ふとしたとき




生きていることがとても苦痛で


生きていることがあまりにも痛くて、虚しくて、逃げたくなる



全部何もかもぶちまけて、傷つけて壊したくなる





今立っている場所が辛くて堪らなくて




手に持っているものがとても重くて 消えたくなる






でも そうやって何度喘いでも







気がつけば、何故か“生きよう”と立ち上がっていた










第66夜









 胸の中の息を大きく吸うと、火照った体内に酸素が巡っていくのがわかる。
 そして吐き出せば、冷気を帯びた外気との温度の違いによって白い息が生まれた。

「っふー・・・」

 心地よさにしばし目を伏せて再び開けば、見慣れぬ景色が赤の瞳を通じて映った。
 血の色を思わせるその赤の瞳の奥に、猛禽類のようなその鋭さがある・・・それは見るもの全てを憎んでいた瞳であったが、今はもう、憎しみは根こそぎ吸い取られたかのように枯れ果てていた。



彼は長年、常に全てを疎み、憎んでいた世界で生きてきたというのに。



今の彼には、何もない。



      波が浜へとその身を寄せて引く様を窓ガラス越しに見つめてから、バノッサは頭を振って白髪の毛先から滴る雫を払い、脱衣所の扉を乱雑に閉めると、裸足で木製の廊下を歩く。
 足の裏に伝わる木の床は、冬も間近に迫る季節で冷やりとしている。
 だが風呂上りの彼にはその冷たさがとても心地よかった。

 白髪は湿り毛を帯び、下半身の身なりはちゃんと整えてはいるものの、上半身は惜しげもなくその白い肌を晒している。
 とうに青年と呼ばれても全くおかしくないほどの年齢になっているはずだが、体が細身に見えるのは、少々痩せているからだ。 だが、腕や腹、胸などには無駄のない筋肉が身についていることが一目でわかる・・・それにはどこか、気高い獣を思わせるしなやかさがあった。


 バノッサは首にかけてあるタオルで髪の水気をガシガシと拭いつつ、台所に入る。
 他人の家だがお構いなしに棚を開き、ビンのラベルに一通り目を通し・・・不機嫌そうに眉を歪めた。


「酒がねぇ」


 風呂上がりには酒。
 彼の中でそんな公式が出来あがっているのか、バノッサはそれでも諦めずに、棚の奥を探そうと戸を開き、覗き込むを繰り返した・・・家の主に訴えられたら負けは確実だ。

「・・・・・・」

 棚奥の暗闇を見つめていれば、脳裏に女の姿がちらりと浮かんで過ぎていった。
 それは無色の派閥の魔王召喚の事件が終えてから、何度も、何度も、バノッサの脳裏に浮かんでは過ぎていく。



 ・・女の事を思い浮かべれば、まず甦るのは魔王の闇だ。



 ただただ深い、暗闇。
 その中をただ、落ちて行く自分。


 後悔も、何も、望むものもないまま。
 諦めだけを身に秘めたまま    死という真の闇へと堕ちていく行く自分。





 そんな中、ふと浮かび上がる光。
 柔らかく降り注ぐ光。 その中からするりと伸びてきた光は、そんなバノッサの手を強く握り。







 ”生きて”










     生きろ。



それは初めて他人に言われた言葉だった。



初めて、生きろと望まれた。




 太く、禍々しく根付いていた憎しみは、柔らかな手に握られた瞬間に枯れていった。
 それは手を握った女の力であるかもしれないし、女の言葉がバノッサの憎しみを枯らしたかわからない。

 だが憎しみは、確かに枯れて、朽ちていった。




生きろ




 それは、聞く者によっては、とても白々しい言葉だ。
 バノッサにとっても、それは白々しいものだった。



 自分を捨てた父親に利用され、義弟が死んだ今、自分には何も残らない


 あんなにも多くのモノを壊し、奪い、どうしようもない、そんな道を辿っていた





 生きてもしょうがない・・・そんな自分に、女は言う





 ”           世界を壊すのは、貴方じゃない”





 なのに手を握った女はお構いなしに、朦朧としていたバノッサの意識を、安らかな眠りへと誘う。
 その手を伝わり、芯まで冷えてしまった身体に温もりが宿り、安らかな、安らかな、安息へ。





 生きても、しょうがない




 何もない




 なのに、生きろと望まれた




 何者かも分からず、生きている人なのかも分からず、正体不明のソレに望まれた








 生きている事は、もはや苦痛にも等しいのに




 自分も生きる事を、完全に諦めていたというのに






 なのに、望まれて






 その時初めて、泣きたくなるほど”生きたい”と願ってしまった         










             闇を見つめる度に思い出す、あの瞬間。
 それは一年間にもう何度も何度も、いつも繰り返して、気がつけば胸の奥に”女を捜せ”と命じている自分がいて、この一年間、ずっとずっと探している・・・そこまで考えて、気がついた。


(・・もしかして、俺は惚れたか?)


 今更、何をボケたことをと自分でも思う。
 けれども一年と言う、長い時間をかけて探して会いたいと思ってしまうのは、そういう感情が胸に芽生えていたからだったかもしれない。
 だが、もう一人の女の姿を思い浮かべると、思わず嫌そうに顔を歪めてしまった。


(・・・・あんな女だったら、冗談じゃねぇぞ)


 ハヤト達は、という女と確定してしまっている。
 自分もデグレア軍駐屯地で見た、が光を放つ瞬間を見ている。
 それは、確かに、バノッサを救った光と似ているが    だが、光の強さはまるで違う。
 魔王の闇すら跳ね除けるほどの強さだったのだ、と比べればの光はちんまりとしたものだ。


(あー、あっちこっちでパッパパッパ光ってんじゃねぇぞクソが・・紛らわしい)


 早く見つけたくて、女の顔を詳しく思い出そうと記憶を絞っても、女の顔はやはり覚えていなかった。
 そして酒も、棚奥全てを探していても、やはり見つからない。

 とうとう諦めのため息を吐きながらパタンと戸を閉めれば、同時に背後でガシャン!とけたたましい音。
 うっとおしそうに眉を歪めながら振り返ると、唖然と突っ立っている女がが二人立っていた。(一人は子供だが)
 確か、ここに住んでいるケイナとミニスという名だ。

「あ、・・その・・ええと・・・・」
「キャー! ご、ごめんなさいーーー!!」

 ミニスがいきなり謝りながら顔を両手で覆った。
 ケイナの様子もどこか微妙だ・・バノッサは行動の意味がわからず内心首を傾げたが、自分が風呂上がりで上半身裸のまま家をうろついていた事を理解して、“ああ。”と納得したように手を叩く。

 下はゆったりとした黒のズボン(フォルテから拝借)をはいている。
 かわりに上はどこからどう見ても男の裸だ・・・・・・・・だが。

「つぅか手前ら、野郎と住んでんだから慣れてんじゃねーか」
「もー! 慣れてるわけがないでしょ?! 嫁入り前の身なんだから、そういうのやめてよ!」
「嫁だぁ? ・・ッハ、手前はどっからどう見てもまだガキだろーが」
「それでも女の子よ!」

 バノッサの赤の瞳に負けず、ミニスはリィンバウムでは滅多に見ることのない金の瞳で真正面からその睨みを受け入れた。
 バノッサは彼女のだいたいの素性をハヤト達から耳にした事がある。
 長年、重税で自分達を苦しめ続けた召喚師たちの親戚という・・・(自分達は途中から全く税を払わなかったが)。


(あの根暗召喚師共のところのガキにしちゃ、なかなか度胸がある)


 というか、血が繋がってる事すらも疑わしい。(←かなり失礼)



       お姉様、ミニスちゃん、どうしたんですか・・って、きゃあっ!」



 ケイナの後ろからカイナがひょっこりと顔を出して、バノッサの姿を見た瞬間に悲鳴をあげた。
 頬を見事なまでに真っ赤に染め上げ、慌てて姉の背後に隠れて、ほっそりとしたその指をバノッサに向かって真っ直ぐに差し。


「不潔です! バノッサさん!!」



何でだ



 別に全てを大っぴらにしているわけでもないのに(それのほうが大問題だバノッサ)、カイナはやはり耳まで赤くしたまま両手で顔を覆い、“殿方はやっぱり不潔ですー!”と泣きながら走り去って行ってしまった。(いややっぱりって何だ)


「カイナちゃん!?」


 袴だというのに素早く身を翻して逃げ出したカイナを、ケイナは慌てて後を追っていった。
 あまりの恥じらいっぷりに姉として何か不安を感じたのかもしれない。


 走り去る姉妹をバノッサは唖然とした表情で見送っていたが。


「・・・・・・・・何だよ、その目は」


 バノッサは、ミニスに変な目で見られていた。
 何か誤解が含まれたような視線だ、それがバノッサに突き刺さる。


(いや、相手はたかがガキだ。
 ここで面倒起こしてあのはぐれ野郎共に何か言われたらそれはそれでかなりムカつくし・・ ってか、風呂上りで上が裸で家をうろついていただけで何で変な目で見られなくちゃいけねーんだよ。 これだから育ちのいいガキは      


「バノッサが露出狂って本当だったのねー」




・・・・・・・・・・・。



「・・何だと、ガキ・・・」

「だってが言ってたわよ。
”バノッサって普段あんな格好してるから自覚がないんだろうけど、一般的にあの男は露出狂の変態だから気をつけてねミニス!”・・って」



すっごくイキイキとした笑顔で



 ・・どうやらは、今までの事を色々と根にもっているから、仕返しに、ミニスにそういうことを吹き込んだのであろうが。



(・ ・ ・ あ の 女 ・ ・ ッ!)



 堪えていたバノッサの堪忍袋の尾がぷっつり切れた。



「おいガキ! あの馬鹿女どこだ! ひん剥いて一晩中啼かせてやる!!

「キャー変態! 本格的変態変態ヘンターーーーーーイ!!!



 近いうちにこれを元にして、彼に新たなあだ名が付けられるかもしれない。















 開いた玄関の扉から、柔らかな朝の風が吹く。
 その扉から向こうはどこまでも続く水平線と、白い帆が風を受けてゆっくりと進む船、白亜壁の建物と色とりどりの鮮やかな屋根が空へ突き出た家々が立ち並ぶ、    貿易港・ファナンの街並みから、今日も活気が伝わってくる。

「やー、いい天気ねー」

 潮の香りに鼻腔がくすぐられながらも、あたしは洗濯籠を持って道場に戻った。
 木造の床へと上がれば、皆がこれから朝食をとるであろう居間から、お味噌汁の匂いが香ってくる・・あーもうお腹すいてるから食欲をそそられるわ〜。


「レオルド、今日の朝ご飯知ってる?」

「あめる殿カラノ情報ニヨリマスト、ふぁなんノ海デ採レルわかめト豆腐ノ味噌汁ト鮭焼キ、
市場デとっぷノ売上ゲヲ誇ル鶏ノ卵ヲ使ッタ卵焼キ、かいな殿ガ作ッタ”オ漬ケモノ”
トイウしるたーん独特ノモノガ・・」

「やった! 純和風メニュー! それにしても漬物がこっちで食べられるなんて感激ね〜」

「あるじ殿ハ漬物ヲゴ存知ナノデスカ」

「てか、あたしの住んでるところじゃどこにだって出てきた食べ物なのよ。
よしよし、今度はレオルドに日本の心を教えてあげようっ」


 レオルドを日本人にしてやるぜーと無意味に意気込みながら居間へ向かい、居間へ続く障子を前にして、あたしはそこでぴたりと立ち止まった。
 これから朝食・・・・・そしてあたしの話が始まる。


 それを思うと緊張して、唇が乾いた。


「・・あるじ殿、自分ガ彼ラニ話ヲ」

「あはは、情けない主でごめんねレオルド・・でもいいよ、大丈夫。
 こればっかりはあたし、自分の口から言いたいんだ」


 居間から聞こえてくるざわめきは、皆と一緒に旅をするようになってからもう何度も耳にして、今ではそれが日常の一部となって染み付いている。



 日常。


 それはとても愛おしいものだと、あたしは知った。



 自然と笑みを浮かべて一つ、二つ、深呼吸。
 唇を一度舐めて潤わせ、あたしは障子の取っ手に手をかける。


「あるじ殿」

「・・?」

「例エ何ガアロウトモ、私ハ貴女ノオ傍ニオリマス」


 黒く、大きな鉄の体を持つ護衛獣の発言に一瞬、きょとんとした表情を浮かべてしまった。
 けれどその言葉の意味をだんだんと理解して、嬉しさが胸に込み上げて、あたしはこの上なくにんまりと、頼もしい仲間を見上げて笑った。



「ありがとレオルド・・なんちゅーかもう、やっぱレオルド大好きだ」



 傍にいると言ってくれる人がいると、こんなにも心が強く持てるなんて不思議。



 あたしは、がらりと障子を開いた。
 中には仲間全員がそろっている・・と思ったけれど、バルレルの姿がなかった。
 どうしたんだろうと首を傾げながら入れば、入った途端にざわめきは消えて、皆があたしを見つめている。

 ・・緊張で、体が強張った。

 これはアレだ。 なんか、学校行ってた時に、急に先生から指名されて、その指名に皆が一斉にこっちに視線を向ける・・あの時の、一瞬の緊張に似てる。
 でもあたしは、背後にいるレオルドの存在に勇気付けられながら、にんまり笑った。


「おはよっ」


 笑うあたしに、皆はどこかほっとした表情を混ぜながら笑みを浮かべて返してくれた。
 緊張した一瞬の空気は霧散して、それにとてつもなく安堵した気持ちを覚えながらあたしは言葉を続ける。

「お待たせー・・・バルがどこに行ったか知らない?」
「バルレル? そういやぁ、トリスが朝から見てないって探してたぜ」

 フォルテは笑いながら”ここに座れ”と、隣の座布団をトントン叩いてあたしを招く。
 それに遠慮なく座って(レオルドは背後に立ったまま)、テーブルに並ぶ朝ご飯にますます食欲が湧いてきた。 他に誰がいないんだろうと確認するけれど、バルレル以外は皆いた。

「・・どこに行っちゃったんだろ・・ハヤト達はもう食べたんだ?」

「あー、なんか、朝飯時に大事な話するんだろって、さっさと食べて道場のほうに言ったぜ」

「なるほど・・それじゃ、バルいないけどルヴァイド達のこと話すわ。
 バルが後から知りたいって言うならあたしが後で話すし、皆待っててくれてたんだし、これ以上待たせるのも悪いしね」


 あたしはさっきから緊張した面持ちを崩さないネスに笑って、一度目を伏せた。
 何から話すべきかと思考に耽り、そうだなぁと前置きして。


「まず最初に言っとくわ、あたしはルヴァイド達の仲間じゃありません。
仲間なら、あたしまでルヴァイドに狙われるワケないもの」

とルヴァイド達が僕らを見張るため・・という可能性は」

「それは否定できないわね、ネス。
 アメルと一緒に狙われることになってたら、アメルを守ると決めた皆はあたしも守ってくれただろうから、見張りにはもってこいだわ・・・でも、それも違うって言ったら信じてくれる?」


 思わずぐっと言葉につまってしまったネスに、あたしは苦笑した。
 疑うことは、何もなくても疑われるのに、信じてもらうには、何か証拠がない限り信じてもらえない。

 なんとも単純で・・けれど難しい。


「でも、いいよ、今はそのままで。
 ・・・あたしは、こうして皆が話を聴いてくれてることが嬉しい」


 マグナの表情が、少しばかり驚きに目を見開いた。
 あたしはあたしで、やっぱり、へらへらと笑ったままだ。

     笑うしかなかった。


「じゃ、まずは最初に戻りましょ・・レルムの村が焼けた夜の日から」



 それから、静かな居間の中で、あたしは言葉を選びながらゆっくりと口を開いて、
 ぽつりぽつりと語りだした。


 自分が見たものを。

 それらを見て、思って感じた事を。

 自分の中にある、心の中にある、あたしの気持ちを。


 村が焼け崩れていく様が怖くて。
 人が悲鳴をあげて貫かれ、切り裂かれて倒れ伏せていくその光景が怖くて。
 あの夜に初めて出会ったルヴァイド達がとても怖くて。

 次に気がつけば、あたしはルヴァイド達に極秘に助けられていた。
 (その際に手当てのためルヴァイドに裸を見られたことに、そして見てしまったことを頭に思い出してしまったが、それは伏せた。(無理無理! 話せるわけないってばよ!))



 あたしは、デグレア軍で過ごした事を全部、トリス達に話した。



 ルヴァイドに手厚い看護を受けた事。(もちろん、見られたことは伏せて)
 ルヴァイドを一方的に罵って、殺そうとして・・でも最後には彼にすがりついて泣いてしまったこと。

 イオスに嫌われていて、喧嘩したこと。
 嫌われていた理由がルヴァイドのためだったということ、それから少しだけ和解して、ほんの少しだけ仲良くなったこと。

 ゼルフィルドと会話をすることはほとんどなかった。
 けれど彼の、鉄の身体を拭いてあげたことも、ちゃんと話した。



 あたしが彼らに触れて、見て聞いて

 短い期間で感じて、思って、知ったことを、全部話した



 それを話している間、誰も言葉を話さなかった。
 これを嘘なんじゃないかと疑われてもおかしくないと思ったけれど、ここにいる人は皆、何も、一言も言葉を出さなかった。




 ただ最後まで、聴いてくれていた。




 誰も朝食に手をつけないまま、最後まで。








「・・     と、言う訳です」


 あたしは冷め切ってしまったお茶を一口含んで、一息ついた。
 周りの皆はただ互いに顔を見合わせて、かなり戸惑った表情で・・やがてはフォルテが大きなため息を吐いてあたしを見て。

「お前、なんだかんだで大変な目にあってたんだなー」
「それを言うならフォルテ達もだけどね(いやもう本当にね)。
危ない目に合ったのはルヴァイド達のせいだけど、でも助かったのもルヴァイド達のおかげ」

 なんとも複雑な気分だわと、笑いながらそう言えば、リューグもロッカもアメルも、俯いたままだった。
 ・・彼らはあの夜を思い出しているのかもしれない。


          嘘じゃないから。
 嘘ついてもしょうがないし・・それにあたし、彼らの事について嘘なんて一つも言いたくないのよ」




 嘘は言いたくない


 嘘はいらない


 ただでさえ、あたしは嘘つきだ


 だから、ルヴァイド達と一緒にいた事を話すときは、嘘つきでいたくない





 せめて、彼らの事を話す時だけでも





「あと、これも黙ってた事なんだけど。
 ・・この前にね、リューグとレルムの村に行った時、ルヴァイドがお墓参りしていたのをあたし見たわ。ほら、途中でリューグとハサハを置いて帰ったときの・・」

「お前、あの時にルヴァイドがいるって知ってたのか!?」

「うん・・でもリューグに言うと、リューグは絶対突撃すると思ったから」


 墓参り発言には皆驚いたけど、リューグはギラリとした目であたしを睨んだ。
 でもその睨みは、心底憎んでいるという意味の睨みじゃなくて、”何で黙ってたんだよ”とちょっとした非難がこもった睨みだ・・・あたしはそれを軽く受け流して、言葉を続ける。

「ちなみにネスのあの薬を取りに行くことに強力してくれたのも、デグレアズなのデース。
 だからあんな短時間でゼラムに行って、帰ってきたの」

 “馬で配達デグレア宅急便!”と笑うあたしの脳裏に、某宅急便の制服を着たデグレアズの姿が思い浮かんだ・・きりりっとした凛々しい立ち姿に、あの宅急便ユニフォーム・・。
 受け取り証明書にハンコを押さず、彼らのデコにハンコをおして家に連れ込みたくなるわね!(落ち着け)


 今度驚いたのは当然、助けられたネスだ。
 これにはネスの隣に座っているレシィもこくこくと慌てながら、首を縦に振って頷いている。

 ・・・・・・・・・行動がなんともいえないくらいラブリーだわ、レシィ。

 レシィを見て思わずうっとりしてしまったあたしをカザミネが驚いた表情で見ていた。
 あんまりにも驚いた表情で見るもんだからあたしは慌てて自分の邪な妄想を払いつつ、一つ咳払い。
 落ち着け落ち着け、まだ話は終わっちゃいない。


「・・とにかく、たくさん助けてくれた。
 自分も危ないかもしれないのに、守ってくれた」

「・・


 マグナはあたしに複雑そうな表情を見せる。
 これからの事について何か言いたそうだけれど、あたしはそれを無視して続けた。


「先に言っておくけど、あたしはルヴァイド達に“狙わないで”って頼めないわよ。
 彼らは、自分の信じてるモノを守りたくて、取り返したくて戦ってる。
 仮に彼らが退いたとしてもまたデグレアから他の人が来る」


 気持ち的には、他の人が来てくれたら良いと思う。
 ルヴァイド達とマグナ達が戦わなくてすむから、それを見ないですむから。
 ・・でもルヴァイド達は、きっと、本当のことを知るまで止まらない。


「どっちにしても、あたしじゃどうにもならない」


 あたしの言葉を最後に、皆はシンと黙り込んだ。
 結局はルヴァイド達のことについては何の解決にもならなかったのだ。
 ・・ああっ! でもなんかとズレてる! 路線絶対ズレてるよこのストーリー!

 “どうすりゃいいのよ・・”と卵焼きを見つめていれば。
 フォルテが何かを思い付いたように顔を上げた。


「俺思ったんだけどよ、あいつらを止めてもどうにもならないってことは・・国自体をどうにかしなくちゃいけねーんだよな」

「そうでござる、根元を切り離さない限りあの旅団の者達は何回も襲撃してくるでござろう。
       殿が言った通りなら、己の信じているモノを守る為に」


 カザミネはちらりとあたしを見たのであたしはそれを肯定するように頷いた。
 覗き萌え同盟なんかに入っているくせに・・腐っても武人だわね!(ヒドイ)

 フォルテはしばらく考え込んで。
 少しばかり気難しげな表情を浮かべたが・・すぐにいつもの気さくな笑顔になって、にっと笑った。


「それじゃぁよ、ローウェン砦に行こうぜ」

「ローウェン砦?」


 首を傾げるマグナとトリスに、ネスは呆れたため息を吐いて説明した。


「ギエン砦、スルゼン砦、ローウェン砦の三つの砦は特に有名だということを教えただろう?」

「あはは・・・・・・・・・・・・トリス、覚えてる?」

「あはは・・・・・・・・・・・・お兄ちゃんこそ、覚えてる?」


 しばし、兄妹二人の間に、沈黙。
 そんな彼らに、兄弟子は頬を引きつらせて、いつになく低く告げた。


「ほぅ・・覚えてないときたか、二人とも・・」

「「(震えた声で)あはははははははははははは・・・!」」

「あーもうネス、怒ってないで説明続けてってば!」


 あたしが言うと、ネスはむっとした表情を浮かべたけど・・次にはため息を吐いて、続ける。


「砦にはそれぞれの役割がある。
 ギエン砦はサイジェント方面へ行くための街道を守るために作られ、スルゼン砦は王都周辺を敵から守るためにある・・だが最後の一つのローウェン砦は、最も特別な場所にあるんだ」

「特別な場所?」


 あたしの話を終えたので食事を始めたルウが、鮭をつつきながら首を傾げる。
 フォルテはそんな彼女に笑って、味噌汁をすすり。


「地図の位置的には禁忌の森に近いんだが、昔、召喚術によって大きくえぐられたせいで出来た<大絶壁>って呼ばれる、深くてどでかい崖があるんだよ。
 で、崖城都市デグレアはその崖んところにドンと都市を構えているんだがよ・・」

「デグレアは名のとおり、断崖が連なる場所にある都市だ。
 連なる崖には唯一一本の橋があり、それは聖王国領域へと設置されている。
 その橋を守り、そしてデグレアを牽制するための意味をこめて建てられたのがローウェン砦だ。 いわば旧王国の名残りであるデグレアを見張るための砦だ・・・スルゼンとはまた一味違う、屈強な騎士や兵士も多いだろう」

「へー、すごい! ルウ、その大絶壁を見てみたいなぁ」


 ネスとフォルテの説明に、ルウは目を輝かせて呟いた。
 確かにそれは言えてる・・何せ、話を聴くだけで好奇心が湧き上がる。


「あたしも大絶壁見てみたいかも〜」

「・・・

「嘘です。 冗談です。 
 危ない場所ってのはわかったから、もう言わないからそんな突き刺さるような冷めた目で見ないで・・・!」


 凍ってしまいそうな目、というのはいつも以上に冷めたネスの視線かもしれない・・。
 怖い! 怖すぎる! 凍えてしまいそうだ!


 慌ててぺこぺこと頭を下げるあたしに、ネスは呆れのため息を吐いて。


「とにかく、ローウェン砦はデグレアに対抗するための力がある場所だ・・フォルテ、そこに目をつけたのか?」

「そうそう、さすがネスティだな!
 砦の騎士たちに保護を求めれば、ルヴァイド達だってそう簡単には攻めてこれないはずだし、デグレアから狙われてるって話せば絶対助けてくれるはずだ。
 ・・それにな、そのローウェン砦に俺の知り合いがいるからそいつに掛け合えばきっとどうにかしてくれるはずだぜ。 そいつ、すげぇ真面目で困ってる人間ほっとけない・・まぁ、お人よしでなあ」

「つまり、いい人ってことねっ」


 ミニスの言葉に、フォルテは誇らしげな表情で頷いた。
 子供っぽい色を浮かべて笑うフォルテの笑顔に、彼がどれだけシャムロックを信頼しているのかがわかる。・・シャムロックって、本当にいい人なのねー。


「ま、保護してもらうついでに」

「スルゼン砦のことも報告しなくちゃいけないしね」


 あたしはフォルテに一言言うと、彼はきょとんとした表情であたしを見返す。


「ん? 違うの?」

「いやまぁ、そうなんだけどよ。
 でもまっさかがそんな気の利いたこと言うなんて思わなくて・・っげ! ウソウソ!嘘だから俺の鮭を取るなーーーー!!」


 黒いオーラを背後に装備して(装備?)、あたしは自分のお箸でフォルテの鮭を奪おうと身を乗り出す。 けれどもカイナに”お行儀が悪いですよっ”と怒られてしまって、あたしはしぶしぶ座りなおした・・覚えてろよフォルテめ。

 ふと、座りなおしたあたしの目線が、ロッカに向けられた。
 視線がかっちりあってしまった彼は苦笑して・・でも次には、”僕は大丈夫です”と、声に出さず唇を動かして言った。
 ・・・あたしはそれに酷く申し訳ない気持ちになりつつ、笑い返して。


「・・あたしね、ルヴァイド達の友達でいたいの」



 彼らに、あたしは言った

 
 友達だと、何度も言った



 その言葉、違えたくなくて、裏切りたくなくて



 ・・裏切られるのも嫌だけど

 裏切るのも嫌だと思うのは、あたしの勝手な気持ち



「・・・うん、わかってるよ」


 少し淋しそうに、あたしの隣に座っているマグナが言った。
 その横顔は本当に寂しそうで、あたしは彼の頬をつまむ・・少しばかり、怒ったように。


「あででででっ!」

「あのね、かと言ってあたしはルヴァイド達を贔屓するつもりはこれっぽっちもないの。
 そこんところを誤解しないでちょうだい・・・・マグナ達も大事なんだから」


 マグナの頬をつまんでいた手を離して、あたしはぽつりと呟いた。
 それにマグナはつままれた自分の頬を押さえて”へ?”とあたしを見返して。


「どっちも、大事・・      あたしはやっぱり、そう思っちゃいけない?」


 追う者と、追われる者。
 それの間にいるあたしは、なんとも宙ぶらりんな存在だ。


「彼らは敵の立場だけど、でもあたしは敵だなんて思っていなくて。
・・・・・・・死んで欲しくないって、思っちゃいけないかな・・・?」




 この疑問は、誰にでもない誰かに何度、問いかけただろう



 答えが帰ってくることなんてないと知ってて・・・何度、尋ねたのだろう



 ルヴァイド達とマグナ達のことを考えるたびに、あたしは何度も問いかけていた






 ”両方が大切だと想うことは、望んではいけないことだろうか”






 問いかけるあたしに、マグナは目を瞬かせて俯いた。
 とても、とても複雑な表情を浮かべて、お味噌汁の入ったお椀を見つめて・・けれど次には、あたしに弱々しく、笑む。


「すごく、複雑かな・・俺も、何度も怖い思いして、死にそうになったから」

「・・・うん、知ってる」



 その恐怖、あたしも知ってる



「でも・・大切な人に死んでほしくないって思うのは・・・いい、かな・・」

「・・・」

「生きててほしい、幸せになってほしい、笑って欲しい・・そう思うことは、俺には何度もあったし、今だって皆が大事だから、皆にはそう思ってる」




 初めての仲間で、友達だからと彼は呟いて。




       にも、俺、そう思ってるから」




 少し恥ずかしそうに笑いながら、マグナは言う。


「複雑だけど、でもは俺達が知らないルヴァイド達を知ってる。
 ルヴァイド達ものことがすごく大事なんだっていうのも・・・・何となくわかるし」

「・・うん」

「だから    いいと思うよ、俺」


 マグナは、穏やかに、笑んだ。
 初めて会ったときと変わらない・・いや、でも最近少し、大人びた空気を持つようになった気がする。


「大切に想うのはがルヴァイド達を好きだから。
 複雑だけど、でもは俺達も大事だって、想ってくれるし」


 一呼吸、間をおいて。



    だから俺はいいと思うよ・・・・・・・・望んで、いいと思う」






 ・・・・・答えが、還る






 いつもいつも、自分の心に問いかけて・・・けれど決して、還って来なかった








 でも今、答えが還ってきた









 望んでいいと、あたしの我が侭を、受け入れてくれた









 胸の奥に詰まったものが、流れ出ていく感覚がじわりと広がっていく。
 ずっとずっと詰まって、体積を増し、どうしようもないまま積もり続けていた、重たい、想い。


 それがようやく、流れていく。


 涙      より先に、鼻水が出た。
 それに一同はぎょっと驚いて、でも次にはあたしの目尻から涙が零れ落ちて、 涙に頬に熱が集まっていくのがわかって少しだけ恥ずかしくなって・・・俯いて、テーブルに額をくっつける。


「う〜〜〜〜〜〜〜・・」

「わ、わ、ちょ・・っ・・な、泣いて・・いやそれより先に、鼻水鼻水!」

「女の子に鼻水鼻水なんて連呼しないでよっ、馬鹿・・っ」

「え、ちょ、馬鹿って、ヒドッ!」


 マグナが少し怒ったように顔を歪めて     次には不思議そうに、俯いたままのあたしの背に触れる。


「・・?」






 答えが、響く





 答えが、何度も、何度も






 響いて、木霊して      その響きに、あたしは声を上げて泣き出したくなる









 嬉しくて・・・・・でも悲しくて









(マグナ、信じられないくらい、お人よしだ)






 彼は、こんなにも優しい




 優しい人だ




 なのに彼は、これから傷ついて、ボロボロになる





 先祖が犯した罪に、打ちのめされていく







 そんな姿が瞼の裏に浮かんでしまう     それが悲しい










 知っているのに止められない自分が               悲しい









「・・馬鹿はだよ」

「・・?」


 突然の言葉に、ぐしゃぐしゃになった顔にも構わず、酷い泣き顔で顔を上げればマグナが一瞬怯んだ。
 けれどすぐに持ち直して。


「そんなに苦しかったなら、何で俺達に相談してくれなかったんだよ」


 マグナの言葉に、勝手ながらもほんの少しの怒りが沸いた。
 相談出来る内容ではなかったから、だから言えなかったのに。

「いっ・・・言えるわけないでしょ!? 相手はデグレア軍なのよ!」
「でも俺達、言ってくれなきゃわかんないんだよ!」

 円満に解決するかと思いきや、突然口論に発展して、フォルテやケイナ、ネスやアメルまでもが止めに入ってきた。
 レオルドはあたしを見守っていたままで、レシィはただひたすらオロオロしている。
 この面子の中でズバ抜けて年を食ってるレナードは傍観を決めこんでいた。

「言ってくれなきゃ誤解だって生まれるし、疑うことしか出来なくなるんだよ!」
「そんなの分かってるわよ! でもどうしても言えなかったの!」

言えなかった。
言うわけにはいかなかった。

「俺、ずっと心配してたんだからな!
 の様子が、おかしいから・・・・それに寝言で、イオス達の名前呟くから」

ギャー! ちょっとあんた、何であたしの寝言まで把握してんのよーーーーー!」

「あ、いや、だってスルゼン砦から帰ったとき・・いや、今のはナシに・・とにかく!」


 ゴホンと大きく咳き込んで、彼はあたしを真っ直ぐに見つめた。


「隠してたっていつかはバレるんだよ!
 イオスがここに来なかったら、俺達、今ものこと疑ったままになってただろ?!」


 やっぱり、どこからかおかしいとは思われていたんだ。
 良かった、今、言えて本当に良かった。

 でも。


「だって! き・・嫌われたくなんかなかったもの!」


 言えなかった。
 ずっと抱えたままだった。
 それは嫌われたくなんかなかったから。
 皆に置いていかれたくなくて、嫌われたくなかったから。


 でもイオスが死にそうになってたとき、そういう問題は頭から完全に消えていた。


「あたしだって、言おうと思ってた。 でもやっぱり怖くて、本当怖くて。
 敵と友達ならお前も敵だって言われるの、本当に怖くてたまらなくて、それ考えたら眠れないときだってあって、でも考えるたびにアメル達に申し訳なくて」


 途端に、止めるためにあたしの腕を掴んでいたアメルが、体を強張らせたのが伝わった。
 ・・そういえば眠れない時、たまにアメルと会う事があったから、彼女は、気分が落ち着くまで屋根で蹲っていたあたしを見かけた事があったかもしれない。


「リューグにだって、ロッカにだって、デグレアなんて仇そのものじゃない!
 そんな人たちがいるのに、滅ぼした本人達と友達になりましたなんて言ったら・・」


 そう思ったら、また恐怖が胸の内を込み上げてきた。
 何度も何度も感じた、嫌われたくない、恐怖。
 全部あたしが悪いのかもしれない、でも、どうすればいいかわからなくて。


「リューグ達に嫌われても仕方がないって、最初はそう思ってたし、諦めてた。
 でもあたし、皆の事がどんどん好きになってきたら、だんだん怖くなってきて、どうしようって」


 中途半端な位置に立つ事が苦しくて、逃げようかと思った。

 ルヴァイド達と友達やめて、マグナたちにつこうかなとか。
 マグナ達と離れて、ルヴァイド達と一緒にいようかなとか。
 もしくは全部放り出して、レオルドとレシィの三人で旅でもしちゃおうかなとか、そんな事も考えた日だって何度もあった。



 でも、どっちも手放したくなくて



 しっかりと、皆と繋がっていたくて



「でも、・・!」

「マグナ、もうやめるんだっ・・これ以上のこと責めても」

「でも! 俺だって、のこと好きになったんだ!」


 あたしは鼻水を思い切りすすって、酷い顔でマグナを見た。
 ・・視界の隅でネスが唖然と絶句して、アメル達は驚いて・・トリスがガッツポーズをしたのは何故だろう?と頭の隅っこに思いながら。


のことが好きだから、だから、寝言でイオス達の名前聞いて、ものすごく悩んだ。
 敵だったらどうしようって・・俺だって怖かったよ」

「・・・」

「俺が怒ってるのは、ルヴァイド達が好きだったことじゃないよ。
 ただ・・が、ずっと怖がってて、眠れないほど怖がってて、悩んでるのに、でもが何も言ってくれなかったことが、力になれなかったことが、悔しくて」

「・・・・」

「君に助けてもらってばかりなのに、でも俺が全然助けてあげられなかったのが悔しくて」


 助けた?
 あたしがマグナを?


(・・いつ?)


 鼻をすすりながらそれを考えても、全然浮かんでこない。
 いや本当に・・もしかして禁忌の森のことなのだろうか?
 でもあれはリンカーのアヤ様(思わず様付け)が助けてくれたのだし、あたしは何もしてないんだけど・・・。

 不思議そうにマグナを見れば、マグナはあたしの思ったことが少しだけわかったのだろう。
 否定するように首を横に振って。


「そんな事じゃなくて、・・だから・・ああもうっ、わからなくなってきた!」


 寝癖のついた髪を乱暴に掻きむしって、マグナはあたしを見た。


!」

「はいっ!(な、何!?)」

「・・・これからは、一人で抱えてないで、俺や誰かに相談するように」

「・・・・はぁ?」


 随分マヌケな声が出てしまった。
 それがちょっと気に食わなかったのか、マグナは怒ったように顔を歪めて(なんか今日のマグナはずいぶん怒りっぽいですな・・・って、怒らせてんのはあたしか!?)、あたしにずいっと顔を寄せる。


「ま、マグナ?」

「ほんっとに心配してたんだからな!」

「いえもう、ほんとすみません、ごめんなさい・・!」


 マグナにこんなに怒られたのは、初めてだ。
 それだけ心配させてしまっていた、不安にさせてしまっていたと思うと申し訳なくなってきて、もう一度、”ごめん”とぽつりと呟けば。

 ネスの腕で止められていたマグナが、ずるりと畳みに座り込んだ。


「ま、マグナ・・」

「・・・・・・・寿命、縮むかと思った」




 ぽつり。


 蚊の鳴くような、小さい声。




「・・ロッカたちから話聞いて、もう、帰ってこないんじゃないかって思った」




 ・・そこまで信用薄いのかあたし、と考えて・・やめた。
 信用とかじゃなくて、そういうのじゃなくて、・・もっと別の意味で、そう思われてしまったのだろう。


 マグナの不安な気持ちが、そう思わせてしまったのだろう。



 あたしはマグナの前に膝をついて、俯いたままの顔を覗き込む。
 寝癖のついた髪を一度なでて、前髪を掻き上げてみれば・・・目尻に、涙が滲んでいるのが見えた。

 それにあえて突っ込まず、あたしはちょっとだけ安心した気持ちになって、問う。


「ね、マグナ」

「・・・ん?」

「・・一緒にいていい?」



 全部、全部、話した


 ルヴァイド達のことだけは、全部話したつもり





 これから起こることは、一言も言ってないけど





「あたし、ここにいてもいい?」






 でもこの事だけは、死ぬまで誰にも言わないと決めたから。






 だから、秘密のまま。









 マグナは頷いて、鼻をすすった。
 それが酷く幼くみえて、苦笑しながら少しクセのついた髪を撫でていれば、フォルテが安堵したため息を吐いて、笑う。


「あー、やれやれ。 やっと収まったかー」

「ごめんね、黙ってて・・」

「いいって。 誰にだって言えねえことはいくらでもあるし、急な心変わりもあるし。
 ・・・それにお前、悩んでくれたろ?」

「悩んだわね、かつてないほど」

「俺はそれで充分だよ・・俺だったら抱えきれなくて逃げてる」


 自嘲気味にそう呟いて、フォルテはあたしの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
 彼の様子にあたしもケイナも、他の皆もどこか心配そうな視線を向けていたけど、フォルテはいつもの笑顔で、ぱんぱんっと手を叩いて告げた。


のこと納得いかねーってやつは出て来い、今のうちにとことん話し合おうぜ」

「そうね、これからも大変だし・・何かわだかまりが残ったままだと、一緒にいづらくなっちゃうでしょう?」


 ケイナがあたしの微笑んでから、皆を見渡した。
 でも誰も申し出てこなくて、皆はアメル、ロッカ・・そしてリューグを見た。
 彼らは被害者なのだから、何か言ってくるんじゃないかと思ったのだろう・・特に、リューグ。


「ちょいとリューグ、何か言うことはないのかい?」


 モーリンに肘で小突かれ、リューグはあたしを見た。
 彼はじっとあたしの顔を見つめて・・・・・・箸を手に取り。


「ない」


 さらりと、あっさりと言って、彼は鮭に箸をのばした。
 それに驚いたのはロッカとアメルとあたし以外の、全員だ。

「ちょ、リューグ?! 文句の一つも出ないなんてどうしたの!?」
「・・・トリス、それじゃ俺がいつも文句ばっか言ってるみてえじゃねえか」
「だってリューグ、ルヴァイド達が絡めば怒り狂ってるのに」

 トリスの発言にロッカが噴き出して、リューグはぎろりとそれを睨んだ。
 しかしさすが兄だ。 その睨みに全く動じず、いつもの穏やかな笑顔で。

「大丈夫ですよ、リューグはちゃんと納得しましたから」
「おやそうなのかい?」
「ええ・・    確かにあの夜の出来事は僕もアメルもリューグも・・今でも許せません」

 ロッカは伏し目がちに話す。
 あの紅い夜を思い出しているのに、少しばかりあどけなさの残る少年の表情は・・・穏やかだ。

「・・けれど、その事ばかりに目を向けて、そのとき覚えた感情を、ルヴァイド達を許したさんにぶつけるのは間違ってるって、思いましたから」

 彼の言っている意味が少し理解できなかったのか、ミニスが不思議そうに、ロッカを見た。
 幼い少女の金の瞳に微笑みつつ、ロッカは冷めてしまった味噌汁を見つめて。


「これからルヴァイド達がどう絡んでくるかで、またさんを責めてしまうかもしれない。
 傷つけて、遠ざけて・・信じられなくなってしまうかもしれない」


 あたしはじっとロッカを見つめていた。
 目を逸らさず・・膝の上にある拳をきつく握って、それを最後まで聞き届けようと耳を傾ける。


「ルヴァイド達が僕らの何かを壊すたび、さんを憎んでしまうかもしれない」


 ・・その時はまた来る。
 それは、きっと、すぐに来る。



 騎士の砦で、その瞬間は訪れるだろう。



     フォルテか、シャムロックか・・誰かの怒りを、あたしはこの身に受けるだろう



「うん」

「でも貴女は、それすらも承知で、ルヴァイド達を許したんですよね?」


 問うてくる言葉が、痛む。
 彼はあたしと違って、あの村で長く生きてきた人・・村を愛していた人。
 その人にこの言葉を言うのは、少し痛いけれど。


 けれど。


     そうよ」



 でも・・・そう、あたしはそれを選んだ。



 敵の位置に立つ彼らは、後悔をしない人たち。

 けれど奪うことが”痛い”と感じて、それでも守ろうと、取り戻そうとする人たち。




 ・・そんな彼らに生きて欲しいと、望んだ





 殺された人たちのぶんまで、生きろと







 ・・彼らを、人殺しと、思ったことがあっても







 最後には、あたしはそれを望んだのだ







 ロッカは、穏やかな表情だった。
 そこには怒りも何もなくて、ただただ、穏やかさがそこになる。
 何故、彼はあんなにも穏やかな表情で、いられるのだろう。

 ・・・・・・・・何故、あたしを好きだと言ってくれたのだろう。


「なら、僕らも同じです」

「・・同じ?」

「・・・・・・・・それを承知で、貴女にルヴァイド達を想うことを許した」


 ロッカは、笑んだ。
 穏やかに・・・少年ではない、少しばかり大人びた笑み。




「貴女がルヴァイドを好きだと想っていることに・・傷つくかもしれないと承知で。
            僕らは貴女に好きになった」




 全て



 全て、承知のうえ




「・・ロッカ」

「それに、僕も随分と八つ当たりして傷つけてしまったりもしましたし・・」


 酷く申し訳ないような表情でロッカは俯いて、告げる。
 あたしはそれを慌てて否定したけれど、それをなお否定しようとするロッカを遮るように、アメルがぱんぱんっと手を叩いて止めた。


「はい、そこまでです」

「あ、アメル?」

「もう、さんもロッカも、いつまでご飯に手を付けないつもりなんですか?
 すっかり冷めちゃったじゃないですかっ」


 アメルは怒ったように眉を寄せて・・・・それから、微笑んで。


「今日はローウェン砦に行くんですから、ちゃんと食べて力を付けなきゃだめですよ!
 ほら、さんもロッカもしっかり食べて・・・・おやつとして、パッフェルさんにケーキも頼んじゃってるんですから、そこのところも考えて食べてくださいね」

「ケーキ!? やったぁ!
 ね、ね、アメル、ルウの好きなショートケーキ、頼んでおいてくれた?」

「はい、ばっちりですよ」

「わぁ、ありがとー!」


       一気に賑やかになって、いつもの朝食風景が戻ってきた。
 たくさんの、たくさんの人の声、友達の、仲間の声。
 ・・それはとても愛おしくて、愛おしくて、一つの家族のようで。

 あたしは鮭をつつきながらも、一人、目を細めて。



 安心した、幸せいっぱいの気持ちを身体中に満たして。



「ね、レオルド」

「ハイ」

「これからも頑張ろうね」

「全力デ、オ守リシマス」







 あたしも、全力で守るよ




 あたしが出来ることなんて、たかが知れてるだろうけど









 でも、彼らと一緒に生きていたいと望むなら、ちゃんと立って、動かなければ駄目だから









         その時、”こーんにーちはー”と間延びした声が居間に響いた。
 ”あ、パッフェルさんの声ですね”とアメルがご飯をよそいながら呟けば、”あたしが出るよ”と立ち上がって、玄関に向かえば。


「あれ?」


 バノッサとパッフェルという、妙な組み合わせが出来上がっていた。














 露出狂の誤解なんぞが広まって、誓約者たちの耳に入られてはたまらない。
 (と、いうかエドスはどうなる、あいつは年中上半裸だぞ/禁句)
 しかし季節が季節なので、いつまでも上半裸でいるわけにもいかない・・フォルテから拝借した(許可付き)少し大きめのワイシャツに着替えて居間に向かおうとすれば、玄関に見知らぬ女が立っていた。


(・・何だこの女・・?)


 それが女に抱いた、バノッサの第一印象だった。
 男としては胸元や、丈の短いスカートからすらりと伸びる長い足に目が行ってしまうが、全体的に明るい色で構成されている・・制服?のような格好には、内心首を傾げるばかりだ。
 ・・馬鹿女達の仲間か・・・?


「あっ、どうもどうもこんにちはー! 私、パッフェルと申します〜。
 ・・あの〜さん達のお友達の方ですか?」

「・・・そういう手前は何モンだ?」

「いえいえ、私のほうは怪しい者ではありません。
 ただのケーキ屋のアルバイトですよ〜、今日はアメルさんからの注文でケーキをお届けに」


 パッフェルの言葉が、そこで途切れた。
 バノッサが無遠慮に顔を寄せ、匂いを嗅ぎ取るような動作を見せて・・次には、猛禽類のような鋭さを秘めた赤の瞳で嗤ったからだ。


「手前はただの女じゃねーだろ」

「お客様〜・・もー・・だめですよー。 私、そういう色商売はしてないんで・・」

    甘ったるい匂いの中に混ざってるぜ」


 途端に、パッフェルの笑顔が消えた。
 感情がごっそりなくなったと思わせられるほどの無表情だ・・そこにはさきほどの笑顔は影も形もない。温和そうな糸目は開かれて、淡い薄茶の瞳がバノッサを映していた。


「どんな香りを重ねても香る        血の匂いがよ」


 それは落としても落としても拭えぬ。
 生き物の体内に流れ満ちるモノ。


「・・・あなたからも、同じ匂いがしますよ・・薄く、ですけど」

「ここ一年は殺ってねえからな」

「私も殺してませんよ・・もう、随分前にやめたつもりですけど」


 パッフェルは、そこで初めて口元に笑みを浮かべた。
 妖艶な女の笑みだ   本人はそのつもりはないのだろうが、謎めいて、どこか蠱惑的な笑みが浮かんでいる・・バノッサはそれにニヤリと嗤う。


「あいつらは知ってんのか?」

「いえいえ、まだ知りません・・でも今は黙っておいてくれませんか?
 私としても色々と都合があるのですよー」

「ッハ、・・都合ねぇ・・」


 ここの人間達は軍隊に狙われてて、その人間達と関係を持ちながら、自分が暗殺者であることを黙っている    これだけでもかなり訳ありだと伺える。
 しかしせっかく他人の秘密(しかも女)を握れたのだし、何か交換条件を出していた方が自分に得がある。
 バノッサはもう一度パッフェルに視線を向けて、顔から足のつま先まで眺めて。


「・・      それなりに、まあまあだながな・・」

「はい?・・・・あ、さん、レオルドさん」


 ギクリ。

 途端に、バノッサは身を強張らせてしまった。
 何故か内心に動揺を覚えながらもゆっくりと振り返れば。


「・・・サイテー」


 彼女はパッフェルを出迎えるためにここに来ていたのだろうが、その瞳は軽蔑の色をこめてバノッサに向けられていた。
 それはもう、刺さるほどちくちくとした・・・・いやちょっと待て、何故自分が動揺しなければならない。
 別に誰とナニをしようがこいつは全く関係ないだろう。

 どうにか気を取り直して、バノッサはに向き合う。


「何がサイテーなんだよ」

「・・ま、あたしには関係ないけどね・・パッフェル、ケーキありがと。 いつもお疲れ様。
 あと、バノッサに近づくと妊娠するかもしれないから気をつけて」

おいコラァ! 何フザけたことぬかして」

「いえいえ、こんな人、私全然好みタイプじゃないですからー・・相手にしませんよ〜」


 ・・・・・・女のほうが酷くないか?と、バノッサは思わずにはいられなかった。


「あ、あと、ケーキの他に、もう一つお届けに来たんですよー」


 パッフェルがバスケットをぱかっと開いて、は中にある“お届け物”を見て。


「・・・・・・・」


 固まった。
 の硬直ぶりを不審に思いながらバノッサも後ろから覗き込めば、ぎょっとした表情を浮かべてしまった・・は掠れた声でパッフェルを呼ぶ。


「ぱ、ぱっふぇる・・」

「いえね。 配達途中で発見したのですよー。
 で、お届けするついでにオプションもつけてみました♪」

「っていうか何でこの(四次元)バスケットにめっちり収納されるのYO−−−!!


 そう。
 パッフェルが持っていたバスケットには、トリスの護衛獣・バルレルが収納されていたのだ。
 プレゼントを意識したのか、とても可愛らしいフリルのついたピンクのリボン付きで。

 ・・ある意味、屈辱的だ。


「か・・可哀想だけど可愛い−−−−−−−−!!

「実はケーキを包装する時にリボンが微妙に余っちゃったので〜」

「いやもうグッジョブよパッフェル!・・じゃなくてなくて、“つけちゃったんです”じゃないわよ〜、本人聞いたら怒るって! ほら、色ボケ男! 早く出してやって!」

「誰が色ボケだ! 誰が! 女をそういう目で見て何が悪い・・って、抜けねぇぞこれ」

「あー、強く押し込んじゃいましたから・・ちょっと力が要りますよ?」

「ば、バルレルしっかりーーーーーーーー!!!


 こうして奮闘した結果。
 バノレルが四次元バスケットから救助されたのは、それから30分後の事であった。





 ・・魔公子をバスケット詰めにできたパッフェルはある意味偉大だわね・・!





 ある意味な
















 バルレルも無事発見し、朝食も終え、ローウェン砦に向けて皆が武器を見にいっている間にあたしはハヤト達が集まっている道場に向かった。
 ただでさえあたし達は大所帯なのに、このうえハヤト達のグループが加わると部屋がないよ!とモーリンに叫ばれてしまったからだ。
 昨日の夜、ナツミたちは道場に布団をひいて修学旅行よろしくな感じで並んで寝たらしい。
 いいな、あたしも混ざりたかったなぁ・・!(落ち着け)
 

「あれ? 皆なんで集まってんの?」

「あ、


 ファナンに出かけていたトウヤも戻ったのか、ソルたちも皆そこにいた。
 それぞれが自分の荷物を持っていて、レヴァティーンとゲルニカが大人しく待機したまま主の命を待っている。


「・・サイジェントに帰るの?」


 あたしの質問に、ハヤトはただ笑うだけだった。


「・・そっか」

がケーキを取りに行ってる間にアメル達には挨拶もしたし・・それに、俺達と一緒に住んでる人達が心配して待ってると思うから」


 聞けば、彼らは結構前からこの聖王国領域に訪れていたらしい。
 まぁ、確かに長期間ここにいるとリプレも心配するだろうなぁ。


「ここに来た目的も一応果たせたし、取り合えずその報告も兼ねてね」

「あ、見つかったの? 探し人・・誰? 良かったら紹介してよ」

「あー・・いや、もう探す必要なくなったからというか」


 あたしは首を傾げて“何で?”とハヤト見る。
 するとハヤトはまた笑って、あたしの手を掴んで握手した。


「ま、今までありがとな」


 ハヤトの言葉と同時に、風が緩やかにあたし達の間をすり抜けて行った。
 ひんやりとして、冷気を帯びた風。
 あたしはそれに髪を攫わせたまま笑って彼を見て、ハヤトに握られた手を握り返すため、しっかりと力を込めて。


「うん、あたしも・・助けてくれてありがとう」


 あたしより大きな手に、少しばかりドキドキしながらも礼を言った。
 大人になりつつある少年の武骨な手は、普段剣を握っているからか普通より幾分厚みがある・・・出会ったばかりは少し情けないイメ−ジが強かったのに(ちょっと失礼だけども)、でも、たくさん助けてもらって、ハヤトのことを少しだけ知って・・今は、情けないイメージは一つも湧いて出てこない。

 ただただ、頼もしい。

 ハヤトは握り返すあたしの手に、少しばかり体を強張らせて慌てて放した。
 それを不思議そうに見てやれば、彼は恥ずかしそうに苦笑して。


「あ、いや、・・いきなり握手してごめん、痛くなかった?」

「あはは、全然痛くないってば」


 ”なんか、女の子の手って本当柔らかいから照れる”と片手で恥ずかしそうに顔を抑えて笑うハヤトに、あたしも笑うしかなかった・・マグナにも言われたけど、そんなに柔らかいものかなあ?
 寧ろレシィたちお子様ーズのほうが柔らかくてふにふにしてて気持ちよくてたまらんというか・・。(オヤジか


「もう今出るの?」

「ああ、・・バノッサもついでに持って帰るよ」

「そりゃ助かります。
 ・・見直したけど、今のあたしの中では最低なイメージついてるからさっさと持って帰ってちょうだい」


”何したんだバノッサ・・”と呟くハヤトに大きなため息を吐いていれば、誰かがあたし達に近づいてきた・・ハヤトと同時にそちらに目を向ければ。


「あ、キール、ソル」

「話の途中に割り込んですまない・・ハヤト、を借りていいかい?」

「俺はハヤトに話があるんだが」

「ん、オッケオッケー」


 ハヤトは笑って頷いたあとで、そのままソルと会話に突入。
 一方あたしもキールに向き直って、背の高い彼を不思議そうに見上げた。・・あんまり喋った事もないのに、彼があたしに用があるなんて何だろう?


「えと、何?」

「ネスティから君が召喚術の基礎を学んでいないって聞いてね。
 サイジェントに戻る前に僕がに教えておこうかと思ったんだけど・・意外と早く戻ることになって」

「あー、でも大丈夫よ。 召喚術、使わないし、使えないし」

「でも、何が起こるかわからない」


 キールの言葉に、思わず背筋を伸ばしてしまった。
 ・・確かにこの世界は何が起こってもおかしくない、そんな世界だ。
 暴走召喚というのもあるみたいだし・・それに知識とサモナイト石があれば誰にだって使える召喚術とはいえど、ちゃんとした知識もないあたしが、何で召喚術使えるかもわかってないんだから大爆発だって起こしかねない・・・・。


「一応、この手帳に目を通しておいてくれるかい?」


 少しばかり古びた、小さなサイズの手帳を受け取ってページを開く。
 手帳にはみっちりと文字が書かれてあって、あまりの詰め込みっぷりに思わず顔を歪めてしまったけれど、あたしの様子にキールは口元に笑みを浮かべて。


「これは君と同じ立場で、いきなりこの世界に飛ばされた・・召喚術を知らないのに術を使えてしまったハヤト達が勉強できるように僕がまとめたものだよ。
 ・・サイジェントは貧しいから召喚術の本なんてない。
 口で教えるほうが良いかもしれないけど、でも本を見て学ぶことも大切だから」

「は、ははは・・それじゃキールはあたしの先生になってくれるのね?」

「そんな感じにとってくれたらいいかな」


 あたしは手帳をパラパラとめくって、リィンバウムの文字で綴られた文を目で追う。
 だいたいなら読めるけど、でもたまに難しい単語があるから、レオルドかレシィに手伝ってもらった方がいいかもしれない。
 手帳を閉じて、あたしはキールに笑った。

「ありがと、キール先生っ」
「・・なんか、くすぐったいな」
「ふっふっふー、こっちはキールを先生って呼べてモエるわよー・・っと、まぁそれは置いといて・・しっかり勉強するわ。 暴走召喚なんて嫌だもの」

 何が起こるかわからない。
 マグナとトリスは、街を一つ破壊してしまった・・それほどまでに、強力な術。
 それは屈強な騎士が全身全霊をかけて立ち向かっても、あまりにも無力な存在として掻き消してしまうほど      それほどの、未知数の力。


「暴走を起こさないためには、ちゃんと理解することが最初の一歩だ」

「・・うん」

「分からない所があるならネスティに聞くといい。 彼は教えるのが上手そうだ」

「・・・・・君は馬鹿かのオプション付きでくるかもしれないけどね・・・」


 ああ、あっさり想像出来てしまう。
 でも分からないこと分からないと聞いて、馬鹿と罵るのもどうかと思うけど・・。
 遠いどこかを見るような目で明後日の方向を見つめてから、がっくりと項垂れるあたしに、キールは首を傾げて。


「おぷしょん、の意味がわからないが・・でも彼はそういう人間じゃないと思うよ」

「や、キールはまだネスをよく知らないと言うか・・」

「・・彼は知識のない者を罵らないよ。 きっと君が理解してくれるまで付き合ってくれるはずだ」



・・・まぁ、なんだかんだで面倒見はいいほうだと思うから、付き合ってはくれそうだけども。



 ”精進します”と項垂れながらも頷いて、ソルとハヤト達を見る。
 二人は少しばかり顔を寄せ合って話していて(しかも深刻な表情だ・・)、あたしは耳をそばだてた。(ごめんよハヤトー!)


「・・だから、俺は彼らの重荷になりたくないんだってば」

「だがハヤト、このままじゃ何が起こっているのかすらもわからないんだぞ・・」

「でも今は何の支障もないんだし、今は達の問題が解決するのを」

「その間にお前達に何かあったらどうするんだよ!」


 最後のソルの大声に、あたしは数度、目を瞬かせた。
 ・・           何かあったら・・?


「ソル、それ、どういう意味!?」

「ぅわっ?!」

「うわじゃなくて、ハヤト達、どうしたの? 何か危ないの?」


 初めてソルとまともに喋ったような気がする。
 青みのかかった黒髪と、知的で大人びた空気を持っているキールとは対照的に、年齢の割には幼さの残る顔立ちで、ぴんと立っている、色彩の薄い茶の髪が印象的だ。

 彼は袖を掴んで離さないあたしに、酷く驚いたように目を見開いていた。


「な、な・・」

「あたし達が原因でハヤト達が危ないの?」

「あーあー! 違う、違うよ・・だから落ち着いて」

「落ち着けるかぁぁぁーーーーーーー!!
 さぁ、吐くのよ! 何が起こっているのか吐くのよ!吐かないのなら吐かせるわよゲロゲロに!

「わーわー! お、おおお落ち着いてくれーーー!!」


 今にもソルの首を絞めんばかりに迫るあたしは、キールに後ろからあっさりと羽交い絞めにされる。
 ハヤトはハヤトで慌ててあたし達の間に入って間を作り、ソルは変なモノを見るような目であたしを見て・・・・怒ったように、顔を歪めた。


「いきなりなんだよ、そいつはっ」

「そ、ソル、落ち着いて・・は俺達の心配してくれただけで」

「だがお前達が共通して感じたモノなんだ、もしかしたらまた世界の・・」

「ソル!!」


 ハヤトはそこで初めてソルに怒鳴って、ソルは慌てて自分の手で口を塞いだ。
 キールも咄嗟にあたしの両耳を塞いだけれども、全て遅かった。
 言葉は完全にあたしの耳に入ってしまっている・・・・・・・・っていうか。


「(頭抱えて)イヤーーーーーー! ちょっと待って!!
 世界って何? 世界って何なの?! 何でそんなワールド規模なのよーーーー!!」

「あわわわわわ、いやその・・、今のは・・」

「世界が危ないとか言うんじゃないでしょうね?!
 こっちはもうルヴァイド達のことでいっぱいいっぱいで溺れかけてあっぷあっぷしているというのに!」


 いやもう本当に、いっぱいいっぱいなのだ。
 自分のことも、ルヴァイドたちのことも、マグナたちのことも、レイムたちのことも、何もかもにも本当に、あたしの両手に溢れるほどいっぱいいっぱいなのだ。


(あああぁぁどうしようただでさえサモ物語から大きくズレちゃってる感じがするのにこれでますます訳わからん事態になってルヴァイドたちが死んじゃうルートに入ったら本当どうしようあたしの今までの努力とか全部無駄・・いや寧ろズラしてるのはあたしか!?え、ちょ、マジでか神様!!


 道場の壁に手を付いてブツブツブツブツ呟き始めてしまったあたしからハヤト達はゆっくりと離れて、そのまま3人同時にダッシュした。
 あたしがそれに気がついて追いかければ、彼らが向かった先はゲルニカとレヴァティーンだ。
 先に背に乗っていたトウヤ達が不思議そうな目で乗り込むハヤト達を見ていた。


「ちょっとちょっとー、どうしたのよハヤトー」

「レヴァティーン! 出てくれ!!」


 主の命に、レヴァティーンは一鳴きして羽ばたいた。
 大型召喚獣が巻き起こすその風に煽られてあたしは転倒してしまい、激しく唸る風に髪をボサボサにしながらもハヤト達に叫んだ。


「ちょっとあんた達ーーーーーー!!!」

「ごめん、! 今は言えないんだ!!」

「ただでさえもういっぱいなのに・・・って、わぁっ?!」


 巨体が雲ひとつない澄んだ青空へ舞い上がった。
 リンカーズ御一行様、巨大な竜(もどき)の背で優雅に飛び立っていく逃げていく・・・ああっ!空中に逃げるなんてズルいーーーーーー!!!!


「ハヤトーーーーーーーーーー!!」

「皆によろしくなー! ・・ルヴァイド達にもっ!!」


 ぶんぶんと手を振ってだんだん遠くに、そして最後には消えていった彼らの姿に、あたしは唖然としていた。
 ただでさえ訳がわからないのに、更に話がこじれそうで。



「あったまイター・・・」



 何となく、頭痛まで覚えてしまったりする。













「こら! バルレルー! ちょっと荷物の整理手伝ってよー!!」

「うっせーな! 今話しかけるんじゃねぇよ!!」


 狭い部屋の中で、二人の男女が言い合う声が大きく響いた。
 それは目が覚めればピンクリボンを巻かれて、散々大爆笑をくらったというサプレス属性の護衛獣だ。

「何よー、フリルつきピンクのリボンにぐるぐる巻きにされてたくせにー」
「それ以上その話ムシ返すとマジで殴るぞ!」
「ふーんだ、ピンクリボンの小悪魔なんか恐くないもんねー」
「・・・・・・この間、メガネの眼鏡を割った犯人、猫じゃねえってチクるぞ」
「あ、あれは事故だよ! 事故! あんなところに眼鏡置いてるネスが悪い・・って、あ」

 何気なく窓から外を見たトリスの瞳に、座り込んだまま唖然と上空を見上げているの姿が映った。
 さきほど大音量で風が唸っていたので何事かと思ったら、ハヤト達が帰っていった音で。


「すっごいよねぇー、レヴァティーンをあそこまで従えちゃうんだもの。
 ハヤトさんたちはすごい力を持った召喚師なんだね」

「・・・・らしいな」


(それも、半端モンじゃなくて、相当のな)


 ハヤト達の素性を薄々と感づきつつも、バルレルは座り込んだままのが”うーあー”と変なうめき声を上げながら頭を抱えだしたことに、何やってんだかと呆れのため息を吐く。

 そんな彼女を心配して現れたのは、洗濯籠を持ったレシィとレオルドだ。
 今度は取り込むために道場から出てきたのだろう・・は彼らの姿に、とても優しげに目を細めて、袖をまくって手伝おうという意気込みを見せている。


 とても優しく、微笑む。


さん、最近すごく綺麗に笑うよねー・・素敵ー・・・」


 見惚れるように、トリスはうっとりとしながら呟いた。
 ・・はっきり言って、は美女、美少女と呼ばれるほどの顔立ちではない。
 だがそれでもトリスがに見惚れるのは、確かに彼女は最初出会った時よりも大きく変化しているからだ。



 恋しい男でも出来たのだろうか。



(俺にゃ関係ねえがな)



 しかし、笑うから目が離せないのは、不思議だった。


      それは笑っている顔が、バルレルの脳裏にぼんやりと浮かぶ、誰かの笑顔と被るからだ。



(・・くそっ・・何時の間にか姿も戻ってやがるし、あのバイト女にリボン巻かれるはで散々だぜ・・)



 仲間内に大笑いされて、ますます苛立ちが募る。


 バタバタと荷物の整理をしているトリスを横目で見ながら、
 バルレルは顔を俯かせて、ぽつりと呟く。


「・・誰だよ、お前・・」




 わからないことに、心が不安定になる


 だが再び誓約に縛られても

 身体の中で 心の奥で

 まだ温かさは残っていて


 それだけが、自分の心を安定させる




「バルレルー、何か言ったー?!」
「何でもねーよ、んな事より早く荷物まとめろ!」
「もー! 怒鳴らないくてもいいでしょー!」

 怒ったように頬を膨らませて、トリスはぎゅうぎゅうと荷物を詰め込む。“それ絶対入らねーよ・・”と脱力しながらも、再び窓の外に目を向けた。


「レシィー! レオルドー! お疲れー!!」

「ご主人様もお疲れ様ですー!
レオルドさんも手伝ってくださってありがとうございました!」

「構ワナイ」


“それじゃ次はたたむわよー”とレオルドとレシィと共に洗濯籠を持って、は道場へと足を向ける。
 が、その寸前にが顔を上げて、バルレルとしっかり目があった。


「あ゛」

「やっほー! バルっちー!!」


 ぶんぶんと手を振る。
 その際に勢いがついてしまったのか、洗濯籠の中身がぶちまけてしまった。
 だが、ぶちまけてしまったそれがレシィの頭に乗ったり、レオルドがナイスキャッチをするなりで、もう1度洗濯せずにすんで・・・・ほーっとしたように胸を撫で下ろして、は彼等に礼を言う。



 そんな彼女の周りには


 心に残る温かさと、同じモノがあって


 胸の奥が切なさに締めつけられる



 バルレルはに“馬鹿だ・・”と呆れたように額を抑えるが、次には窓をがらりと開ける。
 軋んだ音が小さく耳に届いたが、それは気にしないまま声を上げた。


「何やってんだよニンゲン! さっさとそれ持って戻れ!」

「もー! わかってるってば!
 あたしはもう色々とハゲそうなほどの心労でクタクタなのよー!・・てのは冗談だからレシィ、あたしの髪の毛を心配してマジ泣きしないで。 あたしも泣きそう


 戻る達を見送って、バルレルは開けた窓から空を見上げた。




 晴れている。

 雲ひとつない、寒々とした、けれど爽快な青空。。

 果て無き蒼が広がる、美しい空。



 ・・この世界は。



 自分の心に静かに眠る、彼女の世界。









彼女が<好き>だと言った世界。
















NEXT


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*後書き*

第66話をお届けさせて頂きました。

超お久しぶり更新です、すみません。
相変わらず超文ですみません、いや長文。80kb越えてます。イヤン。(大丈夫か)
実は修正前の2話ぶんを無理矢理詰め込みました、さっさとシャムロックを出したかったんだー!
シャムー!(最近ブームです/眼鏡と赤ピコと黒騎士どうしたよ)
ハヤト達はこれで帰ってしまいますが、サイジェントから危機を知らせようと舟に乗ったガゼルたちが・・笑。
バノッサの扱いもヒドイ、ソルたちなんて出番・・あった・・?(ヒドイ)

なんだかんだで分かり合えたといいますか・・マグナの怒りが唐突だったかなぁと思いつつ、
彼らは本当に心配していて、さんのことを大切に想っているんだと思っていただければ幸いです。
色々とありましたが、さんとサモキャラたちが過ごした時間は結構経ってます。
下手すれば4ヶ月くらいは一緒にいるんじゃないだろうかという、何とも微妙な時間の流れです・・いや、曖昧ですが。

基本的これは逆ハーレムな連載です。
それに最後は、それぞれと恋愛関係になってほしいなと思っているから、自然に逆ハーになってしまっただけです。
友情もいいけど、恋愛系を書くの、好きなんで す ・・(笑) 描写上手の方からすればとても恋愛とは呼べないかもしれませんが。
でも嫌いになったり、どうしようもないほど好きになったりを繰り返しながら進ませていきたいなぁと思います。

ほんの少しでも一緒に過ごして、長い間一緒に過ごして、それから好きになってくる・・そんなタイプの逆ハーです。
逆ハーというのは、たくさんの人から好かれるお話です。 正直、書くの苦手です。ムズい。
でもたくさんの人に好かれるというのはちょっとした憧れで(リアルで無理矢理迫られるとヒィ!何この人!とか素で思いますが)、
二次元ならそういうのはまぁアリなんじゃないかなと思います。
でも無理矢理迫るってのもなぁ・・と思いつつも、迫らせて相手が悶える(葛藤?)描写が好きなので、これからもそんな感じで書いていきます。(サドか) 
 よろしければお付き合いをして頂ければなぁと・・いえ、幸いです。


そして現在、ヒロインの服は水咲まなみ様からの案を採用させて頂いています。
ご紹介とお礼が遅れてしまって申し訳ありませんでした・・衣装画像のフォルダが見つからなくてアップ出来ずですみません・・!
この間あったのに・・どこ行ったーーーー!!(汗)


それではここまで読んで下さってありがとうございましたvv


2002.6.20

2005.3.4加筆修正