引き抜いた短剣は、ずっしりとした重みを手に与えた。







第5夜






 正直、どうかしてる。
 こんなものを振り回して戦おうだなんて、なんだか馬鹿馬鹿しく感じるけれど。
 今は、この瞬間は、この時は・・・・そんなことを言っていられない。

 あたしは息を呑んで、トリスとバルレルに振り返った。

「・・トリス!早く皆と合流して!!」
「う、うん!」

 事態を読み込めていなくとも、すぐにこの村から逃げなくてはということはわかっているのだろう、自分の武器と荷物を持って、トリスはバタバタと出て行こうとして、ふと、出口であたしに振り返った。

さんは?」
「―――あたしは、大丈夫。絶対また会えるから」

 にっこりと、笑って言ってやった。
 トリスにことだから、一緒に行こうって言ってくれるかもしれないけど。

(足手まといになって、トリス達をもっと危険にさらしちゃだめだし・・それに、どうにかするって自分で決めたんだから、しっかりしないと・・!)

「でも・・」
「早く!あたしにはまだやることがあるから!!」

 トリスは一瞬、悲しそうな顔をした。
 けれどぎゅっと唇を噛んで、そのまますぐに出て行った。
 でも彼女の護衛獣は、まだそこにいて。


「・・あれ?」


 彼は動いていなかった。
 ただじっと、あたしを見上げていて。(睨まれてる・・?!)
 あたしは慌てて彼に近づいて、たずねる。

「な、何やってんのよ!あんたはトリスの護衛獣でしょ?!一緒に出て行ってトリスを守ってやらなくちゃ・・・」

 途端に、腕を掴まれた。
 それに一瞬、びくりと体を竦ませてバルレルを見下ろせば、彼はじっとあたしを見上げて、ニヤリと笑って言った。(あ、悪魔スマイル・・!!<汗)

「震えてんぞ、ニンゲン」

 何となく、むっとしてしまう。
 けれど今この時に意地を張るのも馬鹿馬鹿しくて、あたしはあっさりそれを認めた。

「・・だって怖いし」
「一緒に来ればいいんじゃねーのか」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?


 一瞬、考えた。
 これは一緒に来ないかというお誘いを受けているのかなぁと、都合よく。

 でもあたしは首を横に振った。


「やること、あるから」



一緒に行きたい



 言葉が喉まででかかった。
 でもそれを無理矢理飲み込んで、心の隅っこにしまいこんで、あたしはバルレルの手を握って笑う。


「ありがとね」


 バルレルは驚きと、なんともいえない表情を顔に浮かべた。
 あたしにはそれの意味がわからなかったけど、彼の目には死にたがっているように見えたかもしれないなと考えて、続ける。


「死にたくないから、さっさと逃げるわ。トリス達によろしく言っておいて」


 あたしは勇気づけにバルレルの手を一度強く握った。
 でもすぐにその手を離して、彼から離れて、急いで家の外に出ようと廊下を駆けていく。
 空室となっている部屋から、火がちろちろと出て燃え始めていた。
 周りの火がこの家にも移ったのだろうか。

 外に飛び出すと視界が一気に赤に染められた。
 周りをさっと見回しても、黒の旅団はまだいない。
 村のはずれに建っているこの家の存在に気づいてはいないようだ。



熱い炎


人々の悲鳴


燃え盛る家々


そして血を纏った黒い鎧の兵士達



その剣は紅く染まり、炎に照らされて不気味に浮かび上がっていた


「・・・うっ・・」

 慌てて口を抑えてあたしは走った。
 こんな所にまで血の匂いがするなんて、もうたくさんの人が殺されてしまったのだろう。
 むせ返るような臭いが鼻につく。
 さっき食べた夕ご飯が全部出そう・・・!

(てゆーか今吐いたら絶対お腹空く!我慢我慢・・!!)

 そういう問題じゃないだろと頭の中でつっこんだが実際、吐き出している時間も余裕もない。

「!」

 走るあたしの前に一人の兵が、村人に剣を振り上げようといていた。
 それはさすが見過ごせないうえ、進路妨害をされているのであたしはぎゅっと唇を噛んで、そのまま肩から相手の体に突っ込んで弾き飛ばした。

「っ・・!」

 突き飛ばされた兵士は、少しよろける。
 その間にあたしは逃げ道と決めていた進路をさっさと走り抜けて、逃げ出した。
 村人もあのほんの一瞬の間に逃げていたので、闘っても損である。

(逃げるが勝ちって言うしね・・っとと)

 石につまずきそうになったけど、何とか態勢を持ちなおしてまた走る。


あたしは運動派じゃないんだから走らせるなっつーの!


 幸い明かりには困らない。
 地面に倒れたまま動かない村人達を見かけても、すぐにそれから視線をそらしてあたしは走り続けた。

彼らの姿が、あたしにさらなる力を生む。

逃げる力を、死への恐怖を、あたしの中で大きく育んでいく。

 しばらく走って、ようやくあたしが”ここから逃げそう!”と決めていた場所を見つけた。
 村の人から聞いた話だと、ここから行ったほうがゼラムに近いと聞いたのだ。

 思わず安堵して気を緩め、これ以上逃げることをやめて、森の中でやり過ごそうかと考える。
 けど、背筋がゾクリとした。
 なぜかわからないけれど、後ろに誰かいる―――・・それはきっと、村人ではない誰か。


 走ってきた方向に目を見やると、そこには一人の少年・・いや、青年がいた。
 トリスたちと同様に、その青年にも見覚えがあった。


 金髪の髪に華奢な体に、不似合いな槍

 そして片目だけ美しい金髪で覆われている

 あたしが愛でてぇ!と思った人物の一人だ


 しかし今は愛でようなどと思わない。
 愛でて良い相手でもないし、今は愛でようなどとは思わない・・・体が金縛りにあったように動けない。

 彼は、青年は、静かに問いかけてきた。


「貴様、この村の住人か?」

「・・っ、だから何よ・・」


 動けなかった。
 戦い慣れた彼・・イオスからは逃れられないと本能のどこかで叫んでいて。
 本当に、金縛りにあったように動けなかった。

(てゆーかあんたは出てくる予定じゃないだろー!!)

 あたしの疑問は、逃がすまいと槍を構えたイオスの言葉で、あっさり解決した。


「・・ルヴァイド様に森で見張っていろと言われたが・・まさか逃げてくる住人がいたとはな・・」

(ルヴァイド、反則ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!)



だからゲームん時出てこなかったんかい!あんた!!



 あたしは無性に泣きたくなったが泣けない。
 泣いたら走れなくなる。

 静かに、問いかけてみる。


「・・あたしを殺すの?」

「そういう命令だ」

「・・悪いけど、こっちもそう簡単に死ねないのよね・・と、ゆー訳で」


 あたしは短剣をイオスに向かって投げつけた。
 そしてすぐさま森の中に入り込んで、真っ暗な森の奥へと駆け込んでいく。
 予想通り、イオスは短剣を何事もなく避けて、すぐにあたしを追いかけてきた。

(怖い怖い怖い怖い!)

 涙がぽろりと零れ落ちた。
 でもそれをぬぐうこともなく、あたしは呼吸を荒げながらひたすら森の奥へと進んだ。
 暗いため、どこをどう進めばいいかわからない。
 途中でイオスを撒こうと右にいったり左にいったりと適当にさ迷い、走り続けた。

 あたしは最後まで足掻くつもりだった。


 ・・・でも状況は真っ暗な森の中。

 しかも思考回路は恐怖の為ぐちゃぐちゃで。

 だから方向感覚が麻痺してると思うのよ、うん。


 あたしは森が開けたっと思って安堵の息を吐いたら、目の前の光景に息がつまり、げほげほと咳込んでしまった。
 そして頭を抱えて絶叫。


「ウソーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 何てこった。
 目の前には燃え盛る村。
 イオスを撒こうとあっちへいったりこっちへいったりしたのがまずかったのだろう。
 ・・・あたしは自分でも知らないうちに、レルムの村へ戻っていたのだ。


 しかも、状況はさらに最悪だった。


 目の前には知った顔があったのだ。
 少し長めの髪を熱風に揺らしているルヴァイド(兜とってるよー!<興奮)と、初めて見た本物の機械兵士・ゼルフィルド。
 そして彼らの周りには、血がついている鎧を身にまとった兵士達。

 もと来た道を戻ろうと後ろに振り返れば、イオス。(しかも息を乱してないし)


 ・・・・・・・前門の虎、後門の狼というのはこのことだろう。

「・・・失敗だわ・・・・」

 あたしは、ガックリと膝をついて座り込んだ。
 兜を外しているルヴァイドはそんなあたしを見て、意外そうな顔をする。


いい男じゃないかチクショー!!(未練)


「・・お前、あの包囲網から逃げて森に入ったのか・・?」

「だから何よ・・・もう知らない・・」


 血の臭いが、キツイ。
 家が燃え落ちていく、炎によって噴出す煙にも頭がクラクラする。
 それにむせて咳込んで、涙も一緒に出てきた。


ああ、もう終わりかな・・・


 ルヴァイドはあたしから目を離さないまま、イオスに問いかけた。


「イオス、お前が居た場所はどの辺りだ?」
「はい、南西の方角です。この女を追っている途中、見張りにつけていた兵士が気絶しているのを見つけました」
「・・どうやら、聖女達はそこから逃げたらしいな・・、よし、その方角にある街を調べろ」
「はい!」

 勢いよく、イオスが返事したのが聞こえた。
 でもあたしの中で立ち上がる気力も、逃げる力もなにも沸いてこなかった。

 ・・ただ、こんこんと咳き込みながら、じっと燃え落ちていく家を見つめていた。


「・・我ガ将ヨ、コノ娘ハドウスルノデスカ?」

「・・・・」


 あたしはルヴァイドを見上げた。
 ルヴァイドはそんなあたしを見て、眉を寄せて思案している。



 ・・・そういえばルヴァイドはこの壊滅後にお墓参りしていたなぁ・・・



 あたしは薄れ行く意識の中、そんなことを考えていた。
 意識が朦朧としているせいか、思ったことを口にしてしまう。


「・・そんなにツライんだったらもっと別の方法を取ればいいのに・・」


 ルヴァイドの驚いた表情が、あたしの目に入った。
 あたしはそれを気にしないまま、燃え落ちる家々に視線を映して、続ける。


「自分の生き方後悔してたら、あんたの父親とか母親とか悲しむんじゃないの・・・ゴホッ・・」

「・・貴様・・何故・・・?!」



 あー、ルヴァイド何か驚いてる



 何でだろう



 あたしはクラクラする頭を抑えて地面に手をついた。
 そろそろ限界だ、精神的にも肉体的にも、限界だ。
 どうせ死ぬなら、気絶してる間に殺してほしい。

 そのほうが、苦しくない。


「・・ゲホッ・・ゴホ・・・」


 せっかく、トリスたちと知り合えたのにな。
 ちょっと、・・いやかなり残念だ。




 すごく楽しかったのに―――― …。










 燃え落ちていく家と共に、包囲網を抜けた娘がドサリと倒れた。
 完全に意識を手放したのだろう、青ざめた顔色で気を失っている。
 ルヴァイドはしばらく、呆然としながら彼女を見下ろしていた。

「ドウカシタノデスカ?我ガ将?」
「・・・・・・ゼルフィルド、この娘の容態は?」
「・・・センサーニハ微弱ナ生命反応アリ、コノママ放置シテオクト確実ニ死亡」

 ルヴァイドは再び彼女を見下ろして、思案する。
 このまま放置しておけばさらに衰弱して、最後には死に絶えるだろう。


 なんと、虚しいことなのか


 なんと、憐れな事なのか


 けれど・・・それを招いたのは、他ならぬ自分


(もう始めてしまったことだというのにな)



 あの者達の計画に、手を貸してしまった後だというのに



 村を焼いてしまった後だというのに



 ・・まだ、迷い、・・引き返したくなっている



 それにしてもなぜ、彼女は自分の心を見抜いたのか。
 他者の目から見れば、自分は後悔をしているように見えるのだろうか。
 それが気になって、仕方がない。

 ひゅーっ・・と弱弱しい呼吸の音が小さく、耳に届いた。
 それが何度も耳に届き、音がどんどん小さくなってきているのがわかる――・・あと数時間で、彼女は死ぬ。



 せめて



 たった、一人だけでも



 灰を被った地面を踏みしめて、ルヴァイドは倒れた娘に近づいた。
 足と背中に腕を差込み、グッタリとした身体を横抱きにして抱き上げる。

 その光景に対してゼルフィルドは疑問を投げかけた。
 批判ではなく、ただの素朴な疑問を。


「ドウスルノデスカ?我ガ将ヨ」

「・・この娘の身柄は俺が預かる。お前達は聖女の詮索を続けてくれ」

「了解」


 ゼルフィルドはそれだけを機械的な声で答える。
 そして重い体を方向転換し、そのままイオスが去った方向へ歩いて行った。



 何故預かるのか?と聞くことは必要なかった

 自分はルヴァイドのためにここで闘っている

 だから彼の考えには口出しする必要なんてどこにもなかった



 ゼルフィルドの背を見送ると、ルヴァイドはそっと、彼女の土に汚れた頬を撫でた。
 唇からはわずかな呼吸音が繰り返され、煙にやられて喉がやられかけているのは明らかだった。
 そして手からサモナイト石が転がって、ゴトンと音を立てて地に落ちた。



「・・・・死ぬな」




 本当はもっと、他のやり方を取るべきだったのだとわかっていた

 だがそれは許されない事

 ・・上への命令は、絶対で

 背くことは許されない


 背くわけには、いかないのだ



「・・絶対に、死ぬな・・・・・・いや、死なせぬ」




 背くわけにはいかない、この現状


 殺せと命じられたのならば、無情に剣を振り下ろし、進んでいかなくてはいけない


 けれど・・・・救いたい


 そう願ってしまった自分に少しだけ安堵感を覚える




「ルヴァイド様、聖女達は厄介な所に向かっています。あの方角から行くと聖王都・ゼラムです」
「・・ゼラムか・・・、わかった。イオス、ゼルフィルド。そこに向かってくれるか?」
「はい!」
「了解シマシタ」
「取り合えず今日はここで引き上げるぞ、他の兵達に伝えておいてくれ。
・・あと、この娘のことは本部に報告しなくてもいい」

「・・わかりました」

「将ヨ、生命反応ガ先ホドヨリ弱マッテイマス、治療スルナラ速急ニ・・・」

「わかった、・・すまんな」


 ルヴァイドは抱き上げたまま、まだまだ深まるであろう闇を抱く森の中を、
 臆することなく突き進み、赤々と燃えている家々を背に去っていった。

 イオスとゼルフィルドもその後に続き、燃え落ちる村を背に、振り返ることなく去っていく。





 やがて、家の柱は灰になり、盛大な音を立てて終わりを告げた。










NEXT

**後書き**

第5話です。
名前変換少ないです。

なんかもうすんませんです。(土下座)

でも壁紙も炎系な壁紙、なんか気に入ってしまってます!
素材は探せばたくさんいいのが出てくるから・・やめられないですよ、素材屋めぐり。
ここのところスタイルシートを使った写真素材やクリップアートが好きで好きで・・・ジュテーム。(何)

バルレル、ヒロインが気になって仕方がないようです。(笑)
そしてやっとルヴァイド、イオス、ゼルフィルド登場です。
この三人組大好きで大好きで・・・あの苦しげに戦うところなんてもうたまりません。(サド?)

まだまだ続きますので、どうぞよろしくお願いします〜。


2003.11.8大幅修正