生きていれば誰でも



手放したくないと、欲しいと思うものが出来るはずだ







第55夜








漆黒の鬣(たてがみ)を持つ馬が、颯爽と、風を切るように草原を駆けていた。
その蹄が土を堀り上げ、草を踏みしめ、荒々しい足音を響かせながら、
月に照らされる世界の大地を真っ直ぐに真っ直ぐに突き抜けて行く。


馬の乗り手は、少年だった。


鮮やかな赤色の前髪を風になびかせながら、少年は馬を器用に操り、ひたすら前進していた。
彼の兄もまた前髪が青という毛色であるが、しかし性格とはまったくと言って良いほど正反対で、
義理妹(姉?)や血の繋がらない育て親は、“双子といえどこうまで性格が違うとわかりやすい”と
笑ったこともあった。


少年は・・リューグはただ前を見つめながら、昔の事を思い馳せる。



行商人であり、明るくも強かった父と、温和で優しい母。

平和過ぎて呆れが出るものの、温かな空気を持っていて森と共存している村。

・・・それらがなくなるのはいつも一瞬の出来事だった。

本当に、一瞬の出来事             



既に薄闇色に染まっている空を見上げると、空に浮かぶ小さな影から鳴き声が聞こえた。
上空高く飛んでいるため影こそは小さいが、近距離で見ればそれはとてつもなく巨体な生き物だと知っている。
その広い背には翼があり、それをはためかせながらその生き物はただ主に導かれるまま空を駆けていく。


リューグをこうして導いているのは、他ならぬあの召喚獣・レヴァティーン。


あれを辿ると、自分の居場所を壊した軍人の居場所がわかる。
自分が安心していられる場所を奪った軍人の居場所にたどり着くことができる。


それを考えたリューグは、イオスが置いて行っていた馬を拝借(?)して追跡をしていた。
(レヴァティーンで移動しているため馬は必要なくなったのだろう)
軍隊に訓練された馬だけあって、最初はなかなか懐かなかったが何とか服従させる事が出来た。
・・・馬が自分の気迫に負けてただ言うことを聞いている・・と言った方が正しいかもしれないが、
今の自分にはどうでも良い事だ。


距離はどんどん離されて、影もどんどん小さくなる。
所詮は空と大地の差だが、それでも苛立ちを覚えずにはいられなかった。
がむしゃらにその影を追ってきただけなので自分が何処にいるのかもわからない。
ファナンからは随分離れてしまっているのだろうか。
          誰にも言わず出て行ってしまったのだから、帰ったときは相当怒られるかもしれない。



・・・・・・・・・・・・帰れれば、の話であるが。



距離が開いて小さくなりつつある影を睨むように見上げていれば、憎しみが湧くのを自覚。
手綱や斧を握り締める力も、自然と強くなる。
だが憎む相手に出会っても自分は、自ら戦うことを申し出ないだろう。
あの黒い騎士に勝てないのは充分自覚しているし、まだ強くない自分がいることを理解している。
・・・・・・・それでも追いかけているのは、あの召喚獣の背には大事な仲間がいる。


傷つけてしまった、<大事な人>がいるのだ。


仇や復讐より、それだけがリューグを動かしていた。



(・・・・)


・・・・・・本当は、少し前から彼女の事に関して、薄々と勘付いていた。
彼女はデグレア軍に対して、自分達とは違う別の感情・・温かな感情を持っていると・・思っていた。
しかしそれを改めて、彼女の口からはっきりと言われてしまえば、怒りに我を忘れた。




”それともテメエは村の人間じゃねぇから、あの村の人間が死んでも何とも思わないのか?!!”




       感情のまま、言葉をぶつけた。
彼女のことを信頼していたし、友だとも思っていた。
・・・・裏切られたとも思った。


けれど。



”思わないことないよ・・そんなの・・忘れられないよ・・”



        忘れられない、と。
泣き笑いの表情でが呟いた瞬間、冷水をかけられたかのように頭が冷えた。
そして彼女が「いってきます」と告げて背を向ければ、酷く傷ついた自分もいた。



彼女を傷つけたであろう自分が、傷ついているのを理解した。



自分は傷つけたはずなのに、彼女は自分を責めなかった。
ただ「どちらも大事」と主張する、贅沢で我が侭な彼女の言葉が痛かった。
後悔もした、すぐに謝りたかった。
自分にも感情があるように、にも感情があって。
それは必ずしも重なるばかりではないものだと、思い返して。

・・・・・謝りたくて、腕を掴んだ。



しかし謝ろうとした瞬間。



        言葉に、不安になって、詰まってしまった。



少しでも天秤が彼らへと傾けば、”はすぐにでも自分達の元から離れて行くのではないか”と



・・・・・・リューグの手からの腕から離させた、イオスの顔が脳裏に浮かぶ。




”離せ”




整った顔立ちの、軍人。
その赤い瞳には、”傷つけたお前には返してやらない”と言っているようだった。
・・・・告げていたのかもしれない。



「・・ッ!あの馬鹿・・本気で、簡単に帰れると思ってんのかよ・・!」




       「いってきます」と言ったって

帰れなくなる時がある

待っていたって、二度と会えなくなる・・・そんな時がある



そんな悲しい


時がある


そんな時を、知っている





失うのも消えるのも、いつも一瞬の出来事なのだから                





思考を無理矢理打ち切った。
手綱を巧みに操りながら草を散らし、鎮座している岩を避け、リューグはただひたすら馬を走らせた。


今は、黒騎士のことはどうだっていい。
イオスのことも、彼らデグレア軍のことも、どうだっていい。
敵を殺せなくてもいい、だが・・・・・・は確実に帰してもらう。




居場所の一つを、返してもらう



怒られて、疑われて、傷付けられたには迷惑かもしれないが



それでも、帰ってきてほしいと望むのだ




“側にいて欲しい”

それを望むのは、相手の気持ちも考えぬ、己の気持ちの押し付けだ


だが人が、幸せを望んで何が悪い


安心感を、居場所を求めて何が悪い


・・・・人は居場所があるから

迫害されない居場所があるから、自分を保てるのだ

・・・いくつも湧き出ては降りかかる、憎しみにも、悲しさにも、寂しさにも

耐えうる事が出来るのだ




居場所を見付けるのは

酷く困難で、勇気が必要な事であるけれど





”リューグ”





・・・・それが居心地の良いものだと知ってしまったから



失わないように足掻いて、さらに求めてしまうのだ                      ・・・。



























雪に覆われた、暗い世界だ



気がつけばぼんやりと突っ立て、虚空を見上げていた。
足元には雪が積もって(けれどもやっぱり雪の感触はない)、風の吹く音も聴こえない。



あたしの身体の周りを、暗い空間が包み込む

それは“眠り”に落ちているとか、そんなんじゃなくて

もっと別の何かを思わせる空間

でもあたしは首を捻っても、わからなかったが



「・・ここはどこよ?」


“また変な所に迷い込んだかなー?”と思いつつあたしは適当に暗闇の中を歩く。
音も風も何もない、視界に映るのは一面の白銀世界だけ。
それは普通ならばどこか恐怖に似た感情を覚えるのだろうけれど、不思議と怖くはなかった。


「・・誰か、いない?」


自分の声が、酷くか細く聴こえた。
けれど暗闇も雪も何も答えることもなく、あたしはやっぱり首を捻る。


「うーん、またルヴァイドの過去か何かかなぁ?」


どうしてそんなものが見えてしまうのかわからないけれど、最近頻繁に多いような気がする。
この世界よりも自分の身のほうが怖くなってあたしは少しばかり足を早めたけれど、景色は
一行に変わることなく、あたしはため息を吐いて立ち止まった。


「なんなの?ここ・・」


呟けば、ゆらりと何かが現れた。
泉の前に座り込んでいる、大柄の男。
紅紫色の長い髪がとても印象的で、あたしは自然と嬉しくなってぱっと顔を綻ばせた。


「ルヴァイド!」


肩に触れようと手を伸ばす。
けれど触れたと持った瞬間にそれはふわりと掻き消えて、あたしはそのままズサァッ!と顔面スライディング。
痛みはないけど、屈辱的なポーズには”オオオオオイ!ちょっとどういう事だコラァァァァ!!!”と逆ギレて
しまいそう・・っていうか、キレていい?(乙女として許せないー!)


「もー!ルヴァイド!何で消えるのよあんたはー!!」


女としてどうかと思われるポーズでぐったりしているあたしの背後に、再び気配。
それに慌てて起き上がれば、またもや紅紫色の髪を持った         


「あれ?子ルヴァイドじゃん」


小さな、少年。
あたしよりもずっとずっと背が低い、丸みのあるお顔。
・・っていうか、これがあの美形に育ったかと思うと思わずヨダレ出そうだ・・!(出すな)


(・・ッハ!でも待て待てあたし。また触ったら消えるとかいうオチじゃないでしょうね!
触らずにどうやって彼を捕獲、もとい愛でることが出来るか考えなくちゃ・・ああッ!
あたしの脳内に住む妄想神様!どうか知恵を!!どちらにしても間違ってるぞアンタ))


悶々と横道逸れていくあたしに、少年が一歩近づいた。
それに驚いて彼を見上げれば・・・・・・なんとも、悲しそうな目をしている。


「・・・?」


彼は拳を作り、あたしの目の前に突き出して、開く。
そうすればふわりと、弱々しい光があたしへと近づいて、ふらふらと漂い始めた。


「何これ?」


あたしの手の平に、それがふわりと舞い降りた。
途端に弱々しい温かさに包まれて、優しい人の気配を感じて、あたしは光を覗き込んで、問う。


「・・ルヴァイド?」


小さな、今にも消えそうな光。
よくよく考えれば、それは以前のネスの中に入ったと思われる空間で見たのと、まったく同じだ。
それは本当に小さくて、人の形をしていない明らかに人間外なモノだけれど。
それでもあたしにはルヴァイドだと理解できた。


「・・ルヴァイド・・イオスから聞いたよ」



あたしを助けてくれたせいで、たくさんの人が死んでしまった

そのことで苦しんでる、ルヴァイドの事

全部、全部聞いたよ



「・・ごめんね、ルヴァイド・・」



それしか思い付かない

そんな陳腐な言葉じゃ、彼の気持ちを緩める事すら出来ないけど



「・・ごめんなさい・・」



今、行くから

そっちに行くからね

だからもう少し、頑張って



そっと。
祈るように呟けば。


光が、ぱ、っと消えてしまった。


ギャアーー!!!る、ルヴァイドが消えたーーーーーーーーー!!!!
ちょ!どうしよ!え?!なんか余計なことしたっけ?!うあうあうあうあうあうあうあうあ!
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!ど、どうしようーーーーーーーー!!!!!!
い、いや落ち着けあたし!考えろ考えろ、取り合えず今あたしが知るべきことは・・」


あたしはばっと顔を上げて、少年を見た。
少年は静かにあたしを見下ろしていたけれど、頷いて。


「ルヴァイドは、消えてないよ」

ヨォシ!!ならオッケー!・・・・で、あなたは?」


少年が、酷く悲しそうに表情を浮かべた。
それにあたしは目を丸くして、少年の視線に合わせるように腰をかがめて、彼の顔を覗き込む。


「どうしたの?」

「・・・・気をつけて」

「?」


言葉に、首をかしげた。
気をつけてって・・何?変態か?(それならいつも警戒モードですけど)


「あいつは、に敵意を持ってる・・君の言葉を全部否定する。
ルヴァイドにとって大きな存在になったキミの存在を・・きっと全部否定する」

「あいつ?誰それ?」

「でも、ルヴァイドを諦めないであげてほしい。彼はさ迷ってて・・ルヴァイドからは君が見えないけど、
でも確かに君の声は聞こえてるから・・・声を聞かせて探させて・・」

「こえ?」


あたしはまたもや首を傾げて質問しようとすると、遠くから、ハヤトの声が耳に届いた。
あたしを呼んでる。


「・・行って、

「でも」

「いつも、本当にありがとう。これはルヴァイドが本当に想っている言葉だ。
・・・君に救われて、幸せだと感じている」

「何いってんのよ!あたし達、友達だもの」



そりゃ、色々と複雑な気持ちも、複雑なところもあるけどさ



苦笑するようにそういえば、少年は笑った。
・・・・・・・儚げスマイル・・!!イイ・・・!!今までにない笑顔だわ・・!!(悦)

あたしが”落ち着けあたし!耐えろあたし!こんなところでトリップしちゃイカン!”と必死に
理性を保っていれば、少年は目を伏せた。


「・・きっとルヴァイドと僕はこれからも、君に何度もありがとうと言って生きていくんだね」

「おっと!言っとくけどその分あたしも、ありがとうって言うわよ」

「うん・・いい、言葉だね」



彼は、微笑んだ


優しいその笑みは、大人のルヴァイドと酷く重なってみえて



あたしは思わず、拳を握って突き出した。


「迎えに行くから待ってなさいよ!」


彼はその言葉にきょとんとして、やっぱり微笑んで、そのまま雪のように消えた。
それをぼんやりと見守っていれば、あたしの意識もハヤトの声に導かれるように消えていった。
















     。・・          !」

「ん・・?」


目の前に、綺麗な金髪が映った。
あと、すごく優しい瞳、端整なお顔。
それがこのうえなく甘く、にこりと優しい笑みを零す。


・・早く起きるんだ、・・じゃないと僕が攫うぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(覚醒)ぎゃーーーーーーーーーーーーー!!!


あたしは目を覚ましてがばぁっ!とはね起き、迫り態勢のイオスから逃げようとレヴァティーンの背を這った。
けれども後ろから腰を掴まれて動けなくなる。
ひぃぃぃぃ!捕まったぁーーーー!!!!


「いや、、落ち着いて・・冗談だから」

「タチの悪い冗談はやめて!目覚め(寧ろ心臓)に悪い!!

「じゃあ本気だ(真顔)」

「ああ嘘っ!!冗談で全然結構ですからいやーーーーーーーーーー!!!!


完璧に、嫌(?)な目覚めとなってしまった。
慌てるあたしにイオスは堪えきれないといったように噴出して、あたしから離れて腰をやや曲げ、
くっくっくと小さく笑ってレヴァティーンの背を軽く叩いて笑った。
こ、この男は・・・・・!!!(詐欺ー!!)


「じょ、冗談だよ・・っはぁ、なにもそこまで嫌がらなくてもいいだろう」

「あんたにそういうキャラは似合わないのよ・・いやもう本当勘弁して・・・(げっそり)」


頬が真っ赤になっていることを自覚しながら、あたしはため息を吐いた。
しかし次の瞬間にはイオスの身体が横に吹っ飛んでいくのを、視界の隅で目撃。

・・・・・・・・はい?


「いつまでイチャついてやがる、手前ーら。さっさと降りろ」


あたしの隣から声がして、顔を上げるとバノッサが不機嫌そうな顔であたしの隣に立っていた。
どうやら彼がイオスを蹴っ飛ばしたらしい。



チャレンジャーだ、バノッサ(ある意味尊敬)



蹴り飛ばされたイオスはコレ以上ない殺気で槍を構え、バノッサに凄まじい敵意を向ける。
どうやら嫌いレベルも最高潮らしい。マックス、多分これ以上上がらない。(怖いわー!)


「貴様・・」

「手前が急いでたからここまで送ってやったんだろーが、さっさと降りろ。邪魔なんだよ」

、こっちこっち。今の内に降りて」


レヴァティーンの背中で流血ファイトしそうな二人を放置して、ハヤトの助けにあたしはさっさと下に降りた。
トンっと地面に足をつけて何気なく空を見上げると、雲が風に流れて、月が白く世界を照らす。
それは普通の世界で、普通の情景なのに        何だか、嫌な空気を感じた。


酷く重く、酷く粘り気のあるような。

そんな・・空気。


「ご主人様・・何だか、妙な気配がします・・」

「コノ辺リノ温度モ通常ヨリ少シ下ガッテイマス」



どっかの幽霊現象か、護衛獣達よ(ツッコミ)



イオスはレシィ達の発言を聞いて我に返り、バノッサを一睨みして、さっさとレヴァティーンの背から降りた。
それにバノッサも後に降りて、レヴァティーンを送還して辺りを見回した。
・・・重々しい空気に、嫌悪感すら感じているのか、不機嫌そうな色が増す。


「何だぁ、ここは」

「イオスの話だと、ここがデグレア軍がいる駐屯地だって」

「んなこと聞いてねぇよ・・・・嫌な空気してやがるな」


確かに、とあたしはイオスを見た。
彼は顔色をどことなく青ざめて、地面を見つめている。
・・ルヴァイドに何かあったのではないかと、不安が押し寄せてきたのだろうか?


「イオス、早く行こう」


あたしはぎゅっと、イオスの手を握ってそういった。
そうすれば彼はのろのろと顔を上げてあたしを見て、ほっとしたように表情を緩ませて、
頷いて”こっちだ”と、あたしの手を引いて歩き始めた。

草を掻き分け、更に奥へ行くよう進む。
ハヤト達も後に続いて走ってきて、あたしはイオスに引っ張られながら続いた。


視界が開けたと思ったら、そこはもうデグレア軍の駐屯地で。
・・・何となく懐かしさを感じるのはおかしいかな?


「イオス?」

「・・ここで待っていてくれ、他の兵に気付かれると色々と面倒だ」


イオスは呆気に取られているあたしの耳元に寄せた。
それからぽつりと呟いて、頬に唇で触れて身を翻す。


”さっきはありがとう”


さっさとテントに入っていくその後姿をあたしはしばらく呆然と見送っていたが、
次には空を見上げて、呟いた。


「あのキス魔ー・・・」


隣りでその呟きを聞いたハヤトが“え?!(汗)”と言ったような表情であたしを見たことは。
遠い世界に旅立ってしまっていたあたしは気付かなかった・・。





























「ルヴァイド様!戻りました!」


イオスはテントを捲り上げて中に踏み込むが、ルヴァイドとゼルフィルドがいるであろう場所に
彼らはおらず、辺りを見回しても兵士しかいなくて眉を潜めた。
先ほどの嫌な空気といい、何かあったのではないかという不安がさらに募る。


「ルヴァイド様とゼルフィルドはどうした」


その立派な指揮官ぶりに兵は生真面目に返事をすると、イオスに状況を報告する。
(まさかこの兵士は、彼がキス魔と呼ばれているなどとは露ほどにも思っていないだろう)
イオスは状況を聞いて更に眉をしかめた。


「倒られただと・・?」

「はい、ゼルフィルド様がルヴァイド様をテントにお連れしたきり1度も出てきません。
ただゼルフィルド様がテントに入る前に、イオス隊長が戻ってきたらルヴァイド様のテントに
お連れするようにと・・隊長、ルヴァイド様はどうなされたのですか?」


少しばかり、不安げな問いかけだった。
だがそれを払拭するかのようにイオスは兵の目を見つめ、答えを返す。


「日頃から休まず色々な任務を受けている方だ、心労と過労で倒れても不思議ではない。
・・あの方は強くとも人間なのだからな」


イオスはそれだけを兵士に言うと、さっさとテントを出てを迎えに向かった。
だが途中でピタリと立ち止まり、まだ陽が明けぬ空を見上げた。
随分と深い色の夜だと、思わずにはいられない。


「・・そう・・あの人だからこそ・・」



人の命の尊さを

どうにもならない絶望感を

一族の責任を

たった独りで背負って生きて来たのだから



「・・・」


イオスの中に、言葉がふわりと甦る。
復讐の気持ちから、一気に尊敬の気持ちに変えてしまった。
イオスが初めて他人の言葉に打たれた、あの言葉。



“お前は人間であって、道具ではない”



人によっては“当然の言葉だろう”と笑うかもしれないし、誰もが言える事だ。
だがあの言葉は、何年経った今でも自分の中に残っている。
彼の凛々しい立ち姿も、彼の真っ直ぐな瞳の色も、・・どこか寂しさを称えた存在感も。



人を人として見ることの大切さ

心を持っているという存在の認識



・・戦いに駆り出されるただの駒ではなくて、“一人の人間”として見てくれたルヴァイド。
彼を殺すのは自分だと決めているが、だがそれよりももっと彼に生きてもらいたい。

彼が自分を生かしたように、自分も彼も生かしたい。

そこまで思ってイオスはふっと考えた。



僕らはこれから先

どれだけのことを経験するだろう



歩きながら、そんな事を考える。
今まで色々経験して来たつもりだが、それでも知らないことはまだまだあった。
たくさんの何かを見付けた・・・この世界にはまだ、知らぬことが溢れている。



きっとたくさん悲しむだろう

きっとたくさん喜ぶだろう

きっとたくさん苦しむだろう


この先に待っているのは

覗くことができない、不透明な未来



進む足が、重くなる。
達がいる場所ももう少しなのに、何故かこの先が怖い。



何も見えなくて

足が竦む

前々から募っていた不安が、とうとう表にまで顔を出してしまった



”デグレア”



(・・あの国は、やはり、おかしい)


ファナンを見て、なおそう思った。
あの町の住人は、どこかおかしい            


そこまで考えてイオスは、ふっと顔を上げた。
草陰から顔を覗かせたが、イオスに手を振っている。
唇の動きを読めば、”何止まってんのよあんたー!急いでるんでしょー!”ということが読めるが、
あんまりにも彼女らしい発言に、思わず笑みを零した。



それでも


進みたいと思う



歩調が、軽くなった。
心の中も軽くなる。
重々しくて、嫌な気分が渦巻いていた気持ちが。
心を覆っていたモノが、晴れて行く。



         見てみたいと願う。



イオスは辺りに注意しながら、の所まで辿り付いた。
はのん気に“おかえりー”と笑いながら出迎えて、そんなに抑えきれない愛しさが込み上げて、
ぎゅうと、しがみつくように華奢で柔らかな身体を抱きしめた。



温かさが、この妙な空気に冷えた自分の身体に染みていく。



側にいたレシィは“あわわ”と顔を真っ赤にさせて、抱き付かれた当の本人は“ぎゃー!”と悲鳴を上げて、
イオスの髪を引っ張った。
それでもイオスはを離せなかった。


今だけは、手放したくなかった。




進みたいと



見てみたいと、願うのは




そう思えるのはきっと





そこに、君がいるから                 




























あたしはイオスを何とか剥がして(シール扱いかよ)、こそこそとイオスの後に続いた。
どうやらゼルフィルドはルヴァイドのテントにいるらしいけど、そこからの距離は結構
あるらしい。(バレたらどうするんだろう・・(汗))


「あそこだ」


イオスが指差したテントをあたしの視界に捕らえた途端、急に悪寒が背筋にぞくりと走った。
同時にあたしが来たことを誰かに伝えるかのように、唐突に風が吹き荒れる。
・・・・・微かに、血の匂いがする、風。


「・・なっ?!」


風がデグレア軍のテントをばさばさと激しく揺らす。
風が草原を引き裂くように吹き荒れて、あまりの強さに小柄なレシィはどこかに飛んで行きそうになるが、
バノッサに首根っこを掴まれてどうにか難を逃れた。(レシィ、セーフ!!)
あたしも後ろに大きく倒れそうになったけれど、レオルドがしっかりと支えてくれて、
あたしは彼の腕にしがみついた。


!無事か?!」

「あたしは平気・・レオルド、ありがとうね」

「アルジ殿、ココカラ先ハ危険デス」


あたしは首を傾げて、レオルドの横顔を見上げる。
彼は何かチカチカとさせながら光を放って、いつもと変わらぬ淡々とした口調で告げた。


「アノ敵将ノ氣ガ入リ乱レ、ココラ一帯ガ不安定ナモノニナッテイマス。
近ヅクト彼ノ世界ニ飲ミ込マレルデショウ」


バノッサはピクリと眉を引きつらせる。
だけどそれは誰も気付かないまま終って、あたしはレオルドの言った意味をあまりわかっていなかったけれど、
けれど確かにそう言っているであろうことを、問いかけた。


「それじゃ、この先に行くなって言ってるの?」

「本質的ニハソウデス」


あたしはふっと俯いて、ルヴァイドのテントに目を向ける。
彼があの中で苦しんでいると考えると胸が痛む。
イオスも悔しそうに唇を噛んで、テントを睨んでいた。


「何者カガ術デ彼ヲ殺ソウトシテイル可能性ガ大キイノデス、アルジ殿」

「・・だから、何?」

「・・・」

「あたしは、行くわよ」



ここで諦めちゃいけない


ルヴァイドをちゃんとどうにかしたいなら、イオスが諦めてもあたしが諦めちゃいけないのだ



どうにかしなくては、リューグを傷つけてしまったあたしの全てが、無駄になる




それだけは絶対、許せない




イオスは驚いて、一歩前に出るあたしを見た。
バノッサもハヤトも、同じような表情を見せていた。
多分、命知らず、危険を考えていないやつだと思われているんだろうと思うけれど、
残念ながらやはり、あたしにも愛と勇気と根性が備わっているのだ。(か細いけど!<だめじゃん)


「折角ここまで来ておいて、今更帰れは絶対嫌。どうせ帰るならすっきりして帰りたいわよ。
それに危なかったら危なかったで何とかするし・・・あたしには強い護衛獣がいるし?」



彼の友達で在りたいなら



あたしが、動いて近づかなければだめなんだ



ニマリと笑うあたしが笑うって進むと、レオルドはあたしを止めることなくガショガションとあたしに続いた。
レシィも慌ててあたし達の後に続いて、イオスも何の迷いもなくレシィに続く。
・・・・・・ハヤトはそんなあたしに苦笑しながらバノッサを見た。


「それじゃバノッサ、俺達も行く?」

「・・あの女、馬鹿じゃねぇの?わざわざ自分の命をさらしてまで助けに行くか?普通」


ハヤトは“うーん”と考え込んで、次にはバノッサに笑って言った。


「・・彼女の中だと、そう言うことが“当たり前”なんじゃないか?」

「助ける事が当たり前だぁ?ッハ!反吐が出る」


バノッサからそういうセリフを聞くと、彼も彼なりに傷ついた事を思い出される。
・・その中にある傷は、そう簡単には癒されるモノではないけれど。


「でもバノッサ、大事な人ならどう思う?
・・カノンがキミを助けたあの時みたいに・・命なんて二の次に考えてしまう時もあるよ。
・・キミは知ってるだろ?」

「・・・・」

「ナツミやアヤなんか泣きながら怒ってたの、お前覚えてるか?
生き返ったばかりのお前は呆然としてて覚えてないかもしれないけど・・
あの時の俺達も大変だったんだぞ?」



自分も泣きたくなっていた

何回も戦って喧嘩しても

それでもバノッサとカノンを好きになってしまっていたのだろう

だから緑溢れる森で二人を見付けた時

本当に嬉しかったんだ



「・・それに、俺はお前の探してる子に会ってお礼もいいたい。
だけどトリス達の誰かがそれを知っているかもしれない・・バノッサ、
ここで恩を売っていても損はないと思うけど?」


バノッサは思いっきり不機嫌そうな表情を見せると、フンっと鼻を鳴らしてハヤトの先を歩く。
ハヤトも苦笑しながらそちらに続き、血の匂いが混じるその空気を身体に吸い込んだ。



自分が血の匂いを嗅ぐなんて

思いもしなかったけれど

それでも元の世界より

ずっと“生きている”と言うことを実感できる

だから今は

この世界が愛しいよ



ハヤトはふっと、少女を思い出す。
彼女の後姿は華奢で、儚く見えて。
それでもどこか強い人だと想わせる。

そんな、人


胸が、熱くなった。
それをこっそりと抑えて目を伏せれば、言葉が浮かぶ。
サプレスのエルゴが、ハヤトの中に言葉を伝えたのだ。


彼女の、言葉を。



“・・間違いが多くて、それを繰り返してばかりだけど”



(そうだな)



間違って、偽って、そうして世界は出来ているけれど



“・・この世界、あたしは好きだなぁ”



(うん、俺もだよ)




世界が、愛おしいよ




ハヤトは風に負けぬよう足を踏ん張り、ルヴァイドのテントに向かって行く。
近づくにつれてそれは勢いを増すけれど(これは結界のようなものなのだろうか?)、
それでも風に負けぬまま必死に進むの後姿を見て、目を細めた。






君が誰でも、俺はきっと君と友達になりたいと思うだろう







血の匂いの混ざる風は、まだ吹き続けていた                ・・。















NEXT





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後書き



第55話をお届けさせて頂きました。


お、遅くなってすみませ・・!(土下座)
前回から20日はかかってま す ね !いえ、修正ばっかりでもアレかなと思いまして・・・ごにょごにょ。
・・・・・・素直に頑張らせて頂きます、すみませんすみません!(ぺこぺこ)

エクスとメイメイさん出てたのに、ざっくりカットしました。
またそのうち出す予定ですが・・余計な設定があったら皆さん混乱しちゃうかなと思いまして。
取り合えず、苦悩しているルヴァイドをまるでお姫様のごとく助けに行こうシリーズ(えぇ?!)を
少しでも楽しんでいただけるよう頑張ります。
・・子ルヴァイド達につきましては、もう少々お待ちくださいね。後々に彼らについてちゃんと明かしますので。
・・・しかしとうとうポルターガイスト(風が吹き荒れてるシーン)現象まで起こるとは・・(違う!)
そのことについても、また改めて・・・!!(汗)

リューグもデグレア駐屯地に向かってます・・。
一人で行ってボコボコにされるだろうに・・そのレベルじゃ。(鬼)
でも、彼も彼なりにヒロインに対してちゃんと考えてはいたけれど、感情のほうが強かった、ということで
お願いします。

では最後に・・今日お借りした詩の紹介ですvv
イオスの独白は李麻さんからですvv素敵な詩を貸して下さってありがとうございました!!(><)
タイトルは『未来』です。


ぼくらはこれから先
どれだけのことを経験するだろう

きっとたくさん悲しむだろう
きっとたくさん喜ぶだろう
きっとたくさん苦しむだろう

この先に待っているのは
不透明な未来

何も見えなくて
足がすくむ

それでも

進みたいと思う
見てみたいと願う

そう思えるのはきっと
そこに君がいるから



それではここまで読んで下さってありがとうございました!!



2002.4.9

2004.10.3加筆修正