走って走って、走っていても それでも追いつけない時がある 精一杯に手を伸ばしても、届かない そんな時がある 第64夜 拝啓 お袋様 親父様 ワタクシは再び、完全なる徹夜・・略して完徹というものを致しました あまりの眠さにガックンガックンです。 ああっ瞼が落ちるー その場に倒れ込みたいという思考を抑えつけて、あたしはファナンの街を歩いていた。 右隣りには不安そうなレシィ、そんな彼の隣には相変わらずマイペースにガションガションと歩行するレオルド・・・・・・そして、そのレオルドに担がれている気絶中(寝てる?)リューグ。 左隣りには眠たそうに欠伸をしているハヤト。 そして不機嫌そうなバノッサ・・彼曰く、“とっとと寝させろ”らしい。 あっはっはっはっはっは、もう永眠させたろかこの美白帝王。 「あの・・ご主人様」 「なーに?」 「・・そのぉ・・マグナさん達との事なんですけど・・」 「もー、大丈夫大丈夫! そんなにビクビクしてたらバノッサに食われるわよー」 「いいいいいいい嫌ですー!」 バノッサが“人を何だと思ってやがるこの馬鹿女・・”というような視線であたしを睨むが、あたしは逆ににっこりと笑い返して言ってやった。 「もちろん、馬鹿。 それ以外の言葉はナイ! っていうか馬鹿馬鹿言われるあたしの気持ち思い知れー!」 「・・・・・・・本気で犯すぞテメエ」 「オホホホホ、天下のバノ様がこんなちんけな小娘を襲うだなんてそれこそ堕ちた証ね!」 「・・、自分のことそんな風に言ってて悲しくないか?」 ちょっと悲しい ハヤトの突っ込みに少しだけ泣きそうになりつつも、”でもバノは絶対フェロモンムンムンの女の人しか相手にしなさそうじゃない? あたし完璧範疇外!”と言えば(これもまた悲しい!)、バノッサはしばし考えたように動きを止めて。 「ないよりあるほうが俺的にはいいが、なくてもいいぞ」 「ギャアアアア! 何で素で答えちゃってんのよアンタわぁぁぁぁ!」 「つまりバノッサの好みは、惚れた相手がタイプってやつかな〜?」 からかうようにハヤトが笑えば、バノッサは”そんなモンだろ”とあたしを見た。 ・・は? 何なの? 「・・見た感じテメエもないわけではなさそうだけどな」 「(セクハラ・・!) ハヤト、あいつをファナン警備隊に突き出しちゃってください」 「ごめん。 レヴァティーン召喚で脱出して大騒ぎになるパターンを考えると俺には無理。 今この時間に安らかに眠っているファナンの人たちが哀れでしょうがない」 「・・っく、なんて男なのあんたって奴は・・! 日々仕事でお疲れのファナンの皆様を人質にとるなんて・・迷惑大王このうえないわね・・!」 「バノッサさん酷すぎますぅー! いくらなんでもそんな人じゃないって思ってたのに・・」 「テメエらのほうが酷くねーか」 彼は一度、アホを見るような目で騒ぐあたし達を見て、次にはファナンの海に目を向けた。 夜色が淡い色合いへと変化して、海の水平線の向こうから眩い光が少しつづ世界に広がりかけている・・もう少しで朝日を見ることが出来るだろう。(あぁ完徹・・・) 「・・・・つーか、今は騒ぎを起こすつもりはねぇよ」 バノッサの発言に、ハヤトがとてつもなく驚いた表情を見せた。 片手が彼の熱を測りたそうに伸びかかっているが、命が惜しいのかそれを諦め、”どうしたバノッサ!”と心の底から心配する。 ・・・ここに来るまで何度か騒ぎを起こしたのかしらね・・?(正解) 「騒ぎ起こして離されるわけにもいかねえ・・はぐれ野郎、お前もわかってるだろ」 「・・・・ああ、わかってるけど・・でも」 「当の本人は何もわかってねーみたいだけどな」 バノッサは再びあたしを見た。 次いで、瞳の奥を覗き込むようにあたしへと顔を寄せて、猛禽類を思わせる赤い瞳で射抜く。 ・・・不覚にも、その鋭さに見惚れてしまった。 「(不健康そうだけど美形なんですこの男・・!)な、何の話」 「お前、あの森で会う前に・・・・・俺に覚えはねーのか」 あります 「(なぁぁぁんていえる訳がない!)・・・・・・ないけど」 「今、目ぇ泳いだぞ」 「そんな馬鹿なっ、目が泳ぐだなんてありえない!」 「いや、君の言いたいことわかるけどさ・・本当に覚え、ない?」 冷たい風に少しだけ身を震わせながらも、あたしは記憶を探った。 ゲームで見た以外、彼らの姿を見たことはない。 これは確実だ。 覚えはないと自信持っていえる。 「ないよ」 というか出会ったら二度と忘れられないほど個性的だよ君達は 「あ、あーでも、そういやハヤト達って何しに来たんだっけ? 話聞いてなくてさ」 慌てて話題を変えたあたしの言葉に、バノッサとハヤトはちらりと視線を合わせた。 そして再びあたしを見てハヤトが苦笑する。 「俺達、女の子探してるんだ」 「・・ハヤトのビジュアルだとどんな女の子もメロメロメロリだと思いますが」 「いや違う! そういう意味じゃなくて!」 とんでもない誤解をされたと知ったのか少しばかり頬を染めて否定するハヤト。 あーもうそういうところが可愛いんだってば! メロメロメロリになるんだってば!(落ち着け) 「あー、うー、その、今はまだ言えないけど、でも今度絶対話すから・・今はそれでいいかな?」 「・・それじゃそういうことにしておきますか」 「助かるよ」 でもハヤト達が探している女の子って誰なんだろう? あたしの知らない展開だからあたしの知らない人って事になるからー・・うーん、 これ以上物語が変わられると困る・・ルヴァイド達がどうなるかも予測できなくなってしまう。 「ま、取り合えず早く帰ろう、トリス達もみんな心配してるだろうしな」 「ネスティさん達、怒ってるかな・・」 「・・レシィ」 彼は眉を歪ませて、ハヤトは彼の頭を優しく撫でた。 「どっちも好きですって言っても・・だめなんでしょうか・・」 「そんなことないよ、レシィ」 あたしは柔らかな手をしっかりと握り締めて、微笑みながらそう言った。 そんなことはないはずだ。 あたし達はまだ、どうにか出来るはずだから。 「・・頑張ろうね、レシィ」 「・・はいっ」 ようやく笑ってくれたレシィは、”早く行きましょうっ”と小走りになって先を行く。 それにハヤト、レオルドもレシィに続き、小走りになって歩き始めた。(小走りする機械兵士なんてうちのレオルドくらいだろう、レオルド可愛いー!<落ち着け) あたしはあたしで急に重くなった足を引きずりながら、彼らの後を追う。 (・・レシィにああ言ったのはいいけど・・・・・あたしってホント、情けないなぁ・・) こんなにも。 こんなにも足が重いと感じている。 デグレア軍のところにいたときは、あんなにも”早く帰ろう絶対帰ろう”と思っていたのに。 イオスにだって、レシィにだって大丈夫だって言ったのに。 いざ、戻ると、少し怖い。 (このチキン加減が恨めしいわ・・あー、どうしよう。 リューグはともかくネスだよ。 ネスってば絶対説教だよ・・他の皆は、話は聞いてくれそうだけど・・) でも、話を聞いてもらえても。 この事態についての、許してもらえる保証がどこにもない。 (や、違う、許してもらおうなんて、そんなんじゃなくて) そんなんじゃなくて。 もっと、別の、もうちょっと根本的な部分から。 (・・ 俯きかけたその時に、ドンっと背中が押された。 いきなりの衝撃に危うく転びそうになったけれど、低い笑い声が聞こえて、傾きかけた体はすぐに別の力に支えられる。 あたしよりもずっと大きな手に、腕が掴まれた。 「ちょ・・バノッサ、何すんのよっ」 「ノロノロ歩いてんじゃねーぞ、馬鹿」 ぎくりと、内心、冷や汗が流れた。 楽しげな色に瞳を光らせているバノッサの様子から、あたしが帰りづらそうに思っているのもお見通しなんだろう・・なんて楽しそうな表情を見せて・・・!(キーッ!) 「オラ、行くぞ」 「きゃあああぁぁぁごめん勘弁して馬鹿って言ったこと謝るから勘弁してっ! もうちょっと心の準備をさせてーっ」 「心の準備なんかいらねーよ」 ずるずるずるずると引きづられて行けば、見慣れた住宅が視界に映る。 近づきつつある道場の門にあたしの顔が泣きそうなものへと一気に歪んだ。 なんて格好悪すぎるんだろうあたしは。 もっと胸を張って帰ってくればいいのに怖いなんて。 「ま、待って、バノッサ、お願っ・・」 「・・・・嫌なんだろ、どっちも手放すのが」 「え」 掴まれた手に力がこもった。 彼は随分と冷ややかな表情のままであたしを見下ろして。 「嫌なんだろ」 「・・や、やだっ」 「じゃあ腹くくれ。 ウダウダ悩んでんじゃねえ」 「・・・・」 「あのガキは手前に帰って来いって言ったんだろ ・・・・・・・・ああ、そういえば。 バノッサは、居場所を欲しがっていた。 母親に捨てられて、けれどそれでも生きてきて、あの街で・・・自分の居場所を。 居場所をもらえなかった彼らは、力を求めるしかなかった 力で居場所を作らなければ、生きていけなかったのだ (・・そうだ、何やってんのあたし。 リューグもトリスも、帰って来いって、言ってくれたじゃない) 中途半端な自分 その中途半端な気持ちを貫くには、もっと、自信を持って前へ進まなくては じゃないとあたしは、ルヴァイド達の友達なんて言えなくなる 「・・・ 「何だ」 「ありがと」 腕を掴んでいた手が、ぴくりと動きを見せたのがわかった。 「ごめん、ちょっと、手、貸して」 彼が返事をする前に、あたしはバノッサの手を掴んで、大きなその手をぎゅうっと握り締めた。 目を伏せて俯いて、強く強く、冷たくてでも大きな手を握り締める。 (・・落ち着く) 誰かの手を握って目を伏せると、落ち着く。 レルムの村が襲撃されたときもあたしはバルレルの手を握って、勇気付けた。 だから今度も、勇気をもらう。 イオスには簡単に“解ってもらえるまで説得する”って言ったけど それでもやっぱり怖いと、足が竦む 誰かに否定される事が 好きだと思える人に、真っ向から否定される事が それがとても辛い事だって、悲しい事だって知ってるから (つか、そんなクヨクヨしてたらこの先何かあっても耐えられないわよ! ネガティブ思考さようなら! ポジティブ思考こんにちは! 何事も前向きが大事!!) 無理矢理自分に暗示をかけ、両手を離すとそのままパン!っと自分の両頬を叩いた。 いきなり頬にビンタをかますあたしにバノッサがとても驚いたように目を見開いたけど、あたしはヒリヒリして痛む頬に満足して、バノッサを見た。 「ありがとバノッサ、勝手に勇気もらったわ」 「は?」 「あたしってばもう何度バノッサに怒られまくってるんだろーね、ほんとに。 ・・あんたの言葉ってぐさっと来るけど、でも迷いも全部切り捨ててくれる感じ」 まさに一刀両断だ。 甘えも許さずズパーッと切り捨てるその言葉の数々・・はっきり言って思いきりヘコむものもあるけど、それは逆に鍛え上げてもくれる。 大切なものは何かと、気付かせてくれる。 (バノッサも相当苦労したんだろうなぁ・・てかあたし、甘えすぎてたかも) 分かってくれるんだろうかと不安になるより、どうしたら納得をしてくれるんだろうと悩むべきだ。 たとえそれが認められなくても、でも認めてもらうための努力はしなくては。 人の心は変えられるのだと、あたしは知っているじゃないか 少し離れた向こうから、ハヤトたちがあたし達に手を振っている。 それに手を振り返して、あたしは一度深呼吸。 今度はもう迷わない 「よし、行くわよバノッサ! いざ出陣んんんんん!」 バノッサ放置であたしはそのまま道場へと走った。 ただひたすらに、見慣れた道場の門へと続く道を突っ走る。 心の中のBGMは暴れん坊将軍・・・あぁ馬で駆ける将軍様の姿が目に浮かぶー! 「・・・・あれバノッサ、何で固まってるんだ?」 「・・あの女の馬鹿っぷりに呆気にとられてたんだよ・・何だあの立ち直りの早さ」 「好きになった?」 ハヤトの言葉に”はぁ?”と返事をしつつ彼を睨めば、ハヤトはの後姿を見つめていた。 ・・・・・・・眩しいものを見るように、目を細めて。 「俺は結構好きになったけど、面白くて」 「何が言いたい」 「・・バノッサ、違和感は消えてるだろ」 ハヤトの言葉にバノッサは何も言わなかった。 だがそれを肯定ととったのか、ハヤトは突っ走るの後姿に再び目をやり。 「バノッサは胸にあった違和感を消してもらうために彼女を探していた。 俺もどうしての感情と共感してしまうのかわからなかったけど・・でも、今は何も感じないんだ」 あの光に触れたら、全てが消えてしまった 結局何か、わからないまま それの謎解きのために一緒にいてもいいかもしれない けれど 「俺達はもう帰るべきだ」 「・・・・・」 「にはたちの戦いがある・・何も知らない俺達は、彼らに混ざることなんて出来ない」 謎解きのために、彼らの足を引っ張ってはいけない。 彼らは命を賭けて戦って進んでいるのだ・・まずは彼らの全てを終わらせるべきだ。 たとえそれが、何年かかろうとも。 「将軍様ーーーーーーッ!」 ・・・の脳内が完璧に将軍色に染まっていたので、 ハヤトとバノッサの会話は耳に届かなかった。 ガタンッ。 ネスティは反射的に音がした方向へ視線を向けた。 しかしそれはただ風が窓を揺らしただけであって、誰の姿もそこにはない。 空はわずかに明るさを取り戻しつつあるが今はまだ深夜でもある。 こんな非常識な時間帯に人影があったほうがおかしい・・それが今の時間帯だ。 けれどそれでも、そちらを見ずにはいられなかった。 ・・そして・・ため息を吐く。 「・・・・ふぅ」 読んでいた本に視線を戻し、パラリとページを捲る。 掠れたような音が心地よく部屋に小さく響き渡る・・これは昔も今も変わらず好きな音だ。 けれど今求めているのは好ましいこの音ではなく、とてつもなく賑やかで明るい声だ。 聞き慣れてしまったあの声の、主だ。 ( 文字を目に通しても、頭の中は全然違うことばかり考えている。 デグレア軍は今どこにいるのだろうデグレア軍はこの近辺にいるのだろうか デグレア軍は彼女を捕らえようとしているのではないだろうか・・・ああ、デグレア軍の事ばかりだ。 (彼らと友達? ・・最悪だ、非情に最悪な展開だ) 禁忌の森からようやく戻ってきたと思ったら、今度は道場のほうが慌しい。 レヴァティーンが飛び立つ姿が見えて「今度は何だ?」と思いながらも道場に入れば、 はいないわ護衛獣はいないわリューグはいないわ、マグナ達がどことなく落ち着きのない様子だわで。 彼らを問い詰めればとんでもない状況になっていた。 が イオスと デグレア軍のところに行った 次の瞬間出てきた言葉は”はぁ?”だ。 思っても見なかったことにそんな言葉が不意に出た。 イオスの他に新たに知り合ったハヤトとバノッサという男も一緒に向かったと聞いたが、ネスティの関心は”がイオスとデグレア軍のところに行った”だった。 ハヤトとバノッサの仲間はこちらにいるのだ。 何のためにイオスについて行ったかは知らないが、彼らは敵ではないのでそう気にすることもない。 だが問題はイオスとだ。 敵であるイオスと、デグレア軍に狙われている。 この二人の組み合わせで不安にならないほうがおかしい。 ・・というか何故イオスがここに? 待ち伏せていたのか? そんな考えをマグナに向ければ、彼は言い出しにくそうに「あー」と呻いて。 瀕死のイオスが に助けを求めにここにきていた ・・・出てきた言葉はやはり”はぁ?”だ。 助けに? 何故? ・・・・さらに問い詰めれば、なんと彼らは友の関係にあったという。 友? 敵なのに、友? ますます訳が分からなくなって頭痛を覚えた。 ナツミという少女は笑って「友情っていつ芽生えるかわかんないしねー」などと呟いていたので思わず八つ当たり気味に「部外者は黙っててくれ」と一蹴すれば、ミニスに「ネスティ、あなたって勇気あるのね」などと言われてしまった。 何故だ。 彼女は召喚術が使える普通の女の子じゃないのか。(←誓約者とは知らない) いや召喚術が使えるだけでも普通ではなくなかなか特別なのだが。 とにかく、どう考えてもの行動の真意がわからなくてフォルテ達も首を傾げて唸っていれば。 アメルが微笑んで告げたその一言に全てが収まった。 きっと帰ってきますから、待ちましょう ・・そう、結局は彼女を待つしか方法はなかった。 (こんなことになるんだったら僕も先に帰っていれば良かった) 悪魔に呪いをかけられて、けれどすぐに治療されたマグナの容態が心配だったから、だからこそたちを先に帰したというのに。 これなら他の仲間も一緒に戻り、そこで話を聞いておけばこんな事態には 「・・・同じ、だっただろうな・・」 のことだ。 自分がいてもいなくても、イオスを助けてデグレア軍のところに行っていただろう。 ・・・例えどんなに引きとめても、彼女はトリス達に言ったように、自分に言うだろう。 ”酷い人でも、それでもあたしには大事な人なの” ガタンッと、椅子を倒してネスティは立ち上がった。 本の上に添えていた手を硬く握り締めて、肩を震わせる。 ・・・・トリスから聞いたの言葉に湧いた黒い感情が、ネスティの胸を覆っていく。 (・・っ嫉妬なんか、している場合じゃないのに) それでも 絆の深さを見せ付けられたような気がした 自分はその場にいなかったとしても、がどんな表情で、どんな声音でそんな事を言ったのか 思い浮かんで聴こえてくる きっと、必死な表情で、声を震わせながらも、それでもはっきりと彼女は言っただろう 何も知らなかった自分達との今までの繋がりを、断ち切ってでも ”大事な人だ”と、告げただろう コン、コン。 小さな、ノックにネスティは我に返って、落ち着きを取り戻した。 今は嫉妬を覚えている場合じゃない、が帰ってくるのを待って、彼らとの事を絶対に喋ってもらわなければいけない。 ( もし、彼らが彼女を傷つけていたら・・・・絶対タダではすまさない 眼鏡の奥の漆黒色の瞳に暗い光が差し込んだ。 だが再び響く小さなノックにネスティはようやく思考を打ち切って、部屋の扉を開けて来訪者を迎え入れる。 「・・・・どうぞ」 「失礼するよ、ネスティ」 扉を開けると微かに本の香りとインクの匂いが鼻についた。 目の前には、微量に青みのかかった黒髪と、物静かな湖面を思わせるその空気が印象的だった青年がそこにいた。 出で立ちからからしてどこをどう見ても召喚師・・彼はハヤト達の仲間の、キール。 「何か?」 「一応、うちの仲間が彼女の事に手を貸した事を謝っておこうと思って」 ハヤトとバノッサがをデグレア軍に連れていった事を言っているのだろう。 ネスティは“律儀な奴だな”と呆れ半分、感心半分にキールに言う。 「その事については気にしないでくれ・・・どちらにせよはイオスと共に軍に行っていただろう」 「・・・・まぁ、そうだろうね。 見た感じ、突っ走りそうな感じがした」 キールは何かを思い出したのか、おかしそうに肩を竦める。 初めてと言葉を交わした小さなひとときを思い出したのだ。 「あと、もう一つ。 君達の中で、1番召喚術に適応してそうな君に話があるんだ」 キールはテーブルの花瓶に添えられてある白く小さな花びらにそっと触れた。 俯くように下向きに花を開いている、雪のように白いその花はスノードロップという名の花。 「は、召喚術を使えるらしいね」 「・・それが?」 空は白みを帯びて夜色を散らし、窓から僅かに差し込む太陽の光がネスティの漆黒色の髪を薄く照らし、輝く。 キールは花びらに触れながらも輝く黒髪を見て、次いで眼鏡の奥にある瞳を覗き込む。 「・・・・・・何故、彼女にもっと、ちゃんとした召喚術の基礎を教えないんだ? あのままではいつか暴走召喚を引き起こすかもしれない」 メイトルパの亜人の少年とロレイラルの機械兵士の召喚獣は、魔力も感じることのなかったが召喚したとミニスから聞いたときは、本当に驚いた。 護衛獣として召喚する術は基礎的な位置にあるが、それでも多くの経験と知識と魔力を積んだ召喚師ではないと許されない高度な術でもあるのだ。 ネスティは一つため息を吐いて、返答する。 「それはわかっている・・だが僕達の規則では、教えてはいけないことになっているんだ」 蒼の派閥の規則 <個人で他者に召喚術を教え、学ばせてはならない> キールはそれを聞いて、呆れた表情を浮かべた。 「それは確かに外道召喚師を増やす事を防ぐ為ではあるかもしれないが、うまく制御する事が出来ない召喚師を放っておくわけにはいかないだろう?」 「・・・・」 「ましてや君の仲間だ、死んでも構わないという事か?」 「そんな訳ないだろうっ!」 思わず声を荒げるネスティを、キールは見つめた。 酷く冷静な彼の表情に我に返り、一度息を吐いて落ち着つかせると呟くように言葉を続ける。 「・・でも・・がそれを望まない・・」 「?」 「最初、出会って間もない時にに召喚術を教えてくれと頼まれた事があって、僕は断った。 だがはゼラムを発った夜に詠唱もなく護衛獣を呼び出した・・僕はそれまで、彼女が召喚術を使えるなんて知らなかったんだ」 自身も驚いていたようだったが、レシィたちを召喚した彼女は確実に召喚師だ。 「僕も暴走を恐れた。 だから規則を破る覚悟で彼女に教えようとした。 ・・・・・・・でも今度は、はそれを望んでくれなかった」 「・・何故?」 ネスティは前髪をクシャリと抑えて、1度唇を噛んだ。 一瞬だけ、彼の表情に泣き笑いに近いものが浮かぶ。 「・・・・・僕が罰されたら嫌だと。 それに知らなくても大丈夫だからって・・」 出会って間もない頃は、罰せられるということを深く考えていなかったのだろう。 だが後々にその意味を理解し始めたのか、は笑ってそう告げた。 ネスティが罰せられるのは嫌だと。 大丈夫、上手くやれると。 どうにかなると。 ・・・・何かがあってからでは、遅いのに。 (僕なんかのことより、君のほうが心配なのに・・っ) 無理に教えようとしても、彼女は拒んだ。 蒼の派閥の厳しさを知ったからだろう・・は意地でも聞くまいと逃げるように姿を消す。 ネスティもが心配なんだと告げようとしても、告げられなかった。 自分のためにが拒む。 その想いを拒否しているようで。 表情を歪めるネスティに、キールはふっと笑みを浮かべる。 そしてそのままネスティに背中を向けて、扉のドアノブに手をかけて、ふと振り返る。 「ネスティ」 「・・?」 「君は僕に似ているね」 彼は、笑んだ。 穏やかに、口元に笑みを浮かべる。 そうやって笑うことを教えてくれた友達に感謝しながら、キールは微笑んだ。 「 誰かの、ほんの少しの好意さえどこか臆病になり、 それを手放したくなくて、でもどうにも出来ない自分が歯がゆい 「・・・・の召喚術についてのことは僕にまかせてくれないか」 「何故」 「基礎的なことしか教えないから、時間もとらせない・・。 ただ暴走召喚だけはさせない知識を彼女に教えるだけだ」 「だが、君達は探し人がいるからここに来たんじゃないのか」 「ああ・・それはもう、見つかっただろうから」 先ほど感じた、強い力 ハヤト達と同じ、異質な性質を持つ魔力 確証はないが 「あと、もう一つ」 部屋を出る直前、キールは花瓶を指差した。 質素な部屋を柔らかく彩っているその花に、彼は目を細めて告げる。 「綺麗な花だね」 それだけ告げて、彼は静かに扉を閉めた。 部屋にぽつんと残されたネスティは”何だったんだ”と内心首を傾げながら、キールが指差した花瓶に添えられてある花を見る。 これはが以前、“部屋に色気を持たせよう!”と訳のわからないことを言い出して(というか色気なくて悪かったな)無理矢理添えた白い花・・・・・スノードロップ。 ゼラムにあるバスク家の庭にも多く咲いている花だ。 あの時はまだの事をよく知らず、とんでもない人間というイメージが強くて、添えられた花に戸惑って”小まめに世話なんか出来ないぞ”と言っても、彼女は聞く耳を持たず。 ただ、嬉しそうに、花瓶に添えられてた花を見て。 “どーよ、綺麗でしょう?”と満足そうに笑った。 ・・・満足そうな笑顔が少し眩しく見えて、わずかに目を細めたのを覚えている。 花びらに触れて、柔らかな花弁にネスティは目を細めた。 が添えたのはもう随分前だったというのに、これは今でも生気に溢れている。 「・・・意外と長持ちするんだな」 “ それは想われることも、誰かを想うこともとてつもなく少なかったからだ ・・触れた花弁の柔らかさに、の髪の柔らかさを思い出す。 生気溢れるその花に、の明るさを思い出す。 そこで初めて、彼女がどれくらい自分の中にいるのか思い知る 「」 会いたい 君に、会いたい・・ きつく目を閉じてそう願えば・・・・・・ふと、声が聴こえた。 それは聴き慣れた声だ・・トリス達でもない、あれは (!?) 窓を開けて外を覗こうとしたが鍵が掛かって開かなかった。 鍵を開ける時間さえもとてももどかしく感じて、焦ってなかなか開かないそれに”クソッ”と一度毒づきながらも出っ張りを持ち上げ勢いよく窓を開いて外を見る。 道場の門の入り口から現れた、機械兵士の大きな身体が視界に映った。 顔を覗かせたネスティにレオルドが気がついたのか、人の瞳と異なる目と視線が絡み、機械音声ならではの独特の声で、主に報告をする。 「アルジ殿、ねすてぃ殿ガ2時ノ方向ニ」 「うぇ!? ね、ネス? ・・あ、ネスだ!」 「!」 「逃げるわよ皆! 一対一じゃあたし負けるかもしれないからまずは他の仲間をこっちに引きこんでからネスに立ち向かわないと・・えぇ?!」 窓枠に足をかけ窓を乗り越えて地面に降りたネスティの行動に驚いたのか、はしばし動きを止めて、唖然とした表情でネスティを見つめた。 ・・素っ気無いながらも礼儀正しいネスティを知るは、もう驚くしかない。 「ね、ネス・・あんた何時の間に窓枠乗り越えなんていうスキルを身につけて」 はそこで言葉を切って、レオルドの影にぱっと隠れた。 レオルドが主を護ろうとするよりも先にネスティがすぐに回り込み、の腕を強く掴んで引きとめた・・・・・は悲鳴を上げた。 「ギャーっ、ネス、これは事情があるのよー!」 「事情だと? どんな事情かきっちり説明してもらうからな」 「もちろんよ! ちゃんと話すから・・痛い、痛いってばっ」 痛みに顔を歪めるを見ても、ネスティの掴む力は揺るまなかった。 主の悲鳴にレオルドとレシィが止めようと動きを見せたが、の”待って”という言葉に、二人は動きを止めてネスティを見る。 「・・・ごめん」 「君はずっと黙っていたんだな」 「・・・・ずっと黙ってた・・本当にごめん」 「許してもらえると思っているのか」 の肩が、びくりと震えた。 そのうちにネスティの顔を見れなくなったのか俯いて、一度目を伏せて・・・。 「ごめん」 「・・・・・・」 「ごめん、本当にごめんなさい、ネス」 「・・・・・・・・」 謝ってくる声に、微かに泣き声が混ざり始めた。 「ごめっ・・ごめんなさい、ごめんなさいネス・・」 「・・・・・・」 「でもっ、は、話を聞いて・・あたし、言いたいことがあるの、教えたいことだって」 「・・・・・・・」 「許してなんて言わないからっ、でも、話、聞いて ・・・・・・・・僕は何をしているんだ ネスティの表情が歪んだ。 自分に対する嫌悪感が胸に沸きたって、八つ当たるようにの腕を掴む手に力を込める。 強い力にがまた一度肩を震わせて・・・けれど今度は痛いとも言わず、唇を噛んで目を伏せた。 こんなことを、したいわけじゃない 怖がらせたり、泣かせたりしようだなんて思ってない ただ 「 「・・・・・・・・・」 「でも僕も馬鹿だ、君以上に」 トリスはを信じると言っていたのに。 なのに自分はデグレア軍たちとの絆の深さに嫉妬ばかりして、子供じみた八つ当たりを彼女にぶつけている。 本当に、馬鹿だ ただ、心配をしていたんだと、言えばいいのに 心配で心配で、たまらなかったんだと 以前彼女が言ってくれたように、”おかえり”と 黙りこんだネスティに、はどうにか落ち着いたのかようやくネスティの顔を見た。 そして驚いたように目を見開いて、慌てて背伸びをしてネスティの首周りに腕を回し、 訳のわからない・・混乱した表情を顔前面に浮かべて、ぎゅうっとネスティを抱きしめる。 も自分が何をしているかわからないようだったが、それでも力は緩めなかった。 それほどまでに、混乱していた。 「ち、ち、ち、ちょっと、何で、あんたが、そんな顔・・」 「・・うるさい」 「いや、ていうか、今の、ド肝抜かれたっていうか、えええぇぇぇぇ?!」 あまりにもある身長差にも負けず、爪先立ちでよろよろとしながらもはネスティから離れなかった。 頭を抱き込んでくるその腕を振り払うこともせず、逆に彼女を抱き込もうともせず、の肩に額を預けて、ただされるがままに身を委ねる。 ・・・・・彼女の服には冷たさがすっかり染み込んでいた。 「デグレアの事なんて、どうでもいいんだ」 「へ?」 「・・君が無事で、戻ってきてくれたら、それで」 「だ、だからって、ネスがあ、あんな、泣きそうな顔しなくても・・」 「 彼女の全てはあまりにも冷たかった。 レヴァティーンで飛んで帰ってきたのだから、この季節の冷たい空気に当たりっぱなしで、手も冷たくて、耳と頬は寒さに赤らんでしまっている。 それをようやく理解してを抱きしめようと腕を回そうとすれば、が自分から離れて。 「ネス! 今なんて?!」 「・・・・・・・・友人の心配をして何が悪いんだ」 「キャー感激っ、もう一回言って! もう一回!」 とても嬉しそうに笑って、はネスティに何度もねだる。 嬉しそうに。 さっきまではあんなに、泣きそうだったのに。 自分の言葉一つで、彼女はとても嬉しそうに笑う。 (・・だめだ) やはりどうしても、戸惑う。 彼女には何をしていいかわからなくなる・・それほどまでに愛おしさが込み上げる。 想うことにも、想われることにも慣れていない自分 その歯止めはあまりにも脆く、あまりにも未熟すぎて、 いつか、醜い欲がを抱きしめて離さなくなりそうだ 「ネスー! お願い!」 対するはなんとものん気なのだろう。 けれどあんまりにも嬉しそうに笑ってくれるので、もう一度だけ言ってやろうと考える。 が。 「・・嫌だ」 次には否定の言葉が出ていた。 それにがブーイングするが、それでもネスティは首を横に振る。 (冗談じゃない) ネスティにとっては特別なのだ。 さらには相手は恐ろしく鈍感だ。 むやみやたらに”友人”を強調して一生友人扱いになってしまっても困るのだ・・・だからそう何度も言えるわけがなく。 「早く道場に入るんだ、皆待っている」 「うんうん! 入る! でももう一回言って!」 「しつこいぞ」 「しつこくてオッケー! だからもう一回! ね?」 何で、こんなにも嬉しそうに笑うのだろう。 自分からすれば複雑だ。 どうせなら<好き>という言葉をねだってくれれば、自分だって何度も繰り返して・・・・。 (って、僕は何を考えているんだっ) 自分の考えたことに顔から火が出そうな勢いだ。 今までそういうことは全く考えたこともなかったのに、旅を始めて彼女と出会って好きになり、 最近は特に 「ネス、ネス、あたし本当嬉しくてたまんないのよー! だってネスが一番不安だったんだから。 頭固いし」 頭が固くて悪かったな 思わず顔を不機嫌に歪めてしまったネスティを見て、様子を見ていたハヤト達は呆れながらも”あーあ”と、安堵にも近いため息を吐いて笑って。 「ネス、お願い! もう一回プリーズ!」 (ぷりーずって何だ) はしゃぐに腕を絡めとられると、ネスティの顔にあった不機嫌そうな色は一気に消し飛んで、逆にフレームがかかった耳まで赤くなっていく。 バノッサが、”青臭い”と呟いた。 ハヤトは、”いやこれは青臭いんじゃなくて青春なんだよ”と、やはり笑っていた。 「あ〜、ほんっとうーーーーに良かったです〜〜〜〜・・ね、レオルドさんっ」 「アア」 「これでご主人様、ルヴァイドさん達のこと皆に黙っていなくてもすむんですよねっ」 「ソウダナ」 水平線の向こうから顔を出し始めた朝日が、レオルドの身体を眩く照らす。 レシィも、バノッサも、ハヤトも、ネスティもも世界に満ちていく朝日を全身に浴びて、はとてつもなく満足そうに笑った。 「ね、最後にもう一度言って? ね?」 「・・・おかえり」 何が恥ずかしいのか耳も頬をも朱に染めて、視線を明後日の方向に向けて、 最初の友人発言とは違う言葉をに言う。 けれど。 「ただいまっ」 はさらに、この上なく満面の笑みを浮かべて笑ったのだった。 走って走って、走っていても それでも追いつけない時がある 精一杯に手を伸ばしても、届かない そんな時 少しだけ立ち止まって 目を閉じて ほっと一息をつくのがいいと思う どうせ届かないなら ゆっくり歩いて、笑いながら追いつくほうがいい 君は風のような人だから NEXT ------------------------------------------------------------------------ *後書き* 第64話をお届けさせて頂きました。 初めてこれを書いた時期がハリポタにハマっていたようです、こんばんは。 ネス夢なんじゃないかといわれても過言ではないこれが本当の意味でルヴァイド編完了のお話かと!(オイオイ) ・・も、もう誤字脱字すごいと思われますコレ・・文章も絶対おかしい・・と言えるような精神状態でした。 もうほんとうすみませ・・・!ガクリ。 以前、ネスの薬を取りに走っていたときに、イオスがネスに嫉妬してましたが今度はネスがイオス(デグレア)に 嫉妬です・・やー、嫉妬描写は楽しい。 一歩間違えれば歪んだ愛の街道突っ走りですよ。 ネスティに妄想癖があるんじゃないかと思ってしまうのですがまぁ誰にだって妄想癖はあるはずだ! うん! ・・恋は人の心を狭くさせるのですよ・・これからもサモキャラ達を嫉妬にモンモンさせたいですね。 (何を言ってるんですかあなた) あ、でもトリス達にちゃんと話をしなければいけないですし・・ハヤト達のことに関しても、かなり削ったほうです。 ナツミにエルボーをくらわされるハヤトがいましたがあまりにも可哀想で・・いや寧ろバノッサも可哀想。 バノッサはムチャクチャながらも、結構面倒見の良いかもしれない(疑問系)・・がMY脳内設定です。 相変わらず可哀想な頭です。すみません ハヤト達はサイジェントに帰るのでしょうか・・それはまたお楽しみにということで。 ・・キール好きですよ! タコさんウインナーを思い出させてくれます・・(何) それではここまで読んでくださってありがとうございました! 2002.6,1 2005.2.3加筆修正 |