギャーーーーーーーーーーーーーーー!!!)


 あたしの中で悲鳴が木霊した。
 城内はもっと酷かった。 いや、酷いというのはおかしいか。 しかし。 しかし。

「お帰りなさいませシャムロック様」
「お客人方もようこそお越しくださいました、長旅でお疲れでございましょう」
「お荷物をお持ちいたしますわ」
「リゴール様への謁見準備はもう少々かかるようですわ、それまで別室でごゆるりと・・・」

 何も知らなければ手厚い歓迎。
 けれど知っているあたしには、ぞっと鳥肌がたつほどのものだった。
 メイドのお姉さんお嬢さんがにこにこと<あの笑顔>を称えながらあたし達の荷物や何やらを取り上げて、あたし達一同を別室とやらへご案内してくれる。
 黒と白を基調としたそのメイド服は大変可愛らしいものだし、黒革の靴も、エプロンフリルにはちょっとした浪漫もあるが・・・・やはり、<あの笑顔>が怖い。(メイドモエとか言ってられない)
 しかしそんなあたしとはまったく逆に、フォルテとカザミネが嬉々として握り拳を作った。

「いやー、メイドってのはやっぱいいなあ〜」
「浪漫でござる・・! あのふりるがまた何とも・・・・シャムロック殿万歳・・・!
(こ、こいつらわ・・・!)

 頬を引きつらせながらもあたしは城内を見上げる。
 外壁は鉛灰色だが、色を変えているのか石の特性なのかは知らないが、内壁は温かみのある薄い赤褐色だ。 外から見ても大きいなぁ、高いなぁと思っていた通りに天高い天井には細かな硝子が連なるシャンデリアが吊るされて、城内に温かな光を灯している。
 床には、縁が金糸で美しい模様が描かれている赤い絨毯が敷き詰められて、靴底に伝わるその柔らかな感触に、汚れた靴を履いたまま歩くことさえも何だか気が引けてしまう。 マグナとトリスなんて、”裸足で歩いたほうがいいかな・・!”などと呟いてしまっているほどだ。
 あああでももう、もう、絨毯の値段を考えれば裸足で歩くことすらも気が引けてしまうわ・・・!

 そのとき、あたしの腕がメイドのお姉さんにそっと取られて思わず、びくっと体が跳ねた。
 え? え?! 何事?! と訳が分からないままシャムロックを見れば、シャムロックも不思議そうにメイドのお姉さんを見て。

「何を・・・」
「もう日も沈んでしまいましたし、今夜はこちらがご用意した別室でお休み頂くよう仰せつかっておりますの」


 ・・・なんですと?


「殿方はこちらでございますわ、ご婦人方はこちらに・・・」
「機械兵士の方にもご用意してありましてよ」
えええええええ?! ちょ、ちょっとーーーー?!」

 とろけそうなほど、甘い微笑みを浮かべるメイドのお姉さんに腕を引かれるままになれば(しかも何か、力強いし!)、黒く、大きな影があたしとメイドのお姉さんの前に立ちはだかる。
 何だと見上げれば、それは機械兵士のレオルドだ。 無機質な瞳があたし達を見下ろして。

「あるじ殿ト自分ハ同室ニ願イタイ」
「あら? でも、機械兵士の方はあちらになっているのですが・・」

 向けられた甘い微笑みにもまったく意に介さず、レオルドは”必要ナイ”と拒否をしてからあたしの傍らに立つのだけれど(ああレオルドなんて頼もしいの・・!)、メイドのお姉さんは困ったように首を傾げて。

「ですが・・・」
「申し訳ないが、彼は彼女の護衛なので同室にして頂けるとこちらもありがたいのですが」
「そ、そうなの! そりゃ、ここに<はぐれ>が来るなんて思ってもないけど、今ではすっかり日課になっちゃって・・・・」

 ネスの言葉にあたしがうんうんと頷けば、メイドのお姉さんは「それならば」と朗らかに笑ってレオルドを見上げて。

「では貴女様と機械兵士の方は同室で。 他の方々はどうぞこちらへ」
「ご、ご主人様ー! ぼ、僕は・・・?」
「我慢しろレシィ、これ以上我が侭を言う訳にもいかないだろう」
さーん! 後で遊びにいくねー!」
「おいおいトリス、ここは普通の宿とは違うんだぞ。 呼ばれるまで部屋で大人しくしているのがマナーだぜ・・・にしても、さすがの俺様もまさかこんな城で泊まることになるとは思わんかったがなぁ・・・ヨーロッパ旅行に行った気分だ」
「まなあ? よーろっぱ・・・? でもすごい!ルウ、こんなお城で寝泊りだなんて初めて〜」

 あああああ、どうしよう。
 まさかこんな予想外の出来事が起こるなんて。
 何だ、お泊りイベントか。 で、でもこんなの知らないわよあたし・・・?!

「謁見は? 火急な報告があるのでそれをリゴール様にお伝えしなければならないのだが」
「もちろん存じております、シャムロック様。 ですが領主様も少々お時間が取れないようでして・・・晩餐会の支度が整いましたらお呼びいたしますわね。 湯浴みの準備もお着替えの準備も整っておりますので、ぜひご利用くださいませ・・・」
(ば、ばばばばんさんかい?! ゆあみ?! おきがえって何のこと?!)

 先を行くメイドが、貼り付けたような笑顔でにっこりと笑いかけてきて、その不気味さにあたしは思わず、レオルドの大きな手にすがりついてしまった。
 長く、長く続く廊下に沿うように、一定の間隔で取り付けられている窓の外を見やれば、既にとっぷりと夜が更けて、その濃紺色の中でぼんやりと浮かぶ満月は、ただ優しく、穏やかにその光を煌々と放っている。




 ・・・・・・・・どうやら、この城で過ごす夜は長そうだ。










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あとがき

遅ればせながら72話をお届けいたします。
トライドラに辿り着くまでの前ふりが長かったですが、盗賊のほうも片付いて、
旅の合間に一時の安らいだ時間を過ごし、どうにか辿り着きましたトライドラ。
みんなでわいわいしてるのが好きです。

えーと、ゲーム中にはこんなお泊りイベントなんてありません。笑。
ゲームならすぐに謁見の準備が整って速攻戦闘なのですが……すみません、ちょっとやってみたくて…(オオイ!)
え、でも、メイドさんとかこの機会がないと出せない気がする…!
お城に泊まるとかここじゃないとなかなか出来ないような気がする…!

そんな一心でこんなオチに。(あ、アンタ…!)
希望としては全員をスーツ&ドレスで着飾っていただきたいところですが状況的に無理そう。
スーツ&ドレスで戦うて無理だよね…!ちぇっ。

旅行したいぜヨーロピアン…。(関係ない)

長々と、お付き合いしてくださって本当にどうもありがとうございましたv
次こそ顎を登場させたい…!話に余裕があったら夢主にオシャレを…!(あんたの趣味だよ

2005.9.23