何が起こったのかわからぬまま 全ては水のように、流れ行く 第6夜 苦しい 思わず、寝返りを打った。 喉が痛い。 そのせいで呼吸をすることもままならくて、けれど呼吸をしなくては苦しい。 ぐっと自分の喉を押さえながら体を小さく丸めて、ゆっくり、ゆっくりと息を吸う。 (っ・・・!!) 吸えば、喉が焼けるような痛みに刺された。 吐き出すのにも、ゆっくり吐き出さなくてはちりちりとした痛みが襲ってくる。 痛みに涙がにじんで、ぼろぼろと頬に流れた。 痛い 苦しい 手を伸ばして、シーツをぎゅうっと握り締める。 息を止めてもじんじんと喉が痛み、呼吸をすれば焼けるような痛み。 苦しすぎて苦しすぎて、息をするのも嫌になる。 「・・はっ・・・ぁ・・・!」 吸えば、痛む。 吐いても、痛む。 止めれば苦しく、小さな痛みが喉を刺す。 一体どうしろというのだか 心の中で毒づいた。 そして目が覚めてからもうどれくらい経ったろう? ずっとずっと、この痛みに追われて眠れない。 ああ、早く気絶しないかな もしくは 息苦しさに虚ろな意識の中、あたしはぼんやりとそんな事を考えていた。 それはとんでもなく、不吉なこと。 でもこの苦しさと痛みを早く終わらせて欲しいと思う気持ちは、確かにあたしの中にある。 今思えば短い人生・・・、おとーさん、おかーさん、あたしは親不孝な娘です・・・ 嫌な汗が額ににじんでいる。 シーツをきつく握り締めている手も、すっかり汗ばんでいた。 ・・気持ち悪い。 何でこんな目に? そればかりが、胸を覆う。 流れる涙が枕をしめらせた。 しめったそこに頬が当たれば、それすらに僅かな嫌悪を覚えて眉が歪む。 (痛い) 喉が痛い。 息がしにくい。 涙で頬はべたべたで、きっと今は最悪な顔。 ぐっとさらに唇を噛み締めて喉の痛みに耐えていたら、がたっと向こうで音がした。 それに一瞬気が削がれて、のろのろと薄く目を開けて見れば、ぼやけた視界に誰かいる。 (・・誰?) ぱしゃぱしゃと、水音がした。 痛みの中で、その音はやけに涼しい音に聞こえる。 音のおかげで息苦しさが少し紛れて息を吸えば、喉に再び、激しい痛み。 「っ!ゲホゲホ!!ゴホッ!!」 咳き込めば咳き込むほど、苦しい、痛い。 涙がとめどなく流れ出て、あたしはさらに体を丸くして、片方で喉を押さえ、片方でシーツを掴む。 シーツを掴む手は力をこめ過ぎて、手が白くなってしまっているんじゃないかと思うほどまでに あたしはシーツを握り締めた。 その時、誰かが、あたしの背に触れた。 優しくさすって、咳き込むあたしを落ち着けようとしてくれる。 何度も、何度も。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!」 大きい手だ。 なんだかゴツゴツしている感触を、背に受ける。 ・・触れられて、わかる。 男の人だ、それも大きな手の。 「・・はっ・・・・ぁ・・・」 ようやく収まって、手が背から離れた。 丸めていた身体が仰向けに動かされて、額、頬、首の順に、冷たい何かが当てられる。 肌触りでタオルか何かかなとぼんやりと考える。 「・・うっ・・・」 水の冷たさを持ったタオルが、しばらく喉に当てられた。 焼けるような痛みは変わらずだったけれど、それに大分気分が良くなって、 さっきよりはずっとマシな心地よさに包まれて。 思わず、小さく笑ってしまう。 タオルが離れて、また水音。 水が落ちる音がするということは、しぼってくれているのだろうか? 考えていたらシーツを握り締めていた手が取られ、汗ばんだ手の汗を拭ってくれた。 次に、背中に腕を回されて抱き起こされる。 顎に手が添えられて上を向かされ、口元に何かが触れた。 それは冷たい、金属のようなもの。 「・・んっ・・」 スプーンだ、と理解した瞬間にゆっくりと、冷たい液体が流れ込んできて、 それに驚いて薄く目を開けた。 ぼやけた視界には赤紫色が大部分を占めていた。 どっちかといえば赤に近い、そして赤に僅かな紫が混ざって溶けたような・・そんな色。 これは看病してくれている人の髪の毛だ そんなことを考えながら、あたしは再び目を閉じる。 飲ませてくれているのは薬なのか、少々口の中で苦味を感じる。 けれど飲んだ後には、喉がひんやりとして・・痛みが和らいだ。 スプーンが唇から離れて、背中に回す手に力がこもる。 次には何故かボタンの外れる音がした・・と思ったら、冷たいタオルが胸元に触れて、ぶるりと体が震えてしまった。 (・・でも・・気持ちいいなぁ・・) 誰かが気持ち悪かった汗を拭ってくれている。 あんまりにも気持ちが良くてされるがままに身を委ねれば、腕を、背中を、また首を拭いてもらえて、さっぱりとした気分になれた。 再び横に寝かされて、ボタンが締められていくのがわかる。 しかも最後には、膝の裏や足の裏なんかも拭いてくれた。 大して何も考えずに”気持ちいいー”と目を閉じていれば、さっきとは違う肌触りの(結構柔らかだ)冷たいタオルが、額に乗せられる。 手厚い看護とは、まさにこのことだわ そんなことを考えながら、無意識に呟いた。 「・・・あり・・が・とう・・・」 酷く掠れた声だったから、相手に届いたかどうかわからなかった。 ただ相手はあたしの髪を恐る恐ると言った感じに撫でて、それがまたあんまりにも気持ちいいものだから、あたしはそのまま深く寝入ってしまった しばらくしてから、額にあった冷たさが逃げていくのに気がつく。 気持ちよい冷たさを逃がすまいと、目を閉じたまま適当に手で抑えようとすれば、誰かの手と一緒にタオルを押さえつけてしまった。 ・・・・・・・・・・手? のろのろと、まだ重たい瞼を開くと、白い布で作られた天井が目に映った。 えーと、なんかテントっぽいやつだ。天幕って言うんだっけ? いやそれよりどうして・・・・・・ 「・・・・・・・?」 抑えていた手を離して、身体を起こそうとする。 でも手に力が入らなくて、起きてくれない。 今度は寝すぎたせいで身体の節々が痛くなっている。 結局は天井を見上げたまま、なんとか声を出してみた。 「・・・ここ・・は?」 やっぱり掠れがちだったけれど、それに答える声はあった。 「喉のほうはだいぶ良くなったようだな」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今の素敵なナイスヴォイスはドナタデスカ? 知った声だ。 めちゃくちゃ、聞き覚えのある声だ。 あたしは首を動かせなくて、思わずカチーンと動きを止めた。 それはもう凍ったように。 「・・まだ動くな、身体にたくさんの痣があった。その痛みはもう4日経てば取れるだろう。まだあまり喋らぬことだな」 もしかしなくても、もしかしなくても 「・・・ルヴァイド?」 「何だ」 しばらくして、あたしは頭の中が真っ白になった。 叫びたくても喉が痛いので叫べなくて、どうしようもない気持ちが身体の中を駆け巡る。 口を金魚のようにパクパクさせて、かなり崖っぷち的心境で、ルヴァイドに問う。 「なななななな何故ここに・・」 「・・お前は覚えていないのか?」 「・・・・・?」 「お前をここに運んできてから、もう3日経っている」 あたしは天井を見つめたまま、気を失う前のことを思い出そうと考えを巡らせた。 頭の中では燃える家、耳の中では人の悲鳴。 剣によって倒れて行く人、炎に巻き込まれていく人、すでに動かなくなってしまった人。 「・・・っ!!」 恐ろしい光景を一気に思い出してしまって、血の気がひいた気がした。 思わずすぐ傍にあったルヴァイドの手をすがりつくように握って、ガタガタと身体を小刻みに震わせながら、ようやく顔を上げてルヴァイドを見た。 彼は、あたしの記憶の中にあるとおりの姿だった。 赤紫色の、ゆるやかなウェーブのかかった長い髪。 整った顔立ちに、鋭い目つきに、大柄な体格。 鎧姿ではなく、軍服なのか私服なのか、見慣れない服を着ていた。 「・・・思い出したか?」 「・・・・」 あれが夢ではないのなら、自分はどうしてここにいるのか不思議だった。 何故生きている? あたしの疑問が顔に出ていたのだろうか。 ルヴァイドは静かに、寝込んだままのあたしに告げる。 「お前は俺が連れてきて治療した、喉が少しやられていたのでな。だがあのまま放っておけば確実に死んでいただろうが・・」 「・・な・・・んで・・」 「・・・・先に手を離してもらえぬか?」 「・・へ?」 あたしの指はまだルヴァイドの手を掴んで離さない。 でも今のあたしには手が震えて力が入らなくて、離そうと思っても離せなくて。 ルヴァイドはため息をつきながら、あたしの指を手に取って一つ一つ丁寧に外して行った。 (・・・なんか、複雑・・・・・) 生きていたことは嬉しい でも、複雑だ 自分だけが生き残っているという、その事実がそう思わせるのか それともルヴァイドという、村を襲った張本人に助けられたという事実がそう思わせるのか ・・複雑、だ (でも、さすがのルヴァイドも罪悪感があってあたしを助けたのだったら・・) そんなことを思って、あたしはほんの少しの希望にかけてみた。 もしかしたら、あたし以外にも助けてあげた人がいるかもしれない―――、そんなことを考えて。 「ね、ねぇ・・あたしを助けたってことは・・他に誰か助けた人がいるの?」 「・・・・・・」 沈黙しか帰ってこなかった。 それにあたしは引きつった笑いを浮かべ、戸惑いながら言葉をしぼり出していく。 「だって、だってあたしだけ助けたって・・そんなの・・・」 「聖女達は逃がしてしまった」 あたしがほしい答えとは全然違うモノが、ルヴァイドの口から出た。 それに一瞬、息をすることも忘れて、あたしはただただルヴァイドを凝視する。 ルヴァイドは、あたしを真っ直ぐに見つめ返して・・告げた。 「お前と聖女達以外、全て殺した」 な―――・・・・・・・。 「女も男も老人も子供も・・皆、残らず」 全て 「・・・・・・・ど・・うして・・」 声は、震えていた。 ルヴァイドはあたしを見下ろしたまま、黙っていた。 そんな彼に理不尽な怒りと痛みが込み上げて来て、ぐっと手に力を入れた。 「どうしてよ!!」 身体中の痛みを無視して、喉の痛みを無視して、何もかもを無視して、 あたしは寝床から跳ね起きて、ルヴァイドの服の胸倉を掴んで引き寄せた。 そこであたしは初めて、ルヴァイドの切れ長な瞳と真正面から向かい合う。 「何で・・何でなのよ!」 身体はズキズキして、胸はムカムカして、全てが物悲しい気持ちに覆われていて。 それに泣き叫びたい気持ちを無理矢理抑えて、ギリッと唇を噛みながらあたしはルヴァイドを睨む。 「助けてもらっといてアレだけど!あの村にいたあたし達を全員殺すつもりであんなにたくさんの兵士連れて来たんでしょ?!ならどうしてあたしを助けるのよ!!どうしてあたしだけを助けたのよ!!」 「・・・」 あたしは死にたくなかった 元の世界に帰りたかった はっきり言って、半分以上は他の人なんかどうでもよかった でもいざ、自分が助かったと考えたら すごく悔しくて、悲しくて、勝手に怒りを覚えてしまう ・・・ほんの少ししか留まっていなかった村 でもあたしは、たぶん少しだけ好きになってしまっていたのだろう 緑の美しい、平和な、あの村を ルヴァイドの整った顔が、わずかに歪んだ。 何か痛むというのだろうか?心・・心が痛むというのだろうか? それでもあたしはかまわず続けて、怒鳴ってやった。 「こんなの酷すぎるわよ!聖女が、アメルが目的だからって、何も皆を殺さなくたっていいじゃない!!関係のない人を殺さなくたっていいじゃない・・!」 責めてる自分が嫌になってきた こんなとこで責めていないで、自分のこれからを考えなくちゃいけないのに 悲しみに酔い過ぎている自分 そんなあたしは、ルヴァイドにも、ルヴァイドなりの理由があるって ・・・ちゃんと、知っているはずなのに ルヴァイドは、ずっと黙ったままだった。 ただ何度も弱弱しく彼の胸板を叩くあたしを静かに受け入れて、振り払うことも、殴り返すことも、怒鳴り返すこともしない。 あたしの全部を、何もかも受け入れている。 でもそれが、あたしの中でさらなる怒りを生んでしまう。 寝床の近くに、あたしがアグラじいさんから預かっていた短剣が置いてあった。 あたしは片手ですばやく柄を掴んで引き抜いて、ルヴァイドの首に刃を当てると太い首に小さな傷がついてわずかな血が零れ落ちた。 それでも、あたしは止まることはなくて。 「・・・絶対・・許さないんだから!」 力をこめようと柄を強く握る。 けれど次の瞬間には、ルヴァイドの手がすばやく動いた。 「っ・・!」 剣を持っているほうの手首を強く捕まれて、柄に力をこめた手首を締める。 掴まれた痛みに驚いて、思わず短剣を地面に落としてしまった。 カランッ・・と、甲高い音が静寂の中に落とされる。 剣を落としても、あたしはルヴァイドを睨み続けた。 彼はそんなあたしを黙って見返しているだけだった。 静かに、何も言わず・・見返しているだけ。 そしてしばらくお互い膝立ちのまま見詰め合う形に向き合っていた。 あたしの中は、まだまだ、怒りが叫んでる。 悔しい 悔しい 何であたしは小さな傷しか負わせられない? ・・何であたしは、皆の苦しみの一つもこの人に負わせることができないのだろう 悔しくて悔しくて、唇をかみ締めてルヴァイドから視線をはずした。 そんなあたしの髪はボサボサで、目は充血してるうえ腫れていて。 頬は3日間くらい食べていなかったから、少し尖って。 顔色も、絶対悪い。(断言) なのに、そんなことは気にならなくて。 ただ、村の人たちと話したわずかな言葉のやり取りが、あたしの中で静かに繰り返される。 静かに、繰り返されている ・・それにまた泣きそうに顔を歪めた瞬間、ルヴァイドは掴んでいた手を解放した。 「・・・?」 解放されたあたしは少しでもルヴァイドから離れようと、寝床の真ん中にまで後ずさる。 だけど彼はそんなあたしを一瞥しただけ。 けれど何を考えたのか。 次には何故か自らの衣服の首元のファスナーを、ゆっくりと下ろし始めた。 ・・次第に、下に来ていた黒の衣服が露になる。 ・・・・・・・・・・これってやっぱ、あれよね? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・脱ぐっていう行為よね?? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何故っ?! ファスナーを下ろして、脱いだ上着を寝床のほうに放り投げてきた。 あたしは睨むことすら忘れて、放られたそれを目で追って。 ルヴァイドの奇妙な行動にひたすら「?????」と思うことしかできない。 な、ななななな何で脱ぎだすの?!いきなり何で脱ぎだすの?!?(滝汗) あたしの声にならない叫びは、心の中で何度も木霊する。 一方、黙々と上を脱いでいくルヴァイド。 腰にかけてあった剣もはずして寝床に放って(あたしは慌てて受け止めた)、 上半身は一糸纏わぬ姿・・つまり、裸になった。 (は、はははは裸?!ハダカーーーーーーーーーー!!?) よくわからない脱力感に、身体中の力が抜けていく。 それでも這うように寝床の真ん中から隅っこに後ずさって、あたしはルヴァイドを凝視する。 傷だらけだが無駄のない筋肉で、男らしい身体。 思わず顔が赤くなった。 ぎゃああああ!!何で?!どして?!!いやその前に落ち着けあたし! たかが裸のルヴァイドが一人や二人いたくらいでそこまで動揺してどうする?! (・・っていうか一人や二人いてたまるかっ!!) とりあえず肩で息をして、ルヴァイドの行動を目で追った。(気分は珍獣を見つけた生物学者だわ) 脱ぎ終わった彼は、先ほどあたしが落とした短剣を拾い上げて、あたしを見て。 寝床の隅に、膝をついて、距離をつめてきた。 え?!何で剣持ったままこちらにおいでになるのですかルヴァイドさん?!!(思わず敬語) ルヴァイドはあたし見下ろして、短剣のない手であたしの手を掴む。(ヒー!) それはあたしよりも、ずっとずっと大きい手だった。 よくよく見れば手も腕も傷だらけで・・・・妙に、痛々しい。 けれどあたしの頭の中には、<ハダカルヴァイド>という単語しか飛び交っていなくて。 顔をさらに真っ赤にしながらどうにか言葉を出そうとする。 「ななななななにを・・・???!」 「俺は逃げぬ」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい? 一瞬、ルヴァイドの言っている意味がわからなかった。 その言葉を聴いた瞬間、かなり間抜けな顔になっていたのだろう。 ルヴァイドは口元に僅かな笑みを浮かべて、目を閉じて続けた。 「お前の怒りも、恨みも何もかも。全て受け入れよう・・刺したければ刺せ」 そう言って短剣をあたしの手に握らせる。 しっかり握ったか確認するため閉じていた目を開き、今度はあたしを見つめた。 それは少し、温かみのある、優しい眼差し・・・・・・・・・に、見えた気がする。 「だが刺すだけだ、・・俺にはまだやることがあるからな」 「・・・」 「・・お前の気の済むまで、俺は耐えよう」 そう言って、黙って、また目を閉じた。 当のあたしはこの展開についていけず、目の前で膝立ちになって刺されるのを待っているルヴァイドを見つめることしか出来なかった。 完全に、混乱してしまっていた。 (・・・ええと、・・これは・・・あ、あれ?) さっきまでの怒りは、すっかり収まってしまっていた。 たぶん<ルヴァイド裸事件>のせいだ。(いかがわしそうな事件だな) それで頭もようやく落ち着いたのか、今では喉と体が痛いだけで、 物事を冷静に見ることが出来る。 冷めた心で短剣を見つめれば、ただ・・・悲しい気持ちだけが湧き出てきた。 (・・・・・) 短剣から、ルヴァイドの顔に視線を映す。 彼は、あたしに殺されるのではなく刺されることを待っている 苦しさと憎しみでいっぱいになったあたしを、楽にさせようとしてくれているのだろうか あたしは短剣の刃をもう一度見つめて、そっとルヴァイドの肩に手を置いた。 ルヴァイドは微動すらしない。 傷だらけだ・・ 思わず邪な考えが出て来てしまったが頭を振って振り払い(去れ邪念!)、 指でその傷痕をゆっくりとなぞった。 それが少しくすぐったかったのか、目を開けた彼は不思議そうにあたしを見つめる。 でもあたしはそれに気づかないで、じっと彼の傷だけを見つめていた。 小さな傷も含めて軽く数えただけでも、20以上は体に刻まれている。 (・・痛そう) この傷の数以上に、人を死なせたのだろうか。 あたしは自分の手に納まっている短剣を見下ろして、いつか誰かが言っていた言葉を思い出す。 “復讐しても死んだ人は帰ってこない” 人は生き返ることなんてない だからその言葉はまさしく、その通り けれどそれでも復讐を遂げようと、ルヴァイドを狙う人がいて またその人を、ルヴァイドが それは終わらない、死の連鎖 「・・あんたを刺しても、楽になんかなれない・・・」 自然と、こぼれた言葉はそれだった。 あたしは彼を許してしまった、村人に対する気持ちがそれくらいだったといえば、 悲しいことにそれで終わりだけれども。 「・・楽になんか、なれないよ きっと刺しても、また刺したい衝動がくる それで間違ってルヴァイドを殺してしまっても、あたしはきっと楽になれないままだ 何かが、空っぽになるだけ もう一度呟いて、あたしは短剣をしまった。 そして天幕の入り口近くに放り投げて、”ルヴァイドを刺せ”と囁く誘惑の元を断ち切る。 「・・お前・・」 驚いたルヴァイドから、視線をはずした。 肩に置いていた手を離して、そのままルヴァイドの傍から離れて、 あたしは背を向けたまま、顔をさらに、深く俯かせる。 彼を許してしまえるのは、あたしが彼の事情を知っているから。 リューグ達はそうもいかないだろうけど、あたしは許してしまった。 それが一瞬の同情だったとしても、許してしまった (・・・・ごめん、リューグ、ロッカ、アメル、おじいさん・・・) 座ったまま、両手でシーツをぎゅうっと握り締めて、泣くのを堪える。 この世界にきてもう何度目だろう? でも今回は怖いこととか、吐きそうになったこととか、悲しかったこととかが、一気に降りかかったからしょうがないと、自分に泣かせる口実を作ってやる。 そうすれば少し、肩の力が抜けた気がした。 「・・刺さないのか?」 抜けた肩の力が、また強くなる。 けれどどうにか唇を噛み締めて罵倒しそうになるのを絶えて、あたしは首を横に振った。 もう話しかけないで、出て行ってよという言葉を口に出来ない。 口にすれば、ルヴァイドにまた泣き顔を見られる 泣いた声を、聴かれる そんな変なこだわりが、あたしの中で生まれていた。 けれど彼はあたしの気持ちとはまったく関係のない・・、いや、逆にさらに煽るような言葉を放つ。 「・・刺して殺されると思っているのなら、約束する」 黙ってよ 「お前が気のすむまで刺しても、決してお前を殺させない」 何で、わかんないの? 「証人が必要だと思うなら誰か部下を一人 パァン!! 手が、一瞬だけ熱を持った。 ルヴァイドの髪が、一瞬だけ指に触れた。 ルヴァイドの頬に、初めてあたしの手が触れた。 けれど、どうでもいい。 「はぁっ、はぁっ・・」 深く、呼吸を繰り返す。 それに喉が痛くなって、途中でかなり咳き込んだ。 でも、後悔はしてない。 あたしは自分がしたいことを、ちゃんとできた。 それが人を殴ることだなんて、かなり邪道だけど。 彼の言葉にブツン、と自分の中で何かが切れたのだ。 彼の言葉は、あたしとってにそれだけのことをさせるだけの言葉だった。 (・・・でも本当、ルヴァイド相手にビンタなんかよくできたわあたし) 少々驚きながらまた一度咳き込んで、ルヴァイドを見やる。 彼は殴られたままの体制で固まっていた。 しばらくしてからようやく、あたしに殴られたのだと理解して、ゆっくりとあたしに視線を向ける。 しばらく経ってもまだ痛むのか(そりゃ当然だ、本気ビンタだったし)右頬に手を添えて、唖然としたように見つめてきた。 あたしは立ち上がった。 肩を震わせて、唇をわななかせ、ルヴァイドを睨み下ろすと、ルヴァイドが驚いたような表情であたしを見上げてくる。 ああ、もう 「いい加減にしてよ!!」 叫んだ。 おかげで、さらに喉が痛みを訴えた。 でもあたしの中に一度納まったはずの怒りが、またふつふつとお湯のように沸き立ってくるのを感じて、感情のまま言葉をぶつける。 「いい加減にして!何でそんなふうに言うのよ?!」 あたしの剣幕と、流れる涙にルヴァイドが目を見張った。 そんな彼に思わず頭をかきむしって、ギロリと、さらに強く睨んでやった。 「あんたを刺しても楽になれないって言葉の意味、ちゃんと考えたわけ?! そのまんまの意味よ!そのまんまの!!何でそうとれないのよ!!」 「・・・」 「あんたも傷つけられて楽をしようとしないでよ!ちゃんと皆の命を背負ってよ!! あんたが”刺さないのか”って聞くたびに、あたしは悔しいのよ!悲しいのよ!?」 一気に、ルヴァイドに詰め寄った。 今度はルヴァイドが少し後ずさりをして、あたしはさらに彼に迫る。 「あんたの気持ちなんてあたしが知るわけないし、今は分かろうとも思わないけど! でもあんたがさらに傷受けて、楽になろうと、楽にさせようとしてくれても、それで、誰かが帰ってくるわけないのに!!」 彼の戦う理由 それが例え死んでしまった父親や母親のためでも 一族のためでも そんなの、知らないよ あたしはあんたの痛みなんか、知らない 「・・帰ってくるわけないのに、死にに行こうとするようなことしないでよ・・!」 ルヴァイドは、その時初めて、真っ直ぐに、本当に真っ直ぐにあたしの目を見上げた。 あたしはまた泣きながら、顔を真っ赤にしまま、続ける。 「生きてよ、苦しんでよ、怒ってよ・・いっぱいいっぱい、悩んで後悔してよ。 それであたしは十分なんだよ、それだけで楽になれるんだよ」 偉そうに、命を語れる資格はあたしにはない でも言ってやりたい、ぶつけてやりたい 彼をこのまま、死なせることなんて出来ない 死なせてやらない 「たくさんある苦しさが、少しだけ減るんだよ・・」 皆の命は土に還った それはもう、泣くことも、笑うことも、怒ることも出来ないモノに還った意味 だから、その分ルヴァイドが怒って、苦しんで、喜んで、悲しんでくれなくちゃ許せない そうでしか、自分を納得させることが出来ない 「・・・・これ以上、苦しくさせないでよ・・ただでさえ苦しいんだからぁ・・!!」 掠れた声のまま出たそれを最後の言葉として。 あたしはそのままうずくまって、泣いた。 手の甲で目元をぬぐってもぬぐっても、流れて零れ落ちていく。 地面にいくつもの黒いシミを作って、土がそれをやんわりと吸い込んだ。 ルヴァイドが、戸惑いながらもあたしの肩に手を伸ばす。 けれどあたしはそれを叩き払って、また涙で地面にシミを作り始めた。 村の人は優しかった いきなり来てしまったあたしに、親切にしてくれた トリス達が現れたら、自分達がどうなるかも知らずに ・・でもあたしだけには、こうなることはわかっていて 全て知っているのに“信じてくれないから”と決め付けて 追い出されることを恐れて、黙っていた自分 誰か一人は、信じてくれたかも知れないのに 言えなかった・・・自分 ルヴァイドの手が、また近づいてきた。 それをまた叩き払おうとしたけれど、今度は叩かれてもルヴァイドは退かなくて、叩いても叩いても、ルヴァイドの手はあたしに近づいてくる。 「やめてよ!触らないで!!」 思わず、怯えるように寝床の隅っこまで後ずさった。 今ではもう、一緒にいるだけで苦しいのに。 もういいよ わかってくれなくて、わからないままでいいよ 今は、ここにいてほしくないの けれど後ずさった分、ルヴァイドはあたしとの距離をぐっと詰めて手を伸ばしてくる。 その手が怖くてシーツを被れば、無理矢理引き剥がされた。 「・・やめて・・っ・・!」 大きな手が、肩に触れた。 それにびくりとルヴァイドを見上げれば、悲しそうなルヴァイドの瞳と目が合う。 けれどそれを見続けることは出来なかった。 覆いかぶさるように、ルヴァイドがあたしを抱きこんだからだ。 わずかな、血の匂いが。 わずかな、土の匂いが。 温かさと一緒に 「・・・すまない」 小さな、声。 一言の、謝罪。 けれどそこには、多くの後悔。 「・・・本当に、すまなかった 大きな、からだ。 大きな、て。 広い、せなか。 強い、ちから。 太い、うで。 生きている、ひとのあたたかさ 次の瞬間には、何もかもが吹っ飛んだ。 何で怒ってたとか、苦しんでたとか、悲しんでたとか、そういうものが、全部全部。 肩越しに見える天井がぼやけてきた。 もう何度も感じた、熱い涙。 あたしは太い首にすがりつくように両腕を回して、わんわん泣き出してしまった。 こんなに、こんなに後悔してしまっている でもあたしは、きっとこれからも言えないまま この気持ちを何度も味わうことになるのだろう 起きた現実を、受け止めなくちゃいけなくなるのだろう そしてその度に、あたしは泣くのだ 何度も、何度も、泣いて流してしまうのだ 今、この時のように 知らなかった痛みを、心に小さく刻みながら ・・しばらくして、小さな嗚咽だけが、沈黙の中に響く。 ぐすぐすと鼻を鳴らして、涙で濡れた手で涙をぬぐって、深呼吸を繰り返す。 そして掠れた声で、呟いた。 「また刺せって言ったら、もっかいぶつからね・・・」 ルヴァイドが、体を離した。 そしてあたしを抱き上げて、そっと寝床に下ろしてくれた。 「もう、言わぬ」 「・・願わない?」 「・・望まぬ、たとえ同じ状況がまた再び起こったとしても・・誓おう」 この時、あたしは少しだけ考えて。 「誓いはいらない、約束して」 間近にあるルヴァイドの顔が、また不思議そうな表情を浮かべた。 たぶん、どう違うのだろうと思っているのかもしれない。 あたしは小指を差し出した。 「誓いはいい、手ごろな<小指の約束>でいい」 「・・どうすればいいのだ?」 子供過ぎるあたしの発言。 それにルヴァイドが困惑の表情を浮かべて、あたしはぐっと彼の腕を掴んで、小指をからませて、歌いだす。 「ゆびきりげーんまん、うそついたらビンタ3発追加決定〜、ゆびきった!」 ・・・・・・ルヴァイドが、なんともいえない表情をした。 そりゃそうだろう、あたしだってもう3発もあんなビンタしたくないわよ。(手も痛いし) 指が離れて、ルヴァイドは不思議そうにその指を見つめて。 次にはあたしの手を握って、”約束、する”と静かに告げる。 それをぼんやりと見上げて、視線をルヴァイドから天井へと映した。 すごく、疲れた。 怒って泣いて、叫びまくって、驚いて・・ああ、これからどうしよう。 考えながら、目を閉じた。 そうしたら一気に暗い底へと落ちていくように、眠りの世界が現れる。 意識が落ちていく中で、あたしはふっと、トリスを思い浮かべた。 (・・トリス・・) あの笑顔に、また会いたくなった。 リューグとロッカ、アメルやバルレル・・ネスにもフォルテとケイナにも会いたいよ。 皆に会いたい (・・会いたい、なぁ そうしてあたしの意識は、完全に暗闇の中に沈んだ。 「 「ああ、・・だが当分は目を覚まさぬだろうな」 「・・本当に、よろしいのですか?この女を助けても」 静かな沈黙と、彼女の寝息が染み渡る。 それに耳をすませながら、ルヴァイドはそっと柔らかそうな彼女の前髪を撫でて、質問をしてくる金髪の青年に答える。 「後悔は、しないだろう・・それは、絶対だ」 会話はそのまま、ぷつりと途切れた NEXT **後書き** 第6話をお届けさせて頂きました。 主人公、泣き過ぎてます。 でもここはあっさりと許すようなことはさせたくなかったんだー!(汗) ぶつかりあって、ぶつかりあって、それで少しでも彼女が<知ろう>と思って くれるように、ルヴァイドが彼女のことを<知ろう>と思ってくれるように。 そんなこと考えながら大幅修正しました・・でもその分の経過が長くなって・・ゲフン! ・・しかも、名前変換ないし・・!(滝汗) 本当は最後、イオスがちゃんと出ていたはずなのに、次に持ち越してしまいました・・。 それではここまで読んでくださってありがとうございました! 2003.11.20大幅修正 |