助けたいと、願うのは



 失くしたくないと思う、心のあらわれで







第71夜 -2-








「何だぁ? こいつ」

「旅人・・の割には瀕死じゃねーか。 はぐれにでも襲われたか?」


 おどけるように発せられた声音がシャムロックの鼓膜に触れた。
 朦朧とした意識の中で顔を上げる気力もなく、俯いた視界の端に映る足は8本・・・数は、四人ということだ。 どうにか瞳だけを動かして薄茶の前髪の隙間から見やれば、映ったものはそれぞれが大柄な体格を持つ男達。
 武骨な手が握るのは一般的なロングソード・・・・獲物を見つけた喜びに口元を歪め、その刃を鈍く輝かせながら彼らは、剣を地面について体を支えているシャムロックの目の前に立ち塞がる。

(・・野盗、か・・)

 それを確認してから、彼の視線は再び地面に落ちた。
 立ち塞がる男達の姿は視界に定まらず、治りきっていない傷が生む熱で荒く呼吸を繰り返し、こめかみに汗の粒を浮かべてぼんやりと地面を見つめる――傷はやはり、完全に治癒されたわけではなかった。

 道中ではぐれや野盗に遭遇してしまう可能性はあるだろうと覚悟はしていたが、まさか森を出ていきなり出くわしてしまうなどとは思わなかった。
 あまりのタイミングの悪さに一度唇を噛み締めてから首を動かし、辺りを見回す。
 見回した世界には助けとなりうる人影すらなかった・・・ファナンの巡回兵の姿を少しばかり期待していたのだが――。


(やはり、そう都合良くいかないか・・)


 少しばかりの落胆に、肩が落ちる。
 ファナンの周囲ではファナンを訪れる人間を護るために金の派閥の兵士や召喚師が巡回しているのだが、地図には名付けられていない森の出入り口付近であるこの位置は、ファナンの警備領域に入っていないのだろう。 人影すらなく、ただ冬の訪れを告げているかのように色あせた草原が風に流れて静かに揺れているだけだ。
 熱を孕んだ頬に触れる風は、なんと心地よいことか。

「オイ、生きてるかー?」
「身なりはよさそうな感じなんだがな・・・着てるモンは装飾ナシ・・・・お、でも剣は上等だな」

 値踏みをするように目を光らせ、下品な笑い声を上げながら太く逞しい腕がシャムロックの体を支えるように地面に突き立てられている剣へと伸ばされる。
 そこに警戒心の欠片もないのは、今にも倒れてしまいそうなシャムロックには抵抗する気力もないと見て取ったのだろう。
 剣を奪い取ろうと腕を伸ばす男の指が、剣の柄に触れる。


(奪われる)


 それを理解した瞬間に、シャムロックの体は敏捷な身のこなしで飛びずさっていた。
 意識は朦朧として霞んでいたとしても、己の身を守る絶対の存在である武器を取られまいという反射だ・・・だが次には苦しげに呻いて体をくの字に折り、地面に膝をついてしまう――弱った体では急な動きについていけなかったのだ。

 その代償として、低く、苦悶に満ちた声が零れた。


「う・・」

 最低限の動きしか出来ないことを自覚していたが、ここまで制限されるとは。
 彼らがいっせいに襲いかかってくれば死は免れないだろう・・・そう考えている間にも痛みは熱を生み、熱は思考を奪い取り、シャムロックを穏やかな眠りへと誘う――しかし眠るわけにはいかない。


(行かなければ)


トライドラへ。
領主のもとへ。
聖王のもとへ。


(救わねば。 回避しなくては・・・・・・・・戦争を)


 でなければ、滅ぶ。
 ローウェン砦で死んでいった者たちの中には金のためだけではなく、故郷に、この国にいる大切な人を護ろうとした者達がいた。


”故郷に大切な人がいるのです――――”、そう笑って言った人間もいた。


 戦争は、彼らの大切な人たちを巻き込む。


 燃やして。
 殺して。
 奪って。
 最後に残るものは何もない。


 ただ、滅ぶ。







 そうはさせるものか








「・・道を、開けるんだ」

 ふらつきつつもゆらりと立ち上がり、”守るのだ”と意思を固めて、ぎらついた双眸を彼らに向けて低く告げれば男達はたじろいだ。
 近づけば喰い殺されてしまいそうな危うい輝きを放つそれは、誰にも止めることが適わぬ、 固い意志だけで意識を繋いでいるということを現していた――――だが、リーダー格の男はそんなシャムロックを見て分厚い唇の端を持ち上げ、歪んだ笑みを作りながら腰に差していた鋼の一振りをすらりと抜き放つ。

「まさに、手負いの獅子って感じだな」
「あ、兄貴・・」
「何ビビってんだよ、死にかけは死にかけだろ? こいつは金はねえようだが、あの剣と野郎自体は高く売れるぜ。 見ろ、お高くとまった女共が好みそうな面だ」
「男色家のオヤジ共にもウケそうだよなぁ・・・しかし羨ましいな、俺も美形に生まれてみたかったぜ」
「違いねえ。 おい、縄持ってこい。 こいつをいつものとこに売っちまおう――」

 一振りを抜いた男の言葉が、そこで途切れた。
 どんなに贔屓目に見ても支えがなければ立っていられないほどまでの深手を負った様子だというのに、”手負いの獅子”と称された男は怪我人らしからぬ鮮やかな動きで間合いに踏み込み、通常の剣より一回り大きいそれをリーダー格の男に振り上げたからだ。
 急な反撃に男は剣を繰り出すも、受け止めた刃はあまりにも重く、重みに耐えかねて手放せば男の剣は勢いよく弾かれ、色あせた草原の地面に音を立てて落ちていった。

 驚きに目を見開く男に、シャムロックは汗を浮かべながら低く呟く。


「――加減は、出来ない」


 シャムロックの足は、しっかりとした力強さを持って地面を踏みしめた。
 次いで弾かれた剣を拾おうと腰を落として横に跳躍する男に迫り、彼の形良い唇から吐き出された呼気と共に、鈍く輝く剣は弾かれた剣を取り戻して握る男の腕に閃いた。

「っぎゃあああああああ!!」

 一瞬の間をおいて溢れ出るのは鉄錆びた匂いを発する液体と、男の悲鳴だ。
 赤黒く染まる腕を抱えながら苦痛に悶え膝をつき、薄く青い昼の空と化した世界に向けて絶叫を轟かせる・・・だがそれを見届けることすらしないまま、シャムロックは次に狙いを定めるように残りの男達に目をやった。
 向けられたその瞳に射られたように身を固くする男達に、一つ熱い吐息を零して告げる。

「退いてくれ。 ・・・そうすれば、私は斬らない」
「・・・ぐ・・」
「金はないんだ。 私が持っているものは、この剣だけだ・・」
「ごちゃごちゃうるせぇ! 今の時代じゃお前だって金になるんだよっ!」

 腰を低く落とし突進するように地面を蹴った男に、シャムロックは構え、振り下ろされる刃を受け止めた。
 ガキィンッ!と甲高い金属音を響かせながら一瞬だけの火花を散らし、男とシャムロックは互いに睨み合い、低く唸り声を上げながら重なる白刃を震わせる。

「っ・・!」

 だが、顔を歪めたのはシャムロックだった。
 繰り返される鋼の交わりの度に響く衝撃。 それはシャムロックの全身を容赦なく苛むのだ。
 熱で意識は遠くなり、眩暈で視界が濁るようにブレるが、それをまばたきで振り払うと歯を剥いて男の剣を押し返そうと力を込める。
 ――――――その瞬間、その身体から糸が切れたように全ての力が霧散した。

「っ・・!?」

 野盗の刃を受け止めていた剣は、あっさりと弾かれる。
 シャムロックの異変を見逃さなかった男は彼の腹をえぐるように膝で蹴り上げれば、シャムロックの唇からくぐもった声が零れていった。 さらにはその横面を拳で殴打し、地面に転倒し喘ぐように咳き込むシャムロックの、包帯に包まれた腹部を強く踏みしめる。

「がはっ・・!」

 身体は浅く陥没し、唇からは掠れた呼気が零れ、酸素を求めて口を開き喘ぐ唇の端から唾液が伝った。 目に映る世界が大きく揺れて、思考は一瞬、白くなる。

「っげほ・・っ! ・・ はぁ、はぁっ・・!」

 空に向かって何度も咳き込みながら、苦悶の表情を浮かべれば。

「この野郎、手こずらせやがって・・!」

 固いブーツに覆われている、腹を踏みつけた男の足が次には、横腹を蹴飛ばす。

「ぐっ・・!」
「おい、顔に傷はつけんなよ・・・値段が下がる」

 諌める声に”わかってらぁ!”と再び蹴飛ばされて、身体が横に一度、回転した。
 その拍子にシャムロックと野盗のほんの少しの距離が開くが、起き上がろうと思っても、身体が意思についていかない。 ただ何度も喘ぎ、痛みにぼやける思考を繋ぎ保つことで精一杯だ。

 眼球だけをどうにか動かせば、傍らに弾かれた剣が落ちていた。
 力を振り絞って震えながら腕を伸ばす――が、その腕は、ぱたりと地面に落ちて、ただ筋肉が震えているだけだった。


 ・・・・限界が、きたのだ。

 今のこの体はもう、剣を握る事すらできない。


 それでもシャムロックは突きつけられる敗北に抗おうと、震える両腕で身体を上半身を起こし、すぐ傍らにある剣へと震える腕を伸ばそうとする――しかし腕はやはり、ぴくりとも動かなかった。


 もはや、伸ばすことすらも叶わない。



(・・守れ、ない・・)



 このままでは、何も伝えられないまま死ぬだけだ



(・・また、守れ、ない・・)



 フォルテも、ディミニエも

 砦で死んでいった者が愛する人でさえ



(たすけ、られない)



 救いたかった


 助けたかった


 救えなかった


 助けられなかった


 助けたかったのに



 それは叶わなかった



 どんなに足掻いても


 
 どんなに願っても



 どんなに剣を振るっても




 そんなものは何の遮りにもならなくて





 何も叶うことがないまま、全ては零れ落ちていった





 ――――腹の底から。 胸の奥から、何かが込みあがる。
 怪我からくるものとは別の熱が、じんと、身体に満ちる。
 満ちていくそれに、目が、霞む。 俯けば、頬に雫が伝い落ちた。 拭おうとしても、腕はもはや動かない。


「――――っ」


 今度こそと、思った


 今度こそ、守るのだと


 今度こそ、生かすのだと。


(なのに)



 自分は、どうして何も出来ない



(どうして)





 大切な人すらも守れないまま




 ただ、無力で、それを悔いながら死ぬなんて――――。




 冷気を帯びた風が、座り込み、虚ろに地面を見つめるシャムロックの頬を優しく撫でた。
 そんな彼の前に立つのは縄を手に持った男――――シャムロックを見下ろす、口元の笑みが深まる。 抵抗する意思が失せていると確信したからだ。
 わずかに腰を落とし、男の図太い腕がシャムロックへと伸ばされる。

 それから逃れようという意思は沸き起こることすらなかった。
 ただ、悔いた。 ひたすら、悔いた。 無力な自分を。

 頬を優しく撫でるのは、冬季の訪れを告げる風だ。
 それは色素の薄いシャムロックの前髪をさらいあげて――そのとき、シャムロックの頭上に陰が落とされる

(・・?)

 数瞬遅れて頭上で何かが掠めるように空気が揺れ、穏やかに吹いていた風が荒れた。
 唐突に荒れたそれにシャムロックの髪は勢いよくさらわれ、全身に鈍く響く痛みを忘れて見上げた視界は、空の青とは別の蒼を見る。

(あれは)

 シャムロックの頭上を飛び越えるように映ったそれは空を舞う鳥でもなければ、雲でもない。
 頭上に影を落としたのは、蒼い獣だった。
 しなやかな肢体を伸ばし、低く唸り声を上げながらそれは縄を持った男に猛然と襲いかかり、獣の前足が男の顔面に直撃。 次いで、その勢いと体重に耐え切れなくなった男の体は派手に押し倒されてその後は、ぴくりとも動かなくなる。(倒れた瞬間に、ゴン、と鈍い音が聴こえたのは気のせいか)

 それは、慈悲も情けも容赦もない音が響く、見事な一撃だ。
 獣は男を蹴倒したあとで地面に着地すると、知性の光を宿した翡翠の瞳で呆気に取られているシャムロックを見下ろす――――そこでようやく見慣れぬ獣は召喚獣だと理解する。

「な、何なんだコイツ!!?」

 ばったりと倒れた仲間の姿に驚きを隠せない男達の悲鳴は、シャムロックの心の声でもあった。
 シャムロックが見上げるそれは、美しい獣だ。
 空よりも深い色の蒼さに映える、こめかみから生えている灰色の翼が風に揺れている。



「シャムロック!」



 ――――、声。



 それは強烈に、鼓膜を叩いた。




 呼び声に、痛みと絶望に淀み、曇っていた思考が一瞬で晴れる。




「・・あ――」
「やっと見つけた!」

 獣の背へと視線を動かせば、晴れ渡る空を背景に、蒼い獣の背に跨っている少女の細腕が呆然としているシャムロックへ伸ばされた。
 自分とはまるで違う、細い、女性の腕だ。 広げられている手は、小さな桜色の爪が細い指の先を甘く彩っている。


 しかし、何故、彼女がここに?


 あまりにも意外な人物の姿に、無意識に名を呟く。

「・・・
「何やってんのよもう、あんたは! ほら!」

 殺気に満ちた瞳を向けて迫り来る野盗たちの姿に早口になりながらも、さらにその細腕は伸ばされた。
 ”握れ”と言っているかのように、小さなその手は限界まで広げられている――だがシャムロックにはその手を握ることは出来ず、伸ばされたそれに、ただただ体が強張るばかりだ。



 ここでこの手を握れば


 フォルテが、いる


 フォルテが聖王国に、関わってしまう



 また、苦しんでしまう――――。



「シャムロック!」

 再び呼ばれた名に、シャムロックは顔を上げてを見た。
 彼女の瞳はシャムロックの瞳を見つめていた――拒むことは許さないと告げているかのように、瞳が”握れ”と訴えている。

 それは真摯な眼差しだった。
 何も言わずに離れた自分を責めるのではなく、ただ、ただ、彼女の瞳は静かに語る。



 ”握れ”と、語る。



 ”抗うことは許さない”と、告げている。







 ”こんなところで死んでくれるな”とも。







 次の瞬間に、シャムロックは最後の力を振り絞り、の手を掴んでいた。



「せーのっ・・・どっせぇぇいっ!

 すがるように掴んできた手を男らしい掛け声と強い力で引き上げて、シャムロックの体はどうにか獣の背に乗り込んだ。
 座るように跨るのではなく、獣の背に腹から圧し掛かるように力なく乗り込む形だ・・・担がれている、と言ってもいいだろう。 意識がなければ苦痛ではないが、腹が圧迫されて、意識ある今では相当苦しい体勢だ。
 だが彼女の力強さに呆然としてしまっていたのでそれを直すことも出来ず(というより、今は動くことすらままならないのだからどうしようもない)、が”ハイヨー!”と叫ぶと同時に、シャムロックの見ている景色は流れた。

 第一に感じたのは、力強い跳躍だ。
 獣が駆け、地面を踏み込む度に激しい振動が全身に伝わり、苦痛とも呼べる痛みがシャムロックを責め立てる。
 だがそれを堪えるために唇を噛み締めた――――こうでもしなければ野盗たちから逃れることは出来ないのだ。 自分のせいでを危険な目にあわせるわけにいかない。

 青い獣はその脚力を持って、逃がすまいと剣を振り上げ迫っていた野盗たちを一気に引き離し、そのまま禁忌と名づけられている森の奥へと突っ込んでいった。
 木々が頬をかすめ、細い傷がいくつも顔や腕に生まれていく・・だがそれはも同じなのだと思うと、自分を罵りたくなった。
 女性の体に傷を残すような真似をさせてしまうなんて、自分は一体、何をしているのだ。

(だが・・・だが、それでも)


 ああでもしなければ、フォルテを遠ざけられない

 彼はあまりにも優しい人間だから、きっと、自分を一人行かせてはくれなかった




 聖王に関わってしまうということがわかっていても、彼は、一人行かせてくれなかっただろう




 呻きながらも揺れる苦しさを耐えていれば、ふと、柔らかな感触が背に触れた。

 の手だった。
 衝撃で落ちることを恐れて体を支えてくれているのだろう・・その手はシャムロックの肩を抱き、バランスをとるために覆いかぶさるように、シャムロックの背に頬を押し付けてくる。



 じわりと、温かさが背に伝わる。


 じわりと、滲むように伝わる。



 それはシャムロックの中に、溶けていく。




 優しく、溶けていく。




「・・っ・・」







 何故か、その温かさには泣きたくなった。















「君達は馬鹿かーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 ルウの家に着くなり、神経質そうな青年の口から迸る怒号があたし達を出迎えた。
 いつもよりもずっとずっと大きいボリュームのそれに、瀕死の状態に逆戻りのシャムロックは脅えるように体を竦ませて、あたしは半泣きで、すっかり疲労してしまっている(ごめんね・・!)フラップイヤーの蒼い毛をぎゅっと握り締めてしまった。(一人乗りなのに、二人も運んでくれたのだ)
眼鏡がご乱心・・・じゃなくて、ご立腹だ・・・! 大変ご立腹だアワワワワ。

「ね、ねねねネス、その」
「話は、全て、ミニスから聞いたぞ」

 ・・・・・ミニスが半泣きで謝っている姿が視界に入っただけで充分理解しました。 ハイ。

 ネスティはあたしの腕や顔、足に浮かぶ赤くかすり傷を見て顔を歪め、次いで息切れを起こしているフラップイヤーの背に担がれているシャムロックをその切れ長の瞳で見やった・・・言葉はなくとも怒っているのだと、しっかり伝わる。

「貴方も、一体何を考えているんですか」
「ちょ、待てよネスティ、こいつは」
「フォルテは黙っていてくれ」

 斬り捨てるように告げられた言葉に、フォルテはただ口を噤むしかなかった。
 シャムロックの行動は決して褒められるものではなく、再び命を落しかねないその行動はそう簡単に許される物ではないと理解をしているからだ。

 シャムロックの意識は半分途切れかけているのか、ロッカに身体を下ろされたときにはぐったりとしていた。
 しかしネスはそんなシャムロックでも怒りを収めてくれなかった。

「貴方はアメルに癒されたとはいえ重傷の身で、歩くだけでもやっとだという体だ・・なのに、黙って抜け出すなんてここにいるお人好したちが放っておくわけがないだろう。 置き手紙くらいは置いていってくれないか」
「ちょ、ネス! そんなこと言ったら今度はマジで置き手紙で失踪しちゃうから! それはいらんアドバイスだよ! 心底いらない!」
は黙っているんだ
「・・・・・・・・・・ハイ」

 あっけなく黙らせられた。
 いやしかし、今回ばかりはあたしもどうしようもない。

(だって、ネスの言う事思いっきり無視ってきちゃったんだもんよ・・・・!

 心配して言ってくれていたのに、ネスが出て行った次の瞬間にはフラップイヤーで高飛びだ。(文字通り、高く飛んだ)
 怒るネスの後ろに立つマグナもトリスもネスの言葉に肯定の意を示すように何も言わない・・けれど彼らの目は確かに、”せめて俺達に相談してくれたら上手くやったのに〜”と告げている。
 ・・・・・いやたぶん、それもバレたと思うよ二人とも・・・・。(遠い目)

「何故、貴方はこんなことをするんだ」
「・・・・・」
「間違って森の奥にでも入ってしまっていたら、どうなっていたことか」
「・・・・」

 シャムロックは、ロッカとフォルテに支えられながら睫毛を震わせ、ネスを見た。
 あたしはあたしでフラップイヤーから降りるのをレオルドに手伝ってもらいながら、禁忌の森の奥に踏み込んだあのときの状況を思い出す。
 ・・・・・・悪魔が目覚め、襲いかかってきたあのとき。

 ネスは、シャムロックが羽織っていた上着の前を大きく開いた。
 突然のそれに思わず”心の準備が!”と胸の中で叫んでしまったが(何のだよ)、肩と腹部を包帯で覆われている身体が視界に映る。
 肩の部分は傷が開いたのか血に汚れ、腹部は土に汚れた痕がある・・あれは、靴痕だ。

「誰に襲われたんだ」
「・・・野、盗に・・」
「・・・が貴方を連れて戻ったということは、も危険な目にあったということか」
「あ、あたし平気! だって速攻逃げたし! 全然平気!」

 ネスの声が、一段と低くなった。
 それにこれ以上ネスを怒らせちゃだめだと感じて、慌ててネスのマントを掴むけれど、ネスはあたしを無視してシャムロックを睨む。
 ・・・・・・・・顔が、さっきよりかなり険しい・・・・・・?!(ヒー!)

「繰り返ないように、縛り付けておく必要もあるな」

は!? 縛り!?

「(イカンイカン、今はそんないらない所に思考を吹っ飛ばしている場合じゃない・・)
 ね、ネス! そんなことしなくてもシャムロックはもう動けないのよ?!」
「だがこうでもしなければ彼はまた出て行くぞ!」

 珍しく声を荒げる青年に、あたしはぐっと唇を噛んだ。
 そんなことはないと否定をしたかったが、それは出来なかった・・・シャムロックならそうするかもしれない。 そんな気持ちがあったから。

(・・シャムロック・・)

 あたし達に黙って出て行くほどまでに、彼は追い詰められているという事なのだ。
 誰の目にも、今のシャムロックは追い詰められていると理解できた・・・何故、黙って出て行くのか、あたしは知らないけど。
 でも、そこには理由があるのだと、傷ついたシャムロックを見て感じた。

「でも、ネス。 動けなくするならせめて怪我が少しマシになってからのほうが」

 ネスの手が、振りかぶられた。

(え)

 その手の行方を追いながら次にまばたきをした瞬間に、振りかぶったその手はあたしの頬を打っていた――乾いた音が、やけに鼓膜にこびりつく。 打たれた頬は、打たれてから少し遅れて熱を持った・・じわりと、染み入るように。

「・・っ」

 その光景にマグナも、シャムロックも、誰もが息を呑む。
 打たれた頬を抑え、あたしはぽかんとネスを見上げてしまった。

「君もだ、
「・・・え」
「何故、僕達にまかせておいてくれなかったんだ。 ・・・どうして、君が出て行ったんだ」

 打たれた頬が、熱い。
 でも、打ったネスのほうが泣きそうな顔をしてて、だから、いつもの意地は引っ込んで、あたしの口から自然と零れたのは謝罪の言葉だった。

「ご、ごめんなさい・・」
「僕は確かに、まだ完全に回復していない君にここにいろと言ったはずだ」
「でも、あたしが行かなきゃ、シャムロックは」
「結果論だ、それは!」

 いつもの、どこか無愛想で、どこか穏やかな、ネスではなかった。
 顔は本当に険しくて、眉間にシワが刻まれて、唇をわななかせ、拳を強く握って小さく震わせている――――本気で怒っている。

「一歩間違っていれば!殺されていた!」
「っ!」

 かつてない怒声に肩が震えた。
 無意識に身体が強張って、顔が泣きそうに歪んでしまう・・・でもそれを、唇を噛んでどうにかこらえれば、少しばかり息を荒げたネスは大きく息を吐いて。

「・・・アメル」
「え、あ、はいっ」

 名を呼ばれて、飛び上がらんばかりに返事を返したのは、ハラハラと胸を騒がせながら動向を見守っていたアメルだ。

「シャムロックの治療を頼めるか?」
「はい、もちろんです」
「フォルテとロッカはそのまま彼を部屋に・・動けないようにしておくのを忘れないでくれ   フォルテもこれ以上、彼に動かれると困るだろう」
「・・わかってる」

 フォルテはすでに意識のないシャムロックを見て”このバカ”と呟いたあとで、そのままルウの家へと姿を消した。 アメルもそのあとに続いて、心配そうにちらりとあたしを見るけれど、やがては扉の向こうに消えていった。

 アメルの背中が消えてから、そこでようやくあたしもその跡を追った。
途中でネスの横をすり抜けたけれど、目も合わせられなかったからどんな表情をしているのかわからない。




ネスは、何も言わないままだった。






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