「・・お前らってさぁ、最近喧嘩ばっかしてねえか?」 第71夜 -3- シャムロックの治療が終わって一息ついたとき。 ベッドサイドに設置された椅子に腰掛けて、アメルが入れてくれたお茶を飲み干したあとでフォルテが言った言葉に、彼の隣に座るあたしはうんざりとしたように顔を歪めた。 思い当たることが多すぎるのだ。 特にここ最近は。 「・・・・あたしは別に喧嘩したいとは思わないんだけど」 「ま、今回のの無鉄砲ぶりにはネスティも本気でキレたってことだろうな〜、おーコワ」 「む、無鉄砲って・・そこまで言う?」 「・・・ん・・」 あたし達の声に反応したのか、ベッドで眠るシャムロックは声を洩らした。 それに慌てて自分達の口を手で塞いで静かにすれば、彼は穏やかな寝息をたてて、深く眠る。 ・・・・・・あー良かった。 起こしたかと思った・・! アメルの治療が終わったあとで身体を拭いてやってから、血に汚れた包帯を替え、服を着替えさせたりと(こっちはフォルテがやりました・・・ちぇっ<オイ)したおかげで、土と血に汚れていたシャムロックはずいぶん綺麗になった。 ネスは動けないように縛っておけといったけれど、あたしとフォルテがこうしてついているのだから別に縛らなくてもいいだろう、ということで縛っていない・・・シャムロックを縛るのは、やっぱり嫌だった。 だから代わりにあたし達がシャムロックを一人にさせなければ、動けないシャムロックは大人しく眠るしかなくて、回復は早くなるはずだということでフォルテと意見が一致した。 さすがにフォルテも、親友を縛るのは嫌だろう。 フォルテは彼の寝顔に安堵したような息を吐いて、隣に座るあたしを見る。 「でもな、ネスティが怒るのは無理ないと思うぜ。 最近の野盗は人身売買までやってるって話だからな」 「・・・そうなの? シャムロック危なかったわね〜、ちょっと可愛い顔立ちしてるからマダムのテゴメにされるところだったよ・・・うわ、ちょ、萌える! いけないわあたし落ち着いて!(トリップ)」 マダムに買われるシャムロックをうっかり想像してしまい(すんなり想像出来るところがまた怖い! 自分の想像力が!<本当にな)、あたしは両手で顔を抑えて絶叫した。 シャムロックは精悍な顔つきなのだが、でもどこか可愛いく見えるのだ。 なんというか、純朴さが顔に現れてしまっているせいというか。 「いやしかし、それだったらネスもシャムロックの心配でマジギレだってするわよね〜」 「(・・こいつ、ときどき本当に訳わかんねえこと言うよな・・) いや、ネスティはシャムロックが心配だったから怒ったんじゃなくてだな・・・・・・まぁいいか」 フォルテの呟きに首を傾げながらも、あたしはほっと息を吐いて窓の外に目を向けた。 四角い窓から入る光は夕焼けの赤だ。 それは床の木目に赤い光を落としている。 強烈なその赤はやけに目に焼きついた・・・シャムロックの肩に滲んでいた、あの血を見たせいだろうか。 「でも、どうしたんだろうね、シャムロック」 「・・・・」 「何で・・・フォルテにまで黙って、出て行ったんだろうね」 ”そうだな”とフォルテは返事を返してくれたけれど、その部分はフォルテの中で大きく、深く、引っかかっているだろう。 何が彼を駆り立てたのか――――それを理解しなければ、シャムロックは再び繰り返すかもしれない。 今度は完全に治った状態で、一人、トライドラへ。 あの都市はもう、滅びてしまっているということを知らぬまま。 「こいつは、クソ真面目だからなぁ」 「・・・うん、そんな感じ」 「・・・だから、余計なこと考えて、一人で全部どうにかしようと思ったんだろうなぁ」 ・・・・・・・・・”余計なこと”とはなんだろうと、思考を掠める。 フォルテはその”余計なこと”ということに心当たりがあるのだろうか。 眠るシャムロックの横顔を見つめて、顔をわずかに俯かせるフォルテの肩が少しばかり落ちている――落ち込んでいるような、それ。 (・・いや、やっぱヘコむよ・・・親友が、こんな風になってたら) 大事な人なら、力になれないことが本当に悔しい。 あたしにだって思い当たることがたくさんある。 世界も文化も違っても、どこにいてもそれは変わらない。 座っていた椅子をフォルテのすぐ隣までずりずりと引き寄せたあたしは、深い紺緑の服に包まれた広いその背に触れてあやすようにぽん、ぽん、と叩いた。 そうすると、フォルテが不思議そうにあたしに視線を落としてくる。 きょとんとしたその表情に目を細めて、シャムロックの横顔を見つめて、ぽつりと呟く。 「・・・一人じゃ、出来ないことはたくさんあるのにね」 出来ないことは、たくさんあり過ぎる 誰かを助けたかったり、何かを変えたかったり たくさんあり過ぎるそれに、ときには絶望にも似たものを思い知らされるけれど 「・・・ああ」 一定のリズムが体内に響き、音に安堵するかのように一息つくとフォルテは目を伏せて頷いた。 ――――あたしは彼の素性をよく知らないから、何と言葉をかけて彼を本当に元気づけてやれるかわからない。 「でも」 けど、彼がどんなにすごい人なのか知らないから。 もう、今はその事実のまま、彼の友達として触れよう。 友達として、言葉をかけよう。 「・・・でも、あたし達・・・・・・シャムロックの力になれるかもよ?」 あたしの言葉に、フォルテはただ無言だった。 一度、目を伏せたまま思案するかのように深く俯いて。 けれどすぐに、顔を上げて。 口元に、穏やかな笑みを。 優しい眼差しを、その瞳に浮かべて。 また目を伏せて、フォルテは、頷く。 「ああ] 大切なものを、失くしてしまった彼の 「・・――そうだな」 彼の、力になれるかもしれない 彼の、支えになれるかもしれない ただそれだけを、願う 次に目を開かれたフォルテの瞳には、何か、決意めいた強い光が揺らいでいた。 何かと向き合うことを覚悟したような、そんな光・・・・・・・それが何を意味するのか、あたしにはわからない。 (でも普通、知らないことが当然なんだよね・・) シャムロックのこともフォルテのことも、まだよくわからない。 ・・・・・そのうち教えてもらえたら嬉しいなぁと、思うけど。 (でも、知らないままでも、いい。 それでもシャムロックやフォルテの力になりたい) 一人では出来ないことは、たくさんある 守れないことも、変えられないことも たくさん、ある (でも、助けてくれる、力を貸してくれる誰かがいたら) ”その人のために”と、同じ想いを持つ人がいれば もしかしたら、何か出来るかもしれない 誰かのために、何かが出来るかもしれない ・・・大切な人がいるこの世界を守ろうとした人がいたように ”――――――。” 哀しく、儚げに微笑みながら その人を救おうと、その身を捧げた人がいたように (――――あれ?ちょ、まって・・・) ぐらりと、目が廻った。 けれどそれはすぐに治まって、何だったんだと首を傾げる・・・誰だ、あれは。 今までに何度か、思い出しかけたような気がするけれど、確かめようとすれば、それは霞がかかって掻き消えていくから全然わからない。 知らない。 ・・・脳裏に浮かんだ、微笑みはダレノモノ? 「どうした?」 「ん・・何でもないっ」 嫌に冷たい汗が背に浮かんだのを自覚しつつも、あたしは口元を笑みに歪めた。 フォルテにんまりと笑って、ごまかしがてらに広い背中をぱんっと叩きながら椅子から立ち上がれば、叩かれた痛みにフォルテは大げさに仰け反って”ひでぇな”と笑う。 そんな彼の顔はさっきよりも晴れやかだ――――少しでも元気になってくれればそれでいい。 「それじゃシャムロックお願いしていい? あたし、夕食持ってくるから」 「お、ワリーな」 「いえいえ、それじゃしっかりよろしくね」 廊下に出て、背で扉を閉める。 バタン、と扉が閉まる音は、やけに静かな通路に大きく響いて、何故かびくりと身体が震えた。 ・・・無意識に、自分の胸元の服をぎゅうと握り締める。 (・・何ビビってんの、あたし) 香ばしい匂いが漂う方向を辿るように歩き出そうとすれば、窓から差し込む月光が、窓枠が設置されている一定の間隔で床をぽつぽつと青白い光を零し、一つの灯りとなって廊下一帯を照らしている・・・光が差し込んで、床に落ちている光はまるで導のようだ。 ぼんやりとその光景を見つめたまま立っていれば、その青白さに、ネスの険しい顔が脳裏に浮かぶ。(いやまぁ、だってネスもそこそこに青白いし・・・・) 常に冷静さを称えた、物静かなタイプの人だというのに(ときどき、ねちっこいけど)あそこまで彼が感情を露にして怒っているだなんて、初めてだ。 彼と付き合いの長いトリスとマグナでさえあんなに驚いていたのだから、あれは相当レベルの高い怒りなのだろう。 (・・・ってか、ほんと、喧嘩してばっかり・・・・) ”一歩間違っていれば!殺されていた!” ――そうだ。 あそこでシャムロックが最期まで手を掴んでこなければ、あたしは完全に捕まって、殺されていたか売られていたかのどちらかだ。 まったく、物騒な世の中だなぁと呟いてみて、でも自分の世界にもそんなことがあるんだろうなぁと、久しぶりに元の世界のことを思い出す。 いやもう本当に久しぶりだ。 忙しくてそれどころじゃなかった。 (・・還れるのかな、あたし・・) レルムの村では、生き延びた。 他にもルヴァイド達に追われながらも、生き延びた。 今度はレイム達だ・・・ガレアノ、ビーニャとは終わった。 次はトライドラにいるキュラー。 作り物めいたあの顎(あれって、顎を守るための道具? 顎シールド?)と、死人のように青白いあの顔――そして他の二人の悪魔より、ずっとずっと策略的な、知性的なあの瞳。 (・・・・厄介だわねぇ) あの性格の悪そうな顔からして、精神的攻撃が多いかもしれない。 ただでさえ今のシャムロックは崖っぷちな精神状態(?)なのだ(もう今にも自分からダイブしそうな・・・・ギリギリじゃん!)だから、シャムロックを一人にさせないように注意しなければ。 ここはやはり、キュラーを知ってるあたしがしっかりしないと。 ”白騎士保護同盟会員その1ね!”と拳を握りながら意気み、香ばしい匂いが漂う方向を辿るように歩き出そうとすれば、薄暗い通路の向こうに包帯や替えのシーツを手に持ったレシィとレオルドの姿があった。 「あ、ご主人様〜!」 レシィはあたしに気がつくとぱっと顔を輝かせて、ぱたぱたと小さな音を立てながら走り寄って来る。 ・・・うーん、めんこいわぁ。 「ご主人様、シャムロックさんはどうですか?」 「うん、落ち着いてるよ。 今はぐっすり眠ってるから、大きな音をたてないようにね」 しーっと口元に指を当ててから、”フォルテたちの食事とってくるわ”といえば。 「アルジ殿」 「ん?」 珍しくあたしを呼び止めた機械兵士の護衛獣に振り返る。 真っ白な、清潔なシーツを持ったまま、彼はがしょがしょとあたしの目の前にまで歩み寄ってきて、シーツを抱えていた大きな腕をぎこちなく持ち上げて、人の指に似せた大きなそれを、そっと、あたしの頬に当てた。 冷たくて、固い感触が頬に触れる。 「顔色ガ、優レナイヨウデスガ」 「そう? でも今は全然眠くないし、食欲もあるわよ」 そういえば何か、最近、レオルドの行動がとても人間らしい気がする。 彼と出会ったばかりの頃は、こうやってあたしに触れるなんてことはほとんどなかったのに。 「――――何カ異変ガアレバ、スグニ報告ヲシテクダサイ」 無機質な音声で告げられたそれに、内心、ぎくりとしてしまった。 なんというか、色んな意味で異変らしきものが起こっているのだけれども、これは彼に言うべきか。 しばし思い耽ってみるが、結局誰にも相談せずに黙っていて、最期に自分がどうにかなってしまうことのほうが怖い。 (・・シャムロックが落ち着いてからまた今度、相談したほうがいいかも) レシィを先にシャムロックのところへ行かせて(いやもう心配させちゃうと悪いしね・・・!)、素直に頷いて走り去る小さな背を見送ってから、あたしはレオルドにそっと囁く。 「それじゃシャムロックの件が落ち着いたら、ちょっと相談にのってくれる?」 「ワカリマシタ、イツデモゴ相談ニノリマス」 「うん、お願い・・それじゃあとでね」 シーツを抱えたレオルドが、そのままぐるりと方向転換。 大きな身体は廊下の幅をほとんど占めてしまっているが、両脇の壁に触れるか触れないかのギリギリの距離で方向転換を成功させると、長いコードの束の三つ編みを揺らしながら、シャムロックが眠る部屋に入っていった。(セーフッ・・!) (ルウの家が広くてよかった・・・じゃないとレオルド、外で見張りすることになってたよ・・) 黙々と見張りをする護衛獣の姿を想像して、あまりの違和感のなさに苦笑が零れた。 頼もしいなぁレオルド。 レシィも色んな意味で頼もしいけど。 再び見上げた窓の外に浮かぶ、リィンバウムの満月があたしの視界に大きく映る。 それはいつ見ても、綺麗だ。 欠ける事を知らないかのような見事な円で、外の木々のざわめきや、風に揺らされ窓ガラスがガタガタと震える音しか聴こえない。 賑わうトリス達の声は、すごく、すごく遠のいて――――。 ”・・・・” 囁きが、聴こえた。 ひそりと。 けれど、はっきりと。 振り返って辺りを伺う必要はなかった――それは、あたしの、頭の中で囁いたから。 (・・・、誰) 膝が微かに震えているのは、恐怖からか? 囁きを振り払うように頭を振って、自分の前髪を掻き上げて、大きく息を吐いて目元を抑える。 視界からは月の光は消えて、ただ暗闇だけがあたしの中に広がっていく。 けれど、囁きが、より鮮明に届くようになる。 ”・・フフ・・” 誰かが、嗤う。 内心脅えまくりのあたしに、妖しく嗤う。 (・・誰・・あんた・・) 呼びかけて。 呼びかけて。 何度もそれを繰り返す。 頭の中に浮かぶのは、落ち着いた金色の髪を持つ青い瞳の少女の微笑みだった。 でもそれは違うと、確信している。 さっき嗤った奴じゃない。 彼女はあんな、嫌な笑いを浮かべない。 そこまで考えて、あたしは頭を振って否定した。 (――――違う、そんなの、シラナイ) さっきの子は、知らない、女の子。 知らない・・・・・・はずなのに。 なのに、おぼろげに思い浮かぶあの微笑は、忘れられない。 でもだた、彼女は本当に優しい人で。 今度こそ幸せにと、心より願った人で。 ――――それじゃ、囁くのは誰? (だれ) だれ。 ダレ。 誰。 やめて。 知らない。 あたしは、あなた、しらない。 しらない。 知らない。 だから。 (誰。 だれ。 ・・・あれ、――――あたしは、ダレ?) 思考が、混沌としてきた。 何を考えていたのか、わからなくなってくる。 自分すらもわからなくなってくる。 そんな自分に愕然とし、戸惑いに、恐怖に、唇が、足が震えた。 このまま一人でいると、ヤバイ――――本能が、警鐘を鳴らす。 (れ、レオルド・・レシィ・・っ) 記憶を搾り出すようにしてようやく思い浮かんだ名前は、声にならなかった。 名前を呼べば、耳のいいレオルドやレシィはここに来てくれるのに、声が、出ない。 警鐘に急かされるように、まともに動かなくなってしまった自分の身体をずるりと引きずるようにしながら壁を伝って、窓ガラスの冷たい感触に触れても思考が晴れるどころか、黒く濁っていく。 淀んで、まとわりつくような感覚が身体を縛り付けてくる。 (あたしは) 囁く声が、嗤う。 (あたしは・・) 来るな。 近寄るな。 奪おうとするな。 あたしは、あたしだ。 今は、あたしのものだ。 あんたなんか――――・・・。 「・・――――?」 名を、呼ばれて。 他者の存在と、声と、自分の存在を示す名に、急激に現実に引き戻された。 濁った思考も、少女の微笑みも全て掻き消えて、あたしはあたしを取り戻す。 息を荒げ、地面にへたりこんで、震える拳を強く握り締める。 でも嗤う声は消えなくて。 声は、あたしが目にした青年の姿にクスッと嗤って。 ”イクシア” 「ネス!」 囁きを消すように、ネスの名前を叫んだ。 そうすればネスが酷く驚いた表情を見せて、しばらくぽかんとしてから”何だ?”と眉をひそめる。 知らない。 そんな名前の人、知らない。 イクシアなんて知らない。 誰よそれ。 変な名前。 彼はネスティ・バスク。 ラウル師範の息子よ。 「・・?」 先ほどの事があってどこか遠慮がちだけれど、でもあたしの異変に何かを感じ取ったのか、手を差し伸べて立たせてくれた。 繋がった手は、体温が低いこの青年らしく冷やりとしている。 こんな季節に触ると、冷たいと叫んでうっかり手放してしまうところかもしれない。 でも、今は、――――とても、温かかくて、離し難い。 「どうした、顔色が」 俯いたまま唇を震わせているあたしに気がついて、ネスの表情の戸惑いの色が濃くなった。 あたしはただ、ネスの手をぎゅっと握り締めていた。 この手を離せば、また引きずり込まれる。 本能的に、恐怖する。 囁きは消えていた。 何も聴こえなくなっていた。 けれど不安が残るのは。 震えが身体に現れるのは、ほんの少しの間といえど、自分が自分を忘れてしまうという事実が酷く恐ろしかったからだ。 (び、病院、行き・・・?) 改めて思う。 自分が異常だということを。 それを認めざるおえない。 認めてもどうにもならないのだけど、でも、それを拒むのは無理だ。 過去を見る力。 光。 囁き。 知らない人間の姿――――この世界に来てしまった時点で異常者のレッテルを貼られているというのに、さらに増えた。 ・・・開き直るには、少し時間がかかりそうだなぁ・・。 「・・何か、あったのか」 ネスの声に、余計現実味が戻ってきた。 今のネスは天使に見えた。 いやもう、かなり、上級の。 霊属性じゃないけど。 「ね、ネスーーーーーーー!!!」 継続している恐怖のあまり、勢いよくネスへ突進した。 猪顔負けの猛突進にネスは”うわ!”と悲鳴を上げて、突進してきたあたしをどうにか受け止めてかなり戸惑った表情を浮かべる。 「っ、何を」 「ネス! ネスー! 来てくれてありがとぉぉぉぉぉ!!」 もう半泣きだ。 ただひたすらネスの腰にしがみついて(いい腰してるよこの人!)、うろたえるネスに構わず、服を通して伝わる温もりに安堵ばかりが込みあがる。 「ど、どうしたんだ。 誰かに、何かされたのか?」 さっきまでの気まずい様子は吹っ飛んで、ネスはあたしの向こうの奥の通路を見つめた。 薄暗く、月の光が窓枠と同じ一定の間隔で零れ落ちているだけで、誰もいない。 振り返ってみてもそれは同じだった。 今、この場所にはあたし達以外誰もいなかった。 ただネスの名前と、ネスへの感謝の言葉を叫ぶあたしに、ネスははぁと肩の力を抜いて。 「・・その、大丈夫なのか」 「ね、ネスのおかげだよ・・! もう何なのよあれ! 信じらんない・・!」 「とにかく、落ち着くんだ。 ・・・・あと、その、は、離れてくれないか・・誰かに見られたら・・」 要領を得ないあたしの言葉に、ネスは、どこか言いにくそうに呟いた。 けれどあたしの頭も未だ混乱しまくりなので、とにかく今は、ネスから離れたくなかった。 だから首を横に振って拒否をして、なお、力をこめてネスにしがみつく。 「さっきのこと謝るから、まだこのままでいて・・・! お願い・・!」 必死の叫びに、ネスは”何で、こんなことに”と天井を仰いでため息を吐いた。 けれどしばらくしてから、そっと、あたしの肩に触れて、腰にしがみついていたあたしを引き剥がすと、そのまま胸の中へと力強く抱き寄せて。 腕があたしの背にまわって、ネスの腕の中にさらに閉じ込められる――――本とインクの香りがふわりと、あたしの鼻腔をくすぐった。 「・・どうせなら、腰よりこの体勢のほうが、いい」 酷く小さく呟かれたそれに、あたしは取り合えず遠慮なくしがみついた。 温もりが伝わる。 それにやはり、安心して。 何も口にしないまま身をゆだねていれば、次第に震えは治まって、混乱していた思考は落ち着いて、それの安堵感にほっと息を吐いて目を伏せる。 「落ち着いたか」 「・・・・さっきは、ごめん」 「・・・・・」 「最近本当、喧嘩ばっかりだねあたしら」 「君がいつも、無茶な行動ばかりするからだ」 「あたしが悪いの?」 「君が悪い」 即答に、あたしは思わずむっとした。 そりゃ悪いとは思っていたけれど、でもそんなにトゲトゲしく言わなくてもいいじゃないか。 「いやでもね、動かずにはいられなかったし、シャムロック心配だったのよ。 わかんない? 不安でたまらなくて動かずにはいられなかったり、心配で心配でたまらなくなったときとか落ち着いてなんていられないって」 ネスは、黙ったままだった。 けれど、さらに強く抱き寄せられて、温もりはさらに、あたしの中に染み入ってくる。 「・・・そんなもの」 「・・?」 「いつも思い知らされてる――――君に」 耳元で囁かれて少し驚いた。 いつもより低く、切なげで、掠れるような声。 そこで初めて理解する。 身を強張らせたあたしに気がつくと、ネスはさらに、背にまわしている腕に力を込めた。 それにますますぎょっとすれば、触れれば意外と柔らかな黒髪があたしの首筋に落ちて、内心悲鳴があがる。 「ね、ねすっ・・(か、髪が! 声が!)」 「、僕は・・」 「――――きゃあっ!」 突如、どこからともなく可愛らしい悲鳴が廊下に響いた。 同時にガシャーン!と派手に割れる音。 それにネスが慌てて振り返ると床には湯立つ夕食をぶちまけられていた。 その傍には床に倒れ、でもすぐに起き上がって”ああ〜”とオロオロとしているアメルの姿が。 「・・・・・アメル?」 しかし彼女はあたし達に気がつくと、頬を真っ赤に染め上げて俯いて。 「あわわ、いや、その・・」 「い、いや、これは、違」 何を否定しているのか。 慌てるアメルの様子にネスは言葉を詰まらせるばかりか、耳まで赤くなっていく。 二人の様子に首を傾げつつも、あたしは慌ててアメルに駆け寄った。 「だ、大丈夫アメル?!」 「は、はい、大丈夫なんですが・・ごめんなさいっ、お邪魔しちゃったみたいで・・!」 ・・・・・・・・・・・・ん? 「お夕食、さんたちに持っていこうかなって思ってただけなんですけど、その、えと、出るに出れなくて、でも引き返したら気付かれちゃうかなって」 ちらりとネスを見上げるアメル。 ネスは壁に手をつきながらも頭を抱えていた。 悶えているようにも見える。(レアだ) 「えーと・・?」 「でも、さんたちがそんな仲だったなんて・・・大丈夫です! リューグたちには悪いけど、でも誰にも言いませんから・・」 ・・・・・・・・話が、見えない。 「それじゃ私、片付け道具持ってきますからっ。 さんたちはその、出来ればお部屋のほうで、続きを・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何の? 一人で呻いたネスが”続き”という言葉に我に返って、さらに顔を真っ赤にしてから首をブンブン!と横に振った。 ものすごい速さでの首振りだ。 今にも眼鏡が吹っ飛びそうだ。 いや待って。 その否定の意味は何? ていうか続きって何!?(流れ出る滝汗) 「それじゃ、お幸せに!」 爽やかに笑って、アメルはダッ・・!と駆け出していった。 ネスが慌てて呼び止めようとしても、さすがは森の奥のレルム村の聖女様。 止める間もなく素早い脚力であっという間に姿を消してしまった。(は、早ーぁっ!) 「・・なんだったの?」 「僕に聞かないでくれ・・・!」 今までにないくらい真っ赤になったネスの表情は、”いっそ殺してくれ”と物語っていた。 NEXT プチあとがき ま、まだ続きますシャムロック編…! 次でシャムロックのことが解決したら、トライドラ編です〜。 うぉ…悩む…! でもネスが絡んでばかりなのは愛でしょうか。 リューグと悩みました。ひ、贔屓しすぎ…! 次は早めの更新にしたいです。(この前も言った!) ハワワ〜。 2005.8.4 サモエク発売日v |