貴方の心の中にいる人は誰ですか?








第36夜









今宵も、月が世を照らしていた。
それは眩しく、大きな光の塊。
それはこの世界ではもはや当たり前のモノ。



あたしはそんな満月が浮かび上がる空の下、ファナンの街中を駆けていた。

まだ夜になったばかりで、賑わう人々が夕食にでもという時刻。
そんな中を走るというのは少々、困難なことだと理解して、頭が痛くなってしまった。
ファナンは盛んな貿易港で、もちろんその魚介類を目的に食事をする観光客、そして
地元住人がわらわらと道に溢れかえっていたのだ。
・・・・一瞬、通行人を薙ぎ倒して進もうかと思ったのは、あたしだけの秘密で。


(すっごい人ごみ・・も、もうここまで来ると寧ろ・・・・・・・・・・・・邪魔?


叫びたい衝動を抑えつつ、あたしはぶつかって波に飲み込まれかけるをどうにか耐えて走り続けた。
”それでも人にぶつかっても進んで行くあたしの姿は健気ね!”と自分を励ましながらだ。
じゃなきゃ、走っていられない。(ヤサグレかけ)


「・・・・ネスが元気になったら、思いっきりケーキ奢らせてヤケ食いしてやる・・!」



全部ネスの奢りじゃー!



”頑張るわよレイシィ!目の前にはケーキ食い放題の幸福な日々が待ってるわ!”と叫ぶあたしに
レシィは乾いた笑いを浮かべつつ、先を急ぐようあたしを促して。
あたしもそれに続こうかと思い、足を一歩踏み出して。


(ん?)

「ご主人様?」


レシィが少し向こうで呼んでいる。
けれどあたしは、立ち止まって後ろを振りかえる。
そんな時間はないというのに、わざわざ立ち止まって、振り向いてしまった。


明るい通りに、あたしはいる。
けれどあたしが振り返った先は、明かりのない、暗く、先の見えない道の続く裏通り。


(・・あれ?なんか、今・・)


あたしは何だか気になった。
確かに、視線を感じたようだっったのだけれど・・・。


「・・今、あそこに誰か、いなかった?」

「え?・・・・・・・見ての通りに誰もいませんけど?」

「生命体反応モアリマセン」


護衛獣達に答えにあたしは軽く首を捻った。
確かに見られているような感覚に覆われたような気がするが、気のせいだったのか?
それにレオルドが生命体反応もないと言っていたし・・。

もう1度、道を見る。
もちろん、誰もいなかった。
在るのはただ、暗く、先の見えない裏の道。


まるであたしが、今歩いている・・・先の事がわからない、道のような。


「・・疲れてるのかな?ごめん、行こう」


あたし達は再び、モーリン道場を目指して走り出した。
しばらく走り続けて、ようやく道場の屋根が遠くに、小さく見えるまでに近づけた。



ってか、何で街入り口から遠い隅っこまでの所に道場立てたのさ!モーリン父!!






そんなツッコミ(?)を口には出さず、心にしまい込みながら。















達が去ってしばらく。

静かなる、ざわめきも届かないような、深い闇の満ちた裏通り。
そこから一人の女の影が浮かび上がるように現れた。

衣服はシルターンの世界の出身を表すかのようなものだった。
大胆にも胸元が露になった衣服、特徴的な靴。
髪は二つに結わえ上げ、両脇に垂らしている。
頭部の艶やかな髪の間から覗くのは・・なんと、角だ。

両脇に垂らされた、長い茶色の髪が夜風になびく。
人間ではないことを示すがごとく、長い耳をピクンと動かし。
頬はほのかに淡く色づいて、その瞳もうっとりとしているかのように、トロンとしている。

ふと、女は笑った。
何とも、嬉しそうな笑顔だ。


「見ぃーつけた♪」


片手に持つ酒瓶を大切そうに撫でて。
女はうっとりしたような瞳のまま、達が去った方向を、何時までも愛おしそうに見つめて。

しばらくして、闇の奥へと振り返り、軽い足取りで闇が溢れる道を進む。
一歩、一歩、進むにつれて、女の周りで、闇がさらに深くなる。

闇にとけ込む寸前で立ち止まり、達がいた光溢れる道をもう1度見つめた。


「頑張ってね」


それだけポツリと呟いて。
女は完全に暗闇にとけ込んで             姿を消したのだった。

















「・・う・・クッ・・!」


ネスティは小さくうめきながらベッドの中で胸を抑えた。
身体中の血液が沸騰するかのような、異常な熱さ。
酷く痛み出す、体の節々。
眩暈、頭痛と最悪の体調。

訴える体の異常に、己の身体の限界も知る。

薬を全て使い切って、それでも夜な夜な全ての痛みに耐え続けて、今この時間を
含めば約1週間くらい経つが、よくもったものだと自嘲する。


「ネス、しっかりしてくれよ!」

「死んじゃやだよぉ・・!」


すぐ側で、泣きそうな表情を惜しげなく見せるトリス達の頭をネスティは微笑みながら撫でた。



今は怖くない

独りじゃないから



「大丈夫だよ、キミ達が一人前になるまで・・僕はしつこく、生きるつもりだからな・・」

「そうだよ!俺達にはネスが必要なんだよ!!お願いだから・・置いていかないでくれよ・・」


マグナの頬に涙が伝う。
それを見たトリスにも、とうとう大きな瞳から涙が溢れ出て来た。




ああ



この二人が揃って泣き出すのを見るのは、久しぶりだ




「ネスは・・ネスはあたしのもう一人のお兄ちゃんなんだよ・・!死んじゃやだよ!!」


ネスティの身体に抱き付いて、トリス声を抑えずに泣いた。
マグナもぎゅっとネスティの手を握って肩を震わせる。

その光景をぼんやりと見つめながら、ネスティは僅かな笑みを浮かべつつぼやいた。


「・・まったく・・は何をやっているんだろうな・・帰ってきたら、説教・・だ・・な・・」



説教を始めると、彼女はきっと怒るだろう

怒って、拗ねて

でも

後からまた笑いかけて来てくれて

一緒に他愛もない話しをしてくれるだろう


もしかしたら、薬を手に入れる経緯を話してくれるかもしれない


義父さんは元気だったとか

景色が綺麗だったとか

そんな他愛もない会話



                なんて、愛おしいんだろう






薄れ行く意識の中、ネスティはやトリス、マグナやラウルの笑顔を思い浮かべた。
一番好きな人達。
憎い人間達の中で、自分に生きる心を与えてくれた人たち。


浮かぶその中で、最後はが残った。














最後に、キミにも側に居て欲しかったな







                 ネス?」


マグナが、震えた声で呼ぶ。
だがネスティの耳には届かなかったように、何の返事も返ってこない。
あれだけ苦しんでいた様子も、苦痛に歪んだ表情も、全て消えている。

ただ静かに目を閉じて穏やかな表情で。

死んだように眠っている。



死んだように



ぐらりと、トリスが一歩後退した。
何も反応を返さなくなったネスティの身体から離れて、信じられないように首を振る。
傍にあった椅子の背に手をついているのは、座り込んでしまいそうになるからだ。

マグナは視界が、世界が真っ暗なモノに覆われた気がした。
眩暈が、頭痛が、何かがこみ上げてくる。
今、気を抜けば・・倒れてしまいそうだ。


「う、そ・・・だろ・・?」


トリスはぎゅっとマグナの腰にしがみついて、眠りについたネスティを見つめた。
マグナは震える手で彼の腕を掴んで、起きてくれるのを期待するかのように揺さぶる。


「なぁ・・ネス・・起きろよ・・何寝てるんだよっ」

「・・お兄ちゃん・・・っ・・」

「なぁ・・俺・・昼間のレポートまだ終ってないんだよ・・ネスが採点してくれなきゃ・・・
明日の朝食食べられないんだよ・・ネス・・起きて             


けれども、ネスティはピクリとも動かなかった。
怒ることも、はにかむように笑うことも、不機嫌そうに、ツンとそっぽ向くことも。


何も反応がない。


それが一体、何を意味するのか            


「起き・・て・・っ・・!ネス・・起きてくれよぉ!!」


限界だ。
全部、全部壊れていく気がする。
何もかもが、自分の中の何もかもが。



この兄弟子の存在は、自分達にとってどれだけ大きかったか


改めて思い知らされる



「あ、ああぁ・・・!」


声を出しながら頭を抱えて、自分の髪をくしゃりと触れる。
トリスが自分の腰にしがみついているのけれど、まるで何も感じ取れないかのように
全ての感覚が麻痺をしてしまっている。


マグナの叫びが、部屋に満ちかけようとした瞬間。


ドサッ!


後ろから、何かが落ちる音がした。
その音で現実へと無理矢理引き戻され、マグナは震えながら振り返ると。


今まで出かけていたが、そこにいた。


せっかくの服が、泥で汚れてしまっている。
頬も、額にも汗が伝っているのが見えるほど、汗だくになって、土で汚れて。
疲労の表情が、彼女の顔に浮かんでいる・・そんな姿で呆然と部屋を見つめている、

彼女の足元には、大量の薬がバラけていた。
は、静かに声を零す。


                うそ」

「・・っさぁん!!」


トリスがの腰に抱き付いて、泣き声を留めないまま嗚咽を零し始めた。
マグナもふらふらとした足取りで彼女に近づいて、柔らかな髪に触れて、次にはその華奢な身体の肩に、
とん、と額を乗せて、彼女の手を握り締めた。

悲しくて、悲しくてどうしようもなくて、怯える子供が母親にすがるように。


はそんな二人の声を聞きながら、暗い部屋で眠りについているネスティの姿を見つめ。




凍ったようにその場に立ち尽くした。


















             時刻は少し前に遡る。
月を見上げつつも、ハヤトは夜にも関わらず、とても明るい道を歩いていた。
そんな彼が今いる場所は、賑やかさはゼラムにも劣らないと言われる、サイジェンドの<繁華街>。


「結局、カシスとナツミ、アヤとクラレットは留守番かぁ・・・」

「ああ、アネゴ達は行かないって・・それよりアニキ!何しに北スラムに行くんだ?喧嘩か?!」


ハヤトの隣で、意気揚々と、そして目をキラキラと輝かせながら少年が嬉しそうに言った。
そんな彼に苦笑を見せて”違うよ”と否定すれば、彼は少し拗ねたように不満声を洩らした。

彼は自称・・ハヤト達、誓約者の弟子である・ジンガ。

まず彼を見れば、燃えんばかりの赤い髪が何よりも印象的だろう。
さらに目を惹くのは彼の性格だ。
とにかく戦う事が大好きで、とても良く食べる。(しかも食う量が半端ではない)
けれども優しさがあり、真っ直ぐな性格の持ち主だ。


(いい奴なんだけど・・なぁ・・)


彼の喧嘩好きには、ハヤト達も頭を抱えてしまうこともある。
強いやつがいればそこへ飛んでいく・・・そんな少年だったからだ。


「ジンガ、絶対喧嘩しちゃだめだぞ?」

「うぇー・・」

「・・それに、ナツミたちだって手伝ってくれたっていいのになぁ」


そうすれば最強だったのに、などとガックリと肩を落とし、ため息を吐いた。
ガゼルは落ち込むハヤトに笑いながら、取り合えず励ますよう肩をポンポンと叩いて、
その光景に呆れながらも、ソルがぼやく。


「まぁ、しょうがない・・。例え誓約者や魔王候補でも、女だからな」

「・・一応な


ハヤトはボソリと呟いて、ガゼルとジンガはそのセリフに大笑いした。
ソルも微妙に笑うのを必死に堪えていて、キールとトウヤはそんな彼らから遠ざかるように歩く。


「“お肌に悪いし、夜道は危ないからキミ達だけで行ってきてねー”って言うんだからな。
あんだけ召喚術ぶっ放しておいて、よく言うぜ、ホント」


そこまで言ってハヤトと大笑いし始めるガゼルの肩を、キールは静かに叩いた。


「ガゼル」

「あ?何だよ。」

「キミが・・いや、君達無事でいられる事を願っているよ」


「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?(汗)」」」


”無事って何?いやそれよりも何故複数形に言い直すんだ??”と、大量の冷や汗を
掻いて立ち尽くす3人に、キールに続いてトウヤが、トドメの一言を放つ。


「・・女の子は地獄耳らしい」



地獄耳



聞きなれない単語だった。
それにガゼルとジンガは首を傾げたが、意味を知っているハヤトはサァッと顔を青くする。
・・・何ともいえない、表情だ。

珍しいその表情に、ガゼルはドキドキしながらも、彼に尋ねてみる。


「な、なぁ・・ハヤト。“じごくみみ”って何だよ?」

「地獄耳・・。。俺達の世界では<人の噂を素早く察知する>って感じ(曖昧)の意味
で言うんだけど・・今の会話がナツミ達にバレたら・・・・!!(汗)」



アレク川で洗われてしまう挙句の果てに夕食抜きにされ尚且つレヴァティーンに
追い駆けまわされてサイジェンドをグルリと一周させられてしまうんだーーーーーー!!



ハヤトは頭を抱えながら、自分たちに振りかかる災難をすぐさま予測。
それを聞いたガゼルは背筋を震わせて、ブンブンと首を横に振った。


「マジかよーーーーーーーーーー??!?!?(滝汗)」


あの竜に追いかけられて、無事でいられるはずがない。
頭を抱えるジンガとハヤと達だったが、ジンガの反応は彼らとまったく逆で。


「やったぁ!アネゴ直々の修行だーーーーーーーーーーーー!!(嬉々)」

「アホかお前はーーーーー!!」


喜ぶジンガにゴンッ!っと拳骨を食らわせて、ガゼルはハヤトと共に慌てた。

ジンガとは違い、彼らは女の恐ろしさを(骨の髄まで)知っているのだ。
”どうするハヤト!レヴァティーンで対応するか?!””無理!(即答)俺、勝てる気しない!”
などと慌てまくる二人に、トウヤは本を手にしながらポソリと呟く。


「良かったじゃないか、ハヤト、ガゼル。せっかくだし、これで身体を鍛えたらどうだ?」

「うぇ?!い、いい!いらないいらない!!」

「お、おおお俺もいい!ただでさえリプレにどやされまくってるっていうのによ・・!」

「でも短期間で無敵になれるんじゃないか?」

「「どっちにしても嫌ダーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!(泣)」」


何だか妙に柔らかく微笑むトウヤとは逆に、ハヤトとガゼルは泣き叫ぶ。
”その泣き声もここまでくれば哀れを通り越して呆れしかでないな”などとすっかり他人事
のように呟くソルに、キールはうんうんと頷いて。

トウヤはやっぱり、柔らかい笑み(もしかして喜んでいる?)でハヤトとガゼルの
肩をぽんっと叩いて。


「僕達は“感覚”の事を調べておくから、安心して追いかけまわされてくれ」

「トウヤー!見捨てないでくれー!!(半泣)」

「悪いけど僕も暇じゃないから」

「も、もしかして・・トウヤ、俺達がこの間お前の本を汚したの、根に持ってるんじゃ・・?」


恐る恐る、尋ねるガゼル。
それにトウヤは、ますます笑みを浮かべて答えた。


「まさか、そんな事あるわけないじゃないか(にっこり)」

「「            !!(声にならない悲鳴)」」


二人は、あまりの衝撃に一瞬声が出なかった。
しばらくしてから衝撃から立ち直ったハヤトは“トウヤの薄情者ー!”と喚く。
けれどもそんなハヤトを無視して、トウヤは目の前にある、険悪な空気の増すその
空間に臆さず足を踏み入れた。


彼らが向かっていたのは、ジンガの行った通りに、北に位置するスラム。


ガゼル達は南にあるスラムに住み込んでいるが、ここにも住み込んでいる住人がいた。
一年前に起こったとある事件のせいで少人数となってしまったが、けれども住む場所がない
者は、住み続けている。

そこには、ガゼル達が長く対立していた、敵だった男もいた。


相変わらずの険悪な空気に、(どうにか立ち直った)ガゼルは鼻を鳴らして小さく罵る。


「ッケ・・相変わらず嫌な空気を持っていやがる」

「ガゼル、人様のお宅の空気にケチつけちゃいけないってば・・」



そういう問題じゃねえ



ガゼルをなだめるハヤトをまたもや無視して、トウヤは足を進める。
彼にソルとキールも後に続いて、ジンガは嬉しそうに誰かいないか探し、
先行くトウヤの袖を引っ張って尋ねる。


「アニキアニキ!戦うのか?」

「ジンガ、今日は戦いに来たんじゃないんだ          バノッサに用がある」


彼らはしばらく歩き続けた。
途中で北スラムの住人から、いつくもの視線を向けられた。
それは物珍しそうに、ただ見ているだけの目ではない。
ハヤト達が金品か何か持っているかどうか、品定めをしている目だ。

ハヤトはそれに少々緊張しつつも、剣の柄を握る。


(あーあ、結局乱闘になるのかなぁ・・・?)


ジンガは嬉しそうに拳を握り、ソルとキールも杖を握る手に力を込める。
一即触発。
まさにそんな空気が流れ始める・・・が。


「あ!」


ナイフを手にして出てきた一人の男が、トウヤを見てなぜか慌てて壊れかけた住宅に引っ込んでしまった。
それに続いて他の男達もトウヤの顔を認めると、同じく慌てて、しかも悲鳴を上げて逃げていく。

・・・・・・・・・・・・・・・ハヤトが、少々引きつりながらも彼に問う。


「・・・トウヤ、何かしたのか?(汗)」

「さあ?」


”邪魔が入らなくなっていいんじゃないか”と答えて進む彼に、ハヤトは深く追求するのをやめた。(怖い!)
一同はその後、誰にも襲われることなく(今度北スラムに行くときは絶対トウヤと行こう、うん<byハヤト)、
北スラムの最深部といえるような場所まで、辿り着く。

目の前には、やはり壊れ、朽ちかけている建物。

この建物に、二人の男が住んでいることをトウヤたちは知っていた。
トウヤは一度、トントンと扉をノックする。
けれども返事はなく、一同は首を傾げた。


「どうやら留守らしいな・・どうする、トウヤ」


ソルの言葉にトウヤはしばし考えて、家から離れた。
少し離れた場所に立って、空を見上げて問いかける。


「バノッサ、どこにいるんだ?」


返事は、なかった。
けれどもトウヤが再び呼べば、今度は答えが返ってきた。

空から、だ。


「ここだぜ、はぐれ野郎」


バサァッ!と翼がはためく音が耳に届く。
同時に月が陰りを見せ、ハヤトが空を見上げると・・月の光が何かに遮られて、影が生まれたのだ。
月の逆行で姿は見えにくかったが、次第に巨大な身体を持った大きな竜が空から降り立つのがわかる。

降り立つのは、サプレスの召喚獣・レヴァティーンだった。

飛行タイプなので、ハヤトたちも遠くに出かけるときはそれに乗って行くのだが、
”バノッサはどこかに出かけていたのか?”という疑問がハヤトの胸をよぎる。


「よぉ、相変わらずだな・・・何しに来やがった」


地面に足を付けるレヴァティ−ンの背から、赤紫色のマントを翻しながら男が飛び降りた。
白髪が月に当てられて眩しく光り、決して健康には見えない白い肌は、暗い闇夜にくっきりと映っている。
吊り上がった赤の瞳は、獲物を狙う鷲のように鋭い。

彼の相変わらずな姿にハヤトはほっとして、思わずバノッサに笑いながら手を振った。


「バノッサに用があってきたんだ。今、忙しいか?(^^)」

「・・・・・・・・・・俺に用だと?くだらんかったら殺すぞ」

「うっわー、ほんっと、相変わらずで安心したよ(汗)」


苦笑するハヤトに、バノッサはフンと鼻を鳴らした。
以前はあんなにも殺したいほどの人間だったのに、今ではそんな気持ちがさっぱり沸かない。





・・・・・バノッサは、以前まではハヤト達を殺したい程憎んでいた。
だがある事件をきっかけに、それはほとんど薄くなってしまったのだ。


これは、ハヤトたちがこの世界に召喚される前の話である。


数十年前の彼は、何も知らない子供だった。
どこで生まれたかもわからない、子供だった。
生まれたからには父親と母親もいたのだが、・・・けれど彼は、母親と共に捨てられたのだ。


召喚師である、父親に。


サイジェンドに流れ着き、後に母親は死に、暴力的な男へと育ちながらも、彼は生きてきた。
必死で、必死に、生きてきた。
少ない食料を盗んだりも、働いたりも、人を殺したりもした。


・・・・けれどある時、彼は知った。


自分が召喚師の親を持つ子供だったということを。
なのに自分は召喚術を使えない、人間に育ってしまっていることを。


---------召喚術、リィンバウムではある種の権威の象徴。


自分は人を平伏させる権利を、偉くなる権利を、召喚師の血を持っている。
なのに何故、こんな貧しい街でこんな暮らしをしている?


召喚術を使う資格は、充分あるはずだというのに。


以前から支配下に置きたいと思っていた南スラムに、4人の新顔が現れた。
どんな奴らか見に、ついでに南スラムを本格的に叩き潰そうとして向かえば、逆にその4人に召喚術で
撃退をせざる終えなくなってしまった。


あいつらは、召喚術が使える


まったく使うことが出来ない自分と違って、使うことが出来る


怒りが、歯がゆさが、憎悪が沸きあがった。
自分が使えずにいて、それを使いたいと常々望んでいるモノが、すぐ近くにいる他人が持っているなど、
何とも苛立つことこの上ない。

召喚術を彼らから得ようと、衝突する事もしばしば。
けれども、彼はまったく勝つことが出来なかった。


召喚術のせいだ


あいつらに召喚術があるから、この俺が負けるのだ


イライラが、募る。
それが最高潮に達しかけた時、バノッサに声をかける者がいた。

それは無色の派閥・オルドレイクという名の男。

初めて見た時は、胡散臭い男だとすぐに思った。
けれども見た目からして召喚師。
さらには男と自分には、何処か似通っている部分がある。

話を聞くだけ聞いてやろうと思えば、男は自分に宝玉を差し出した。


それは<魅魔の宝玉>というものだった。


男の話では、それは召喚術が使えない人間でも、召喚術が使えるようになるという。
さらには自分が憎んでいるあの4人組と、南スラムを潰すのを協力しようという話だ。

・・・・・・・・その男は、”新しい世界を作ろうとしている”と言った。

その新たな世界の主に、バノッサが選ばれたのだとも。

使い続ければ使い続けるほど、増幅されていくという宝玉。
次第にその力に執り憑かれてしまったバノッサは、最後の最後になって、男の真の企みを知った。


男は、バノッサを生贄にし、魔王を呼び出そうとしていたのだ。


生贄にされかけていたバノッサを助けようと、義弟のカノンがオルドレイク殺された。
・・・・・・・どんなに冷たく突き放しても、最後まで付いて来てくれた弟が、殺された。
しかも、オルドレイクは            母親とバノッサを捨てた・・<父親>だったということも知った。


カノンが死んで。
オルドレイクが父親だったことを知って。


バノッサは、ようやく目を覚ました。


自分がどんなに、あの弟に救われていたこととか。
知らなかったとはいえ、自分を捨てた父親に協力していたことが、どんなに愚かなことだったかということを。


怒りが生まれた。
悲しみも生まれた。
どうしようもない、苦しさも生まれた。


その全てを、弟の亡骸を笑いながら踏みしめるオルドレイクにぶつけ・・・・・・殺した。


しかしそれでも魔王復活の儀式が止まることはなかった。
自らの身は、宝玉の力を使いすぎたせいでもう、半分以上が魔王に取り込まれてしまっている。
決して、助からないだろう。


魔王復活を止めようとしていたハヤトたちに。
かつては友に近しい存在だった、自分のために涙を流すエドスに、バノッサは告げた。




”俺を          こいつ共々殺せ”






「あれ?バノッサ。カノンはどうした?」


思考が、現実に引き戻された。
少々不機嫌になりつつも、問いかけてくるハヤトを見下ろすように目を向けて、答える。


「あいつなら買い物に出かけてる。はぐれ野郎、俺は忙しいから用なら早く済ませろ」


後半は、トウヤに向けて言った言葉だ。
向けられた言葉に、トウヤが肩を竦ませながら答える。


「・・わかった、魔王にとり込まれたキミに聞きたいことがある」

「・・・・・・・?」

「キミはここ数日の間、何か感じなかったか?」


バノッサの眉が、潜められた。
そんな彼の様子にどうやら心当たりがあるらしいと理解して、トウヤ達は顔を見合わせる。


「何でそんな事を聞く?」

「僕達・・ハヤトと僕は聖王都・ゼラムで“ある感覚”を感じた。
それは誓約者たちだけに感じたものだったみたいで・・キミも、1度は魔王に取り込まれた者の身だ。
何か違和感を感じなかったかと思ってね」

「ゼラム」


バノッサは、一部の都市名を復唱し、しばらく考える素振りを見せる。
そして思い付いたように、身を翻して再びレヴァティーンの背に乗り込んだ。


「バノッサ!?」

「ここの所妙な気配がすると思ったら原因はゼラムにいるんだな。
・・・・教えてくれて助かったぜ、はぐれ野郎。」

「待つんだ、バノッサ!お前は何か知っているのか?!」


ソルはバノッサに問う。
バノッサは苛立たしげに舌打ちをして、吐き捨てるように言い放つ。


「俺は1度魔王に取り込まれて死んだ。カノンもあのオルドレイクの野郎に殺された。
だが俺達は生き返った。それは何故か?誰かが俺達を助けたからだ。
だがそれは手前ら誓約者の力じゃねえ、・・・・・・・・女だ」

「女・・?」


ハヤトは眉を潜める。
ゼラムで見えた幻想のような幻には、人が映っていたことを思い出したのだ。

華奢な身体の少女の姿。

・・実はその事はナツミ達に話していなかった。
ほんの一瞬の出来事だったので、無意識に気のせいかと決め付けていたからだ。

バノッサはレヴァティーンの頭を一度撫で、自分の胸の真ん中を、とんとんと親指で叩いて見せた。


「その女を探せと、俺の中の何かがうずくんだよ。疼いて、疼いて仕方がねえ。
しかも妙な感覚が纏わり付いてくる、薄気味悪ぃからこの感覚を消してもらうつもりだ」


バノッサはそれだけ告げると、レヴァティーンに飛ぶように命じる。
彼の髪が風に煽られ舞い上がり、ワインレッドのマントもはためく。


「待つんだ、バノッサ!キミはゼラムに行く気なのか?!」

「当たり前だ!この感覚のせいで俺は落ち着かねえんだよ!」



瞬間、バノッサの脳裏に魔王に捕り込まれた時の映像が浮かぶ。





落ちて行く



それだけを、感じた。



真っ暗な、闇の底へと落ちて行く


底もないような深い闇



落ち続けていくたびに、身体が底から冷えていく気分を感じた。
意識も朦朧とし、ただ夜の海に、身体がただ沈んでいくかのよう。



もう終りだな、と自嘲していたら



闇が、引き裂かれた。
光が、舞い降りた。
それに思わず、目が細まる。
開けていられないほどの、強烈な光。



眩しい、眩し過ぎる光


それは魔王の闇すら跳ね除けて


自分の身体を包み込んで、安らぎを与え


魔王が糧とする、自分の中の憎しみを枯らした



落ちて行く自分の目の前に降り立ったのは、女だった。
顔は逆行でよく見えなかったが、体格からしてそうだと判断する。

女は手を伸ばし、落ちて行っている自分の手を、強く握り締めた。


その途端に落下感は消えうせる。



「生きて」



言葉が、ガツンと頭に響いた。
それはこの暗い、絶望感の塊のような闇の中で、とても強い光のよう。



           世界を壊すのは、貴方じゃない」



ならば、誰だと言うのだろう



そんなことを考えつつ、手を握り締めてきた女を見れば・・朦朧としていた意識が、今度は
心地よい眠りに変わり、意識が薄れていく。

意識が、途切れてしばらく。
どれくらい時間が経ったかわからない。



目を覚ませば、空が見えた。
青く、青く・・なんと、眩しい空だったのか。



自分が、呼吸をしている呼吸音が耳に届いた。
次には指が、手が、足が動くのがわかった。

身体をのろのろと起こして、起き上がれば、緑に溢れた大地に寝ていたことを理解した。



生きている?



隣には、弟のカノンが倒れていた。
慌てて彼の傷具合を診れば・・・・なんと、無傷。

ハヤトたちが自分達を見つけ、その場にいたほとんどが涙を流しながら自分達に抱きついてきた。
ハヤトも、アヤも、ナツミも、トロくさそうな子供も、変な軟体動物も、他にも。

驚いて、泣いて、喜んで。


そこでようやく、自分達は草木の命が甦ったと同時に、生き返ったのだと理解した。


あの女が助けたのだとも。




バノッサは、自分の手を見た。
初めて、他人にあんなに強く、温かく、柔らかい手で握られたような気がする。

その温もりは、今も覚えている。


「バノッサ?何ボーッとしてんだ?」


ガゼルの声に、バノッサはハッと顔を上げる。
そして逃げるようにレヴァティーンでその場を飛び去り、サイジェンドの上空へと舞い上がる。

上の方に辿り付くとハヤト達を見下ろして叫んだ。


「とにかく!また何か情報をよこせ!いいな?!」


冷たい風が、髪を撫ぜた。
それを意にも介さずに、レヴァティーンに一言命令すると、巨体を持つ竜は深い闇夜の空を一度
クルリと旋回し、駆けて行って、消えてしまった。


ハヤト達は呆然とそれを見届けた。
ジンガは残念そうにため息を漏らして、”戦えるかと思ったのになぁ”と呟きながら近くにあった石を蹴る。

ハヤトはハヤトで我に返り、ため息を吐いて苦笑した。


「ってか、バノッサの奴・・・・無茶苦茶だよな」

「お前も人の事言えないと思うぜ、ハヤト」

「ソ、ソル・・そうかぁ?俺はまだマシな部類だと思うけど・・ううむ」

「・・まぁ、なんにせよ。それなりの力を持った者だと考えていいとわかった」


キールのセリフに一同は頷いて、アジトに帰ろうとした時。


「・・お、おい!ハヤト?!!」


ガゼルが心配そうな表情でハヤトを見る。
ハヤトは何だろうと思い首を傾げた時、頬に熱いものが伝っているのを、ようやく理解した。

ガゼルたちはこれに・・涙に驚いているのだ。


「・・?あれ、涙・・・・・・?」


トウヤを見ると、彼も袖で涙を拭っている。
ハヤトとトウヤの二人だけが、なぜかよくわからない涙を流し、泣いているのだ。


「アニキ!どっか痛むのか?!」

「いや、ジンガ・・怪我じゃない・・これは        


目の前に、突如ノイズが掛ったような姿が映る。
暗い部屋で、少女と少年に抱き付かれている・・・・・・・少女の姿。


「・・誰だ・・?」


涙を拭うがとめどなく溢れて来ていて止まらない。



止まらない。














「ナツミ!アヤ!!どうしたの?!」


南スラムで、カシスの悲鳴に近い声がフラットの家々を響かせた。
隣りでオロオロしているクラレットも、今にも叫びそうで。
ナツミは二人をなだめながら、頬を伝う涙を拭う。


「・・わかんない・・でも、すごく悲しい」

「・・誰かの悲しんでいる気持ちが・・流れ込んできているみたいで・・・」



目を閉じると、響く。

助けを求める声が。



“助けて”



“誰でもいいから、助けて”



アヤは涙をハンカチで拭いながら呼びかけた。
それは届かないものかも知れないけれど、確かに助けを求めてる。




「・・貴女は・・誰ですか・・                       ?」


















ファナンの波音が、トリス達の嗚咽と一緒にあたしの耳に柔らかく響く。
向こうの部屋でも、ミニスやアメル達のすすり泣く声が聞こえて来ている。

それでもあたしは涙を流さなかった。

頭が混乱していたから、泣けないのかもしれない。
でも心の中では、ずっとずっと、助けを求めている。



助けて



そんな言葉を呟きたかった。
けれど、口が言葉を出してくれない。



誰でもいいから、助けて



この際、悪魔でも何でもいい。
あたしの中に眠る             知らない誰かでもいい。



ネスティを、返して



そう思った瞬間、あたしの中で何かが弾けた。
弾けた途端あたしの中で悲しみも悔しさも、退いて行く波のように、スーッと消えていく。

心の中に詰まった悲しい感情が消えうせて、胸の奥に安堵感だけが残った。




声が、頭に響く




”諦めたくない気持ちは、どこへ行ったの?”




(誰?)




”彼に、触れてみて”




その言葉にただ、何かに動かされるように、トリス達の腕からすり抜けてネスに歩み寄る。
月明かりに照らされるネスの表情は余りにも白く、あたしはその頬を撫でた。


「・・ネス」


冷たい。
でも何処か、温かい・・・・・・・?


声がまた響いた。



”まだ、大丈夫”

”彼はまだ、ここにいる”

”貴女を待ってるの”

”貴女が「待っていて」と言ったから”



”彼はまだ踏み留まってる”



”必死にあがいてる”




(あたしは、どうすればいい・・?)




”彼に身体を預けて”

”迎えにいきましょう?”

”あたしも、手伝ってあげるから”



(・・うん、そうだね)



あたしは椅子に座って、ネスの胸に耳を当てて、そっと目を閉じた。
彼の身体には熱も何も感じないけれど、聴こえるはずのない心の・・・心音が聴こえてくる。




ああ、大丈夫



ネスはまだここにいるね



(・・ねぇ、あなた誰なの・・?)




その言葉には何の答えも帰ってこなくて、しょうがないので、どうにか繋げていた意識を放り投げた。





自分の中にいる誰かが、何なのかわからないまま。









心は人に伝わるモノ

想いも人に伝わるモノ

ただ諦めず前を見て

今、迎えに行くから






約束の一つを守りに











NEXT






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*後書き*

第36話をお届けさせて頂きました。


多分、この辺りの時点で皆様がついて行けない気がします。
自分もついていけません(吐血)
ぎゃー!もうヒロイン、謎が増えて参ります
当初は普通の子の設定だったのですが・・あれれ?

ネス、死んでしまいました。
いえ、死んでいません、瀕死と言う事で。
・・・・・・寧ろ私が死なせない・・!嫁に取る予定なのに・・!!(ちょっと待て)

誓約者4人組、ヒロインの悲しみを感じております。
どうして彼らが繋がっているか・・また後々に語って行きたいです。(^^)

バノッサさん、登場です(愛)
もー大好きなので、復活させてしまいました。
彼についての過去を詳しいものに書き直したのは、1をプレイしていない方に少しでも楽しんでもらえるようにと
思いまして・・逆にわかりにくくなってしまってますね・・!も、申し訳ないです・・!!

それでは、ここまで読んでくださった貴女に、最大の感謝を。


2002.2.2

2004,2.9大幅修正