気がつけば、薄暗い世界にいた。






第65夜






 見上げる空は黒い煙に覆われていた。
 白い雲は煙に混ざり溶け・・灰色の浮遊物に姿を変えて漂っている。
 嫌な空だ。
 一目見てそう感じるほどの禍々しさが世界を埋め尽くしていた。


 この空はまだまだ続くのだ、この戦いが終わらない限り            



 眼前に広がる草原だった大地は焼け野原へと変わり果て、冬独特の冷たい風の肌寒さは容赦なく、血の匂いと物が焼ける匂いを運びながら世界を巡る。
 嫌な風だ。 この世界に降りてからずっとずっと変わらぬ匂いに嫌悪する。

 きっと、戦争が始まる前はとても澄んだ風であったろうに。



”・・もう、ずっと、この世界は悪魔の侵略を受けています”



 少女独特の甘やかな声。
 けれどその中には切なさと悲しさと、哀れみに溢れている。



 ”この世界が平和だった光景を・・・私、見てみたかったです”



 それには深く同感だ。
 魔力(マナ)に溢れ、命に溢れ・・きっとこの世界はとても美しかっただろうに。
 サプレスにもロレイラルにも、シルターンにもメイトルパにもない美しさがこの世界には溢れていただろうに。

 これらが元の姿に戻るのは一体、どれくらいの年月をかけてしまうのかもわからない。
 ただとてつもなく長い時間が必要とされるだろう。



 ”世界が平和だったなら、あの方も日々に脅えず、笑って暮らせたでしょうか”



 それはどうだろう。
 彼の身体に宿る力は、悪魔の寵愛から得た力だと聞いたことがある。
 ・・・この世界で最も強い魔力を秘めた一族だ、笑って暮らせたかまではわからない。



 ”・・あの方も、あの人も、穏やかに過ごせたらって・・いつも思います”



 それには同感。
 幸薄そうなあの顔が笑顔に満ち溢れるってどんなものか見てみたい。


 ぼやくようにそう告げれば、ずっと表情を曇らせてい少女は笑った。
 金色の長い髪は血生臭くて冷たい風に煽られて揺れ、海よりも濃い美しい青の瞳は優しい光を称えて細められる   彼女の優しいその瞳が、一番好きな瞳でもあった。

 けれどそれはすぐに影を差し、少女は俯く。



 ”・・でも、叶えられないような気がします・・なのに私は、あの方達のお役に立てない”



 そんな事はないよって言いたいけど、状況が悪すぎた。
 一人はとんでもなく偉い立場だからそうそう弱音も吐かないだろうし、
 一人は幼馴染以外見えてないうえ頭が固すぎるし・・それに加えてこの戦争だと、笑う気力もなくすだろう。

 ・・でも、自分が役に立てないって思うなら間違いだ。


 そう言えば、少女は不思議そうに見つめてきた。
 少女の笑顔も好きだから。 彼女に笑ってほしいから。 


 だから自分が、にんまりと笑って言ってやる。






 ”あたし達がこんなにも彼らを想ってるんだから、そんなあたし達が役に立たないはずがないわよ”











         あだっ?!」


 背中に衝撃が走り、その次にじんわりと痛み。
 口から出てきた悲鳴はとても女の子らしくない・・あぁぁあたしってば自称大和撫子なのに!
 ・・・・・や、嘘だけど!


 天井を見上げれば、今では見慣れた部屋の天井だ。
 少し古めかしい木々の香りがするけれど、これはなかなか癒し系な香りだ・・そう。
 燃えてしまったあの村に近い、優しいものと同じだ。

「・・っー・・あ゛ー痛い! すんごい心地よい眠りだったのに寝起き最悪だなんてツイてない!」

 心地よい眠りのわりには背中には寝汗が流れていた。
 気持ち悪くてブルブルと身を震わせつつ、取り合えず身を起こして辺りを見回した。
 小さな護衛獣の姿はない・・どうやら朝食の支度に行っているらしい。(女として彼を見習いたいわ)
 機械兵士の護衛獣のほうもいないのだけれど、どこか用事でも出来たのだろうか。 珍しい。

 窓を開けると、冷たい空気と一緒にほんのりと温かい陽射しが優しく降り注いできた。
 気持ちのいい朝だ。 寝汗さえなければそれなりにテンションも上がっただろうけど。

(・・夢・・のわりにはものすごいリアルよねー)

 あたしは前髪をうざったそうに掻き上げて、気だるげに空を仰ぐ。
 夢のわりにはあまりにも具体的というかはっきりしすぎと言うか・・あんまり覚えていないが、それでも黒色に濁った空だけは覚えている。
 嫌な空だった。 あんなに黒く濁るなんて、どれだけ物が燃えたのだろう。

 誰かが喋っていた気がする。
 そっちもあんまり覚えていない・・夢なんてそんなものなんだろうけど、でもどこか引っかかる。



すごく大切なことだったような気がする        



 やっべぇ、ちょっと物忘れ激しすぎだよコンチクショウ・・と、窓枠にくてんっと項を垂れれば、窓枠を握っているあたしの手が、大きくて、温かなものに包まれた。
 安堵させるかのような、優しさを感じる・・・・いや、待て待て。何で窓枠につけている手が優しさに包まれてしまうのよ。 そんな馬鹿な。


嫌な予感がしたけれど、恐る恐る顔を上げる。


そしてまず1番に目に映ったのは、綺麗な銀色の髪。



「おはようございます、さん」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(思考停止)・・・・・・・・・・・・・」



 窓から侵入しようと這い登ってきていたのか、彼の眩しい笑顔があたしに向けられた。
 それはもうキラッキラに輝いている・・睡眠時間も多いのか、奴のお肌もツヤツヤだ。美肌美人の王冠はきっと彼のもの      


「ファナンを去る前にさんのお顔が見たくなって、お気に入りの侵入経路の窓からお邪魔したのですがまさかさんが出迎えてくれていたなんて!
さん専属癒し系吟遊詩人レイムはもう光栄ですっ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そして見てください、美しい青が広がるこの空をっ! んもう絶好のデート日和ですよっ!
さん、もしお許しが頂けるなら私に貴女の時間をほんの少し分けて頂けないかと・・」





ドン





ああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・!




 悲鳴が尾を引いて消えて行くのをさっぱり無視しながら、あたしは眩しそうに空を仰いだ。





あーやれやれ、今日もいい天気だわねー
















 あたしは鍵とカーテンをしっかり閉めてパジャマを脱ぐ。
 そしてアメル達が調達してくれたであろう服を着て、寝癖のついた髪を梳いた。

 用意された服は、涼しい色を持った薄い青が綺麗な色合いを見せていた。
 腕の部分は通気性の良いように肘が見えるようになっている。
 靴は靴下を履かなくても汗を掻かない特殊な素材で、柔らかく、そのうえ薄い布で作られていて、一応ゼラムの大陸としては年中暖かいほうの気候と謳われている、ファナンの街らしい涼しい靴だ。

「やー、本当可愛い服だな〜。 レシィが用意してくれたんだろうけど、誰が買ってきてくれてるのかな・・あとでお礼も言っておかないと」

 浮かれた気分で居間に向かおうと、部屋の扉を開ける。
 部屋を出てすぐに人の気配がしたので”変態詩人か!?”と思わず身構えたけれど、それはすぐに違う人間だとわかって構えを解いた。


「・・よぉ」

「リューグ、おはよ」


 鮮やかな赤毛は明るい朝でもやはり鮮やかだ。
 それに目を細めつつも挨拶すれば、リューグも片手を挙げて返してくる。
 ・・良かった、いつも通りに接してくれる。

(昨日はすごくゴタゴタしてたからなー・・結局、リューグも起きなかったし)

 ネスに出迎えられ(あれを出迎えと言ってもいいのか謎だけど)、そのまま道場に戻ったあたしを仲間の皆は迎えてくれた。
 ぼろぼろで、泥だらけで、疲労の色がしっかりと顔に出ていたのか、今日はそのまま休めと笑ってくれたのだ・・・・・笑ってくれたことに、やっぱり嬉しかった。


(だから朝食食べながら皆に説明しなくちゃいけないのよね・・よしよし、何を言うかちゃんと考えておかなくちゃ・・変なこと言ってそれこそヤバイ事態になっても困るし)

「おい」


 思考に耽っていたあたしを、リューグの一声が無理矢理現実に引き戻した。
 あーしかし、リューグってば黒のタンクトップ似合うなー・・腐女子魂がどうしても叫ばずにはいられないわ・・すみませんすみません腐女子でごめんなさい。
 いやでも久しぶりに良いもの見たから目が潤うーー!(萌)


「こっちに来い」

「え?! あ! ちょ・・っ」


 腕を捕まれ有無言わさず、ズルズルとリューグに連行されてしまった。
 あたしが出てきた扉がバタンっと閉まり、そこで腕が放される。
 一体何を言われるのだろうと、あたしの中に緊張が高まった。

 突如。 リューグの拳があたしの前に突き出され思わず身構えてしまった。


「な、何よ!? やる気!?(ああでもそのタンクトップ、もとい鎖骨には釘付けな自分が憎い!)」

「これ」


 拳は、ファイトしようぜ! の意味ではなく、握り締めている物を差し出す行動だった。
 リューグの拳におずおずと両手を広げれば、拳を広げたリューグの手から紅い石の指輪があたしの手の中に落ちた。

 ・・あれ? これってあたしがリューグに貰ってた・・・。

 あたしは思わず自分の指を見るとそれは何時の間にかなくなっている。
 ずっと身に着けてたはずなのに・・と驚いた表情で彼を見た。


「ここに帰ってくる前に、お前の指から盗った」

「はぁ?! あんた起きてたの?! そうならそうと言ってくれれば・・ってか! 何で盗るの?!」


 怒鳴るあたしは、リューグの睨みで思わず黙る。
 何だかいつもと違う変な迫力が彼にあってあたしは何となく・・・・・それが怖くなった。
 くぅぅぅ・・いっちょまえに眼力<睨む>を覚えやがってこの野郎ーーーーーー!!(超怖ぇよ!)


「迎えに行った俺が今こういうのもなんだがよ。
 ・・戻ってきて、お前の事が許せるか許せないか、指輪を見ながら自分で考えた」

「・・・」

「お前はあいつらを助けた、でも俺も助けて、今ここにいる」


 リューグは腕を下ろし、そしてやや俯いて。


「・・・・・・・・・・・・・・・お前の考えてること・・全然わからねぇ」

「・・・・まぁ、そうだろうね」


 苦笑しながらあたしは自分の髪に触れた。
 冷たい朝の冷気に(今思えばリューグは寒くないのだろうか・・!)、しっとりとした感触が指先に伝わる・・少し動揺しているあたしの心を落ち着ける。




 中途半端な想いが


 誰かを迷わせて


 誰か傷つける




「・・・・・・・・・・・・・・でも、俺はお前を信じたい」


 リューグの拳が硬く握り締められて、決意したように彼は顔を上げてあたしに言った。
 あたしはあたしでただ目を丸くさせていたけれど、そんなあたしに顔を歪めて舌打ちをして。




 腕を強く掴んで、痛いくらいに、とても強い力を込めてきつく抱きしめて来た。



・・どわああああああああ!? 何何何デスカーーーーーーーーーーー!!!(混乱中)




「ちょ、痛い・・っ・・リューグ・・!」


 ああどうしよう頭の中完全に混乱してる。

 強い抱擁に、痛みに顔を歪めながらあたしは何とかリューグの肩を抑えて、引き離そうとする。
 それは抱きしめてくる腕の力が痛いからという理由もあるけれど。



 リューグに、こんなに強く抱きしめられるのは(多分)初めてだ。


 今まで一緒にいた男友達が、急に別人のように映って・・・・なんだか妙に、離れたくなる。



「逃げんなっ」

「や、無理ッス! 痛いから逃げたいッス!(あぁぁ怖いよぅ!)」

「俺もお前から逃げねえ! 俺を見ろ!」


 リューグの言葉に、あたしは身体を強張らせた。
 逃げないと言ってくれるということは、あたしの話も、あたしの気持ちも聞いてくれるということだ。
 ・・・・・・ならあたしも逃げてはいけない。



 たとえ、リューグが怖いと思っても。



 身体を強張らせたあたしに気付いたのか、はっとしたようにあたしから身体を離した。
 それから一度”ワリィ”と謝って・・けれど両肩を掴んだまま、続ける。


「・・全部、聞く」

「・・・・・」

「お前の話も、気持ちも、何があってあいつらをどう思ったのかっていうのも、全部、最後まで聞く」

「リューグ」

「だから・・もう、どこにも行くな」


 様子がおかしくて、いつものリューグらしくなくて。
 あたしは思考をグルグルさせながらも、彼の言葉を大人しく聞く。


「あんな・・あんな別れ方なんて冗談じゃない。
 話を聞かなかった俺も悪い、でもあんなのは二度と御免だ」

「・・・・うん、あたしも、嫌だ」



 あんな


 あんなに苦しい、別れ方



「・・・もう誰にも、どこにも行って欲しくないんだよ!
 ・・俺はっ・・・・・もう、何も失いたくねぇ・・・」


 肩を掴んでいたリューグが両手が、包むように両頬に触れてきた。
 泣きそうな表情で頬を撫で、次いで髪に触れてきて。 泣きそうな瞳であたしを見下ろしてきて、震えた声であたしに告げる。


「・・今度なくしたら、俺は立直るなんて出来ない。 ・・・・無理だ」


 そのまま、肩に頭をもたれさせてきた。
 リューグの吐息が首筋に触れて、再び身体が強張る。
 こうやって接近したことは何度もあったけれど、今日は妙に、変な感じだ。


「・・リューグ」


 けれど彼を放っておけなくて、思わず彼の後頭部の髪を撫でた。
 落ち着けるように、そっと、何度も。

 髪を撫でるあたしに、リューグは顔を上げて撫でていたその手を強く握って。
 苦しそうに顔を歪めながら、けれどあたしの目をしっかりと射抜いて・・呟くように言う。



「・・んだよっ・・」


「へ?」





「お前が・・お前が好きなんだよっ・・だから・・!」





好き?





「・・だからっ・・    どこにも行くな・・っ・・!」






 ・・・・・・・・・・・・あたしはしばし、放心状態だった。
 突然の彼の言葉に呆気に取られて。



 リューグの言葉を聞いた後で。
 あたしは少し考えて・・・・・・・しばらくしてから頷いた。



「行かないよ」




 必要だと、望んでくれるのなら




「あたし、どこにも行かない」




 望むなら、出来る限り側にいるから





「だから」







 そんな泣きそうな顔しないで





 あたしなんかの為に、そんな顔しないで





 たくさん傷つけて、たくさん迷わせてしまったあたしに





 そんな顔をされて、望まれる資格なんかないから







 俯くあたしの耳に、リューグの呼ぶ声が届く。


・・」

「あたしもリューグが・・     好きだよ」


 リューグの目を見てそう言うと、今度はリューグが放心状態になった。(レアだ)
 けれどすぐにその状態は解けて・・・リューグは”馬鹿”と呟いて、頬を少し赤くしながらも、さっきよりもずっとずっと優しく、あたしの頬を撫でる。

 瞳は今まで見たことがないくらい、とても優しい。



     もちろん」

「?」


 あたしはニカーッと笑って、リューグの手をガシィ! と、しっかり掴んで。
 力強く、告げる。


「もっちろんロッカもトリスもマグナもネスもアメルもみんな大好きよ!!


 “ラヴいぜ皆!”と拳を固めるあたしを余所に、リューグは唖然としたような表情で。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待て」

「何よ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・みんな好きだと?」


 リューグの肩が、ワナワナと震え始めた。
 一体どうしたんだといわんばかりに首を傾げつつ、あたしは“そんなの当たり前じゃない”と、爽やかに笑いながら言葉を続けた。


「あたしだって皆好きだし、そりゃもー絶対死なせたくなんかないわね! ええ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・オイ」

「あたしが勝手に行動すると、その分に皆も危険になっちゃうのよねー・・ごめん、リューグ。
 あたしとっても浅はかだったわ! それにご両親だって亡くされてるんだもの・・別れに敏感にもなるよね。 でも大丈夫。 あたし皆にちゃんと説明するつもりだし、これから気をつけるから! うん!」

「・・・・・・・・・ちょっと待て」

「あ、でもリューグ。
 あんたも気をつけなさいよ! あんたもたまーに突撃体質になっちゃうんだから!人の事言えないでしょ? 見てるあたしやロッカたちだってハラハラしてるんだから〜」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから、ちょっと待てって・・」

「あたしだってあんたが大事だもの。 だって、大切な仲間だもんね!


 あたしの最後の一言に、リューグはかなり衝撃を受けたような表情を見せた。
 次にはガンッ!と壁を蹴って“何でこんな鈍いんだよ!”と怒鳴ると、今度は壁に手をついてがっくりと肩を落とし、項垂れる。

「おーい、リューグー? 大丈夫?」

・・コイツ本気でわかってねぇのか・・?!さっきまでの空気は何だったんだよこの馬鹿!!」

「ば、馬鹿ぁ?! 失礼ね!
ネスにも馬鹿言われたばかりなのに何でアンタにまでそんな事言われなくちゃけないのよ!」

「うるせえ! 他の男の名前なんか出すな! ていうかお前は馬鹿だ! 大馬鹿だ!」

「リューグだって馬鹿じゃないの! ていうか何で本気で怒られるのよ!
あたし大事な仲間って言ったじゃない! 何が不満なのよ!」

「仲間じゃ不満に決まってんだろ!」

「はあぁぁぁぁ!? 何? マブダチって言ってほしかったら最初からそう言ってくれれば・・。
って、キャーあたしってばルヴァイドだけじゃなくてリューグともマブダチになれるなんて感激!どうしよう今夜はお赤飯だわレシィとアメルに言って今夜はお赤飯だって言っておかなくちゃ」

「・・このニブ女・・っしかもルヴァイドだと?! 冗談じゃねえぞ!」


 しばらくその場で言い合って、互いが息切れを起こすと今度は互いに睨み合う。
 リューグの目は本気で怒っていた・・いやいやマジでどうしてこんな不毛な言い争いに発展してるんだろうあたし達・・・!

 ・・・・けれどしばらくして、リューグは大きく、思いきり肩の力を落としてため息を吐いた。


「人が折角言ったのに・・わからせるにはどうすりゃいいんだよ・・クソっ・・」


 あたしは”は?”と声を洩らして、不満そうにブツブツと呟くリューグを見上げると、リューグはまた頭を抱える仕草を見せる。
 ・・何か見てて可哀想に思えてくるんだけど・・ものすごい哀れみを感じるのは何故・・・?


「・・リューグ、本気で(頭)大丈夫・・?」


 瞬時に、リューグの表情が大きく引きつったように見えた。
 いやいやいやいや、真剣に心配してるんですけどあたし。 何でそんな引きつるの?

 しばらく唸りながら肩を震わせていたけれど、次にはジロリとあたしを睨んだ。
 ・・・りゅ、リューグ・・目が据わってる・・・。


「・・理解してないテメエが悪いんだからな・・」


 そう言って、距離を1歩詰める・・・うわ!うわ何か怖っ!!


「・・

「・・な、なななな・・何でございましょう・・?」


 獰猛な獣に追い詰められた獲物のような気分になった。(何故?!)
 思わず逃げ腰になってリューグから離れるように後退するけれど、壁が背中に当たって、血の気が引いた・・・・・・ような気がした。


(・・も、もしかして・・殴られる!?!)


 あたしはそんなにもリューグを怒らせてしまったのだろうか。
 リューグにボコられる自分の姿が頭の中を駆け抜けてあたしの顔はますます血の気が引いていく。
 いやでもリューグに限ってそんなボコられるってことはないようであるような・・・!

 リューグはあたしを壁際に追い詰めて、あたしの顔の両脇に手をつけた。
 それは閉じ込めるように・・・彼の大きな影に思わず、ぎゅっと目を瞑って謝る。


「ごめんなさいごめんなさい何でか知らないけどあたしが悪かったですってかあたしが何かしたでしょうかいえ何もしていないと思いますというか何もしていないって思わせてください寧ろ思わせろこの赤ピコ!」

「・・何言ってんだ?お前・・・」

「(頭抱えて)お願いだから殴らないでー!」


 “脳細胞が死んじゃうワー!”と嘆くあたしに、リューグはやっぱりため息を吐いて。


「・・顔、上げろ」


 ・・何となく、優しげな声になったと思った。
 それに恐る恐る顔を上げると、コンっと額にリューグの拳が当たった。
 ”おや?”とリューグをちゃんと見上げれば。



「殴らねえよ、馬鹿・・・」



 あたしの鼻先20cm向こう側にある、不器用な笑顔が視界に映り。

 優しい声で紡がれた、彼らしい言葉が耳に届く。

           とてつもなく優しい声と瞳の色。
 少年と大人の境にあったその顔は、しっかりと大人の表情に変化を見せていて。




 ・・・・・・思わず、頬が赤らんだ。




(そ、その笑顔は不意打ち・・ってか、え? な、何?!)


 頬が、異常に熱い。(どこのラブコメだーーー!<コメディなのか)
 心臓もとてもうるさく聴こえてくる、手も足も、全部が全部熱を持つ。


(な、なななな何で・・?!)


 ものすごく、とてつもなく気恥ずかしい。
 目の前にいるのは誰だ。 知らないオトコノヒトのようだ。
 もう随分と長く一緒に過ごした友達なのに、表情は随分大人びて、そういえば背も、いつの間にか随分離れてしまっていることに今、気がついた。


 ごまかすように、あたしはべたっ! とリューグの額に手を当てて彼の体温を測る。
 するとリューグは不機嫌そうに顔を歪めて、あたしの手を降ろさせる。


「・・テメエ・・それ、馬鹿にしてんのか・・?」

「だ、だだだだってリューグが、リューグが、そんな」



 そんな、何時の間に、成長を・・!(まるでサナギから孵った蝶のごとく!)






 呆れた色を混ぜて、名を呼ばれた。
 相変わらずの色男的な声に呼ばれてあたしはますます慌ててしまい。
 しまいには、うるさく動く心臓部分をぎゅうっと抑えた。 心臓止まれーーーーーー!


「お前、ニブ過ぎ」

「へ? な、何を・・」

「・・これで、理解しろよ」


 “しなかったら本気で襲っちまうぞ”と至近距離で頭を抱えるあたしの顎を掴んで、
 無理矢理持ち上げられた・・・って、あああああああバノッサの悪影響がとうとうリューグにも!っていうか襲うってナンですかどういうことですか教わるということでしょうかアレェェェ?!(混乱)


「な、何を・・」


 逃げようにも、顔の両脇にあるリューグの手で閉じ込められいて逃げられず。
 ただいやに熱っぽい瞳で見下ろしてくるリューグを見上げる事しか出来ない。
 ひぃ?! 何か艶っぽいヨ!!(滝汗)


「あ! リューグ! 後ろに夏の妖精さんが!!」

「今はどうだっていいだろ」

「(良くねぇ!) あ! リュ−グ! 向こうの方でフォルテがケイナにしばかれてる!!」

「そんなのいつものことだろ」

「(確かにね!) りゅ、リューグ! 後ろに・・」



「もう黙れ」



 低く呟くと、リューグはあたしを壁に押し付けた。
 押し付けられて身体は完全に動けなくなって、訳のわからぬ事態に気絶しそうだ。


(・・い、意識とびそう・・)

 
 ああもう本当何が何やらどうなって            





 ヒュンっ! どすっ!!





 ・・・・・・・・・リューグの頭の後ろの壁に。

 スラリと、真っ直ぐに伸びた槍がビィィィィンッと深く刺さった。


 あたしは頭を真っ白に、リューグが頬を引くつかせながら槍が飛んできた方向を見ると。


「・・ふぅっ、今日も良い刺さり具合だ」


 そこには双子の兄・ロッカが、頬を流れるきらめく汗を拭いながら呟いた。
 あ、汗がキラめいてる兄貴ー!


「ろ、ロッカ?」

「あ、さん。 おはようございます・・よく眠れましたか?」

「そりゃもうグッスリと・・じゃなくて、めっちゃ怖いってば!!」



 しかも槍の使い方間違ってるしー!?(頭抱えて)



「ああ、大丈夫ですよさん。
 リューグに当てる自信は大有りでもさんに当てる自信はありませんから」

「・・それならよしっ!(親指グッ!)」

「良くねーよ」


 生命の危機一歩手前を逃れた本人はものすごく不機嫌そうに、あたしの首を腕に絡めて
軽く締めた。(ギャ!)
 それにロッカは流れるような素早い動きでガシィ! っとリューグの頭を鷲掴みにして、掴んだ頭をギリギリと締めながら微笑んだ。


「リューグ、抜け駆けは禁止だよ」

「うるせぇ! お前こそ邪魔すんな馬鹿兄貴!」


 本気で睨み付けてくるリューグを一瞥して、ロッカは鷲掴みした頭をぽいっと向こうの方へ放り投げた。 リューグはその反動でよたよたしながら壁にぶつかり、ロッカは構わずあたしを自分の元に引き寄せる。


さん」

「お、おはようロッカ」


 ロッカも相変わらずだ。
 それがとても嬉しくて笑って(でもちょっと引きつり気味に)挨拶をすれば、優しげな微笑が返って来た。


「・・良かった」

「ロッカ?」

「いえ、本当に帰ってきてくれたんだなって思って・・」

「・・・・・・・・・・し、心配」

「しましたよ、すごく」

「・・ご、ごめんなさい・・」


 ロッカは謝るあたしにふっと笑って、ぽんと頭に手を載せた。
 あー、何か根っからのお兄ちゃんね、ロッカって・・(遠目)


「本当にごめんね、ロッカ・・アメルに、無理もさせちゃったし」

「いえ、いいんですよ。 ・・・・・あの子も、今回のことでおじいさんの事、今は随分持ち直しましたし」


 森にはいなかった、祖母の存在。
 それはアグラバイン爺さんの優しい嘘で、アメルはそれがとても悲しくて・・・・・・・。


「今ではすっきりした顔で朝食を作ってくれてますよ」

「・・・・・・・・・皆、どうしてそんなに簡単にあたしを許すの?」


 ロッカが、きょとんとした表情を浮かべた。
 けれどそれは、あたしの疑問だ。

 ネスにしても、マグナやトリスにしても、フォルテ達にしても・・皆、まだ、説明も何もしていないのに。
 完全にイオス達との関係もバレてしまって、彼らは怒ってたり、ショックを受けているはずなのに。


 なのに。



 昨日迎えてくれた皆は、笑顔だった。



    僕やリューグやアメルは、とても複雑ですけど」



 ロッカを見上げれば、海や空を思わせる青い髪が視界に入った。
 リューグの鮮やかな赤髪と対照的な・・優しい彩りを醸し出す静かな青。

 そして優しい、優しい    温かな、微笑み。



「でも、やっぱり、僕達はさんが好きですから」

「・・・・・」

「とても大切な仲間で、皆、あなたが好きだから」




マズイ



また、泣きそう




 言葉があまりにも優しくて。
 言葉があまりにも辛くて、ごちゃごちゃとした感情が、さらにぐちゃぐちゃしてしまう。


(何で、あたし、あんなに怖がって)


 もっと早く、言えたなら。
 優しいロッカに、あんなに辛くて苦しい表情をさせなくてすんだだろうか。
 リューグを危険な目にあわせることも、トリスを泣かせてしまうことも、ネスにたくさん心配をかけなくて、すんだだろうか。


 嫌がるアメルを、追い詰めなくてすんだのだろうか。




 優しい、あの仲間達に迷惑をかけずにすんだのだろうか。




 ・・・・・・・・今となっては、全然わからない。




「・・ありがと、ロッカ」


 レシィにもイオスにも大丈夫だと言って、その裏ではものすごく怖がってて。
 何度も逃げ出したくなって、バノッサに勇気をもらわなくちゃ進めもしないあたしなのに。

 表は嘘で塗り固めて、裏ではあんなにも臆病なあたしなのに。





      好きだと。






      好きだと、言ってくれる。





「・・あたしも」

さん?」

「・・・・・     好きよ、ロッカも、リューグも・・皆」






 皆が、好き過ぎて堪らなくなる






 両手で顔を覆ってしまったあたしの頭に、リューグがポンと手をのせてきた。
 その顔はやはり不機嫌そうだったけれど。


「ルヴァイド達は気にいらねえけどな」

「・・うん、いいよ、それでいいよ」

「・・でもお前は、違うだろ」

「・・・・・」





「お前は、村のために怒って、泣いてくれたんだろ」





      あたしは思わず、泣きじゃくってしまった。
 あーもうヤバイ泣き顔なんて見られたくないのにこれ以上泣きたくなんかないのに嬉し涙がとめどなく溢れてとまらなくなってどうしようもなくなってくる。


 脳裏に、ここに戻るあたしの心配をしてくれた、綺麗な顔の青年を思い出す。



(・・・イオス、イオス。 心配しなくていいよ)





 あたし、幸せよ




 ここにいて幸せ




 でも、イオス達にも一緒にいてほしい






 ここにいる優しい人たちと、一緒に笑ってほしい










(あたし、頑張るから)










 その日が来るように、それまで頑張るから











(だから、その時が来たら)












 一緒に笑おう













 何で泣くんだよ。 


 一向に泣き止みそうにもないの姿に、リューグの胸がざわめいた。
 泣くな。 笑いながら泣くって変だぞお前。俺が泣かせたみてえじゃねえか。

 手が、の肩を抱こうと無意識に伸びる。
 けれどそれより先に別の手がの肩を抱いて、慰めるように、落ち着けるように言葉をかけた。

 それは自分とは正反対の、兄。

 ・・・リューグは伸びかけた手を下ろした。
 自分より、兄のほうが彼女を慰める言葉をたくさん知っている。
 アメルやリューグを何度も慰めたり、励ましたりしてきたのはロッカだ。


 何を言えばいいかわからない自分より、きっといい。


「兄貴、そいつ頼む」

「リューグ?」


 二人の姿を見ていられなくなって、ロッカの呼びかけに答えず部屋を出た。
 朝食が整いつつあろう居間ではなく自分の部屋に向かって歩いて、部屋に戻って扉を閉めると、はぁーっと深いため息。

(・・告って全然わかってもらえねーなんて、馬鹿らし・・・)

 ロッカの、穏やかな優しさを称えた笑みや瞳は、そうそう見られるものじゃない。
 ずっと前から何となくわかっていたが、あれはが好きだろう。
 兄弟でこうなるなんて完璧な泥沼だ・・まさか、兄弟で。 冗談だろうと思いたい。

 けれど兄の表情は、本気で好きだと物語っていた。


「・・・くそっ・・」






 ロッカは優しい

 温和で、レルムの村でも人気があって

 誰からも好かれる






     レルムの村の少女が話していた言葉が、リューグの頭の中を過ぎる。







 “リューグって厳しいけど、ロッカはすごく優しいよね”







 あの時は腹が立った。 嫌だとも思った。
 厳しくしたつもりもないのに厳しい奴だと勝手に評価されて。
 ロッカやアメルはそんな事はないとちゃんと否定していたが、それでも子供心には辛いものだ。

・・・・・・・も、そう思うだろうか。


 リューグはベッドに倒れ込む。
 あえて兄のベッドは見ないようにしてから、その腕で目元を抑えた。


「・・・カッコ悪・・・」




 ルヴァイドやイオスが



 どんな目でを見て、どんな想いで接しているか、何となく解った



 大切で、愛しい・・そんな色をこめた優しい瞳の色




 それは兄も一緒で




 ・・・・・・・・胸の奥が、締めつけられる。


「好きに、なるんじゃなかった」


 そう思って、思わず声に出して呟く。
 昔、アメルを好きになる前に・・ほんの少しだけ、淡く“好き”と思っていた相手がいた。
 でもその相手はやっぱりロッカが好きで、どうしようもない気持ちを思い知らされた事がある。



 人を好きになると


 いつも傷ついている気がする



「タチ悪ぃ」


 リューグは低く、嗤った。
 それは自分に対する嘲笑だ・・勝手に想って勝手に傷ついて。
 まったく一体、何でこんな。



「・・何で・・」




 なんであいつを好きになるんだ




 兄弟で、一人の女を好きになるなんて




         リューグ?」


 リューグは慌てて起き上がり、扉の向こうから聞こえた声に驚いた。
 の声。


「ちょっとー? 何で部屋に戻ってるの? 入るよー」

「な、ちょ、待」


 ・・・遅かった。
 彼女は人の返事を聞かずに扉を開けて入ってきた。
 頭痛がするのかこめかみを押さえて引きつった表情を浮かべてしまう・・・・・こんな格好悪い姿をあまり見られたくなったが、けれど頭痛は抑えられない。


「・・・・何だよ」

「や、あたしさっき泣いちゃったでしょ?
 あれ、皆にも秘密にしておいてほしいなって・・もー、最近泣いてばっかりでさ」


 泣いてばかり。
 ・・自分も泣かせたその一人だ。


「別に、言うほどのことじゃねえだろ」

「そう言ってくれると助かるわ・・で、何でリューグはここにいるの?
 ご飯食べないの? ・・何か怒ってる?」

「・・別に」


 怒ってるわけじゃない。
 ただ自分が嫌になっているだけだ・・・自己嫌悪。


「兄貴は」

「ロッカは先に居間に行ったよー。 居間にいないの、あたし達くらいじゃない?」

「俺は朝飯いい、お前が話す時に呼んでくれ」


 あまり、一緒にいたくない。
 一人になりたい。
 頭を落ち着かせたい。


「・・リューグ、どしたの?」


 白い指が、リューグへと伸びる。
 それを慌てて振り払えば、が酷く驚いた表情を見せた。


「リューグ?」

「お前、わかってんのか!」

「?」

「・・っ何で、わからねぇんだよっ」


 本当は全部、全部わかってるんじゃないかと疑いたくなる。
 想いを伝えてもそれが全く伝わっていないなんて有り得ない・・鈍いだけじゃすまされない。


 全部、ワザと、わかっていないフリを         



「あのねぇ、リューグ、はっきり言ってちょうだい」

        っ」


 眉を寄せてきっぱりと告げたに、リューグは絶句。
 ここまで知らないフリを貫き通されてしまうと、怒りを通り越して絶句。
 

「さっきから何でそんなに怒ってるのよ。 あたしリューグを怒らせるようなこと言った?」


 ・・あぁもう普通の仲間でダチ関係ならこんなにも悩まずに、さっきのの言葉も嬉しく受け入れられたのにどうしてそんな事を言われなくちゃいけないんだ俺は。


 黙りこんでしまったリューグの隣に、がごろんと寝そべってきた。
 の重みでベッドがギシリと音を立てて部屋に響き、内心、鼓動が早まる。
 ・・・・・柔らかそうな身体が、無防備な状態で目の前に晒される。


「・・っ」

「リューグー、悩みがあるなら言ってごらーん?」


 のん気な声に、ますます理性が崩れそうだ。






 ・・言葉でわかってもらえないなら無理にでも組み敷いて          







「・・・・リューグってさ、強いけど」

「・・?」

「全部、自分の中に溜めちゃうから心配」


 うつ伏せに寝転んで、目だけでリューグを見る。
 笑っているのかその目は細められ、ベッドの座っているリューグの足をポンと叩いて。


「ね、迎えに来てくれたお礼。
や、それがなくてもさ・・今は何でもしてあげる」


 ・・・自分が何を考えていたか知ったら、どんな顔をするだろう。


「リューグが元気になることなら、何だってしてあげる。
 何か買って来いって言うなら、今からでも買ってきてあげるし。
 金寄越せーって言うなら・・・・・・・・なけなしの全財産をあげるわ」

「何で金関係ばっかなんだよ」

「気晴らしに付き合えって言ったら何時間でも付き合ってあげる。
 歌を歌えって言われたら歌う、踊れって言われたら踊る。
 それこそ変な踊りだってオッケーしちゃうわよ」

「・・・・・(どんなんだ)・・」

「最近、リューグ、変だよね。
 なんか・・・よそよそしくなったっていうか・・・前々からベタッリタイプではないっていうのは知ってたけど」


 それは、少しずつ意識し始めてしまったからだ。
 重たい物を持っている姿を見ると持たせたくなくなって、奪うように自分が持つし、気軽に二人で街に出ることもなくなってしまった。

 昨日に自覚をしてしまったのだ。
 これからはもっとよそよそしくなって、一歩距離をおいてしまうかもしれない。


「リューグ、あたし、何か嫌な事言った?」

「・・・」

「・・・・リューグは優しいから、あたしが馬鹿言っても許してくれてるかもしれないけど」


 思わず、呼吸するのも忘れてしまった。




 ”優しい”




「やっぱりここは、ビシィーッ! と言ってくれないとわかんなくてさ。
 ということでここはあたしを斬る勢いでズバッといってちょうだい。覚悟はしてるから」

「ち、違っ」

「さぁ! ドンと来い!(超常現象ーッ)」

「だから、違うって言ってんだろ!」


 思わず怒鳴ってしまえば、は首をかしげた。
 怒鳴ってしまって後悔しかけたが、本人はケロリとして。


「じゃあ何でご飯食べにこないのよ、食生活に関しては生真面目なリューグが」

「そ、それは」

「気分が悪いの? それなら薬、モーリンから貰ってきてあげるけど・・あ! そうならちゃんと寝なさい! ほらほら〜」

「うわぁやめろ! 押し倒すな・・!」


 再び理性が限界になってきた。
 身体の上にいるをこのまま抱きしめてもいいんじゃないかという錯覚にも陥る。
 拷問・・まさに拷問だ、何でこんなに耐えてるんだ自分は。

 唇をぎゅっと噛み締めてそれを堪えて         


(って、我慢なんか、できるかっ)


「おわっ!?」


 覆いかぶさっている彼女の背に腕を回し、そのままを抱きしめた。
 あまりにも余裕がなさ過ぎて情けなくなってくるが、惚れた相手に余裕なんかあるわけがないのだ。

 余裕が出るのは、ただの友達に過ぎない。


「ギャー! リューグ、一体何を」

「何でもするんだろ」


 の柔らかな髪が、耳をくすぐる。
 慌てたように言葉が出るたびに吐息が首筋にかかる。
 細い指が肩を掴んでいる。




         それだけで堪らなくなる。





(あークソッ。 どうすりゃいいんだよ)






 人を好きになってしまうと



 傷つく事が多いのに






「こ、こんなんでリューグ元気になるの?」

「・・・なる」

「そうかそうか、人恋しいときってあるよねー。よしよしそれじゃドーンと甘えてきなさい! さぁ!」




でもそれでも



“好きになって良かった”と思ってしまって、手放したくなくなる






(・・ぜってぇ、譲ってやらねぇからな)






 兄にも、他の男にも。
 泥沼上等、喧嘩も上等だ。 こんな女はそこらにいない。




 こんなに想ってしまう女なんか、きっともう簡単に見つからない。





「・・でもさー、リューグ」

「何だよ」

「どうせならアメルにやってもらったほうがいいんじゃない?」




 ・・・・・・・・・・・・。




「は?」

「あたしに慰めてもらってたらさ、アメル、誤解するよ?」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








 訂正するのも馬鹿馬鹿しい、という気がして来るのは何故だ。













「・・まったくもー、何だって言うのよ・・」


 あの後解放されて、リューグに”ニブ女!”と訳のわからない罵り(非難?)を受けてから、あたしはリューグの部屋を出た。
 いやもう本当訳がわからない・・年頃の男の子って本当に難しい。


(さっきはあんなに大人びた感じがしてちょっとトキめいちゃったのになー・・。
いやー、あれは萌えねまさしく。 本当どうしようって感じだったよ)←あんたがどうしようだよ


 リューグは着替えてから行くということで、先にあたしが居間に向かったのだけれど。
 玄関近くに見慣れない後姿を発見・・えーと、あの後ろ姿はトウヤだったな。


「トウヤー、おはよー」

「おはよう、・・・昨日は大変だったみたいだな」

「うぃっす、もー大変大変。 睡眠時間が確実に減ってるって自覚できちゃうほどよ」


 最近お肌が気になってばかりだ。
 周りはもう普段から健康的な生活を送っている賜物か、お肌がツヤツヤでツルツルでプニプニの人がいっぱいいて本当ジェラシー・・!!


「肌荒れ?」

「そうなのー、ちょっと休憩しようかなって思うけどこれがなかなかねぇ」


 がっくりと自分の頬を押さえて呟くと、別の指があたしの頬に伸びた。
 それはそっと触れて、滑るように指先で撫でて・・。


「って、と、トウヤ?!」

「別にそれほど肌荒れはしてないと思うけど」


 苦笑に近い笑みを浮かべてトウヤが呟く。
 けど・・けど! ぶっちゃけトウヤのほうが美肌というか・・・!(敗北感が・・ッ!)


(でも、誓約者かぁ・・)


 ちらりとトウヤを盗み見る。
 やはり端整なお顔に、鼻立ちが整って、髪も艶やかな黒髪だ。
 瞳も髪と同じく黒く、黒の服がとても似合いそうだというイメージが強い・・・男の人にこういうのもアレだけど、トウヤも綺麗なお顔よねぇ・・・。


「あ、そうそう。 トウヤたちはこれからどうするの?」

「一応、サイジェントに戻るつもりだよ・・そろそろ戻らないと、仲間が心配するし」

「(仲間! てことはフラットメンバーズ!? ぎゃー会いたいよ連れてってくれトウヤー!!)
そっか・・残念だなぁ。 せっかく落ち着いて喋れると思ったのに」

「僕も残念だよ、

「でもまた会えるでしょ?」


 当たり前のようにそう聞いてしまえば、トウヤは”多分”と苦笑い。
 サイジェントってどれくらい離れてるのかよくわかってなかったけど、そんなに遠いのかな?


「でもバノッサはどうだろう。 あんまり納得してない感じだったからな」

あいつは首に縄をつけてでも連れて帰ってください

はバノッサが嫌いなのか?」


 トウヤの言葉にあたしはため息を吐いた。


「や、嫌いじゃないのよ・・寧ろ感謝してる部分もあるんだけど」

「へぇ・・」

「でも、皆は本当、サイジェントに戻った方がいいよ。
 これからまだまだ戦うだろうから・・目をつけられたら危険だわ」

「誰に?」


 そこであたしは自分の言葉に身を強張らせた。
 そうだった、まだレイムの正体誰にもバレていないんだった・・!


「えー、えー・・で、デグレアとか・・」

「・・何か力になってやれたらって思うけど」

「あーダメダメ! 危険危険! 本当に危険だから!」


 これ以上わからなくなってしまったらどうすればいいかわからない。
 ルヴァイド達には生きててほしいのだ・・それにはあたしがこの物語をちゃんと理解して、真っ直ぐに戻さなければ・・・・・・。


(も、もうレイムからしてヤバイとは思ってるけどあぁどうしよう・・!)

「・・よくわからないけど」


 トウヤの手が、あたしの頭にぽんっと乗せられた。
 最近こうやって頭を撫でられるのが多い気が・・いや、それはそれで嬉しいんだけども。
 萌えるし。(モエかよ)


「あんまり無理をしないように」

「え? うん」

「・・一人で抱え込むと、壊れるよ」


 ・・・一瞬、ぎくりとした。
 色々と見透かされているような気になって黒の瞳を見つめ返すけれど、でも見透かされてるはずなんかないから、あたしは無理矢理にんまりと笑った。


「ハヤトにも言われたよそれー」

「ハヤトはそういうことに結構気付くほうだからね、気配りタイプだから」

「あーうん、っぽい! ありゃぁ気配り上手だわ」


 トウヤはそのまま街に出かけるのか、それじゃここでと玄関でお別れした。
 せっかくなのであたしは彼の後姿が消えるまでお見送りをして。



 玄関の向こうに見える、海の青と空の青が満ちる世界に目を細めて、そっと呟く。







 でもね、トウヤ





 これはあたし一人が抱え込んでなきゃ、だめなんだ















 トウヤはの見送りを背に感じつつ道場の門をくぐり、視界の隅まで広がる海に目を細め、吹き付ける潮風に黒髪を攫わせた。
 ウミカモメの鳴き声と波の音がとても穏やかに、そして人々の活気ある声がトウヤの耳に届き・・・・彼はサイジェントに残っている子供達にも見せてあげられたらと考える。


(お土産、買っていった方がいいか)


 フィズやラミ、アルバはもちろん、いつも家事を頑張ってくれているリプレにも何か買ったほうがいいだろう。
 ここは貿易港だ。
 サイジェントでは見たことがない短剣の種類も売られてあるだろうから、アルバはそれでいいだろう。 問題は女性陣のほうだ・・年頃の女の子でもあるから、髪飾りやアクセサリーがいいかもしれない。
 しかし女の子が気に入るモノってどういうものだ・・?

にアドバイスを貰っておけばよかった”と少し後悔しつつ街へ向かっていれば、少し離れた木陰に立つ人物を視界に認めた。


「・・?」


      美しい、男だ。
 同性である自分もそう思うのだから、女性が見るとさらにそう思うだろう。

 涼やかな顔立ちと、静かな月を思わせる瞳、銀色の長い髪は潮を含む風に煽られ、まるで絹糸のような儚さを持って揺れている。
 肌は雪のように白く、独特の衣装だが(あれはハートか?)けれどそれでも、男の美貌は損なわれることはない・・逆に引き立つのではないだろうか。

 その腕には、見たことがないほど美しい細工の竪琴。


 達の知り合いだろうか、と内心首を傾げつつ進んでいれば、向こうから声をかけてきた。


「こんにちは」

「・・こんにちは」

「あなたもさんとお知り合いなんですか?」


 どうやらこの男もそうらしい。
 それに足を止めて”そうです”と答えれば、男は微笑んだ。

 美しく、穏やかな笑みだ・・・だが。


        この人)

「ならば自己紹介をしておかねばいけませんね。
初めまして、私はレイム・・吟遊詩人です」

「トウヤです、達とは最近知り合ったばかりですが」

「彼らは本当に、色んな人と出会いますね・・出会うということは本当に素晴らしい」



そう、本当に。



 唇を動かすだけで声には出さず、ぞっとするほど艶やかな笑みを浮かべてその言葉は告げられた。
 途端に違和感を感じて眉を寄せれば、レイムの表情は穏やかなものに戻っている。


「・・っと、呼び止めてしまってすみません、お買い物ですか?」

「・・ええ、知り合いの女性や男の子に土産をと」

「女性になら、これから冷える季節にショールなどがいいかもしれませんね。
ファナンは織物でも充分有名ですし・・腕飾りもとても凝った細工ですから、それも喜ばれるのではないかと」


 思わぬ情報を貰ってしまった。
 随分詳しいがこの地元民なんだろうか・・。


(いや、違うな)


 肌がとても白い。
 ここは気候は冬でも少し暖かで陽も出ている。 夏場はそれなりに暑いはずだ。
 地元民な多少なりとも日焼けが目立つはず・・つまり、別の所から旅をしてここに来ているだけだろう。


「わかりました、ありがとうございます」

「いえいえ、・・・・それでは、またお会いできるといいですね」

「ええ・・さようなら」
 

 トウヤが離れると、レイムは道場を見つめていた。
 それは彼が10歩ほど歩いても変わらず、眩しいものを見ているように目を細めている。


(・・?)


 視線の先にはが、いた。
 朝食を食べているんじゃなかったのかと思ったけれど(トウヤは簡単にすませた)、朝食の準備がまだだったのか、機械兵士の護衛獣・レオルドと洗濯物を干している。

 風になびくシーツを見上げて、彼女は気持ち良さそうに微笑んでいた。


(・・レイム?)


 トウヤがから視線を外せば、レイムの姿はすでになかった。
 辺りを見回しても道らしい道はないのに(道場は街から離れた場所に立っているのだ)、トウヤとすれ違った覚えはなく・・・。






        レイム)





彼の笑みは、温かみに欠けた笑みだという印象がトウヤに残ったのだった。












NEXT


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*後書き*

第65話をお届けさせて頂きました。

今度はリューグ夢かよ!とツッコミと自分でツッコミを入れました。
告白したのに受け流されているとは・・・と、取り合えず色々とご め ん な さ い。(土下座)
ヒロインに告白するならもっと迫らなくちゃだめだぞリューグ。
物語の都合上でニブ子さんになってるから。 結ばれるのは最後でいいよ! 最後で!
ヒロインはこれから他キャラにときめいていくので忙しいのです・・(笑)

最初に誰と喋っていたのかは、容姿描写でなんとなくわかって頂けたかな・・?と思います。
それこそご先祖大活躍ドラマCDを聴かねばわからぬこの不親切さ・・不親切ドリーム街道突っ走ってます。
ヒィィィすみません不親切ですみません・・! ですがちゃんと、いつか明かされますのでヒィィィィ。

<槍投げのロッカ>出現。
槍投げるなよとツッコミいれたくなります。 使い方、明かに間違ってるから。(苦笑)
トウヤとレイムも接触ですが特に大したこともなく〜・・いやこれから彼らもからむはず?レイムに目をつけられたっぽく。(笑)
誓約者とヒロインの繋がりも後々明らかに・・なる?(疑問系!?)

次の次辺りには・・シャムロック様が出るかと・・まだ続くんかい!この連載!・・と、これを書いた当初の
私が叫んでおります・・ま、まだまだ続くよ・・!

それではここまで読んでくださってありがとうございましたv


2002.6.6→2002.6.9

2005.2.6加筆修正。