誰だって、つらい気持ちを持っている

誰だって、悲しい気持ちを持っている

傷つかないで生きてきた人間はいない


皆、傷ついていくから


あたしも、傷ついてきたから



だから



貴方の全てを教えろとは言わない

貴方の気持ちを全部教えろとは、決して言わないから





だから、”目を覚まして”と祈る








第59夜








            誰の声も、聞こえない。




ルヴァイドは、静かに雪が舞い降りる、暗い空を寝転んだまま見上げながらそう思う。
首を横にも動かせず、ただ身体が酷く重く感じて・・同時に睡魔も歩み寄ってくる。


眠ってはいけない


そう思う。
だがルヴァイドの意志に反して、睡魔は彼の瞼を閉じようとする。
重たくて、重たくて・・・ついには目を開けていることが辛く感じる。


(眠るな)


冷たさを持たない雪はルヴァイドの頬に触れて溶けていく。
寒さはないのに、ここで動けないまま時を過ごしていれば何故か頬に霜が降り、
やがては凍り、指先、手足の感覚さえも感じることが出来なくなっていった。

・・・それでも雪は降り続け、わずかに手に残る体温によって溶けていく。

     自分もああいう風に消えてなくなるのかと錯覚さえも覚え始め、
ルヴァイドは力の入らぬ拳を握り、意識を保とうと抗った。

それでも睡魔は、ルヴァイドを覆い尽くしていく。


諦めて目を閉じて、耳を済ましてみた。

何も聞こえないけれど、瞼の裏ではたくさんの記憶が浮かんでは流れ出ている。
だが自分の想い出のはずなのに、出て来ている人物の名前がわからないのは何故だ?
一人ひとりの顔・・見覚えがあるはずなのに名前が出てこない。

先ほどまで会話していた幼い頃の自分の姿を持った少年が、記憶を封じたのだろうか?

・・        もう、どちらでも良いが。



ルヴァイドはただその記憶をぼんやりと眺めていた。
目を閉じていれば様々なモノが延々と流れ出ては消えて行く。
・・・そこでようやく思い至る。



この状況が、記憶を流し、そして消しているのではないか?



(駄目だ、目を、開けろ)




忘れるな



あれらを、何一つ、忘れるな



愛おしい記憶も、優しい記憶も、辛い記憶も、後悔した記憶も



決して忘れてはならぬ記憶も



忘れてはいけないもの




瞼を無理矢理持ち上げ、雪がルヴァイドの視界いっぱいに降り注ぎ、
ルヴァイドは傷だらけの手を掲げて、降る雪を受けとめた。



雪。

これは、幼い頃に見た真っ白な世界。

父が死んで、初めて1人で城外にでて泣き叫び、     寂しいと感じた世界。



「・・父上・・」




俺も、貴方の傍にいけるだろうか?




問いかけに答えは返ってこない。
・・だが行けるわけがないと考えて、ルヴァイドは自嘲しながら眠りに落ちた。

















「・・何でこんな所に来てまで、歌をうたえと言いますか新手男?」


あたしが不機嫌そうに名も知らぬ男を見上げると、男は登場時と同じく、
なんていうか・・ぼーっとしたというか、まったくの無表情だというか・・
まぁそんな表情であたしを見下ろして、淡々と言って退ける。


「将・・ルヴァイド様がお前の声を辿るからだ」

「だーかーらー! どーーーーーーーーーーーーしてそれが歌と関係あるわけ?!
声だったら喋るだけでも良いじゃないさ!」



ってか、こんな所でオンステージするのは恥ずかしいという可憐な乙女心に気付いて新手男!!(願)



誰が可憐だ



新手男はしばらく考え込むような素振りを見せるので、あたしは“わかってくれた?!”と
嬉しそうに顔を輝かせる・・・・・・・・・・・・が、男は表情を変えもせずまたまた言って退けた。


「歌え、取り合えず」



・・・寧ろお前が歌ってくれよ・・



そんなツッコミが頭を過ぎる。
そうしてこうして一通り口論して・・あたしは新手男に敗北した。(沈)
この男、なかなか言いくるめる事が上手い・・上手過ぎる。


「・・あんたってさぁ・・結構しぶといのね・・・」

「お前は相変わらず口が達者だ」

むごあーーーーーー! 放っておいてよ! これがあたし・・・ん?」


あたしは首を傾げて男を見上げた。
男はあたしが見ているのに気付いて逆に見下ろして・・しばし見詰め合う形になる。
深い、紫色の瞳。
それに惹き込まれそうになりつつも、それでもあたしは男の瞳を見つめた。


「何だ」

「・・あんたさ・・今・・“相変わらず”って言わなかった?」


あたしは更に新手男に詰め寄って、穴が開くほど見つめ返す。

ガッシリとした体格に、涼しい目元。
綺麗な紫色の瞳には爆笑した事がなさそうなほどの虚無の色が映っていて、感情が読み取れない。

でも彼は言った。

そしてあたしはそれを聞いた。

     “相変わらず”と言う、彼の言葉を。


「あたし、デグレア軍にいたけどあんたの事も知らないし・・あんたと喋った事もない。
なのにどうしてあたしの口が達者だって知ってるのよ」


あたしは2、3歩後ろに後退して男を睨む。
だが男は言った。


「言わなかった」

ハイ嘘! 言ってから一分も経たないうちに何を言っとるかーーーーーーーーーーーー!!」

「我は言わなかった」

「っていうか何で今更しらばっくれるのよ!」


一体なんだというのだこの男は!
しかし相手はあくまでも知らないフリを押し通すのか、無表情のまま“言わなかった”を繰り返す。
またしばらく口論みたいな事が続いて・・・・・・・男はついにはため息を吐いて、あたしを見下ろした。


「・・では、認めたら歌ってくれるか?」

「ええいいわよ、歌ってあげる。女に二言はないわ!!」


あたしは胸を張って新手男を見上げた。
男は“わかった”と頷いて、あたしを見下ろして先ほどの事を認めた。


「認める、だから歌え」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?それだけ?


あたしはしばし呆然と男を見上げて・・次には、頭を抱えたまま地面にへたり込む。


(しまったーーーーーー! あたしってばなんでこうも頭の回転が遅いというかいや寧ろ
あっちがヘリクツばっかり言うっていうかもう何なのこの美青年はあああああああ!


男は認めた。
確かに認めた、が認めるだけ
“認めたら歌ってくれるか”“ええいいわよ、歌ってあげる。女に二言はないわ!”という言葉の
やり取りに忠実にしたがって・・・・・認めた。
・・せめて“認めてその理由を話してくれたら歌ってあげる”といえば良かった・・(遠目)


「認めよう、・・では早速歌ってもらう。時間もない」


淡々と言ってあたしに歌う事を促す無表情の新手男。
男の無表情が、あたしの目には何故か勝ち誇った表情に見えた。(何故だ)
ウオー! 何か嫌な敗北感ーーーーーーーーーー!!!(のたうち)


「・・女に二言はないのだろう?」

「ーーーーーーっっ! わかったわよ! ルヴァイドが助かるなら歌ってやるわよ!
でもルヴァイドが助かったらあんたの事全部聞くからね!!」



そりゃもう隅から隅までな!



・・・・・・。



あたしは呼吸を整えて、以前ルヴァイドに聴かせた<光の都>の歌詞を思い出す。
あの歌が好きだった。
意外と心に残ってて、何となく、歌詞も好きだった。
・・・久しぶりなので、音を外さないでいられるか心配だけどね・・・。(汗)



取り合えずルヴァイドが戻って来てくれるよう、こっそりと祈りながら。


雪降る暗いその世界で、あたしは声を出して歌い始めた。

















(・・歌)


雪降る世界を見上げれば、漆黒色の長い三つ編みがわずかに揺れた。
謎男(命名)・・・・もとい、レオルドはその声の主が自分の主人だとすぐに理解すると、
今まで感じたことのない温かみを感じて・・内心、首を傾げた。


「決着はつきそうだな」

「・・こっちはまだ何もしてないけどね・・」


歌が響く。
暗い・・雪降るこの空間に。

そんな中で少年はレオルドを睨み付ける。


「お前、何者?・・ルヴァイドの記憶にも、お前はいなかった」


少年の問いに、レオルドは答えなかった。
ただ静かに少年を見つめ返して、歌に主を思い出す。


       レオルドは、機械兵士の姿でと共に行動をしてきた。
に召喚されてから、ずっとずっと機械兵士の姿のまま過ごしていた。


・・だがどういうわけか最近になって、自分が人の姿になれることを理解した。


(有り得ない・・だが、これは事実)


ロレイラルの機械兵士が人間になるなど、有り得ない。
そういう術もプログラムも見たことがない・・しかもこれは、完璧な人間の身体。
相当の魔力ある者が、機械と人の身体を無理矢理入れ替わることが出来るように
仕向けなければ        


(・・?)


脳裏に、誰かの後姿が記憶(メモリー)に過ぎって消えた。
達と過ごした日々は鮮明に思い出せるのに、に召喚される前の記憶が、酷く乱れている。


(誰だ)


華奢な後姿だけが鮮明に浮かぶ。
だが正確な姿を思い出すことも出来ず、無理に思い出そうとすれば頭痛が走り顔を眉を歪めた。
これは、思い出すことを拒否されているというのだろうか・・・・?


(・・だが、これはこれで好都合だ)


この人間の姿だと、短時間ならば心世界に入ることも可能だ。
の中には聖女・アメルを越えた、強い力が眠っている。
それ故に、こうして心の中・・精神世界(別名・心世界)に潜ることが出来るのだ。
・・ならばの精神を護る為に人間の身体に、の身体を護るには機械の身体をと割り切って動けばいい。


     霞む記憶は、後で解明すればいい。


レオルドは槍を収め、じっと少年を見つめた。
少年の赤い瞳には、ただただ、激しい感情しか映っていない。


「・・そうやっていて、お前には何が残ると言うのだ」



ルヴァイドを傷つけて、追い詰めて



「・・・・」

「・・それでは・・お前だけが虚しい思いをするだけではないのか」


少年の瞳に宿る感情。
それはレオルドには理解できないものだったが、それが何かは、レオルドは知っていた。


憎しみ
嫉妬
嫌悪
そういった、負の感情の塊。


・・・それこそが、少年の正体。




       僕はこれ以上、傷つきたくはない」




少年は震えた声で呟いた。


「・・ルヴァイドにはやイオスやゼルフィルドがいても、僕には誰もいない」



いつもここで

独り雪を眺めてる



「・・例え憎しみの化身でも、意志はちゃんと持っている。
お前の中にもの中にも・・誰の中にも汚い、憎悪の感情を持つ自分がいるんだ」



ほんの少しの喧嘩でも

殺してやりたくなる時がある

ほんの小さなすれ違いや勘違いでも

壊したい、死にたいと思う事もある


それは自分のが傷ついたから

再び傷つく事を恐れるから



「・・お前はどうして、今、こんな形で現れた」

「どこか別の所から、強い力が僕を呼んだ。
・・その力のおかげで僕はこうしてルヴァイドをこの世界にまで引きずり込むことが出来たのさ。
誰の力で、何のためにこうして僕を起こしたのかは知らないけどね・・だがそんなことはどうでもいい」


少年は自嘲的な笑いを口元に浮かべた。


「僕はルヴァイドの憎しみの化身。
でも・・憎しみばかり背負う僕だって、・・願いとかあるのさ。
だからこうして動いている      僕の半身でもあるルヴァイドを追い詰めている」



得たいと



心より、渇望する



     たとえルヴァイドが死ぬとしても、それでも欲しいと望むもの



「願い・・?」

「お前達が誰でも望むような事だよ。
そこにちゃんとあるのに、気付かない上に更に望むモノ」


言葉の意味を理解できずレオルドは眉宇をひそめるが、少年は降る雪を見つめた。
もうずっと、ここの世界は雪のまま。


でも今日は、いつもと違う。


目を伏せると、歌が聴こえる。




    ・・本当は、僕が願ってもしょうがないことだとわかっている」




半身を傷つけ追い詰め死にやれば、自分も死ぬとわかっている




「ルヴァイドを追い詰めても、こんな事をしても得られるはずがないとも・・・わかってる。
・・・・・・でも自分がどんなに望んでも手に入らないものを、他人があっさり得ているなんて
やっぱり腹が立つだろう?」


それはどんなに悔しいだろうか。
それはどんなに羨ましいことだろうか。


「だから、ルヴァイドを殺すんだ。
・・・僕の望むものを得る、ルヴァイドを殺す・・・たくさんの絶望を味わわせながら」


得られる彼が、憎らしいから。
得られる彼が、羨ましいから。
たったそれだけの理由。


けれど、人を動かすには充分な理由        


少年はレオルドから離れるように後ずさって、フワリと空中に浮いた。
彼の言葉に耳を傾けていたレオルドはハッと我に返り少年を見上げるが、
少年はすでにその姿を消していて、暗い世界にレオルドだけが残っていた。


逃げられた。

行き先は、きっとルヴァイドの所。


レオルドは舌打ちをし、駆け出した。
ゼルフィルドがいるから大丈夫であろうが、嫌な予感が胸に残る。


(主殿・・!)


主を護るために黒髪をなびかせて、彼は闇の中を疾走する。

・・一つの影が、その背を見つめている事に気付かずに              ・・・。


























”夢の続きを旅する心は
 必ず虹とひとつになれるよ”














      ルヴァイドは再び目を覚ました。
瞼も身体も先ほどよりもずっと、ずっと重みを感じる。
だが起きなければいけないと何かが言っているような気がして。
自分の身体とは思えないようなほど重く感じる身体を無理に起こした。


頭が痛む。
目が霞む。
それでも起きなければいけない。


     まだ、死ぬわけにはいかない。


(聴こえる)



呼んでいる

声が聞こえる

歌が聴こえる



両手をついて、足に力を入れて、よろりとしながらもルヴァイドは立った。
鎧ごと凍り付いている身体がぎしぎしと音をたて、思考は変わらず眠りに落ちかけている。
けれど耳は確かに声を聴き取っていた。



(呼んでいる)



聴こえるのは歌だった。
どこかで聴いたことのある歌・・どこだったかまったく思い出せず、誰が歌っていたことすらもおぼろげ。




(呼んでいる)





けれどルヴァイドには、それが呼び声に聴こえた





”信じたいのは未来なんだ
 壊された記憶じゃない
 遠い明日の空が どんな色に染まるのか”





頭を揺さぶられたかのように眩暈が襲った。
しかしルヴァイドは血が滲むほどまでに唇を噛み締めて、眠りに沈みかける意識を保つ。
     誰かの声が、力になっている。

だが一歩、一歩、歩き出すルヴァイドの前に小さな影が立ち塞がった。



「君はしぶといね」



見上げると、それは過去の自分の姿をした少年。
何もかもを、憎んでいた、恨んでいた・・あの頃の自分。

凍り付いている唇を動かし、ルヴァイドは彼に言い放つ。


「・・お前に負けるのは・・過去の自分に負けるわけには行かんっ・・!」



まだ戦える

まだ生きていられる

歌が思い出させてくれた



         ”生きろ”と、言ってくれた人がいる



それを言ってくれたのが誰かは思い出せない。
だが彼女は命を背負えと、生きろと言ってくれた。


少年は睨みつけてくるルヴァイドを表情なく、見下ろして・・ボソリと呟く。


「・・折角の生きようとしてくれてるところ悪いんだけど・・。
君にはまだまだ傷ついてもらうつもりなんだ」



お前が癒されて死ぬのは

お前だけが救われて死ぬのは、絶対に許さない



死ぬのなら、最高の絶望と共に逝け



ルヴァイドはその言葉に眉を潜めて、少年はふっと笑った。
哀れむことを歓喜に思う瞳で、少年は笑った。


「大丈夫、君は彼女の事を忘れてしまっているから」


歌はまだ響く。
・・・“彼女”とはこの歌っている主のことだろうか。



”きっと在る 光の都
 永遠の太陽が
 蜃気楼の中で揺れている答えは
 ここで花咲かす”



少年は、ルヴァイドの前に剣を放り投げた。
雪によって音すらも立てず彼の前に落ちたのは、ルヴァイドが受け継いだ、父・レディウスの剣。



「殺せ、あの女を」



ルヴァイドの目が見開かれた。
少年はだた、そんなルヴァイドに妖しく笑うだけだった              












あたしは延々と歌いつづけた。
いい加減、喉が嗄れそうだったけれどルヴァイドのためを思って何とか頑張る。
少しでも早く、彼を取り戻そうと考えて。



(ルヴァイド)



戻ろうよ



(ルヴァイド)




帰ろうよ、一緒に




ふと、新手男がいきなり素早く動き、庇うようにあたしの前に立った。
そこであたしは歌うことをやめて、新手男が睨む方向を見ていれば・・ザク、ザク、と
雪を踏みしめる音がする。
誰かが、来る。


「・・あれは・・」


そこにいたのは、探してた、人。
長い赤髪が、暗いこの世界に映えている。


「ルヴァイド!」


しかしなんという姿だろう。
この世界の雪は冷たさなんてなかったのに、ルヴァイドの鎧も、頬も、髪も、手も、
すっかり霜が降りて凍りかけていた。
あんまりにも寒そうなその姿に、あたしは駆け寄ろうとする。

が、新手男が手を引っ張ってそれを防いだ。


「ちょ、何すんのよっ」

「様子がおかしい」


緊迫した空気を解かない新手男のその言葉に目を見開いて、再びルヴァイドを見た。
彼は力ない歩行を続け、あたし達から少し離れた場所に止まり      


「離れろっ!」


新手男に突き飛ばされた、次の瞬間。
それまで緩慢な動きで歩いていたルヴァイドは素早い動きで大きく一歩を踏み出して、
凍りかけている片手で、あたしめがけて剣の切っ先を繰り出した。
でもそれは突き飛ばされたあたしには届かず、ただ風を切る音だけが耳に届く。
・・・・・・・・突き飛ばされなければ、あれは確実にあたしの身体を貫いていた。


「ルヴァ・・イド・・?」


へたり込んだまま唖然とルヴァイドを見上げるあたしに、ルヴァイドが再び剣を構えて襲いかかる。
その途中で新手男が剣で割り込むように間に入り、ガキィン!と金属と金属がぶつかる特有の音が、
あたしの耳に強く響いて、あたしはようやく我に返った。
ええい!しっかりしろあたし!


「ルヴァイド!」

「っく・・意思を、奪われているな・・!」


時折火花を散らせながらの、剣の裁き合い。
ルヴァイドが大きな身体の割りに素早い動きを見せる度、霜が降りてわずかに凍り付いている
彼のマントがゆらりと大きく動きを見せる。
それを目で追いながらあたしはどうすればいいんだろうと悩んでいれば。


「ルヴァイド、その男は僕が相手をするよ」


割り込むように響く声に、ルヴァイドがすぐさま反応してあっさりと身を退いた。
いきなりの後退に新手男がバランスを崩せば、小さい頃のルヴァイドの姿を模っている少年が、
剣を持って新手男に襲い掛かる。


「新手男!」

「っ・・逃げろ! !!」

「ルヴァイド! 殺せ!!」


なんつーことを言うんだあのお子様ーーーー!!”と胸中に叫びながら、
あたしは逃げようと走り出す。(いえ絶対敵いませんので!勝てるなんて思ってませんので!)
けれど腕をがっつり掴まれて、乱暴に地面へと投げ倒されて背を打った。
アイタタタタタ!酷いよルヴァイド!

非難をこめた目でルヴァイドを見やれば、彼はあたしの前に立っていた。
片手に剣はしっかりと握られて、次にはあたしは彼に殺されてしまうんだろうということが、
何となく予想できる。

彼は虚ろな瞳で、ただ、あたしを見下ろしていた。


「・・ルヴァイド」


呼べば、剣を持つ彼の手がゆっくりと振り上げられた。
重量感のある大剣を片手で振り回すなど、長年この剣で鍛錬した彼ならではの技だろう。
このまま一直線に振り下ろせば、まさにスイカ割り。(ヒィ!<汗)



(レディウス・・)



どうすればいい?


彼に負けないでと言うのは、酷だろうか?



そういえば彼に殺されかけるのは2回目だったなぁと考えている自分に笑う。
(一度目は勢いにリューグを庇って殺されかけた・・うう、苦い思い出だ)



ああ、でも



彼に殺されるのは御免だ



「ルヴァイド」

「・・・・」

「約束、破るの?」


剣を振り下ろそうとした体勢だったルヴァイドが、びくりと震えた。
それに”おや?”と思いながら彼を見上げていれば、虚ろだった瞳が、
揺らいでいるように見える。
・・こ、これはもしかして。と期待さえも膨らんでいく。


「ね、約束したでしょ? 生きるって」

「・・・っ」

「イオスも、ゼルフィルドも、待ってる・・・・・あたしも、待ってる」



貴方の目覚めを待っている



ルヴァイドが、顔を歪めた。
ものすごく、ものすごく、葛藤しているというか、苦しんでいるというか、そんな表情。
しかしよろめきながらも剣が振り下ろされてきて、内心”ギャー!”と悲鳴を上げながら
襲い掛かってくるそれに目をきつく閉じて、貫かれる衝撃に身を硬くすれば        



長い足が割り込むように、ルヴァイドの身体を吹っ飛ばした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故に?(汗)



「無事ですか」


吹っ飛んで雪に倒れるルヴァイドを見届けていれば、あたしの頭上から声が降った。
見上げれば、端整な顔と漆黒色の黒髪が、あたしの瞳に強く残る。
新手男ではない、彼はまだ少年と戦っている      謎男だった。(いい加減名前知りたいんだけど)
彼がルヴァイドの腹を鎧ごと蹴っ飛ばしたらしい・・あわわ、なんつー怪力だよ!


「あんた・・無事だったんだ」

「後ろへ」


男はあたしを後ろに庇うと槍を構えルヴァイドを見る。
ルヴァイドはすでに起き上がっていて、虚ろな目であたしと謎男を睨んでいた。


「ルヴァイド、意思を奪われてるって・・」

「・・長時間この世界にいたため脆くなった心が、あの子供に強制的に奪われているのでしょう」

「心を奪われてる・・(ッハ! だめだめ! ルヴァイドのピンチなのよ!
腐女子モードに入ってる場合じゃない! 去れ雑念!<言い聞かせ)」


自分のアホさに往復ビンタしたい衝動に駆られつつ、あたしはルヴァイドを見つめた。
彼はぼろぼろだった。
身体も心も、全部ボロボロ・・大きい身体の持ち主だけれど、今は彼がとても小さく見える。
・・・・・・・ルヴァイドだって人間なのだ、戦いが強くても、心はあたしと同じ。


「ルヴァイド」


一歩前に出て、呼ぶ。
そうすればルヴァイドがびくりと震えながらあたしから離れて、それをなだめるように
微笑みながら近づいて     一気に距離を詰めて、ルヴァイドの首に思いきり腕を回して抱き付いた。

彼の体はとても冷たい。


「ルヴァイド・・っ」



すごく、すごく冷たい


ルヴァイドが、とても冷たい


この冷たさが、死んでいる人の体温を思わせて



あたしは怖くなって必死にルヴァイドにしがみついた



ルヴァイドが、あたしの髪を掴んで引き離そうとする。
けれどあたしは負けずにルヴァイドの長い髪を掴んで、首にすがりついて抵抗した。
後ろでは謎男が何か言っているが、髪を引っ張られて頭が痛くて、痛みに聞き取れなかった。


「ねぇ、忘れたの?」


ルヴァイドは髪を引っ張るのをやめて、左手であたしの首を掴む。
締められている。
とても苦しい・・・でも負けないように唇を噛んでそれを耐えた。


「あたしの事、忘れちゃったの?
前に“忘れたくない”って言ったのは、ルヴァイドじゃない」


苦しさに、意識が朦朧とする。
涙さえも頬を濡らし始めて、零れ落ちた涙が、表面が霜で凍りついているルヴァイドの鎧を濡らした。
言いたかった事がたくさんあるのに、苦しさに頭の中が真っ白になっていく。

でもこれだけは。

これだけは伝えたい。


「一緒に・・帰りたいよ・・っ」




帰ろう、ルヴァイド




「あたし・・ルヴァイドと、一緒に、・・・・・帰りたいよ・・・」




リューグと喧嘩してまで



ルヴァイドのためにここまで来たんだよ



だから、目を覚まして



一緒に話しをしたっていいじゃない




「イオスも、ゼルフィルドも待ってる・・だから」




一緒に帰ろう



1人で帰るのは嫌だよ




       皆のところに帰ろう?」



















涙声が、耳の鼓膜を打った。
首にしがみつく力が込められ、ただただた必死に、冷たいこの身を少女が抱きしめてくる。
・・まるで、少しでも温かさが戻るように祈っているように。


ただひたすら”帰ろう”と、呼びかける。


・・・・それをしばし傍観していた長い黒髪を編んだ男は、静かにルヴァイドに問い掛けた。


「お前は今、誰を手にかけようとしたのかわかっているのか?」

「・・・っ・・」

「・・友だと、大切だと・・お前は彼女を、そう呼んでいた。
彼女もまた、お前を友だと、大切だと呼んでいた・・なのにお前は彼女を殺すのか」



”殺す”



それは、命を奪うこと・・・彼女の命を?



「・・っぁ・・!」


頭痛が、激しさを増した。
今まで流れに流れて行っていた記憶が、急激に戻り始める。
詰め込むように押し戻され、その苦しさに呻きつつもあえて拒まず、受け入れ・・・
ルヴァイドは次第に記憶を取り戻していく。



そうだ


何故、忘れていた


彼女は、許した


自分を許した。そして友だと、笑ってくれたではないか





・・そして自分は、そんな彼女を            





ルヴァイドは、既に手から落ちている剣へと視線を向けた。
白い雪の大地に横たわる銀の刀身・・・父の形見。





”お前が大きくなって大切な人を見付けたら、その人を・・・”



(そう、だ)









     愛しているんだ











”好き”などではくくられないほどまでに、お前を






幸せにしたい、誰よりも









震えながらも彼女の肩を抱けば、途端に意識を失いそうなほど安堵する。
けれどそれを堪えて抱く力をこめると、耳にそっと、囁くように言葉が届いた。



「死なないで」

「・・・・」

「あたし、皆がそれを望んでいるなんてわからない。
ルヴァイドが望んでいないのかもしれない」


がさらに抱きしめる力をこめた。
その強さに、ルヴァイドはただ目を閉じて彼女の首筋に顔を埋める。
そんな二人を見て少年は彼らに剣を向けようとしたが、新手男・・もとい、ゼルフィルドに
押さえつけられ、忌々しそうに舌打ちをした。


「でもあたしは、それを望むよ。
迷惑かもしれないし、生きる事がルヴァイドの重荷になっているのかも知れない。
・・・・・・でもあたしはそれを望むの。今、望む」



彼女は、望む



「あたしのせいでたくさん死んでしまったし、あたしがルヴァイドを迷わせた事もあったよ。
ルヴァイドがあたしを嫌いになっても仕方がないって、思うよ」



それでも



「・・でもあたしはルヴァイドが死ぬのは嫌だよ。
嫌いになってあたしを否定するのを許しても    



嫌われる事は嫌だし

できれば誰からも好かれてみたい

でも



「ルヴァイドが死ぬことは許せない」



死んだら嫌われることはない

でもそこにいない事が寂しい

そこにいない事が辛い



「・・・・」

「ルヴァイドの世界・・寂しくて、何となく悲しい。 でも綺麗だとあたしは思う」


それまでゼルフィルドに押さえつけられていた少年の表情が強張った。
はそれに気付かずに、更にぎゅっとルヴァイドを抱きしめ続ける。


「綺麗な雪の世界だよ。・・太陽が出ている世界が、全部幸せだって事はない」


・・・しばらくして、しんと、妙に重い沈黙が流れていった。
誰も喋らなかった。
少年も、レオルドも、ゼルフィルドも無言を保ったまま、ただただ、達を見つめた。


・・そんな中、ルヴァイドは震えた声で言葉を洩らす。


「・・生きて・・いいのか」


の前に立って、初めて、まともな言葉だ。
それが彼女には嬉しいのか、少しばかり安堵したかのように息を零しながら、
ルヴァイドの肩をそっと、けれど消えないように力を更にこめて抱く。


「生きて欲しい、死んで欲しくない」

「・・俺は、殺した。己のためだけに、多くのものを」

「・・それは、あたしだって理解してる。
でもあたしは殺されていないから、こんなことが言える。
本当に大切な人が殺されていないから、言えてしまう」


はルヴァイドの手を取って、自分の頬に当てた。
凍りついてガサガサとした手に、しっとりとした肌の感触が触れる。


「・・この手は、殺すだけじゃなくて護ることもできる手だよ」

「・・っ」

「あたしはルヴァイドと会えて嬉しい。
悲しいことばっかりだったけど、やっぱりどこか嬉しいの」


ルヴァイドはぼんやりと、抱きしめている温もりに身を委ねていた。

込み上げてくる、何かが。
ゆっくりと、けれど確実に、熱いものが、込み上がる。


・・・ポタリと、それがの肩に落ちた。
彼女はそれに不思議そうな表情で顔を上げて、ルヴァイドを見る。


「ルヴァイド・・?」


心は妙に冷めている。
けれど、ただ目元だけが熱い。


涙が、凍り付いている頬を滑り落ちて行く。


とめどなく涙が溢れていて、拭おうと手を動かす。
しかし今では腕が動かず、ただ小さく身じろぎだけで終わってしまった。
・・それにが小さく微笑んで、細い指が目元を拭った。




「・・一緒に帰ろう?」




言葉。


言葉で、熱いモノがさらに、ルヴァイドの胸を覆いつくした。


焼けるような熱さ。


凍っていたものを溶かすほどの、熱さ。



熱さに、力が湧いた。
動かなかった腕が、の身体を強く抱きしめる。
突然の動きにの身体がビクっと震えたが、けれど何ら抵抗もなく、ただ抱きしめられるままになって。
それに遠慮せず、更に力を込めてルヴァイドは抱きしめた。




死のうと思うのは


心が傷ついて、どうしようもない時だ


誰かに助けを求める事ができず


悲しくてどうしようもなくて、誰も信じる事が出来なくなって


本当に独りになったと感じる時だ




「ルヴァイド? 大丈夫・・?」




でも今の自分は

が側にいる

それだけで

生きていく理由にもなる








・・・・・・・・彼らを見つめる、少年の瞳は怒りに彩られていた。
この上ない激しい感情に、少年の全ては塗りつぶされ、彼は悔しげに唇を噛み締め、
憎しみを込めた目で二人を見つめた。





もう少しで


もう少しで殺せたものを


そうして彼だけが癒されて


自分が傷ついて終るんだ


・・また、独りでこの空間を眺めねばならないのだ・・





   冗談じゃない」


少年は低く、呟く。
同時に吹雪きが少年を押さえつけていたゼルフィルドに襲い掛かり、風の勢いに少年を解放する
ことを余儀なくされた。
解放された彼はゆらりと立ち上がり、驚いたように自分を見つめると、彼女を背に庇うようにしている
ルヴァイドを殺意をこめた瞳で見つめ   笑む。


「全員、死ね」


剣を掴みルヴァイドとを殺そうと、一歩踏み出した。
瞬時にレオルドとゼルフィルドが彼らを護ろうと立ちふさがるが、少年にとっては
彼らなど眼中にない・・・・・が、そのとき。


「・・なっ・・」


異変が、起きた。
剣を握る手が、半透明に透けている   よくよく見れば、自分の身体全体が薄っすらと
透けていくではないか・・・思わず、剣を落として彼は己の身体を見下ろした。




消える


自分の身体が、消えてしまう


ルヴァイドの“憎しみ”が


消えてしまう




「ルヴァイド・・!」


が少年の様子に気付いて、こちらを駆け寄ってくる。
だが少年は後ろに下がって首を横に振り、恐ろしいものを見るような目でを見返した。




嫌だ


来るな


お前は眩し過ぎるんだ


今の僕なんかに近づいたら


僕が本当に消えてしまう




消えたくない一心で、悲鳴のような拒絶の声が出る。


「来るな! 近寄るな!! あっちに行けぇ!!」

「ルヴァイド!」

「何で・・何で僕ばかりが傷つかなくちゃ行けないんだ!
何でルヴァイドがいつも救われるんだ?!
僕が憎しみの化身だから?! 憎しみは憎しみしか受けとめちゃ行けないのか?!!」




ずっと願っていた事がある

ずっと望んでいたモノがある

でもそれは1度も叶わなかった


・・それは他人からもらうものだった


誰もいないこの世界で望んでいても

叶わないことだから



「許さないぞ! 僕はお前を許さない!!
消えたとしても、おまえだけはずっと恨んでいてやる!!」




を恨んでも

ルヴァイドを恨んでも

どうにもならないことはわかってる

それでも誰かを恨まずにはいられない

心が苦しくて、どうしようもない




少年はに更なる罵倒を浴びせようと身構えれば、急に、苦しさに覆われた。
全て消えてしまったのだろうかという考えが一瞬思考を過ぎるが、それではなく、
自分の身体がはまだ確かに、存在していた。


苦しさは、己の首を後ろから絞められていたからだ。


「かはっ・・」


首を掴んだ何者かの手は、少年の身体を高く掲げた。
その手は青白く、爪が首の肌に食い込んで血が滲み出る。
少年は喘ぐように呼吸をしつつ、その男の姿を確認  それは知っている男の顔だった。


「・っ・・キュラー?!」

「ようやく見つけましたよ、ルヴァイドの“憎しみ”の心・・」


キュラーはこれ以上の喜びはないといわんばかりの表情で笑うと、
少し離れた場所で唖然としているを見下ろした。
彼女の顔はそれほどまでに驚いて、目を見開いている。
・・・・どうやらキュラーがここにいる事に、相当驚いたらしい。


「ここはルヴァイドの空間、その広さは無限大。
このルヴァイドの”憎しみ”を見付けるのには相当苦労しましたよ・・」


キュラーは少年を見て、ニタリと笑みを浮かべた。
心の底から喜んでいる     それだけでぞっと背筋が逆立つ。


彼の目的が”憎しみ”。
ならば”憎しみ”などの負の感情の塊である自分は、この男の喰われるだろう。


自分は“本当に消えてしまうのか”と。


抵抗するためキュラーの手を掴んでいたその手を、力なく離すのだった        






















あたしはキュラーの出現に驚いていた。
何でこのアゴがこの空間にいるのがわからなくて・・でも今、レオルドの言葉を思い出す。



“何者カガ術デ彼ヲ殺ソウトシテイル可能性ガ大キイデス”



もしかしてコイツが?と思ったが、今は取り合えずはそこは無視だ。


「キュラー! その子を離しなさい!」


キュラーは叫ぶあたしに”おや?”と呟いて・・心外だといわんばかりに、
少年の首を更に力を込めて締める。
締められて、少年の整った顔が苦痛に歪んだ。
ギャーーーーー! やめんかアゴーーーーーーー!!


「何故ですか?このルヴァイドは貴女を殺そうとまでしたのですよ?
・・庇う必要はない、さらには止める必要もない」

「あるわよ! その子はルヴァイドなのよ!!」

「正確には“憎しみ”の心ばかり持つルヴァイドですが」

「んなもんどっちでもいいのよー! あたしにとって、彼もルヴァイドなんだからっ」


あたしはキュラーに近づいて、少年を助けようと意気込む。
いざとなったらこの場全員でタコ殴りすれば勝てるのではないかと思う・・いやしかし、
悪魔にタコ殴りというのが通用するかどうかさっぱり謎なのだけれども。


しかし、少年はか細い声で“来るな”と言って、あたしは目を丸くして彼を見上げた。


「・・僕が消えたら、ルヴァイドは目を覚ます」

「・・・」

「・・僕はもう疲れた」



望むことに

願うことにも



あたしは彼の手を見れば、キュラーの姿が透けて見れるほどまで、彼の存在は薄くなっていた。
彼は悟っている・・誰が見ても、わかる。


消えるのだ。


「・・ここまで来た褒美だよ、ルヴァイドは還してやるよ」

「あんたはどうなのよ!」

「消える」


呟かれた瞬間の、彼の瞳はとてつもなく暗かった。
あたしはそれでもどうにか繋ぎとめようとすれば、キュラーがあたしを見下ろして。


「貴女という人間は、私の目から見ても本当に気味が悪い。
全てを許すその心・・懐が広いというだけでは収まらぬほどです」


気味が悪いって相当失礼だぞアンタ



「・・こんな人間に、あの方が惹かれる理由が理解できない」


苦虫を噛み潰したように顔を歪めるキュラーに”あたしもわからんわよ”とツッコミ返しつつ、
あたしは少年を見た。
・・彼がルヴァイドだと思うと、どうしても怒りが沸いてこない。


「もう良いじゃないですか。貴方はルヴァイドを救うためにここまで来たのでしょう?
・・・ならもうここには用がないのではないですか?」


あたしはその言葉にカッと頬を紅潮させた。
散々振り回しておいて(元はといえばこの男が元凶じゃないか!)、
目的の物をみつけたからさっさと帰れ?・・勝手にもほどがある。


「何よっ、元はといえばあんたが」


掴みかかろうとするあたしの横から、サッと制止の手が伸びた。
それは謎男で、彼はキュラーを見て・・次にあたしを見下ろして。


「あの少年はこの男にまかせましょう」

「・・!」

「これ以上ここにいれば、貴女の身体と心が持ちません。
ルヴァイドも、早くもとの世界に戻さなくては」


新手男の方を見ると、彼はグッタリとしたルヴァイドを肩に支えていた。
気を失っているのかピクリとも動かない。


「戻りましょう」



胸に怒りを覚えるのは、あたしが勝手なのだろうか


彼を助けたいと思うのは、ただの正義の味方気取りなのだろうか



・・・あぁもう、そんなこと言ってたら本当にキリがないっていうのはわかっているのに   



あたしははぁっとため息を吐いた。
そしてあたしの腕を掴む謎男に、手を振りかざし。


思いきり頬を引っ叩いた。


パンッと乾いた音が、この暗い世界に一瞬だけ、木霊した。
その乾いた音にルヴァイドは目を覚まし、新手男は少しばかり目を見張ってあたしを見つめる。
叩かれた謎男は、ただ無言で首を傾けて・・相変わらず静かな、無感情な表情で見返す。


「・・・」

「さっきも言った通り、あたしにとって彼はルヴァイドよ」



誰だって、自分が消えてしまうとわかっていて

平静で、冷静でいられるわけがない


経験したことはない


でも考えただけで、怖いとあたしは思う

そんな思いをした事がないから、わからないけど

でもあたしは、自分が消えるのは嫌だ



「あんたがあたしの心配をしてくれるのはわかる。
ルヴァイドも早く連れて戻らなくちゃ行けないのもわかる。
・・でもあたしは、ここで彼をキュラーに任せたら・・絶対後悔する」


キュラーは“ほぅ”とあたしを見て、謎男はただ静かにあたしを見下ろすだけだった。
あたしは謎男から顔を背けて次には視線をキュラーに向けて、・・最後には少年を見た。


「ルヴァイド。あたしの事、キモいなりヤバいなり何なり思うがいいわよ

「・・(は?)」

「あたしは消えたくない。でもあんたはさっき消えてもいいって言ったけど、本当?」

「・・何だと」


あたしはキュラーの傍に立って、少年へと腕を伸ばした。
半透明になっている小さな手に触れようと握れば、ちゃんとした感触が伝わって、
ちょっとだけ安堵する。


「あたしだったら、したいこととか、欲しいものがいっぱいあるから消えたくないって思う。
・・ルヴァイドには欲しいもの、ないの?」



あたしの発言に少年は深く、顔を俯かせた。





















キュラーは半分、彼を喰えることを諦めかけていた。
の言葉に確実に心が揺らいでいる・・今ではもう、喰っても美味そうだとは思えない。


(ここで憎悪の心を手にいれなければ、手間かけた今までの苦労は水の泡。
・・・・・・・・・・・ですが・・・・・・・・)



この少女を傷つけると、自分の命はないだろう



次には、美しい美貌を持った主人の顔が思い浮かんだ。
に妙に関心を持っているレイム・・彼はを傷つけると必ず、自分をあっさりと引き裂くであろう。


(それだけは勘弁願いたいですね)


ようやくこの身体にも馴染んできたのだし、こうしてリィンバウムに生きて戻れたのだから。
この1番熟した憎しみを、吸い取ることが出来ないのは非常に残念だが・・・・・・死にたくはない。
そして主のために、まだやるべきことがある。


「・・しょうがないですね・・」

「え」

「こんなにしぼんでしまった”憎しみ”など、喰っても美味しそうではありません。
・・・・それにしても貴女は本当、おかしい存在ですね」


あんたのアゴも相当面白いわよ”とが嫌そうに顔を歪めて、キュラーを睨んだ。
さっきから人の事をアゴアゴ連呼している少女には呆れさえも出てくるのだが、
キュラーはじっと彼女の顔を見つめ返して、ふと思い至る。



・・     この顔が絶望に歪み、憎しみに覆われたならどれほど甘美なのだろうか、と。



そう思うと、急にを喰らいたくなって来た。
レイムの関心を集めている人間だとわかっていても、この少女はあまりにも美味そうで、
不思議とキュラーを惹き付ける。

キュラーは切れ長の瞳で、ひたすらを見つめた。


(・・レイム様のおこぼれにあずかる、ということは出来ませんかねぇ・・)

「・・な、何よ。人の顔をジロジロ見て・・」

「これは失礼」


何にせよ、は相当特殊だ。
このように心世界に入ってこれるほどなのだから、強力な魔力を秘めているはず。


(次に会ったとき・・少し調べても良さそうですね)


キュラーは少年をの方に投げ捨てると同時に、地面を軽く蹴り、空高く跳躍する。
そしてずぶりと暗い空間に身を沈ませ、そのまま潜るように押し進み、あっという間に姿を消してしまった。

一方、は少年を何とか受けとめて後ろに倒れそうになる。
だが新手男の手を振り切ってルヴァイドが駆けつけ、倒れそうになるを少年ごと受けとめた・・が、
バランスを崩し共に転倒してしまった。

はルヴァイドの膝の間に座り、少年がの膝に座っているという妙な体勢が出来上がる。
・・・・・・・・彼女はこの状況に心の中でガッツポーズを作った。


「(二人のルヴァイドではさまれるなんて・・って変態か!
・・・・あたたた・・ごめん、ルヴァイド・・大丈夫?」

「ああ。・・・だが・・」


あたしはルヴァイドの視線を追って、あたしの膝に座っている少年を見た。


「どうしたの?」

「・・何でだよ・・」

「?」

「何で・・お前はそうなんだよ・・」


はいきなりの言葉にも首を傾げて、“何の事?”と問いかける。
でも少年はそれに答えず、キッ!と鋭くを睨み上げ。


「僕が消えなければ、ルヴァイドが深く傷ついた時・・また眠りに落ちるかもしれない」


少年の言葉には目を丸くさせて・・・・呆れたため息を吐いた。


「ルヴァイドはそう何回も逃げないわよ、今回は・・色々と状況が悪かったし」


“ね?”とあたしがルヴァイドを見上げると、ルヴァイドは頷いた。
顔色が悪いが、それでも瞳は真剣さが残っている。


「・・そうやって他人を恨んでばかりいないで、少しは何か別の事を考えなさいよ」

「・・別のことだと?」

「んー・・・何か欲しいモノとか」


少年の身体が、びくりと震えた。
それにとルヴァイドは不思議そうに顔を見合わせて、は少年の横顔を覗き込む。


「何かあるの?」


首を傾げて、少年を見た。
少年は多少躊躇ったようにを見上げて、次には俯いて小さな声で呟く。


「・・ぁ・・」

「ほら言っちゃいなよ・・あたしでよければ、力になるよ。
大したことは全然出来ないけど、ルヴァイドのためなら!ってね」


笑うの言葉に、半透明になってしまっている少年の拳が強く握られる。
強く、爪が食い込むほどまでに握り締める。


「・・・い」

「え?」



   望みを言うことに、何か躊躇いがあるように。



彼は、小さく。


小さく、呟く。






彼が、ずっと望んでいたモノ










「・・         幸せに・・なりたい・・」












呟いた瞬間、その思いが勢いを増して心から溢れた。
ずっとずっと溜め込んでいたものが、フタをしていた心からとめどなく流れ出ていく。



幸せになりたい

ほんの一時でも、いいから

幸せだと、思いたい、感じたいんだ



はそれを聞いて、ふっと笑みを零して少年を抱きしめた。
少年は突然の抱擁に身体を強張らせたが、すぐにの腕の中で落ち着く。


「・・幸せになりたいの?」

「・・なりたい・・ここで独りでいるのは嫌だ・・淋しくて、暗くて・・雪しかない」



寒くないのに寒いと感じる

この世界でいるのは寂しい



「・・ルヴァイドの幸せって何?」

「・・?」

「どんな事が幸せだと思う?」



この女は変だ、おかしい



散々死にかけたというのに、自分を許そうとして、さらには望みを尋ねてくる



    けれど、受け取りようによっては、それは”優しさ”になる



は消えて行く少年の身体を、さらに強く抱きしめた。
ルヴァイドも少年の肩に手を置いて、次には同じ髪色を持つ少年の頭を優しく撫でる。

そんな二人の行動に、少年は驚きながらもの腕に恐る恐ると言ったように手を伸ばし、
袖をぎゅっと掴んで、震えた声で言った。



「・・このままでいて欲しい」



ずっと抱きしめていて欲しい

自分が消えてしまう瞬間まででいいから

どうせ消えるなら

この温もりに包まれたまま消えたい



は頷いて、少年の身体を抱きしめ続けた。
ずっとこの世界で過ごしていた少年を愛しく思いながら。


「・・ルヴァイド」

「・・温かいな・・」


少年の目から涙が溢れる。


「・・抱きしめられるって・・安心する・・」

「たまには苦しいけどね?」


が自分の経験からそうぼやくと、少年ははにかむように笑った。
それはが始めてみる、年相応の、満ち足りた笑みだった。


「・・でも・・僕は“幸せ”だ・・」


そう言って笑って、彼は空の役割を担う空間を見上げた。
雪も悪くない、そう思えるようになって・・次にまたを見上げて。



「ありがとう」



少年はそう言って、消えた。
可愛らしく笑って、幸せそうに笑って。




の腕の中から、雪のように消えた。




・・しばらく、は動かなかった。
ルヴァイドが心配そうに後ろから彼女の横顔を覗き込もうとすれば、唇を噛み締めている。


、やめろ」


血が滲む唇が、酷く痛々しい。
それにルヴァイドが彼女の顔を自分へと向けさせれば、彼女は強く目を瞑って俯くだけだった。




「ルヴァイド、帰ろう」



「帰ろう、皆のところに」


とうとう泣き笑いに近い表情が、の顔に浮かんだ。
泣くことを堪える彼女の姿にルヴァイドはたまらなくなって、の背に腕を回し、
強く、もう離さないといわんばかりにきつく抱きしめた。



同情も、哀れみも、優しさも、全て紙一重



それは受け取りようによっては、嫌な意味にもとられるだろう





・・・・・・・だが自分にとって彼女は”誰よりも優しい”人だった





「ありがとう、

「・・っ・・」


が、しがみついてきた。
・・今日は彼女を泣かせてばかりで心苦しいが、けれど今は、これが最後だ。
この世界では、最後の涙だ。
現実に戻れば、はきっと、また泣いてしまうのだろう。



(・・愛している)



ルヴァイドは静かに、それを唱えた。
繰り返して、心の中だけで、何度も。
抱く力をこめながら、彼女に届くはずもない想いを幾度も、繰り返し。



、愛している)



好きという感情を越えた、想い。
を追い詰めた立場であるのに、それでも抱かずにはいられなかった。

零れる嗚咽に      ”幸せにしたい”というその想いだけが胸を占めていく。
・・そんな資格はないというのに。




(だが、それでも・・・いつかお前に、言わせてくれ)




それは祈りにも似た、ルヴァイドの隠された願いだった。












「では戻る」


レオルドはルヴァイド達にそう言って、泣きつかれて眠るを優しく横抱きにして歩き出した。
ゼルフィルドもルヴァイドを支えようとするが、ルヴァイドは“大丈夫だ”と言って、
次にはゼルフィルド達を見る。


「・・助けてくれたことに感謝する・・・だがお前達は、何者だ?」

「・・我は本来ならばを守る為にある。
だが今は貴方を守る為に、あの男は彼女を守る為にある」


ルヴァイドは紫色の瞳を持つ男の言葉に眉を潜める。
だが紫色の瞳の男は、ふっと瞳の色を和ませて言った。


「・・貴方に言われたあの言葉、我は忘れない」

「・・何・・?」

「イオスが貴方の目覚めを待っています」


何かを言おうと口を開くルヴァイドの姿が、次の瞬間には掻き消えた。
ゼルフィルドはそれを見送って、今度はレオルドに振り返る。
端整な顔の頬には・・かすかに、赤みがあった。


「見事に叩かれたな」

「構わない、あれは彼女を不快にさせた私が悪いのだから」


レオルドはそう言って、眠りに落ちているを見下ろした。
涙の残る目元をそっと拭って、起こさないように抱えなおす。


「・・私には、まだ人間の心を学ぶ必要があるらしい」

「そうか」


ゼルフィルドは暗闇に向かって歩き出す。
そして思い出したようにレオルドに向き直って、言った。


「お前にも礼を言う、我が将を無事に救えた」

「・・お前はこれからどうするのだ?」


淡々とした会話が流れていくが、しかし両者ともそれを気にすることなく、歩き続けた。
レオルドの問いにゼルフィルドは少し考えた素振りを見せて   答えた。


「またいつか、我が将に打ち明ける」

「・・そうか」


ゼルフィルドは少しばかり俯くレオルドに再び考えた素振りを見せて。


「お前がいつ打ち明けるかはお前の自由だ。
それがどんなに遅くとも、誰もお前を責める事はない」

「・・・」

「我らが何故人間の姿を保てるかは知らぬ。
・・だが我は、が真に我を必要とするその時まであの方に尽くす。
あの方に助けられた、解放されたその瞬間に我の生きる道はそうと決めたからだ」

「・・そうか」


レオルドがそう答えると、ゼルフィルドはそのまま闇に身を沈め、消えた。
残されたレオルドはを見下ろして。


「・・主殿」


顔を寄せて、額をあわせた。
こつんと音が聞こえて、それにが小さく声を零す。


「・・貴女を、お守りします・・」


至近距離でを見つめて、呟いて。



・・そうして彼もまた、を抱いたまま闇に身を沈めるのだった。








夢から覚めるために。

















NEXT






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*後書き*

第59話をお届けさせて頂きました。



数週間ぶりのサモ更新・・大変長らくお待たせしてしまいました・・。
アンケートでサモに投票をしてくださった方々、本当にありがとうございました!
ようやく助けてあげられたうえ、多分今までに一番長い59話でございます・・!!(ブルブル)
・・・長すぎて、そして展開についていけない方が続出しているかと・・濃くてすみません。(笑)
私も半分ついていけません、大丈夫か私。


ルヴァイドを救うというよりも、擬人化のレオルドとゼルフィルドが大活躍のようなモノでした。(オイ)
キュラーがあなたに目をつけました。奴はサドです。食らうとか言っちゃってますが大丈夫ですか秋乃さん。
ルヴァイドなんて告白の連続です、そうして人は恋に溺れていくんだわ・・!!←何

一応、機械兵士である彼らは人間にも機械兵士でもどっちにもなれるということです。
リィンバウムの世界でも人間になれますが、精神世界(?)では機械兵士にはなれません。

そういうことにしておいてやってください(汗)

濃すぎるよ自分・・!大丈夫なのこの連載・・・!

ようやく半分修正です。
残り半分・・・ですが後半になればなるほど、それほど修正する箇所も少なくなるのではないかなと
思うのですが・・・いや、設定変わってしまったらきっと大量に修正する箇所が・・ヒィィィィィ。(滝のような冷や汗)

では、次は後片付け!


ここまで読んでくださって、本当にどうもありがとうございました!


2002.4.28

2004.11.21修正完了