生きながらえた彼は、泣いていた。








第71夜 -4-








 熱が、体内を巡る。
 熱が、体内にこもる。

 熱が、意識を引き上げる。
 それに抗うことが出来ぬままシャムロックの意識は、覚醒した。

「――はっ・・!」

 急激に引き上げられて目が覚めた後に、しばらくの間天井を見つめることしか出来なかった。
 浅い呼吸を何度も繰り返し、身体に残る熱を感じながらただぼんやりと、夜色の闇に包まれた天井を見上げる――――生きている?

(そうだ、確か、に助けられて)

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 重くなった頭をどうにか動かせば、毛布に身を包みながら床に座り込んで眠るフォルテの姿があった。 見張りのつもりなのか、それともただの付き添いなのかわからなかったが、あどけない寝顔と相変わらずの彼のいびきに自然に、苦笑が零れた。

 身を起こそうと力を込めれば、気を失う前とは違い身体は意外と簡単に動いてくれた。
 意識がより鮮明になればなお軽く、自分の身体ではないような気持ちで手を握り締め、開き、ちゃんと動くかどうか、違和感の有無を確認をする。
 ただ身体に熱が残っている事から、怪我はほとんど治癒されて、かわりに少しだけ熱が出ているのだろうと理解する。 自分の状態を自分で理解出来るとなると、相当良くなった証だ。


(・・助かったのか、私は・・)


 彼女に、助けられた。
 危険を犯してまで彼女は自分を助けてくれた。
 あの夜に、思い切り感情をぶつけてしまったというのに――――。

(・・・死ななかったのか・・)

 生きてさえいれば、多くのことができる。
 死んでいった者たちのためにも。 生きている者たちのためにも。


 けれど。


(私に、何が出来るんだ・・)


 無力な


 あまりの無力な、自分


 先ほどの野盗たちに、思い知らされた




 何も、出来ない。




「ふがっ!・・・うーん・・」

 フォルテが急に声を出したが、すぐに口元をもごもご動かして再びいびきをかき始める。
 起きたのかとひやりとしたがただ寝ぼけて呻いただけのようだ・・・・毛布が、座り込んだまま眠りこける彼の肩からすっかり落ちてしまっていたので、できるだけ音をたてないようにベッドから降りて、それをそっと肩まで引き上げてやれば、再び口をもごもごと動かして、温かさを求めるように毛布に頬を寄せた。
 ・・・子供の頃から変わらぬ寝顔に、思わず、口元が綻ぶ。


「・・風邪をひかれますよ、フォルテ様」


 静かにそう呟いて肩を揺さぶれば、フォルテの睫毛がぴくりと震えた。
 やがてゆるゆると瞼は持ち上がり、彼は寝ぼけ眼でぼんやりとシャムロックを見上げ。

「っシャムロック! 気がついたのか!」

 次にはぱっちりと意識を覚醒させたかと思うとシャムロックの肩を両手で強く掴んだ。
 しかしシャムロックが”うぐっ”と声にならない呻き声を零して激痛に顔をしかめる(肩は負傷部分だ)と、我に返ったように慌ててその手を離して”わ、悪い!”と詫びた。

「うわっ・・思いっきり怪我した部分掴んじまった・・・! お、おい、生きてるか?」
「・・・・・な、なんとか・・・・・」
「いやマジで悪かった・・・お前がまた出て行くかと思ってうっかり」

 並ぶように二人はベッドに座り込むと、フォルテは”また何かあったらネスティに本の角で殴られちまう”と笑って、シャムロックの口元もそれにつられるように綻んだ。
 しかし互いに神経質そうな青年の姿を脳裏に思い浮かべ、彼が繰り出す本の角の威力を想像すると互いの口から思わず、笑みが消える。
 彼をよく知るフォルテの顔色は血の気を引いてすっかり青くなっていた。

「あー、と、とにかくだ。 頼むからこれ以上騒ぎは起こしてくれるな。 俺はまだ死にたくない
「は、はい・・(恐るべし召喚師・・・!)」
「で、ここがどこかわかるか? ルウの家だ・・・お前はと一緒に戻ってきたんだよ」
「・・・・・はい、覚えています」


 覚えている。

 伸ばされた、腕。

 差し伸べられた手も、それを掴んだときに感じた柔らかさも、全て覚えている。


「・・・ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「だああああっもう! 堅っ苦しい口調はいらねぇよ! 普通に喋れ、普通に! 今の俺はただの貧乏冒険者なんだからよっ。 どれくらい貧乏かと言うと常に食うことに困っているほどの貧乏だ。 おかげでケイナに殴られまくりだ」
「――――ですがそれでも、あなたの血は王家のものです」

 やや俯きがちに答える青年の横顔に、フォルテは顔を歪めて”血はしょうがねえだろうが、変えようがねえんだからよ”と、バツが悪そうにそっぽ向いてしまった。

 それからしばらく二人の間に沈黙が落ちる。
 だが時が刻まれていくと次第に、ぽつりぽつりと、フォルテはシャムロックが飛び出した間に交わされた仲間達の会話を彼に伝えていく。
 ネスティはとてつもなく怒ってはいたが、けれどそれでも彼も心配をしていて、アメル達も、ここにいる誰も彼もがシャムロックを心配をしていたことを伝える。

 自分も必死で探した事を。
 ここで帰りを待つはずだったが召喚獣を借りて単身、探しに行ったことも。

「・・・そうですか」
「あとで、皆に礼を言っとけよ」
「はい」

 それでもシャムロックは、俯いたままだった。
 薄茶色の前髪に目元を隠し、口元には哀しみの色を称えた微笑を浮かべて。

 フォルテははぁとため息を吐いて、ぽつりと呟く。

「無事で良かった」
「・・・・」
「お前だけでも・・無事で良かった」
「でも」
「兵士のことを、気に病むのもわかる。 アルのことも、俺だって悲しい。 あそこにいた奴らは俺にとってもダチだったんだ。 俺が王子だっつーモンだってこと知らなくても、それでも俺にとっては気兼ねなく馬鹿をやれるダチだった」

 窓から差し込む満月を見上げたまま言葉を零していくフォルテの言葉に、シャムロックは静かに耳を傾けていた。
 彼の言葉の通り、時々ローウェン砦にやって来ると彼は兵士達を巻き込んで飲み明かしていたり、楽しそうに騒いでいた。 それこそ彼の相棒であるケイナが呆れて放置するほどまでに。


 あの穏やかな日々は、もう二度と戻らない。


「・・・皆、死んじまった」
「・・・・・」
「俺達は・・・俺は、何もしてやれなかった。 仲間のを拉致ってまでどうにかしようとしたのにな、何も解決にもなんなくて、どうにもならなかった」
「・・フォルテ様・・」
を殴って、リューグやネスティに斧や杖向けられて、ケイナに怒鳴って、全部全部振り切ったのに何もなんなかった・・・・・・・馬鹿だよな。 止まらなねぇって頭ではわかってたのに」

 わかっていた。
 あの時に言われたリューグの言葉の通りに、戦いが治まるはずがないのだと。
 を盾にしてその場を逃れられても、きっと、ビーニャの魔獣で全員が死んでいた。

 けれどそれでも、どうにかしたかった。
 シャムロックを、皆を、助けたかった。
 誰かの命を取りこぼすことなく、全て、全てこの手の中にいれて救い上げたかった。



 その結果、シャムロック以外の命を全て零してしまった。



 今の自分には、仲間の力がなければ誰一人の命を助けられないのだと思い知らされた。



「・・ごめんな、シャムロック」
「え」
「・・他の奴ら、誰も、助けられなかった――――お前も、助けてやれなかった」



 彼も、悔いている


 深く、深く、己の無力さを、悔いている




 自分と、同じ――――・・・。



(同じ・・?)

 そこで、初めて気付く。
 自分だけが悲しいはずなんてなかったのに。


 この人もも悲しんで、血まみれの自分を心配してくれていたのに。


 気がついたその事実に顔がカッと朱に染まったのを自覚して。

「違いますっ!」

 自分が恥ずかしくなって、シャムロックは羞恥を振り払うかのように叫ぶように否定した。
 立ち上がってフォルテを見下ろして、何度も。 何度も。 違います。 違います。 そうではない。 違うのです。 貴方が、私に謝るべきではないのです。

「・・っ私も、何も出来なかった・・!」

 何も出来なかったのです。
 黒騎士の、守ってもらえるかどうかも分からぬ約束に乗って、剣の前に命を晒す事しか出来なかった。 それしか、望みがないと諦めた。 口ではどんなに偉そうに言っていても、友達に、仲間に、死兵になんかなってほしくなかった。 生きて欲しかった。 ただそれだけだった。

 でも、何も出来なかった。
 何も出来ぬまま、生きながらえた。


「私は、私は・・・砦で死んだ者たちのためどころか・・・」


 野盗たちにただ殴られ、心配して駆けつけてくれたを危険に晒してしまった。
 虚ろな意識の中で見た、フォルテがネスティに責められる光景にはただただ申し訳なくて。

 あのときの悔しさに唇を噛んで、溢れ出る涙に構わずシャムロックはぎゅっと目を瞑る。


 その姿は、砦でルヴァイドの言葉に胸を張って受け答え、互いの命を奪う凶刃と向き合っていた雄雄しい白い騎士の名残りはどこにも見えない・・・だがフォルテはそれに驚くこともなく、ただ彼の姿を見つめていた。

 彼は確かに腕の立つ剣士だ。
 それでも同じ人間なのだと知っている・・・弱く、脆い部分があるのだと知っている。
 だから驚くことは何もなかった――――強いて言うなら、立ち上がった彼の身長が少しだけ高く見えたような気がして、それに少し驚いたくらいだ。(まだ伸びてんのかコイツ)


 息を荒げ、しばらく俯いていたシャムロックは、搾り出すように言葉を零す。


「私はっ、死んだ、者たちのためどころか・・・」
「・・・・・」
「貴方に、ディミニエ様に・・・何も、できない」


 そこでフォルテは少しだけ驚いた表情を浮かべて、次にはやっぱりなと顔を歪めた。
 自分が、そこにいた・・・シャムロックに無茶をさせてしまう理由の中に、自分たちがいた。

「んなことねえよ、お前にはいつも助けられてた。 俺も、ディミニエも」
「いいえ、私はっ」
「シャムロック」
「私はっ・・・・・王子だった貴方に何もしてあげられなかった。
 だから、今の貴方にだけでも何かしたかった・・・でも、結局何もしてやれないばかりで」



 だからせめて、フォルテやディミニエがいる、この国を守ろうと思った。


 死んでいった者たちが想う、生きて欲しい人がこの国にはいるから。


 だから、一刻も早く危機を伝えたかった。


 デグレアに追われているフォルテの代わりに、この危機を聖王に伝えたかった。




 彼らには、幸せになってほしかった。


 ただそれだけだった。




(・・――――相変わらず、わかってねえなぁ)

 胸中に呟きながらも、搾り出すように零れる悲痛なその声に堪らなくなってフォルテは顔を歪めた。
 そんなことはないのだ。 決して。 決してそんなことはないのだ。
 彼には、いつも助けてもらってばかりだった。 これだけは本当だった。
 ディミニエも、優しくて、人の好いお前にたくさんの感謝をしているというのに。 お前のことが好きなのに。



 何もしてやれなかったのは、自分のほうだというのに



(・・でも結局、俺たち、何も出来なかったんだよな・・・)



 誰かの思いも。
 誰かの心も。


 全て、零れていった――――。



 奥歯を噛み締めるフォルテの中に、悔しさが、悲しみが、胸に満ちていく。
 自分に対しての怒り。 無力さ。 それを思い知る。


 だから。


 唐突に思い浮かんだその言葉は鮮明で、酷く鮮やかだった。





”―――――― 一人じゃ、出来ないことはたくさんあるのにね”





「・・・・?」

 思わず、呆然と、ぽつりと、その名が零れた。
 それに俯いたままのシャムロックがふと顔を上げるが、フォルテの中に、彼女との言葉が思い浮かんで、胸の奥を占めていく。

 優しく。
 羽のような軽さを持って、それは心に降り注ぐ。






”・・・でも、あたし達・・・・・・シャムロックの力になれるかもよ?”






 どんなに悔やんで、怒って、悲しんでも



 大きな壁の前では、なす術がない





 一人では、何も、変えられない







 けれど







「――――シャムロック、聞け」

 顔を上げて、フォルテはシャムロックを見上げた。
 だがそれだけでは親友との距離がもどかしく感じて、ここでは言葉が届かないかもしれない・・・そう思って立ち上がって、シャムロックの両肩を掴んだ。
 負傷した部分を掴まれて精悍な顔は痛みに歪んだが、それでもフォルテは手を離さなかった。

「怪我がある程度治ったら、俺と一緒にトライドラに行くぞ」
「え・・」
「お前の完治を待ってられないのは悪いが、でもここでのんびりやってたら国が滅ぶ」

 の言葉で頭が冷めて、思考がするりと動き始めた。
 黒騎士ルヴァイド。 槍使いイオス。 機械兵士ゼルフィルド。
 屍使いガレアノ。 魔獣使いビーニャ・・・他にもデグレアは、多くの力を持ってこの国に攻め入るはずだ。



 させるものか。

 これ以上は、奪わせない。



「一人で行くんじゃなくて、俺と、一緒に行くんだ」

 だがシャムロックは首を横に振って拒否をした。
 彼が何を思って否定したのか何となく予想がつく・・・自分を聖王家に関わらせまいとした否定だ。 気持ちはありがたい。 とても嬉しい。

 だが、そうも言っていられない。

「シャムロック、聞けっ」
「っ」
「国がヤベぇって知ってんのは多分、俺らくらいだ。 誰も気付いていない。 あいつらは静かに、ゆっくりとこの国を殺していくつもりだ」

 を求めるのも、聖女を求めるのも、理由は未だわからない。
 けれどそれでも今回の侵攻に彼女達が巻き込まれていく事は確かだ。 そしてディミニエにも危険が及ぶのも確かだ。(あの親父(聖王)は殺しても死にそうにないから別にどうだっていいが、一応気にはかけてやる)

「でも俺らだけじゃ無理だ」
「・・・・」
「まず、俺がネスティを説得する。 ネスティは毒舌で容赦ねえがそれでも頭が廻るし、何より蒼の派閥の人間だ。 マグナとトリスも見習いだがそれでも剣の腕も召喚術の腕もたつ。 ミニスは金の派閥の人間だし、金の派閥の議長のファミィ・マーンの娘だ。 交渉次第では政治に関わることのない蒼の派閥と金の派閥のコネも出来る。 他の奴らだって今まで何度もルヴァイド達からとアメルを守ってきた――――力もある」

 ここまで挙げて、そこで今まで共に過ごしていた仲間達がとんでもなく異色な粒ぞろいだということ改めて思って高揚していく気持ちが抑えられず、思わずククッと笑いが零れた。

 よくよく考えれば良かった。
 出来る。
 きっと、彼らがいたら自分に出来ることもある。
 彼らを巻き込むと思うと辛いが、彼らはを、アメル達を守るためにデグレアを敵に回した。
 だがいつ終わるのかも分からない長い月日の中でこれからもそうやって戦い続けていく事は無理だ・・・ならばそれを終わらせるためには早々に、デグレアと決着をつけるしかない。(随分無理矢理な前向きさだが、それでもこれは事実だろう)

 蒼の派閥。
 金の派閥。
 両者も国の危機となるなら、傍観なんて出来ないはずだ。
 (傍観を決め込んだとしても無理矢理にでも引きずり込んでやるが)



”・・っ私も、何も出来なかった・・!”



 生きながらえた彼は、そう、泣いた。
 大切な人に。
 死んでいった者たちのために、何も出来なかったのだと。


 生きながらえた彼は、心を押し潰して、そう、泣いた。


「シャムロック」

 射るような眼差しを、親友に向けた。
 彼はただフォルテの言葉に耳を傾けて、暗い光が宿っていた瞳には、わずかながらの希望に揺れ動いている。

「俺達は、生きてる」
「・・・・・・」
「だから、出来ることはまだある――――色んな奴らに恨まれて、色んな奴らに望みも願いも突っぱねられても、それでも俺達に出来ることは他にもあるんだよ」

 自分で言ってて恥ずかしくなってきたが(俺のガラじゃねえよなぁ)、それでもこれは本心だ。
 偽りも何もない。 自分達が知っているこの事実を誰かに伝えなければ何も動かない。 ただ、デグレアに侵略される道しかない。



「お前の言葉が国を動かすんだよ――――砦の守備隊長の、お前が」



 一介の冒険者や身分の低い他の人間の言葉では、国は動かない。
 だが<デグレアの侵攻を監視する役目の砦の守備隊長>の言葉を疑うなんて、誰が出来よう?
疑われたとしても、調査さえすれば砦が落ちた事実に気付くだろう。
 不審に顔を歪めても、砦が落ちた事実は何も変わらない・・・国は確実に動く。


 国は動き、そして迎え撃つ準備をするだろう。

 守るために、巨大な壁を破壊しようと動くだろう。


 自分達はその勢いに乗って進めばいい。



 そうすればきっと、他に出来ることが見つかる




「――――――か・・?」
「ん?」

 思考に耽っていたためか、言葉を聞き逃してしまい、再度促すように問いかけた。
 シャムロックはただ呆然とフォルテを見ていた。
 目を見開いて、ただ、彼の言葉を頭の隅にまでしみこませるようにぼんやりとしたままで、言葉を零す。

「・・本当、ですか・・?」
「・・・・」
「私にも、何か、できますか・・?」
「・・シャムロック」


「こんな私にも、っまだ、誰かを守れますか・・・っ」


 堪らなくなったように、シャムロックは声を震わせて言葉を吐いた。
 どうしようもなく。 どうしようもなく。 みっともなく。 みっともなく。 けれどそれでも、絶望から這い上がり、僅かな希望にすがるように。




 無力過ぎる自分に、何かを、誰かを守れますか。




 彼は、涙する。




 死にいく者に何もできなかった




 けれどまだ、こんな自分にも誰かを幸せにできますか、と




 親友の顔に、フォルテの顔に泣き笑いの表情が浮かんだ。
 死人のような顔をしていた親友に生気が戻ったことが何より嬉しくて、掴んでいた肩を離して、がっちりとしたその背をバンっと叩く。

「バカ、お前がいねーと何にもなんねえんだよ。 しっかりしろ、隊長!」

 しかし勢いをつけて叩き過ぎたのか、背に響く衝撃にシャムロックは低く呻いて床に蹲ってしまった。 それに慌てて彼をベッドに横にさせるが、今のシャムロックの目からは暗い光など見当たらなくて、フォルテも心なしか姿勢を正した。

(ありがとな、

 心の中で、ひっそりと彼女に感謝した。
 いつか。 いつか、に、ちゃんと礼をしなければ。
 この件が片付いたらしばらくは、が元の世界に還る方法を探すのを手伝ってやってもいいかもしれない――――・・・。

(・・ん?)

 そこまで考えて、どこか、胸がチクリと痛んだ。
 思わず首を傾げるが、しかし胸の痛みは消えうせて、気のせいかとそのまま記憶の隅に押しやる・・・・まさか彼女がいなくなることを寂しいと思う訳がない。(いや確かに寂しいと思うところもあるだろうが)

「よし、やるぞ! シャムロック」
「はい」
「お前は怪我の回復に専念しろ、俺はネスティを説得してくる」
「はいっ・・・って、今からですか?」

 フォルテは”おうよ!”と返事をしてからマントを引っつかんで身を翻し、そのまま慌しく部屋を出て行った。
 今の時間帯は深夜なので”フォルテ様・・もう少しお静かに・・”とシャムロックは呟くが、フォルテの耳には入っていないようだ。

 ドタドタと走る足音に「うるっせーぞデカブツ!」と叫ぶ子供の声が聴こえてきて、思わず「あぁ・・・」と顔を抑えてしまった。
 この調子だとまたネスティに怒鳴られるかもしれない・・・。
 それを考えたあとで、「今何時だと思ってるんだフォルテ!」と怒りに叫ぶネスティの声が聞こえて来て、シャムロックはますます「あぁぁぁ・・・・」とベッドの中で頭を抱えた。


「本当に変わらないな・・あの人は・・」


 苦笑混じりのため息を吐く・・・・が、心はすっかり晴れていた。
 あんなにも、あんなにも悩んで、沈んでいたというのに。
 確実に成功するという保証もない、そんな考えだというのに。


(でも、やるしかない・・)


 悲しみに暮れ続けてもいいだろう。
 本当ならまだ少し、彼らの死を悼みたいところだが・・・けれど、それは全てを終えてからでも遅くはない。


 出来ることが、ある


 それは、確かにあるのだ



(守ろう)



 身を抱き締めるように身体を丸めて、静かに呟く。



(守ろう、出来ることがあるなら・・・・この国を)



 今度こそ、取り零すことがないように














「・・・・・・人間って不思議よねぇ・・・・」


 フォルテが慌しく出て行く背中を唖然と見送ってから、汗を拭うために水が入った桶を手に持ったまま立ち尽くしていたあたしの言葉に、あたしと同じくシャムロックの看病の手伝いをしようとして、けれどフォルテとシャムロックの様子を見守っていたロッカが苦笑した。

「だってあんなにドン底だったのに今はフォルテなんかピンピンちゃって。 これでケイナの心配も少しは減るかしらね〜」
「本当ですね・・・・・さんの心配も減るんじゃないですか?」

 ロッカは、とても笑顔だった。(もはや爽やかを通り越して清々しい)
 それに何故だか負けてしまったような気になって、ロッカから顔を背けて鼻を鳴らした。

「べ、別に、あたしはそこまで心配してなかったわよ。 だってあのフォルテがいるんだったらシャムロックだってきっと元気になってただろうし・・・ならなきゃいけない状況でもあったけど、それに皆がいるんだから・・・・遅かれ早かれ元気になってたわよ」
「そうですね」

 同意する、穏やかな微笑みに見惚れて思わず言葉に詰まった。
 ていうかリューグと双子だとは思えぬ穏やかさだよロッカ・・・! リューグが猫ならロッカは穏やかな面持ちの犬だよ。 あ、やばい。 それ思ったらますます犬っぽいイメージが膨らんできた。
 マグナを散々ワンコロワンコロと言ってきたあたしだけど今更ながらにヒィィィ変態かあたし!とか叫びたくなる。

「な、何か元気ないね? ロッカ・・(去れ邪念!
「いえ・・・・・さんが元気になるのは、いつかなと思いまして」
「・・・そ、そう・・・・?」
「ネスティさんと仲直りしたとは聞きましたけど、でもやっぱり、最近のさんはどこか元気がないみたいだって・・・・皆も、僕も、心配してます」
「あ、いや、そういうわけじゃなくてね、ただ・・・」

 色々な事が、起こりすぎていた。
 何から悩めばいいのか、何を迷えばいいのか、何に不安になって何を怖がればいいのかわからない――――全てが怖くてたまらないから。

 でもそんなことはとても口に出せなかった。
 まだ、認めるには怖い。 だから、少しだけ方向の違う事をロッカに呟いてみる。

「・・・・罪悪感、かなぁって・・」
「・・・罪悪感?」
「うん、今はシャムロック、顔を上げてくれたけどやっぱり・・・辛いかな」

 あの夜に、リューグは、あたしとルヴァイドは関係ないって言ってくれたけど。

 ・・・・でもあたしは、同じなのだと痛感した。
 知っていた事を。 あのときに起こる出来事を。 唇から零すこともなく閉ざしていた。
 怪しまれるのを覚悟でさり気なく伝えることは出来たかもしれない。 でもそれすらしなかったのは、元の物語通りに進めなくてはルヴァイド達の命がなくなるのかもしれないと思ったからだ。

(あたしは、砦の兵士やシャムロックよりルヴァイドたちを選んでいた)

 だから、あたしも砦の兵士達を殺したのも同然だ。
 彼らを、見殺しにした。
 ルヴァイドたちのために。
 見殺しにした。



 ――――彼らだって生きていることには変わりなかったのに。



「誰かが死ぬのを見るのは、辛いな・・・」

 レルムの村でも思い知ったはずなのに。
 彼らはこうなる運命だったと諦めて、何もしなかったことをルヴァイド達の傍らで悔いて、怒ったはずなのに・・理不尽な怒りを彼らにぶつけたこともあったのに。
 何故、忘れていたんだろう。
 何故、決闘を見守っていたあのときにそれを思い出さなかったんだろう。

 その事を思い出させてくれたのは、あたしを助けてくれたあの男の人だった。
 喰われそうになったあたしに迫る魔獣の牙に体を投げ打って、そのまま事切れてしまったあの人の行動。
 あれは物語にも何もなかった――――見知らぬあたしを守るために命を晒して死んでいった人。


(あたしにはどうすることも出来なかった・・・あたしは、何もしなかった)



 ルヴァイドたちを選び続ける限り、きっと何度もこんなことが起こるのだろうか



 それを思うと、ぞっとした。
 あと何人。 何十人。 消えていくのだろう。
 あたしなんかが一人足掻いて、彼らは生きてくれるのだろうか。
 ルヴァイドたちは穏やかに笑って、生きていけるようになるのだろうか。

 ロッカたちも、誰かが欠けることなく本当に生きていけるのだろうか――――。



「大丈夫です」



 ふと、ロッカが呟く。

「・・・?」
「僕らは大丈夫です、さん」

 ロッカは、決意にも似た眼差しであたしを見つめて、口元に小さく笑みを浮かべてから、そっと、あたしの手を握った・・・・大きくて、温かな手のぬくもりに、心が少しだけ安堵する。
 自然と、肩の力が抜けていくのがわかる。

「さっき、フォルテさんがネスティさんを説得に行きましたけど、でも、貴女やアメルを守るために、この戦いを終わらせるにはフォルテさんの言ったとおりトライドラに保護を求めて、聖王様にこの国の危機を伝えて・・・・戦うしかないでしょう」
「・・・うん」

 それこそが、この世界の物語の筋書き。

「でも」
「・・・?」
「・・僕も、皆も、ちゃんと生きて帰ってきますから」

 そう告げて微笑んだ青年の顔は、随分と大人びたものだった。
 リューグだけでなくロッカも、いつの間にかすっかり、立派な男の人の顔をするようになっていて、思わず俯いてしまう。(見てられん・・・!)

「だから・・無理なんかしないでください」
「・・・」
「貴女が、無理して笑うのを見ると辛いです」
「・・ご、ごめん・・」
「謝らないでください」

 ロッカの、手を握る力が強くなる。
 彼の静かな青の髪を不思議そうに見上げれば、ロッカは深く俯いていた。 口元は笑っていたけれど、でもそれは彼が見せてくれるあの穏やかなものではなくて・・・どこか、寂しい微笑。

「・・謝らないでください」
「・・・・」
「戦う以外に僕は、大切な貴女に、何もしてあげられないんです」

 寂しそうにそう微笑んで、ロッカはゆるりと掴んでいたあたしの手を離した。
 その微笑に、彼は完璧に誤解していると察して慌ててその手を握り返せば、今度はロッカが目を丸くしてあたしを見下ろす。

さん?」

 違う。 と言葉にしたくて、でも喉の奥で詰まった。
 そんなことないよ、ロッカ。 ロッカたちは、ロッカは、ちゃんとあたしを助けてくれてる。
 あたしもすごく感謝して、逆にあたしのほうが何も出来てないって思ってる。

 知っていたのに、死なせてしまった。
 知っていたのに、何もしなかった。

 それを思うと、自分が嫌で、嫌でたまらなくなるけど。

(でも、あたしは、・・・これからも)

 選ぶのだ。
 ルヴァイドたちを死なせないように選んでいくのだ、多くのことを。
 これ以上誰もいなくなりませんようにと、叶わぬ願いを心に秘めて。


 でなければ、死んでいった彼らは何のために命を落としたのだ。


 思いを込めて、ぎゅっとその手を掴む力を込めた。

「ありがとうロッカ」

 ごめんねロッカ。
 本当は戦いたくなんかないのに。
 でもアメルやあたし達が狙われてしまってるからこの人は戦ってくれて。
 あたしなんかを心配してくれて。
 大切だって言ってくれて・・・・・・そんな感謝の気持ちをいっぱいに込めて、言葉を紡ぐ。

「謝るなって言われたけど、でも、ごめん。 いつも、いつも、助けてくれて本当にありがとう」
さん・・」
「ほんとにありがとうロッカ」
「・・・・・・」
「今までありがとう、ずっと心配とか、不安な気持ちにさせちゃってごめん」
「・・・別れの言葉みたいで、縁起が悪いですよ」

 苦笑して、あたしの手を握り返して、ロッカは微笑む。
 ”縁起って言葉知ってたんだ”と思いながらも握り返された手をまた握り返して。

「何もしてあげられないなんて、ウソだよ」
「・・そう、ですか?」
「ちゃんと、あたし、助けられてる。 皆にも、助けられてる。 じゃなきゃここまで来れなかった」

 そうだ。
 じゃなきゃとっくに死んでいる。
 重みに耐え切れなくて。 抱えているものが重過ぎて。

 彼らには、体だけでなく、心も守ってもらっている。

「・・でも、誰かが欠けると、本当に辛いし、哀しいし、立ち直れないかもしれないから」
「・・・・・」
「ちゃんと生きて、戻ってきて」
「・・・はい」
「あたしも、しっかり、するから」

 これは、本心だ。
 体が光ったり、過去が見えたり、囁きが聴こえたり・・・もう、いつまでも怖がっても仕方が無い。
 特に、あの囁く声は特に怖くて、 今ではもう聴こえないけれど、眠ればもう二度と目を覚ます事がなくてあたしは消えてしまうんじゃないかとかそう思う。(実際には何も聞こえなくて、ぐっすり眠っているんだけども)

 でも。
 リューグも、シャムロックも、ネスも、たくさん教えてくれた。
 ロッカも、大丈夫だと言ってくれた。

 今度は、あたしの番だ。


 あたしが、しっかりする番だ。


(皆、大丈夫・・・ルヴァイドも、みんな、大丈夫)








 たとえこの次に向かう都市でまた




 どうしようもないほどまでに、傷つくことになるとわかっていても











NEXT


慌てて後書き

フォルテとシャムロック、一気に回復です。
シャムロックを泣かせすぎました、彼は、もっと、しっかりしているはずなのに…!
これじゃトライドラで耐えられないのでは…シャムロックよ…(汗)

…展開も唐突過ぎたか…な…。
すごいポジティブになった、フォルテが。笑。
彼はシャムロックといると少しばかり子供っぽくなるかもしれないという妄想。
いや寧ろ兄貴風を吹かしてくれたほうが良かったかも…?

ロッカは、すごいセリフもサラっと言ってくれそう。
大好きすぎる。

次はトライドラへ向かう前の旅支度。
よ、ようやっとトライドラー!
擬人化レオルドやバル、ハサハ辺りが絡むかと。


.2005.8.10