自分のことは、自分がよく知っている。


だから、胸の内に満ちるこの感情は憎悪に近いものだということを自覚するまでもなかった。






第68夜







 灰混じりの冷たい風が、全てをさらって吹きあげる。
 吹きあげた先には曇天の空が一帯を覆っている・・・数刻前には、猛々しい怒声が空に響いていた。 空気を震わせるほどの怒号は次第に悲鳴に変わり、やがては嘆きと変え、今では水を打ったように静まり返っている。

 それは緊張に張り詰めた空気だった。 堅牢な造りの砦の壁に身を寄せて、鋭い瞳で、必死の形相で立てこもる兵士達は、不気味な威圧感を醸し出す黒の一団から目を逸らさずその場に踏みとどまっていた。
 敵国からの奇襲に、今の状勢に、心には諦めが広がっているだろう。
 だが目を逸らし現実から逃れようとしても、待つのは永遠の暗闇しかないと彼らは知っている。 それは決して目覚めることのない永遠の暗闇・・生の終わり。


 戦の煙によって曇天と変わり果てた空の下で、彼らは炎の唸り声を   炎が爆ぜる音を耳にしながら、ただ相手の動向を見据えていた。



     そんな彼らの姿を一瞥して、フォルテはすぐに少女へと視線を戻した。
  少女は、何も言わないまま見つめ返していた。
 ただ、ただ、無言で・・・自分に向けられている感情がどういうものなのかも、ちゃんと理解しているかのように・・そしてそれをあえて受け入れているかのように、は無言でフォルテを見返していた。

 どこか諦めに近い感情の色を浮かべて、はただ見つめ返していた。

「・・・フォルテさん・・」
「・・・・・・」

 背後にいたアメルが、自分を呼ぶ。 けれどあえてそれに何も反応を返さずフォルテはただを見つめていた。
 彼女は仲間だ。 いつだって笑い合って、支えて支えられて、まさに友達。 そんな存在だった。 今でもそう思う。 彼女がルヴァイド達を想い、これからも彼らを案じると知っても、それは変わらなかった。 彼女は自ら明かしたのだ。 逃げもせず・・・・そんな強さに、フォルテは憧れに近い感情を抱いていた。

     あんな風に在れたらと、彼女を見ていて何度も思った。


 だが、今はそれは掻き消えていた。 状況が悪すぎた。
 燃え落ちた砦。 地面に伏せてぴくりとも動かぬ血に濡れた身体。 空へと立ち上る禍々しい黒煙。 それは戦争をしているのだと全てが叫んでいる。 けれど何より親友のシャムロックの姿が見えないことがなお、フォルテの心に波を立ていた。

(あいつのことだ。 だから、絶対に無事でいるはずだ)

 何度も何度も心の中で呟いて、落ち着けようと深呼吸を繰り返す。
 喉まで込み上げかかっている言葉を出すまいと必死に押さえつける・・だが、を見るたびに込み上げかかってくるものだから、フォルテはから無理矢理顔を背けた。
    に、黒い鎧の騎士の姿が脳裏に浮かび、この状況を招いた怒りと憎しみに似た暗い感情が湧き出てくる。

「・・っ」

 出掛かって、無理矢理呑み込んだのは敵意に満ちた言葉だ。
 それをどうにか呑み込めたのは彼女のせいじゃないと訴える己の良心のおかげだった。

 そう、これはのせいではない。

 は、ルヴァイド達を止められないと言っていた。 だからにはどうしようもない。


「・・・       くそっ・・!」

 硬く目を瞑って拳を作り振りかぶると、砂色の岩の壁面に打ち込んだ。
 何度も、何度もぶつけ、深呼吸を繰り返して、ぬるりとした液体が手を赤く染めて始めてもなお繰り返して・・・ひやりと冷えた岩壁に額を押し付け     ようやく出てきた声は、血を吐くような声と言われてもおかしくないほど、低く、感情を持て余す響きを持ったものだった。

「・・すまねえ」
「・・フォルテ」
「お前に、怒ってもしょうがねえ。 お前だってどうしようもねえんだ。
 それはわかってるんだ・・なのに」


 なのに


 溢れてくるのは、この状況を招いた黒騎士と、デグレアへの怒りと、


 ・・・・彼らと親しいへの、理不尽な怒りだった。


(怒ってる場合じゃねえんだよ。 助けに行ってやらねえと、ダメだろ。
 この砦は墜ちる・・・・・・どう見ても、ローウェン砦は不利だ)

 どうにか冷静になった部分で、思考に沈む。
 何がどうなっても、この砦は墜ちる・・それほどまでにこの場所はすさまじい有様だった。
 国境の跳ね橋もすでに奪われてしまっているだろう。 強固な砦と謳われても、召喚術の前では破壊可能の建造物には変わりないのだ・・・・・挟み撃ちはまさに最高の戦術だ。

(俺が今出て、戦力になるか? ・・・・・・無理だ)

 状況は覆せない。 自分が出てもどうしようもないと長年の経験が告げている。
たかが冒険者が戦争に介入しても何か起こるわけがない・・生まれ以外に特別な部分はないのだ。
 


       聖王子、フォルディエンド・エル・アフィニティス。



 それは、フォルテが捨てた肩書きだった。


(こんなときだけ、あの身分が惜しくなるなんてな・・勝手にもほどがある)

 本来の身分があれば聖王国軍を動かせるだろう。
 だが、今の自分は全てを捨てて逃げた臆病な人間だ。
 普通の剣士と同じで、剣を振るうことしか出来ない   アメルのように奇跡を起こすこともできない。

 今の自分は、無力だった。

(何か、ないか・・何か、あいつらの動きが止まるほどの        ・・・)

 自分は無力だ・・・だから、産まれてから今まで生きてきた経験で答えを弾き出そうと記憶を探る。
 その次の瞬間に、焦る心に一つの言葉が唐突に浮かび上がった。




”・・聖女と・・<>は我らデグレアが勝利の為に捕らえる!”




 ・・・・・・・・・・・・・浮かんだその言葉はゼラムを出たあの夜に聞いた言葉だった。
 それを思い出してフォルテは、信じられないと、しばし愕然とする。
 自分に、愕然とする。

(・・・何で、今、それを・・・思い出すんだよ。俺)

 言葉を思い出した瞬間に頭に浮かび上がったのは。
 彼女の白い喉元に、白刃に晒して叫ぶ自分だった・・ルヴァイド達に、”退け”と叫ぶ自分の姿だった。


 を人質として、ルヴァイド達に撤退を要求している自分だった。


(っ消えろ!)

 振り払うように頭を振って、それを頭から追い出そうとする。
 けれどそれはこびりついてなかなか離れない・・・・戦争が、止まるかもしれない。

 それを思うとどうしても離れてくれなかった。

(何、考えてんだよ・・俺は)

 ・・・たかが少女一人の存在のために戦争が止まるはずがない。 戦争とはそういうものだ。 勢いつけて始めてしまえば、それは長い月日を過ぎなければ止まらない。 どちらかが滅ぶまでそれは続く。 炎が燃え尽きるまで、それは続く。

 だがデグレアにとって、そしてルヴァイド達にもは特別だった。

 はルヴァイド達の友であり、そして根源である軍国家デグレアが求む存在だ。
 国は少女を求めている・・・彼女の身に危険があると知れば止まるのではないか。 ルヴァイドは進軍を躊躇するのではないか・・・・ 少なくとも、今はこのまま撤退をしてくれるかもしれない   そこまで考えて、フォルテは薄く笑みを浮かべた。

 陰りある、酷薄な笑みが口元を歪める。



    デグレアが進軍を躊躇するほどの価値がにあれば?



(・・・俺、サイテーだな)

 それは、フォルテが一番嫌っていた行為だった。
 それは、自分が嫌っていた王族や政治家と同じことをしているということだった。


”少女一人で戦を回避できるなら安いものだ       


 ギブソンが言っていた言葉が、胸を刺す。
 鋭く胸を刺す・・だがフォルテは自分に言い聞かせるように、その痛みをごまかした。

(違う、絶対、傷なんかつけねえから・・ただ、ちょっとだけでも、足止めに)

 だけどもどんなにごまかして理由をつけても、本質的には同じだった。
 を盾に軍を退かせようとすることには変わりはない・・だが今さえしのげば、シャムロックは生き延びることが出来るかもしれない・・そんな事を考えてしまう自分をもう一度、最低だ、と内心で嘲笑う。

 けれど、失いたくはないのだ。

 どうしてもどうしても、親友の彼を。


 マグナ達に、ケイナに、止められるだろう。
 の護衛獣のレオルドとレシィも、身を挺してでも止めるだろう。
 ・・も、傷つくだろう。



 でも、無力な自分には、今、これしか思いつかない。


 無力な自分は、仲間を、友達を、盾にする考えしか思いつかない。



 友を助けるために、友を盾にして生かそうという・・・そんなことしか思いつかない。



(ちくしょう)
(仲間、売ろうと考えるなんて・・俺は、馬鹿か。
そんな事考えてる暇あったら、止めにいけよ。 助けに行けよ)


 でも、確実さが欲しかった。
 シャムロックが確実に助かる   それが欲しかった。 を人質にしてもそんな確証はどこにもないというのに。 それでもすがらずにはいられなかった。 の価値に、すがりたかった。

 の価値は、デグレアにとって重いはずだ。
 国境を越えてまでアメルとをその手中に収めようと剣を振っている・・少女二人は、国境を越えてまで手に収めるべき重さを、謎を秘めているということになる。 このうえないほどの切り札だ。

 なら、やるしかない。 賭けるしかない。

 胸に湧き上がるのは、無力な自分に対しての悔しさだ。
 でも、ただ、今、生き延びるチャンスを親友に与えたい。 生きていて欲しい。 死なないで欲しい。 それだけでいい。 本当にそれだけでいい。

 シャムロックに死ぬ覚悟があったとしても。 それでも。



(チクショウ、畜生・・・・・・、すまねえ      ごめん)



 心の中でそれを呟いて、フォルテの決意は固まった。

 岩から離れ、振り向きざまに手を剣の柄に伸ばし、フォルテは自分の大剣を抜いた。
 フォルテの行動に目を見開いたケイナが”フォルテ!”と叫ぶが、構わず鞘から白刃を抜き晒す。
 一点の曇りもないその刀身はぞっとするほどの輝きを放っていた・・自分がこれをの首元に晒すのだと思うと、悪寒と、自分に対する嫌悪が背筋を駆け抜ける。

 も、驚いた表情を隠さずにフォルテを見ていた。

「・・フォルテ?」

 がフォルテの視線に身を強張らせたそのとき、リューグがの前に立った。
 庇うように、その少年の背に、フォルテからを隠す。 それに驚いたのはだ。

「あ? え? ちょ・・・リューグ?」
「テメエ、・・・・・何考えてやがる」

 の声に反応もせず、曇天の空にも鮮やかなその赤髪を灰混じりの風にさらわせながら、彼はフォルテを睨み据えた。
 初めて会ったときは手に負えない猫のような印象を持たせていたが、今はどこか、ひどく大人びた印象を受ける・・彼は彼なりに成長をしているということだろう。

 そんな彼に、フォルテは自嘲混じりの笑みを浮かべた。

「そこ、どいてくれよ」
「剣を抜いて、をどうするつもりだ」
「・・頼む、リューグ」

 懇願に近い声に、リューグが顔を歪めた。

「んなことして、今の状況がどうにかなるわけないだろ」
「わからねえ・・・もしかしたら、止まるかもしれねえ」
「テメエほどのヤツが、 この戦いが止まるか止まらないかもわからねえのかよ!」

 炎は煙を生み、空は黒煙によって黒く淀み、灰混じりの風が吹くその世界は、もはや止まらないだろう。黒の鎧の一団と軍隊は、砦が堕ちてこの国境を手に入れるまで決して止まらないだろう・・そこにが加わればその行く末はわからないが・・だが砦は、手遅れだ。

 リューグが斧を握ってそう吼えたそのとき、大音量の爆音が曇天の空に轟き、空気が震えた。
 爆発によって生まれた風圧がその場にいた全員の頬を叩き、うねるように砂埃が舞う崖下にフォルテは目を細めながらも見下ろせば、黒のローブをまとった召喚師が砦の壁に向かって召喚術を放ったあとだった。 分厚い石造りのその壁は大きくえぐられ、あと数発撃たれれば崩壊してしまうのが見て取れる。

 だがそれに追い討ちをかけることなく召喚師は下がり、かわりにルヴァイドがただ一人、姿を現した。
 もリューグも、他の全員も彼の動きを目で追う・・・砂塵が舞っていた世界が晴れれば、黒の騎士は紫が混じる艶やかな赤髪をなびかせながら砦を見上げ、声を張り上げて告げた。

「敵将に告げる!」

 低く、重く、威厳ある、将としての声。
 朗々と響き渡るそれに、砦の兵士達に緊張の色が浮かんだことがフォルテの目にも映る。
      黒騎士の声だけで兵士はおののいたのだ・・それほどまでにデグレアの脅威を、この戦いで思い知らされたのかもしれない。

「我はデグレア特務部隊、<黒の旅団>が総指揮官ルヴァイド!
この砦の長よ、貴殿に騎士として相談したきことがある・・聞く耳を持つならば、その姿を見せよ!」

 ルヴァイドの声が、冷気を帯びた風に乗って砦へと響き渡った。
 声が守備隊長であるシャムロックに届くように、大絶壁から轟く風の唸り声すらも物ともしない。

(・・シャムロック     !)

 砦の屋上から一人の男が姿を見せ、フォルテは無事だったことに安堵した。
 誠実そうな人柄が滲み出る、整った顔・・恵まれた体格をなお引き立たせるのは騎士としての証である白の鎧だ。 白の鎧を鮮やかに彩る赤の外套
(マント)が風に煽られ、ぶわりとその裾を翻す――怪我らしい怪我もないようだ。
 けれどこれからが問題だ。 ルヴァイドはシャムロックに何を提案しようというのだろうか・・相手の意図を先読みする事ができずフォルテの中に焦りが増していく。









 姿を見せたシャムロックに、ルヴァイドは小さな笑みを浮かべた。
 ”やはり、あの男だったか”と胸中に零し、彼はこの砦の長を引きずり出すため、再び告げる。

「貴殿がこの砦の長か」
「いかにも!」

 彼の表情には、ルヴァイドに対して物怖じも、焦りもない。
 自らが背負う肩書きを誇らしいものだと告げるかのように、柔らかな茶の髪を風にさらわせながらルヴァイドを見下ろし言い放つ。

「トライドラ騎士団所属、ローウェン砦守備隊長シャムロックだ!」
「シャムロック殿よ・・我らの奇襲の意図を察知し、速やかに兵を退かせたその手腕は見事であった。
 だがトイライドラと我がデグレアを唯一繋ぐ国境の跳ね橋は我らが手中にある・・大絶壁の向こうで待つ本隊は我らの合図で一斉にこの砦に攻め入り、砦を奪い、さらなる進軍を開始するだろう」

 奇襲の意図。
 大絶壁側にいる本隊を囮にローウェン砦の全勢力を引き出し、聖王国側に布陣していた黒の旅団で砦を奪おうという、策・・・それは、シャムロックによって潰された。 突然の事態でも彼は冷静に対処した。

(だが)

 跳ね橋を奪われ、敵勢力に囲まれ、砦に立てこもるその先にあるものは、まぎれもなく敗北だ。
 シャムロックも当然、それを理解をしているだろう・・だからこそ、シャムロックはこの提案に乗ってくる。

「もはやその砦に立てこもることは無意味だ。 聖王国の楯と謳われる三砦都市の守りは我らによって崩されたのだ!」
「・・・っ」
「降伏を認めよう・・武器を捨て、砦を渡してはくれぬか?」











 ――――降伏。
 その言葉は、先ほどよりも強く吹き始めた風を受けてシャムロックの耳に届いた。
 耳から脳へと浸透し、それはシャムロックの中に深く深く広がっていく――シャムロックは、ぐ、っと拳を作った。

(このときが、来たか・・)


 兵に、死兵となるように、命令を下すべき瞬間。


「シャムロック様」
「皆・・すまない」

 兵士を、無意味に死なせるわけにはいかない。
 だが、我々は騎士で、兵士だ。 この国を守るための騎士と兵士だ。 そしてこの国には、シャムロックにとっても護りたいと思う人たちがいるのだ。 剣を持たねばつまらない人間になる・・・そんな自分を慕ってくれる人たちがいるのだ。

 その人たちを護る。

 我々は、聖王国の楯であるトライドラ騎士。


 それは自分にとって希望で、誇るべき生きがいでもある。


「シャムロック様、謝らないでください」

 長年、副隊長として、副官として働いてくれていた青年は、やはり、先ほどと同じ穏やかな笑みを浮かべていた。 それは全てを諦めの笑みではない・・全てを受け入れ、それでもなお挑もうという、意思を秘めた者の瞳だった。

「捕虜になることを望む兵士の手配はすませてあります」
「え」
「それは食事係や運搬者という、兵士ではない者のみです。
・・・兵は皆、貴方と共に剣を取り、デグレア軍に対抗しようと望みました     もちろん、私も」

 青年が鞘から白刃を抜き、軽く一振り。
 ヒュッと小さく刃が啼くのを聞き届けてから青年は抜き身となった剣を鞘に戻し、戦を幾度も越えてきた者の光を瞳に宿し不敵に微笑む。

「無駄死にするつもりはありませんよ、我々は。 ・・・それはもちろん、捕虜を望んだ者達も」


 今死んでも、今生きても、どちらも決して無駄ではない


「アルバート・・」
「黒騎士に、どうぞ答えを   トライドラの騎士の誇りを見せてやりましょう」

 副隊長・副官であるアルバートの言葉に、シャムロックは苦笑を零した。
 彼には本当に敵わない・・いつもいつも、シャムロックを手助けしては動きやすくしてくれる。 彼がいたからこそ自分は剣を振って戦い続けていく事ができたともいえよう。

 シャムロックは再び、ルヴァイドを見下ろした。
 作物が育つことがあまりない荒野のような砂色の大地に、黒の鎧に身を包んだ騎士がいる。 その傍らに、金色の髪の青年と、見かけることがそうそうないロレイラルの機械兵士が傍に付き添っている。

(貴殿も同じだろうか・・デグレアの将よ)

 国は違えど同じ、騎士。
 けれどそれでも人間で、迷い、悲しみ、嘆くこともあるだろう。
 ・・・彼も、彼らに支えられてここまで来たのだろうか・・・?


 誰かが傍にいてこそもまた、怯むことなく剣を振える力となる。


 一度深く、息を吸う。
 そして。

「提案の意は理解した! しかしそれは出来ぬ相談といえぬものだ」

 シャムロックの返答に、ルヴァイドは憂いたようにそっと目を伏せた。
 あえて期待はしていなかったのだろうが・・しかしそれは一瞬のこと。 彼は再び、自分より空に近い位置にいるシャムロックを見据える。

「トライドラは聖王国の楯だ。 たとえ死線になろうとも、戦いを放棄することなどできん!」
「そのために貴下の兵士をことごとく殺すか、シャムロック」

 切り込むように告げられた言葉に、シャムロックは息を詰まらせた。
 それを改めて言われてしまうと決心が鈍る・・が、ルヴァイドはさらに続ける。

「だが貴殿のそれは騎士として当然の道理だ・・騎士は、命を捨ててでも勝利を求められる。守るべきものが国という名であるならなおさら、退くことは出来ぬだろう。聖王国には貴殿が守ろうと思う者がいるだろうからな」

 ・・・・・・・彼にも護るものがあるのだろうかと、シャムロックは不意に思う。

「しかし、この戦いはもはや敗北が目に見えている。 それは何があっても覆されぬ」
「・・っく」
「我々の目的は砦を陥落させることで初めて達成されるのだからな」
「それは了解している。 だが捕虜を望む者達には手をかけぬよう願いたい! 武器を持たぬ彼らは一般人でもあるのだ」
「了承しよう・・・だが、我の本題はこれからだ」

 ルヴァイドの言葉に、彼の傍らにいた小柄な青年がその美貌をいぶかしむように歪めた。
 シャムロックも同じく眉宇を歪めてルヴァイドを見下ろす・・本題?

「最後の攻撃をするその前に一つ問う・・・貴殿は、出来るならば兵を死兵にしたくはないか?」
「当然だ!」

 それは、当然だ。
 捕虜として降伏しても最後に殺されてしまう可能性がある以上、素直に捕虜となることはできない。
 だからこうして剣を取る・・・死兵となりて、敵の首を一つでも多く取ろうと。

 聖王国が戦争を始める前に、ほんの少しでも敵の力を奪うために。

「それは我も同じこと。 死兵と化した者を相手に、我々の兵を無駄に散らせたくはない。
つまり我らの思いは同じとなる・・」
「・・・・」
「互いの兵にこれ以上犠牲を出さず勝敗を決する・・よって、貴殿と我の一騎打ちにて勝敗を決したい!」

 ルヴァイドの言葉に驚愕の表情を浮かべたのはシャムロック側だけではなかった。
 彼の傍らに控えていた青年も、驚きを隠すことなくルヴァイドを見上げて呼びかけている。

「ルヴァイド様?! 何を」
「騎士の名において誓う。勝敗のいかんに関わることなく砦の兵士に危害は加えぬと・・・。
 この返答はいかに!?」












(とうとうこのときが来ちゃったよ・・)

 あたしは震えそうになる腕を、しっかりと押さえてルヴァイドを見つめていた。
 崖下にいる彼の髪が冷たい風に吹かれては流されている・・いつ見ても、黒の鎧に映える赤髪。
だけど今はそれに見惚れている場合ではない。

(・・ここで、ルヴァイドたちが仲間になるかならないか、決まる第一歩)

 下手すれば、ルヴァイドたちはレイムに殺されるだろう。
 けれどそれでもここは重要なポイントでもあるのだ・・この後で起こる一騎打ちは、何がなんでも邪魔をさせてはいけないものだ。 マブダチのために身を挺し出ても止めてみせるよアタイ!(落ち着け)

(仲間になってほしいもの。 ・・マグナたちと一緒に、戦って欲しい)

 ゼルフィルドが、死んでしまうのだ。
 これは確実で、決して止められなくて    それが悲しい。

(でも、あたしはそれを止めちゃうかもしれないなぁ・・)

 ぶっちゃけ、自分に自信がない。
 その時のあたしは、何をしてしまうか自分でも予想がつかない。 ・・そのときに何が起こるとわかってしまっているのならなおさら、自分を制御するのが難しい。

(ルヴァイド、イオス、ゼルフィルド・・・)

 祈るように目を伏せて、あたしはフォルテ達を見る。
 フォルテは崖下を見つめたままだった・・が、抜き放たれたその刃の柄を握るその手は確実に力が入っている・・・・・ほんのりと命の危険を感じてしまうのは気のせいか? 否、気のせいじゃないだろう。

(ち、ちょっとだけ、離れとこうかな〜・・・)
「あれは嘘だ・・・彼らのやり口を考えれば、約束を守るはずあるものか」

      フォルテから離れようと思って進んでいた足が、ぴたりと止まった。 そのまま大股でネスへと近づいて、その胸ぐらを掴む。

「ネ、ス〜〜〜?」
「うわっ」
「失礼なこと言わないでよ! 湿原のときはちゃんと逃がしてくれたでしょーが!
 ・・・アラアラもしかして忘れちゃったんですかネス子ちゃん。 あんたがそんな恩知らずだとは思わなかったわ・・友達として悲しいわ! おーいおいおい・・・(嘆き)」
「・・・・・・・・・・君のわけの分からない言い分に付き合ってる暇がないので要点だけ突っ込ませてもらうが、彼らが今度も約束通りに事を運んでくれる保証はどこにもないんだぞ」

 そりゃ確かにその通りでございますが。

 今回のことは反論できないので、あたしは言葉に詰まった。
 今回は、その約束を守れぬままに終わってしまう・・・一騎打ちの最中に、待機していたはずのビーニャが暴走して、砦の兵士達を・・・・。

 ――――スルゼン砦で起こった惨劇が、脳裏に甦る。

 殺し合い、全てを屍に変えてもなお憑依召喚術によって殺すことを命じられた人々の姿・・あまりにも変わり果てたその姿を鮮明に思い出し、思わず吐き気を覚えて口元を押さえた。 うう、リバース(吐き)しそうだ・・!

「おっと、・・大丈夫か。 顔色がよくないぜ」
「平気、ごめん、レナード・・・」

 煙草の匂いに意識が現実に引き戻されて、ほっと胸を撫で下ろす。
 あぁでもなんというか、あれはまさに悪夢と呼んでもおかしくない・・グロすぎる、うぐぐ・・。

「でもフォルテ、あんたの友達はそれがわかんない男じゃないんだろ?」

 モーリンが心配そうに、崖下を見つめたまま視線を動かさないフォルテに声をかける。
 彼はしばらく返答がなかったが、唇を噛み締めてそれに答えた。

「ああ・・わかっているんだ。 あいつは聡いやつだから・・・でも、わかっていたとしても・・」


 約束を守る保証など、どこにもないとしても。


「あ・・・!」

 唐突にケイナの声が零れ出て、マグナたちはいっせいに崖下を見つめた。
 見下ろした先の砦から、一人の男が草木のない、荒野に似たその地面に立って現れる。


(・・あの人が、シャムロック・・)


 遠目からでは、他の兵士達に混じっていたせいもあってよくわからなかったが・・・。

(・・・・なかなかの、美形・・・
っじゃなくってえええええええええええ!

 ”な ん で (シャムの顔の感想になるん) や ねーん!”と隣にいたレナードにうっかり裏拳ツッコミしつつ(”ジャパニーズツッコミか?”と聞き返されてしまった)あたしはシャムロックを見つめた。

 柔らかそうな茶の髪が、冷たい風に煽られて舞い上がる。
 前髪が煽られて全てが晒されたその顔は嫌味がなく整っていて、一見、お人よしそうな印象を抱く。 けれどその白の鎧に身を包み、真っ直ぐに伸びた刃を見せる抜き身の大剣をしっかりと握り締めて立つその様は明らかに、戦場を知る人の姿だ。
 赤の外套
(マント)が、なんと鮮やかなことか――――。


 シャムロックは、ルヴァイドたちの前に立つ。

「・・部下の命の保証、偽りはないのだろうな」
「俺も兵を率いる将だ・・貴殿の意を踏みにじるつもりはない」

 ルヴァイドは傍にいたイオスたちを黒の旅団の兵士達が控えている後方へと下がらせて、彼の父・レディウスの形見である大剣を抜き晒す。 その剣には一点の血の曇りもなく、あたしは少しだけ、レディウスを思い出してしまって目を伏せた。

(・・レディウス・・)

 これから、ルヴァイドは騎士としての誇りさえ、ビーニャによって踏みにじられる。
 彼は約束を守るつもりであったのに、ビーニャの行動で、彼は騎士の誇りを汚されたまま、トリス達と戦い続けていかなければいけない。

(・・あたしは、しっかりしなくちゃ)

 いきなりこの世界に来てしまったとはいえ、なんとも卑怯なことに、あたしは全部知っている。
 けれど全部を知っているから、彼らの行動の真意を、彼らの行動の事情を、知っている。


 シャムロックの仲間が死んで、シャムロックが傷ついて、フォルテも傷ついて


 皆が皆、ルヴァイドに対して不快感を得ても


(けれどそれでも)


 あたしだけでも彼の誇りを、信じなくては


 たとえ、これからの事であたしが許せなくなって、ルヴァイドのことを嫌いになりそうになったとしても



 でもそれでも



 全部を知ってる、あたしは 友達として



 彼が唯一、自分のために守ってきたその誇りを、信じ続けてあげなければ――――。



 そのとき・・シャムロックの大剣が、構えを見せた。
 両手で柄を握り、ぞっとするほどの輝きを秘めた白刃をルヴァイドへと向ける。
 同時にルヴァイドも構え、シャムロックを見据えた。

「ならば、お相手しよう。 トライドラ騎士団の剣技、しかとその目に刻み付けられよ!」
「存分に楽しめることを願うぞ!」

 二人は同時に踏み込んだ。
 曇天の空を貫くように声を張り上げ、草木育たぬ大地を踏みしめ、互いの手に握り締められる白刃を振るう。

 最初の一撃から、重い音だ。

 それは訓練でもない。 素人同士の決闘でもない。
 死線を越え、戦火によって振り散る火の粉の合間をくぐり抜け、人の死を見て、それでも進んできた者同士が、それぞれの想いと命を賭けた、一騎打ち。

(これは・・邪魔なんか、できない・・しちゃだめだわ)

 絶対に出来ないと、改めて思う。
 一騎打ちなんて初めて見たが、これがこうも迫力があり、ああも真剣な表情で、決死の覚悟を瞳に宿らせて打ち込みあっていれば割って入るほうが難しい――刃が一度重なる度に、あたしの体はびくりと震える。
 始まってしまった一騎打ちに、フォルテがクソッと毒づいた。


「ああいう男なんだよ!あいつは! 部下を駒として見られなくて、部下を無意味に死なせたくないとする・・・・っ騎士に向かないほど、優しすぎる男なんだよ・・」

「フォルテさん・・」


 アメルは項垂れるフォルテの背をそっと撫でる。
 それを隣で見ていたバルレルは、すぐに騎士達の戦いの場へと視線をやり。

「あの野郎、ここで死ぬ気だな」
「・・バル?」
「自分が死んでも仲間は生きられるってかァ?
 ケッ・・・ニンゲンってのはこれだから、馬鹿だってェんだよ」

 ”死んだら、終わりだってェのによ”と呟く悪魔の言葉に、あたしは首をかしげた。
 彼の呟く言葉にどこか、過去に死んでいった誰かを想うような・・そんな響きがあったのだ。

(長い間生きてきたから、友達とか、知り合いとか、そういう人はいると思うけど・・)

「見上げた人物だ、しかしそれだけに哀れすぎる」

 カザミネも、その一騎打ちから目を離さず呟く。
 剣士として修業を積んでいる者から見ても、これは相当な覚悟を背負った戦いだということを感じるのだろう・・・素人のあたしでも邪魔なんかできないと感じるのだから、彼は戦いに込められた想いのようなものも、感じ取れるのかもしれない。

「・・だがな、このままにしちゃおけねえ」

 フォルテが、呟いた。
 それに皆がはっと顔を上げてフォルテを見れば、彼は再び剣の柄を固く握り締め、立ち上がる。

「悪いが俺は行くぜ・・あいつをこのまま放っておけねえ」
「待つんだフォルテ。 周りの軍勢を見ろ・・あれだけの包囲されているのなら辿り着くことさえ難しいんだぞ」
「だからって見捨てろってーのか!?」

 ネスの胸ぐらを掴み上げてフォルテが吼えた。
 けれどネスは怯むことなく、”わざわざ命を落とさせるようなことをさせるわけにはいかない”と言い返して、ケイナはフォルテに”落ち着きなさい! フォルテ!”と叫んでいる。

「あの人は殺させはしないわ! だって、相棒の友達は私の友達でもあるもの!」

 ケイナの言葉に、フォルテがはっと息を呑む。
 そして項垂れて、ネスの胸ぐらを掴んでいた手をゆるゆると離して、目元を抑える。
 堪えるように、大きなその手で前髪をくしゃりと握りつぶす。

「でもな・・」
「それにこの立会いはまだ尋常のものでござる。 そこに割って入るのは、シャムロック殿に汚名を着せることになりはしないか?」
「・・っそれでも! それでも、あいつを死なせたくねえ!」
「負けるとは限らないでしょう!?」

 ケイナの言葉に、フォルテは手負いの獣のような光を瞳に浮かべて彼女を睨んだ。
 険しいその瞳にケイナが怯んだことにも気付かないのか、そのまま怒鳴るように声を張り上げる。

「俺だってあいつが負けるだなんて思ってねえよ!
 でもな、勝てたとしてもあいつらが本当に約束を守ってくれる保証がないってネスティも言ってただろうが! あいつの剣がルヴァイドを負かした瞬間に、ゼルフィルドの銃や、イオスの槍や、旅団の奴らの攻撃がいっせいに降りかかったらどうする?!」
「フォルテ・・落ち着いてっ」
「ルヴァイドは誰の目から見ても手練れだ、一流の騎士だ。 相当な腕を持ってる。 だからシャムロックだって相当やられてるはずだ・・そんな状態であいつらの攻撃受けたら避けられねえだろ?!」

 フォルテの叫びには、皆が皆驚いていた。
 彼はいつも明るく賑やかで、悩んでいる人間がいれば悩みごとそれをひょいと持ち上げてくれるような、大らかな人間だ。 雑学にも富み、博識な面もあって、戦いに出れば彼も一流の剣技を繰り出す・・・だから、彼の取り乱しぶりに誰もが驚いた。

「フォルテ・・!」
「俺は最低な人間だ。 でも・・でも、そんな俺でも親友の命を助けられるならどこまでも最低にだってなってやる。 あいつが生きがいにしてた騎士の誇りだって、汚してやる。 死んだら終わりなんだよ、そこで、本当に      

 あたしはたまらなくなって、前に進み出た。
 フォルテをなだめるケイナをそっと、彼の傍から離れさせて、それからフォルテの胸ぐらを掴みあげる。

 乾いた音が、あたし達にいる空間に響き渡った。

・・っ! な、何を」
「〜っ手ぇ痛っ・・・! ビンタなんて久しぶりだわね・・・」

 驚くケイナにははっと笑いつつ、ジンと痛む手に呻いていれば、フォルテは呆けたようにあたしを見下ろしてくる。
 それにあたしは掴んだ胸ぐらを引き寄せて。

「あんたはシャムロックを殺す気!?」
「・・・・なんだと・・」
「死んだら終わりだってわかるわよ。 だって本当に、本当に終わりだもの。 何があっても、その人の大事なもの壊してでも死なせたくないって気持ちわかるわよ!」

 見てられなかった。
 フォルテが、あんなにも取り乱している姿は、見たくなかった。
 彼だって人間で、弱い部分がたくさんあって、人に言えないことも、暗い感情も、いっぱいいっぱいあって。
 ・・けれどそれでも、これ以上は見てられなかった。

「でも、その人の生きがいも誇りも壊すつもりで行っちゃだめよ。 それで本当に壊れたらその人、別の意味で死んじゃうかもしれない。 生きたくない、死にたいって望むようになるかもしれない」
「でも二度と会えなくなるよりかはマシじゃねえか!」
「んなの当たり前でしょ! ・・・でもやっぱり、そういう気持ちで行っちゃだめよフォルテ」

 フォルテが、ぐっと、拳を握り締めた。
 それにあたしは顔を歪めかけるけれど、それでも唇を噛み締めて堪え、フォルテの端整な顔を見上げる。

「壊してでも助けようって思うんじゃなくて、命張ってでも助けようって思いなよ。 壊すつもりで行っちゃ、あんたまでその人を殺しに行くようなものだよ」
「・・想いだけで、全部が綺麗に救えると思ったら大間違いだぞ」
「あたしの気持ちだけで全部救えてたらルヴァイドたちだって今頃は農作業のお兄さんズになってるわよ!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一瞬、全員が首をかしげたのがわかった。
 でも、戦いやめて、しばらくその体を休めて暮らして欲しいというあたしの気持ちだった。(平和→自給自足→農作業しか思いつかなかった)

 でも汗水流して農作業に勤しむルヴァイド達も悪くはないと思うのよ・・きらめく汗!
 滴る汗にさらにきらめくあの笑顔! 手にはみずみずしい野菜たち! ・・・予想外に大穴だよデグレアンズ・・!(身悶え)

「気持ちだけで助けられたらいまごろ平和でいっぱいよ!
 でもそういうのが叶わないから、こうやって戦っていくしかないんでしょ?! いつもは”ここを切り抜けなくちゃアメルが奪われる”って思ってて切羽詰ってるけど、でも誰かを助けるときは・・・フォルテの大事な友達助けるときくらいはせめて、気持ちだけでも助けたいって思わなくちゃ」

 壊してなんか行ってたら、だめだ。
 それじゃ本当に壊してしまいかねない・・・壊れて乱れるシャムロックもなかなか美味しそ
ゲフゲフゴフンッ!・・じゃなくて、それじゃ辛いだけだ。(落ち着けあたし!)


 ――――無事に生きてても、辛いだけだ。


「それにカザミネだって言ってた。 まだこの立会いは尋常なものだって」
「でもな! そうは言うが相手はあの黒騎士だ。 そう簡単に勝てる相手じゃねぇし、それに勝てたとしてもただではすまねぇ・・・怪我したあいつがイオスやゼルフィルドに・・・」
「そんな事しない! ルヴァイドは約束を守る人よ!!」


 それだけは、しない


 あたしの脳裏には、ゼラムまで送ってくれたイオスがいた。
 最後まであたしを心配してくれていた。 ・・・・ルヴァイドも、ちゃんと無事に帰してくれた。


 “帰してくれる”と約束してくれたから

 あたしは帰って来ることができた

 トリス達と合流できたんだ


        彼らは約束を大切にする人



「だから、堪えてフォルテ」
「・・・・・・っ」
「死んでもいいなんて、これっぽっちも思わない。 フォルテがそうまでして助けたい人なら、なおさら」

 フォルテが、力ない瞳であたしを見下ろした。
 いつもは陽気な光があるのに、今はどこか、陰鬱とした光ばかりが彼の中にある。
 ・・・良かったね・・・愛されてるわシャムロック。(え)

「誇りとか、名誉とか、そういうものの価値、あたしにはわかんないよ。 そういうもののためだけに命まで賭けるだなんて、どうして?って思う・・だってそれはいざと言う時に何も役には立たないって思うから。
 ・・・・そんなものは、その人自身の変わりにだってならない・・」

 ルヴァイドが、一族の汚名を返上するために剣を振るっている。
 それを思うたびに、そんなに傷ついてるくせにどうしてそこまでするのよって、何度も思った。

 でも。

「でもそれは、あたしの価値観なのよ。 シャムロックやルヴァイドの価値観じゃないから、だからその重みがわからなくて、大切さがわからなくて・・それがどれだけその人を支えているとか、全然わからなくて」
「・・・・」
「あの二人の、さっきの約束事を聞いたでしょ? 部下の命を・・犠牲を出さないために。
どうみても負けるって知ってるから、せめて部下の命を確実なものにするためにって・・ シャムロックは自分の意志でそれを選んだのよ・・・自分の命を、曝け出してでも」

 あたしはフォルテを、真っ直ぐ見つめた。
 暗い影が差しているその瞳を、真っ直ぐに。

「・・その覚悟を、他人が簡単に触れていいものじゃないのよ。 そこまでしているシャムロックの誇りを、壊しちゃだめよ・・邪魔してはいけないものなのよ」


 誇りや名誉

 それはあたしからすれば、その人の代わりにもならない


 でもそれは・・・・その人にとっては、生きるために必要なモノで

 進む道を迷わないようにするためのモノでもあって



 決して、命を捨てるためだけのモノじゃない



「だからフォルテ、お願いよ。 邪魔なんかしないで」
「・・・・・・」
「・・・・・邪魔するなら、あたしは身体張ってとめてやるから」

 どんと構えるふうに胸をそらし、両腕を広げ、あたしはフォルテの前に体を張った。

 それからしばらく、しんとした静寂だけが緩やかに広がっていく。
 シャムロックとルヴァイドが、打ち合う金属の音だけが、空に響いて過ぎていく――――。

 フォルテは俯いたままだった。
 けれど次には、喉を鳴らすような、低い笑い声があたしの耳に届く。

「・・フォルテ?」
「まいったな・・・・・お前、強い女になったよなぁ」

 おどけた声に、あたしは思わずほっとした。
 良かった、いつものフォルテ・・・・・。


     けれど次にあった目は、覚悟を決めた男の目だった。


(・・違うっ?!)

「でもな、それでも俺、やっぱ無理だわ」


 フォルテが拳を固く握り、あたしのみぞおちに一発、打ち込んだ。
 衝撃があたしの中に大きく響き、響くそれに呼吸をすることができなくなって、吐き気が込みあがり、堪えきれずに吐き出したものは掠れた声・・唇を端から零れ出てきたのは唾液と胃液だ。
 途端に意識は遠くなり、身体中の力という力は全てどこかへ霧散して、自分の体がそのまま崩れ落ちていくのだけは自覚した。


「・・っ・・フォ・・ル・・」


       ごめんな、




 崩れ落ちそうになった体を支えた人の声が、ずっとずっと遠くなって。



 最後にはあたしの意識と一緒に消えていった。

















「フォルテさん! 何をするんですか!!」

 崩れ落ちたの体を肩に抱え上げながら、ロッカの鋭い声にフォルテは振り向いた。
 仲間がぎょっと顔を強張らせた事から、自分は相当、ひどい顔をしているのだろうと思う。

「・・俺、行くわ」
「フォルテ! やめなさい! だって」
「それでも! ・・俺は行く」

 レオルドはフォルテの行動を察したのか、その巨体を身構える。
 けれどそれを牽制
(けんせい)したのはフォルテだ。

「動くな! レオルド!」
「どうしたんだフォルテ! だいたい、シャムロックを助けようにもどうやって彼らのところにまで行くつもり――・・・」

 そこまで言って、動くことが出来ないレオルドを見て・・・ネスティは緊張に顔を強張らせた。
 次には機属性のサモナイト石を取り出して、杖を構えてフォルテの前に立ちふさがる。
それに驚いたのはマグナとトリスだ。

「ネス!?」
「ネス! 何でフォルテにそんな」
「・・・見損なったぞ、フォルテ・・っ!」

 低く呟かれたネスティの言葉に、兄妹弟子は”え”と顔を見合わせた。
 リューグもフォルテの意図に気がついたのか、怒りの表情を露にして、手にある斧を握り締めながらフォルテとの距離をつめる。

「ちょ、ちょ、リューグも、ネスティもどうしちゃったの?!」
「はわわわ、い、一体どうなって・・」

 ミニスとレシィはおろおろと交互を見合わせている。
 ルウもはらはらと見守って、カザミネとレナードは、フォルテの行動の意味を理解したのか、低く唸った。

「フォルテ殿・・」
「お前さん、自分のやろうとしていることがわかってんのか?」
「・・・・・・・・・わかってるさ」

 肩に担ぎ上げたを落さないように担ぎなおし、フォルテはそのまま背を向けた。
 彼のくたびれた砂色の外套
(マント)が風に煽られ砂塵と共に舞い上がり、その広い背に止まらぬ決意を秘めているのが誰の目にも明らかだった。

 カイナも彼の意図に気がついたのか、はっとしたように口元を押さえて首を振る。

「そんな・・フォルテさん・・」
「・・を、盾にしようってのかい?!」

 モーリンの言葉と同時にリューグの中で何かがキレたのか、彼は地面を強く蹴り上げ、を担いだままフォルテの背へと一気に距離を詰める。
 だが彼が来ることを見越していたかのように、を抱えたまま、右手で持った剣で振りかぶるリューグの斧を受け入れそのまま流し、少年の力に逆らわぬよう、払うようにさばく。 それに大きくバランスを崩され、少年は大きく後退するしかなかった。

「ックソ!」
「・・お前、筋はいいんだけどな。 力押しじゃ、勝てるモンも勝てねーぜ」
「リューグ、下がっているんだ・・・・・古き英知の術と我が声によって・・」

 詠唱を始めるネスティへとちらりと視線を向け、フォルテは”召喚術じゃ受けたらヤベえな”と、笑う。
けれどそれは、どこか陰りある笑みだ。

「でもネスティ、にも当たるぜ」
「・・あ・・」
「・・は絶対傷つけねえし、ルヴァイドたちにも渡さねえ・・ただ、の立場を借してくれ」

 バルレルが槍を構える・・が、進み出たアメルがバルレルを押さえつけ、フォルテに叫ぶ。

「あたしが行きます! だから、だからさんをっ」
「お前じゃ無理なんだよアメル・・・は、ルヴァイドと友達だからな。 それが一番の強みなんだよ」
「フォルテ! いい加減になさい!! これ以上は」

 ケイナの言葉が終わる前に、フォルテは緩やかな崖を下り降りていった。
 滑り降りて行く大柄な身体のバランスを保ち、足の裏で下る速度を調節する。 次第に近づく地上を見つめ、ルヴァイド達が戦う場所までの距離を目で測り、どうすれば安全な道かと脳裏に地図を展開しながら、彼は風の声を聴いた。

 大絶壁の奥底から吹く風は、獣の唸り声を思わせる。
 それを耳にしながら、冬季を思わせる冷たさを肌で感じながら、フォルテは自分の肩に担がれて、身動き一つしないにそっと呟いた。





「ごめんな、







 彼は、自分の手から零れ落ちつつあるものが何なのかと知りながら。
 それでも止まることはなかった。










NEXT






長いあとがき

第68話をお届けさせて頂きました。

 超お久しぶり更新です、すみません。
これを言うのは3度目です、もうそろそろ毎日言ってもおかしくないような気がする。

 修正してる途中で100kbを超えてしまったので、取り合えず短く一区切り・・。
それでも60kbかぁウフフ。(壊)
 ですが騎士ブームなのでシャムロックとルヴァイドのとの対決等々には手を抜きたくなかったんです。愛すべき騎士たちを可愛がりたくてゲフゲフゴッフォン!(吐血) ・・・愛すべき騎士達にカッコよく頑張ってもらいたくて。でも文章力追いつかないのでガックリ。ガクガク。

 フォルテが、ゲーム中とはずいぶん違います。
フォルテってこんなキャラじゃないよね!とか思いながら打ちました。少なくとも仲間を盾にしようとかは、考えなさそうですが・・(仲間想いですし) でも、それをしなければもう助からないんだろうという諦めが、彼をそうさせたのかもしれません。・・も、妄想・・!(落ち着け)
さんがせっかく説得したというのに・・。
あと、フォルテの本名が出てきますが管理人、私だけの王子様を読んでいないので、間違ってたらすみません・・・早く読まなくちゃルヴァイドォォォォシャムロックゥゥゥゥ!(落ち着けえええ)

 アルバート。 シャムロックの副官。 最初は名前なしでいこうかと思ってたのですが、今回意外と大きく出てきてしまったので名前をつけました。 オリキャラというほどのものではありません。 でもキャラに関わってくるのなら、その人にも名前くらいは必要になってきたので・・・親しい感じをだすには、やはり名前を出さなくてはそれらしい感じが出ないかなと・・。

67話と言ってること違うじゃんと思われる部分が多く見られますが(自分でもそう思いました・・オロロ)、目を瞑っていただけると幸いでございます・・修正したいのですが、時間がなかなか・・・ううむ。
では、ここまで読んでくださって、本当にありがとうございましたvv


2002.7.17

2005.4.12大幅加筆修正