(んー、リューグはあたしがここにいることを反対してけど。 …でもだからってあたしにもわかんないんだし、どうしろっていうのよ) 第2夜 もぞもぞと服を脱ぎながら、あたしは思考を巡らせていた。 ここにきてようやく、今の状況に対する不満や愚痴の余裕も生まれてきたらしい。 (何かここに来てから考えてばっかりだよ、あたし…しかもジャンルがファンタジーなだけにもうどう対処すればいいかさっぱり……ぬおおおぉ脳みそパンクしそう) 悶えながらも袖を通して着替えを完了すると、そこでようやく、ほっと安堵した。 とにかくこれからの事を常に考えて行動しなくては、生き残れないだろう。 ……でもだからといって、本当にどうすればいいのやら。 沈みそうになるテンションをあげるべく、気分転換に鍵を外して窓を開くと、他の家々よりも少しばかり小高い位置に建っているこの家から、村が一望できた。 村に入ってきたときは鮮やかな色彩の装飾品などは見かけなかったのだが、今ではそれらを家々に施して明日に備えている村人の姿が見える…聖女の休日の終わりが近づいて来たらしい。 夕方の時間に差し掛かり、夕日によって紅く染まる村を見て、あたしはそっとため息を吐いた。 (帰りたいけど帰れない、レナードがボヤく気持ちがよーくわかったわ…) 彼も召喚されてしまって、今頃はスルゼン砦の周りをウロウロしているんだろうか? そう考えると思わず吹き出しそうになるが、他人事ではないのでやめた。(笑えないよほんと!) きっと自分も、すぐにウロウロしなくてはならなくなるだろう。 先ほどの兄弟喧嘩を見てしまったのだし、あの様子ではここにずっといるわけにはいかない。 ロッカ達にも迷惑がかかる…このままだといつか包丁で刺されそうだ。(リューグならやりかねん) (むーん、どうせだったらあたしも召喚術が使えたらいいのになー…) うめいて自分の手の平を見つめる。 とは言ってもサモナイト石なんて持っていないし、召喚師でもないから誓約なんて出来ない。 (召喚術の知識なんて、攻略本読んだ以外にわからんっての…あああもう考えただけで眩暈が) 頭を抱えて苦悶していると、広場らしき空間に立っているリューグの姿を見付けた。 あの赤髪は一際鮮やかなものなので、リューグの存在は思いのほか目立っていた。 服はやはり最初見たときと変わらず、その空間に立つ後姿を”村の見回りかなー”と見つめていれば、広場で遊んでいた子供達のうちの一人が、リューグの背に、勢いよくしがみついた。 「ありゃ」 それに続いて他の子供もリューグに圧し掛かり、子供数人を抱え込んでいるような体勢になってしまったリューグは”ああもう引っ付いてくんじゃねーよ!”と逆ギレしながら引き剥がす――――が、子供達はその逆ギレにさえ慣れているのか、脅えもせず”兄ちゃーん!”と再びタックルするがごとくしがみつき、猛者ぶりを見せ付けてくれた。 ……おおぅ、もうおねーさんはキミたちに乾杯(寧ろ完敗)だ……! ほのぼのとしたそんな光景をしばらく、ぼんやりと眺めてみる。 すると怒鳴っていたリューグは子供達に折れたのか、大きくため息を吐きながら、一人の男の子を肩車で持ち上げてくるくると回って見せている。 喜ぶ男の子に、リューグの口元にわずかな笑みが浮かんで―――ああ、イイ笑顔持ってるじゃないか。 まぁ、たぶんあれは、あたしは一生向けられないだろうけどね! アッハッハッハッハハァアアァ…(溜息) うっかり落ち込みそうになっていればその間にも、賑やかな、はしゃぐような子供達の笑い声が、夕日で紅く染まった村に満ちて、平和な村に穏やかな時間が流れていく。 楽しそうに笑う子供たちの笑顔に、リューグもますます、あたしが見せたあの表情とは別の、優しい表情になっていく―――それがあまりにも可愛くて思わず、あたしの顔にも笑みが零れた。 (…でも) もう少しで、この村が壊滅するのだ トリス達がアメルの癒しを求めにやってきた、その夜に (あたしはそれを伝えるべきなんだろうか…?) と、言っても自分達の都合の悪いことを信じないのが人間の本性で。 悪い事を伝える者を批判するのもまた、人の性でもある。 変な目で見られるか、罵られるか、村を追い出されるか、本気でリューグに刺されるか……絶対どれかは当てはまることが起こるだろう。(特にリューグがリューグがリューグが…!<ガタガタガタ) (…でもあたしだって自分に起こる悪いことなんて聞きたくもないし…) そこまで考えて、あたしははぁーっと重い息を吐いた。 窓ガラスに額を当てて、俯いて…それから、空を仰ぐ。 この世界で朝を迎えたというのに、何やかんやですっかり夕暮れを迎えようとしている自分が、とても不思議なようにも思えた。 (……本当は、そんなこと言ってる場合じゃないのはわかってる、けど) でもやっぱり 伝えるのは、怖くて ここを追い出されたくなくて――――。 (でも、それでもあたしは自分のことも考えないと) 何もわかっていないこの状態では、誰かのための、何の役に立たないまま死ぬだろう。 取り合えず、ここから先はアグラ爺さんに尋ねて見た方がいいみたいだ。 なんと言っても獅子将軍と謳われているアグラバインさんだし、召喚術の知識はあたしよりあるだろう。 (……やるしかないってか?) 夕暮れに染まる空の下。 親に呼ばれて子供達が去っていく後姿を見送っているリューグに目を細めて、”優しい人ではあるんだろうな”と窓から離れ、あたしは部屋を出て行った。 あたしが背を向けた後で、 リューグがあたしに気がついたことも知らずに。 「えーと、着替え終わりましたー」 火の灯りが、この家で一番広い部屋を照らしていた。 それはあたしがこの家に入って一番最初に踏み入った広間。 …これは現代風で言うなら玄関兼リビング、といったところだろう。 白いテーブルクロスがかけられている机の上には、まだ作ったばかりですよーと言わんばかりに湯気がたつ食事が、四人分並べられていた…え、食事四人分って……これはもしかして。 もしかしてか? 「あ、さん?」 「わっ」 突然の声に驚いてしまった。 慌てて振り向けばロッカが苦笑して”驚かせてすみません”と謝って。 「って、名前…」 「ええ、アメルから聞いたんです。 貴女の名前をまだ聞いてなかったから…では改めて自己紹介させてください、この村の自警団員長のロッカです。 よろしく、さん」 「あはは、です。 どうもよろしく〜」 名乗ってあたしは軽く頭を下げた。 若いのにしっかりしてるよ! 礼儀正しい! 「食事の用意ももう少しで出来るようだから、今日はここに泊まって行きませんか?」 「…え、や、やっぱりこの食事ってあたしのも?」 あたしは目を丸くして、ロッカを見上げた。 あんまりにも変な顔をしていたのだろうか? ロッカはおかしそうに小さく吹き出して、微笑んだまま言った。 「おじいさんからこれからの行く当てもないって聞いたし、それにさっきは僕もリューグの奴もあなたに迷惑を掛けてしまったから、お詫びもこめて」 「いやー、でもあれはあたしが…(なんて良い人なのかしら…!)」 「それに、アメルもすっかりその気で夕食を作ってるんですよ。 リューグが気になるのでしたら、あとでアメルに叱ってもらって反省させます。あいつ、アメルにはすごく弱くて…」 「……それはロッカも言えることじゃない?」 あたしはアメルに怒られるリューグを想像してしまって、それがおかしくて笑いながらロッカに言った。 ロッカはロッカで苦笑しながら“わかります?どうにもあの子には頭が上がらなくて…”と微笑んで、あたしをテーブルの席まで案内してくれた。 というかもうあああああありがとうございますアメル様ー!(感涙) (なんつーかもうお世話かけっぱなしですみません、明日から手伝えることがあるなら何でも手伝います…いやいや、ずっとここにいれるわけがないから(リューグに斬られる)、今夜の食器の片付けもちゃんとやりますんで…) 「あ、さん」 「アメルー! ほんっとにどうもありがとう! 何から何までお世話になっちゃって…というか正体不明で申し訳ないというか……」 「いいんですよっ、さんだっていきなりこの世界に呼ばれて大変だし……だから、今日はたくさん食べて元気だしてくださいね」 アメルは、にっこりと微笑んでスープを手渡してくれた。 野菜とお肉と芋が入った野菜スープだ…それを受け取って席に着き、少し遅れて帰ってくるらしいリューグとアグラ爺さんの帰りを待つ。 それまではアメルとロッカに色々な話を聞くこととなった。 意外と、知らないことを聞かせてもらってあたしはすっかり夢中になってしまう。 「へー、アメルって聖女って呼ばれてるんだ」 「はい…だから明日からまた、この家とは離れて暮らすことになるんですけど…」 「滅多に帰れないんじゃ寂しいでしょ…? せっかくの家族団らんのひとときに割り込んじゃって本当申し訳ないわ…」 「ううん、さんがいてくれてもっと賑やかになって楽しいですから」 …なんというか、本当に優しい子だな。 御礼を言いつつもあたしの中はますます、申し訳なさでいっぱいなってしまった。 こんなにも人に優しく出来る子が、黒の旅団ご一行に狙われる事になって、大規模に広がるそれに、彼女が巻き込まれていくなんて―――。 「…アメル」 「はい?」 言うか。 言うまいか。 それを一瞬だけ躊躇して…あたしはにっこりと笑って。 「―――頑張って」 それだけを伝えた。 あたしに出来ることは、やっぱりここまでだった。 頑張ってと、彼女に言葉をかけることしかできない ……かけることしか、出来なかった。 本当のことを言って、何が変わるかわからなくて、その責任はとても背負えそうになかったから。 あたしの言葉をそのままの意味で受け取ったアメルが笑ったそのとき、扉が開く音がした。 そちらへと首を動かせば、アグラ爺さんとリューグが袋を担いで家の中に入ってくる…リューグはそれを部屋の隅に置いて、荷物が重かったのか一度軽く伸びをして、その姿をじっと見つめていたあたしに目を向けた。 (…めっちゃ睨まれてるんですけど) 刺すような、責めるような視線だ。 ”何でお前がここにいんだよ”と言わんばかり…いや、絶対言いたいんだろう。 でもアメルたちがあたしによくしてくれている様子を見て全てを察したのか、ますます彼の表情に不機嫌そうな色が現れてくる。 そして。 (イヤアアアアアアアアアア! 何でーーーーーーーーー!?!) あたしの隣の椅子に、腰を下ろした。 その瞬間にあたしの中に響いたのは、あたしの心の絶叫だ…ななななな何で?! よりによって何故隣に?! 刺す? 刺される? うああああアメルうううう席替えしてええええええ!(泣きたい) けれども我らの聖女様は、にっこりと可愛らしい笑顔だ。 「お帰りなさい。 おじいさん、リューグ」 「おお、ただいま…ん? どうした?顔色が良くないぞ」 アグラじいさんが、冷や汗いっぱいで縮こまっているあたしに優しく問いかける…が、対するあたしは引きつった笑顔全開だった。 「アハハハハハ何デモゴザイマセン…(スープに毒薬入れられたらどうしようマジで)」 「気分が悪かったら言ってくださいね? それじゃ今からスープ持ってきますから」 そう言ってアメルは台所に消えると、すぐに大きな鍋を持って戻ってきた。 アメルのスープはとってもおいしそうだ…でも隣に座っている男のせいで食欲がどんどん減っていっているような気がする…ああああ、視線が痛い。 痛すぎる。 (と、とにかくさっさと食べて離れよう!) アメルたちにこの世界のことを聞きながら、あたしは誰よりも先に食事を終えた。 ”ごちそうさま!”と手を合わせてから席を立ち、台所に食器をさげて、慌てていることがすぐわかるあたしの様子にロッカ達は目を丸くした。 「さん? …お口に合いませんでしたか…?」 「ぎゃあああああああああそんな馬鹿な! ううん、とっても美味しかった! 本当なの! ただ…このままだと居心地良すぎちゃって、これからのこと考えられなくなっちゃうから、頭冷やしに外に行って来るだけ」 「え? もうすっかり暗くなってますよ…アメル、今何時だい?」 「えと、8時だけど」 「大丈夫! すぐそこの庭にいるだけだから…だから皆はゆっくりと食事楽しんで」 そう。 これから当分は、彼らは離れ離れになる。 家族だけのお話だってあるだろう。 せめて今だけでも、しっかりと楽しんで食事をして欲しい…リューグの顔も怖いしね! そろそろ本当に泣くぞ!(落ち着け 「あ、あとアグラ爺さん、あとで相談したいことがあるんだけど…いいかな?」 「ワシは構わんぞ」 「ありがと! それじゃ皆、ごゆっくりー!」 にっと笑ってそう言って、あたしはドアノブを捻る。 途端に秋を思わせる風が、あたしの顔にやんわりと吹きつけた。 温かな家の中の向こうは、風がざわりと木々を揺らす音に満ちている。 夕焼けに染まっていた空も夜色に姿を変えて、小さな光りを持つ星と、この世界にきて何よりも印象的な満月が浮かぶ空の世界が、あたしの視界を埋め尽くした。 手近な切り株に座り込み、秋風に髪をさらわせながらその月に見惚れる。 「…いやー、風情があるねぇ」 さて、ここから先はどうすればいいのかな。 ここがデグレア軍に壊滅させられる時、あたしも一緒に殺されるのかな・・? そんな考えが過ぎる。 リューグの殺気だけで腰を抜かしてしまったのだ、本物の血なんか見たら卒倒してしまうだろう…いや、血だけならまだマシだ。 これで人の死体とか、叫び声がセットであれば、完璧に気絶するかも。 ……狂ってしまうかもしれない。 (見たく、ないなぁ) 誰かが死ぬところなんか 殺されるところなんか 見たくない それが知らない人であったとしても (でも、それを防ぐことが出来るのは、あたしだけ…) ―――無理だ、と思った。 嘘なんだと、変なことをいうやつだと思われるだろう。 誰も信じてくれないだろう。 さらにはこの村は今、聖女目的で駆けつけてくる人々のおかげで潤い始めているのだ。 人が増えて、活気が溢れ、物が売れてお金が増える。 お金が増えれば食べる物も着る物も、欲しい物が買える…さらにそれを求めれば、この村に収まる事ができず、村を出て行く人もいるだろう…それほどまでに、聖女の噂は、聖女の名は……この村に富をもたらすモノになっていた。 「…どうすりゃいいのよ」 マイナス思考が頭の中をぐるぐる巡る。 あたしが何も言えないのは、信じてくれないことも理由だけれど、あたしだってまだ追い出されたくはないのだ。 もうちょっと情報とか、準備などしないと生きていけない…この世界は見知らぬ世界。 一人放り出されれば、あっという間に死んでしまう。 (こうなったらなるようになれよ! …って言えたら最高なんだけどなー…) なれる可能性があんまりにも低い。 どうしよう、マジでどうしよう。 サバイバルだ。 そこで、頬がすっかり冷えていることに気がついた。 どうやら長い時間、ぼんやりと思考に沈んでいたらしい…アメル達も心配してしまうだろうから、そろそろ家に戻らねば。 (―――死にたくない) 胸元の服をぎゅっと握り締めて、それを胸の奥で呟いた。 死にたくない。 死にたくない。 死んでほしくない。 でもどうすればいいかわからない。 自分のことだけで精一杯。 (ごめんなさい) ごめんなさい。 ごめんなさい。 誰でも良かった。 ただ、誰かにそれを言いたかった。 予知できる能力は便利そう、って子供心に考えたことはあるけれど、それは予想以上の重みと責任と、恐怖がつきまとうものだった。 肩が震える。 風が髪をさらうのも気にならないまま俯いて、ぎゅっと自分を抱き締める。 空気が、抱き締める身体に染み渡る。 けれどそれは、限られた時間の中だけでしかない。 終わりは確実に近づいて、足音をたてることなく忍び寄る。 (ごめんなさい) それを最後の言葉にして、二度、三度深呼吸を繰り返して、空を仰ぐ。 惹き込まれるほどまでに大きな光源を浮かべるリィンバウムの夜をぼんやりと眺めて、”…とりあえず戻ろうか”と、身を翻した途端。 なぜか、リューグがすぐそこにいた。 「ぎゃーーーーーーーぁ!!」 「うわ…バカ! 静かにしろ!」 反射的に逃げようとするあたしの腕が、リューグに捕まれた。(ヒィィィィ!) リューグの”取りあえず落ち着け”という言葉と、温かな彼の体温が、冷えたあたしの腕にじんわりと染み込んできてようやく落ち着きを取り戻し始める…が、どっちにしても相手がリューグなので、冷静さを完璧に取り戻すことは無理だった。 無理無理! だってあたしリューグに嫌われてるもんよ! (…って、何故リューグ!? ) 問いかけるように彼を見上げるあたしに、リューグがふいっと視線をそらした。 まるで答えたくないと…とでも言っているかのようだ。 いやいや、わざわざあたしの所に来るんだから用がないわけじゃないでしょ…。 そこでようやく、あたしははっと気がついた。 て、ゆーか待ってちょーだいよ、神様 あの斧。 手にある斧は何ですか? え? 何? 本格的に大ピンチもしかして? 血の気が一気にひいていく音を聞きながら、固まるあたしは。 この世界を優しく照らすあの満月に、本気で祈りたくなった――――。 NEXT **後書き** 第2話です。 どこがリューグ贔屓なんだろう・・・ただ怒りを買ってるだけのような気が。 次はさらに大喧嘩・・と、いうよりヒロイン、逆ギレを起こします。そして和解。 リューグの考えていることや、ヒロインの考えていることを、ほんの少しでも書けたらなと 考えております・・が!出来るのか自分・・・!!(汗) ここまで読んでくださってありがとうございました! 2003.11.7文章大幅修正 2006.2.12文章修正 何度修正をすれば気がすむんだ私は…。 |